Serviceology
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Special Issue : "Human Resource Development in Service Business - Desired Competency and Its Development Strategy - "
An approach for education of business professionals aiming at value creators - A case of JAIST/iMOST course
Michitaka Kosaka
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2016 Volume 2 Issue 4 Pages 4-7

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1. はじめに

サービスに関するGDP比率の増加,インターネットの出現による新たなサービス産業の出現,製造業のサービス化,情報技術を活用したサービス産業の生産性の向上など,サービスに関連したイノベーションを創造できる人材育成が求められている.北陸先端科学技術大学院大学(JAIST : Japan Advanced Institute of Science and Technology,以下JAIST)では,東京サテライトにおける社会人教育コースiMOST(Innovation Management of Service and Technology)において,技術経営とサービス経営を統合したイノベーション人材育成教育を行っている.これは,価値創造のできる人材育成を目的とした社会人教育プログラムであり,知識科学と情報科学を基盤として授業科目を構成し,さらに学位論文(修士,博士)として現実の課題を解決することにも取り組ませるなど,理論と実践の融合によって人材育成を行うことに特徴がある.本稿では,iMOSTコースの概要に関して報告する.

2. JAISTにおけるiMOSTコース設立の経緯

2.1 サービスイノベーション研究会の発足

JAISTの知識科学研究科では,2003年10月から東京サテライトにおいて,社会人教育として技術経営コース(MOT : Management of Technology)を立ち上げた.これは,技術者に対して,技術経営と知識経営の視点からの考察力を習得させるイノベーション人材育成を狙った教育プログラムである.MOTを立ち上げられた故亀岡教授が,イノベーション創造におけるサービスの重要性を認識され,当時のMOTコースの学生を集めてサービスイノベーション研究会を立ち上げ,調査研究成果を著書「サービスサイエンス」(1)にまとめられた.また,サービス経営(MOS : Management of Service)の重要性も認識され,イノベーション創造には,技術とサービスの両面からの検討が必要だと考えられていた.

2.2 文部科学省のサービスイノベーション人材育成プログラムでの採用

2007年度から,文部科学省が産学連携によるイノベーション人材教育の一環として,“サービスイノベーション人材育成プログラム*1”を公募し,サービスイノベーション人材教育に力を入れ始めた.2007年度は35大学応募の中から6大学が採用され,2008年度は40大学応募の中から7大学が採用された. JAISTは,2008年度の採用大学の1つである.これは,2008年度にJAISTに着任した筆者が,2007年度に急逝された亀岡教授の構想を引き継いで提案したものである.この公募プログラムに採用されたことにより,JAISTでは2009年10月から,MOTコースに加えMOSコースが設立された.サービス経営コース用に新設した15の科目と既存のMOTコースの科目から必要な単位数を取得して理論を習得し,実践として修士論文において現実の課題を扱うという,MOTコースと同様の理論と実践の融合というコンセプトで運用された.MOSコースの概要に関しては,既にいくつかの発表(2),(3)を行っているので,それらを参考にされたい.

2.3 iMOSTコースの設立

MOSコースの設立によって,本大学の社会人教育にサービスに関する新しい科目が追加された.従来のMOTコースの学生は,これまでの知識経営,技術経営の科目に加え,サービス経営の科目も習得できるようになった.また,MOSコースの学生は,既存の知識経営,技術経営の科目を習得できる.両者は,必要とする専門分野の取得単位数の違いはあるものの,目指すべきイノベーション創造は同様であり,それを技術の視点から見るか,サービス(価値創造)の視点から見るかの相違である.そこで,2011年10月から,両者を統合して,イノベーション創造人材を目的とするiMOSTコースを設立することにした.iMOSTコースの中に,MOTとMOSを設け,技術の視点からイノベーションを検討する場合はMOTを,サービスの視点からイノベーションを検討する場合にはMOSを選択してもらうようにした.実際には,両者の違いはそれほどなく,図1に示すように,MOTの視点で技術開発からイノベーションを検討する場合にも価値創造のためにサービス志向が必要となるし,MOSにおいて価値創造を検討する場合にも必要な技術をどうするかという課題にいきつく.

図1 イノベーションにおける技術とサービス

2.4 先端知識科学コースの設立

iMOSTコースは,修士課程のコースである.これまでのMOTコースの実績から,修士課程を修了した社会人学生は,博士課程への進学希望が多いことがわかってきた.さらに,東京地区で活動する社会人で知識科学の博士を取得する人も一定数いることがわかった.そこでJAISTでは,2010年度から東京サテライトに,博士課程である先端知識科学コースを設立し,MOT,MOS,iMOSTコースの修了生を受け入れると同時に,JAISTや他大学の修士課程修了者も先端知識科学コースに入学できるようにした.これによって,サービス,イノベーション関連の研究を強化,レベルアップを図ることができるようになった.

3. iMOSTコースの特徴

3.1 理論と実践の融合

iMOSTコースの特徴は,理論と実践の融合である.イノベーション創出に必要な知識や理論を用意された講義科目で学び,それを基にして,自らが抱える課題を修士論文の研究テーマとして,解決することを目指す.講義科目は,知識経営科目,技術経営科目,サービス経営科目から構成されており,イノベーションに関していろいろな視点から理論体系を学ぶことができる.講義科目は,通常,1週間で終えるような構成がとられている.最終日の土曜日には,グループワークにおいて与えられた課題を数名のグループで議論し,その解決方法をグループごとに発表する.そしてその内容に関して全員で議論することで理解を深めるような構成になっている.iMOSTコースの社会人学生は,様々な業種,様々な年齢や会社でのポジションなどから参加しており,非常に多様性がある.このように,バックグラウンドの異なる人たちが同じ課題を議論することで,自分とは違った見方や考え方を認識できる環境が,新しい発想を得ることに役立っていると思われる.

3.2 サービスサイエンス関係の科目構成

iMOSTコースで,特に重視していることの1つは,イノベーションにおけるサービスの重要性,特に価値共創の側面である.故亀岡教授や加賀屋の小田元会長によれば,サービスは「人や組織がその目的を達成するために必要な活動をプロの技術で支援し,目的達成によって顧客に価値をもたらし,それによって対価をいただくプロセス」と定義される.また,SD-Logic(4)では,“Service is the application of competences for the benefit of another entity”と定義している.こうしたサービスの考え方は,従来の技術開発や製品開発で機能や性能を重視した考え方を,顧客の価値創造を重視するという考え方に変革するのに非常に有効である.そこで,サービス経営の科目では,SD-Logicに代表されるサービス概念とそれを実現するための方法論を教えるような構成をとっている.提供される講義科目は10科目で,以下のような構成である.

  • (1)   SD-logicなどのサービス概念や最近のサービスイノベーションの動向などに関する講義

    サービスイノベーション論,サービス価値創造論,サービス・マネジメント,製造業のサービス化論,情報産業サービス化論

  • (2)   サービスの設計や方法論に関する講義

    デザイン戦略論,ビジネスとエスノグラフィー,マーケティング論

  • (3)   ITサービスに関する講義

    ITサービスアーキテクチャ論,インターネットサービスシステム論

サービスに関する基本理論や方法論はJAISTの講師陣が担当し,産業への応用に関しては,企業で実務に携わるプロフェッショナルを講師に招いて講義を行っている.

3.3 修士論文,博士論文研究における教授陣と社会人学生の価値共創

JAISTの社会人教育の最も大きな特徴は,修士論文や博士論文を必修とし,研究の進行過程で教授陣と社会人学生の間で価値共創が行われる点である.社会人学生は,自ら抱える課題を修士論文や博士論文の研究テーマとして設定する.これらの研究テーマは実務における課題であるため,教授陣にとっては,ビジネス現場でどういうことが課題になっていて,サービスやイノベーション理論の考え方が問題解決にどう役立つのかを知るのに非常に有効である.研究の進行過程で,複数教授陣との議論により課題解決のアイデアや研究内容のブラッシュアップを議論できる個別ゼミというしくみ(“場”)を活用できる.この個別ゼミは,教授陣のアカデミアの知識や過去の経験知識と,社会人学生のビジネス現場における課題の認識や経験知識がぶつかる場であり,問題解決のための新たなアイデアが生まれる契機となることが多い.これにより,社会人学生は自身の抱える問題解決につながり,教授陣はイノベーションやサービスの理論がいかに現実の課題を解決できるかを知り,学会活動などへ反映でき, JAISTのサービスイノベーション研究活動の活性化にもつながる.こうした価値共創は,サービスの基本的な考え方であり,教授陣と社会人学生がJAIST/iMOSTコースの場で実践しているということもできる.

図2 JAIST/iMOSTにおける価値創造

4. JAIST社会人教育における価値共創事例

このようにして共創された社会人学生の研究成果は,製造業のサービス化,サービス概念の業務への適用,コミュニティや高齢化社会におけるサービスなど様々な領域に広がっている.そして,国際学会やジャーナル論文として発表されている.以下に,その代表的な研究成果事例を示す.

4.1 製造業のサービス化

製造業に属する社会人学生は,サービス価値創造プロセスを応用した新製品の計画プロセス(5),顧客との共創による新製品の開発(6),顧客総合価値を考慮したサービスプラットフォーム(7),ICTソリューションサービスにおける顧客との価値共創(8)などの研究成果事例がある.ここでは,Value-in-useのSD-logic,サービス価値創造モデルであるKIKI model(9),亀岡の顧客総合価値モデル(1)などに基づいて,自身の課題に対する解決アイデアを見つけている.

4.2 業務プロセスへのサービス概念の応用

サービスが「人や組織がその目的を達成するために必要な活動をプロの技術で支援し,目的達成によって顧客に価値をもたらし,それによって対価をいただくプロセス」とすると,その応用は,自身の業務プロセスの中に数多く存在する.自身の業務活動は,企業内の業務プロセスにおいて,他の誰かを支援する活動であることが多いからである.社会人教育において,サービス概念をどこに応用するか?に関して質問すると,最も多くの答えが,身近な業務に応用するというものである.この事例としては,サービス視点から見た優れたフォロワーシップ(10),歩き回るプロジェクト支援(11),Value-in-useを考慮した意思決定支援サービス(12),開発組織の特徴に合わせたソフトウェア開発支援サービス(13)などがある.ここでは,顧客が誰かを特定し対象をペルソナ化する,また,顧客の求めるサービスを明らかにしてサービス価値創造プロセスを業務プロセスに組み込む,などのアプローチがとられている.

4.3 サービス価値創造の新たな分野への展開

サービス概念は,製造業,情報産業,業務プロセスに限らない.コミュニティの形成,高齢者社会におけるサービス,医療サービス,サービスデザインなど,社会人学生が価値創造という問題意識を持てば,生活する時空間のすべてがサービス概念の応用の対象になる.こうした事例としては,サービス深化におけるコミュニティの役割の解明(14),高齢者の音楽コミュニティにおける価値創造モデルと高齢者の活性化への応用(15),などがある.こうした応用は,今後ますます進展していくものと思われる.

5. おわりに

本稿では,JAIST/iMOSTコースにおける研究・教育の現状とそこでの社会人学生との価値共創の事例に関して報告した.JAIST/iMOSTコースは,知識経営,イノベーションマネジメント,サービスイノベーションなど,いかにして主体的に価値創造に取り組むか,に関する講義を行う.それに基づいて自身の課題解決を研究テーマとして設定して,修士・博士論研究を行う,極めてユニークな社会人教育を実施している.こうした教育を受けた社会人学生が,企業やコミュニティでイノベーション活動を推進するリーダーとして活躍することを期待している.

著者紹介

  • 小坂 満隆

北陸先端科学技術大学院大学 知識科学研究科 教授. 日立製作所において,情報システムの研究開発に従事後,2008年に大学に移り,サービスサイエンスの教育,研究に従事.電気学会フェロー,計測自動制御学会フェロー,他国内外の学会で活動(京都大学工学博士).

参考文献
 
© 2019 Society for Serviceology
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