Serviceology
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Special Issue : "Servitization in Manufacturing -Business Trend-"
A Study on Germany Trend of Servitization in Manufacturing (2) –Industrie 4.0 from the viewpoint of a company–
Keiko ToyaMasaaki Mochimaru
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2016 Volume 3 Issue 1 Pages 18-22

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1. はじめに

ドイツ政府がIndustrie 4.0*1という国策を公式に標榜して以来,さまざまな見解が提示され,議論が噴出している.Industrie 4.0は,狭義には第四次産業革命,すなわち製造業のデジタル化革命であるが,同時に製造業のサービス化を指向するものであることはあまり知られていない.Industrie 4.0として公式発表されている二次資料から読み取ることが難しいためと考えられる.

本稿は,われわれが2015年夏にIndustrie 4.0の中心的企業であるSIEMENS AG社を訪問した結果を,製造業サービス化の視点から解説するものである(前特集号では国立研究所Fraunhofer IAOへの調査結果を紹介した).

ドイツに本社を置くSIEMENS AG社・シーメンス・ジャパン社のデジタルファクトリー事業本部 プロセスドライブ事業本部の専務執行役員 事業本部長であり,同社のIndustrie 4.0推進の中核を担う島田 太郎氏にインタビューを行った(ドイツ・ニュルンベルク市郊外にある同社にて).本稿第2章で島田氏の「Industrie 4.0とプラットフォームビジネス」に関する説明をベースに同社戦略を紹介し,第3章では著者らとの質疑を紹介する.これらを通して,第4章ではIndustrie 4.0のサービス産業へのインパクトを著者らの視点で概観する.

2. Industrie 4.0とプラットフォームビジネス

2.1 Industrie 4.0について

Industrie 4.0の本質は,

  • (1)市場へより早く
  • (2)顧客の好みに合わせた製品を(≒マス・カスタマイゼーション)
  • (3)コストミニマムで提供するプラットフォームを創り出す

の3点にある(図1,島田氏提供資料).効率的・効果的マス・カスタマイズのためには,製品のモジュラー化と見える化が有効である.それによって企業は,標準品で十分な部分は標準品に委ね,より価値のある部分にフォーカスすることが可能になる.

図1 Industrie 4.0による競争力の強化

2.2 プラットフォームとしてのDigital Enterprise

Industrie 4.0における同社の戦略は,先端技術を活かすデジタルプラットフォーム提供企業となることである.重要な先端技術は5つ,IoT(Internet of Things,モノのインターネット),クラウド,三次元プリンタ,人工知能,ロボットである.デジタルプラットフォームとは,設計→製造準備→準備設計→製造→サービスの流れをデジタル化して,シームレスに統合管理するプラットフォームのことだ.そこでは,生産計画,品質管理,モニタリング,トレーサビリティーが必要となる(図2,島田氏提供資料).

図2 デジタルプラットフォーム

そのためのソフトウェアやシーケンサー(PLM*2,MES*3,MOM*4, PLC*5)において,同社はドイツ国内の60%以上のシェアを持ち,米国,欧州,中国においても高いシェアを持っている(図3,島田氏提供資料).

図3 PLM. MES/MOM,統合自動化製品のシームレス連携

2.3 SIEMENS AG社におけるIndustrie 4.0

同社は,製造過程,すなわち工場内・工場間のデータ共有のためのプラットフォームにフォーカスする. Industrie 4.0全体構想としては,当然上流過程,すなわち業務系(会計・物流・販売・人事管理),顧客管理系(CRM*6など)が重要になるが,それらの業務のサポートに関しては同社の領域からははずれ,同じくドイツ本社のSAP社などの得意分野となる.

島田氏は,“ほとんどの企業で,工場内,工場間での情報共有は,「必要な情報に関して,グローバルにどこからでも,見たいものが見られるようにはなっていない」というのが現実であって,システムとしてシームレスかつリアルタイムに繋がってはいない”という.オープン化と標準化でセキュリティを保ちながら,製造システムをグローバルかつシームレスに接続することが,Industrie 4.0における同社のビジネスとなる.それは,顧客企業の価値創造の中核ではないが,必要不可欠な効率化プラットフォームである(図4,島田氏提供資料).

図4 SIEMENS AG社の工場の自動化コンセプト

3. Q&A

戸谷 中小企業の連携にフォーカスしていると考えて良いか?

島田氏(以下敬称略) YES.系列ではなく連携できるようにする.プラットフォームを共有化すれば,中小企業は独自の投資をすることなく,このような連携体に移行できる.

戸谷 参画企業数や市場占有率は?

島田 まだ始まったばかり.多くの企業が参加して,国内外で普及していくには時間がかかる.

戸谷 B2Cまで視野に入れているのか?

島田 製品の最終価値はB2Cの部分で決まるのであるから,B2Cを見ないわけにはいかない.ただし,どこに重点化するかと言えば,弊社はB2Bに重点化する.B2Cで,たとえば,マニュアル作成支援や部品交換支援などは流行るだろうが,限定的だ.

持丸 B2Cのチャネルで得られる顧客ニーズなどの情報価値はどう考えるか?

島田 価値はあるし,「顧客の好みに合わせた製品」という観点では,Industrie 4.0において必要なパートであろう.しかし,インターネット上や端末で顧客ニーズの情報を集めることはさして難しいことではない.難しいのは,そのニーズに応じて,速やかに低コストにモノを作るところだ.つまり,負荷が重いのは情報集めではなく,モノづくりだ.

持丸 「顧客の好みに合わせた製品」について,ドイツの市場は先駆的であるのか?

島田 そうだと考えている.自動車ひとつをとっても,ドイツ車は非常に細かいカスタマイゼーションに対応する.日本は定食型で,企業が用意した「セット」から選ぶしかない.それ以外のものには対応しない.日本の製品の品質は良い,定食もよく考えられている.そのちょっと良くて,まあまあ納得できる組み合わせのものがリーズナブルな価格で提供されるという位置付けに日本製品がある.これ以上の付加価値が創り出せるだろうか? 価格競争や定食セットメニュー競争では,新興国に勝てないのではないか? ドイツは,徹底的に「顧客の好みに合わせた製品」を,早く,できるだけ低価格に作ることに新しい付加価値があるとして進めている.これに対して,ドイツのB2C工業製品の一部(自動車領域)は,モジュラー化の組み合わせ等によって,徹底的に顧客の好みに合わせたカスタマイズを実現しつつある.

戸谷 競合として意識しているところがあるか?

島田 競合は,個々の領域には存在するが,全体としてみれば統合システムでの競合は見当たらない.中核になるのは工場内のネットワーク統合(同社の商品名:Profinet)だと考えている.1本のケーブルで繋ぐだけで,セキュリティの高いデータコミュニケーションが実現できるプラットフォームである.工場のPLCをオフィス等から監視していると言っても,実際には人がデータを持って走り回り,システムごとにそのフォーマットを変換して,あとから可視化しているに過ぎない.これが工場の現実だ.できていると言っても,「なんとかやっている」のであって,効率的でもないし,実時間でもない.

戸谷 そのようなネットワーク統合で大量のデータが収集されるだろう.そのデータ解析ソリューションビジネスはどうか?

島田 弊社がやらないわけではないが,弊社のやり方は「解析に意味のあるデータを集める手助けをする」ことだろう.なんでも膨大にデータを集めて機械分析すれば知識が得られるというのは,あまりにも安直すぎる.

戸谷 同意.そのためには,データを見ることができる人材の育成が必要だと考えるが,どうか?

島田 ネットワークに関する知識や人材は十分にある.ただし,工場のトラブルの多くはメカ系に起因する.この部分のトラブルデータを発見する人材は獲得,育成していく必要があると認識している.ただ,すべてのソリューションを弊社がやる必要はない.相手先の工場には専門家がいる.可視化するだけでも,彼等の発見を手助けできる.

持丸 ビジネス(収益)が,必ずしもソリューションサービスにシフトしていくわけではないということか?

島田 そう.もちろん,ソリューションサービスは実施する.あるいは,システムで可視化をして現場を助ける.この結果,可視化用件やソリューションプロセスに一定のものが見いだせれば,次はそれをシステムに組み込んで新バージョンとして販売する.本来,システム化できるのにシステム化しないで顧客から高額なサービス料を貰うというビジネスではない.

持丸 それは,現場のノウハウを集めて,システム化して販売していくというようにも受け取れるが?

島田 そういうことではない.現場における価値生産(付加される価値)はなにか? 現場は,全体を見渡すことなく効率化を実施してノウハウと称しているのではないか.それが本当の価値生産だろうか.製品として本来持つべき価値をきちんと生産する.現場はそれに注力すべき.「現場が個別に(各工場でバラバラに)やる必要のない部分」を標準部分として提供し,それを絶えずアップデートしていくというのが弊社のビジネスモデルだ.プラットフォームビジネスを推進するために,弊社はポートフォリオを見直し,クライアントと競合するような事業は売却を進めてきた.われわれは,水平指向であり,プラットフォームビジネスである.全社的に,その方向性で推進している.日本企業は顧客指向である反面,視野が狭いところがある.たとえば,物流の先が見えていない.その先に,真の顧客が居る.われわれは,そこまで見渡せるプラットフォームを標準として提供したい.

戸谷 国際市場の認識について聞かせて欲しい

島田 米国と中国を意識している.中国を意識する説明の必要はないだろう.米国はシェールガス以来,製造業へ回帰しており,製造プラットフォームにおいて大きな市場になると考えている.

戸谷 Industrie 4.0はドイツの国策だが,御社としてドイツという国の枠組みにこだわるのか?

島田 企業は国を意識していない.確かに,弊社は本社をドイツに置き,政府とも密接な関係を持っている.Industrie 4.0でも大きな役割を担っている.それはドイツのためでもあるが,われわれにとっては自社のためでもある.プラットフォームビジネスとして,アジア,南米,インドなどどこにでも出ていく.東欧や中国は特に重要だと考えている.ドイツ国内にはこだわらない.

戸谷 アフリカはどうか? BOP(Base of the Pyramid)市場は?

島田 教育に税金をかけられない国では,製造業は勃興しない.アフリカはまだ無理だ.ウォッチしていくが,いま,すぐ,出ていくわけではない.そもそも,先進国だけでも製造業は安定市場である.特に食品製造は(景気変動にかかわらず)3%の伸びを維持しており,大きな市場だ.

持丸 B2Cには乗り出さないと言うことだが,検索サイトや電子商取引サイト企業の持つデータベースや知識ベースについてはどう考えるか?

島田 彼等は製造プラットフォームビジネスの直接の競合ではないが,クラウドの知識ベースについては注視している.そもそも,中長期的には工場のPLCはクラウド型ソリューションに置き換わるかも知れない(パソコンがクライアント端末に置き換わったように).PLCというコントローラーを持つことではなく,設計→即製造のためのロジックを持つことが競争力の源泉だと考えている.

戸谷 設計→即製造のためのニーズは顧客から取る?

島田 顧客群からネットワークを使って大量にニーズを集めれば良いものが作れるというアイディアは何度も出ているが,誰も成功していない.Steve Jobsも言っていたが,顧客は新しいモノを産み出せるわけではなく,新しいニーズを想起できるわけでもない.なにかを提示されれば,良し悪しを判断し選ぶことができる.マス・カスタマイゼーションでは選択肢を増やして顧客に提示をする.顧客の選択結果情報を集めることがニーズを集めるということならば,質問への回答はYESとなる.

持丸 B2Bのプラットフォームビジネスに注力しながら,エコシステムとしては顧客リーチまで含めた視野を持って進めると言うことか?

島田 その通り.周辺への目配りと影響範囲の選択がビジネスの基本.見ないのは良くない.絞り込めないのも良くない.

持丸 標準化への取り組みを聞かせて欲しい.

島田 当然ながら,弊社も積極的に参加している.合意形成を進めて行くには,具体的な事例(ビジネスケース)を見せることが有効だ.われわれは,実際の事例を見せながら,地道にこれを進めている.大事なことは,標準はオープンだと言うことだ.標準によって市場をコントロールするのではなく,標準によって市場を拡げるのだ.その拡がった市場で大きなシェアをとれるかどうかは,その後の競争だ.いずれにしても,標準化することが,クライアントのメリットになり社会の効率化になる.だから標準化してオープン化するのであり,弊社が市場支配するために標準化するのではない(どうも,この辺が日本政府に誤解されている気がする).

4. インタビューを通じての著者見解

本インタビューでIndustrie 4.0という施策の本質的な目標と,その中で,設計から製造に至る工場内・工場間工程のデジタルプラットフォームを獲得しようとするSIEMENS AG社の戦略を明快に知ることができた.製造工程のシームレスな連携を図るプラットフォームにフォーカスしつつ,上流工程についてはアンテナを張って他社との連携を進めていくという姿勢には企業らしいバランス感覚を見ることができた.インタビューからは,Industrie 4.0の基本構想がカスタマイゼーションによる顧客価値を低価格と短納期で実現するという工学設計の範疇 (QCD : Quality, Cost, Delivery)に留まっているのか,より革新的な構想を打ち出しているのかは捉えきれなかった.おそらくは,背景に革新的構想があると察せられるが,これについては改めての調査,インタビューが必要であろう.

島田氏からは,工業製品におけるカスタマイズの日本とドイツの違いが指摘された.サービス業は文脈価値が重視されることから,さまざまなカスタマイズの形態を持っている.サービス業を学ぶことは,製造業のサービス化の一助となるかもしれない.

製造業がサプライチェーンの上位にポジションを移行していくことが収益性向上の必須条件とする意見も多いが,ドイツでは,強みのある部分に各企業が特化しつつ国全体として価値創造の輪を完成させようとしている.その試みは成功するのか,またその成果は個々の企業にとっても成功を意味するのか,今後の動向に注目したい.

著者紹介

  • 戸谷 圭子

明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授.日本学術会議連携会員.筑波大学大学院経営・政策科学研究科博士課程修了.博士(経営学).専門はサービスマーケティング.サービスにおける共創価値尺度の開発,製造業のサービス化研究に従事.

  • 持丸 正明

産業技術総合研究所人間情報研究部門長.1993年,慶應義塾大学大学院博士課程生体医工学専攻修了.博士(工学).専門は人間工学.人間の身体特性,行動と感性の計測とモデル化,産業応用研究に従事.

*1  ドイツ語である.

*2  Product Lifecycle Management

*3  Manufacturing Execution System

*4  Manufacturing Operations Management

*5  Programmable Logic Controller

*6  Customer Relationship Management

 
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