2016 Volume 3 Issue 1 Pages 34-37
下剋上プロジェクトとは,著名な研究者やビジネスパーソンとサービス学に係わる若手研究者との交流を促すことでサービス学全体を盛り上げることを目的としたプロジェクトです.本記事では,下剋上プロジェクトの一環として,サービス学における重要なテーマについて若手研究者が識者にインタビューした内容をご紹介します.
今回は,株式会社スーパーホテル(以下,株式会社を省略)の山本 梁介会長にご協力いただき,「顧客満足」についてインタビューを行いました.スーパーホテルは,JCSI(日本版顧客満足度指数,詳しくはサービソロジー Vol.2, No.3の「下剋上プロジェクト」を参照)のビジネスホテル部門において,2009年度と2014年度に顧客満足度1位を獲得しています.その他にも,顧客本位にもとづく優れた企業に贈られる賞を多数受賞しています.
鈴木 御社では,顧客満足を重視した経営を行っていらっしゃると伺っていますが,そもそも御社では顧客満足をどのようにとらえていらっしゃるのかについてお教えください.
山本会長(以下,敬称略) 私どもが常に言っていますのは,「1円あたりの顧客満足度を地域ナンバーワンにしよう」ということです.あらゆるお客さまに,あらゆるコンセプトでナンバーワンになるというのは非常に難しいと思いましたので,私どもはターゲットとするお客さまを絞り込みました.頻繁に出張されるビジネス客に絞り込んだのです.そして,その絞り込んだお客さまが,どういうことを一番に望まれるかということを考えた末,「安全で,清潔で,ぐっすり休めること」と結論づけました.そこで,この3つに関しては,他のホテルの追随を許さずに極めていくと決めました.
鈴木 なるほど,ターゲット顧客層を限定することで,顧客ニーズを明確にされたわけですね.ビジネス客の満足とは,具体的にはどのようなイメージをお持ちでいらっしゃいますか.
山本 私どもは,満足(していただくこと)を考える前に,不満を持ってもらってはいけないと考えています.不満を残して帰ってもらうということは,プロではありません.まずは,不満を取り除くということを一生懸命やるわけです.
お客さまの不満は,身だしなみ,接客,クリンネス,そして朝食に集まります.この4項目については,お客さまに4点満点で評価いただいています.スーパーウェアというシステムで全店の結果を管理しているのですが,下位20店舗には,優秀なスタッフが2カ月以上張り付いて,点数を上げるための指導をしています.常にレベルアップしながら,できるだけ不満を取り除いていくということをやっているのです.
しかし,それだけではやはり駄目で,「満足」という座標軸を「感動」に持っていこう,ということを一番の基本にしています.この感動がどういうものかというと,ディズニーランドやシティホテルの場合,旅行気分やおとぎの国のような非日常の感動なのですが,私どもは日常の感動を行っていこうと考えています.そのため,たとえば,「おはようございます」1つにしても,心を込めて「おはようございます」の挨拶をしようと言っています.「おはようございます」1つで,朝の目覚めがすっきりするような「おはようございます」です.それから,「いってらっしゃいませ」は,「今日1日,なんかいいことがありそうだな」と感じられるような,そういう「いってらっしゃいませ」の挨拶にしよう,と.
要するに,日常の,何でもない当たり前のことに,感動をつくっていこうということです.感動というのは,「ここまでやってくれるのか」「ここまで考えていてくれたのか」ということが源なのですね.当たり前のことを感動に変えていくためには,人間性を磨かなければならないし,また,感謝の気持ちがないといけないと考えています.
ということで,私どもでは,「自律型感動人間」というのを人材目標にしており,全仕事の6割ぐらいが人間性を磨くということになっています.仕事を通じて,あるいは研修を通じて人間性を磨くということを基本にして,日常の感動をお客さま,あるいは社員同士,ビジネスパートナー,または地域へ与えていこうということを,経営の基本に置いています.
鈴木 持続的な利益を生み出すために,御社では低コスト戦略を取っていらっしゃると思うのですが,低コストを極めていく上では,余分なコストを徹底的にカットしていくというのが合理的な判断になると思います.けれども,御社の特徴的なところは,顧客満足を追求するために,朝食の提供や社員の教育など,お金をかけていらしゃる部分もありますよね.利益率を上げようと思うと,なかなかそういった支出はされないかと思うのですが,どういったお考えがあったのかをお聞かせいただけますでしょうか.
山本 最初は,私も生産性一本で考えていました.どこよりも低コストのものをつくって,価格破壊をしようということで,この業界に入りましたので.その切り口が,ノーキー・ノーチェックアウトのITシステムでした.特許庁からビジネスモデル特許をいただいたシステムは,IT化の極みみたいなものです.要するに,チェックイン機で24時間チェックインができ,それをテレビカメラで管理できるのです.ですから,本部が1つあって,そこに人がいれば,24時間,ほぼ無人でホテルを運営できるというシステムです.
しかし,いざ博多でオープンしようとしたら,保健所が待ったをかけてきました.というのは,ホテルには,フロントに人が立ってフェイス・トゥ・フェイスでチェックインをしなければならないという法律があったのですね.
こうした経験から,サービス産業というのは,やはり生産性が1番ではないと思いました.顧客満足と生産性のバランスだな,と.ホテル自体が非常に人間臭いものなのです.人間というのは,フェイス・トゥ・フェイスで会うことで,お互いに共鳴し,感動するということが出てくるのです.これがホテルの1番だな,と.もちろん,生産性も突き詰めなければなりません.しかし,顧客満足も突き詰めなければいけない.生産性を落とさず,顧客満足度を上げることを徹底的にやっていこうと決めました.
私どものところでは,宿泊に関する部分ではセルフでやっていただく部分も多いのですが,フロントサービスに関しては,それこそシティホテルにも負けないぐらいのサービスを提供しようと考えています.IT化することによって事務作業の多くが不要になるので,サービスの質を上げることもできます.
朝食は,最初は完全なコンチネンタル・ブレックファーストでした.コーヒーとパンで始めました.しかし,お客さまのほうから,それでは元気が出ないというような話があって,やはり,朝食をきちっと取ってもらわないと,1日の元気が出ないと思ったのです.「腹が減っては戦ができぬ」なので,朝食に力を入れていこう,と.若干,方向としては,割安から割得へ変わりましたが.
鈴木 朝食に力を入れると,どうしてもコストが上がってしまうと思うのですけれど,それでもそれをやることのメリットは,どこにあると考えていらしたのですか.
山本 「ぐっすり眠れる」ということに力を入れるとなると,一番安いのは,カプセルホテルになります.しかし,私もサラリーマンをやっていたので分かりますけど,カプセルホテルでは,ぐっすり眠れないし,頭もはっきりしない.いくら宿泊費が安くても,明くる日の商談がバチッとまとまらないと,ビジネスマンとしては成功したことにならないですよね.そのため,「ぐっすり眠れる」というのは,きちっと眠って,頭脳明晰,気持ちもぐっと引き締まって,仕事をしっかりできる,ということだと考えたのです.そのためには,きちっとした朝食を食べてもらうことだなと思って,サービスを上積みしていきました.
鈴木 御社の強みは,よく言われているITや経営の仕組み以上に(もちろんそれも強みだと思いますが),リピート客の存在*1だと考えているのですが,ビジネス客に特化し,睡眠や朝食に力を入れて,顧客満足を高めて,リピート客を増やしていくというのは,もともと経営戦略として山本会長が描かれていたものでしたか.あるいはリピート客の多さは結果論なのでしょうか.
山本 私どもとしては,やはりリピート客を増やすことが正しいことだと最初から思っていました.たとえば,地方の店舗でしたら,お客さまとなる5社を決めまして,そこを徹底的に深掘りします.5社の関係会社あるいは系列会社の方など,スーパーホテルに泊まってもらえる5社の社員の占有率を高めていくということでやっています.
今,インバウンドでたくさんのお客さまがお越しになりますが,私どもとしては,やはりビジネス客を大切にしようと思っています.インバウンドでお客さまがバッと来られて,リピート客の方が隅に追いやられていたら,何をしているのか分からないということですね.ですので,交通公社やツーリストといったところのお客さま,それから団体客でも20名以上のお客さまはご遠慮させていただいています.
鈴木 御社の「第二の我が家」というのは非常に良いコンセプトだと感じているのですが,あれは,どのように思い付かれたのですか.
山本 そうですね.一番くつろげるということで,口はばったいけれど,第二の我が家以上に気持ちのいいホテルをつくろうということでやっています.やはり,一番くつろげるのは我が家ですからね.ぐっすり研究所*2で研究していましても,一番眠れるのは我が家なのです.ホテルではちょっと落ちてしまいます.そこで,できるだけ我が家に近づけていこうということになり,そこから,第二の我が家にしようということになったのです.
2.4 JCSIの意義鈴木 小野先生(青山学院大学)によると,米国では,顧客満足度指数は最終的には企業の収益性や株価と対応を取ることにあるのですが,日本の場合,どちらかというと,現場のほうに目が向く傾向にあって,業務をどう改善するかに向く,と伺ったのですが(サービソロジー Vol.2, No.3の「下剋上プロジェクト」を参照),山本会長はどのようなご意見をお持ちでいらっしゃいますか.
山本 私の独特の経営感だと思うのですけれども,拡大よりも,エクセレントな経営をしようと考えています.エクセレントとはどういうことかというと,顧客満足が常に上がっていて,そして,地域への貢献もできるということです.それと,顧客満足度は社員満足度でもありますから,社員が経営理念を共有しながら,仕事を通じて自分の感性や人間力を磨いていって,一皮も二皮もむけていくことが大事です.
顧客満足が上がり,社員の気質やスキルが上がっていく.これがないと,いくら利益が上がってもそれは意味のないことです.売上や利益は後から付いてきます.ですから,顧客満足を高め,そして,それを高めることによって社員も伸びていく,こういう循環をつくり出していくことが,企業を経営している意義の1つであると考えています.
鈴木 御社にとって,JCSIというのはどのような意義がありますか.
山本 これは大きいですね.私どものところでも顧客アンケートなんかも取っていますけど,JCSIでは,6つの指標からいろいろなことがきちっと出てきます.私どもは,JCSIを見て,改善・改良をしています.顧客満足度は計数化しにくいのですけれど,非常にパーフェクトに計数化していただいているので,経営に全面的に取り入れながら,反省材料,あるいは,伸びる材料にしています.
鈴木 JCSIでは,そういうデータを継続的に取っていますが,御社にとってそうしたデータは意味がありますか.
山本 ありますね.経年の推移,右肩下がりか右肩上がりかということが見えることで,私どもとしては,努力できていたのかどうかが分かります.
それから,ホテル業界だけでなく,全サービス業界の数字も出てきますが,他のサービス業界の勉強もできるので,たいへん助かっています.
鈴木 御社にとって,JCSIで1位や2位というのは,意味を持つものでしょうか.
山本 1位と2位とは雲泥の差です.日本で一番高い山はと聞くと,富士山と皆が答えを知っていますが,2位は全然分からないですよね.やはり1位を取るということは,私どもにとって自信になりますし,お客さまのほうでも,普段はもう少し宿泊費の高いホテルに泊まっておられる方がJCSIで日本一になったから1回は泊まってみよう,といったケースが増えます.実際に泊まってみると,コストパフォーマンスもいいし社員のサービスもいいので,これから大いに利用させていただきますという反応をされる方も多いのです.ですから,1位になるということは,新客を呼んでくるという点でも非常にプラスになります.
それから,もう1つは,社内的な話なのですが,現場に「ありがとう」というメッセージが送れます.現場も,1位になったということで,より一層,サービスや顧客満足に磨きをかけようと張りきってくれます.そういう意味では,誇りとか,張りきり方とか,モチベーションが変わってきますね.
鈴木 そうなのですね.
山本 それなので,2位や3位になると,皆,少し落ち込みます.それはそれでいいのですけど.反省して,いろいろと改善・改良しますから.このままではいけないということで.
鈴木 小野先生をはじめとした,JCSIの開発を担当された研究者によると,ランキング自体にはあまり意味はなくて,むしろ順位間での点数の差に意味があるそうなのですが,そうは言っても,企業にとっては,やはりランキングは大きな意味があるということですよね.
山本 はい.
鈴木 インパクトも違いますか.
山本 やはり1位だと,お客さまにとっても,内部的にも違いますね.
鈴木 JCSIで1位になりましたというと,お客さまの反応は違いますか.
山本 違いますね.JCSIで1位になった企業だね,と見られている感があると思うのです.
鈴木 それは面白いですね.あと,社員とのコミュニケーションにもJCSIを活かしていらっしゃるのですか.
山本 はい.1位を取ると,インターネットで社内に流しますし,パンフレットも作ります.ですから,1位を取ると,社内がお祝いムードになります.それから,(1位を獲得すると)私どもの社内だけでなく,ビジネスパートナーの方々にも喜んでもらえます.朝食や清掃を担当いただいている方など,たくさんの方から「あ,取りましたね」とお声がけいただきました.
鈴木 そうなのですか.
山本 清掃の方も,JCSIについてよく知っているので.1位を取ると,皆が喜んでくれて,歓声が上がるという感じです.そのため,私どもとしては,非常に大事にしている指標です.
鈴木 御社についていろいろと知る貴重な機会となりました.本日は長時間にわたりありがとうございました.
株式会社スーパーホテル会長.その他,株式会社スーパー・コート会長,ならびに社会福祉法人聖綾福祉会理事長も務める.主著に『5つ星のおもてなしを1泊5120円で実現するスーパーホテルの「仕組み経営」』(共著,かんき出版)他.
京都大学大学院経営管理研究部特定講師.博士(経営学).専門は,消費者行動論,国際マーケティング.おもてなし経営企業選(経済産業省)H25,H26選考委員.主著に『イノベーションの普及における正当化とフレーミングの役割』(白桃書房)のほか,国内外で,消費者行動論分野ならびにマーケティング分野での論文多数.