2016 Volume 3 Issue 2 Pages 56-57
2016年2月16日,東京・御茶ノ水の明治大学駿河台キャンパスの紫紺館において,科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)ならびにサービス学会の支援によって,戸谷プロジェクトシンポジウムが開催された.平成24年10月から平成26年9月までの3年間にわたり,明治大学専門職大学院で教鞭をとる戸谷 圭子教授を代表として実施された,研究開発プロジェクト(以下,PJ)のアウトリーチ活動である.本シンポジウムは,成果報告とパネルディスカッションの2部構成で,成果報告は戸谷氏と新井 康平准教授(群馬大学)よりなされた.パネルディスカッションは2名に加え,本PJメンバーより大浦 啓輔准教授(立命館大学),ならびに大西 立顕准教授(東京大学)も参加,活発なディスカッションとなった.来場者は研究者のみならず実務家も多く,約40名が参加した.実りの多い議論が交わされ,興奮冷めやらぬまま終了した.
本PJテーマは,「金融サービスにおける企業・従業員・顧客の共創価値測定尺度の開発」である.はじめに,戸谷氏よりPJを始めた動機,研究概要についての講演があり,その後の成果活用事例では,戸谷氏,新井氏より報告がなされた.戸谷氏は,銀行での職務経験が豊富で,当時の経験が本PJを始める動機となっているという.また,共創価値測定尺度が,現在のサービス研究の中で重要な課題に大きく関与していることにも触れ*1,実務のみならずサービス研究の基盤構築としても重要な取り組みであることが紹介された.
来場者の多くがビジネスパーソンということもあり,尺度開発の方法論には時間を割かず,活用事例が中心となった.尺度を適用した多数の事例の中,今回は2つの事例が取り上げられた.1つ目は,ステークホルダー(企業・従業員・顧客)間の共創価値の変化が,顧客満足,従業員満足,企業の収益へどのような影響をもたらすかを見る方法である.これは,企業収益と顧客満足を同時に,また企業収益と従業員満足を同時に向上させる共創価値を見つけ出すという,前例のない試みで大変興味深い内容であった.続けて新井氏より,CSV(Creative Shared Value)として地域経済への貢献事例が報告された.近年,統合報告書*2を提出する企業が増えているが, 複数の報告書をただ単に統合しただけの物も多いという.この統合報告書に中長期的な視点を含んだ内容として,測定した共創価値を掲載するという提案である.企業の決算資料は,収益などの財務数値が多く,この提案事例も筆者にとって非常に興味深かった.
第2部では,戸谷氏,新井氏,大浦氏,大西氏の4名をパネリストとして,持丸 正明氏(産業技術総合研究所 人間情報研究部門長)をモデレーターとしてパネルディスカッションが始まった.持丸氏よりテーマが投げかけられ,来場者とプロジェクトメンバーが議論する形で行われた.ここでは,議論された内容の一部を紹介したい.
持丸氏 企業の潜在的価値を可視化する共創価値測定尺度を使用することで,より良い経営判断が可能になると思われる.これを適用する上で何がハードルとなるのかを,来場者の皆様からご意見を頂きたい.
参加者A氏 自動車メーカ勤務だが,いかに全社を巻き込むかが課題.製品は自動車のみだが,会社の組織としてモノづくりをするところと本社機能との間に非常に大きな壁がある.特定部署への適用は可能か?
持丸氏 PJメンバーへお聞きしたい.製造部署や設計部署で分けて展開するということは可能か?
大浦氏 部署単位ではなく,プロジェクト単位レベルであれば導入の可能性は高いと思う.
新井氏 個人的な意見として,自動車メーカで適用をする場合はディーラーを巻き込むことも一案ではないか.通常,顧客はメーカではなくディーラーへ行く.顧客が,何を信頼して自動車を購入しているのかを知りたいのであれば,これも1つの案となり得る.
戸谷氏 誰を顧客と置くかで変わる。ディーラーを顧客と置いても,あるいは最終ユーザーを顧客としても良い.サービス分野では,インターナルマーケティングの考え方で,支店や支社を本社の顧客とみなすこともある.
参加者B氏 IT企業に勤務しており,顧客がシステムにどのくらいのコストをかけ,どれだけの価値を生み出すのかに興味を持っている.顧客へシステムを提案する際に,共創価値を取り入れることで,より効果的な提案が出来るのではないかと感じた.このような使い方は可能か.
戸谷氏 可能.共創価値を定点測定すれば時系列比較ができる.例えば,システム導入前は知識価値がこれくらいだったが,導入後はどうなった,とか.
参加者C氏 今,勤務している会社では,顧客データや人事情報などのハードルが非常に高い.コンパクトに実施したとしても,得られた結果がどのように売上に寄与するのか理由を問われる.このモデルを適用する際,トップやそれに近いキーパーソンに動いてもらう必要があるが,どうやってその気にさせるかも課題となる.
戸谷氏 そもそも,危機感があるかどうかが重要となってくる.サービス化しなくても生き残れるのであれば良いが,その議論ができているかどうかが重要.顧客を観なければ企業がダメになる,という本当の危機感があれば企業は変われる.サービス化を戦略とするには,トップ自身が変わるのを待つのではなく,トップを変える人が回りにいるかどうか.これは企業規模は関係ないので,是非とも前向きに取り組んで頂きたい.
本シンポジウムは,平日の開催にも関わらずビジネスパーソンの来場が多かった.このことからも共創価値について実務に携わる方々が興味を抱いていることが容易に創造できる.是非とも,興味で終わるのではなく,多くの企業が実践し,結果として社会貢献につながるような流れが出きることを期待したい.
〔丹野 愼太郎(産業技術総合研究所)〕