Serviceology
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Special Issue: "Service Design: state of the art and research challenges"
Context Centered Design - New Design Strategy for Manufactureres Re-servitization
Yoshiki Shimomura
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2017 Volume 3 Issue 4 Pages 22-29

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1. はじめに

製造業の本務は,顧客に代わってモノをつくり,対価を得ることにある.すなわち,製造業によるものづくりにおいて,モノとサービスは本来不可分である.製造業の理想は,顧客にはできない高いレベルのものづくりを行い,顧客の要求を満たすことを通じて社会に貢献し,相応の十分な対価を獲得し,自らと経済,延いては社会の成長と発展を促すことにある.そしてその実現にあたっては,製造業がつくるモノを実際に使用する顧客の,モノの使用に係る営みを正しく理解し,顧客とともにモノの使用に携わり,モノおよび関連するサービスに求める機能,品質,そしてその結果として得られる価値を造る者と使う者で共に創造し,合意し,分かち合うことが求められる.これは経済の摂理である.しかし戦後20年に渡って続いた高度成長の趨勢は,製造業にこの摂理を見失わせるに十分な圧倒性を有した.結果として,サービスと可分なものづくり,造る者に閉じたものづくりがあたかも可能であるような錯覚に,製造業ばかりでなく社会もまた捉われてしまった.しかし,先進国を起点として20世紀の高度成長期は終焉を迎え,大量生産による効率化と低コスト化を追い求めることで,製造業がこれまで通りの価値を創出し続けることが極めて難しい時代が到来した.今や製造業にとって,そのものづくりを原点に回帰させ,事業を再生し,持続可能とするために,ものづくりというサービスを高度化させること,すなわち「製造業の(再)サービス化」が必須の課題となった.以上の背景のもとで,製品とサービスを統合的に提供することにより,製造業が失われた競争力を再獲得し,そのビジネスの持続性を将来に渡って高めることを可能とする1つのビジネス思想として,製品サービスシステム(PSS: Product-Service Systems)(Tukker and Tischner 2006)(Meier, Roy and Seliger 2010)と呼ばれる考え方,およびこれに基づくビジネスの開発と実践に注目が集まっている.またほぼ時を同じくして,経済の新たな世界観を表す概念として,Service-Dominant Logic(SDL)(Vargo and Lusch 2004)(Lusch and Vargo 2014)が提唱された.SDLでは,製造業が,製品とサービスの使用に関連する様々なコンテキストに伴って顧客が知覚する文脈価値を提供すべきであることが主張された.文脈価値は,製品サービスが使用され消費される過程において,提供者と受給者が相互に作用し協力することによって共創される.そして共創される製品とサービスの文脈価値を高めるためには,PSSの提供者と受給者が互いの文脈と必要な知識を共有し,理解し,使いこなす必要が生じる.しかし,文脈価値の共創の担い手であるという意識を必ずしも持たない受給者と製品サービスの提供者が,ここでいう文脈や必要知識を共有することが容易ではないことを,昨今の製造業ビジネスの数多の失敗の事例が裏付けている.文脈の重要性はContext Aware Computing(Abowd et al. 2001)など,ICTサービスの関連分野でも集中的に議論されているが,そこにおいても扱われる文脈は顧客理解の域に留まっており,提供者と受給者による文脈と必要知識の効果的な共有の方法を提案するには至れていない.すなわち製造業が今まさに手に入れるべき再生の手段の1つとは,提供者と受給者,造る者と使う者による文脈と必要知識の効果的な共有の方法に他ならない.

本稿では以上の背景に基づき,製造業による価値共創において文脈の理解と共有が果たす役割について,サービス工学の観点から論説するとともに,造る者と使う者による文脈と必要知識の効果的な共有の実現に関する著者による試行の内容について,いくつかの開発事例をもとに紹介する.なお,本稿においては以降,特に断りの無い場合,文脈と同様の意味にてコンテキストという表現を用いる.

2. 人工物工学とサービス工学

製造業による価値共創における文脈理解が果たす役割とその実践について述べる前に,著者らによるサービス工学に関する取り組みの歴史について整理しておきたい.著者らによるサービス工学に関する研究の元始は,吉川によって提唱された人工物工学にある(吉川 1995)(藤田他 2004).産業革命以降,工学は大量生産可能化技術の体系化学問として急速な成長を遂げた.しかしその直接的な成果物として生み出された多種多様な人工物が新たな人工環境を形成した結果,その雑多さ,影響の広範さと甚大さは,もはや工学という一領域で扱う限界を超えていることを多方面から同時に指摘されるに至った.人工物工学は,この強い社会的要請に応え得る新たな学際教育課程を,これまでにないトランスサイエンス(Weinberg 1972)として構成するための礎として1992年に誕生した.人工物工学は,人工物に関する議論を通じてアカデミアとしての直接的な社会貢献を成すという明確なミッションのもとで,多様な視点から人工物が直接的,間接的にもたらす社会問題の解決を目指した.そして,その当然の帰結として,2001年にサービスという人工物を工学的に論じるための体系の必要性を主張し,これをサービス工学と呼んだ(吉川 2008)(下村他 2005).サービス工学は,今や経済の中核を成すサービス産業の一層の生産性向上を達成することと,これまでにその重要性を述べた製造業の(再)サービス化を実現し,製造業がもたらす付加価値の増大を実現する新たな成長戦略,差別化の源泉を社会に供するという2つの大目的を掲げた.そして,この大目的をサービスを設計するための工学的な手法と方法論を開発することにより達成する実学として,積極的な研究開発活動を展開した.その研究開発活動の経緯において,我が国におけるサービス工学には2つの異なるアプローチが派生した.一方は理論的なモデルに基づいてサービスを設計し,サービスの設計活動を支援する手法を開発するアプローチである.本アプローチはモデル駆動アプローチと呼ばれ,サービスの表現・設計を行うための構造,プロセス,利害関係者などのモデルとこれらのモデルに基づく設計知識管理やシミュレーションの手法の開発が精力的に行われた.他方はサービスの提供状況についてのデータを収集し,獲得したデータに基づいて,サービスのあるべき形態を提案するアプローチである.本アプローチはデータ駆動アプローチと呼ばれ,センサ等を用いたデータの収集と収集したデータをサービスに反映するための分析手法が数多く開発された.著者らは,前者であるモデル駆動アプローチによるサービス工学研究に従事し,サービスの表現・設計に係る問題の解決に応用可能な,主として設計方法論と設計支援手法に分類される研究を展開した.これまでそれぞれに独自の発展を遂げてきた上記2つのサービス工学のアプローチであるが,近年これら2つの研究成果を統合するとともに,サービス工学に強く関連するサービスデザインの領域に分類されるマーケティング分野,及びオペレーションズリサーチ分野の方法論,ツールまでも併せて統合することにより,サービスの設計・導入・運用・改善を持続的に実現するより実践的な手法を整備する試みが開始されている.この試みは,単にサービス工学の強化をもたらすばかりでなく,本分野に参画可能な研究者層,分野を跨る共創を拡大し,我が国の人工物工学の発展に寄与することが大いに期待されている.

3. コンテキスト中心設計

以上までに,製造業においては,文脈価値を理解し,その共創による実現が重要であることを述べた.では,文脈価値に係る文脈(コンテキスト)と何か,また,コンテキストと価値共創の間にはいかなる関係が存在すると理解すべきであろうか.この問いに対する1つの答えは,これまで主に経営学の分野で培われてきたナレッジマネジメントに関する議論の中にある.ここではナレッジマネジメントにおいて定義された「場」の概念を中心に,場とコンテキスト,そして価値共創の関係を整理することを試みたい.

製造業によるモノの提供を含む広義のサービスの高付加価値化において,価値共創が重要であることは既に言うまでもない.価値共創とは,例えば提供者と受給者の間で要求とその充足方法を共に創造し,その充足に伴う経験を共有することであり,その共創と共有を実現する上では,提供者と受給者によるコンテキストの共有と活用が不可欠である.野中はそのSECIモデルの提案を通じて,知識とコンテキストという表現の違いはあるが,ほぼ同様の共創と共有のメカニズムの重要性をナレッジマネジメントの必要性として主張した(Nonaka et al. 2000)(野中他 1999).ナレッジマネジメントは,これまで知識創造企業が組織的知識を生み出すための基本的な仕組み,すなわち企業の内部戦略として語られることが主であったが,その後のSDLの展開と普及により,提供価値に替わる使用価値や文脈価値が重視されるようになった今,この組織的知識,コンテキスト共有の必要性は提供者の組織に閉じた問題ではなく,提供者と受給者,あるいは,その他のステークホルダーとの間においても同様に求められるようになった.このことこそが,価値共創とコンテキストの関係である.野中は動的に変化するコンテキストが関係者によって共有された結果を場と呼び,ヒトと社会の存在の基盤となる時空間を含む場所性の概念として定義した.この定義に基づけば,製造業が手に入れるべき,提供者と受給者,造る者と使う者による文脈と必要知識の効果的な共有とはすなわちここでいう場を形成することであり,場の良否が.提供者と顧客の間で行われる要求とその充足方法,そして,その結果として共創され獲得される価値の質を決定する.すなわち製造業は,動的に変化するコンテキストを製品やサービスの使用者を含む多様な関係者とともに良好に共有する手段を獲得し,良質な場を形成することが必要である.本稿の冒頭でも述べたように,コンテキストの重要性はContext Aware Computingなど,ICTサービスの関連分野でも近年集中的に議論されているが,そこにおいても扱われるコンテキストは主に顧客理解の域に留まっており,提供者と受給者によるコンテキストと必要知識の効果的な共有の方法を提案するには至れていない.製造業において必要とされているのは,提供者と受給者,造る者と使う者によるコンテキストと必要知識の双方向かつ効果的な共有の方法である.

ニッチと呼ばれる市場を例に取り,そこでの形成が推測される場の特徴について考えてみる.ニッチ市場とはwell definedではあるが特殊なコンテキストの共有により成立している良質場である(山田 2015).well definedであるが故に,提供者と受給者の間には高いレベルのコンテキストの共有と合意の形成が成立し,極めて良質な場の形成に至っているものの,そこで共有されているコンテキストが特殊であるためにメジャー市場にはなり得ない.一方でこのコンテキストの特殊性が提供者のコアコンピタンスとうまく噛み合っている場合,他の競争者の侵入を許さない,強固に守られた場となる.また,このような場における高いレベルのコンテキストの共有とこれに基づく合意の形成は,持続性の高い,安定した提供者と受給者の関係構築を可能にする.社会においてはこのようなニッチな製品とサービスの提供場を形成されている例は決して少なくはなく,また,その殆どは以上に述べたコンテキストの共有の在り方として説明することが可能である.

さて,以上に述べた提供者と受給者,造る者と使う者によるコンテキストと必要知識の双方向の共有とその結果としての場の形成を中核とする製品とサービス設計の在り方を「コンテキストベースド設計」と呼んだ場合,コンテキストを中心とする設計の在り方には,これとは異なるもう1つの形があることに気づく.著者らはこれを「コンテキスト設計」と呼ぶ.コンテキストベースド設計が,関係者によるコンテキストと必要知識の双方向の共有結果に基づく製品とサービスの設計であるのに対して,コンテキスト設計はコンテキストそのものを設計対象として扱う設計である.一般に場の形成時のコンテキストの共有過程では,止揚(揚棄,aufheben)(長谷川 1997)と呼ばれるコンテキストの変容がしばしば発生し,場の関係者それぞれのコンテキストは場の形成を経て,止揚により相互に変化する.コンテキスト設計は,いわばこの止揚を意図的に発生させ,場の関係者のコンテキストの変容を促すことにより,結果として新たな共創価値の創出を実現するものである.極めて新規性,創造性の高い製品やサービスの設計解に関して,場の関係者における提供者のコンテキストの共有が十分に為されず,当該製品やサービスが発現し得ると提供者が想定した価値が結果的に共創されない場合が社会において散見される.その一方で,関係者のコンテキストの変容を促し,新しい共創価値の創出に成功したコンテキスト設計の事例も存在する.レンズ付きフィルム,携帯音楽プレイヤ,スマートフォンなどがその例であろう.レンズ付きフィルムと呼ばれる1986年に登場した,当時他に類似する例の無かった機能販売型PSSは,精密機器という印象の強かったカメラをそれまで積極的に写真を撮ることの無かった受給者層に普及させ,まさにコンテキストの変容を生ぜしめた(佐藤 2002).一方で,当初,110フィルムに樹脂製の機構部品と紙ケースを付与し,使い捨てるものとして登場した同製品は,他の関係者との場の共創の結果,提供者のコンテキストの変容を促し,閉ループ型製品循環,機能販売という製造業による新たな価値提供の形を創出させた.これはあくまでも一例に過ぎないが,コンテキスト設計とコンテキストベースド設計は,製造業による広義のサービスの高付加価値化を達成する上で,極めて重要な設計戦略であり,この包括的な支援の方法を供することがサービス工学における喫緊の課題の1つである.

4. サービス工学の実践

以上までに述べた背景のもと,著者らは製造業を中心として新たなサービスを提供する産業の創成,工学的視点のもとで既存のサービスの競争力向上を実現するための手法やツールを提供することを目的として,サービスの基礎的理解と設計・生産・開発のための具体的な工学的手法に関する研究開発をサービス工学の呼称のもとで行っている.著者らはその具体的な取り組みとして,PSS設計の上流段階を対象とする設計支援と,より下流段階を対象とする設計解評価の2つの研究グループを中心とする研究開発を実践している.

設計支援グループは,PSSの開発を支援する方法論,およびそれに基づくツールを整備することを目的として,サービスの設計過程や設計知識に対する基礎理解や,サービス設計を支援するための設計知識管理手法,高い創造性を有するサービスの発想支援手法,新しい設計教育ツールなどについての研究開発を行っている.これらの研究成果は,Service Explorerシリーズと呼ぶPSS設計用CADツールや,産業界や横断的な大学院教育を対象とするPSSの理念教育を可能とする教育ツールの開発を通じて,国内外の企業,大学における実践的なサービス開発や教育に対する直接的な貢献に供している.

他方,評価グループは,高い信頼性を有するPSSの実現を目的として,サービスの故障解析や,提供時におけるサービス挙動の事前解析,サービスの諸特性を考慮したシミュレーション技術の高度化などについて常に実学的側面を重視した研究開発を行っている.

以上の研究開発の内容を図1に概観する.図1は,PSSの設計サイクルを同心円により表現しており,PSSの設計サイクルを,時計回りに配置した価値分析,実体化,評価の3つのフェイズにより表現している.図1の中央には,PSS設計サイクルを支援するツール群の中核的役割を担う0~5のモジュールを配置しているが,これらはService Explorer と呼ぶPSS設計用CADツールの主要コンポーネント群であり,主として設計対象の計算機上でのモデル表現機能を担うソフトウェアモジュールである.それを取り囲むように配置された4つの同心円は,内側から顧客視点,ビジネス視点,環境視点,横断的視点というPSS設計上の異なる視点を表現している.A~Xのシンボルは,著者らの設計支援グループおよび評価グループが,これまでに開発を行ったPSS設計支援のツール群を表現しており,4つの同心円および3つの設計フェイズにより,各ツールが支援の対象とするPSSの設計フェイズおよびその設計視点を表している.A~Xの設計ツールは,基本的にService Explorerの機能追加モジュールとしてソフトウェア実装されており,これらを選択的に採用することにより,設計者は必要とするPSS設計支援機能を有するService Explorerをカスタマイズし,使用する構成としている.

図1 PSSの設計支援ツール(下村 2015

5. 開発事例

著者はPSSの設計を支援する方法論,およびそれに基づくツール群の開発と並行して,開発した手法とツールを実際のPSS開発に適用する事例開発を行っている.本章では,それらのうち6つの事例を紹介する.

5.1 事例A: コンテキストの可視化手法

著者らは,提供者と受給者が互いのコンテキストを適切に共有することにより,良質な場を形成することを支援するために,PSSの提供に関与するステークホルダーのコンテキストを表現する手法の開発と開発手法の実事例への適用に取り組んでいる(三竹他 2016).本研究では,Contextual Graph(Nguyen et al. 2006)と呼ばれる意思決定サポートシステムにコンテキストの概念を導入した知識表現モデルに対して,BDIアーキテクチャ(Bratman 1987)(Rao et al. 1991)と呼ばれる心と行為を意図によって特徴付ける心理モデルの構造を組み合わせたコンテキストの可視化手法を提案している(図2).本手法は,製品サービスの設計や使用に関わる各アクターの意思決定プロセスにおけるコンテキストとその関係性を表現することが可能であり,製造業による広義のサービスの高付加価値化を達成するコンテキスト設計とコンテキストベースド設計を支援する手法及びツールとして期待されている.図3に本手法をモビリティサービスに適用したコンテキストの可視化の例を示す.

図2 コンテキストモデル(三竹他 2016
図3 コンテキストの可視化例(三竹他 2016

5.2 事例B: 不定点見守りシステム

近年,日本を訪れる外国人観光者は増加する傾向にあり,2020年の東京オリンピックの開催決定に伴い,この傾向が今後一層加速することが予測されている.しかしながらその一方で,日本の外国人観光客に対する接遇,例えば情報提供の方法については多くの要改善点が存在することが多方面で指摘されており,このことに起因して発生する問題は,外国人観光者のみならず,観光サービスの提供側にも大きなストレスを生じさせている.日本の観光力を増大し,外国人観光者の満足度の向上と,日本観光の一層のブランド化を実現するためには,国内における外国人観光者の行動や情動を把握し,これらの問題を解決することが必要であるが,現状,この目的に叶う効果的な方法が存在していない.著者らはこの問題を解決する1つの手段として,特殊な機器を必要とせず,低コストにより実現可能な不定点見守りシステムの開発により,日本を訪れる外国人観光者の行動や情動を,個人を特定することなく把握することを可能とする方法を提案している.EncounterLoggerと呼ばれる本システムはスマートフォン用のアプリケーションであり(図4),当該アプリケーションをインストールしたスマートフォンを携帯した見守り者のつぶやきを音声変換により即時にテキストデータ化し,感情タグ,GPSデータ,その他のバイタルデータとともにクラウドストレージ上に保存する.保存された見守りデータを汎用のブラウザ上で確認することにより,対象エリアにおける被見守り対象の行動や情動の傾向を把握することが可能である(図5). 本システムは,従来広く行われていた定点観測手法では実現できない,高い機動性と柔軟性,拡張性を有しており,外国人観光者に限らず,高齢者,学童などの弱者の見守り,災害時のボランティア活動など,広範な目的への応用と展開が期待されている.

図4 EncounterLogger
図5 EncounterLoggerによる見守りデータ

5.3 事例C: 中小企業向け生産自動化システム(下村 2015

製造業がその生産性を向上し,コストを低減する上で製造プロセスの自動化は必須である.また,工作機械への部品投入や製品の取り出し作業には多くの危険を伴うため,これらを自動化することは,単に生産性を向上するためだけでなく,製造に係る労働環境改善の観点からも重要である.しかし我が国の製造業の中核を成す中小製造業の自動化は依然として立ち遅れており,工作機械への部品供給作業などが多くの現場で未だに手作業が行われている.この理由の1つは,自動化に際して必要なロボットの現状の提供方式が極めて画一的であり,中小製造業のニーズに十分に呼応していないことである.ロボットが高額であることや,ロボット導入後のサポートが不十分なために稼働しなくなったまま放置されるケースがその一例である.

この問題を解決し,中小製造業の生産自動化を促進するためには,単にロボットという狭義の製品を販売するのではなく,ロボットとサービスを効果的に組み合わせた広義の製品,すなわちPSSを提供し,顧客ニーズに柔軟に呼応することが必要である.例えば,ロボットをリース/レンタル形態でサービスとして提供する,自動化対象作業そのものをサービスとして提供者が代行する,メンテナンス等のロボット導入後のサービスを適切なコストで提供することなどにより,導入費用やアフターサポートを含む顧客ニーズに柔軟に対応することが求められている.この考え方は,自動化設備の所有に拘らない,提供者と受給者の双方による脱物質的な機能利用を促し,省資源/省エネルギー/産業廃棄物低減などによる循環型社会形成の考え方にも合致する.

本事例では,中小製造業の製造プロセス自動化を加速するPSSを設計・開発することを目的として,顧客セグメント固有の特性を整理し,提供するロボット・ユニットの構成とサービスのバリエーションを洗い出した.結果として,本事業の主対象工程を部品ピッキング工程に設定し,これを自動化する基本システムを,部品供給作業用ピッキングロボット,画像センサ,コンベヤ等周辺機器により構成した(図6).次にこれら構成要素に対し,顧客ニーズに十分に対応するためのバリエーションを洗い出すとともに,自動化システムの運用前,運用中,運用後の各フェイズにおいて必要とされる,レイアウト提案,コンサルティング,教育,消耗品提供,メンテナンス,コントローラ調整等のサービスを洗い出し,提供するPSSの基本パッケージ,すなわち,ロボットの構成とサービスのバリエーションから,顧客ニーズを充足する製品とサービスの組み合わせを設計した.加えて,PSSのバリエーションを提供する上での顧客との契約形態(製品の使用権・所有権の所在や製品及びサービスに対する課金方法など)を検討し,複数のPSSの事業パッケージを設計した.自動化に対するニーズは,国内中小企業のみならず,人件費が高騰し続けている新興国企業においても予見され,本事例の基本アイディアは,海外市場への水平展開にも十分な期待ができる戦略である.

図6 中小企業向け生産自動化システム(下村 2015

5.4 事例D:モビリティサービスの要求衝突分析(下村 2015

サービスに関わるステークホルダーは,各自固有の多様な要求を有しており,それらの要求の間には,双方が合致する共通的な関係や,互いに対立する衝突関係が存在する.サービス全体の価値を高めるためには,このようなステークホルダー間における様々な要求の関係を適切に把握し,各ステークホルダーの要求を効果的に充足することが求められる.本事例では,サービスの改善を支援するフレームワークとして,複数のステークホルダー間における要求の共通項および衝突項を可視化する手法を開発し,実際のモビリティサービス設計への適用を行った.サービスは,多様なステークホルダーの相互作用により成立する.そのため,サービスの改善を行う上では,経営層の判断だけでなく,例えば実際に顧客との接点を有する現場従事者の経験や知識を活用することが必要である.実際のサービス現場においても,従前からQC活動などを通じた現場主導のサービス改善が実施されている.一方でそのような場において,一部の意見のみが過度に反映され,結果として不十分な改善しか達成されない状況が多々生じている.より効果的なサービスの改善を実現するために,サービスの提供に関わる関係者が現状のサービスが内包する課題を俯瞰的に共有し,合理的な解決策を導くための手法が求められている.

本事事例では,サービスに関わるステークホルダーを顧客(C),従業員(E),経営者(M),協業パートナー(P)の4種に大別し,これらステークホルダー間における要求の共通・衝突項を俯瞰的に分析する手法を開発し,実際のサービス現場に導入した(Shimomura et al. 2014).図7にその概要を示す.図7において,CEMPの各記号が示す矩形内には,当該ステークホルダーに対する要求分析を通じて洗い出した要求項目がリスト化される.そしてそれらが交差する10の区画において,その行/列のステークホルダー間における要求の共通・衝突関係が分析される.

本事例では,実際の会員制タクシーサービス事業に対して以上の手法を適用し,その改善を実施した.結果として,これまでサービス提供組織内で認識されていなかった対象サービスの課題が共有され,論理的に改善施策を検討することが可能となるなど,本手法の実フィールドにおける有効性が確認されている.

図7 要求衝突可視化ツール(下村 2015

5.5 事例E: PSS設計ガイドブック(下村 2015

著者らは,PSS設計プロセスの全体像を提示するとともに,プロセスの各段階で有効に利用できるツールを紹介することにより,社会におけるPSSの設計・開発の普及を図ることを目的として,PSS設計ガイドブックを開発している(図8)(Shimomura et al. 2014).本ガイドブックは,PSSの設計過程を「ASISの分析」,「TOBEの定義」,「TOBEへの移行」の3つのフェイズにより構成している.ASISの分析では,環境分析と顧客分析を通じて,自社が置かれた環境と,対象とする顧客を明らかにする.TOBEの定義では,コンテンツ・チャネル設計,PSSフロー設計,プロセス設計を通じて,顧客に提案する価値と,それを実現するためのパートナーやプロセスを決定し,導入準備を通じて,ASISからTOBEへ移行するための計画を立案する.各ステップでは,「ステップの目的」と「何を決めるのか?」を示した上で,これらを「どう達成するのか?」をツールの紹介を交えて解説している.また,一部のツールに関しては,その適用事例を併せて紹介している.

図8 PSS設計ガイドブック(Shimomura et al. 2014

ツールの紹介では,ツールの入力および出力となる情報を示すことにより,各ツールの機能を統一的に説明している.各ツールの入出力情報を,その他のツールの入出力情報と連携させることにより,ツール間のフィードフォワードループ/フィードバックループを形成している.

5.6 事例F: PSS理念教育ツール(下村 2015

PSSの設計においては,製品単体だけでなく,製品とサービスとの組み合わせから成るシステム全体が発揮する機能と価値に着目することが重要である(Shimomura et al. 2009).すなわち,製造業の担い手は,物理的製品の機能や品質といった製品単体の価値向上を主目的とした設計のみならず,「製品とサービスの統合による総合的な価値増幅」という,従来の交換価値中心のそれとは異なる観点に基づく設計を行うことが強く求められる.しかしながら,これまで製品中心型の技術開発や製品設計に携わってきた製造業の思考を,このような新しい観点に移行させることは容易ではなく,そのための教育の方法論やツールを確立することが多くの企業において求められている.著者らは,この要求に応える1つのアプローチとして,PSS設計教育のためのビジネスゲームの開発を行っている(図9)(Shimomura et al. 2014).ビジネスゲームとは,特定の教育目的に基づいて設定する仮想的なゲーム空間において,当該目的に関連する模擬体験を提供する教育手法であり,経営戦略やビジネススキルのような直感や経験の獲得が求められる分野の教育において広く活用されている.ビジネスゲームを用いた教育では,ゲームの勝敗やゲーム実行中の状況変化等を通じて,ゲームにおける意思決定とその結果との因果関係を体験的に学ぶことが可能であり,ビジネスに必要な観点や能力を効果的に体得することが可能である.著者らは,企業向けワークショップや国内外の大学院における横断的教育の場を通じて,開発したビジネスゲームのPSS設計教育における有用性を検証している.

図9 PSS理念教育ツールEDIPS(Shimomura et al. 2014

6. おわりに

本稿では,製造業による価値共創においてコンテキストの理解と共有が果たす役割の重要性について,サービス工学の観点から論説するとともに,造る者と使う者によるコンテキストの効果的な共有の実現に関する著者による試行について,6つの開発事例をもとに紹介した.実はここで紹介した事例のうち,3つの事例がコンテキストベースド設計,残る3つの事例がコンテキスト設計の試行を行ったものである.著者が各事例においてどのようなコンテキスト中心設計を目指したのか,是非分析を試みて頂きたい.

著者紹介

  • 下村 芳樹

首都大学東京大学院システムデザイン研究科システムデザイン学域教授.博士(工学).三田工業株式会社,川崎重工業株式会社,東京大学・人工物工学研究センター・助教授を経て,2005年より現職.主としてサービス工学,Product-Service Systems,設計工学,ライフサイクル工学,知識工学等の研究に従事.

参考文献
 
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