Serviceology
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GEKOKUJOU Project
Academic-Industrial Collaboration
Satoshi Shimada
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2017 Volume 3 Issue 4 Pages 34-37

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1. はじめに

下剋上プロジェクトは,若手研究者が著名な研究者や有識者の意見を拝聴し,相互の交流を促すことでサービス学全体を盛り上げることを目的としたプロジェクトである.本記事は,下剋上プロジェクトの一環として,特定のテーマについて若手研究者が識者に行ったインタビューについて紹介するものである.今回は「産学連携」をテーマに,学術側にありながら産と学の仲介役を担うTLO(Technology Licensing Organization:技術移転機関)の1つである東大TLO・山本 貴史氏に産学連携の現状や課題,生じる価値についてお話しいただいた.

図1 インタビューの様子

2. 山本氏へのインタビュー

2.1 我が国の産学連携の現状

嶋田 はじめに,日本における産学連携の現状と課題という点についてお聞かせください.

山本氏(以下敬称略) まずは,アメリカと比較しながら日本の現状についてお話したいと思います.アメリカで例えば,コーエンとボイヤーが提案した遺伝子組み換え特許は2.5億ドルくらいのライセンス収入を出しています.他にもGoogleがスタンフォードのTLOから最初に出願されていたように,アメリカでは産学連携がイノベーションのエンジンになっています.一方で,帝人は山形大発ベンチャー,TDKは東工大発ベンチャーですし,東大発ベンチャーとしても味の素や荏原製作所,東北大なら八木アンテナなど,日本にも同様に多くの事例があります.

  • ●   産業界の現状

オープンイノベーションという言葉がよく使われるようになっていますが,91年から2014年の23年間で,アメリカの大学のライセンス件数は約7倍になっています.もちろん大学の数や予算が7倍になったわけではなく,大学の技術を活用する本当の意味でのオープンイノベーション型の企業が増加した,ということです.これに対し,日本も健闘しています.2005年から2014年の9年間でライセンス件数が3倍になっています.ここ直近の成長曲線だけで見ると,大きな差があるわけではありません.また,アメリカでも実は,90年以前で言うと,この伸び率は非常に低調なものでした.90年代以降に大手が産学連携に動く傾向が強まってきたことと比較すると,この側面での課題は,日本はまだ本格的な大手がオープンイノベーションにあまりたどり着けていない点にあります.

また,大学の技術の使われ方にも日本の特徴が表れています.アメリカにおいては,大学の技術の15%がベンチャーにライセンスされています.約半分の49.5%が中小企業にライセンスされていて,大手は残りの3分の1程度です.これは日本と随分違います.日本はベンチャーのライセンスは2.7%しかなく,圧倒的にベンチャーが少ないです.同じプレーヤーが頑張り続けるのも大切ですが,世代交代も含めて業界が成り立つものです.活躍するベンチャーが少ないというのが日本の産業界の1つの特徴となっています.

  • ●   大学に生じている格差

一方で,大学という側面に関しては,グラフのような現状があります(図2:(文部科学省2015)を基に作成).横軸が特許出願件数で,縦軸が特許から得られた収入です.出願が多い大学はだいたいが旧帝大です.一部は数を出しているものの収入につながっていません.また,相対的な数で原点近くにまとまっている所も拡大すると同じ傾向があります.特許数が収入につながっているのはライセンスに注力している大学です.当然ですが,特許をライセンスしてお金が入るので,ライセンスに集約している所は伸びています.

図2 大学ごとの産学連携活動の実施状況(文部科学省 2015

これは研究力の差ではないし,資金の問題でもない.しかしながら,格差が生まれているし,私はこの格差がまだ広がると考えています.これは大学のアクティビティの違いであり,しかも研究のアクティビティではなくて,産学連携の仕方が表れている所です.

2.2 産業側にとっての課題

嶋田 産業側にとって,特に焦点を当てるべき課題や側面はどのようなものでしょうか.

山本 具体例から話を始めると,ペプチドリームという企業は,昨年1年間で日本の全ての上場企業の中で株価が最も上がった大学発ベンチャーです.この会社が有する技術を基に,いくつかの日本の製薬企業にアプローチをしたものの,うまくいきませんでした.結果として今は,NOVARTIS,GSK,AstraZeneca,Bristol-Myers等の,世界的な製薬企業がここの技術に興味を持ってアライアンスしています.

同じ技術でも評価が違うことが問題であり,これは意思決定が原因で生じます.特に欧米型の企業というのは,チーフテクノロジーオフィサー等の技術担当の役員が決裁権を持っています.さらに,彼らは3年程度の任期の内に何か新しいことをしないと評価されません.一方で,日本では技術の導入が役員会での決裁マターとなることが多いです.新しい技術にリスクや不安要因はつきものなので,合議制だと「これはどうなんだ,あれはどうなんだ」となり,なかなか決められない,ということになります.

もちろん日本の合議制を完全否定しているわけではありません.例えば,Aという観点しか社長が分からなかったとしても,他の役員がBという観点ではどうだとか,いろんな面から見ることができるので,守る時には強い仕組みかも分かりません.しかしながら,GoogleやFacebookだって,初めは学生が創ったベンチャーであり,うまくいくかどうか分からなかったはずです.その状況でもFacebookに投資した人,支えた人がいる.その意味で,日本はチャレンジという部分が非常に低い.その原因はみんなで決めるからです.

この点に関して,私が以前所属していたリクルートの役員会のルールに1つ,これは素晴らしいなというものがあります.新規事業を決める時に,「役員全員が賛成したらやらない」ということがルールになっています.私は当時,企画課長で『リクナビ』という学生の就職情報誌に携わっていました.その時代では紙媒体が主で,紙の方に情報を出してくれるとおまけでネットの広告が付いていました.ですが,「おまけ」は「おまけ」としか見られないので,紙の媒体はやめよう,という提案をしたのです.当時の紙媒体は黙っていても売れるような商品で,毎回これに申し込むお客さんがいました.一方で,当時1995年頃は,日本の大学生で自分のメールアドレスを持っている学生は1%くらいしかいませんでした.社内は大反対で,確かにもっともな主張です.それでも,みんなが賛成する頃に参入しては遅れてしまいます.

新しい領域に行くというのは,反対意見が当然生じる状況で,正解が分からない所で,ある種の賭けをしなければいけないものです.そのため,産学連携という観点では,合議制はやはり攻めには弱いというのが課題となります.

2.3 大学側にとっての課題

嶋田 技術を有する大学側が産学連携で取り組むべき課題やポイントはどのようなものでしょうか.

山本 まず前提として,ほとんどの国では,国から研究費をもらったら,国内の会社に最初にライセンスしなさいというルールがあります.これに対し,私が国に提案しているのは少し過激なもので,国から研究費を得た成果でも海外へのライセンスを自由にする,というものです.そうすると,おそらく日本の技術がどんどんアメリカやヨーロッパの会社に行くことになります.そうしたら日本の環境が変わり,多くの人が危機感を覚え,そこで初めて目が覚めるのではないかと考えています.

日本の大学の技術は,海外で高く評価されています.事実,東大TLOが得ている海外のライセンスも増加しています.そういった状況をもっと明確に示した方がいいと考えています.海外でライセンスすると金額も単価も高いです.行動としても違いがあります.彼らは技術に対する質問は非常にシビアであり,一方で,意思決定は早いです.そういう所でどんどん事業化をすることで得られるものがいろいろあります.

1点目は,日本の大学の技術レベルが低いのでは,と疑っている人がいますが,海外でどんどん事業化されることで,その疑いはなくなります.もう1点は,その過程で大学の方としても,基礎研究を事業化するというプロセスが学べます.さらにもう1点は,大学と産業界との関係にあたる部分です.産業界もうかうかしていたら駄目だぞ,という刺激を与えることになります.産業界も考え方を変えなければいけなくなり,部分的にでも変わる会社が出てくる.これを進めた方が本当の意味で日本にとって効果的な技術開発につながるのではないかと思います.

2.4 海外の状況から学ぶこと

嶋田 現状に危機感を覚えるような状況,あるいは,技術導入などに関して,海外でも現在の日本と同様のケースや事例はあったのでしょうか.

山本 私の師匠にあたるニルス・ライマースという人物がいます.彼がスタンフォードにおいて,技術移転のための組織を創った人です.スタンフォードではOffice of Technology LicensingでOTLと言いますが,日本ではTLOという名称となっています.彼がスタンフォードに所属していてシーメンスに行って技術を紹介した際に,「僕の後ろには3500人の研究者がいる.なぜアメリカの大学から技術を受けなければいけないんだ.」と言われたそうです.ですが,すぐにシーメンスの競合が大学の技術を利用した製品化を進めるようになりました.先程の「危機感」と似た状況が生じ,今では彼らもオープンイノベーションを重視しています.

台湾で行われたあるシンポジウムのパネルディスカッションで,シーメンスの方と同じ壇上にあがったことがありました.その際に今の話をし,「今では,オープンイノベーションを掲げ,大学の技術を事業化しているようだが,何で変わったのか.」と聞きました.大勢の聴衆がいる前でしたが,彼の答えはシンプルで,1番の理由はメイキング・マネーだと.お金を稼ぐためには誰が考えてもオープンイノベーションをやるしかないだろう,と答えました.一方で,文化や考え方を変えるのには時間がかかったとも彼は言っていました.外部の技術を会社が採択すると,社内の研究者などはモチベーションが下がる,といった問題も生じたようです.それでも企業として儲けを考えた場合に,企業としての研究者の定義を変える,あるいは,研究に限らず必要な技術を使える状態に持っていく人材が評価されるように変化せざるを得なかったわけです.

少し状況は変わりますが,スティーブ・ジョブズが1行もプログラムを書けない,というのは有名な話ですね.『スティーブ・ジョブズ』の映画の中でもウォズニアック役が,「おまえはコードが書けない」と言うわけです.それでも彼がいた時は,ある種のマニアを生み出していた.そういう意味では,やはり彼は事業化する天才だったわけです.これは研究での技術開発とは明らかに異なる側面です.

2.5 産学連携における「ビジネスモデル」

嶋田 事業化に関して,山本様の別の対談(東京大学産学協創推進本部 2012)において,産学連携における『ビジネスモデル』の重要性を挙げていらしたと思います.産学連携を行う上では,どのようなビジネスモデルを描く必要があるのでしょうか.

山本 一般的なビジネスモデルとは少し違いがあります.ポイントは,新しい技術はなかなか理解されない,という点にあります.TLOがやらなければいけないのは,ある種技術のプロデューサーにあたります.すなわち私達の仕事は,この技術を使ったらこんなビジネスができるのではないか,ということを感じさせるシナリオを描けるかどうかにかかっているのです.

例えばこの紙コップを題材にしましょう.紙コップメーカーで圧倒的シェアを持ってるのがA社,B社が20%ぐらい,あとは3%ぐらいしか持ってない.我々はその中のD社ぐらいの位置付けで,この紙コップをどうやって売るか,という販売戦略だったり,あるいは,コスト設定などを考えるのが一般的なビジネスモデルと考えられます.TLOは,ここでの『紙コップ』がない時点でコップを紙で作るというのをイマジネーションさせることが必要です.そうすると,「いやいやそんな物だったら破れるんじゃないか」,「冷たい物だったら分かるけど熱いお茶を入れたら手が熱いんじゃないか」とか,あるいは,「失礼にあたるんじゃないか」というように,いろいろ考えることになります.現物自体がないからなかなか想像できないものを,いかにあたかもそれがあるように思わせるか,という話です.

嶋田 本来のビジネスモデルでは,収支やお金の流れも重要なポイントだと思います.新たな技術やその応用であれば,市場自体を新しく創り出す可能性もありますが,この点に関してはどうでしょうか.

山本 金銭的な側面は少し曖昧になりやすい部分です.もちろん試算の上で,この市場シェアの10%くらい取れるのでは,といった検討をすることはあります.一方で,全く市場がないことも珍しくありません.横浜国大の森下先生,後に副学長になった先生ですが,彼の複雑系を用いたシミュレーターに関して,田町や品川など合計13の駅で行われたシミュレーション実験があります.元々は駅に設置された広告の枠に関して,ここは300万,ここは100万,といった値段設定にあまり根拠がつけられなかったのが当初の問題でした.それに対し,人間の視界の幅などを基に,森下先生は通行人にとって各広告の枠が目に入る時間をシミュレーションしました.この「どれくらい視界に入るかを出す」というのが最初の目的でした.実際にやってみた時に,駅構内でこんなに人が動くことをリアルに表現できるなら,例えばここにエレベーター付けたら,どう人の流れが変わるのだろうか,などと試し始めた.そうすると,例えば1両に5枚のドアがある車両と6枚のドアがある車両では,全く効果が変わらない,といったことも分かってきました.

このように,私達がそこまでシナリオを描いていないという使われ方をすることも生じます.ただ,だからこそ,シナリオとどのように相手にその技術を導入するか,という部分が根幹になります.他大学で産学連携がうまくいっていない所を調べてみると,ただ先生の論文を持って紹介にまわっている,こともあります.技術の説明は,むしろ興味を持ってもらってから先生に会いましょう,という順番であり,ビジネスモデルとしてもそのシナリオやイメージを共有することが重要になります.

2.6 産学連携においてサービス研究が持つ特徴

嶋田 サービス研究という領域に産学連携に関する強みや弱みというものはあるでしょうか.

山本 例えば今,Googleで墓石の検索を1回でもすると,ずっと墓石の広告が出てきたりします.あれは,煩わしく感じる人も多いです.本当は個々の志向に合った提案がもっとできるはずで,そのニーズを詳細化する議論があります.さらに,人間の行動を対象とした場合には似たような行動を取っている人はたくさんいると思います.あるいは,いつもこの人たちは全く違うけれど,この1つだけは消費行動が似ている,ということもあり得る.これらはAIなどを利用することで『風が吹けば桶屋が儲かる』ような何かを導き出せるのではないか,ということを感じています.

加えて言うと,例えば,もうあまり野球で使われなくなったスタジアムに,嵐が来てコンサートをやる,となれば,突然すごい人が来る.そういった,行動の変容などの事例はたくさんあると思います.

嶋田 行動の変容やある場面での共通行動,といったお話を聞いて,背景にあるコンテクストと行動との組み合わせが重要な対象であると感じました.サービス研究においても注目が集まっている領域の1つであり,関連研究の発達を通じて,行動とその背景との関係や応用可能性の解明につながってくると思います.

山本 コンテクストは非常に重要で,もしかすると,メキシコの50歳のおじいちゃんと嶋田さんが,この1週間買っている物が全部一緒かも分かりません.「その背景にあるのは何だろう」ということには,多様な情報を集めることと技術とを組み合わせることでしかアプローチできない側面があると思います.

さっきの駅構内のシミュレーションでは例えば,「スタバの配置」から分かる人の動かし方もできるわけですね.さらに一歩進むと,やや怖い言い方に聞こえるかもしれませんが,「ある方向に誘導する」こともできる.それは元のサービスのメリットを増やすわけではないけれど,地震が発生した場合に,安全な方向に誘導できる,ということを生み出したりします.そういった「やってみないと分からない」という部分こそ,サービス研究は複雑なつながりが生じ,様々な新しいものを生み出せるのではないかと思っています.

識者紹介

  • 山本 貴史

1985年 中央大学卒.(株)リクルートでは,採用関係の営業・企画を約10年間担当した後,産学連携による技術移転のスキームを提案,事業化に向けて始動させる.また米国スタンフォード大学のOTL(Office of Technology Licensing)の創始者である技術移転のニルス・ライマース氏と独占的なコンサルティング契約を交わし,米国の技術移転に関する研究を行う.(株)リクルートにて技術移転を本格事業化した後,2000年に(株)リクルートを退社,(株)先端科学技術インキュベーションセンター(現(株)東京大学TLO)代表取締役社長就任.現在に至る.

著者紹介

  • 嶋田 敏

京都大学経営管理研究部特定助教.博士(工学).2015年東京大学大学院工学系研究科博士後期課程修了.2015年より現職.サービス提供プロセスのモデル化・シミュレーション,接客を担う人材の評価尺度に関する研究に従事.

参考文献
  •   東京大学産学協創推進本部 (2012).SanRen 対談 ニッポンの知を動かす.
  •   文部科学省 (2015).平成26 年度 大学等における産学連携等実施状況 特許関係実績(機関別).
 
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