2017 Volume 4 Issue 3 Pages 1
今日,価値共創論議が盛んになった要因の1つとしてVargo & LuschによるS-Dロジックの提示があり,そこでは価値の共創者として顧客が位置づけられ,企業は顧客とともに文脈価値を共創するとされた.
しかし,企業と顧客が一緒に何かをすれば価値共創というわけではなく,企業と顧客による互いの価値の享受を価値共創としているわけでもない.関係的な企業と顧客のもとでの相互作用によって価値共創が行われ,文脈価値が生まれるとS-Dロジックは指摘しただけであり,何もかもが価値共創ということにはならない.また,共創されるのは顧客にとっての価値であり,その判断は企業ではなく顧客がするとした.
それでは何故,マーケティングの研究者,実務家は大きなインパクトをもってこのS-Dロジックを受け入れたのか.それは,マーケティングがこれまで依拠してきた理論的・実践的な前提と深く関わっている.
マーケティングがより良い市場取引を実現する理論と方法を提供してきたことはいうまでもなく,その際に念頭にあったのは企業が決める交換価値である.マーケティングの焦点はこの交換価値を如何にして高めるかにあり,その手法としてリサーチ,観察,顧客参加型製品開発等が実践されてきた.しかし,価値は企業が事前につくるのではなく顧客との共創によって生み出され,また,企業が価値を決めるのではなく文脈価値として顧客が判断するとしたのがS-Dロジックである.こうした主張にマーケティング関係者が注目しない筈はない.しかし,関心が寄せられたのは何を価値共創と呼ぶかというより,どのようなマーケティングによって文脈価値を高めることができ,成果が得られるかにあった.即ち,市場取引後の世界で繰り広げられる,まさに文脈価値を高めるための新たなマーケティングに大きな期待が向けられることになった.
現在,市場をゴールとしたこれまでのマーケティングが見てこなかった顧客の生活世界が浮き彫りにされ,そこにおける企業と顧客の相互作用,文脈価値の共創に関する理論化が進められている.言い換えるなら,生活世界で顧客と相互作用する企業が明らかにされつつあるが,そこは企業にとって新たなビジネス時空間となる.そして,新しいマーケティングがこうしたサービスを軸とするものであるなら,もともとサービスをプロセス,相互作用として捉え,関係性に重点を置いたマーケティングを論じてきた北欧学派のマーケティング,或いはGrönroos が主張するSロジックは,これまで以上に有用なものとなる.そこではモノをサービスに寄せるのではなく「サービスの中にモノが取り込まれる」ことになる.また,それはこれまでのモノづくりや製造業のサービス化といった考え方に少なからず影響を与えると思われる.
そして何よりも,顧客の生活世界における企業と顧客の相互作用は市場を超えたものであり,その結果として生み出される文脈価値も,これまでと同じ論理で捉えることはできない.言い換えれば,S-Dロジック,Sロジック,そして,価値共創といった考え方が示唆するのは,市場の論理だけでなく,新たな論拠をマーケティングは求めよ,ということなのである.
岡山理科大学経営学部教授