2017 Volume 4 Issue 3 Pages 2-3
近年,ビジネスシーンや学会の中で「価値共創」という言葉は重要なキーワードとして扱われ,広く用いられている.たとえばサービスサイエンスやサービス学会でもサービス・ドミナント・ロジックのサービスは価値共創として捉えられ,価値共創はサービス研究で理論構築における重要な基盤として位置づけられている(Maglio et al. 2010).
さて,この「価値共創」の意味内容は何であろうか.たとえば,サービス・マーケティング研究者であるGrönroos and Ravaldによれば,企業と顧客の人的な相互作用の側面を価値共創と規定している(Grönroos and Ravald 2009).他方で,ここではVargo and Luschが提唱したサービス・ドミナント・ロジック(以下;S-Dロジック)に焦点を置き議論を進めていく.まずS-Dロジックの変遷を振り返ってみよう.私見であるが,S-Dロジックは大まかに4つの研究段階に分けることができる.
S-DロジックがJournal of Marketingに2004年に発表され,多くの識者からコメントがなされたように,学会で注目を浴びたのであった.Vargo and Luschの主張は,従来の製品を中心とした4Pマーケティング(G-Dロジック)からシフトし,消費者を主体に置いて使用段階にこそ価値が発現し,価値共創がなされるという視点転換を迫るものであった(Vargo and Lusch 2004).また,従来のマーケティング研究ではサブ領域に位置づけられていたサービス・マーケティング,リレーションシップ・マーケティングなどの「プロセス」を強調するマーケティング研究潮流の共通項として「サービス」概念を提起したものであった.同様に,S-Dロジックの考え方の骨格をなす基本的前提が提示された。
この時期にサービスサイエンスにおけるサービス・システム概念,ネットワーク概念が導入され,それによって消費者のみならず企業や国・地方公共団体などにも価値共創の主体が拡張された(Maglio et al. 2010).
サービス交換のレベルがミクロレベル,メゾレベル,マクロレベルの3層からなり,マクロレベルに焦点が置かれていった.たとえばサービス・エコシステムであり,文化,社会慣習や法律といった「制度」を強調するようになっていった(Lusch and Vargo 2014).
S-Dロジックの今後の方向性として,中範囲理論の確立を主張している.その確立後に,一般理論の構築や事例研究に向かうことが示唆されている(Vargo and Lusch 2017).なお基本的前提は複数回に渡って改定され,2017年の現時点で,11の基本的前提に至っている.
上記のS-Dロジックの「価値共創」は2つの概念に分解できる.つまり「価値」と「共創」である.前者の「価値」概念は、モノと貨幣の交換比率を扱う交換価値ではなく,ある特定の文脈(製品やサービスの使用状況や人々のつながり)に置かれた消費者を主体として捉え,アクターとしての消費者が能動的に創造する「文脈(使用)価値」である.さらにアクターは消費者のみでなく企業を含めた様々な主体に拡張されている.
後者の「共創」概念は,消費者(アクター)が主要な文脈価値の創造者であるが,価値は消費者によって単独に創造されない.消費者は企業の価値提案を受け入れた場合に,“消費者は企業と相互に協力しながら,知識(オペラント資源)を統合して,主体的に問題を解決する”のである.各アクターは自己の生存可能性を高めるために,アクターの有する無形のオペラント資源(知識)を他のオペラント資源と組み合わせて資源統合,すなわち価値共創を行うのである.無形財のサービスであれば,企業と消費者の人的相互作用が行われる.また製品は企業のサービス供給の伝達手段として,消費者と相互作用するのである.製品に関するこの点が前述のGrönroosの価値共創概念との相違点でもある.
同様に,価値共創は「価値の共創」と「共同生産」に分けることができる.前者の「価値の共創」は製品やサービスの使用状況において企業と消費者が価値共創を行うものである.後者の「共同生産」は製品開発,デザインのプロセスに消費者が参画することを意味する.この価値共創概念を日本企業の実践的な事例に適用して理解を深めることが本号の狙いである.
馬塲論文は,ファッション業界で情報技術が進展することで,オムニチャネル,ファッション製品のデジタル化やファッションテック(ファッションとテクノロジーを掛け合わせた造語)による価値共創の方向性を論じている.ファッション製品は意味的価値が重視されており,情報技術を用いた新たな共同生産や価値提案の可能性が示唆されている.
菊池論文は,小売業の事例研究である.小売業は消費者との接点を有している.ID-POSデータを活用し,小売業はメーカーや卸売業と連携して価値提案を洗練させることで,小売店頭で消費者の文脈価値を高める可能性を論じている.
庄司論文は,地域キャラクターを地域の様々なアクターを結び付ける「制度」として捉えた興味深い研究である.S-Dロジックで従来想定されていた企業と顧客の2者間の関係を超えたサービス・エコシステムに着目し,そこで多様なアクターによる地域の価値共創が地域キャラクターを軸にどのように機能するかという点を論じている.
さて, S-Dロジックはマーケティングだけでなく経営学,サービス・マネジメント,サービス工学などの多様な研究分野に影響を与えている.それは,価値共創が消費者の使用段階に価値が創出されるという点を強調しており,たとえば,車は販売した時に価値が創出されるのではなく,車を運転している時に価値が創出されるという視点への重視である.ビジネスパーソンにとっても最終顧客による自社製品の使用状況を理解することに意義を感じるために,価値共創が支持されるのであろう.
しかしサービス・マーケティングやS-Dロジックは,研究自体は発展しているものの,マーケティング研究のメインストリームになったとは言い難い.マーケティング分野では,製品中心の4Pマーケティング(G-Dロジック)の影響力は今もなお強大である.この理由としては,企業にとっては販売こそが重要な関心事であるからである.これは在庫問題を解決するために20世紀初頭に誕生したマーケティング論の意義とも符合する.したがって,G-DロジックとS-Dロジックを上手く接合できる理論構築を図っていくべきであろう.
われわれ研究者はもはやS-Dロジックを単にレンズとして捉えるのではなく,S-Dロジックが構築を目指す「市場の理論」を確立する方向に研究努力を注いでいく段階に来ているといえよう.
明治大学商学部教授.博士(商学)(2005年3月).ビクトリア大学経営学部招聘教授(2014年4月~2015年3月).小売業経営,サービス・マーケティングの研究に従事.