Serviceology
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Special Issue: "Service Design from Business Perspective "
Foreword to Special Issue "Service Design from Business Perspective"
Akira Egawa
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2018 Volume 5 Issue 1 Pages 2-3

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経済環境の変化や生活者の価値観の多様化,あるいは社会課題解決に対する企業の貢献への期待の高まりを背景として,事業内容や組織を変革し,新しい事業を生み出すことが多くの企業にとって重要な経営課題となっている.具体的には,資源を使ったモノの大量生産・消費のようなモノづくりや役務の提供を中心とする経済活動を,顧客や社会との共創により新しい価値を生み出すこと,すなわちサービスを中心とした経済活動へ転換させることが模索されている.

このような状況における企業のチャレンジは,新しい事業をいかに創成するか,サービスシフトをいかに達成するかであろう.これに対する一つのアプローチとして,サービス業や製造業のみならず多くの業種において「サービスデザイン」に注目が集まっている.サービスデザインは様々な定義が存在するが中心的な概念は,価値に基づくビジネスの変革である.例えば武山はサービスデザインを,「ビジネスや社会を取り巻く環境の変化に対して,使用価値の共創やリソースの統合といった視点から事業の改善や改革,創出の機会を見つけだし,実現させるデザインの方法」と定義している(武山2017).このようにサービスデザインはサービスの内容や実現手段,顧客価値を設計・開発することにとどまらず,既存の事業を超えた社会的にもビジネス的にも大きなインパクトを与えるような,新しい事業を生み出すための方法,活動と言えるだろう.

サービスデザインへの注目の高まりに前後して,「サービスデザイン」を冠する書籍もいくつか出版され,さらに公共部門や産業部門におけるサービスデザインの成功事例も紹介されている*1.また,サービスデザインに関わる産官学の人や組織が参加する国際的な団体であるService Design Network (SDN)が2008年に設立されている.同団体は年に一度の国際的なカンファレンスの開催やジャーナルの定期刊行,日本も含む各国に支部の設立など,サービスデザインの普及やコミュニティ育成について活発に活動している.

本学会においても,サービソロジー第3巻4号において「サービスデザインの世界を俯瞰する~アカデミアの視点より~」を特集した.この特集では,様々な学問的バックグラウンドを持つ研究者より,サービスデザインの理論的枠組みや手法,ツール,サービスデザインの取り組みが紹介された.その中でサービスデザインがサービス学の重点テーマの一つであり,文理融合,産学連携の観点で横断的な取り組みの必要性が指摘されている.本特集ではこれを受けて「産」の観点でサービスデザインの実践事例とそこで得られた知見と課題を取り上げる.

山口の「共創活動のフレームワーク「サービスデザイン」で,世の中をポジティブに変え続ける企業活動」を 」では,ビジネスにおいてイノベーションを生み出すために価値共創やデザインの役割が大きいことを指摘した上で,イノベーションを創出するためのサービスデザインのプロセスや手法・ツールを紹介している.さらに共創を促すためには,人(people),業務(process),場(place)の3つのP全てにおいて工夫が必要であることを述べている.さらに,サービスデザインをビジネスとして成立させるためには,サービスデザインそのものへの対価か,あるいはサービスデザインで生み出された事業から収益を得る二つのビジネスモデルがあることを整理している.それぞれのモデルごとにサービスデザインの事例を紹介している.その上で,企業のデジタルトランスフォーメーションが進む中でサービスデザインの今後の可能性として,デジタル技術を活用して共創を加速させることを指摘している.このようにサービスデザインや価値共創におけるデジタル技術の活用は,企業全体を変革し競争優位を確立する上で今後さらに重要になっていくと考えられる.この分野における研究と実践の進展が期待される.

SDNの日本支部代表でもある長谷川による「サービスデザイン企業導入の課題と解決」では,サービスデザインを企業に導入する際の課題と解決策について述べている.サービスデザインの導入については,リーダーシップ,事業開発,組織変革,能力育成といった企業活動と組織全体に関わる四つの観点が存在することを指摘している.また,サービスデザインの導入初期段階では,短期間で成果が挙げられるスプリント(コンセントサービスデザインスプリント)が有用であると述べている.そして,近年のSDNの国際会議ではサービスデザインの実践よりもサービスデザインを組織全体にいかに広げていくかが論点となっており,このために事業開発とオペレーションを継続的に両立させるBizOps (Business Operation)という形態が議論されていると紹介している.英国のデジタルサービス部門のアプローチも参照しつつ,このような形態を実現するためには組織内でデザインを担う人物が分散しつつ自律的に活動する組織が必要であると考察している.長谷川の議論からはサービスデザインを組織全体に根付かせるためには経営,現場双方のコミットメントにより,サービスデザインを特別な業務ではなく日常的に実践する組織・文化作りが重要であることが示唆される.

田村らの「インタビュー記事:エコシステムのデザイン」では,サービスデザインにおいて重要な概念である,共創やイノベーションを支えるエコシステムのデザインについて九州や福井での取り組みを踏まえて,そのポイントを紹介している.多様なステークホルダーが価値共創に参画する仕組み,エコシステムの形成には,エコシステムの参加者が共有できる共通目標と参加者固有の個別目標の双方をいずれの参加者からも離れた立ち位置から設計することが重要であると指摘している.また,エコシステムの参加者を募ったり,共通目標を共創する場として,特定の団体や個人の利益を代表しない価値中立的なアカデミアが重要であると述べている.さらにサービスの価値を金銭と捉えることが,エコシステム内での提供者・受領側の関係性を構築し,それがサービスの質を下げてしまうのではないかという問題意識を示している.その上で,金銭の授受を介さない参加者が自由に好きなことができる「自由でゆるいエコシステム」がコスト効率も高くクリエイティビティを向上させるのではないかと考察している.ここで示されたエコシステムのあり方は,サービスデザインによりエコシステムの基盤となるようなプラットフォームの創成に取り組む企業にとっては,エコシステムにおける自社の立ち位置や振る舞いを考える上で参考になるのではないだろうか.

平井らの「サービスデザイン研究成果適用の難しさ」では,サービスデザイン・サービス工学の研究成果である,サービス事業創成支援の手法やツールを事業創成に活用する際の課題と対策を, ソフトウェア開発とサービス事業創成を対比させながら考察している.まず平井らは,ソフトウェア開発は業務のルーチン性(個人がその業務を繰り返し行う頻度)が高く,それに対してサービス事業創成はルーチン性が低いという仮説を提示している.その上で,ソフトウェア開発に比べてサービス事業創成に関する手法・ツールの開発と学習,実践にコストをかけることは合理性が低く,これがサービスデザイン・工学の成果の活用を阻む要因ではないかと考察している.この解決のためには,ルーチン性が高い通常業務において成果物の一部を活用し学習コストを回収すること,あるいはサービス事業の設計・開発を繰り返し行う組織を構築しそこで成果物を活用することを提案している.平井らの議論は企業が蓄積してきた事業や研究開発の知見がサービスデザインの研究や実践において援用可能であり,サービスデザインという新規の取り組みにおいても,自身の経験や知見を再発見することの重要性を示唆している.

これら4稿で示された知見が産業界におけるサービスデザイン実践に繋がること,また提起された課題がサービスデザインの新たなフレームワークや方法,ツールの研究開発に繋がることを期待する.

著者紹介

  • 江川 陽

株式会社日立製作所研究開発グループ東京社会イノベーション協創センタ研究員.2013年,東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻博士後期課程修了,博士(工学).同年日立製作所入社.現在はサービスデザイン手法と事業創生手法の研究開発に従事.サービス学会員.

*1  例えば(武山2017)では公共分野以外では,航空,自動車,メディア,小売,通信,金融,ヘルスケア,旅行業界において企業でのサービスデザインの導入事例があると紹介している.

参考文献
  •   武山政直(2017). サービスデザインの教科書 共創するビジネスのつくりかた.NTT出版株式会社.
 
© 2018 Society for Serviceology
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