2018 Volume 5 Issue 1 Pages 32-33
産業基盤となる標準は,従来,製品(モノ)を対象として確立されてきた.それが,製品を管理するプロセス標準(ISO 9000シリーズなど)に拡がり,サービスのプロセス管理へと展開してきている.このような標準化の国際的な動きに備え,日本品質管理学会,サービス学会,日本規格協会が合同で,2016年から毎年,サービス標準化フォーラムを開催している.ここでは,サービスに関わる標準について,その国際的な動向を産業界の方々と共有し,日本としてのサービス標準化の方向性を議論することを目的に,日本経済団体連合会などの協力を得て,幅広い産業関係者にお集まりいただいている.フォーラム開催の中核となっているのは,上記3団体が組織する「サービス標準化委員会」である.この委員会は,産学官が一体となり,オールジャパン体制でサービスの国際標準化に戦略的に取り組んでいくための活動母体である.サービス学会からは,現会長の山本昭二先生と,本学会が設置するサービス標準化委員会(持丸, 戸谷 2017)の現委員長である戸谷圭子が,サービス標準化委員会に参加している.第2回となるサービス標準化フォーラムは,「サービスエクセレンスの実現 ― 共創を取り入れた標準化 ―」と題して,2017年11月26日に日本橋三井ホールにて開催された.産業界を中心に,200名近い参加者が集まった.本稿では,その第2回フォーラムについて報告する.
近年,ISO(国際標準化機構)を中心に,サービスを取り巻く標準化活動が活発である.その中でももっとも重要な標準化動向に,TC 312 "Excellence in Service" の設立がある.ドイツが中心となって提案された新しい技術委員会(TC: Technical Committee)で,その基盤に欧州標準 CEN TS 16880「Service excellence ― Creating outstanding customer experiences through service excellence」がある.2017年末に正式に新しいTCとして発足した.日本もTC設置に賛成の投票をし,Pメンバー(投票権を持つメンバー)として登録された.2018年3月に同TCの第1回総会がベルリンで開催された.
このTS 16880において「サービスエクセレンス」とは,コアバリューを超えた優れたサービス(個別対応や感動的な利用者体験をもたらすサービス)を提供する「組織能力」と定義されている.サービスによってもたらされるパフォーマンスや,顧客と共創する価値を意味するのではなく,あくまでもそれを提供する組織能力を意味し,それを管理するための標準と位置付けられている.
フォーラムでは,この欧州標準制定の中核となったドイツの規格協会DINからDaniela Rickert氏を招き,同時通訳を交えて,同欧州標準策定の経緯と狙い,さらには,新たに発足したTC 312への思いを講演頂いた.サービスエクセレンスの考え方,経済活動における重要性から始まり,ドイツ国内標準から欧州標準への議論の経緯が紹介された.同標準は正式な規格文書の前段階であるTechnical Specificationとして策定されてきたという.その意図は,まず迅速に合意を形成して文書化し,それを社会に(特に産業界に)問うところにある.ドイツ国内での標準策定においては,サービス業種を戦略分類し,サービスエクセレンスの重要性が高い業種を巻き込んで議論を進めた.自動車業界や運輸,金融サービスが積極的に参加したという.このたび,TC 312の新設で国際的な合意形成を推進し,優れたサービスを生み出せる組織経営を支援したいという思いが伝えられた.
次いで,前述のサービス標準化委員会の活動が報告された.同委員会では,
について議論を進めている.まず,A標準について,この策定の中心となっているサービス学会の戸谷圭子が講演した.特に,優れたサービスの中核的理念である価値共創について,関連用語定義を明確化するための「コンセプトダイアグラム」が紹介された.B標準の策定については,日本品質管理学会の水流聡子先生から報告があった.価値共創の概念を導入したサービスデザインプロセスを記述する枠組みの議論などが紹介された.さらに,日本規格協会の若井博雄氏より,国際標準で定義されているサービス関連用語のリストと定義の違いなどについて報告があった.これらの活動報告を受け,サービス標準化委員会委員長である土居範久先生より,委員会活動の意義と今後の展望,期待などが語られた.
その後,フォーラムはパネルディスカッションへと進んだ.日本品質管理学会長で,サービス標準化委員会でもA標準化に貢献しておられる椿広計先生がモデレーターを務め,日本経済団体連合会・根本勝則氏,日本電気株式会社・関行秀氏,ヤマト運輸・高野茂幸氏に加え,講演頂いたDaniela Ricker氏と,TC 312の事務局を担当予定のMatthias Kritzler-Picht氏(ともにDIN)がパネリストとして登壇した.根本氏からは,日本の経済活動活性化の視点では,中小のサービス事業者が共通基盤的に利用できる生産性向上手段の標準化が重要であるという提案があった.また,日本電気・関氏,ヤマト運輸・高野氏からは情報通信や小口保冷配送サービスにおける具体的な国際標準活動とそれを取り巻く上位標準(サービスエクセレンス)への期待が述べられた.パネルディスカッションでは,それらの意見を元に,価値共創の概念をサービスエクセレンスに積極導入することなどが議論された.
ISO TC 312が発足したことで,今後,サービスエクセレンスに関する国際標準が,3〜5年のうちに体系的に策定されていくことになる.日本の国内標準もこれを翻訳したものにならざるを得ず,そのためにも,日本の考え方を国際標準の場でしっかりと主張し,標準策定に貢献していくことが求められる.パネルディスカッションを通じ,優れた価値を生み出す「価値共創」の枠組みや,顧客リソースの活用という視点が,現在のTS 16880には十分に備わっていないことが分かった.価値共創の枠組みをサービスエクセレンス標準に取り入れることが,もっとも期待される日本の貢献であると考えている.
産業技術総合研究所人間情報研究部門 部門長.1993年,慶應義塾大学大学院博士課程生体医工学専攻修了.博士(工学).専門は人間工学.人間の身体特性,行動と感性の計測とモデル化,産業応用研究に従事.
明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授.筑波大学大学院経営・政策科学研究科博士課程修了.博士(経営学).専門はサービスマーケティング.サービスにおける共創価値尺度の開発,製造業のサービス化研究に従事.