Serviceology
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Special Issue: "Services and Well-being I: Rethinking Well-being in Services"
Public Interest Capitalism Pursuing Well-Being of Social Economy
Koji Terada
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2019 Volume 5 Issue 4 Pages 16-19

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1. はじめに

世界および日本において企業活動は現状のまま進んで行って良いのか.先進国,特に米国を中心として「株主資本主義」への著しい偏りが蔓延している.一方で中国の「国家資本主義」も儲けるためなら なりふり構わずの状態となっており,経済成長はできても幸せな社会の構築には向かっていない.これら各国の企業活動は企業の正しい「在り方」を実践しているのか.逆に,南北格差の固定化,先進国内での貧富の格差拡大,テロの温床となる国家秩序の破壊など,各種社会問題の一因となっていると考えられる.

図1 現在の企業の「在り方」

こうした世の中の傾向に警鐘を鳴らすため,筆者が所属する一般社団法人公益資本主義推進協議会(PICC)では,日本に古来より存在している経営者の考え方である公益資本主義(中長期的経営視点,社中分配等)を学び,実践し,啓発するための活動を推進している.

私たちPICCは,これからの企業活動は,儲けるための「やり方」,顧客を増やすための「やり方」,競争相手を負かすための「やり方」などではなく,企業とは本来どうあるべきかという「在り方」,経営者としての「在り方」,人間としての「在り方」こそが重要となると考えている.こうした正しい「在り方」を日本の中小企業経営者が自ら学び,かつ実践することで資本主義そのものも本来こうあるべきかという「在り方」の社会を構築することを目指している(大久保 2016).

2. 公益資本主義とはどのような考え方か

まず,公益資本主義とはどのような考え方かを理解してもらうため,三つの基本原則について紹介する.

2.1 中長期視点による経営

企業と社会の関係について考えてみたい.企業はなぜ生まれたのか.企業は社会のさまざま課題を解決するために存在している.よく「企業は社会の『公器』である」と言われる通り,そこに存在価値があるからこそ企業活動は成り立っているのである.企業の商品・サービスを通してどのように社会に貢献するかが重要であり,利益は単にその結果でしかない.社会への貢献を常に忘れないようにするため,企業は理念や使命を明確にして活動を継続していく.

公益資本主義の一番目の原則は,このように企業の理念や使命を中心軸に据えながら,「中長期的視点による経営」を目指すことである.実際日本には,100年以上続く長寿企業が世界で最も多く存在すると言われており,そうした企業の多くでは創業の精神が社是や家訓として綿々と受け継がれ,会社の背骨として守られている.

次に企業活動の実際の運営方法の中に残り二つの原則がある.

2.2 起業家精神をもったイノベーション

どのような会社にも創業期がある.創業経営者は進取の精神や起業家精神をもって自社を設立し,理念に基づいた経営を行うことで事業の拡大をはかっていく.その事業が仮に大成功をしたとしても,そのまま同じ事を続けているだけで未来永劫成長を続ける事業はない.社会環境や外部環境は常に変化し続けるためである.たとえ一時的に大成功を収めた企業でも,環境適応を怠るとどこかでピークを迎えた後は衰退の一途となっていく.すなわち,常に「起業家精神を持ったイノベーション」を続けることが公益資本主義の二番目の原則となる.

2.3 公平な社中分配

三番目の原則について触れる前に,企業が正当な活動として得た利益の分配について考えてみたい.

株主至上の考えに基づく「株主資本主義」では,利益とその分配について経営判断する場合,どうしても株主中心になっている.例えば,ある海外の航空会社が赤字に陥った際,経営改善のため1万人以上の従業員をリストラした.その結果,市場から「経営効率が向上する」と評価され,株主は株価上昇によるキャピタルゲインや配当収入を得ることができた.同時にリストラを実行した経営者は株主から膨大なストックオプションを手にして会社を去っていく.また,別の事例として,年間利益の何倍もの自社株買いを行って株価の上昇をはかり,やはり株主から評価を得る経営者もいる.このように,株主や経営者が利益を手にしている一方で,従業員はリストラにより就業機会を喪失してしまったり,将来の企業成長のために必要な内部留保が吐き出されてしまったり,といった事象も散見され,結果として従業員,その家族,地域,取引先など株主と経営者以外の多くのステークホルダーは負担を強いられたり,著しくバランスを欠いた状況が広がっているのである.

一方,日本には古くから「三方よし」という考えがある.これは先に触れた長寿企業の多くが心がけている秘訣でもある.「自分さえよければ」「今さえよければ」という考えを戒め,商売で得た利益を「自分よし」「相手よし」「地域よし」と分配することである.これを「社中分配」と呼び,公益資本主義の三番目の原則としている(原 2017).

最後に本章のまとめとして,PICCの最高顧問である原丈人氏の主張について紹介する.

“「公益資本主義」に基づく経営.それは,「会社は社会の『公器』である」という観点から,会社固有の理念・使命・目的を最大限に実現するため,「中長期的な視点」に立ち,「企業家精神」を発揮して果敢に新しい事業に挑戦し,不断の改良改善を重ねる経営である.理念・使命・目的をビジョンに落とし込み,そのビジョンを具現化すること,そして,そのビジョンに現実を近づけるために「社中」(経営者・社員,顧客,仕入先,株主,地域社会,地球)が協働する営みである.その成果として創造された価値が全ての「社中」に公正に分配され,結果として「社中」全体が豊かになり,持続可能な社会が実現される.”

3. 公益資本主義は何を問い直しているか

これまで見てきたように株主資本主義においては株主と株主利益を尊重する経営者が優遇されており,短期志向型の経営が評価される状態になっている.これにより「投資家」よりも「投機家」の方を向いている経営者が増えてきた.そのため,公益資本主義は,特に上場企業を中心とした大企業に関わる制度や仕組みの変更を訴えている.

一方,中小企業経営者の集団であるPICCでは,ひとつでも多くの企業において公益資本主義が実践されていくことで社会全体への働きかけを行っている.

3.1 四半期報告書

株主から見れば上場企業の成果は常に細かく見ておきたい.更に何かあったら「すぐ売りたい」又は「すぐ買い増しをしたい」と考えている.このニーズを満たすものとして,四半期報告書の提出義務が金融商品取引法に定められている.四半期決算短信というものもあるが,これは証券取引所の規定によりダイジェスト版のように扱われている類似の報告である.

そもそも季節性のある事業や中長期的なスパンの事業は,本当に全て四半期毎にPL(損益計算書),BS(貸借対照表),CF(キャッシュフロー計算書)を事細かく開示する必要があるのか.株主への責任として,適時開示が必要な重大な変更等については一刻も早く開示する必要があるが,株主総会で説明した計画が予定通り進んでいる企業が膨大な労力とコストをかけて四半期毎にこの作業を行う必要があるとは考えにくい.

この制度には,国内のみならず国外からも多く疑問の声が発せられるようになり徐々に変更が加えられている.しかし,短期の投資家からは反対意見も多い.

3.2 時価会計・減損会計

これも短期的視点から企業価値をはかろうとする立場の投資家に向けた会計手法である.例えば,製薬事業など長期にわたる研究開発であれば数年間では結果が出ないことも珍しくない.この場合,開始から数年後の時点で研究成果が出ていなければ,それまで掛かったコストは全て減損しなければならない.また,この会計があるために生産設備や土地建物の投資を行わずファブレス企業として短期的な収支を重視する会社も出てきており,産業空洞化の一因ともなっている.

3.3 経営指標・ROE

ROE(Return On Equity)は投資家目線の代表的な経営指標だが,特に海外投資家からの要求で日本の企業経営者も注視するようになっている.純利益を自己資本で割った指標でいかに効率的な企業運営をしているかを判断できるが,株主の持ち分である自己資本を基準としているため,先に述べた自社株買いを行うことやファブレス企業になって資産を圧縮することでこの指標の引き上げを狙う経営手法も散見されている.

かつてはROA(Return On Asset)のように総資産で純利益を割る指標で経営状況をはかることが重視されていた時期もあり,企業をはかるモノサシは時代によって変遷していることがわかる.あたかも流行のようである.

そこで公益資本主義では,「社中分配」を原則とするROC(Return on Company)を新たに提唱している(原 2013).Companyとは福沢諭吉が翻訳した社中(あらゆる利害関係者を含む)を指す.つまり,株主の視点だけでは不十分という考えが反映されている.例えば,従業員への貢献度として給料や福利厚生・教育なども考慮すべきであり,顧客なら製品やサービスの安全性,取引先なら取引価格等,すべての社中に対して利益分配ができているかどうかを表せる指標が必要であると考える.詳しくは後述する.

3.4 子供や若者の教育

PICCでは本業を通じた社会貢献はあたりまえとして,得た利益の一部や経営者それぞれの時間や労力を使い,事業活動では対応できない社会課題の解決にも取り組んでいる.例えば地域の教育に貢献するため,小中高校生を対象の中心とした「出前授業」,大学生を対象にした「マイコミュニティフォーラム」を継続的に行っている.公益資本主義が原則としている「企業家精神」や「社中分配」の考え方を子供や若者にどのようにして気付いてもらうことができるかにチャレンジするためである.

「出前授業」では自分の親はなぜ働いているのか,社会は働くことでどのように成り立っているのか,自分はどのような志を持って大人になっていくのか等,子供達の職業観育成や将来を考えるきっかけにつながる授業を,PICC会員の経営者自らが行っている.

図2 中学校での出前授業の様子

「マイコミュニティフォーラム」では皆が平等に持っている二つの券(投票券と日本銀行券)の力を認識しどのように使っていくべきか,自分が近い将来旅立っていく社会の一員としてのあるべき姿はなんだろうか等,社会に対する意識を持ち,行動してもらうためのきっかけや学ぶ場を提供している.

図3 マイコミュニティフォーラムの様子

4. 公益資本主義により社会のウェルビーイングはどう変わるか

公益資本主義は,これまで述べてきたように新しい企業価値を作り出し社中分配によってより多くの人々に幸せの分配を行うことがあたりまえの社会を作ろうとしている.

当然,「自分さえよければ」「今さえよければ」と考える数多くの人,特に既得権益者にとっては簡単には受け入れられることではないのは明白である.従って,精神論ではなく投資家の多くが一番望んでいること,つまり株価を高くすることで変えていくことも考えている.公益資本主義は,経済より倫理を優先するわけではない.企業の持続的な成長を喚起して長期にわたって利益を生み出す点で,株主資本主義よりも優れていることを証明すれば,投資家も公益資本主義を実践している企業の株式を保有したくなるはずである.

PICC最高顧問の原丈人氏は,氏の主催するアライアンスフォーラム財団を中心に,英米型資本主義の指標であるROEに対し,先述したROC(Return on Company)という指標づくりに取り組んでいる.従業員や社会全体に利益を還元するROCの数値を上げた方が株主だけを向いたROEを上げた場合より,株価が高くなるという理論をつくりつつあり,これが完成すれば,株価が上がりさえすれば何でもいいという人たちも考えを変えてくると考えている.

「投資家が満足する企業は公益資本主義実践企業である」という分母が形成できれば,社会のウェルビーイングの質を企業側から変えることができるようになる.顕著な例として,これまで企業競争優位の戦略を専門としてきた米国の経済学者であるマイケル・ポーター氏が,経済利益活動と社会的価値の創出(社会課題の解決)を両立することが経営戦略上のフレームワークとして有効であると唱えるようになった.

資本主義の在り方を制度やルールである会社法や会計制度,税制,企業統治の仕組みから企業が持続的に成長しやすいように変えていくことにより,社会のウェルビーイングそのものの質が変わっていくと考える.

5. 公益資本主義で社会の中のサービスはどう変わっていくか

最後にまとめとしてPICCの理念に基づく活動を拡大することで社会のサービスがどう変わるかについて総括する.

PICCが公益資本主義として経営者に提唱する企業の「在り方」は,「中長期視点」の社会に貢献する企業理念を明確に定義し,「企業家精神」「社中分配」を常に忘れることなく実行する経営で持続可能な企業社会を構築していくことである.また,日本古来の「三方よし」「我唯知足」「和を以て貴しとなす」等の精神を持ち,自社のお客様にしっかりと向き合いお客様の期待を超える満足を追求する経営姿勢を規範としている.

更に,企業理念を唱えたり記憶したりすることが重要ではなく,実際の経営においてお客様の満足を追求する考えを正しく組織の隅々まで浸透させることが最も重要なこととして定義し実践している.

サービス業という一定の区分の業界に限らず,お客様を持つ業界,すなわち銀行・製造業・農業・医療・学校・公共事業・士業・IT企業・物流業等,どの業界であっても,自社のビジネスを「サービス業」として捉え,「我々は顧客に対するサービス業だ」という意識を持つことで,サービス向上や顧客満足向上が起こる.このような意識を持つ方向性を指し示すものが公益資本主義であると私たちは確信している.

サービスを「人や財が発揮する機能によりお客様の事前期待に適合すること」と定義すれば,お客様の事前期待の100%を超えるところを目指すものが公益資本主義の言う「社中分配」「企業家精神」に則った経営であると考える.

お客様からの感動や「ありがとう」をいただくことにより,企業は必ず利益も生み出すことができる.PICCでは,社中それぞれのステークホルダーからいただく「ありがとう」の総和が各企業の企業価値として認められていく社会を目指している.

著者紹介

  • 寺田 耕治

一般社団法人公益資本主義推進協議会会長補佐.株式会社フォーバルでは,担当役員として経営コンサルティング事業,海外進出支援事業に従事.

参考文献
  •   大久保秀夫(2016).みんなを幸せにする資本主義―公益資本主義のすすめ.
  •   原丈人(2013).増補 21世紀の国富論
  •   原丈人(2017).「公益」資本主義 英米型資本主義の終焉
 
© 2019 Society for Serviceology
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