2019 Volume 5 Issue 4 Pages 28-37
緑に囲まれた玄関を抜けると駄菓子屋であった.奥のフロアを覗くと,たくさんの子供たちが遊びに興じ,私服の大人たちが忙しなく荷物を運んでいる.我々は,サービス付き高齢者向け住宅「銀木犀」にお邪魔したはずだったが,どういうことだろうか.
本記事は,銀木犀を営む株式会社シルバーウッドの代表取締役・下河原忠道氏へのインタビューを紹介するものである.同社は,これに加えVR(Virtual Reality)を通じて人々の認知症に対するアングルシフト(見方の転換)を起こす「VR認知症」というサービスを展開している.著者らは,同社の事業展開の背景にある思想から,サービスにおけるウェルビーイングを突き詰めるヒントを得ることを期待し,これらのサービスが生まれた経緯やデザイン・実践の感覚,今後の展開について様々なお話を伺った.
本記事では,次節から第7節に渡って,インタビューの模様を余すところなく紹介する.そして,最後に第8節では,下河原氏がサービスにおけるウェルビーイングにどのような問い直しをしてきたかを振り返り,本記事を結ぶ.
根本 ものすごく賑やかですね.子供たちが沢山いますが,入居者さんのご家族なんですか?
下河原 皆,地域の子供たちです.都心部の賃貸住宅だと,隣の人の顔もよく知らないというのがざらじゃないですか.他社のつくるサービス付き高齢者向け住宅(以下,サ高住)を見ても,コミュニケーションをあまり重んじていない感じがしたんです.僕はそれが寂しいから,交わる機会をつくりたいと思っています.
根本 そんな銀木犀が生まれた経緯について,まずは伺っていきたいと思います.ホームページを拝見しましたが,実は建築業が生業なのですね.
下河原 最初は,鉄鋼業の会社でした.既に市場が浸透しきっている鋼板,特に薄鋼板を加工する会社を父が経営していて,僕もそこでしばらく働いていました.ただ,日本経済が斜陽で鉄板の需要も冷え切った時代に,販路を拡大したいという思いで,新製品として建築工法を開発しはじめたんです.1ミリの鉄板を構造力学上強い形に形成するシステムを自分たちで開発しました.それを販売するメーカーを今でも経営しています.
銀木犀をはじめたのは,7年前です.日本では,鍵を閉めて,高齢者を閉じ込める高齢者施設はいっぱいありますが,鍵を開放して,選択の自由がある高齢者住宅がないという認識だったんです.その状況は今でも,あまり変わっていないような気がしています.
根本 それで高齢者住宅を作ろうとなったとき,建築だけを手掛けるという可能性もあったと思います.その運営までやろうとなったことには,どのような理由があったんですか?
下河原 最初は,地主さんから建築を受注したくて,「これからは高齢者住宅です」って一生懸命営業をしていました.ある地主さんに,「そんなに言うなら,1つ自分で運営して証明して見せろ」という話をされまして,それで「おじいちゃんおばあちゃんの賃貸住宅だろ」ぐらいの軽い気持ちでスタートしたのが,正直なところです.当時は,作ってなんぼ,売ってなんぼで,利益はどれだけだということだけを考えていた経営者だったので,認知症や人の死,看取りとか,あまり深いことを考えていなかったんですよね.でも,最初の入居者さんが末期癌だったり,その旦那さんが重度の認知症だったり,そういう入居者さんに出会って,変えてもらいました.運営から学ぶことは大きかったと感じています.
白肌 当初は,特に入居の条件も設定せずに,募集されたんですか?
下河原 しなかったです,何でも来いでした.それでも,3か月ぐらいですぐに埋まってしまったんですよ.高齢者住宅という切り口がよくて,地域にそういうところが無かったのと,建築に力を入れたこともよかったと思います.お二人も,入ってきていただいて「他の施設とはちょっと雰囲気違うな」と感じていただけたと思います.でも最初は,他のサ高住と同じで,玄関の鍵を閉めていたんですよ.職員にユニフォームも着させて,介護する側,される側もパキっと分けていたんです.それで運営をスタートしてみたものの,全然しっくりこなくて.
根本 それは,経営者から見た感覚としてですか?
下河原 実際に自分で住んでみたんです.しばらく一緒に寝泊まりしてみて,入居者さんと同じ行動をしてみたんですけど,何か窮屈だし,職員の態度も他人行儀で,何か「ケアしてます」という感じが前面に出ていて.入居者さんが近くにいるのに「○○さんおトイレー!」って大声で言ったりしていたんですが,そういうのがいちいち目に付いてしまったんです.「人生の大先輩に対して,皆に聞こえる声でトイレ,トイレって失礼でしょ」と職員に言っても「は?」みたいな感じなんですよね.ケアの現場で行われている常識と生活との間に相当乖離があるなというのを肌で感じて,一から作り直したいなと思ったんです.
その頃,藤沢市にある「あおいけあ」が運営する小規模多機能型居宅介護施設を見に行ったんですが,そこは,どの人が入居者さんで,どの人が職員で,どの人が地域の人でというのが全然分からない,完全に開放した施設になっていて,これだと思いましたね.その辺り(玄関を抜けた1階のフロア)を見ていただいても,誰が誰なのか分からないでしょ?
根本 まず玄関から入ったときに,どなたに声をかけていいのか分からなかったです.(一同笑)
下河原 やっぱりユニフォームを着て,入居者「様」って感じで接していると,きれいに分かれていってしまう.なので,そこにいる人たちの「曖昧さ」をどうやって実現できるかというのを追求していますね.
根本 最近は「VR認知症」という活動もされているそうですね.
下河原 新しい市場があるからという理由で銀木犀をはじめて,そこで認知症に出会って,興味を持つようになりました.認知症に対する一般的なイメージはすごく悪いですよね.でも,認知症があっても別に幸せな人って一杯いるんですよ.それが,社会の人たちにもうまく伝わっていけばいいのに,という思いでVR認知症をはじめました.
VRも元々お金儲けしようと考えて,たまたま選んだコンテンツが認知症だっただけなんです.だから,僕は認知症だけで満足はしていなくて,それ以外にも,拡張現実の領域のビジネスを一生懸命進めています.僕はビジネスがスタートで,大儲けしてやろうという思いでシステムをつくるんですが,いつもそこに福祉的な要素が乗っかってくる感じなんですよね.ビジネスを行ううえで,福祉的な要素を乗っけた方が,ブランディングにも,入居者の満足度にも,職員の定着率にも寄与すると思っているので,そうしています.
白肌 VR認知症は啓蒙活動かなと思いましたが,その先に何かビジネスがあるんですね.
下河原 僕はVR空間上でコミュニケーションが始まって,はじめて普及するような気がしていて,会議ができたり,プレゼンテーションを見られたり,そういうことが普通になると思っています.要するに,体験との距離が縮まると思うんですよ.それを僕は狙っていると言うか,その時に業界にいられるかどうかだと思います.
根本 VR認知症は,銀木犀のような施設で地域の人向けに体験会を開くという趣旨なんですか?
下河原 顧客は,一般企業や学校法人,団体などで,そこに行って体験会を開きます.これまでの参加者は,もう18,000人ぐらいになりました.最初は無料でやっていたんですが,VR認知症体験会という形で,お金をいただくビジネスモデルになってきています.
根本 コンテンツはどういう感じなんですか?
下河原 認知症のある人の一人称体験です.レビー小体型認知症という認知症があります.認知症のある方の5人に1人ぐらいの割合ですが,見えないものが見える幻視という症状が特徴です.認知症と聞くと,記憶障害のイメージしかないじゃないですか.でも実は認知症って,そういう幻覚が見える人もいるんです.それを体験できるように,VR空間上で人や動物がいきなり消えたり,出されたケーキの上に蛆虫が乗っていたりとか,そういうものを作っています.
もう1つ面白いコンテンツがあります.はじまると,いきなり3階建てのビルの屋上の際に立たされていて,結構怖いんですよ.隣から「はい,着きましたよ」と話しかけてくる人がいて,そこから降りるようにとニコニコ笑いながら指示してくるんですよね.でも,本人はとてもじゃないけど怖くて行けない.認知症の視空間の失認という症状を描いたコンテンツです.
そういったコンテンツを3本か4本ぐらい,一人称で体験して,その後にディスカッションする.とにかく大事なのは,一人称で語ることなんです.どうしても認知症というと,認知症のある人を「どうサポートするか」という一方通行の文脈になってしまいがちで.でもそれって,認知症の人に失礼だと思うんです.守られるだけの存在ではないですから.軽度の人も沢山いますし,軽度のときにどう環境を整えるかで,予後や進行も全然違ってきます.なので,サポートする前提じゃなくて,何に困っているのかという一人称の体験をまずして,自分がどう感じたかという文脈でディスカッションしてもらうんです.3本ぐらい見終わった後のディスカッションでは,皆,完全に一人称で語ってくれます.どうサポートするかは,その後にレクチャします.あくまで僕らはファシリテータに徹して,当事者の方のインタビュー見てもらうことにしています.
根本 そうしたコンテンツは,どのようにデザインされているんでしょうか?
下河原 当事者の方と一緒に作ります.友人に若年性認知症の当事者がいるので「どういう体験?」と聞いて,なるべくVRで忠実に再現していきます.ただ,彼らの見えている世界をそのまま再現するのは,なかなか難しいじゃないですか.きっと見えている世界は違っているはずなので.でも,それでいいと思っているんですよ.大事なのはどう見えているかというよりも,どう感じているか,そして,それを体験者自身がどう感じたかっていうことだと.自分がされて嫌なことをしてはいけませんって小学生の時に習うじゃないですか.でも,大人になると,特に認知症のある人に対して,自分がされて嫌なことを結構平気でやってしまうわけですよね.高齢者施設の玄関の鍵を閉めるのだって同じです.それは管理者側の都合であって,それに気づいていないというか,見ようとしていないというか.一人称で体験することで,それに気づくことができるので,すごく意味があるなと思っています.
根本 どういった反応や反響があるんですか?
下河原 毎回,体験前後にアンケートに答えてもらっていて,「認知症のある方は,お買い物に行ってはいけない」とか「認知症のある方は,強い薬で抑制するしかない」といった質問があるのですが,「はい」と答えていた人が見事に「いいえ」に変わっていきます.認知症に対するイメージが変わったと答えられる方が多いです.ここまで反響があるのは,VRという客寄せパンダが上手く作用しているのもあると思いますが,一人称で体験することも重要だったんでしょうね.
白肌 施設の話に戻ると,VR認知症体験会も含めて,サービススタッフの感受性を研ぎ澄ませるようなことが大事だと感じました.トレーニングや研修はされているのですか?
下河原 最低限ですね.人に教わることじゃないような気がしていて.以前,イギリスから,認知症がある人にやさしい建築を研究している方が来たんですが,例えば手すりを赤にすると認知症のある人に分かりやすいという話をしていたんですよ.そうなのかもしれないけど,本当にその人にとって快適なのか,何か押し付けになってないかって,僕は思ってしまったんですよね.
白肌 ここはシンプルな色使いの施設ですよね.
下河原 住み心地とか,居て落ち着くとか,子供がこうやって自由に遊べるとか,そういうことの方が重要だと思っています.それもあって,職員には研修よりも,日々の生活の中で,自分自身で感じ取りながら学んでいける場所を提供したいなという思いがあります.ただ入職の段階で,この住宅はこういう方向性で進めていくんだということを,僕が一人ひとりに必ず伝えています.それと看取りや口腔ケアの研修は,医学的な知見も必要になるので,定期的に行っています.
白肌 専属の歯科衛生士がいるとHPにありました.
下河原 高齢者の死因で最も多いのが肺炎なんです.誤嚥性の肺炎を防ぐためには,口の中をどういう風にケアすればいいかを学ぶことが重要です.やっぱり入院してしまうと,皮肉な話なんですけど, 皆悪くなって帰ってくるんです.そのため入院させないことが大事なんだと思っています.
白肌 胃ろうなんかも,確かに生命維持はできるけれど,食べるよろこびを全然感じられないという議論もありますね.HPを拝見する中で,食べることも重要視されているなと印象を受けました.
下河原 おっしゃる通りですね.自分で食べることをやめた人に対して,なんとか食べさせようとしたり,穴を開けて直接送り込んだりするのは,やりすぎなんじゃないかという気がするんですよ.そう言う人が出てきてもいいんじゃないかなと.だから,うちは食べられるだけ,飲めるだけでやっています.重度の認知症であっても,食べたくないときは,態度に表れますからね.ちゃんと意思表示しているんですよ.介護士や看護師が無理矢理口をこじあけて,食道に押し込んでいる姿は,僕に言わせると虐待にも見える.それをうちはやらないって決めています.
白肌 一方で,運営する側からすると,食事を自由にしてしまうと効率性にも影響してきますよね.その辺りは,どうされているんですか?
下河原 食事は,2時間ぐらいレンジをとって,自由に食べに来てよっていう風にしています.下膳,配膳も自分でやってよというやり方で.食べたくなきゃ食べなきゃいいですし.
白肌 放っておくわけですか?
下河原 放っておきます.「どうぞご自由に」って感じです(笑).
白肌 なるほど(笑).そういう割り切りをしているんですね.
下河原 お酒や煙草も自由にしています.もしお医者さんに止められていても,それを守るかどうかは自由です.管理をしないことをルールにしています.管理は依存を生みますからね,高齢者達がどんどん依存体質になっていっちゃうんですよね.生きる意欲を奪っていく.
白肌 先ほどは,高齢者の方が1人いらっしゃいましたけど,今(16時頃)はあまり姿が見えないですね.それぞれの部屋でゆっくりしているんでしょうか?
下河原 そうですね.お出かけしている人もいます.
白肌 賑やかなので,中にはそういうのが好きじゃない高齢者の方もいるんじゃないですか?
下河原 いますね.当初は,おじいちゃんおばあちゃんたちも,もっと部屋から出てきて,子供たちと交流したいのかなと思ってたんですよ.でも全然,「うるせー」って感じです(笑).
白肌 自分たちの場が占拠されているような感じでしょうね(笑).でも,なくなったら,寂しいのかもしれませんね.
下河原 皆,子供のことだから許せるんですよね.夕方になると,子供たちがいなくなるので,そういう人たちも出てきて,また違ったシーンが出来上がります.食事の後は,そこのソファーの辺り(図4)が,おばあちゃんたちに占拠されて,アイス食べて盛り上がってる(笑).そういうことが,普通に行われています.
根本 そういう普通のことが,普通にあるんですね.
下河原 そうですね.地域住民としての暮らしが実感できることが,この場の力なのかな.1人で部屋にいるときに子供の声が聞こえるだけでも,全然違うんじゃないかと思います.従来の高齢者施設って,高齢者を並べて,近くの園児を呼んで,お遊戯を一方的に見せつけるみたいなことをやるじゃないですか.あれもよくないと思っていて,なんか高齢者と子供たちの二項論にしちゃいけないような気がしているんですよ.いかに融和させるかと言うか,難しいですけどね.
白肌 私は今,共在性という概念に関心をもっているのですが,ジョン・ケージという20世紀の作曲家がいて,彼は「今の音楽はフレームに囚われすぎている.何で音楽会に行ったら,観客がじっとしていなければいけないんだ.インドでは,音楽が流れてきたら,皆自然に体を動かすじゃないか.」というように,あるがままにすることが重要だと言っているんです.色々なサービスで,決まり事を作ってどんどん狭めていくと,安心を提供できるんだけど,そこから取り残された人は居心地が悪かったりするんですよね.取っ払うことの重要性というのがあると感じました.
下河原 取っ払うという言葉はしっくりきます.今まさに日本が抱えている社会課題でもある,多様性を認め合う社会をつくっていくうえでの課題,ダイバーシティをインクルージョンできていないことへの課題が,色んな弊害になって出てきているわけですよね.それは認知症だけじゃなくて,ジェンダーやセクシャリティもそうだし,文化もそうだし.それらをインクルージョンするためには,具体的な人と人のコミュニケーションの場で,腹落ちする瞬間を重ねていくしかないと思うんですよ.そうすると,心の中に広がりが出てくる気がしています.多様な人たちが一度に集まれる機会をつくることは,高齢者住宅でもできる気がするんですよね.そういう場として,お祭りをよくやっています.地域の住民が500人ぐらいきて,ごっちゃごちゃになるんですけど.
根本 えっ,この中でやるんですか?
下河原 この中で(笑).もう入りきれませんって感じなんですが,皆で美味しいご飯を食べたり,お酒を飲んだり,太鼓を叩いたりしています.
お祭りで思い出すのが,パーキンソン病で体が揺れてしまうおじいちゃんが,子供にかき氷のスプーンを渡すんですけど,子供は目の前で揺れているおじいちゃんを,やっぱり怖がって見ているんです(図5).そういう風に,普段味わえない多様性を感じられる場所になってくると,高齢者住宅は単にケアする住宅じゃなくて,違う機能を持ち合わせるようになっていく気がするんですよね.
根本 普段触れ合わない人と,お祭りみたいな中で交じり合う感覚ってすごく意味があるんでしょうね.
下河原 意味があると思います.日本人もお祭り好きでとにかく集まって,ワイワイやってたでしょ.あれを地域でもう一度復活させられたらいいですよね.カッコいいのもあまり要らなくて,泥臭くていいんです.
地域の子供が集まってきてほしいと思っている高齢者住宅はいっぱいあると思うんですけど,その割に,どこも玄関の鍵を閉めているわけですよ.うちは,普段から子供たちが沢山入ってくるようにしていますが,そこにある駄菓子屋がすごく有効なんです.駄菓子屋の店番は,なるべく入居者さんにやってもらうようにしていて.でも,明確なルールがあるわけではなくて,やりたい時にやればみたいなゆるい感じです.この写真(図6)のおばあちゃんは,元々は銭湯の番台やっていて上手いんですよ.ひと月の売上が50万円とか行きますからね,すごいですよね.それと最近は,サポートステーションという厚労省の事業を通じて,ニートの子たちに来てもらっています.介護士に興味をもってもらうために,ニートの子に駄菓子屋の店番をやってもらうと人とも関われるし,こういう場所なので,自分の存在が認められているというか,必要とされることもあるんだということも経験できる.今まで3人の子が介護士になってくれました.あとは,銀木犀食堂というものもやっていて,1日20食ランチを提供しています.おじいちゃんおばあちゃんたちと一緒にご飯食べるもので,地域の高齢者たちもご飯を食べに来たりしますね.他にもママ向けのダンススクールやったりとか,寺子屋を大学生がやったりとか.とにかく色々なイベントを通じて,地域住民が関わる機会を高齢者住宅が提供できると,何か面白いことが起きるような気がします.障害者施設の子供たちも,よく遊びに来てくれます.地域の子供たちも,障害児たちと出会う機会になる.認知症もそうだし障害もそうですけど,閉じ込めてしまうと,周りの人たちは,そういう人たちと出会う機会がないですからね.そうなると,無意識の偏見がつくられてしまう気がするんですよ.
これは1つの銀木犀の例ですけど,平均年齢85歳,平均介護度1.94で元気な人もいれば寝たきりの人もいるっていう.僕はこの分布がすごく大事だと思っています.特別養護老人ホームは介護度3以上の人じゃないと入居できないという条件があるんですけど,そうすると家の中がシーンとしちゃうんですよ.それだと活気がなくて,生活しているって感じじゃなくなってしまうんですよね.一方,こうやってお祭りしてバカ騒ぎしているときに,どこかの部屋では一週間後にはお迎えがくるような人がいるんです.それが社会の縮図のような気がしています.
白肌 鍵がないということで徘徊してしまうことを考えると,地域の人たちの理解が必要になると思います.先ほどのお祭りの話もそうだと思いますが,町内の人に理解をしてもらう,協力してもらうために,どのような取り組みをしているんですか?
下河原 認知症がある人がお出かけするときは,銀木犀カードというものを持って外出してもらうようにしています.やっぱり大体迷子になるんですけど,この間は,近くのコンビニエンスストアの人が,その方を発見して僕らにすぐ連絡してきてくださって.お祭りを通じて地域の人たちが銀木犀を知ってくれているので,連絡してくれるんですよね.今まで7年間ずっと玄関を開けていますけど,大きな事故はないです.やっぱり,どこの所属なのかっていうのを知る機会が大事かなと.そうやって,地域が学ぶ機会をつくっていかないと,地域が育たないですよね.
根本 入居者さん企画のイベントもあるんですか?
下河原 ありますね.例えば,流しそうめんを企画したときに,認知症のおじいちゃんが「ただ流しそうめんやってもつまんねーから,2階から流せ」って言うんでやりました.早すぎて誰も取れないという(笑).
入居者さんが,いかに役割を持てるかは大事だと思っています.地域住民でさえ役割を持つべきだと思っていて,お祭りの櫓も地域住民と一緒に作ったんです.そこに関わっているという具体的なアクションがあることがすごく大事ですね.あと,高齢者たちに対しては,あなたたちの力を必要としているんだという気持ちをきちんと伝えないといけない.
根本 自由にすることと管理することは,相対する部分も大きいと思うんですが,入居者のご家族には,どのように理解していただいているんですか?
下河原 入居の段階で,きちんと説明します.「鍵も開けているし,基本的に管理もしていないので,転倒することもあるでしょう,玄関から出て行って迷子になってしまうこともあるかもしれない.それでもよかったらどうぞ.」という風にきちんと説明してから,入居していただくようにしています.
サ高住って基本的には,すべてのサービスは外付けで入居者が選ぶという考え方なんですけど,僕が大家さんで,食事や介護,ケアプラン作成,居宅療養管理指導,看取りとか,そういう全てのサービスは,入居者が自分で全て選択して,契約のもとでサービスを行うという考え方なんです.
面白いデータがあるんですけど,サ高住って,介護度が低い人ほど,介護サービスを使わないでも(介護保険の要介護度別の利用限度額のうち,少ない利用割合で),生活が継続できているんですね.従来の介護施設のように,何でもござれでやってしまうと,生きる意欲がどんどん失われてしまう.だから制度的にも,サ高住は,高齢者にとって自律した環境をつくるうえで重要な役割を果たしていると考えています.
根本 看取りもサービスの1つなんですね.
下河原 日本では病院で死ぬのが当たり前の文化になってしまっていますが,1950年ぐらいまでは8割ぐらいの人が自宅で死んでいた時代もあったわけです.死亡前1か月の平均医療費が112万円ぐらいかかっているというデータがあって,その殆どを社会保障費で賄っているんですね.高齢者住宅で看取った場合は,その半分程の社会保障費でいけるというデータもあります.でも,本当に大事なのは,お金じゃなくて,高齢者たちがこういう目にあってしまうという問題ですよね.本当に幸せになってないと思うんですよ.こういうことは望んでいなかったはずなので,高齢者住宅できちんと自然な老衰死を目指す文化を広げる必要があるだろうと.そのための活動を銀木犀で一生懸命やっている感じですね.
根本 看取りに至るまでにしている工夫があれば,教えていただけますか?
下河原 お薬の減薬をしています.日本の医療の場合,それぞれの科からお薬がたくさん出てきてしまって,すごい量を飲んでいるんですよ.それを薬剤師さんと話し合って,本当にこの人必要なお薬は何かをリデザインする.そしてPDCAをしっかりやることで,減薬に成功してきています.
あとは,先ほどもお話しした口腔ケアですよね.一番の目的は誤嚥性肺炎を減らすことですけど,ご飯を自分で食べられなくなったことを他人が理解するためにも,嚥下能力のチェックを行って,いよいよかということを家族や周りも理解する.基本的な方針として,別に押し付けではないんですけど,自分で食べられなくなった入居者には点滴も人工栄養もあまりしないで,自然な老衰死に向かって行こうとしています.ただ,家族がやっぱりどうしても揺れるので,最期まで揺れ続ける家族にきちんと寄り添って,色々な見通しを共有していくことも重要な仕事だと思っています.
今までの看取りって,どちらかというと医療が主導してやってきたイメージがあるんですけど,僕らは生活の場で,面で支えている介護士の仕事だと思っているんです.看取りという部分だけ切り取ってやるんじゃなくて,日々の生活が全部看取りにつながっているので.医療は点で入ってくるものですから,本人の情報を知っているようで,あまり知らないんですよね.本人の情報量を一番多く持っているのは,介護士ですから,看取りは介護主導型で進めるべきだという考えを持っています.
また,お別れ会をやって,きちんと玄関から送り出しているんですけど,ここで皆が,死が身近にあるということを知ることが,実は「よく生きること」に繋がることを7年間で感じるようになりましたね.
根本 これまで7年間やってきて,考えの変化や学びが多々あったということですが,それを踏まえて,次やりたいことがあれば,教えてもらえますか?
下河原 実は,高齢者だけが集住することに違和感を覚えはじめていて,別にここに子供たちが暮らしていてもいいし,シングルマザーがいてもいいし,障害がある人が暮らしていてもいいし,色んな世代,色んなセクシャリティ,色んな文化でもいいんですけど,とにかく色んな人たちが暮らす住宅の方が,助けあえるだろうって思うんですよね.今,新しく設計している銀木犀は,普通の賃貸住宅なんです.一応,サービス付き高齢者向け住宅も中には入ってはいるんだけど,棟で分けるのもフロアで分けるのもしたくなくて.
根本 これまで以上に,取っ払いたいんですね.
下河原 そうそう,現代版の長屋のイメージです.1階に銭湯があったりボルダリングの施設があったり,駄菓子屋もあったり,地域の人たちも普通に入って来られて,そこに住んでいる人たちも相互に支えあえるような場所にしたいんです.目標は,介護士がいない高齢者住宅だと思うんですよ.地域住民が,勝手に支えあうっていう.でも昔は,日本人ってそうやっていたんですよね.そういう風になったらいいなと.
白肌 例えばAIとか,新しい技術利用の観点で何か考えていますか?
下河原 技術は,介護士の仕事をどれだけ助けられるかでしょうね.認知症で意思疎通が難しくなってくることに対応するのは,結局人間だと思います.でもロボットに置き換えられるものは,どんどん置き換えていくべきだと思うんですよね.例えば,オムツ交換なんかは,人にやられるより,ロボットにやってもらった方が僕はいいと思っていて,ピッと押すとシュッと(笑).洗浄までしてくれるみたいな.そういうのは絶対ほしい.
根本 恥ずかしい思いをしなくて済むのは,ロボットのいいところかもしれませんね.人にやってもらうとやっぱり恥ずかしいですから.
下河原 そうですよね.僕にオムツ交換されたくないでしょ?
根本 ちょっと嫌ですね,洗浄はなおさら(笑).
下河原 それは,高齢者でも変わらないと思うんですよ.そういうものは,テクノロジーでどんどん置き換えていけばいいなと.あとは,ゆるいテクノロジーの使い方と言うか,人の行動を縛らないような使い方をしたいですね.テクノロジーで人の行動にまで入り込みすぎじゃないかと思うことがあります.だから,銀木犀は絶対ゆるくいきたい.
白肌 最後に,サービス学への期待について伺いたいと思います.サービスの捉え方って色々あると思いますが,突き詰めて考えると,何かをする人と受ける人が,一緒に価値をつくり上げるプロセスだというのがサービス学の捉え方なんです.その中で,モノが価値を伝達しようと,人間の行為が価値を伝達しようとあんまり関係なくて,お互い意思疎通をしながら,何があなたにとって幸せなのかということを,対話を通じて考えながら価値を創っていく.今までは,それがどうお金になるかというビジネスを中心に研究してきたんですけど,経済が成熟していくと,幸せになりたいとか,人のために何かやりたいとか,将来世代のために何かやりたいとか,出てくるじゃないですか.そういう意味で,サービスというものを問い直そうという動きは最近になって出てきたんです.
下河原 いいですねぇ.
白肌 サービス学自体も変わりつつある中で,今回のインタビューはすごくいいきっかけだなと感じています.
下河原 最近,僕は社会起業家だとか言われるようになってきているんですが,すごく歯がゆくて.全然そんなつもりはないんですよ.本当にビジネスを行ううえで必要なサービスを開発しているだけであって,社会貢献という文脈にしない方がいい気がしています.
来年の4月に「仕事付きのサ高住」を作るんですけど,認知症の高齢者が普通に働いているレストランをはじめます.高齢者住宅の1階に豚しゃぶ屋さんをオープンして,認知症のある人や障害のある人が,普通に働いているという場です.これも,大ヒット豚しゃぶ屋さんを作ることが目的なんですよね.
白肌 普通に,お肉の品質とか店内に入りやすいとかを突き詰めるということですね.一方で,何にお金を出したくなるかを考えると,ただ食べるのはどこでもできるわけですよね.だから,それはもういいとした時に,そこに友達がいるからとか,友達を作りやすいとか,明示はしなくても,そういうことも考えているんですか?
下河原 無作為の作為としてきちんと狙っている部分はありますね.認知症のおばあちゃんが,いらっしゃいませって言って,豚しゃぶを運んで,置いて,座って一緒に食べちゃうかもしれませんよね.僕は,それを許容できる地域住民の寛容性を信じていて,別に認知症の方が働いているのがすごいだろというのは,表に一切見せないつもりなんですよ.見せないんですけど,地域住民が「あのおばあちゃんに会いたい」とか,「私も認知症になってもあんな風に働き続けたいわ」と希望を見出したり,自分の将来に対する不安をここで打ち消したり,そういうことが味のエッセンスとして入ってくることを狙っています.
白肌 頭の中に常にあって,工夫に繋がっていくわけですね.でも,あくまでも目的は,ビジネスとして成立することだと.
下河原 そうです,動機は不純でいいと思っていて,お金儲けでいいと思うんですね.でも,そこにちょっとだけ福祉的要素をエッセンスとして入れると,すごくいいサービスになっていく気がして.だから,福祉業界が頑張るのではなく,他のビジネスパーソンたちが,ちょっとだけ福祉的要素のアプローチを取り入れてくれたら,この社会はもっとよくなると思うんですよ.僕はそこの先駆けとして,こういうものをやろうとしていて,VRもその一部ですよね.間違っていないですかね?
根本・白肌 いやいやいや,面白いと思います.
根本 ここに根付く文化みたいなものが大事になってきそうですね.
下河原 パタゴニアなんかも,社会課題に向かっていく考え方をもった会社ですよね.あそこが愛される理由は,背景にある思想のようなものがファンを掴んでいるんだろうと思います.特に日本企業は大事にしないといけない文脈じゃないかなと思いますね.
話を戻して,学問という観点でいうと,医療に比べて,介護は費用の削減が叫ばれがちですよね.僕は,その原因は,医療と違って学問にまで高められていないことなんじゃないかと感じています.サービス学という名のもとで,社会的・福祉的なことを体系化して実証する試みは,とても意味があるものだと思います.期待しています.
以上で紹介したインタビューは,著者らにとって非常に示唆に富むものであった.本記事を締めくくるにあたってエッセンスを抽出したい.銀木犀やVR認知症などの活動を通じて,下河原氏が考えるウェルビーイングのあり方は,次のような視点を含んでいると感じた.これらの視点は,本号の他の記事で指摘されている視点とも共通する部分も多いのではなかろうか.
このような視点からは,個人のウェルビーイングと,地域や社会のウェルビーイングとを地続きに考え,サービスを実践していることが垣間見える.また,上記の視点のもとでサービスに織り込まれた仕掛けとして,次のようなものが印象に残った.
これらは,ウェルビーイング志向のもと,よりよいサービスを創るうえで,重要な示唆になりうる.最後に,インタビューに快く応じていただいた下河原忠道氏に改めて感謝の意を表する.
株式会社シルバーウッド 代表取締役,一般財団法人サービス付き高齢者向け住宅協会理事.
2000年,薄板軽量形鋼造の構造躯体を販売する株式会社シルバーウッドを設立.2011年直轄運営によるサービス付き高齢者向け住宅「銀木犀」開設.現在設計中のものを含め12棟の高齢者住宅の経営を行う.2016年には,VRを通して,認知症のひとが感じる世界を垣間見られる「VR認知症体験」プロジェクトを開始.一般企業向けのVRを活用したダイバーシティ研修等をスタート.
東京都立産業技術研究センターIoT開発セクター副主任研究員,博士(工学).首都大学東京システムデザイン研究科にて博士後期課程修了後,日本電気株式会社を経て,2018年4月から現職.専門分野はサービス工学,設計学,Product-Service Systems.近年は,サービスにおけるテクノロジー活用とウェルビーイングに関心をもつ.
現在, 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)知識科学系准教授.2009年に東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程を修了.博士(学術).2009年JAISTの助教を経て2012年より現職. 2010年からテキサス州立大学マーケティング研究科において客員研究員.人間のウェルビーイングに焦点を当てたサービス研究領域であるTransformative Service Researchを推進.