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Let's Ask the Intellects!!
Let's Ask the Intellects!!: Making Systems in Business Administration: The Sources of Product Strength and Store Strength
Akihiro NishiharaTastunori Hara
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2019 Volume 5 Issue 4 Pages 40-47

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1. はじめに

サービス学会では,若手研究者と著名な研究者や有識者との交流を促すことでサービス学全体を盛り上げることを目的としたプロジェクトを進めている.本記事,『若手がゆく!-識者との知の共創-』は,そのプロジェクトの一環として,特定のテーマについて若手研究者が識者に行ったインタビューについて紹介するものである.今回は「企業経営における仕組みづくり − 商品力と店舗力の源泉 −」をテーマに,株式会社松井オフィス 代表取締役社長ならびに株式会社良品計画 前会長 松井忠三氏にお話を伺った.

松井氏は,1973年に株式会社西友ストアー(現在の西友)に入社し,1991年には株式会社良品計画に出向,その後,総務人事部長,無印良品事業部長等を経て2001年に代表取締役社長に就任する.「無印良品」を展開する良品計画は,セゾングループの西友から1989年に独立して以降,右肩上がりの成長を続けてきたが,社長就任の前年となる2000年に初の減益に陥る.松井氏は社長就任後,経営改革を断行し,V字回復を果たす.その後,松井氏は,2008年に代表取締役会長就任,2015年には松井オフィス社長となり現在に至っている.

図1 識者 松井氏(右),著者 西原(左)

2. 社長就任時の良品計画の状況

西原 まず松井さんが社長に就任した当時の良品計画の状況について教えてください.

松井氏(以下敬称略) 良品計画は1989年6月に設立してから2000年2月期までの10年間は,売上高そして経常利益と当期利益がずっと右肩上がりできていました.ところが,ちょうど11年目の2000年度に減益になりました.創業以来,初めての減益です.2001年になりますと,さらに利益が半減してきまして,8月の中間期は38億円の赤字に転落していきます.1999年度の株価,正確には2000年2月末の株価は17,350円で時価総額約4,900億という状況でした.1年後の2001年2月末の株価は約6分の1の2,750円,時価総額は770億で実に1年間で約4,100億を喪失するということが起こりました.

株価は,基本的に成長性に一番大きく反応します.われわれの業界でいうと成長性は売上高です.新店の出店は,通常であれば構成比でいうと約4,5%なのですが,2000年は新店の面積を40%に増やしました.通常の年の10倍の出店をしたにも関わらず,2000年度の売上高は前年度の1,066億円から1,152億円とわずかしか増えていません.また,直営店の既存店売上高昨年比というのがありまして,1999年度には102%だったのが,2000年度には91%と100%を切ってしまいました.

このような状況の中,2001年の1月にいきなり社長に就任することになりました.当時,日本でナンバーワンの小売りのアナリストである人にこう言われたのですよ.「松井さん,日本の専門店で,1回,凋落して復活した例はない」と.きっと良品計画もこのままそうなると,アナリストの人たちはみんな思っていたと思います.

3. 社長就任後の経営改革と仕組みづくり

3.1 企業体質の改革

西原 社長就任後には,どのような取り組みをなされたのでしょうか.

松井 このような状況での社長就任ですから,いろんなことをやりました.例えば,不良在庫を焼却処分したり,店舗を1割以上閉めたりしていくわけです.それから海外は結構苦労しました.フランスは8店舗を4店舗まで減らして,人員の整理までやりました.1年か1年半くらいかかったかな.つまりそれぐらいの所まで追い込まれていくわけです.

その時に感じたのが,会社はリストラをやっても立ち直らないということでした.次に移らなければいけない.つまり,「敗けた構造」から「勝つ構造」を作らなければいけないということに徐々に気付いていきました.

図2 企業体質の改革

西原 ここから「勝つ構造」へとシフトしていくわけですね.その改革内容について教えてください.

松井 こうした状況を作り出した社内の要因としては,「慢心と驕り」や「大企業病」などがありますが,要は組織が非常に幼かったのです.例えば,衣料品の業績が悪いのは,衣料品の部長のせいだと1人の責任にして,3年間で衣料品の部長が5人代わるなどです.1人の責任にして問題が解決するなんてことはほぼありません.このように,組織運営としては非常に幼い組織だったのですね.

改革を行っていく中で,根本的な原因はわれわれが育った企業風土,つまり良品計画のルーツとなるセゾングループの企業風土にあるのではないかと考えたわけです.このセゾングループは類いまれなマーケッターである堤清二さんが作り上げた巨大な流通グループで,当時のダイエーさんと並んで日本一,二を争う規模でした.セゾンは「文化と感性」ですから,いろんな日本の才能を取り入れて,ビジネスをどんどん作っていく.どっちかというと右脳の世界でビジネスを作り上げる.したがって,左脳の思考が苦手になるのですよ.近代小売業で最も大事な技術は「チェーン・オペレーション」という技術ですが,セゾンには取り入れられていません.科学的,論理的にやるという思考はあまりないですね.セゾングループの西武百貨店が「個店主義」ということも理由としてあったと思います.これに対して,良品計画では,このチェーン・オペレーションを取り入れていきました.

加えて,「背中を見て育つ文化」や「経験主義」でもありました.店舗を例にして説明すると,店舗に配属された新入社員は店長の背中を見て育ちます.徒弟制度です.ただし,店長のやり方は標準化されていないため,それぞれの経験と勘頼りになります.店長が100人いると100通りの売り場があるということです.その中で3人ぐらいは職人芸で完璧に100%の店を作る.でも残りの97人は,70点ぐらいの店になります.ばらつきが相当ある.お客さんのためには90点以上の店が100店舗あることの方が望ましいわけです.そこで,経験主義をなくし,優れた売り場や商品を作るため,店舗や社内の業務の質を標準化し,個々人のスキルやノウハウなどを蓄積する様々な仕組みづくりを行いました.

このような「仕組み」で見えるようになると,問題の8割は解決してくれます.必然的に,これは標準化という過程として積み重なっていく.そして打つ手が出てくる.流通業や日本の経済界というのは,先行事例にあたるということがほぼない組織です.日本はみんな秘密にしてしまっています.メーカーにいくともう一切,出てこない.優秀な人だと,優れた業績をあげている会社を訪ねて行って勉強する人もいますが,そんなことを積極的にやる人は,やはりいないのですよ.ということは,常にゼロからスタートしてしまう.反対に,積み重ねを意識して仕組みをつくれば,一人一人は弱くても会社は勝ってくる.こういう勝てる組織にしていく必要があるということです.

加えて,セゾンは「企画中心」で,計画95%,実行5%という文化です.戦略は一流だけど,実行力が二流の会社ということですね.戦略一流で実行力二流の会社と,戦略は二流だけど実行力が一流の会社だったら,100%後者が勝ちます.つまり,実行力が一流でないと勝てない.したがって私は,計画5%,実行95%という実行中心に変えていきました.

そして最後に,考え方や価値観を変えなければ駄目だと気付きました.例えば,品質管理で結構苦労したので,花王の人にたくさん来てもらいました.花王の品質管理担当の取締役と話をすると,花王さんの文化がよく分かるわけです.経営で何が大事かといえばコミュニケーションです.加えて,前向きにきちんと自分で考えて自分でリスクを取り,改善をきちんと行い,動いていく人間にしないといけない.つまりそういう考え方でオペレーションできる会社にしていく必要があったわけです.

これまでに申し上げた構造が基本構造で,スローガンは「進化と実行」です.進化というのは,社風を変え続けること.そして,仕組みを変え続ける.これを進化と呼ぼうと決めるわけです.実行は何より大事ですので,実行をスローガンに持ってきています.

以上のように,セゾンの常識は良品計画の非常識,良品計画の常識はセゾンの非常識というように,振り子を正反対に振っていかない限り,企業を立て直すことはできないと思い,これらを変えていきました.

3.2 商品開発の改革とその仕組み

西原 商品開発の仕組みの話が出ましたが,「商品開発」ではどのような進化があったのでしょうか.

松井 完全に商品開発が破綻したので,新しい商品開発に移っていかなければなりませんでした.こちらは大きくはブランドの進化として,商品開発やコンセプトの進化をさせていくということです.具体的には,WORLD MUJIやFOUND MUJIなどの商品開発,それと「“これがいい”ではなく“これでいい”」,ハイクオリティ・ベーシック,リーズナブルプライス,賢い低価格,創造的な省略などのコンセプトです.あと,食品においては素という概念をつくり出していきました.

その中のWORLD MUJIは,日本で生まれた無印良品が,例えばドイツやイタリアなどの海外で生まれたらどういうMUJIになるかという発想を世界に広げて,世界を代表するデザイナーと作ろうというふうにやるわけです.そうして,イタリアの巨匠と商品開発を始めるわけですね.残念ながら私どもの家具のマーチャンダイザーだけだと良いモノが作れません.イタリアの巨匠はものすごくシンプルな椅子を作ってくれました.椅子は結構危険な商品でして,どんなことをしても簡単には壊れない商品を作らなければいけない.これだけの技術を有する取引先を彼らは持っている.でも,うちのマーチャンダイザーはそういった取引先を知らないのです.また,巨匠が作ると値段が6倍になってしまいます.そこをなんとか6分の1で作んなきゃいけない.そうすると,巨匠がそんな工場も紹介してくれました.その後,うちのマーチャンダイザーが巨匠とコミュニケーションができるようになっていく.このようにして,商品開発が進んでいき,商品開発の仕方ががらっと大きく変わり,復活をしていきました.

ドイツにIFデザイン賞という生活雑貨の中で一番権威がある賞があります.それまでAppleとパナソニックが年に4つ金賞を受賞していたのが最高記録でした.しかし,われわれは2005年にCD,DVD,紙管ラック,電話機,シュレッダーの5つで金賞を取りました.つまり,それぐらい商品開発力が伸びたということですね.

西原 商品開発,特にデザインにおいて外部の企業や人を組み込む形で行われたのですね.そうした商品開発の進化においては,外部の方を取り込むことが重要だったのでしょうか.

松井 ビジネスには左脳と右脳の両方がないと駄目です.右脳の部分は,世界を代表するデザイナーと作ります.例えば,これは500,600円で販売されているアルミのシャーペンです.アルミですからリサイクルができる.問題はシャープペンシルの機能が優れていればいい,芯が折れない,きちんと出るかどうか.この最高峰がイタリアのシャープペンシルでして,1万円か1万5,000円もして,5つ6つの特許で守られています.「これがいい」を目指すブランドは,ものすごく高くて品物も良いのです.

しかし,われわれが目指す所はそこではない.「これでいい」というブランドです.これには,未完成の部分も若干あり,直し続けるという意味を含んでいます.加えて,無印の商品はほとんど海外の著名デザイナーが絡んでいます.絡まなければこういうレベルには到達しません.シンプルなので,「すぐ真似されて大変でしょう」と言われますが,逆に真似ができないのです.シンプルで,この価格で,この機能で,この使いやすさです.そして,半年に1回モデルが変わり,機能が見直されていく.同じ商品が2年も3年も並んでいることはありません.これが「これでいい」というコンセプトです.そのため,中国あたりでは偽物もたくさん出ていますが,実際使ってみると偽物と無印の商品力の違いがはっきりします.

したがって,そういう意味での右脳はすごく大事で,この点に関して,無印は非常に上手にやってきました.無印は生活提案をしていくライフスタイルショップですから,右脳がないと無理です.一方で,経営ですから,左脳的な今の仕組みや社風もないとうまくいきません.人間の組織ですから,好きな人も嫌いな人もいるし,挨拶する人もしない人もいますが,性格は変えられないけど行動を変えてもらえば社風になります.そういうふうに右脳と左脳の仕組みづくりを上手にやってきたのが良品計画です.

西原 なるほど.例えば,無印の家具を購入する人は,これがいいというよりこれでいい,そして,そのこれでいいという満足度のレベルが高い所にあるのだと思います.そこが無印の目指す所なのですね.

松井 無印は,禅の思想で作られています.飾る禅ですね.ただ,無印が生まれた頃に堤さんが意識していたかどうか分かりません.当時,ニーズの細分化が進んでおり,アパレルは全て細分化の道を辿っていました.だから顧客がいるブランドを作っていくわけですが無印はたった一つのブランドです.成熟化というのは個人の価値観であって,千差万別の価値観を全部受け入れるブランドでなければ難しいのです.つまり全ての想いを受け入れる.これは無印の一番の特徴です.

成熟すればするほど個人の価値観で選んでいく1人10色の時代に,企業は1人10色の対応ができません.余分なことだと思われてしまう.したがって,特徴を持った想いを一つのブランドとして取り入れていく,ここに無印の特徴がある.自動車は「いつかはクラウン」という時代が私たちの時代,今だったらいつかはベンツ.だとしてもそういう時代はもう終わってしまいました.新興国,発展途上国はまだその文化があります.ということは,自分が好きなものを,自分の価値観に合ったものを揃えて生活をするというのは先進国の典型的な文化です.したがってそれに合致したブランドしか勝てません.われわれも明確にその方向を狙いました.無印という価値観の中で,価格とブランドの特徴の中で戦っているわけです.最高級でいけば本当に100万とか200万円する家具も結構あり,それを選ぶ人ももちろんいます.でもそれは少数になっています.だから大塚家具も苦労しているのです.時代にビジネスモデルが追いつかなくなっている.無印の場合は数万円程度で,それでもニトリに比べると高い.でもここにブランドの特徴を持っています.そんなふうに見ていただくと,無印を正しく理解してもらえると思います.

西原 全ての想いを受け入れるというのが面白いですね.価値を決めるのは消費者や顧客ということでもあると思います.このことは,顧客が使用・消費する中で価値を見いだしていく価値共創の考え方と合致していると思いました.

松井 はい,そうですね.例えば,無印の白いお皿を灰皿で使う人もいる.それが今の時代で,これがもっと進んでくるというのが成熟化という時代です.そして,それを非常にしやすいブランドが無印なのです.どんな用途にも使える所に無印の特徴があります.

西原 顧客は決められた用途だけではなく,自分のニーズや使用目的に合わせて利用するということですね.

3.3 販売の進化と店舗力の強化の仕組み

西原 販売面の「進化と実行」について教えてください.

松井 無印には,MUJIGRAMという店舗業務用のマニュアルがあります.このMUJIGRAMは全部で13冊,約2,000ページあります.例えば,“おたたみ”という項目があるのですが,衣類などの畳んでいる商品はお客さんが手に取ることで崩れていきます.売れる店ほど崩れていきます.おたたみは社員にとっては嫌な作業なのですよね.ただ,このMUJIGRAMには,お客さんにとって分かりやすく見やすくするためにおたたみを行うなどと,その作業を何のために行うかを書いてあります.そうすると,この嫌なおたたみが創造的な業務に変わってくる.その他になに・なぜ・いつ・どれなどについても書いてあります.こういう風に業務を統一しようと思いました.

このマニュアルを作る際,サングラムというハワイのスーパーマーケット・チェーンのマニュアルを見に行きました.ここのマニュアルはよくできていましたが,会社が違うので日本で実行しようとすると全く実行できません.仕方がないので,自分たちで作り,MUJIGRAMと命名しました.

マニュアルには幾つかの欠点があります.一番の欠点は変わらないということです.仕事の仕方は半年,1年もすると大きく変わってきます.だけど,作られた時が最後となり,マニュアルは変わってくれないのです.そうすると誰も見なくなる.棚の隅にほこりをかぶって寝てしまう.また2,3年後にはトップから「業務を統一しろ」「革新をしろ」と注文がきてまたやり直す.

したがって,マニュアルは変わらなければ駄目だと気付きました.仕事のやり方は,現場でしか変えられない,つまり店舗でしか変わりません.店長・スタッフ・アルバイトから,今までの仕事よりももう少しこう変えた方がよいといったことが必ず出てきます.そのような時に専用の入力画面から入力してもらいます.昔は2枚複写でやっていましたが,今はインターネット上から行ってもらいます.それぞれのお店で,店舗業務上の問題点とその解決策についても書いてもらう.その後,本社がどう対応したかもこのシステム上に書くようにしています.

西原 その対応というのは,あげられた問題点とその解決策の全てについて回答されるのでしょうか.

松井 そうです.例えば,実際に変わった例ですが,過去には店長になると九つの資格を取らなければなりませんでした.店の責任者ですから結構大変なのですが,忙しい中講習や試験を受けに行くのです.この時の提案は,店長になる前に取ったらどうだという提案です.良いに決まっているので取り入れられました.

課長であるエリアマネージャーは30店舗か40店舗を統括しており,月に1回か2回ぐらいしか各店舗には行けません.でも,インターネットにアクセスすると各店舗からの提案内容が見られるわけです.そして,本社では販売部が受けた後,人事に関する内容は人事部,経理に関する内容であれば経理部に見てもらいます.その改善策がOKということになれば採用され,MUJIGRAMも変わっていきます.

だから,MUJIGRAMの一番の特徴は,毎日変わるマニュアルという点です.運用上,毎日は変えられませんが,月に1回の店長会議を通じてまとめて紙になっていることが大事なので,四半期に1回は必ず紙で配る.このMUJIGRAMは,通し番号がありません.したがって,数えないと何ページあるか分からない.バインダーになっていますから,変わったとこだけ差し替わります.平均すると毎月20ページぐらい変わります.つまり,全体の1%が毎月変わり,年間で12%変わります.

西原 何が変わったかはすぐ分かるようになっているのでしょうか.

松井 それは分かります.変わった箇所だけ,店長を通じて必ず伝えられますから.

他の企業から「うちのマニュアル見てください」という質問を受けて行くことがあるのですが,そこではマニュアルが製本してあってずらっと並んでいます.「これは皆さん使ってないんじゃないですか」って言うと「よく分かりましたね」と皆さん答えます.そのようなマニュアルは使われるわけがないですよ.

西原 製本してしまうと,使っていく中で変える,改善していくという前提がなくなるのですね.

松井 そういうことですね.変えていくことで,共有をされていくのですよ.

そして,もう一つ,MUJIGRAMの特徴があります.われわれ経営陣がMUJIGRAMに載せたかどうかの最終確認をします.載せると,お店は100%実行してくれるのですよ.なぜ実行してくれるかというと,店長もスタッフもアルバイトも,みんな同じ仕事をしているからです.最初だけ教えられる.でも,全員同じ仕事をしている.人事異動で店を変わっても全く同じ仕事をしている.月に1回,変わった所だけが徹底される.

したがって,MUJIGRAMは,PDCAのマネジメントサイクルがきれいに回ります.だから,100%実行される仕組みなのです.「2,000ページもあるものをどうやって教えてどうやって徹底するのですか」という質問を頻繁に受けます.このMUJIGRAMと同じ内容を文書で流してお店で徹底させるだけだと,せいぜい徹底率は7割から8割に留まります.永遠に100にはなりません.MUJIGRAMは流れていくと基本的にお店の全員がやっています.隣の人がやっているやり方を自分もせざるを得ません.だから,空気のような仕組みになり,全員が同じ仕組みで行うことになります.だから,1回MUJIGRAMに載せれば,お店が100%実行してくれる.実行してくれるから,力になっているのですね.MUJIGRAMの大きな特徴は社員の知恵で毎日変わることです.そして,変わったことは100%実行される.これが,MUJIGRAMの大きな特徴です.

西原 実行しているかをチェックする仕組みはあるのでしょうか?

松井 チェックする仕組みは要りません.例えば,営業会議の中で,今日は特定の商品の賞味期限を確認してくださいという品質管理の指示が流れるとします.賞味期限を見ることはMUJIGRAMどおり仕事をしていると毎日行っていることですが,販売部が行くと自分のテリトリーであるためできていなくてもできているように大体報告をするんですよ.だから,販売部から報告をさせるのは無理があります.販売部以外では,監査室の人間が店舗を毎日訪れています.監査室が本来の監査業務の他に,賞味期限の確認がお店でどういうふうに実行されているかを調べる.月曜日の12時半に行われる監査室と社長のミーティングで,撮影した写真で共有される.つまり,その時点で社長が店に行かなくても,全店に指示した賞味期限のチェックがどう行われているかを確認できる.そのミーティングに販売部長たちもいますから,すぐ指示を出せる.そうすると夕方には,お店に再度指示が行くわけですね.このようにして徹底して行うことができる仕組みです.

西原 その結果,みんながMUJIGRAMにしたがって仕事をすることが徹底されるということですね.

松井 そう.それ以外のことはできない.どうしても変えたいという場合は提案をしてもらい,認められたら,その仕方が全社に広がって変わる.

西原 なるほど.そうなると経験主義ではなく,マニュアルに準拠した業務が徹底され,そして,現場レベルでの業務改善に繋がるということですね.

松井 そういうことです.だから,一人一人が考えたベストプラクティスが,MUJIGRAMに載った途端に全社で行われるという仕組みです.逆に,写真を撮ってきて,こういう良い事例があるなどと営業会議に出てきたとします.でもそのとおりにやる人はあまりいません.ベストプラクティスを個々人がみんなに見せても実行はできないんですよ.したがって,ベストプラクティスが必ず実行できるような仕組みにしてあげないと,力にならない.こんな感じですね

西原 実行されると,ベストプラクティスを生み出そうというモチベーションに繋がっていくでしょうか.

松井 そうですね.ただ,そうはいっても少しやるとトーンダウンしてきて形骸化してきます.そうすると,提案月間や表彰などのアクションを定期的に入れます.モチベーションを高める仕組みもあわせて持つということです.

なお,MUJIGRAMは店舗業務のマニュアルでしたが,同じように本部業務のマニュアルとして「業務基準書」があります.

3.4 商品開発において顧客の声を取り込むための仕組み

西原 このような従業員の声は商品開発にも活かされていますでしょうか.また,顧客の声についてはどうでしょうか.

松井 繋がりますよ.さきほど説明したのは改善提案制度でして,MUJIGRAMを変える専用の仕組みです.一方で,商品開発をするための仕組みとして顧客視点シートがあります.これは,各店舗に集まったお客さんの意見を記入する専用画面です.このシートを使って商品開発や改良をし続けています.だから,無印の商品開発というのは,お客さんの声で変わり続ける.こういう仕組みで動いています.

西原 商品開発に顧客も関わるということですね.

松井 そうです.これが商品開発をする仕組みです.専用の画面を通じてなされた様々な提案を,会社で集計してまとめます.そうすると,お店からの提案が本社に来て,そして取り入れられるというふうになっていると変わっていくわけですよね.もう少し詳細に申し上げると,集まった様々な情報からマーチャンダイザーが仮説を作って開発のアイテムが決定されたり,あるいは,顧客をモニタリングしてスペックが決まってモデルが作られたりしていきます.こういう過程で商品が動きます.

店舗からの情報,それから直接電話やメールで送られてきた意見を合わせて,年間で20万件ぐらいが会社に届きます.番号が振られたこの20万件をどうするかを全部決めていくのですよ.一週間で集まった情報を月曜日にまとめて,火曜日の午前中は重要な内容がわれわれの役員の所に全部出てきます.これらを判断して火曜日の午後から商品開発を行うわけですね.MUJIGRAMと商品開発の仕組みの大きな特徴は,こういうふうにしてお客さんの声で変わり続ける点です.

西原 顧客視点シートは,基本的には社員の方が書くという理解で合っていますでしょうか.

松井 そうです.ちなみに,お客様や社内の商品に関する意見を共有するイントラネットである「声ナビ」ではお客さんがお店で話した内容をお店の人が記入します.記入する時間もワークスケジュール上組み込まれています.加えて,社員はみんな手帳を持っています.業務改善のヒントを得た時やお客さんから意見をいただいた時に,忘れてしまうのですぐメモします.今度は,メモしたものをお店で集計係が入力します.業務改善の画面,商品開発の画面はそれぞれ異なり,商品開発は声ナビというものに入力をします.本社でメールを受けたり電話を受けたりしたものは,基本ここに入力します.本社の画面には20万件が全部表示される.商品開発はそういうお客さんの声で変わり続ける仕組みで動いています.

3.5 店舗とのコミュニケーションの仕組み

西原 MUJIGRAMとも関係しますが,店舗とのコミュニケーションについてもう少し教えてください.

松井 店舗は国内に419店舗あります.そして,社員が1万人以上います.店長は,週休2日で出張もありますから,店舗には3分の1もいません.店長でマネジメントを得意とする人材は少数です.ということは店長がいてもいなくても,マネジメントを得意としてなくても,指示がきちんと伝わって実行される仕組みにしないとまずいのですね.

どうやってやるかというと,こういうことですね.朝,パソコンを開けるとある画面が出てくる.例えば文房具を担当していたアルバイトの所に,ある日,不良品が出たから回収しなさいという指示がこの画面に出てきたとします.最優先の業務です.この業務が終わってクリックすると本社に伝わります.419の店舗のうち,大体,4,5店舗は完了の報告が来ない.文房具の担当がお休みの日であったりするなどしてうまく連絡が取れない.そういった4,5店舗には電話をして,代わりの人にやってもらいます.419店舗に現実に仕事をするアルバイトやパートの人達に指示をして100%実行されるようにしないとまずいわけですね.そのための仕組みになっています.

西原 店長間の能力が異なっていたとしても,あるいは店長が不在の時でも回るような仕組みにしないといけないということですね.

松井 そうですね.例えば,発注の仕方の話ですが,無印ではケース単位で自動発注し,お店の作業を極力減らします.その他,「こういう商品はないですか」とお客さんから尋ねられるような1個か2個の商品は,お店が,お客さんに代わってネットセンターに発注します.既に物流センターにはない商品は,パソコンから在庫確認ができてA店にあることが分かったとします.そのA店から,自分のお店に移動されてくるわけです.もちろん,本社から移動する商品もある.つまり,商品は千差万別で入ってくる.その後,店頭にお客さんが来て,この商品を2個頼んであるはずだと言うわけですね.パソコンから検索ができますから,どの場所に置いてあるかも分かる.そうするとそれを誰が受けてもお客さんにちゃんと渡せるようになります.つまり,メモ帳とかノートでは対応できないのですよ.コミュニケーションとはそういうものです.

営業会議で指示をする.さっき言った,品質の賞味期限や清掃など,様々な作業指示が来るわけですね.そういう指示は役員から部長を経由してブロック店長,店長,スタッフに順に伝わっていきます.するとスタッフにまで伝わる確率は2,3割になります.これは,情報の伝わり方の常識ですね.それを世間では5合目社員などいろいろな言い方をします.富士山の5合目では上と下に雲があります.トップは頂上にいて,向こうで雷鳴がとどろいてくるとそろそろ雨が来るなと分かります.一番下にいる現場の人たちは,カエルが鳴きだすから雨が降ると分かる.でも真ん中にいる中間層は,上下雲で覆われているから全く分からない.ここで情報の遮断が行われる.この層は大体課長クラスです.組織の特性としてそういうものがあるので,下まで伝わらない.

さきほど申し上げた文房具でいえば,不良品を回収しましたとスタッフが店長に伝える.店長がブロック店長に伝える.ブロック店長がブロック長に伝える.ブロック長が部長に伝える.部長が役員に伝えると,部長が「社長,全部終わりました」という組織なんか存在しないのですよ.したがって,現場で起こったことを本社のトップがつかむための仕組みが大事なのですね.良品計画は,非常に詳細な決定をここでつかむことができる仕組みになっています.

西原 そうすると,コミュニケーションに関しては,ボトムアップやトップダウンがちゃんと行き渡るように仕組み化されていて.人づてではなく,仕組み化して可視化できるようにしているということですね.

松井 それは,いろんな企業がやるんですよ.例えば,セゾンの堤さんもやっていました.取締役会の中で指示をして,役員から報告を受ける.偉大なオーナーですから,みんな逆らえないのですね.一応,できます,やりましたと言うわけです.でも,それでやっぱりできているなんて考えるトップはそんなにいないですよ.堤さんも用心深いから,優秀な係長にネットワークを持ち,彼らに尋ねて歩く.そうすると実態と全然違う.できていない.そうすると,役員を呼んで,叱責するわけですよ.役員も気分が悪いから,回って歩いて,ここの係長に聞いたということを調べます.そして,その係長をいじめにかかる.私自身もありましたよ.いろいろ店長に聞いて,意見を聞いていく.素直に言ってくれるわけですね.そうして部長たちに「実態と違うじゃないか」と言うと,部長は「おまえ,ちくったな」って言って店長をいじめるんですよ.つまり,人を頼って情報を取るって仕組みは弊害が多過ぎる.

したがって,人に頼らずに情報伝達を行う仕組みを作らないと無理です.例えば,監査室が情報を持ってくる.監査室が問題点を調べて社長に報告することは,みんな分かっています.そうすると,お店は,お店の実態を監査室に伝えておけば翌週には直ることが分かっているから,積極的に協力してくれるわけです.通常の組織では,課長・部長を通じても直りません.だから,直接伝えるという仕組みにしておいた方がいい.別に,上下で伝わっていくことを否定しているわけではありませんが,一番大事な内容は現場で確認するということをやらないと,組織はうまく動かないですね.

4. サービス産業への期待

 今日伺ったお話は,まさに2006年頃にSPRINGの立ち上げ時にいわれていた,サービスに対する科学的,工学的なアプローチや標準化とも多くの共通点があると感じました.現在は様々な企業の顧問や社外取締役等も務めておられ,今まで培われてきた見える化や仕組み作りを様々なサービス業に導入しようとされていると思います.また,松井さんはSPRINGの副代表幹事を務めておられます.そういったご活動を通じての,サービス産業に対する期待を最後にお聞かせいただけますでしょうか.

松井 そうですね.日本のサービス産業を実務で世界に広げていくことが,私の一番の目標です.日本のサービス産業はほとんど中小企業であり,生産性が低いといわれて,海外へ出ることができない.一方,サービス産業も大企業だけで比べてくれれば日本の生産性は決して劣ってはいません.私もよく思いますが,日本の企業は,海外に進出して100店舗ぐらいできると満足してしまいます.でも中国に行くと戦う相手が国家企業で,1,000店,1,500店,2,000店の規模がないと戦えない.ですので,もう少し目線を上げ,最初からそこに焦点を絞って,勝負をする必要があります.日本国内で勝ち抜く方法もないわけではない.でも外に出ていかない限り日本のサービス産業の生産は上がりませんので,海外で戦ってほしいと思っています.

したがって海外で戦うための準備をしていくことがSPRINGの一番の課題だと思います.経済が成長しているのはアジアですから,アジアで伸ばすしかありません.できれば中国で戦ってほしいですが中国は結構競争の激しい国ですので,ASEAN,東アジアに対してはビジネスをきちんとつくってほしいですね.日本の飲食でも頑張って展開している企業も結構たくさんありますし,やる気になって進出してくれれば結構戦えるのではないでしょうか.失敗の連続でしか成功もないので,1,2年の失敗は気にせずに頑張ってほしいというのが一点です.

それからサービス産業は労働集約産業ではとても無理です.私がやってきたように,接客,お客さんの所だけを残してあとは全部省力化して仕事をなくすことをやらないと競争力になりません.ここは日本のおもてなしというのも結構がんになります.お客さんの流行と心まで聞いて,かゆい所に手が届くようなサービスをずっと続けていては非常に効率が悪くなります.おもてなしとはいってもホテルでは海外の方がひっくるめてサービスが強いのです.おもてなしも素晴らしいけれど,それを超えていくサービスにしないと具合が悪い.おもてなしの要素と合理的に考えることとを同時に実現しないと世界で勝ち抜くサービスになれない.

私の所にMUJIGRAMを教えてほしいということで,役員を派遣する企業もあります.しかし,そういう企業はものにできません.トップ自らが動かないと.MUJIGRAMを勉強しに来て,ものにできる会社は100社来て2社ぐらいしかない.なぜ難しいかというと,社風を変える運動だからです.トップ自らが動いて真剣に旗を振った場合であっても社員の価値観を変えることはほぼできない.変わり続けるマニュアルはしまむらから学びました.でも,ものにしたのは無印とイトーヨーカドーしかありません.社風を変えることの難しさがMUJIGRAMを定着させる困難さですので,私は社風を変えることを手伝っています.社風を変えないとものになっていかない.まずトップに同席してもらい,気が付いたことをどんどん言って,その会社の社風を変えていく.実行力のある組織にするとうまくいきます.困難だと思いますが,それをやらないといけません.みんながトヨタになれない理由はそこにあるのです.私がSPRINGで感じているのはそんな所です.

西原・原 本日は長時間にわたりお話しいただき,ありがとうございました.

識者紹介

  • 松井 忠三

株式会社松井オフィス 代表取締役社長.2001年-2008年に株式会社良品計画 代表取締役社長,2008年-2015年 同社会長.2013年よりサービス産業生産性協議会(SPRING) 副代表幹事.2016年-2018年 サービス学会副会長.

著者紹介

  • 西原 彰宏

亜細亜大学 経営学部 准教授.関西学院大学大学院 博士(商学)(2013).主に消費者の高関与行動,ブランド,オムニチャネルなどの研究に従事.サービス学会会員,日本消費者行動研究学会 役員(幹事).

  • 原 辰徳

東京大学 人工物工学研究センター 准教授.東京大学 博士(工学) (2009).サービス工学,製品サービスシステム,観光情報サービス,接客サービスなどの研究に従事.サービス学会 理事.

 
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