2019 Volume 5 Issue 4 Pages 52-53
2018年10月1日(月)に産業技術総合研究所(以降,産総研) 情報・人間工学領域の主催で人間情報研究部門の部門シンポジウムであるSymposium on Human Informatics (SHI) 2018が開催された.東京大学柏第二キャンパスの敷地内に産総研が新しい研究拠点を設立することにちなみ,今回はテーマを「人間情報から人間拡張へ-つくばから柏の葉へ-」と銘打つとともに,会場も新拠点近くの柏の葉カンファレンスセンターに設定された.
開催前日から当日早朝にかけて大型の台風が通過したこともあり,公共交通機関の遅延等の影響を考慮し,終日開催の予定を13時開始の短縮プログラムにより実施することとなった.このような悪天候にも関わらず,最終的な参加者数は所内外合わせて386名となり大盛況となっていた.
当日のプログラム等については2018.11.21現在(原稿執筆時)もhttps://seam.pj.aist.go.jp/symposium/SHI2018/にて公開されている.
本シンポジウムは2015年に産総研人間情報研究部門が設立されて以降,年に一度開催されており今年で第4回となる.人間情報研究の分野は脳活動・感覚・感性などの人間の計測とモデル化に関する研究,人間機能の解明のための分析・理解に関する研究,人間-機械系のインターフェイス研究によって構成されている.これらの技術分野や研究テーマのサービス応用は同部門における大きな取り組み課題の一つとなっている.
上述したように,今年のキーワードは人間拡張 (Human Augmentation) 研究への発展であり,産総研が来年度から正式に運用を開始する柏の研究拠点での取り組みを想像させる内容となっていた(本稿執筆時点では11月1日に人間拡張研究センターが発足しているが,シンポジウム当日は公開されていなかった).
産総研からの取り組みに関する講演が2件と招待公演1件に加えて,4件ものパネルディスカッションとポスターセッションからなる挑戦的なプログラム構成となっていた.
日立東大ラボ牧氏による招待公演ではハビタット(居住)イノベーションをキーワードに,技術開発と社会デザインを統合的に用いることでSociety 5.0を実現するプロジェクトビジョンが示された.社会が消費するエネルギーの効率を示す一つの指標として提示された「(負荷・コスト)/ 人口」を,今後減少すべき「(負荷・コスト)/消費資源」「消費資源/活動量」という二つの指標と,今後増加させるべきQOLに関する「活動量 /人口」という指標に分解して議論を展開した点は非常に興味深く感じた.
パネルディスカッションでは「人間情報と医工学」「高齢社会と日常生活」「脳機能と感情」「人間拡張とVR」という,これからの柏拠点での取り組みの中から特につくばの人間情報研究部門との連携が期待される4テーマが設定されていた.閉じた研究室内での研究成果に限らず,実際の現場で取り組まれている研究事例も数多く紹介された.例えば「人間情報と医工学」では医療デバイス技術の最先端からAI活用への期待,筑波大病院や国立がん研究センターにおける取り組みなどが紹介され,参加者の興味を引いていた.また,「脳機能と感情」のセッションにおいては3次元形状を認知して心の中で回転させることで二つの図形が一致するかを判断するMental Rotationタスクの成績が,ドライビングシミュレーターにおいて視覚情報の遮断が起こる状況で安定した運転を行えるかというタスクの成績と高い相関を見せているなど,空間認知と制御に関する興味深い知見が紹介されていた.「人間拡張とVR」のセッションでは,著者自身がスピーカーの一人として登壇し,サービス提供現場を模擬するVRを体験する人間の行動や生体反応を計測することで,サービスプロセスにおける人間の状況を分析するVirtual Human-Sensingの概要を紹介した.また,認知的なタスクを分析する取り組みについても産総研から紹介された.東大の稲見先生からは超人スポーツプロジェクトを中心に,人間拡張技術に関連したいくつかの研究事例が紹介された.環境側にIoT技術を用いた仕掛けを埋め込み,人間に自身の行動の結果を拡張してフィードバックすることで,人間自身の能力を拡張したように感じさせる取り組みは実に楽しく,参加者にもおおいにうけていた.しかし,ただエンターテイメント性を上げるだけではなく,参加者のモチベーションを向上し,結果的にスキルの向上という形で人間能力が向上する可能性まで視野に入れたこの取り組みは,その認知的なプロセスや感情研究といった人間情報研究と組み合わせることで,今後様々な分野におけるスキルトレーニングへの応用も期待される極めて興味深い取り組みであると感じた.
短縮プログラムのために休憩時間中に押し込まれる形となってしまったポスターセッションでは,産総研人間情報研究部門や共同研究先の企業などから50件弱のポスターが展示され,大変な賑わいであった.時間が短かったこともあり,複数の参加者からもう少しポスターセッションの時間をゆっくりとって意見交換をしたかったという意見が出ていた.
人間拡張センターの設立が当初の予定より遅れていたという内部の事情もあり,持丸部門長からのエピローグ講演は多少歯切れのよくない表現も交えられることになってしまっていた.しかしながら,技術に対して人間自身が適応することによる人間能力の拡張やモチベーション向上の研究,介護・健康・就労を主な出口イメージとした産業技術としての人間拡張技術の研究という,来年度から本格化する産総研の人間拡張研究の方向性が示されたとともに,柏の葉エリアをサービス実証の場とすることで生活知識を集約し,新しい産業拠点としていくビジョンが示され,参加者にも産総研が柏の葉で何をやろうとしているのか,そのメッセージはしっかりと伝わったであろうと思われる.
著者自身が運営にも携わっていたため,網羅的に全てを報告しきれていない点についてはこの場でお詫びをしておきたい.運営側の贔屓目を差し引いたとしても,台風による公共交通機関の遅延などの要因があったにも関わらず,大変盛況であったとともに参加者からのポジティブな反応が多い会議であったと考えている.
今年の会議は,テーマとなった「人間拡張研究」への発展にフォーカスされた内容構成となっていた.来年度から本格的に柏の研究拠点にて活動を開始する人間拡張研究センターとの連携への期待も込めての構成であったと思うが,サービス学にも活用できる知見の多い人間情報分野の研究にも,引き続き注目をしていきたい.
〔大隈 隆史(産業技術総合研究所)〕