Serviceology
Online ISSN : 2423-916X
Print ISSN : 2188-5362
Special Issue: "Services and Well-being II: Redefinition of Service from Well-Being Perspective"
Escape From Usual Life: The Tourist Gaze and Well-Being
Bach Q. HoToshiki Abe
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2019 Volume 6 Issue 1 Pages 20-27

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1. はじめに

近代における旅行者は,マスメディアによって創られたイメージを確認することを目的に観光地を訪れていた.そのため,観光地の住民は自らの暮らしや文化をそのまま見せるよりも,旅行者が求める創作的な非日常体験を観光資源として提供した.観光地を一方的且つ客観的に消費する対象として捉える旅行者のこのような視線を,観光社会学者のジョン・アーリは観光のまなざしと呼んだ(Urry 1992).前近代的な未開の地であるという視線を観光地に浴びせることで,旅行者は秩序立った近代人としての自身のアイデンティティを「再認識」していった.だが,現代においてこの観光のまなざしは異なる意味を持ち始めている.

今日では,一日足らずで地球の裏側まで移動できるだけでなく,自宅に居ながらにして我々は世界中の景色を覗くことさえできる.さらには,新しいVR技術によって実在しない仮想世界の中に没入できるようになっている.経済発展に支えられる技術の進歩は現代人を地縁の繋がりから遠ざけ,価値観の多様化をもたらした.観光サービスにおいては,多様化した個人のニーズを満たすオルタナティブツーリズムが台頭した.観光地のそのままの暮らしや文化に触れて内省することで,旅行者の価値観やライフスタイルが開かれることを主題とするボランティアツーリズムやスタディツアーのような「学ぶ観光」(フンク 2008)が人々の関心を惹き付けるようになった.

一方,東京の人口密度が世界一高いことに象徴されるように,現代日本の人口一極集中問題は深刻である.今や20-30歳代の3割以上が東京圏に暮らしている.彼らは豊富な経済資源や情報資源に与るために都市へと集まる.この人口の一極集中という問題を是正するためには移住の促進だけでなく,総務省が「関係人口」という概念に目を向けたように,地方部在住者と都市部在住者の間に弱い紐帯を結んでいくことも同様に重要である.学ぶ観光は,このような社会的紐帯の構築に有用な手段と成り得る.

社会心理学者のエーリッヒ・フロムは主著『自由からの逃走』で,自由の二面性について論じた(Fromm 1941).社会の絆から自由になることで人は独立と合理性を得る.一方で,自由は人を孤独にし,不安と無力感も与える.そのため,社会的制約からの自由こそが近代人の追い求めていたものであったにも関わらず,多くの人が孤独に耐え兼ねて自由から逃げ出そうとした.人々は新たな社会集団の中で自己実現を達成するという積極的な自由までは手に入れられなかった.これが,消極的な自由(「~~からの自由」)と積極的な自由(「~~への自由」)による自由の二面性である.この分析から,フロムは近代人,特にドイツの下層中産階級が新たな依存先を探そうとする権威主義的性格を持ったことで,ナチズムに傾倒していった様を指摘した.だが,現代人も類似の相反する二面性に苦しめられている.つまり,都市化された日常は我々に利便性を与えてくれる一方で,利便性の高い日常を維持する責任と社会規範による抑圧をもたらす.それゆえに,利便性を追求した結果,人々は高度に発達した経済的慣習に従属する権威主義的性格によって,都市化された日常の中に閉じ込められ,個を集団の中に埋没させてしまっている.東京における通勤電車の乗車率は200%近い数字を記録し続け,労働時間の増大で“Karoshi”(過労死)が英語辞典に登録されるようになった.

内閣官房の調査によると,地方部への移住を予定・検討している都民は40.7%にのぼる(内閣官房まち・ひと・しごと創生本部 2014).交換の基盤たるサービスの本質的な役割とは,人をあらゆる制限や支配から解放し,自由にすることである(Ho 2018).スタディツアーという観光サービスは,都市化された日常からの逃走を希求する静かな大衆に,その機会を提供する.ここでのスタディツアーとは,旅行者が社会課題の現場に訪れて課題の当事者や解決者,そして一緒に訪れた他の旅行者と交流することを通じて現地コミュニティの特色や課題について体験的な学習をする観光サービスを指す.スタディツアーは1-2日程度の期間で催行されるものが多く,始めから訪問先の社会課題に対する関心が高くない場合でも気軽に参加できる.この新たな観光サービスを推進してきたのは,一般社団法人リディラバ(以下,リディラバ)である.リディラバはスタディツアーという言葉が主に「海外研修旅行」という意味で使われていた2009年から,「社会の無関心の打破」を理念に掲げ,人々を社会課題の現場と繋げるスタディツアーを提供してきた.これまでに250種類以上のツアーを開発し,2018年には月間利用者数が1,000人を超えた.

リディラバの提供するスタディツアーにおいて,旅行者は社会課題の現場に直接触れて内省するだけでなく,自分と似た価値観,時には全く異なる価値観を持つ他の旅行者と課題解決に向けた議論をする.この活動を通じて,旅行者は思考しながら新たな知見を学び取り,課題解決に対する関心や関与を深めていく.すなわち,スタディツアーにおける学習を通じて旅行者は観光のまなざしを変容させる.社会課題が,世界のどこか見知らぬ土地で起きている自分の日常とかけ離れた問題ではなく,自らが解決に取り組むべき身近な問題として認識されるようになる.社会課題を解決する,という目的意識は人々の自発性を高め,生きがいを創出することに繋がる.この観光のまなざしの変容によって旅行者は成長し,自らの日常を更新することでWell-Beingを高める.社会課題を解決しようとする過程の中で人は壁にぶつかり,だからこそ自力で解決する術を見つけることで,或いは他者からの協力を得る術を学んでいくことで,Well-Beingの源泉である自身の(潜在)能力(白肌,ホー 2018)を開花させる.逆に,権威主義的性格に身を任せ,経済的慣習の庇護下にある消費社会(Boorstin 1974)に依存することは,苦痛を伴わない放埓な快楽的(Hedonic)Well-Being(アリストテレス 2015)しか得られないであろう.

社会の無関心を打破する上で,リディラバは乗り越えるべき3つの壁を掲げ,それぞれの壁を克服するための事業を展開している.1つ目の壁は,関心の壁である.まずは社会課題に対する関心を持たない人達にアプローチする必要があり,リディラバでは修学旅行や企業研修旅行にスタディツアーを提供している.組織行事の中にスタディツアーを組み込むことで,関心が低い人でも社会課題に触れる機会を創出している.2つ目の壁は,情報の壁である.関心を持っていても現代の社会課題は構造が複雑化しており,情報収集が困難である.人々が社会課題に関する知識を体系的に得られるよう,リディラバはRidilover Journal(以下,リディラバジャーナル)というWebメディアを立ち上げた.リディラバジャーナルは社会課題を構造的に解きほぐすことで,人々の社会課題への情報アクセスを促進している.3つ目の壁は,現場の壁である.関心を持った社会課題の現場に直接アクセスすることが難しい人々に対し,リディラバが間に入ってツアープログラムを設計することで,旅行者は安心して課題の現場にアクセスできるようになる.2018年度は経済産業省の委託事業として,リカレント教育事業を提供している(経済産業省 2018).これは,社会課題の解決への取り組みから得られるスキルを身に付けることで,企業の次世代のリーダーを担うべき層を組織や社会のチェンジメーカーへと成長させることを目的とした事業である.また,都市部居住者を地方部の地域課題の現場へと送り,現地住民との協同作業を通じて地域の魅力を伝え,移住や二地域居住が促進されることを目的としたツアーを提供する地域協働事業も中核事業の1つである.3つの壁に関連する事業以外にも,社会課題の解決に携わるソーシャルビジネスのコミュニティを広げていくために,ソーシャルセクターと就活生を結ぶイベントであるソーシャル・インサイト・ハブ(ホー,原 2019a)やソーシャルビジネスに特化したカンファレンスであるRidilover-Social Issue Conference (R-SIC)を主催している.

筆者らは,2018年から共同研究を開始した.本稿では,これまでの研究成果から得られた知見について紹介する.2章から4章までは,3つの壁に関わる中核事業についてそれぞれ説明する.5章および6章で,社会の共創を推進するスタディツアーが,旅行者の観光のまなざしを変容させることを通じて彼らのWell-Beingを高めることについて総合的に論じる.

2. 関心の壁の克服

2.1 教育旅行事業の概要

関心の壁に関しては,教育旅行事業について説明する.教育旅行事業は,主に修学旅行に行く高校生を対象とした観光サービスである.このスタディツアーでは,高校生がグループに分かれて,いくつかのテーマに沿った社会課題の現場に訪問し,その後に社会課題の解決策について議論するグループワークおよび成果発表会をおこなう.

本事業は,リディラバが提供する観光サービスの中で最も送客数が多い.2010年からサービス提供を開始し,2018年11月には送客数が月1,000人を超えた.将来的には,年間10万人の送客を目指している.10歳代が一学年100万人前後であるため,この目標が達成されれば,全体の1割にのぼる高校生が10歳代の内に社会課題の現場に入る経験を得る.修学旅行では観光地を周遊することが一般的であるため,高校生達も最初は真面目な活動に戸惑う.しかし,やがて現場体験が意外に楽しいことに気付き,社会課題の解決について考えることにのめり込むようになる.社会課題の解決について議論する原体験は,彼らの社会参加や政治参加を促進する.教育旅行事業は社会の無関心の打破を推進する上で,土台の底上げに寄与する.

学校側の立場からも,2020年以降の一連の教育改革に向けて従順な学生を育てるニーズが下がっている.パノプティコンの監獄モデルから脱却し,予測不可能性の高い社会を生き抜くには,知識や技能の習得だけでは不十分である.習得したものを自分で解釈して判断し,外部に表現することを通じて現実社会で実践できる能力を高めることが不可欠である.リディラバの教育旅行事業は,そうした教育現場のニーズに対して,社会課題という題材を課題解決型学習(Project-Based Learning; PBL)に乗せ提供している.社会課題は多様性と関わりしろがあって学習教材として優れているだけでなく,集団生活について学ぶ学校教育との相性も良い.多様性とは,社会課題はあらゆる切り口で考えることが可能であることを意味する.関わりしろとは,社会課題解決の切り口が多様であるがゆえに,必ずしも特定の専門知識を持たずとも,誰にでも状況を改善できる伸びしろが大きいことを表す.高校生は,スタディツアーという集団行動を通じてそのことを学ぶ.社会課題の現場訪問を含む凝縮されたPBLを経験することで,高校生は社会的な課題に触れて自らの視野を広げる原体験を得る.この原体験により,彼らは学校教育で得た知識や技能を社会に役立てる実践力と結び付けて考えるようになる.

2.2 教育旅行事業に関する分析

では,ツアーにおける学習経験から旅行者の社会課題への関心はどのように高められるのだろうか?その問いを明らかにするために,筆者らはスタディツアーに参加した高校生に対する質問紙調査を実施した(ホー,原 2019b).

調査結果から明らかになった学習経験と学習効果の構造モデルを図1に示す.社会課題への関心は社会課題に対する知識獲得によって高まる.これは,学ぶことで関心を高めるというスタディツアーの一義的な目的が達成できていることを示す.一方で,学習に対する自己効力感は直接的には社会課題への関心を向上させないものの,学習経験よりも社会課題に対する知識獲得を強く促進する.すなわち,社会課題への関心を向上させるには知識の獲得を促進することが重要であるが,知識獲得の促進に対しては何をどのように学ぶかよりも学習に対する自己効力感を高めることが肝心となる.学習経験に関しては,観察や体験を通じて内省的に学び取る学習プロセスを意味する暗黙的学びのみが社会課題に対する知識獲得に寄与する.一方で,ツアープログラムへの参加で明示的に求められる発言や行動を通じた学習プロセスを意味する明示的学びは暗黙的学びよりも自己効力感を高め易い.この学習経験と学習効果の構造は,スタディツアーに限らずPBLのような体験学習を含んだサービスを設計する上で重要な示唆を与えてくれる. すなわち,(対象への関心を高める)知識の獲得および定着は暗黙的学びを通じて時間をかけてなされるが,その学習効果を加速させるには,同時に明示的学びを通じて学習に対する自己効力感を高めることも大切である.

図1 学習経験と学習効果の構造モデル

3. 情報の壁の克服

3.1 リディラバジャーナルの概要

情報の壁に関しては,リディラバジャーナル(https://journal.ridilover.jp/users/lp)について説明する.本サービスは,月額課金制Webメディアである.しかし,課金登録している読者がSNS上に記事をシェアすると,登録していない人でも無料で記事が読める仕組みとなっている.これは,記事のシェア行動を向社会的行動と見なし,読者に心理的・時間的制約の少ないシェア行動を取ってもらうことで彼らの社会課題の解決への参加意識を高めることを狙いとしている.シェア行動を通じて読者にも一緒に社会課題に関する情報を広めていく伝道者になってもらうことで,社会の無関心の打破を目指すものである.リディラバは2017年にクラウドファンディングで1,500万円を募り,2018年1月にリディラバジャーナルをリリースした.

情報通信技術の発達で個人端末から情報へのアクセスが容易になった.その一方で,SNS上にはフェイクニュースが溢れ情報汚染が深刻化している.そのため,社会課題に関する情報発信の際には,その背景となる社会システムを丁寧に解き明かさなければ自己責任論を助長してしまう恐れがある.リディラバは市民の健全な情報消費に寄り添うためにスロージャーナリズムの精神に則って,社会課題に関する情報を構造化して発信している.社会課題を構造化する上で,リディラバジャーナルは「視点」「変数」「文脈」の3つの観点を重視している.視点とは,課題の当事者や支援団体など,アクターの視点の差異によって語られる社会課題の内容が異なることを指す.例えば,小児性犯罪の特集では加害者にも取材している.変数とは,課題の原因を成す変数を指し,どのような活動がどのような変数にどのように作用するかを検討することが重要である.文脈とは歴史的経緯を意味し,課題を抱える特定の社会集団やコミュニティに固有の文化や規範などの特殊性を指す.この3つの観点から社会課題を多角的に捉えることで,読者が社会課題を構造的に理解できるように記事を発信している.

社会課題を構造化することは,個人が認識する社会システムの可視化に繋がる.記事の購読履歴やシェア行動の有無を分析することで,個々の読者がどのように社会に関心を持っているかがわかる.この関心の構造は,社会課題の観点から個人の認識している社会システムを表す.例えば,ホームレス問題を路上の不法占拠問題と捉えるか日雇い労働者の問題と捉えるかは,個人で異なる.そして,後者と捉えた人は,外国人技能実習制度の問題についても共通する変数に強い関心を持つかもしれない.そうした要素間の繋がりを示す構成図が,その人に内在する社会システムを象徴する.すなわち,リディラバジャーナルは社会課題と個人の関わりを可視化することを通じて,社会課題の観点から人々の認識する社会システムを表出化しようとする試みでもある.表出化されたデータを用いることで,ビッグデータ解析による社会課題の解決を推進できる.このようなデータは,現在の計量社会学でも扱われていない新規性に満ちたものである.こうした分析を可能とするために,購読者数を拡大するとともにリディラバジャーナルの購読とスタディツアー参加の連携を強化する予定である.

リディラバジャーナルがリリースされた半年後の2018年6月には,名古屋市でリディラバジャーナルの記事を題材とした読者発の読書会が開催された.今後,さらに読者数とシェア行動が増加して社会システムの可視化が促進されることによって,社会の無関心の打破を推進するためのポジティブループが回ることが期待される.

3.2 リディラバジャーナルに関する分析

シェアされた記事が非登録者でも無料で読める,というメディアの仕組みは他に類を見ない挑戦であり,果たして本当に向社会的行動としてシェア行動が受け入れられているのかを明らかにしなければならない.筆者らは,その実証調査としてリディラバジャーナル読者を対象にWeb調査を実施した.

社会課題に対する向き合い方などの読者の価値観に関する質問項目について因子分析をした結果,当事者意識,内発的利他意識,競争的利他意識の3つの因子に整理できた.内発的利他意識とは他者を助けたいという目的に基づく利他意識であり,競争的利他意識とは他者を助けることで得られる評判の獲得を目的とした利己的な利他意識である.向社会的行動は,利他的な動機と利己的な動機に分類でき,後者は社会的な評判という側面から人の利他意識を解き明かす進化理論である競争的利他主義によって説明される(阿形,釘原 2013).また,記事をシェアすることによる価値獲得に関する質問項目について因子分析を実施した結果,社会的便益および個人的便益の2因子構造を持つことを確認した.

続いて,これらの因子がリディラバジャーナルへのエンゲージメントである記事の購読とシェア行動にどのような影響を与えるかを明らかにするために,相関分析を実施した(図2).読者の価値観とリディラバジャーナルへのエンゲージメントは,いずれの項目間においても無相関であった.一方で,読者の価値観である当事者意識および内発的利他意識は社会的便益と,競争的利他意識は個人的便益と正の相関が見られた.リディラバジャーナルへのエンゲージメントである記事を読む頻度は個人的便益とのみ正の相関があったのに対し,記事をSNSでシェアする頻度は個人的便益と社会的便益の両方と正の相関を示した.

一般に,利他意識は向社会的行動を促す.しかし,分析結果は読者に利他意識があったとしても社会課題を取り扱った記事をシェアするという向社会的行動に繋がるわけではないことを示唆した.これは,Web記事をシェアすることが,誰の何を助ける行動となるのかが見えづらいためだと考えられる.したがって,今後は記事のシェアを起点とした社会課題の解決に向けた新たな取り組みを生み出し,それを周知させることでシェア行動の意義を示していくことが求められる.リディラバジャーナルが信頼できる情報源であり,この資源に基づいて社会課題について考え,広めることの有用性を証明することで,利他意識を向社会的行動に結び付けられるようになる.

図2 相関関係の概要

4. 現場の壁の克服

4.1 リカレント教育事業の概要

現場の壁に関しては,リカレント教育事業と地域協働事業について説明する.リカレント教育事業は,成人を対象とした教育旅行事業である.本事業において,旅行者は対象となる社会課題について学ぶだけでなく自分自身についても学ぶ機会を得る.大学が生涯教育の一環として提供する市民公開講座のように学習者の知識欲求を満たすことを目指したものとは異なり,本事業では持っている知識や技能を活用するための実践力の習熟に重きを置いている.

現代では就業時間が生活において支配的であるため,学校教育で集団生活を学ぶ20歳前後までの方が本質的には「社会人」といえ,就職後は企業人となってしまう.企業人は不確実性の高い社会で生き残るための能力を学ぶ機会に恵まれていない.業務の中で新たに課題設定をする機会が少なく,所属部署で与えられた課題を部分最適的にこなす能力ばかりが伸びている.そのため,高校生を対象とする教育旅行事業と比べて,ラーニング前のアンラーニングの重要性が増す.

リディラバは2018年に経済産業省の「未来の教室」事業に採択され,リカレント教育事業の提供を開始した.本事業の主な対象者は,将来に不安を感じている20-30歳代の企業の次世代リーダーを担うべき層と,高い実践力を持たないシニア層の2つである.20歳代から60歳代までの年齢も職種も異なる旅行者達がグループを組み,3ヵ月に亘って複数回のスタディツアーに参加する.これを通じて,旅行者は仕事との向き合い方や今後のキャリアについて内省することを促され,社会への自身の関与について再考する機会を得る.2019年度も引き続き,スタディツアーを通じた人材育成に関心のある企業からの参加を募集中である.

4.2 リカレント教育事業に関する分析

リカレント教育事業に参加した旅行者の態度変容について分析した結果,「(特定の作業について)自分は〇〇という部分までしかできなかった」と自身の能力の限界に関する発見があった旅行者の方が,最終的に自己効力感を高める傾向にあった.これは,スタディツアーを通じて他者と協力して社会課題を解決するという活動を経験することによって,集団での課題解決における自身の能力範囲をより正確に把握できるようになったことで,自身の持つ能力に対する自信が高められたからであると考えられる.自分の(現時点での)能力の範囲を再認識することで,初めてそれを集団の中で活かす術が見えてくるのである.

また,集団で課題解決に当たる上で重要になると考えられる共同体感覚(Adler 1964)は,グループ毎に高まったグループと低まったグループに明確に分かれた.この結果は,他者への関心を高めて自分もその一員であろうとする感覚である共同体感覚が,先天的要因よりも,その人が置かれた環境に影響を受け易いことを示唆する.より多くの旅行者がスタディツアーを通じて学習効果を高められるようにするために,どのグループも上手く協同してプログラム進行できるバランスの良いグループ分けの方法に関する分析を進めることが今後の課題である.

4.3 地域協働事業の概要

地域協働事業では,地方部の社会課題の現場に旅行者を送るスタディツアーを実施している.講演の傾聴やグループワークでの議論を中心にプログラムを構成する教育旅行事業に対し,地域協働事業のスタディツアーでは地域の住民との協同作業をツアープログラムに組み入れ,そこでのコミュニケーションを通じて,地域のライフスタイルや文化を旅行者に伝えることに重きを置く.これまでに,古民家のリノベーションや地域資源の竹を用いたランタンづくりのツアーなどが催行されてきた.

本事業では地域に旅行者を送客するだけでなく,リディラバの持つ知見を地域に還元しながら住民と協働でスタディツアーのプログラムを開発している.送客しかしないのではリディラバのスタディツアーがなくなった時に地域がそのまま衰退してしまう.住民自身の地域活性化への参画意識を醸成するためには,彼らが自立的にツアープログラムを開発できるように促すことが求められる.さらには,プログラム開発の段階から住民に参画してもらうことで,地域の魅力をより正確に伝えられるツアーが設計できる.

地域協働事業のツアーを通じて,訪問地域に移住もしくは二地域居住(デュアルライフ)することを選ぶようになった旅行者が既に複数名いる.今では彼らが住民側として先導的にリディラバと協働のツアープログラム開発に参画している.地域の中で,このようなポジティブなエコシステムが安定的に機能することによって,地域の持続可能性を高める前向きな規範が,住民間に共有されるようになる.

4.4 地域協働事業に関する分析

今までの生活を変えて新たな土地で暮らす移住を後押しする要因は何か?人口バランスの是正に直結するこの問いは,社会学や観光学など様々な分野から提起されてきた.スタディツアーを提供してきたこれまでの経験から,我々は非日常の中で紡ぎ出される人と人の関係性に着目している.そこで,ツアーを通じて移住や二地域居住することを選択した旅行者を調査し,移住や二地域居住が選ばれる要因について分析した.調査手法として,回答者の生活や人生に関する口述から日常や価値観の変化に対する解釈を読み取るライフストーリー分析を用いることで,彼らの意思決定を支える要因について考察した.旅行者の日常や価値観に対する知覚的変化を分析することは人々の生活における根源的な価値観に対する認識を明らかにすることを意味し,サービス価値の現象学的な知覚 (Lusch and Vargo 2014)の解明に寄与する.

これまでの分析結果から,スタディツアーに参加する前・中・後の各段階に関して,それぞれどのような要因が旅行者の価値観の変容に寄与するかが整理されてきた(ホー 2018).まず,スタディツアー参加前においては,訪れた地域が旅行者の経験や知識を発揮できるような住環境であることが重要視される.そして,スタディツアー参加中においては住民の魅力的な人柄や熱意に触れるとともに,自身の能力発揮意欲を喚起されることが重要である.これによって,コミュニティに対する役割取得が促され,自分が必要とされている感覚や地域が発展するポテンシャルを知覚することで移住という選択に繋がることが示唆された.すなわち,スタディツアーという場における「状況的役割」(Goffman 1961)が,その後に地域コミュニティ内での確立された規範的役割へと繋がることで,移住や二地域居住が選ばれる.スタディツアーという手段を通じて住民と協同作業をすることは,旅行者の自己呈示を容易にするだけでなく,訪問した地域の特徴や住民の魅力の把握を促し,新たなコミュニティで生活する上で不可欠な役割取得を可能にする.筆者らは仮説検証の段階に入っており,これまでに得られた知見に基づいて,2018年12月から地域協働事業のツアーに参加する旅行者を対象に質問紙調査を開始している.

5. 社会の共創を推進するサービスとして

アダム・スミスは交換性向として,相手の欲しがるものを与えることで自分も相手から欲しているものを与えられるという本能を人間が備えており,これによって社会的分業が進むと指摘した(Smith 1776).社会的分業は生産力の限界を克服し,効率的な経済発展をもたらした.だが,効率性の追求は我々を幸せにはせず,社会関係資本を減退させて人々を合理性という名の檻に閉じ込めてしまった(ヴェーバー 1989).『モダン・タイムス』でチャーリー・チャップリンが演じた喜劇からエキセントリックな部分だけが消え,二十一世紀では平均的な労働者の歯車化がさらに加速しただけである.これに対し,筆者の一人であるリディラバ代表の安部は,ヒトが猿など他の動物と異なって,①メタ認知による課題の設定をおこない,②それを群れの中に共有した上で,③群れの仲間と社会資源を投入して課題解決に当たるという特徴を持つことに着目している.これは,「交換」ではなく「共創」の面から社会を前進させようとする視点であり,その実践の場がリディラバである.つまり,分業が進んだ結果としてお互いがそれぞれ異なる志向性に基づいた合理的な交換のみを推し進めるのではなく,社会課題を解決するという一つの大きな物語に向かって同じ社会を共創していくことがこれからは大切となる.

ポジティブ心理学の提唱者であるマーティン・セリグマンは,幸福な人生を送るためには3つの生き方を実践することが重要であると主張する(Seligman 2002).3つの生き方とはそれぞれ,快楽や喜びを追求する「楽しい人生」(The Pleasant Life),好きなことに没頭するフロー状態を実現しながら個人的な成長を追求する「健全な人生」(The Good Life),自分より大きな存在としての社会や他者のために能力発揮する「有意義な人生」(The Meaning Life)である.スタディツアーという観光サービスは旅行者の社会課題に対する認識(まなざし)を変容させて,社会を共創する行動を促すことで,これらの生き方を実現する機会を提供する.この認識の変容を,「占い」と「勘違い」という外的・内的認識の変容に例えて考えるとわかり易い.占いとは,生きる意味や進むべき方向性を外的に与えられることである.我々は国家や企業,貨幣に取って代わる,社会を共創する未来について語るための新たな「フィクション」(Harari 2014)を必要としている.リディラバジャーナルや地域協働事業の分析で見たように,自分が居るべき新たなコミュニティのために生きることの重要性を外的要因から認識してもらうことで,有意義な人生が実現される.勘違いとは,(時に正しくなかろうとも)課題解決に対する高い貢献感を得ることで,行動が内発的に動機付けられることを指す.教育旅行事業やリカレント教育事業の分析で示したように,PBLを通じて自身の能力に対する認識を内省的に改めることで,スタディツアーは旅行者の関心や行動の促進による態度変容を促して,彼らが成長できる健全な人生を実現する.スタディツアーは,従来の観光のような未知なる土地や文化に出会うという喜びの追求による楽しい人生以上のものを提供している.すなわち,スタディツアーは都市化された日常からの逃走を助けてくれるだけでなく,非日常的なフィクションであるはずの観光がWell-Beingを高める新たな日常への更新をも促している.

こうした社会の共創を推進するには,社会課題のマイニングとディストリビューションの両方を推し進めることが不可欠となる.ここでのマイニングとは,リディラバジャーナルのように社会課題の原因を掘り起こし,その複雑な構造を整理することで人々が関わり易くなる土壌を作ることである.そうして社会課題を耕した後に,スタディツアーという装置を用いて種を植えることでようやく芽が出る.観光は,他のサービスよりも利用者の占有時間が長いことに特徴がある.つまり,スタディツアーに参加している1-2日の間,旅行者は特定の社会課題と関わり合っている.このくらいの期間を確保できて初めて,社会課題について考え,関わるという態度変容を起こすことができる.すなわち,スタディツアーという観光サービスによって,社会の無関心の打破という理念のディストリビューションが可能となる.単一事業ではなく,マイニングとディストリビューションの観点から求められる多角的な事業を社会に提供することによって,人々のまなざしを変容させ日常を更新することが可能となる.

6. おわりに

本稿で,スタディツアーは我々に日常の更新を促しWell-Beingを高めてくれるサービスであることを議論した.人間のWell-Beingを高めるサービスに着目する研究分野であるTransformative Service Researchにおいて,サービスが目指すべき1つの方向性として,便益を生み出す対象へのアクセスを促すことが挙げられている(Anderson et al. 2013).だが,社会課題のような便益の観点からは敬遠されがちな対象に対するアクセスを助けるサービスも同様に,現代の都市化された日常において欠かせないであろう.

近年はインダストリー4.0やソサエティ5.0という構想が生み出され,人工知能(AI)の研究開発・応用が注目を集めている.AIは効率化を推し進め,我々の生活の質を高めてくれるだろう.しかしながら,生活の質が向上するだけで我々のWell-Beingが無条件に高まるわけではない.AIによって効率化された合理主義に基づくパターナリズムにただ無責任に身を任せることは,我々の目を問題の本質から背けさせる作用がある.例えば,宅配サービスにおける再配達依頼の増加は,本来荷物を受け取る消費者自身の問題である.しかし,我々消費者が宅配業者の提供するサービス水準を当たり前のものと捉えているために,事態が深刻化してしまった(Ho et al. 2018).AIを用いて不在配送問題を解くことで,少ない資源で効率的に宅配サービス業の労働環境を改善することが期待できる.しかし,テクノロジーだけに頼った解決は,本来の社会課題から我々の意識をさらに遠ざける.消費者がサービスに対する過剰な要求をこのまま改めない限り,またすぐに新たな問題が生み出されるだけである.

テクノロジーの応用には,それを使いこなすための規範やリテラシーの浸透が不可欠である.技術への理解と人間や社会への理解の両輪が回ることで,初めて人類は進歩できる.脳科学や行動経済学が発展して合理主義に基づくパターナリズムに沿ったサービス設計が増えると,我々は益々自分自身への関心を失くしてしまうようになるだろう.社会が経済的にも技術的にも高度化して複雑になるにつれて,人々は自分の身の回りで起きている物事を理解しようとしなくなった.手元にある魔法の箱で検索すれば,すぐに尤もらしい解説が出て来る.疑似体験に基づく知識ばかりが増えると,我々は自分が何を知っていて何を知らないのかを把握できなくなる.知っているつもり,の知識だけでは実際に課題を解決しようとする時に役立たない.社会課題は自然発生するものではない.我々が自分の日常と向き合い,他者と共に社会を主体的に創り上げていこうとする意識を持つことが必要である.だからこそ,シンギュラリティに向かって突き進む現代においては,社会課題にアクセスするプラットフォームとなる社会的サービスが欠かせない.なぜなら,日常からの逃走を助けてくれるスタディツアーこそが,その実最も我々を真正な(幸せな)日常に向き合わせてくれるサービスだからである.

著者紹介

  • ホー バック

東京大学人工物工学研究センター特任研究員.2017年北陸先端科学技術大学院大学博士課程修了.博士(知識科学).専門はサービスマーケティングとWell-Being.コミュニティの持続可能性やアクター変革の研究に従事.

  • 安部 敏樹

一般社団法人リディラバ代表理事/株式会社Ridilover代表取締役.東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程所属.2009年に社会問題をツアーにして発信・共有するプラットフォーム『リディラバ』を設立.2012年に法人化(一般社団法人),2013年に株式会社を設立.

参考文献
  •   Adler, A.(1964). Social Interest: A Challenge to Mankind. New York: Capricorn Books.
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