2019 Volume 6 Issue 2 Pages 6-12
増田 フィンテックの展開は,社会・企業・消費者といった広範囲の活動に影響を与えるものと考えられます.金融庁においては,フィンテックをどのように位置付けて,フィンテックに対する取り組みを行っているのでしょうか.
1.1 フィンテックはなぜ注目されているのか三輪 金融機関のIT化の動きは遡ること70年代から存在しています.とりわけ,インターネットなどの情報通信技術の発展の過程で,90年代からその動きはより顕著になり,現代においてもその動きは続いております.そうした中,なぜ「フィンテック」という言葉が注目されているかを考えることが重要だと思います.
1つは,フィンテックによって従来のサービス提供の在り方が変わった点にあると考えています.スマートフォンを中心としたハンディデバイスの登場により,そこを起点として様々なサービスが提供できるようになりました.従来ではなかった金融サービスを利用者が享受できるようになり,また,今までアクセスしづらかった金融取引にもアクセスが容易になっております.また,多くのデータがデジタル化され,それが通信技術の発展とともに,従来では難しかったデータの処理や分析が可能になってきております.データプライバシーといった問題はありますが,デジタル化された情報自体が,価値となり,そこから付加価値を生み出せる状況になっています.サービス上の競争環境においても,「顧客にとっていいサービス」の定義が徐々に変容し,顧客にとっての金融サービスから得られる付加価値は何かといった点を考えなくてはならなくなり,そこに新たな競争が生まれていると考えています.
今までの金融業は,情報の非対称性を前提として,金融機関が仲介者として情報生産機能を担う形で成り立ってきました.しかし,その情報の非対称性が徐々に希薄化し,様々な企業が顧客の情報を取り込むようになって,顧客ニーズに沿ったサービスをカスタマイズできてしまう.また,そうした変化に加えて,マーケティングのディレクションも変わってきているといえます.企業がマスマーケティングの中で顧客にサービスを提供する方向性をB2C型のマーケティングと定義した場合,顧客側がイニシアチブを持つことでサービスの在り方が決まるといったC2B型の方向性への変化が見られます.金融サービスが顧客情報にうまくフィットしていかないと顧客は満足できなくなってきており,これまで以上に「顧客志向のマーケティング」の考え方を強くしなくてはなりません.マーケティング手法の在り方もよりone-by-oneになってきているといえます.これは,銀行をはじめとする金融サービスを提供する側においては,今まで経験しなかった大きな変革の動きを感じていると思います.
1.2 既存の金融機関の向かう方向三輪 このようなフィンテックの流れに対して,このまま金融機関が作り上げたサービス基盤を維持していくべきなのか,あるいは,変化すべきなのか,という点で,金融機関は戦略的に大きな岐路に立っているといえます.JPモルガンといった海外の巨大金融機関を筆頭に,経営の中にどのようにテクノロジーを取り込んでいくのかという視点を持ち,フィンテック系企業の買収や新たなアライアンス等を通じて,戦略的転換を図っている金融機関もあります.また,従業員の大半がデータサイエンティストなどのエンジニア中心で構成され,新たなサービスを提供する海外の金融機関も生まれてきております.日本の金融機関では,海外ほど大胆な経営改革を行う企業があるとは言えませんが,他方で,フィンテックによる競争環境の変化を踏まえ,自前主義的な発想からの脱却の動きは見られています.金融機関に技術革新(イノベーション)の動きを取り込むためには,各々のプレイヤーが競争の中で凌ぎを削り,良いサービスを提供する,というやり方も1つありますが,世の中の変化の中で,技術開発力,商品開発力,とりわけ,エンジニアなどの人材不足の補完等の観点を考慮した場合,自前主義的な発想を変えて,連携協働という発想に変えていかなくてはならない時代になってきていると思います.
既存の金融サービスは,銀行業だったら銀行法,証券業や資産運用業だったら金商法,保険業だったら保険業法,資金移動業であれば資金決済法といったものがあり,そうしたカテゴリーの中で,法制度が発達してきました.
それに対して,テクノロジーによって既存の業態を超えて金融サービスを提供できる主体が出てきています.つまり新たなプレイヤーの出現です.フィンテックが注目されているもう1つの理由がここにあると思います.
新たなプレイヤーが既存金融ビジネスをアンバンドルしていく動きと,非金融サービスとリバンドルして新たなサービスを提供していく動きが見られています.そうした中,現在,金融審議会において「横断的法制の検討」を行っており,各金融サービスのアクティビティやファンクションに着目した形の法体系への転換の取り組みを行っています.フィンテックの発展により,既存の金融機関の経営の在り方だけでなく,金融サービスにおける法制度の在り方についても,転換点を迎えているといえるかもしれません.
三輪 金融庁は,数年前からフィンテックの動きが徐々に発展していく環境変化を捉え,この3年ぐらいの間で,様々な制度整備の対応を実施しています.その具体的な対応が銀行法の改正です.まず1段目としては,銀行のフィンテック企業との連携協働を促す仕組みをつくり,銀行がフィンテック企業に出資しやすいように制度変更しました.これまでは銀行が企業に出資する際,銀行単体では5%以上,また,持株会社の場合だと15%以上の議決権を持てないという規制がありました.その前提は変わらないのですが,銀行の中で利便性の向上や革新的なサービスを生み出せる期待があるIT関連の出資であれば,届け出により,フィンテック企業に対して100%出資も可能になりました.
もう1つは,オープンAPIの促進を目指す方向性を示す上で,銀行法の改正をしました.これまで,家計簿ソフトなどのサービスを利用する際,企業側に利用者のパスワードを預けて,スクリーンスクレイピングという形で銀行のインターネットバンキングにアクセスすることが一般的でした.しかしながら,利用者がパスワードを預ける方法での代理アクセスは,利用者にとっては必ずしも安全な情報連携とはいえない側面があります.他方,利用者側からしてみれば,自分の口座情報やカード情報をまとめて,自分の現在のバランスシートが見られるというのは便利だと思います.便利になることと,情報連携の安全性ということを両立するため,法規制上の工夫が必要でありました.イノベーションの動きを活用し,サービスを安全に使ってほしいし,銀行の情報も上手に活用してもらいたい.銀行とフィンテック企業との間で,お互いがwin-winの関係になってほしいという思いもあり,APIの利用を促進する法改正を2段目として行いました.
イノベーションによりサービスの高度化,また,サービス水準が向上していく流れは,不可逆的であることは間違いありません.この流れを阻害しない制度整備が重要です.
また我々は,金融サービスを中心に,企業の生産性向上や,消費者にとってよりよいサービスが発展していくことを育成する立場でもあります.利便性向上の対価として,常にセキュリティ上の課題が伴います.我々はイノベーションの促進と利用者の安全性の確保といった両面を見つつ,常に適切なバランスを取る必要があります.これは,金融庁のフィンテック行政の中で重要なプリンシプルであるといっても過言ではありません.
2.2 フィンテックエコシステムの形成及び自律分散型金融システムの課題について増田 フィンテックによるエコシステムの形成については,どのようにお考えでしょうか.
三輪 フィンテックエコシステムというのを定義するのは難しいですが,私の中では,現在の動きはエコシステムの形成過程と捉えられますし,発展過程と捉えることもできます.我々が,フィンテックによって将来的にどのようなエコシステムの姿になるのかといった大きな視点を持つことは大事ですし,また新しい金融サービスの提供の在り方がどうなっていくのだろうかという点にも注目しております.これまでのような金融機関がハブになり発展していく場合もあれば,プラットフォーマーのような企業が入ってくる形態,あるいは,暗号資産の取引のように取引所型で行う取引や,はたまた,そうした取引所を通さずに,P2P型,つまり,自律分散型の金融システムに変わる可能性も考えられるわけです.
今はエコシステムにおいて,様々な形態で発展してきている過程ではないかと思います.エコシステムは民間の活動の中で形成されますが,我々は,そこから派生してくる新たな金融ネットワークの中で,どういった形態のときに,どういう問題が発生し得るのか,また,どのような規制やルールを作っていかなければいけないのか,という点に関して高い問題意識を持っています.
特に,パブリック型ブロックチェーンのように,自立分散型の金融システムの場合,将来的に規制の対象が曖昧になってくるという課題認識があります.元々,金融は仲介者に大きな役割があり,仲介者を中心に規制が設けられておりますが,分散型の金融システムが発展し,P2P型の取引に近い形になるほど,仲介者がなくなるわけですので,その規制のターゲットが曖昧化,あるいは無くなってしまう可能性もあるわけです.
今年は,日本はG20議長国ですが,我々は,この分散型金融システムの課題について,国際レベルでの議論が必要だと思っております.それは規制をどう考えるかという発想以上に,新たなエコシステムに参加するプレイヤー,つまり,規制当局のみならず,パブリックブロックチェーンの開発者コミュニティだったり,暗号学やセキュリティの専門家や大学などのアカデミアの存在であったり,これまでの発想を超えた国際連携が必要であると考えます.新たなエコシステムにおけるガバナンスの在り方について,多くのステークホルダーが参加しながら議論し,問題を解決していくことが重要だと考えております.
実際,金融庁は,ブロックチェーンに関する「国際共同研究」プロジェクトを立ち上げ,ブロックチェーンの潜在性や内在するリスクなどにも着目した研究を行っております.その研究成果を共有する場として,金融庁主催の「ブロックチェーンラウンドテーブル」という国際会議を毎年3月に開催しております.今年は,この分散型金融システムの課題についても扱い,金融安定理事会(FSB)などの国際機関をはじめ,16の国際機関と金融当局・中央銀行の関係者が参加し,また,MITメディアラボ,ジョージタウン大学,ケンブリッジ大学などの海外の大学の専門家や,東京大学,京都大学,慶応大学,立命館大学などの日本国内の大学の専門家,そして,暗号・セキュリティの内外の専門家の他,暗号資産の開発者も参加する,多様なステークホルダーが参加する会議となりました.
ここで得られた議論を踏まえ,今後,分散型金融システムの課題について,日本が議論をリードしてく形にしていきたいと考えております.
2.3 フィンテック・スタートアップ支援増田 金融庁では,銀行法改正の他に,フィンテックにおけるスタートアップの支援や様々な企業が連携するための支援もされています.そのような取り組みにおける具体的な活動内容について教えてください.
三輪 新たなサービスを育んでいくために,金融庁には,商業段階を意識したプロジェクトの支援として,「フィンテック実証実験ハブ」,また,フィンテックなどのスタートアップ企業等の相談窓口的な存在として,「フィンテックサポートデスク」があります.フィンテック企業が新たな事業活動を行う際に,事前に法令上どこか違反しているところがないか,というのは気になるところかと思います.その際,どこに相談してよいかわからないといった悩みを解決するため,「サポートデスク」のようなワンストップチャネルの相談窓口を開設しております.2015年から設置しており,あらゆる相談を受け付けております.
ワンストップ窓口で情報集約できるという観点で,総合政策局に窓口を置いていますが,そこで一元的にコンプライアンスなどの照会を受けて,そして,できる限り早く回答することにも努めております.平均して,1週間程度で回答するようにしており,柔らかい相談の段階から対応できる仕組みにしております.これは非常に大きいことだと思いますし,ビジネス上の悩みにも寄り添った対応ができております.
また,昨年8月から,金融庁の中に,「フィンテックイノベーションハブ」を設置し,金融庁のフィンテック室を中心に,フィンテック企業を訪問し,最新の技術動向の他,ビジネス上の課題などについても意見交換をしております.実際,そのヒアリングを通じて,現在の法令上の課題を把握し,場合によっては,「サポートデスク」や「実証実験ハブ」の活用を勧めるケースも出てきております.
また,金融庁としては,様々なフィンテックプレイヤーや専門家が集まり,新たなネットワーク作りができるような「場」が必要であると考えております.
その代表例として,日本経済新聞社と共同開催しております「FIN/SUM(フィンテックサミット)」があります.フィンテックに関するあらゆるテーマを議論する国際コンファレンスであり,2016年以来,計3回行ってきております.特に,金融庁が主催するシンポジウムでは,登壇者も国際的に多彩な顔ぶれが集まるようになりました.また,国内でも,金融庁の幹部も参加する「金融庁ミートアップ」を開催し,最近では,大手町のフィノラボの他,渋谷のプラグアンドプレイで開催しました.その場で,率直な意見交換を行うなど,フィンテックにより新たなプレイヤーが登場する中で,新たなパブリックコンサルテーションの在り方をつくる努力も行っております.実際,その場で知り合った方々との協業が実現したという話も聞いたことがあります.
戸谷 データが価値を持つようになってきたということですが,データがいろんな分野で電子化されているので,金融に限らず,商取引データも,個人のSNSのデータも,だんだんお金の代わりになってくる.金融庁だけの管轄じゃない部分を含めてエコシステム化するかと思います.そのときに規制やシステムのルールがどうなるのか,将来的に気になるところです.
三輪 将来の方向性を予測することは難しいですが,金融審議会のスタディ・グループの中でも,金融業における情報の適切な利活用の在り方について検討しております.時代とともに情報の利活用の在り方は変わってきております.情報連携の際に,利用者,つまり個人からの同意を取るといった守るべき観点はありますが,情報の利活用は今後の金融サービスの発展を考える上で重要なテーマだと思います.
例えば,金融では,情報量の増加と高度なデータ分析により,与信審査の在り方も変わってきております.機械学習などを応用し,いわゆる人工知能(AI)の技術を用いて与信審査ができるようになってきております.フィンテック系の企業の中には企業の会計データを取り扱っている事業がありますが,これまでのストックベースのデータではなく,入出金,売掛金や買掛金などのフローデータを使い,企業のデイリーの資金移動の動きも分析できるようになってきております.それをAIなどの技術を使った分析を用いて利率や与信限度額を設定して,オンデマンドで与信を行う,いわゆる「トランザクションレンディング」も可能になっています.その他,保険の世界では,ウェアラブル端末の利用による個人のライフログを利用した商品開発も進んできております.
顧客側のデータのセンシティビティの違いはあると思いますが,顧客側への付加価値がある程度見えている場合,顧客も,ある程度データを出すことのメリットを考えるようになってくると思っております.
3.2 金融情報の柔軟な取り扱い三輪 特に,お金を借りるというフェーズになった時に,通常,個人であれば,家族構成や,勤務先,勤続年数,年収等を証明する個人情報等を出して,それから金融機関側の与信審査を経て,お金が借りられるわけですが,特に,個人については,お金を貸して欲しいというまでは金融機関側はその人情報は把握していないわけで,借りるという申し込みがあった時点で,本当に借りても大丈夫な人かどうかという審査が入ります.
他方,フィンテック企業の中に,個人がデータを入力して,自分のスコアリングを出すというサービスがありますが,データ入力を多くすることでスコアリングが上がるといった情報提供へのインセンティブを高める効果だけでなく,ある程度のスコアからその人がどんな方かを把握しているので,その人がお金を借りるという入口での審査の時間が短縮できるといったサービスも出てきております.勿論,入力データでは嘘のデータを入力されることも考えられますが,お金を借りる段階では,通常と同じように年収等を証明するものは必要ですので,その段階ではある程度の嘘は把握でき,仮に嘘をついていても正しいデータに収斂していくわけです.これまでの情報を得る順序を逆転させ,先にデータを得ることで時間的な節約の効果と,データ量に応じて金利設定や限度額なども判断できるという点で金融サービスの在り方も変わってきているなと思いました.
顧客も,自分が出した情報によって借りられる金利が下がっていくことがわかり,満足できる利率で借りられれば,取引が成立します.最終的には情報提供により顧客が付加価値を得ることができるわけです.
また,予約アプリなどを通じて,お店の予約管理を便利にするだけでなく,予約状況が様々な要因によって変わることもデータによって把握できるようになっています.ビジネスは常に一定ではありませんが,予約の状況やキャンセル状況などが季節要因であるかどうかはデータを見れば把握できます.そのようなビジネスの状況に即した資金需要を把握し,お金を貸すサービスも出てきています.
3.3 金融業での個人情報の活用戸谷 情報銀行が情報を加工して,どんどん売りますというようなビジネスモデルを出し始めています.このような方向でいくのか,それとも,個人情報をもっと厳しく守るような方向でいくのか,その辺のバランスを,金融庁では,どのようにみられていますか.
三輪 方向性としてどちらにいくのかは私もわかりません.欧州のGDPR (General Data Protection Regulation) など,海外の事例を見つつ,今後どういう影響があるのかというのを見極めていかなくてはならないと思います.欧州では,個人データの所有は個人に帰属するという明確な考えを持っております.その考えが今後の金融サービス提供にどう影響していくかは関心高く見ております.
他方,「情報」との関係では,元々金融機関は「情報生産機能」があるわけでして,金融業は,情報産業といえるわけです.情報銀行という考えができる前から,金融機関は,情報を適切に管理することへのセンシティビティが高い業種であると思います.情報システムやセキュリティにもコストをかけてきました.また,欧米と比べ日本の場合,利用者が抱く銀行への信用が高いということがあります.世の中の期待値を考えれば,情報をきちんと扱える銀行が,情報銀行という立場になり得る存在だと思います.
しかしながら,個人のデータへのセンシティビティの軽重により,情報セキュリティにどれだけコストがかかるのかを正しく試算できないので,金融機関にとっては変数が多い中でどれだけ情報ビジネスをしてよいのかについて躊躇いがあるかもしれません
例えば,ブロックチェーンで分散型台帳を管理するという新たな発想が入ってきた場合でも,情報管理を適切に行うことへのニーズは同じです.資産を守るためには秘密鍵の情報を適切に管理,保管する必要がありますし,どこで管理することが適切かという発想は,今も昔も変わりません.ブロックチェーンの世界でも,情報セキュリティは重要であり,「カストディ」業務は今後より注目されるビジネスであると考えています.
3.4 金融情報に関する文化差増田 国際的なフィンテックにおける取り組みを見ると,各国の文化的な特性の差の影響もあると思います.特に中国はフィンテックにおいても積極的な展開を行っていますが,フィンテックに関して中国と日本との文化的な差についてはどのようにお考えですか.
三輪 中国の人々の実際の情報提供のセンシティビティについてはわかりませんが,相対的には個人情報を出すことへの抵抗感は薄いのではないかと一般的には言われております.逆に,コンファレンスに参加した際に,中国のフィンテック企業の中には,情報を持っているだけでは優位性にはならず,どんどん付加価値を出して応えてあげないと,もう自分たちは負けてしまうんだ,ということを言っている方もおりました.付加価値の競争になっているという点で中国には中国なりの厳しさがあると思います.
日本のフィンテックにおいて,情報へのセンシティビティと,顧客が求める付加価値との間で,ある種の需給のバランスがどこかで取れるような気はしており,調整過程にあると捉えてもいいのかもしれません.
3.5 既存金融機関はどこで収益を得るのか戸谷 例えば銀行は,どこまで決済をこのままやりたいのか.融資はやはりノウハウがそれなりに必要で,ITにするにしても,そのノウハウは必要だと思います.ただ決済は,データとネットワークがあれば誰でもできるじゃないですか.ほとんど利ざやが取れない.量でカバーするしかないビジネスになっています.
三輪 デジタル化の進展によって,かなり省力化できる分野もあり,決済などの効率化や効果的な利用は重要であると思います.つまり,サービスの高度化が重要だと思っております.
銀行の決済システムでは,全銀ネットという利便性の高い銀行間決済システムを使っています.既存の決済システムを高度化させていくことも重要になります.金融庁では,決済高度化官民推進会議を設置して決済の高度化に取り組んでいます.
昨年10月には,全銀システムの24時間365日稼働での銀行間振込リアルタイム着金を実現しました.また,昨年12月にはXML電文への移行として,全銀EDIシステム(ZEDI)を稼働しました.これまでは,決済情報の場合,情報欄には20桁の情報(固定長電文)しか記載できませんでした.それだけでは何の支払なのかわからない場合が多いわけです.特に企業は多くの取引先から複数の取引データをやりとりする場合,手数料が差し引いてあったり,あとで商品の返還があって金額が変わっていたり,インボイスとの金額が違うという場合には「電話で確認します」というのが当たり前になっていました.ZEDIでは,支払金額以外にもほぼ制限がなく情報が送れますので,そこに記載されている情報欄を見れば,いちいち電話で確認しなくても何のデータが来ていたのかというのが確認できるようになり,いわゆる,決済情報の消込が楽になることが期待されております.
こうした企業の省力化を実現し,企業もより生産性の高い分野に人を投入することになれば,生産性向上にも繋がりますので,そうした観点でも我々も決済ビジネスを応援する立場におります.
江川 例えば,家計簿アプリのようなアカウントアグリゲーターが持つデータは,ユーザーが自分で入れているデータなので,割と精度高く分析はできますよね.そこから,実際に金融サービスというところにつなげていく際に,そこは銀行と組んでやるとか,そういうことも考えられますか.
三輪 既存金融機関の顧客の口座に関するローデータだけでも,顧客の属性等の分析はある程度可能であるという見解を持っている金融機関も存在します.既存のデータでできることを把握していれば,自ずと限界もわかるわけです.
特に,個人以外にも,企業へのサービス提供の在り方はフィンテックによって大きく変わる分野ではないかと思います.金融機関にとっても,フィンテック企業と協力していく方法は,選択肢が増えることへのメリットや新たな顧客チャネルの拡大など,様々な観点から便益が得られることも考慮しつつ,得られたデータから新たな顧客マーケティングの在り方などの検討を進めてほしいと思っております.
三輪 そのほか,データの取り扱いに関するリテラシーも必要になると考えています.フィンテックにより情報の非対称性がだんだん希薄化しているのは事実です.そこで,金融機関としては,データ分析をいかに効率よく行い,活用していくのかが重要になります.その場合,データサイエンティストが大きな比重を占めていくことになる.データサイエンティストが増えることも重要ですが,情報を扱う際の倫理観も必要になります.
少ないデータから精巧なモデルを作っていこうと試みていた世界から,マスデータからまずモデルを作ってみるといった考えや,オープンソースにおいてアルゴリズムなどが公開されておりますので,そこからモデル化を試みるなど,今までと違う発想でのモデルエンジニアリングも進んでいると思います.「フィンテックイノベーションハブ」での意見交換を通じて,こういった動きが進んでいると感じることができました.
多様な選択肢の中から,いろいろな試行錯誤をして,エンジニアリングを試していく時代になったと思います.これにより今までにない発見ができると思います.ただ,機械学習などを使ってモデルを作成した結果,例えば,差別的な結果を生み出すといった倫理的な面をどのように取り扱っていくのか,という観点は,今後,考え方の整理や,ルールやガイドラインのようなものが必要になってくると思います.
4.2 フィンテックへの期待と倫理的課題戸谷 GDPRでは,プロファイリングをしたことによって,お金を貸せなくなるような使い方をしてはいけないというのもありますね.自分で出す,使ってくださいという分にはいいけれども,勝手にプロファイリングをして,その結果が不利益になるような使い方をしてはいけない.それについてはどのようにお考えですか.
三輪 欧州のような発想は今後,非常に重要になるかもしれません.例えば,AIによってより差別的な結果を生むことになれば悲劇でありますし,悲劇の再生産を助長することは好ましくありません.
情報分析の高度化,あるいは情報の倫理的な利用などについては,これからいろいろな有識者のご意見を伺いながら,行政としてできることを考えていきたいと思います.
金融庁総合政策局総合政策課フィンテック室長.1999年一橋大学卒業後,日本輸出入銀行入行.財務部門や国際金融部門を経て,LNG等のエネルギー関係の資源プロジェクトに従事.金融庁入庁後,監督局,国際部門を中心に,銀行の自己資本規制(バーゼル規制),保険の国際資本規制等,国内外の基準設定作業に従事し,現職.主要論文に「我が国の保険業と金融システムとの連関性について」(フィナンシャルレビュー,財務総合政策研究所,平成27年第5号)がある.
京都大学経営管理大学院特定講師.博士(経済学).京都大学大学院修了後,北陸先端科学技術大学院大学を経て,現職.サービスのコミュニケーションにおける文脈を考慮したデータ取得・管理・評価・支援環境構築・理論化に関する研究に従事.
株式会社日立製作所研究開発グループ東京社会イノベーション協創センタ研究員.2013年,東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻博士後期課程修了,博士(工学).同年日立製作所入社.現在はサービスデザイン手法と事業創生手法の研究開発に従事.サービス学会員.
明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授.筑波大学大学院経営・政策科学研究科博士課程修了.博士(経営学).専門はサービスマーケティング.サービスにおける共創価値尺度の開発,製造業のサービス化研究に従事.