Serviceology
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Special Issue: "Measuring of Service"
The Measuring and Evaluation for Policies from the Viewpoint of Servicizing
Chiaki MatsunagaShunsuke Managi
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2020 Volume 6 Issue 4 Pages 16-23

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1. はじめに

2015年9月の国連総会において「持続可能な発展目標(SDGs: Sustainable Development Goals)」が採択されたように,豊かさやそのための経済発展・開発には持続可能性が必要不可欠であるとされている.この意識の変化は,これからの国や地域,都市の政策の判断基準やその効果において,政策や関連事業自体や対象の持続可能性を重視する必要があることを意味する.

しかし,政策の効果として主に捉えられるものは,金銭的取引を通じて貨幣価値を有する効果と,環境,資源や人口などのように,一定の仮定の下で貨幣価値として計測可能な計量的効果(tangible effect)(中村他 2017)である.さらに,これを対象として行う経済的評価と,実施主体によっての収入・支出を対象に行う財務評価(中村他 2017)が事業評価の主たる位置を占めるといえる.そのため,アメニティや景観のような質的なものの効果や,先に述べた環境,資源,人口など貨幣価値化しうるものも含めた多様なものの持続可能性の評価には限界がある.

折しも我が国では費用便益分析に代表される政策・事業評価が導入されて20年を過ぎ,厳しい財政状況下での少子高齢化や災害の激甚化,地域格差や維持更新期を迎えるインフラや社会システムへの対応という背景から,評価手法の見直しの時期を迎えつつある.加えて,産業界における持続可能な生産と消費のためのビジネスモデルであった「サービサイジング」(Plepys et al. 2015)の概念が政策や社会資本の形成にも浸透しはじめていることから,政策や関連事業の効果としてより多様な価値を考慮,把握することが求められるであろう.

「サービサイジング」とは,生産者がモノ(製品)をそのまま販売するのではなく,その機能,つまり製品が生み出すサービスを売るというビジネスモデルである.政策や関連事業においては,投資をすることで公共面のサービスの能力を上げることであり,社会が保有する富をストックの面から向上させることと定義できる.ストックとしての社会の富について,筆者らはこれまでに環境(Islam et al. 2019)や健康(Jumbri et al. 2018),教育(Fukushima et al. 2017),さらに包括的(Sugiawan et al. 2019)な視点からの分析を実施してきた.

本稿では,サービサイジングの視点からの政策の新しい評価手法として,新国富および新国富指標の概要および理論的枠組みについて述べた上で,日本国内の自治体の新国富とその持続可能性の計測結果や国内自治体における新国富を活用した政策評価の事例について紹介する.

2. 新国富とは

2.1 新国富と新国富指標

SDGsの採択から遡ること3年,2012年6月に開催された「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」において『新国富報告書2012(Inclusive Wealth Report2012)』が公開された.この中で,国や地域の「豊かさ」を表すものとして提案されたのが新国富(Inclusive Wealth)であり,持続可能性の判断基準となりうる単一の経済指標として提示されたのが新国富指標(Inclusive Wealth Index)である.これまで曖昧だった,国や地域の政策で持続可能性が改善されたかどうかを,新国富の増減で簡便に判断できるという点で優れており,SDGsの成果指標として大きく期待されている(Dasgupta et al. 2015).

新国富の主たる特徴としては,国や地域の持続可能性を表すものであること,“Inclusive Wealth”という名の通り,多様な豊かさを同時に取り扱うことが挙げられる.つまり,新国富は,持続可能性に加え,お金やモノだけではなく,人や自然などに由来する豊かさを金銭価値という共通の指標で表すことで,公共政策の質的な効果も捉えることが可能であるといえる.

2.2 「新国富論」―新国富と持続可能性の関係

では,もう一つの特徴である持続可能性は新国富とどうつながるのだろうか.それは,新国富と同指標の基本理論である「新国富論」が示す,新国富と福祉,豊かさ,そして持続可能性の関係によって説明することができる(馬奈木他 2016).

新国富指標とは,「現在を生きる我々,そして将来の世代が得るであろう福祉を生み出す,社会が保有する富の金銭的価値」を指す.ここでいう「福祉(well-being)」とは,人が享受する幸福を意味している.一見「豊かさ」と同じもののようだが,(馬奈木他 2016)などで述べる「豊かさ」は現在の世代だけでなく,子や孫,その先の子孫などを含む将来世代が享受する福祉までをも含めたものを指す.この福祉は,ある一定期間内に得られるものとして捉えられる,経済学でいうところのフローの特徴を持っている.一方で,「社会が保有する富」とは,ある時点での貯蔵量として捉えられるストックの特徴を持っており,新国富と呼ぶ資本の総体として測ることができる.つまり,ストックである新国富がフローである福祉を生み出しているのである.図1にその理論的枠組みを示す.

図1 新国富論の理論的枠組み

まず,ある社会における生産活動にストックである新国富が供される.新国富は人工資本,人的資本,自然資本により構成されており,生産活動に供されることで,フローとして捉えられるアウトプットを生み出す.これは投資に例えれば新国富の運用益に相当するものである.具体的には,直接的か間接的かの違いはあるが,人工資本からは工場で生産された家電製品や,道路など,自然資本からは家具や住宅に使用される木材など,人的資本からは労働生産性の向上やそれによる所得の増加などのアウトプット(新国富の運用益)が生じる.

次に,生み出されたアウトプットは消費と投資(個人でいえば貯蓄)という,二つの用途に供される.このうち消費を経て得られるのが,我々現代の世代の豊かさ,つまり福祉である.この現代の福祉の水準は消費の多寡によって決まる.他方,投資は新国富の各資本ストックに蓄えられ,次の世代以降の将来における生産活動と消費を経て,将来の世代の福祉へとつながっていく.仮に現世代の福祉のために極端にアウトプットを消費に費やしてしまえば,将来世代の福祉は下がってしまうことになり,逆に,過剰に投資を増やせば現世代の福祉が下がってしまう.つまり,消費と投資はバランスをとる必要がある.

ここで,持続可能性につながるのは,投資によって新たに蓄積されたものである.現在の新国富に比べて,翌年以降の新国富が減少していく社会においては,年を経るごとに得られる福祉は減少し,最終的にはなくなってしまう.そのような社会が持続可能ではないことは明らかであろう.逆に,新国富が年々増加すれば,年を経るごとに得られる福祉は増加していく.つまり,新国富の金銭的価値を表す新国富指標が時系列的に増加していると持続可能であるといえ,その程度は新国富指標の成長率によって判断することができるのである.

2.3 新国富指標の構造と性能

新国富は,人工資本,人的資本,自然資本の三つの資本群で構成されている.このうち,人的資本と自然資本はそれぞれ教育資本・健康資本,農地資本・森林資本・漁業資本・鉱物資本に細分化される.新国富指標は,それらの各資本を足し合わせ,最終的な調整を行うことで求められる.この最終的な調整には,調整項目と呼ばれる①資源輸入に伴う他国の自然資本減耗の自国への振替,②原油価格上昇から得られるキャピタルゲイン,③二酸化炭素排出による自然の損失額などが含まれる.各資本とその他の調整項目と指標化に用いるデータの構成を図2に示す(馬奈木他 2017).

図2 新国富指標の構成と計算のフローチャート

新国富指標を求めるにあたり,各資本の価値は,「資本ストック量×シャドウ・プライス(潜在資本価格)」という式により計算する.資本ストック量は森林体積や教育年数ごとの人口などが相当し,シャドウ・プライスはその1単位当たりの金銭価値にあたる.ここで注意したいのは,シャドウ・プライスには現在の各資本に対する価値である市場価格以外に,将来の世代の福祉に与える価値も含めるという点である.これにより,この計算で単位の異なる各資本のストック量を,将来の世代も含めた豊かさの金銭価値という共通の指標にすることができるのである.

以上のような新国富指標の性能を,経済指標の代表格であろうGDPとの関係から考察する.GDPは国内市場で一定期間に取引された最終財およびサービスの市場価格を計測するもので,フローに相当する.なお,本稿には載せていないが,GDPに対する新国富指標の総額は世界では20~25倍,日本では7倍前後と,大きな差がある.これは,GDPが一定期間の富(フロー)を表すものであることと,新国富指標に含まれる人的資本や自然資本から生み出される富を十分に計測できないことが原因だと考えられる.

図3に文献(馬奈木他 2019)のデータを元に作成した,2010年から2015年までの47都道府県別のGDPに相当する県内総生産と調整済新国富指標の成長率の相関図を示す.前述の通り,新国富指標の成長率は各都道府県の豊かさの持続可能性を表すものである.図3を見ると,約半数にあたる1都20県において両者は正の相関,5つの県が負の相関となった.また,20の道府県においては,県内総生産の成長率がプラスなのに対し,調整済新国富指標の成長率がマイナスであった.これは,年ごとの経済成長と引き換えに持続可能性を損なう状態にあるとも考えられる.このような状況が仮に何らかの政策によってもたらされているのであれば,県内総生産が示す経済成長では効果がある一方で,各自治体の持続可能性にはマイナスとなりうるといえる.

図3 調整済新国富指標と県内総生産の成長率の相関(2010年~2015年)

3. 新国富の視点からの社会の「豊かさ」とその持続可能性

さらに,各都道府県の「豊かさ」や,その持続可能性の状況を見てみよう.ここでは九州大学都市研究センターによる富とその持続可能性に関する研究成果(馬奈木ら 2019)の一部を紹介する.同研究センターではこれまでに国,都道府県,市区町村単位の新国富指標の計測を行っている.

まず,図4に都道府県別の新国富指標とその資本構成を示す.対象期間中(1990年から2013年)の傾向が同じであったため,実測値である1990年と2010年の実績値を平均した値を用いている.新国富総額については,東京都が突出して高く,それに政令指定都市などが存在する都市部の自治体が続いている.一方で地方部の自治体の総額は軒並み少ない.資本構成については,どの自治体も人的資本が多くを占めている.特筆すべきは北海道の自然資本価値が高く,構成比率も他の都府県では0.1%から3.9%と低い値であるのに対して北海道は17.0%と突出していることである.

さらに,図5に都道府県別最新のデータである2015年の調整済新国富指標の2010年からの成長率を示す.成長率が正の値であれば持続可能性が保たれ,逆に負の値であれば持続可能性が損なわれていることを意味していることから,全国47都道府県の持続可能性ランキングと見ることができる.

左の調整済新国富指標の総額の成長率については,1位が滋賀県,2位が広島県,3位が愛知県となっている.今回は掲載していないが,10位までは面積あたり額ランキングの顔ぶれとほぼ同じで成長率の値も似ており,ともに全体の約半分の22位までがプラス成長,23位以下がマイナス成長となった.人口1人あたりの成長率については,1位が福島県の6.9%で,広島県,滋賀県がともに6.0%以上の成長率で続く結果となった.福島県は,2011年の東日本大震災からの復興の効果がある一方で,原発事故による人口流出が影響していることが原因として考えられる.

また,域内に都市部が多く,人口が集積している自治体は,総額よりも順位を落とす傾向にあるが,全体の2/3近くがプラス成長と,総額や面積あたりの額に比べて多い結果となった.

さらに,いずれも下位3県は同じであり,そのほとんどが成長率マイナス10.0%を下回っており,2010年からの5年間で持続可能性が大きく損なわれたことを意味する.

このように,国や地域の持つ豊かさやその持続可能性を,多様な豊かさを同時に扱いながら測ることで,各国・地域にとっての強み,あるいは弱みは何か,社会を豊かにするための政策は何かを考える上で重要な情報が得られると考える.

図4 都道府県別の新国富とその資本構成
図5 都道府県別新国富指標成長率(2010年~2015年)

4. 新国富による公共政策評価

これまで見てきたように,比較的短期間で変動する社会経済情勢においては,GDPによって過去や現時点で得られる福祉を知ることはできるが,将来世代の福祉を捉えることは難しい.対して新国富は,次世代以降の生産活動と消費に充てられる分の富から,社会の持続可能性を測ることができる.現在のみならず将来の社会の福祉にも資する政策を考える上では,既存の経済指標に加えて新国富指標が有効な判断材料になるといえる.

事実,福岡県久山町,同宮若市,山口県防府市など複数の自治体や民間企業が,九州大学都市研究センターとの連携協定や共同研究を通じて,政策やプロジェクトの評価・決定への活用を目指し,新国富指標を用いた地域の富の計測に取り組んでいる.特に福岡県久山町では,2017年11月に新国富指標を活用したまちづくりを進めることを公表し,全世帯を対象としたアンケート調査が実施された(西日本新聞 2017).同年12月には同研究センターと連携協定を締結し,新国富指標を活用した次年度予算案編成を実施することを発表した(毎日新聞地方版 2017).実際の政策に新国富指標の結果を導入するのは全国初の取り組みとなる.

アンケートは,行政サービスや地域の自然・伝統などの資源,または人や地域のつながり等,いわゆる社会関係資本を町民がどのように評価しているか調査することを目的としたものである.特に,社会関係資本の金銭価値化を行うために,仮想評価法に基づいて町民に各社会関係資本に対する支払意思額について質問した.これは,新国富および新国富指標の理論的枠組みにおける,シャドウ・プライスに相当するものである.

この調査では,アンケート調査票を久山町内の約3,000世帯に配布し,合計1,544世帯から調査票を回収した.調査項目は,

  • (1)   居住地域・年数や年齢,職業,家族構成,個人・世帯年収,1年以内のボランティア経験有無などの個人属性
  • (2)   5つの行政機能(健康促進,子育て環境・施設の整備,教育・スポーツ・文化活動の促進,都市・生活環境づくり,産業振興)の重要度と各機能に関する事業への支払い意思決定額
  • (3)   その他

である.

調査から得られた支払意思額に関する回答結果を用いて計算された久山町の社会関係資本額を図6に示す.新国富指標の各資本額はシャドウ・プライスと資本量の積で与えられるという新国富の理論的枠組みに従い,各社会関係資本額はアンケートから得られた1人あたり支払意思額平均値,世帯数,町内に存在する資本数(量)の積によって算出した.図を見ると,最も大きな割合を占めたのが公園・緑地であり,現在12箇所ある公園・緑地で約8,330万円の価値を持つことが示された.これは町内の社会資本総額の約1/4を占めることになる.次いで,ほぼ同率の割合を占めたのが保育所であり,現在町全体の合計で120人分の定員数の施設が,同じく約8,270万円の価値を持つ.次に割合の大きい医療福祉ボランティアを加えると久山町の社会関係資本額の約6割を構成することになる.

次に,各社会関係資本額を関係する公共政策及び関連事業の効果と捉え,2017年度の各事業の予算額で除する(費用便益比:CBRに相当する)ことで費用対効果分析を行った.結果を表1に示す.これを見ると,公園緑地整備が43.8と突出して高く,続いて海外語学留学支援,耕作放棄地対策,医療福祉ボランティアという結果となった.なお,予算額より社会資本額が大きい,つまり費用便益比(CBR)が1より大きいのは全14事業のうち,約半数の6事業となった.

さらに今後も継続して久山町の新国富を計測し,その成長率を見ることで,これら公共政策が町の持続可能性に貢献したかを明らかにすることができるであろう.

図6 久山町の社会関係資本額
表1 費用対効果分析結果

5. おわりに

本稿では,政策におけるサービサイジングや,質的なものも含む国や地域,都市の富を構成する多様な資本の持続可能性という視点から,新国富による政策の効果の測定と評価について論じてきた.当然のことながら,社会の持つあらゆる富を金銭価値化することには限界があり,その効果をどう捉えるかについては未だに議論の余地がある.また,政策が新国富を構成する各資本にどのような影響を与えるのか,あるいは各資本間にはどのような相互作用が生じるのかについては明らかになっておらず,今後の課題としたい.

しかしながら,これまで述べてきたように,社会の持つ多様な富や持続可能性に対する包括性や対応性から,新国富および新国富指標が政策や関連事業の評価に有効であるといえるであろう.さらに,新国富と新国富指標は国や地域,都市あるいは分野を問わず共通の概念と計算手法,そしてデータに基づいているという強みがある.政策の評価においては,例えば河川と交通などその対象に応じて異なる評価手法を用いることが一般的である.そのため,異なる分野の政策の効果を比較することは容易ではないが,新国富指標を用いることで比較が可能となるであろう.

今後,新国富を活用した政策評価の拡大・深化が,持続可能な社会実現のための政策デザインに貢献することを期待する.

著者紹介

  • 松永 千晶

九州大学大学院工学研究院助教・九州大学都市研究センター助教.博士(工学).九州大学大学院工学研究科修士課程,フランス・ParisTech修士課程(国立土木学校,エコール・ポリテクニーク,パリ国立高等鉱業学校)修了等を経て,現職.専門は交通工学,都市計画学.著書に『持続可能なまちづくり データで見る豊かさ』(中央経済社,2019年)等.

  • 馬奈木 俊介

九州大学大学院工学研究院主幹教授・九州大学都市研究センター長.九州大学大学院工学研究科修士課程,米国ロードアイランド大学大学院博士課程修了(Ph. D.(経済学博士)).サウスカロライナ州立大学,横浜国立大学等を経て,現職.東京大学客員教授,経済産業研究所ファカルティフェロー,地球環境戦略研究機関フェローを兼任.学術誌Economics of Disasters and Climate Change編集長,IPCC代表執筆者,IPBES統括代表執筆者,国連「新国富報告書2018」代表.専門は都市工学,経済学.主な著書に『環境と効率の経済分析―包括的生産アプローチによる最適水準の推計』(日本経済新聞社,2013年),『エネルギーの未来―脱・炭素エネルギーに向けて』(中央経済社,2019年)等.

参考文献
 
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