Serviceology
Online ISSN : 2423-916X
Print ISSN : 2188-5362
Let's Ask the Intellects!!
Roles of Real Stores in a Retail Company
Shinya Nishiguchi
Author information
JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2020 Volume 6 Issue 4 Pages 38-45

Details

1. はじめに

サービス学会では,若手研究者と著名な研究者や有識者との交流を促すことで,サービス学会全体を盛り上げることを目的としたプロジェクトを進めている.本記事,『若手がゆく!-識者との知の共創-』は,そのプロジェクトの一環として,特定のテーマについて若手研究者が識者に行ったインタビューについて紹介するものである.

今回は「小売企業における実店舗の役割」をテーマに,株式会社良品計画 無印良品 イオンモール堺北花田 コミュニティマネージャー 松枝展弘様にお話を伺った.

図1 インタビューの様子

2. 無印良品の店舗戦略

西口 無印良品のマーケティング活動全体の中での実店舗の役割について,どのようにお考えかを教えていただけますでしょうか.

松枝氏(以下敬称略) 無印良品を語る時には,『店舗がメディアである』というようなことを申します.我々は実質本位であるということを目指しておりますので名刺も装飾しない.しっかりお客様とコミュニケーションするために,ゼロというわけではないですが,広告物等もあまり多くありません.店舗が最大のメディアですので,国内には400店舗以上ございます.店舗での空間だったり商品だったり,またそこに付加する情報という意味では,リーフレットといったものでも情報を発信しているつもりです.

昨今では,我々のように物品を販売していく中でも,お客様と対面してお話するということを大事にし,インテリアのアドバイザー,相談会,サービスステーションのようなものを,いくつか店舗の中に置いておくようにしています.要するに,店舗の中で,お客様に無印良品というものの考え方や思想を感じていただけるように,いかに作っていくかということが,我々にとって一番重要だと考えています.

店舗がメディアであるということで,本当に少ない広告費で運営しています.広告費をかけない分,店舗の中で一人でも多くのお客様に接したり,空間の中で無印良品を感じていただいたり,そういうことに投資しているつもりです.

我々が一番思っているのは,店舗に入った瞬間に,お客様が無印良品の雰囲気ってやっぱり良いなと感じていただけるような空気のような雰囲気づくりです.買い物に来る方にとってもストレスではない空間,押し付けて売るのではなくて,共感を生んだ上でお客様が長く,このお店だったらということで信頼感を抱いていただけるような空間でありたいと思っています.普通,何かを買わせるというマーケティングであれば,逆だと思うのですけれども,何かゆっくり落ち着いて過ごせるような,あるいは何か思い付くとか,無印良品という空間に行ってみたいと思っていただけるような空間になることを目指しています.

私も最初は無印良品を利用していたお客側だったのですけど,当時から世界の民族音楽のBGMもオリジナルで作っていて,空間の演出も一貫したコンセプトを作るデザイナーもいて,店舗の環境についても全部,無印良品としてのルールというか考え方を持ちながらやっているように感じていました.商品についてもパッケージングから並べ方まで,お客様に無理に主張することがないように,お客様の方から選んでいただけるようなコミュニケーションがされていました.僕はそこに当時すごく独自性を感じて,商品と情報と環境の三位一体で,マーケティングという発想ではなく,ごく自然にやっていたように見えていました.今も引き続きみんなでそれを守っているというか,進化させてきているという状況ですね.

西口 では,お店の空間づくりについても教えていただけますでしょうか.

松枝 色目とか素材とか,そういう話は多分どこでも出てきますけど,商品と思想を同じくしているし,商品が主役になるようにしなきゃいけないと思っています.最短で買っていただくというよりは,ゆっくりじっくり情報もしっかりお客様に味わってもらいたい.小さなお店であったとしても,じっくり回遊できるように,お店は作っています.早く買って早く帰れるためというよりは,ゆっくり買って帰れるため,そんな風に空間を感じて帰ってもらえるために作っています.

ここの店で言うと,最初パートナー企業さんとの間で問題になったのが,レジの位置が奥にあることです.真ん中にミッドシップしているのですけど,あり得ないのですね.ここは普通,絶対に入り口だと.でも,我々は商品をしっかり見せて,店舗の導入口は良いイメージを持って入ってきて欲しかった.たくさんの人が入って来られるような広い動線幅を取って,そういう店を作りたいというのをプレゼンして,何度も説得して,やっとこういう形に実現させました.結構,小売りのロジックみたいなことは無視していますね.生活者として来た時に,間違いもするけれども,どう感じよく買い物できて,自分で選べるか,見やすいか,そういうことを大事にしています.

実店舗とネットストアの関係から言っても,無印良品を感じられるような店舗空間であり続けることが大事だと思います.店舗の空間で無印良品を感じてもらえなくなってしまったら,商品自体はすごくシンプルなものなので,その背景が見えてこなくなってしまって,全くただの透明の箱でしかないのですよ.全ての商品に言えることだと思います.省いていることを分かってもらえて,その素材は環境に配慮していて,ミニマムにデザインしているのだということが分かってもらえないと,そこの満足感が得られないわけです.購入される瞬間に,不都合な思いとか嫌な思いをしてしまうと,商品を使っていても嫌な思いしかしないですよね.店頭の感じが良いと,お客様に信頼感を持ってもらえるということで,店舗が起点にあるということは絶対に大事なことなので,店舗を大事にしています.なので,今でも店舗がメディアであるということをずっと言っています.

図2 無印良品 イオンモール堺北花田

西口 店舗を設計,管理する部署と予算について教えていただけますでしょうか.

松枝 新しいお店を作る時には,基本的にハード面での施設を設計する自社内の施設設計課と,VMD担当,宣伝を担当するオープンコミュニケーション部(OC部)が一緒になりながら,形だけではなくて,空間のコンセプトを考えることも含めて,お店づくりに携わっています.特に店舗の情報面,どういう情報を店舗の中で設えて届けていくかということもやっています.もちろん店舗を作る時には商品部も入ります.そこには外部の方とも協業しますけれども,自社で図面を描き,内装の設えを全部コーディネートします.

そういう担当部署がみんなで一つの店舗を作るような形でやっています.一つの部署だけで作るということではなくて,商品と情報と環境という各部門で店舗を作っています.もちろん今すごく店舗数が増えてきていますので,一個一個の店舗に全社でということではなくて,それぞれ担当を付けますが,全部署で一店舗を作るという点には変わりはないですね.

3. 店舗を取り巻く変化

西口 無印良品の店舗数が増えてきているということですが,店舗形態も同時に多様化してきているようですね.それらの役割分担のようなものは社内で決められているのでしょうか.

松枝 店舗の名前はそれぞれのお店のコンセプトの違いを意味しておりまして,当然ながら「Cafe & Meal MUJI」というのはレストラン業態です.「MUJI」というのが国内ではそれほど店舗数は多くないのですが,他の店舗とは少し位置づけが違う店舗になっています.特にグローバルに意識した発信型の店舗,それから,海外の方が多くいらっしゃる窓口になるような店舗をMUJIという風に呼んでいます.品揃えや店舗の空間の作り方も少し変えています.新宿にも福岡のキャナルシティにもあります.銀座の旗艦店もMUJIということでやっています.ただ中身の商品については,国内では品揃えはほとんど変わりません.一部の実験的な商品だったり,海外のお客様の需要の高いものだったり,それらに付随する情報を,MUJIの店舗では海外の方にもしっかり届くように設計をしています.

無印良品の中でほとんどを占めるのは,「無印良品」という名前の店舗です.無印良品はそもそも1980年にできて,多店舗化する前は町の路地裏というか,二角曲がったぐらいの少し賃料が安い所に作っていって,口コミで広がっていって,目的を持って感度の高い方が来てくれるような,そういう出店も最初はありました.今はほとんど駅前立地の駅ビルか,ショッピングセンターがほとんどです.これはこれまで拡大していくために条件面を重視してきたことや日本の商業立地というものがまちづくりと一緒に歩んできた結果です.我々は,それだけではいけないと思っているので,駅前立地とSC以外の開発を進めています.それが例えばここイオンモール堺北花田のようなお店です.ここはSCですけれども,SCであろうとなかろうと,昔の無印良品のような自分たちでお客様を集客していく形であれば,ローカルにも出店できていくと考えています.昔はほとんどインテリアのフロアか,ファッションのフロアの一角にテナントとして入れさせてもらうような業態でした.今はそうではなく,どこにどういう店舗と一緒に入りたいかというようなところまでやっていきたい.例えば,野々市という石川県にある店舗は,ロードサイドの店舗で,郊外の住宅街から少し離れた所に地方のスーパーマーケットと無印が一緒になって新店舗を開発したという所があります.そこはお客様からも非常にご支持いただいておりまして,我々は商業施設を開発するというところまではできなかったとしても,そういう店舗の開発の仕方も今後はできるのではないかなと思っています.我々自身が顧客を絞らないということもあるのですけど,幅広くご支持いただいていますので,今後,出店立地だけではなくて,他企業と一緒にコラボレーションしたり,そこのフロアをどうコーディネートしていくかというところまで入っていければ,リーシングというと大げさですけど,そういうお店をこれから作っていければいいかなと思っています.

西口 統一的なブランドイメージに沿って,店舗を標準化するという手法自体が変わってきているということですか.

松枝 そうですね.会社としましても,ローカルというものを試行しておりまして,あらゆるトップのメッセージの中にも出てまいります.なぜローカルなのかというのは全員で考え続けようと.経済がグローバル化し,ものづくりというものがグローバルに行われていて,商品も生産もグローバルに行われている現在,無印良品も当然ながらグローバルに出店していっております.今では,国内以上に海外の店舗の方が多くなっております.そうなっていった時に,無印良品というブランドはグローバルなニーズに対して店舗を出していくけれども,それによってこぼれ落ちていくものとか,無印良品としての原点も考え,もう一回,各地域の中でできること,各地域がどうなっているかというのを考え,地域の方にもっと愛着を持っていただけるようにしないといけない.その一つとしては,食というものが特に地域にとって,店舗の結びつきを強めるには重要になってくるのではないかと思います.食品に限らず,全ての商品がグローバル化したものだけではなくて,ローカライズしたマーチャンダイジングも,各国,各地域で販売していけるのが理想です.我々は結局コミュニケーションのブランドだと思うので,ものを作ってものを並べるだけではなくて,店舗の有り様なども含めて無印良品なので,そういったことを試行していきたいと思っています.

今はほとんどのお店で,例えば地元の方とイベントをしたり,Open MUJIという場所があったり,各店舗でイベントをしたりしています.それから,MUJI Passportという配信をしているのですが,国内の全店で店舗から地域と結びついたイベント情報などを発信したりしています.今は情報面が先行していますが,今後は環境面でも,地方の産材を使って売り場を作るなどして,できる限り取り組んでいきたいと思います.

西口 無印良品のお客様についてはいかがでしょうか.以前と比べて変化してきているのでしょうか.

松枝 今で言うと大体40代の団塊ジュニアの方が中心層になっています.私の世代がちょうど中心層だったりするのですけど,年配の方が増えたかなと少し思いますね.ただお客様の分布図を見ても,基本的には緩く全世代に広がっていて,若い方も年配の方からもご支持いただいています.さっき言ったマインドシェアということで言うと,ほとんどの方に好意をいただいているので.あとは購入をしていただけるかどうかですね.我々としては,どちらかの世代だけに絞って極端なことをするということもしないですし,顧客像というのをペルソナ的に持ってやるということは,したことがないですね.それよりも,我々の場合,自分にマーケティングするというのをずっと言われていまして,自分たち自身が生活者になったつもりで,物事のデザインや売り方や店舗の有り様を考えた時に,ある一つの型が本当はその通りではないのではないか,というのをいつも疑いながらやりましょうということでやってきています.

西口 お客様の年齢層の変化に合わせて店舗の環境も変えられたのでしょうか.

松枝 先程の話と逆になりますけど,年配の方にも支持していただきたいし,分かっていただきたいので,もう少し買いやすくしたいということで,いろいろなことを見直しています.どうしても無印良品では,ギュッギュッと売り場に商品を詰めちゃっているので,どこに何があるか分からない,欲しかったものが見つからなかったといった意見もいただきます.そういったことがないように,できるだけ商品を見つけやすく,買いやすく,分かりやすくするために,売り場の作り方やパッケージなどを見直していっています.買いやすさ分かりやすさということと,そのものの良さを伝えるということのせめぎ合いを,陳列方法や演出の中でずっとやっています.分かりやすいのは良いけれど,それは商品を損なっていないかみたいなことも同時に起きるので.答えはないので,右に行ったり左に行ったりを繰り返しています.

西口 先程,MUJI Passportのお話が出てきましたが,実店舗とネットのつながりについてはどのようにお考えでしょうか.

松枝 実店舗とネットのつながりについて,社内でオムニチャンネルとかマーケティング用語を使って共有したり議論することはあまりありません.元々,無印良品というブランドは,長くお客様に信頼されることを,マーケティングシェアよりもマインドシェアというようなことを言いながらやってきました.ネットで購入いただいても店舗で購入いただいても良いし,むしろ店舗での体験というものを大事にして欲しいと思っています.両方とも補完関係でやっていければと思います.

今ではどこの企業でも当然やられていますが,店舗で逆に受け取るというのも早くからやっているのですけれども,店舗へ単に商品を届けるだけではいけないなと思ってきています.顧客との接点をどう持つか,顧客がどう想起してくれるかというようなことはマーケティング的だと思いますけれども,我々で言うとそれは例えば暮らし,衣食住ですね.暮らしのシーンの中で言うと,模様替えとか引っ越し,新築といった時に,店舗だけでお客様とコミュニケーションするのではなくて,お客様のお宅で例え購入に至らなくてもご相談をたまわったり,その場所で寸法を採寸して差し上げたりとか,そういったこともこれからできるのではないかと思います.実際,我々の店舗でも実験的にMUJI SUPPORTという場所でそういったことをやったりしています.

例えば引っ越しといったことも,私たちは引っ越し業者さんにお願いするのがほとんどだと思うのですけど,これからの引っ越しの有り様自体が変わってきた時に,そういったこともお手伝いできるのではないかと思います.新築を買わなくなって,皆さんがリノベーションをするようになってというようなことは,情報としてはありますけど,本当にそれだけかなと思いました.これだけ家が余ってきた時に,引っ越し,あるいは模様替えということ自体が,私たちの暮らしには重要なことになってきていて,それを商売にして,手伝ったりとか,相談に乗ったりとかということもどこにもないと思うのです.私たちはコミュニケーションのブランドだと思っているので,お客様のお困りになっているところに,ストレスなくお客様が相談いただけるような相手になれればいいなと思っています.

長く使うことをコンセプトにしていますので,一度作ってもらったシェルフも組み外して,もう一回違う形に組み立てたり,そういうことが理念になって全ての商品やプロダクトは作られています.サイズも全て無印良品のもので合わせていただければ,ピッタリと気持ちよく収まるようになっているので,そういった意味では,引っ越しのようなところで,我々は強みを発揮できるではないかなと思っています.ネットショッピングということを単に言うだけではなくて,やはりお客様とのコミュニケーションとして,いかに長く想起されて信頼される存在になれるかということだと思います.

図3 MUJI SUPPORT

4. 他社との差別化における店舗の役割

西口 プロダクトは全て長く使ってもらうことを前提に作られているということですが,店舗環境についてはどうなのでしょうか.

松枝 無印良品の店舗はメンテナンスが面倒くさいのですよ.最低限の設えしかしていないので.他社さんは店舗投資という考え方があって,しっかり投資されて,その代わりメンテナンスフリーになっていて,商品よりも環境の方が強いようなブランドさんもたくさんあると思うのですけど,我々の店舗は棚,什器にしても目立たないじゃないですか.目立たないというか,商品を中心に考えてあります.見てもらったら分かりますけど,未だに棚にフレームなのですよ.商品をしっかりまっすぐきれいに面出しをする.これを海外に行ってもみんなでやっています.掃除が行き届いていて,メンテナンスをしっかりして,そこに美意識を持って整えようという意識がないと,我々のように最低限の什器しか設えていないようなブランドが,美意識だとか,良く暮らそうとか,丁寧に暮らそうとかそんなこと言っても届かないのですね.

我々も1980年に生まれたブランドなので,もう少しで40年になるのですけど,何回かいろんな店舗の拡大をしたり,店舗数を急に増やしたりという時期はありましたが,やっぱり売り場が乱れます.急なことをすると.無印良品という売り場は,ハードだけでできているのではなくて,商品の並べ方,たたみ方,向きなんかをどこまでやるかですね.結構,家の掃除とかと似ていて,そこは,すごく日本から生まれたブランドなのだなと感じます.海外に行って,こうやってたたんで,ここの面を合わせて,この面を合わせるから売り場としてきれいに見えるのだよということを言ったりすると,すごく新しいことのように捉えていただきます.最近では,他社さんもそれに近いことになってきているとは思います.そういう日本人らしさみたいなことはあると思いますし,僕らはそこを無意識に続けてきています.海外に行ったりすると,そこをすごく意識することはありますね.

西口 無印良品にとっての競合ブランドはどちらになるのでしょうか.

松枝 インタビューの中でも,代表の会長が答える時と,社長が答える時と,松枝が答える時と,みんなそれぞれです.無印良品は結構そういうところは本当に中小企業のままなのです.無印良品というブランドを考えた時に,衣食住ということにすごく大事を置いているので,単純比較されるものではないと思っています.衣食住ということが暮らしの中でつながっているという発想で,素材もつながっているし,モジュールという意味でもつながっているし.店舗の中でワンストップで衣食住を買っていただけるということを,私たちは重要視しています.

部分部分の商品においてはどうしても他者さんと競合すると思いますし,マーケティングの一つの断片として,セールスを取っていくためには,もちろん競合だとは思っていますけど,単純には比較できないと思っていますね.でも,他社さんも同じようなことを考えていらっしゃるなとは思います.ご年配の方も多くなってきていますので,そういうコーナーを作ったりして力を入れているのですけど,他社さんもそういうのに力を入れていたりされるので,やっぱり考えていらっしゃるところはすごく似通っているとは思います.

図4 無印良品 イオンモール堺北花田店内「住」コーナー

西口 似通っている中で,無印良品が他社ブランドと差別化されているのはどういった点でしょうか.

松枝 難しいですね.でも,私たちの無印良品の売り場というのは,買いやすさだけではない.これをあんまり言うと社内の人に怒られそうなのですけど,買いやすさというのは重要ですが,買いやすさだけでは,消費者というのは満足できないと思うのですね.最初に申しましたように,何かを想起したり,プラスアルファで空間に魅力がなければいけない.無印良品が何かをその人にもたらさなければいけないと思っているので,僕らが作っているのは,空気だと思っています.商品そのものではなくて,その商品の背後にある考え方とか思想とか,買い物体験自体を売っています.そこは他社さんとは違うと思っています.僕らはゆっくり買って欲しいと思うし,何か買った時にプラスアルファの体験をして欲しいと思っているので,そこが強いて言えば違うのかなと.

西口 確かに店舗の環境は全く違いますもんね.

松枝 全く違いますね.最短で買いやすくするのは商売人だから正しい行動だと思うのですよ.だけど,例えば,長くそのブランドをお客様が支持してくれるかどうかというのは,企業としてはいろんなやり方があって良いと思います.圧倒的な企業になるということも一つかもしれないし,品質をどんどん上げていくことも一つかもしれない.一生このブランドは信頼できると思ってもらえるような,そういう空間を提供することも大事だし,コミュニケーションの体験をお客様と作ることも大事かもしれない.僕らはもう少しゆっくり考えてもらって,買ってもらっても良いし,やっぱり買ってもらわなくても良いかもしれない.その代わり,また来たいと思ってもらえるかというところで言うと,マインドシェアというのを大事にしましょうという話をよくしますね.

西口 確かに無印良品の場合は単に商品のコストパフォーマンスだけで選ばれているのではないような気がしますね.無印良品のファンのような人たちが一定数いて,他社ブランドのファンに比べて,無印良品のファン像みたいなものがあるような気がします.

松枝 そうですね.昔は顧客を絞り込んでいかにということでしたけど,我々はこれからの世界とかマーケティングを考えた時に,顧客は絞り込まずにオールターゲットに訴えられるようなものをということでやってきています.他社さんでも同じような考え方のところが増えてきているように感じます.だけど,その中でも人間に対する考え方,お客様に対する考え方というところが若干違うと思います.その辺は違うブランドがいろいろとあった方が面白いと思うので,その方が良いのですが.

5. 店舗飽和時代の店舗間の差別化

西口 無印良品は店舗数が増加して,店舗も飽和状態に入ったかなとも感じるのですが,他の無印良品の店舗と差別化して欲しいといったデベロッパーさんからの要求はあるのでしょうか.

松枝 これは,ずっとある話ですよね.そこは信頼関係でずっとやってきたので,我々は店舗を出店しても,数年に一回は改装させてもらっています.それで最新の形にアップデートさせながら,お客様が気付かないような細かい所まで店舗の手直しをずっとやっています.什器などを一気に入れ替えたりするのは,フォーマット化するという意味では良さはあると思います.ですけど,我々はそれもやりますけど,それぞれのお店で困っているところを改善,修繕していきますので,デベロッパーさんとの関係もそうやって良好に保ってきたと思います.

我々も店舗数が多くなってきておりますので,デベロッパーさんとの関係性というものをこれからどうしていくか.もっと言えば,これからのデベロッパーさんというのはどこだろうかと考えます.ショッピングセンターとか百貨店,それからスーパー,駅ビル,これからどうなっていくのだろう.日本のこれからの人口とか,マーケットを考えた時に,果たして我々は今までのように出店立地を探していて良いのかというのは正直ありますね.担当者の皆さん同士でリレーションを作って,物件の条件をいただいて,ありがとうございますということで出て,頑張って貢献をして,また次も店舗をということになる.こういったやり方だけで良いのかと.ですから,我々自身も,デベロッパーさんと協業できるぐらいになっていかないといけない.資本的にはないですけど,お客様に対する支持力とか,貢献できることの幅をもう少し広げなきゃいけないと思います.例えば,違う企業と一緒に協業しながら,広い面積に一つのコンセプトフロアを作ってしまうようなことが,今後の一つの可能性なんじゃないかなと思います.ここはその実験ですね.

隣に来る企業とか業態によって,お客様は全然違ってきます.我々は幸いなことに,いろいろな立地に店舗を出してきました.お客様がすごくたくさん入るスーパーマーケットの1階のフロアと,ビルの7階とか上層階に入っている所とでは,売れてくるものとか購買行動とか,お客様の種類が全く違います.先程言いましたが,同じ無印良品なのですけど,我々はお客様を絞っていないので,例えば,ビルの上層階に行くと,賃料の関係もありますけど広いフロアをもらえ,家具の構成が高かったりします.スーパーマーケットの1階に出している無印良品では,レジが行列になるほどお客様がたくさんいらっしゃって,非常に坪効率も高くて,売り上げも高くなり,すごく忙しいお店になっている.でも,店舗面積はそんなにはもらえない.そういうお店なので,同じ無印良品といっても,出店した時に,周りとの関係性において,無印良品は様々な変化があるし,立地によって違ってくるのですね.その中で,我々はいろいろ学んだり気付いたりしたことがあるので,我々が作りたいお店像というのがあります.それぞれの地域とか立地によって,こういうところと一緒に組んだらどうなるのだろうとか,我々自身が食まで事業にしたらどうなるのだろうとか考えています.無印良品という考え方を横に横に広げて,無印良品が本屋さんをやったらどうなるのだろう,集客イベントをやったらどうなるのだろう,配達をやったらどうなるのだろうということを考えながら,そこで起きるお客様との変化を次に生かしながら,新しいものを常に生み出してやっています.普通は縦に広げるものだと思いますが,横に広げながらやっています.

西口 確かに難波店となんばCITY店でも全然違いますよね.

松枝 全然違いますよね.駅前立地だとステーショナリーの小物とか,化粧品だとかお菓子とかが非常に売れますし,衣料品なんかも買っていかれる方が多いです.大型店で少し離れた所だと,月に一回ぐらいしかいらっしゃらないかもしれないけれども,じっくり家具を選んだり,ゆっくり過ごしたり.カフェも付いていたりするので,そこで過ごしてもらえたりということもあります.

我々の無印良品というものが生まれた発想がそこにあるので,世の中がどう変わっていくかということを常に考えています.世の中,それから,これからの購買行動,消費というものを考えた時に,どうあるべきかということを考えてやっています.これからも多分変化はすると思いますね.例えば,身近なことで言うと,ショッピングバッグも変わりますよね.エコという概念も少しずつ国際的に基準化されたりしてくると,我々が元々持っていたような,無駄なものを省略して,いかに実質本位であるかということが,よりグッと高まっていく.そうなった時に,我々が何をできるかということも考えなければいけない.そういった中で,なぜ我々が地域というものに取り組むかといったら,地域の元気がなくなってきていて,すごく大事なコミュニティがある.もしかしたら小売業も含めた企業の論理で,町がおかしくなってきているという可能性も相当にあると思うからです.であるならば,我々は同じように儲からなくてもよいから,マインドシェアを取っていこうということなのです.地域で役に立つということをトップも言うのですが,無印良品というブランドが支持されるためにできることがあるのであれば,出店の方法も変えてやっていきたいという風に思います.

私,肩書は一応コミュニティマネージャーということになっているので,最近は行政の方と一緒にお仕事したりしています.イオンモール堺北花田店で言うと,食に力を入れているお店なので,大阪府の方と一緒にマルシェをしたり,農家さんに取材に行ったりもしています.なので,我々は小売業なのですけれども,世の中のことにもう少し目を向けていった方が,将来的にどういう風な店舗を作った方が喜ばれるか,役に立つかというのが少しずつ分かってくるのではないかと思っています.そう考えた時に,店舗でも相談会という形で,お客様が購入されなくても,お気軽に声だけ掛けて下さいという風にやっていますが,それが例えば,お客様のお住まいまで行って採寸からしてあげるといったことも考えられる.最近では,一人で住んでいらっしゃる老人の方もすごく多いので,カーテンを買おうにも,カーテンの寸法が分からないので間違えたりとか,買えないとおっしゃる方も多いです.全部無料となると大変ですけど,我々で行けるのだったら行けばいいし.そういう地域の抱えている課題とか,日本の社会の課題ということに対して,ビジネスをアップデートさせていければ,これからも無印良品というものがマインドシェアをずっと保っていけるのではないかなと思ってやっています.なかなか難しいですが.

西口 昔は街の電気屋さんや家具屋さんがそういった役割を担っていましたよね.最近はそういったお店の数も随分減ってしまったように感じますが.

松枝 そうですね.おっしゃる通りです.何でもいいのですけど,例えば,名刺入れに200円と書いてあった時に,デザインが好きな人は,このデザインが好きだから買おうかなと思うかもしれません.でも,今はものを語るということや,語る相手というのが,みんないなくなってしまい,メディアで見ても,ほとんど価格なのですよね.これが極端な話,大根が100円と書いてあった時に買えるか.それが安いか高いかしか分からないし,その安いか高いかの基準も,その大根が何という種類の大根で,誰がどこの場所でどんな風に作って,いつ採れて,今ここに並んでいるかということの想像もつかないから,100円の大根を買うかどうかで悩んじゃう.逆に悩まなかったとしても,余計高いか安いかでしか選べなくなってしまっている.それは野菜だけではなくて,あらゆるものがそうなっていて,要するに,購買行動の中で,感覚がそういったことを感じられなくなっていると思います.何でも簡単に買えるようにしてくれているから,簡単に買うことに慣れてしまっていて,何か自分で考えて選んで買おうと思った時に選べない.リテラシーもないし,売る側の方にも選ぶための情報がないとなった時に,無印良品は選ぶための情報をしっかりと付けたい.この名刺入れはどういう考え方で作ったかといった説明書きを付けたいと思います.そういうことが分かる関係性を作りたいと思うのですよね.そういうことが,空間も情報も含めて必要なのだということだと思います.

図5 無印良品 イオンモール堺北花田店内「食」コーナー

西口 本部と各店舗の店長の関係に変化はあるのでしょうか.

松枝 今のように店舗数が増えてしまうと,昔ほどコミュニケーションが取れなくなってきているので,今は各地域にブロックマネージャー,エリアマネージャーがいて,その中でコミュニケーションをしっかり取りながらやることになっています.ただ我々は,現場視点というのを大事にしているので,今,店舗が主体となって運営できるような仕組みづくりに,もう一回アップデートしようと動いています.要は,店長が主体となって決められる裁量を増やそうという動きを取っています.店舗というのも運営しやすくなったのですけど,いざ困った時に考えることが難しくなってしまっているので,考えられるようにするためには,店舗に権限とか,店舗に判断というものがないと維持ができないという風に考えています.企業なので揺れますけれども,その時その時で課題を持っています.直近の課題は,店舗がもう少し主体性をしっかり持ってやれるようにということです.

6. おわりに

松枝氏には,小売企業における実店舗の役割をテーマに,店舗の現場の視点から非常に貴重なお話と資料をいただき,心より感謝申し上げる.

特に興味深かったのは,無印良品にとっての実店舗は,お客様に対する単なる売り場というだけではなく,お客様とのコミュニケーション・メディアとしての役割が増してきているという点である.そのような傾向は,ネットストアの出現などにより弱まるのではなく,逆に実店舗の重要性は増しているという発言は印象的であった.消費者の商品に対する理解を深めるため,実店舗で無印良品を感じてもらえるようにすることが重要であり,そのために店舗空間の役割に着目されている点も,筆者が進めている研究の主張に沿うものであった.

また,無印良品の店舗数が増加している状況の中で,地域の抱えている課題に取り組むことで,無印良品の店舗同士の差別化を進めようとしている姿勢にも興味を持った.

今回,松枝氏からお話しいただいた内容は,今後の小売企業における店舗戦略のあり方を考える上で非常に示唆のある内容であった.

識者紹介

  • 松枝 展弘

1997年入社.店長,エリアマネージャーを経て本社にて宣伝販促,店舗企画等を担当.現在はコミュニティマネージャーとして地域と一体となる新形態の大型店の開発を担当している.

著者紹介

  • 西口 真也

阪南大学流通学部准教授.2018年関西学院大学大学院経営戦略研究科博士課程後期課程単位取得退学.商業建築デザインの消費者に対するマーケティング効果の解明をテーマとして研究を進めている.

 
© 2020 Society for Serviceology
feedback
Top