2021 Volume 7 Issue 4 Pages 122-129
身近で便利な存在として発展してきたコンビニエンスストア(以下,コンビニ)は現在国内に約5.6万店舗存在し(フランチャイズ協会 2020),欠かせない社会インフラとなっている.しかし,近年は人手不足の深刻化によりその維持が危ぶまれており,省人化・省力化が急務となっている.
この問題を解決する一つの手段としてロボット技術に対する期待が高まっており,多くの研究者や企業が様々なサービスロボットの開発に取り組んでいる.しかしながら,一般にサービスロボットの実用化は難しい.例えばホームロボットでは,各家庭により家族構成や間取りが異なりロボットに対する要求が異なるため多品種少量生産を求められる.また,ロボットに求められる機能そのものが技術的に難しい.例えば,台所からリビングに居るユーザーへ牛乳を届けるだけでも,指令の理解,移動,対象物の認識・把持,受け渡しなど幾つかの小さなタスクの組み合わせになっており,これら一つでも失敗するとユーザーの要求を満たすことができない.
一方,近年,実社会の問題に即した様々な課題を設定し技術革新を促すことを目的としたロボット競技会が開催されている.例えば物流では,Amazonが自社倉庫における商品のピッキングと箱詰めを課題とするAmazon Robotics Challengeを開催しているが(アマゾン 2017),小売店舗などのサービス業を対象とした競技会はなかった.
そこで,著者は,労働力不足ならびにサービスロボット産業化のハードルを解決する仕組みとして,コンビニを対象としたロボット競技会を着想した.本稿では,その趣旨や概要,これまでの取り組みについて紹介する.
Future Convenience Store Contestとは,コンビニ店舗における各種業務(品出し・入替え,接客など)の自動化を対象としたロボット技術コンテストである.身近でかつ実用的な課題に即したコンテストを設定することにより,実用化が遅れているサービスロボット関連技術の革新を促すことを狙っている.同時に,ロボット技術が導入されることにより,実現可能となる新たなサービスやコンビニのデザインについて広くアイディアを募集し,新たな近未来のコンビニ像を創造することが目的である(和田 2018).2015年に計測自動制御学会システムインテグレーション部門空間知部会のメンバーを中心に検討を始め組織委員会を立ちあげた.主催は計測自動制御学会システムインテグレーション部門,協賛企業として(株)セブン&アイ・ホールディングスにご協力いただきスタートした.2017年からは経済産業省とNEDOが主催するWorld Robot Summit(WRS)に参画し,その基で行っている.
2.2 なぜコンビニなのか現在,コンビニ大手3社の店舗数は国内で約5.6万店舗,海外においても約8.3万店舗*1,*2,*3と巨大なチェーン店舗網を持ちサービスを提供している.店舗環境,サービスが規格化されており,店舗内の各場所で行う作業が明確であることから作業を幾つかの要素に分解しやすい.また,自ら店舗や商品を企画しているため,新しいサービスや技術にあわせてそれらを変更することができる.一方,店員が行う作業は多く労働集約型の産業であり,ロボット技術により自動化された際の恩恵は大きいと予想される.また同時に,これまで実現が困難であった新たなサービスが創造されると期待される.そして,海外でも広くコンビニがサービスを提供していることから,世界中から多くの参加者が見込める.
2.3 FCSCの概要ロボット技術と従業員が協調して顧客にサービスを提供する新たな世界を創造するため,技術的課題を解決するだけでなく,ロボット技術導入を前提とした店舗デザインや可能となる新たなサービスについても同時に検討する必要がある.そこで,デザインを対象としたFuture Service Design Awardと技術を対象としたTechnology Challengeの2種類のコンテストを企画した.Future Service Design Awardはデザイナーやインダストリアル・デザインを学ぶ学生などが主な対象であり,優れたアイディアを持つ人物を発掘することが目的である.入選者はデザイン・アドバイザーとしてFCSCの組織委員会へ参画し,Technology Challengeの規定作成に関わる.一方のTechnology Challengeは技術系の大学や企業などが主な対象であり,コンビニにおける各種業務の自動化を目的としたロボット技術コンテストである.図1に2種類のコンテストの関係とそのスケジュールを示す.なお,2017年よりWRSに参画したことからTechnology ChallengeはWRS Future Convenience Store Challengeとして実施している.
「近未来のコンビニ像を創造する」というテーマの下に,2016年9月26日~9月30日に作品を募集し開催された.未来のコンビニを募集するにあたり,以下のような具体例を掲げた(鈴木 2018).
また,以下の注記を添えた.
応募案はA1サイズ(594×841mm)片面横使いのケント紙など厚紙パネル1枚に,日本語でオリジナルのアイディアや未発表の作品を記したものとした.
審査員は,ロボット工学,情報工学,建築,デザイン,心理学の専門性を持つ大学教授,研究所,企業の方,ならびに,(株)セブン‐イレブン・ジャパンの方に依頼した.
報償は以下のように定めた.
ロボット技術,建築,小売サービスを掛け合わせた未来を論じるテーマが難題となり,応募数は予想を下回る27組であった.しかしその中から10組のタレントを発掘することができたことは大きな成果であった.
最優秀賞は,セブン‐イレブン・ジャパンが日頃の実務の中で感じているニーズや実現可能性を巧みに汲み取った「無人移動販売コンビニロボットCAP×SELL」(図2)であった.他,賃貸住宅とコンビニ機能を融合させた提案,映像と音でおすすめ商品を見せる提案,自動倉庫と店舗を融合する提案,老若男女が集う公園とコンビニを融合させた提案(図3)などが選ばれた.全入選作品はFCSCのホームページ上にて公開している*4.
提案された未来像のブラッシュアップと具現化を目指し作品の映像化を行った(図4).2018年開催のWRS 2018プレ大会会場内に直径約12メートル,高さ約4メートルの没入型円形スクリーンを設けて,コンビニの未来像を映像で提示するデモンストレーションを行った.映像化した作品は,「無人移動販売コンビニロボットCAP×SELL」ならびに「公園のようなコンビニ commonvenience store」とした.なお,映像はYouTubeで公開されているので是非ご覧頂きたい*5.
3.4 技術との融合WRS 2018プレ大会にて競技における複数の課題が明らかとなった.特に,新たなサービスの提案を行う接客タスク(後述)においては既存サービスの延長に留まる提案が続出した.図5に示すような既存の店舗を模した模擬店舗を競技フィールドとしており,このことが自由な発想の妨げになっていると考えられた.
そこで,未来像の一つである「公園のようなコンビニ」を競技フィールドとして採用し,革新的なサービスの創出を促す土台とすることとした.2019年開催のトライアル大会にて具現化し,新しい競技フィールドを用いて競技を行った(図6).子供の見守りといったこれまでにないサービスが提案されるなど,期待した効果を上げており本大会での新たな提案が楽しみである.
WRSは,経済産業省とNEDOが主催するイベントであり,ロボットの活躍が期待される様々な分野において,世界中から集結したチームがロボットの技術やアイディアを競う競技会「World Robot Challenge(WRC)」と,ロボット活用の現在と未来の姿を発信する展示会「World Robot Expo(WRE)」とで構成されている.
WRCでは,4つのカテゴリー(ものづくり,サービス,インフラ・災害対応,ジュニア)で各競技を実施し,FCSCはサービスカテゴリーに属している.
4.2 競技設計 4.2.1 課題調査コンビニ業務における課題を明らかにするため,コンビニでアルバイト経験のある学生へのヒアリングや,(株)セブン‐イレブン・ジャパンと(株)セブン&アイ・ホールディングスに協力を要請し,コンビニの日常業務の把握およびロボット技術による自動化・省力化のニーズを探るため実地調査やヒアリングを実施した(安藤 2018).
実地調査では,1店舗当たり一日7回前後の配送があり,そのたび陳列と廃棄作業,商品の並べなおし(フェイスアップ)作業を,レジ業務と並行して店員が実施することが大きな負担であることが分かった.これは事前に想定されていたロボットによる自動化対象であったが,これに加えて,店舗掃除,特にトイレ掃除の負担が想像以上に大きく,ここに大きな自動化ニーズが存在することが判明した.
また,コンビニ業務には単に物品を販売するのみならず,様々な地域に根差したサービスを提供することが,近年隆盛を極めているネット通販等にはない価値を提供していることも明らかとなった.
4.2.2 競技カテゴリー以上の調査及びヒアリングから,まず直近の課題としては,トイレ清掃の自動化を競技の一つとして取り上げた.
また,商品の棚への陳列作業,廃棄作業,フェイスアップ作業は自動化ニーズが高く,移動技術・マニピュレーション技術のインテグレーションが必要になることが想定されるため,ロボット競技の課題として十分高度かつ波及効果の大きい課題として競技の一つとして取り上げることとした.
加えて,近年,ネットショッピングやAmazon Go 等の無人店舗の出現により,その存在意義を問われている対面小売業務やその他サービスについて,未来の形と価値を議論し創造することを目指し,接客業務全般について自由に課題を設定してデモンストレーションを実施する提案型の競技を設定することとした.
以上より,FCSCでは,
3つの競技はいずれか一つまたは複数参加可能で,競技ごとに異なるロボットや環境側に設置するインフラ等を用いてもよいこととしている.
4.3 競技概要競技ルールは現実の課題解決と競技として成立するバランスを配慮して設定した.技術の進歩に合わせて毎年見直しを行い,特にトイレ清掃タスクと陳列廃棄タスクは現実の課題に近づくよう徐々に難易度を上げている.以下,最新のルールに基づき概要を説明する.
4.3.1 競技の流れ以下の順で競技は進行する.
店舗内の設備に対して,競技参加者がセンサーやインフラ設備の設置,独自開発ロボット化された棚や便器への入れ替えを行うための時間.
審判が競技に必要な準備をするための時間.
デモンストレーションを行うシステムに関して参加者が提案をプレゼンテーションすることができる.次のデモンストレーションと同時に行ってもよい.
実際にロボットを動作させて作業を行わせる時間.
(2)は競技時間に含まれない.(1)(3)(4)のために与えられる時間は15分である.これらの時間の配分は,競技参加者が自由に決定可能で,各時間の終了を審判に宣言することで,次に進むルールとし,ここでも参加者ごとに異なる戦略をとれるよう自由度を大きくしている.
4.3.2 接客タスク*7接客タスクは,コンビニの業務の一つである,接客の自動化のための技術開発や,新たなサービスの提案を目的として設定されている.
競技参加者は店舗全体の任意の場所を利用し,例えば自律的に移動して作業を行うことのできるロボットや,模擬店舗内に設置可能なインフラを開発し,コンビニにおける新たなサービスの形を提案することを求められるため,他の競技と比較して最も自由度の高い競技である.
コンビニにおける未来の新たなサービスの提案を行ってもらうことを目的としているため,ロボット技術を利用し実際に動作するシステムを開発することも必要であるが,同時にその提案内容の思想や新規性,有用性が重要視される.
本タスクは参加者ごとに実施内容が異なるため,提案内容と開発したシステムについて数名の審査委員が,
(b)有用性,
(c)実現可能性,
(d)達成度,
(e)リトライ回数等
の主に主観評価に基づき順位を決定する.
(a)~(c)については,主として提案のプレゼンテーションが採点され,(d)~(e)については,開発されたシステムが採点される.
4.3.3 清掃タスク*8
コンビニの日常業務の一つである,トイレ清掃を自動化するための技術開発を目的とした競技である.トイレ清掃作業を自律的に行うロボットや,トイレ空間内に設置可能な清掃作業を行うインフラロボットの実現を目指した競技となっている.
参加者が開発したロボットやインフラを用いて,模擬トイレ空間の中で便器や床の清掃作業のデモンストレーションを行い,開発したシステムによる作業の確実性を競う.トイレ清掃タスクは,喫緊の課題でありロボット技術を含むあらゆる技術を用いて解決することを目指している.したがって,必ずしもロボットである必要はなく,インフラエリアへの自動清掃機器の設置を含めたリフォームも許可している.
デモンストレーションにおいては,以下の2種類の作業を実施する.
模擬尿は,市販の放水装置(小便小僧)により便座が開いた便器内に放水することにより,便器周囲への尿の飛散を再現する.なお,模擬尿は水性塗料(青色)を水で希釈したものである.
放水前および清掃の前後でトイレ空間内を画像で記録し,模擬尿の除去率を計算する.除去率100%を50点満点として採点する.
ゴミの清掃では,トイレットペーパーの芯や切れ端,紙コップが床面に計5個,ランダムに配置される.ゴミを一個清掃するごとに10点が加算される.
4.3.4 陳列廃棄タスク*9陳列・廃棄タスクは,コンビニ店舗内において,商品の陳列や廃棄品の回収作業を自動化するための技術開発を目的とした競技である.
参加者は,自律的に移動し作業可能なロボットや,店内に設置可能なインフラ装置等を開発し,これらの作業の自動化を行うことを課題としている.
本競技では,単にモバイルマニピュレータ等を用いた陳列・廃棄作業にこだわらず,棚自体が変形しロボットの作業を補助したり,棚そのもののロボット化も想定し,棚を自作のものに置き換えることも許容している.
デモンストレーションでは,
といった作業を行い,合計100点満点で競う.
商品はコンビニで陳列廃棄作業が頻繁に行われるデイリー品(おにぎり,サンドイッチ,弁当,ドリンク,パウチ惣菜)であり,全6種類,計20個の商品を扱う.
4.4 競技歴史以下に各大会の概要を記す.
2018年はWRSプレ大会として他の全競技カテゴリーと共に開催した.FCSC出場チームを表1に記す.国内外の大学や大手電機メーカー,ベンチャー企業など幅広い参加がありFCSCの狙い通りとなった.
接客タスクでは,AR技術とモバイルマニピュレータを用いた接客や店員補助を行う提案や,ホットスナックを提供するロボットシステムなどの提案があった.
清掃タスクでは,トイレ空間全体をロボット化し清掃作業を行うインフラ型のロボットや,モバイルマニピュレータで人と同じように清掃作業を行うなど,様々なロボットシステムが参加した.
陳列廃棄タスクでは,ほぼ全てのチームがモバイルマニピュレータで参加した.大手電機メーカーが上位を占め,特に1,2位は同点,リトライ回数での決着となるハイレベルな戦いとなった.
各大会での競技の様子はYouTubeで公開している*10,*11,*12.熱戦の様子を是非ご覧頂きたい.
チーム名(所属 / 国) |
CSC of National Defense Academy (防衛大 / 日本) |
Extreme Q-ban Boys (神戸高専 / 日本) |
H3 (Human Robot Analysis Inc. / 日本) |
Happy Mini @ Girls Art Project(D.K.T. corp / 日本) |
Happy Robot (金沢工大 / 日本) |
HARChuo (中央大 / 日本) |
Hi-KCCT (日立製作所中央研究所 / 日本) |
homer@UniKoblenz (University of Koblenz / ドイツ) |
HSRL-CoR (大阪電通大 / 日本) |
KABUTOMUSHI (個人 / 日本) |
KameRider (Nankai University / 中国) |
Kobayashi-Suzuki Lab (愛知県立大 / 日本) |
MeiBlue(名城大 / Japan) |
MIRAI (J&C Business Consulting Co.,Ltd. / Japan) |
NAIST-RITS-Panasonic (奈良先端大, 立命大, Panasonic / 日本) |
OCU-KDEL(大阪市立大 / 日本) |
ROC2 (オムロン / 日本) |
ST (SINTOKOGIO, LTD. / 日本) |
TAK (首都大 / 日本) |
TCR (Connected Robotics Inc / 日本) |
TeaM Ususama (首都大 / 日本) |
TIMDA (Tamkang University / 台湾) |
U.T.T. (東芝 / 日本) |
新型コロナウィルス感染拡大の影響により,2020年10月に予定されていたWRS 2020は来年に延期された.現在,十分な感染予防対策をとりながら大会を成功させるべく,開催に向けて鋭意準備中である.
ウィズ コロナの新しい生活様式が叫ばれる中,コンビニなど小売業も大きな影響を受けた.人との接触を避けつつ経済活動を維持発展させるためにもロボット技術に対する期待がますます高まっている.WRS 2020では,さらに進化した各出場チームによるデモンストレーションにご期待いただきたい.
2004年筑波大学大学院工学研究科構造工学専攻博士課程修了.博士(工学).2004年産業技術総合研究所知能システム研究部門特別研究員.2007年首都大学東京システムデザイン学部准教授,2020年東京都立大学システムデザイン学部准教授,現在に至る.ロボット・セラピー,福祉ロボット,空間型ロボット,小売店舗の自動化の研究等に従事.計測自動制御学会,日本ロボット学会,日本機械学会,IEEEなどの会員.