Pediatric Otorhinolaryngology Japan
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Symposium 1: Starting the transition from pediatric to adult care now
Transitional support for hearing impaired children to acquire social skills
Akiko Sugaya
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2024 Volume 45 Issue 1 Pages 10-14

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Abstract

令和2–4年度に実施された厚生労働省『難聴児の支援に関する調査研究』(PwCコンサルティング合同会社)では,就学以降の難聴児のフォローアップは地域の学校やろう学校によるところが大きく,医療機関からの十分な支援が行き届いていない現状が明らかとなった.また,同期間のAMED研究『聴覚障害者の社会参加を促進するための手法に関する研究』(研究代表者:九州大学 中川尚志先生)で「聴覚障害者の就労支援・就労継続支援」の研究を実施しており,聴覚障害者は就職しても離職や転職を繰り返すことが多く,就労年齢に達してからのみではなく,就労前段階でのスキル獲得のための支援が重要と考えられた.

本稿では,こうした先行研究の内容を紹介するとともに,就学期にある難聴児における地域での多職種連携での療育の取り組みや,現在実施している就労・就労継続についてのAMED研究など,我々の取り組みについても解説する.

はじめに

現在我が国では,新生児聴覚スクリーニングによる難聴の早期発見や,生後6か月以内の補聴器およびその後の人工内耳による難聴の早期介入が定着してきており,各地域においてこうした生下時からの難聴への早期発見・早期介入のための対策が取られている.さらには進行性・遅発性難聴児に対する認識も進んでおり1),1歳半健診,3歳児健診,就学児健診等での難聴児の拾い上げなど,小児難聴に対する医学的な体制の整備は進みつつある.このように,就学前後での難聴児の診断や療育体制は比較的充実したものとなっている.しかし,特に就学期以降の難聴児のフォローアップは,地域の学校や特別支援学校,通級などに委ねられている部分が大きく,近年実施された調査2)の結果からも,学齢期に達した難聴児への医療機関からの十分な支援が行き届いているとはいいがたいのが現状である.こうした現状を改善するために,今後は各地域において,多職種連携した療育体制を整備する必要があると考えられた.

本稿のもととなる第18回 日本小児耳鼻咽喉科学会総会・学術講演会のシンポジウムでは,「今から始めるこどもから大人への移行支援」というタイトルのもと,小児医療に関わる医療者や当事者が,それぞれの立場からの移行期支援について報告した.ここでは,小児難聴に携わる立場として,過去に実施された調査報告を紹介し,就学した難聴児がどのようなサポートが必要かを検証した上で,将来就労し,かつ就労を継続するために求められるスキルやその評価方法について検討し,スキルを獲得するための対策について考察する.

難聴児の現状と課題

1.難聴児の支援に関する調査研究

先行研究として,厚生労働省の障害者総合福祉推進事業として令和2–4年度に難聴児の支援に関する調査研究(PwCコンサルティング合同会社)が行われた2).この研究期間に多くの成果が報告されたが,ここでは,令和2年度に実施された『難聴児の言語発達に資する療育に関する調査研究』の事業報告を紹介する3).この調査では,全国の難聴児・ろう児の実態を明らかにすることを目的に,1)自治体(都道府県,政令指定都市,中核市の127団体)と2)医療機関(全国の人工内耳手術,精密聴力検査,または療育を行う病院・診療所の耳鼻咽喉科等の219団体)や福祉事業所(児童発達支援事業所等の134団体)への質問紙調査と,3)医療機関,福祉機関,教育機関,行政機関が前向きに連携している5地域を対象としたヒアリング調査を行っている.

前述の1)と2)の質問紙調査の結果からは,図1に示すように,小学校高学年になるにつれて医療機関への受診や事業所の利用が著しく低下する実態が読み取れた.このため,進学した難聴児に対しては,医療機関のみではなく,地域で難聴児を支援する取り組みが必要と考えられた.また,3)のヒアリングが行われた5地域(札幌市,長野県,大阪府,岡山県,広島県)では,専門職連携教育:InterProfessional Education(IPE),多職種連携:InterProfessional Work(IPW)が実現されていることが明らかとなった.IPE/IPWで想定される参加者としては表1に示すような多くの専門職が想定されるが,こうした多くの人材を育成した上で,連携できる体制の整備が望まれる.また,地域でのこうしたIPE/IPWのネットワークを成立させるためには,1)価値観と倫理観のすりあわせ,2)コラボレーション実践における役割の明確化とリーダーシップ,3)チームワークとチームによるケア,4)多職種間のコミュニケーションの4つが考えられるとされており4),医療者に偏ることなく,多くの職種がそれぞれの専門知識をもとに難聴児に寄り添い,フォローアップしていく体制の構築が必要である.

図1 1機関あたりの利用者の年齢分布(厚生労働省調査研究)
表1 IPE/IPWで想定される参加者について

耳鼻咽喉科医師・言語聴覚士
 ・小児科,小児神経科,児童精神科(発達障害の合併など)の医師
 ・眼科(視覚聴覚二重障害など)の医師
 ・言語聴覚士:サブスペシャリティとして聴覚系,言語系,発達系等
 ・理学療法士,作業療法士(上肢の障害など)
教育職
 特別支援学,難聴学級・通常学級の教員,教員養成大学教官
聴覚補償・情報保障の専門家
 認定補聴器技能者,手話通訳士,要約筆記者
サービスコーディネーター
 保健師,相談支援員,社会福祉士,教育相談担当教諭
ロールモデルないしはメンター
 成人聾者,聴覚障害者,聴覚障害児支援団体の代弁者

2.岡山県での取り組み

ここで,1つの例として,岡山県での取り組みを紹介する.(図2)岡山県では,新生児聴覚スクリーニング後に難聴の疑いとされた児は,日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会が定めた精密聴力検査機関や二次聴力検査機関5)で精密聴力検査を受け,難聴や難聴疑いと診断された児は児童発達支援センター岡山かなりや学園での診察を受けるシステムとなっている.難聴の確定診断を受けた場合には,補聴器の適合を行い,療育を開始すると同時に,様々な福祉制度についても関連する機関と連携して導入を進めていく.補聴器装用の経過で人工内耳の適応となった児は,岡山大学病院耳鼻咽喉・頭頸部外科に紹介され,遺伝学的検査や画像検査,人工内耳手術などの医療的なサービスを受ける.さらに,術後には,岡山かなりや学園での創部フォロー,マッピング,療育を継続している.このように,就学前の段階では,岡山かなりや学園と岡山大学病院が密に連携して医療および福祉のサービスを行い,難聴児を支援している.

図2 岡山県における難聴児の療育体制について

一方,就学以降は,こうした体制から地域の学校やろう学校,児童発達支援・放課後等デイサービス事業(キッズファースト)に移行していく.地域の学校としては,難聴学級が設置されている岡山市立岡山中央小学校(旧内山下小学校)に進学する児童のみならず,近年は各学区にも難聴学級が設立されており,難聴に対する配慮を受けながら,通常学級に進学したり,通級を利用したりする難聴児も増えている.また岡山県立岡山聾学校は,「専門指導員派遣事業」を行い,県内の幼稚園から高等学校,特別支援学校に助言や支援を行っている.その他の活動としては,難聴児やその家族を対象にサマースクールを開いたり,県内の難聴児を担当する教員を対象に「聴覚障害に関する研修会」を開催したりと多様な活動に取り組んでおり,医療機関や療育機関とも密な連携体制が取られている.さらに,キッズファーストでは,主に就学以降のこうした地域の学校,通級,ろう学校に進学した難聴児に対する支援を行っている.具体的には言語・学習・コミュニケーションへの支援を集団および個別に指導しており,また近隣の施設(岡山城,後楽園,消防署など)を訪問し,地域の人々との交流も深めているのが特色である.こうした療育体制については,地域の資源に資する部分も大きく,どの地域でも同一の取り組みは難しいと考えられるが,地域の機能を学んで生活者としてのライフスキルを高めることや,地域資源を教材としたコミュニケーション場面を作ることで,挨拶や感謝など,ソフトスキルの基本となるコミュニケーションの方法について実践を通して学ぶことが目標であり,こうした実体験を通した学習が,次に述べる就労前支援にもつながることが期待される.

3.AMED研究「聴覚障害者の就労支援・就労継続支援」について

令和2年度から3年間にわたり取り組んだAMED研究『聴覚障害者の社会参加を促進するための手法に関する研究』(研究代表者:九州大学 中川尚志先生)の中で,「聴覚障害者の就労支援・就労継続支援」の研究を実施した6).この中で,聴覚障害者は聴力やコミュニケーションの状態,就労場面において必要とするサポートが個々に異なっており,それぞれの状況に応じた支援が重要であることが示唆された.また,聴覚障害者は就職しても離職や転職を繰り返すことが多く,就労支援を行うにあたり,実際の就労年齢に達してからの支援のみではなく,就労前段階での支援が重要と考えられた.

より具体的には,幼少期や学齢期の段階で,日常や学校生活を送るためのライフスキルの獲得の重要性はもちろんであるが,その後の社会生活に向けて,自立や就労を視野に入れたソフトスキル指導を行うことで,成人期以降に重要となる忍耐力(つらいことでも耐えて乗り越える力,折れない心)の習得が可能となる.我々は,こうした忍耐力を形成するのがレジリエンス,コーピング,グリットなどに代表されるストレスに対処する能力やスキルであると考えている.これらのスキルの評価のためには質問紙調査の実施や,ストレスに対処するためのコーピングリストの作成など,評価法や対処法を検証していく必要がある.さらに,就労や就労継続のためには職業上必要なハードスキルの習得も欠かせない(図3).このように将来就労し,就労を継続するためには各種スキルは非常に重要となるため,難聴児への支援には,こうした視点からの介入や支援を行う必要がある.

図3 子どもたちが就業するまでに身に着けたい技術について

今後の取り組みについて

現在実施しているAMED研究(研究代表者:岡山大学 菅谷明子)では,研究開発項目の中で,難聴児の就労前支援のために必要な要因の検証を行っており,現在のスキルの獲得状況の評価や離職・転職の要因の分析,適切なスキルの獲得のための指導マニュアルの作成を目指している.こうした指導は,難聴児が通学するろう学校や地域の学校などの教育機関や,療育施設でも取り入れたいと考えており,医療・教育・療育の各機関および多職種が連携して取り組むことを目標としている.

本研究では,13歳から30歳の現在就学し,今後就労予定である難聴児および難聴者を対象に,背景因子,Rosenbergの自尊心尺度,やり抜く力をはかるGRITスケールに加えて,コーピングスキルに関する下位領域の評価が可能な適応行動尺度(VINLAND-II)の質問紙調査を実施しており,今後は研究に参加した難聴児の就学や就労状況を確認する追跡調査も行う予定である.現在までに,当院に通院している13歳から22歳の対象者が参加しており,引き続き多施設でも対象者を拡大するとともに結果を報告していきたい.

おわりに

本稿でみてきたように,難聴児は年齢があがるほど医療機関や療育施設とのつながりが少なくなり,その後の就労に向けての適切なサポートが受けられていない現状があると考えられた.このため,今後は地域ベースでの多職種連携・協働(IPE/IPW)を考える必要がある.

就労前段階における地域での活動を通して様々なスキルを獲得し,セルフアドボカシーを身に着けることが大切であると考える.こうした方略の検証のための臨床研究も継続していきたい.

謝辞

本稿は第18回 日本小児耳鼻咽喉科学会総会・学術講演会の内容をまとめたものであり,会長を務められた守本倫子先生,座長の松永達雄先生,田中学先生,第9回アジア小児耳鼻咽喉科学会(APOG)の会長でAMED研究代表の中川尚志先生,ご支援いただいているAMEDに深謝申し上げます.また,研究に参加された難聴児とその保護者の方に感謝申し上げます.

利益相反に該当する事項:著者は日本医療開発機構(AMED)との利益相反(研究費・助成金)などを有する.

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