2024 Volume 45 Issue 1 Pages 27-32
反復性中耳炎は,通常の急性中耳炎とは異なり抗菌薬内服のみでのコントロールが困難な疾患である.抗菌薬反復投与,鼓膜チューブ留置術が選択されることが多いが,原因菌の薬剤耐性化や鼓膜穿孔残存などの合併症が問題となる.十全大補湯の治療効果を検討することを目的に2012年1月から2022年12月の期間に十全大補湯の投与をうけた反復性中耳炎小児患者14例を対象に検討を行った.十全大補湯投与前の急性中耳炎罹患頻度は平均1.31回/月であり,投与開始後1~4週では平均0.33回,5~8週では平均0.17回,9~12週では平均0.08回,12週間では平均0.58回であった.全例において12週間投与により急性中耳炎罹患頻度は減少し,治療前平均1.31/月と比べ,十全大補湯12週投与中は0.19回/月(p=0.002)と有意に減少した.反復性中耳炎に対して十全大補湯を併用することで侵襲的な治療である鼓膜チューブ留置術を回避できる可能性がある.
Recurrent acute otitis media(rAOM) in young children are on the rise globally. In otitis-prone children, the effectiveness of repeated antibiotic therapy for each new infection and prophylactic antibiotic therapy to prevent AOM relapse is quite limited, and repeated antibiotic use leads to antibiotic-resistant pathogen development. Juzen-taiho-to (JTT) is known as an herbal medicine that improves immune function. We evaluated whether JTT has a beneficial effect in children with rAOM between January 2012 and December 2022. Fourteen rAOM children took JTT for 12 weeks. The mean number of AOM episodes before JTT treatments was 1.31 times per month. The mean number of AOM episodes in each month (1M; 0–4 w, 2M; 5–8 w, 3M; 9–12 w) during JTT treatments was 0.33, 0.17, and 0.08 respectively. The frequency of AOM decreased gradually while taking JTT orally, and significantly decreased (Wilcoxon signed rank test, p=0.002) when JTT was administered for 12 weeks. JTT appears to effectively prevent rAOM in children. JTT is thought to be one of the first-choice treatments for rAOM in children, and avoiding the overuse of antibiotics would prevent the increase of drug-resistant bacteria.
小児急性中耳炎は罹患頻度の高い疾患であり,発熱,耳痛,耳漏などの症状をきたす.反復性中耳炎は6か月間に3回以上又は1年間に4回以上の急性中耳炎を繰り返すもの1)であるが,通常の急性中耳炎とは異なり抗菌薬内服のみでのコントロールが困難な疾患である.低年齢や耐性菌の存在,集団保育,低い免疫能がリスクファクターとされる2).反復性中耳炎の治療は,保存的治療として抗菌薬治療を感染の都度行う抗菌薬反復投与,手術治療として鼓膜チューブ留置術が選択されることが多い.しかし,これらの治療の問題点として,繰り返す抗菌薬治療は原因菌の抗菌薬耐性化が懸念される.鼓膜チューブ留置術は侵襲的治療であり全身麻酔が必要となる場合も多く,また合併症として鼓膜穿孔残存などが問題となる.その他の治療法として十全大補湯の使用が報告されているが,未だ治療効果についての報告は多くない.十全大補湯とは四君子湯(人参,蒼朮あるいは白朮,茯苓,甘草)と四物湯(当帰,芍薬,川芎,地黄)に桂皮と黄耆を加えた滋養強壮,免疫賦活作用をもつ生薬を含有する漢方薬であり,病後の体力低下,疲労倦怠,食欲不振,寝汗,手足の冷え,貧血などに適応がある.十全大補湯による治療効果が十分なものであれば,前述した他治療の問題点を回避できる可能性がある.
十全大補湯の投与を行った小児反復性中耳炎患者を対象に診療録調査を行い,十全大補湯の治療効果を検討することを目的とした.
北里大学病院耳鼻咽喉科において2012年1月1日から2022年12月31日の期間に十全大補湯の投与をうけた治療開始時に16歳未満の反復性中耳炎患者を対象とした.6か月間に3回以上又は1年間に4回以上の急性中耳炎を繰り返すものを反復性中耳炎と定義し,除外基準は当院受診時にすでに鼓膜チューブ留置術を受けている患者,十全大補湯を一度も内服しなかった患者,通院を自己中断終了した患者とした.
診療録を用いて後方視的に情報を収集し検討を行った.主要評価項目は十全大補湯治療前及び投与中(12週間)の急性中耳炎罹患回数とし,急性中耳炎初発年齢,集団保育と中耳炎罹患時期の関係,十全大補湯開始年齢,服薬継続期間と服薬量,治療中断となった割合,治療経過(十全大補湯治療後再発,鼓膜チューブ留置症例,中耳貯留液遷延例)についても検討した.統計解析は十全大補湯投与前と投与中(12週間)での症状及び所見につき,急性中耳炎罹患回数を月平均に換算し,統計学的有意差検定にはWilcoxonの符号順位検定を用い,p<0.05を有意差ありとした.なお,本研究は北里大学医学部倫理委員会の承認(B22-222)を得て行い,症例の同意はopt out形式を用いた.
反復性中耳炎の診断を受けたものは46例であり,全例が近医耳鼻咽喉科から鼓膜チューブ留置術目的で当科へ紹介となった症例であった.治療法の選択は,年齢や反復回数に関わらず鼓膜チューブ留置術,十全大補湯内服,抗菌薬反復投与の3種類の治療法を提示し保護者の選択により決定した.46例中29例は早期に鼓膜チューブ留置術を受け,14例は十全大補湯を選択した.抗菌薬反復投与の末に鼓膜チューブ留置術を受けたものが1例,通院を自己中断したものが2例であった.
十全大補湯の投与を受けた14例中2例が一度も十全大補湯内服をせず対象から除外となったため,本研究の対象となったものは12例(男児9例,女児3例)であった.急性中耳炎初発月齢は平均13.2か月(6~27か月),十全大補湯投与前の急性中耳炎罹患頻度は平均1.31回/月(0.57~2回/月),初診時月齢は平均16.4か月(11~28か月),十全大補湯開始月齢は平均16.8か月(13~29か月)(図1),初発から十全大補湯開始までの期間は平均4.0か月(2~9か月)であった.保育園に通園しているものは10人(83.3%)であり,保育園通園はないが年齢の近い同胞がいるものは2例であった.集団保育あり10例のうち,集団保育開始前から中耳炎に罹患していたものは1例,集団保育開始後に初めて中耳炎に罹患するようになったものは8例,詳細不明が1例であった.集団保育開始後に中耳炎罹患した症例では,集団保育開始後平均2.1か月(0~6か月)で中耳炎に罹患していた.
12例における十全大補湯の投与量は平均0.16 g/kg/day(0.15~0.2 g/kg/day),合計投与期間は平均4.8か月(3~11か月)であった.12週間において内服を中断した患者はいなかった.十全大補湯投与12週間における12例の急性中耳炎罹患回数は平均0.58回であった.4週間毎の経過では投与1~4週で平均0.33回/4週,5~8週では平均0.17回/4週,9~12週では平均0.08回/4週であり,投与期間が長期なるにつれ中耳炎罹患回数は減少する結果であった(図2).
12週間の急性中耳炎罹患回数は平均0.58回であったが,月を経る毎に罹患回数は平均0.33回/月,0.17回/月,0.08回/月と減少していた.
1か月あたりの急性中耳炎罹患頻度は十全大補湯投与前に比べ投与12週間中で全例減少した.投与前の月平均罹患回数(平均±SD)は1.31±0.47回/月であったのに比べ,12週投与中の月平均罹患回数は0.19±0.21回/月であり有意に減少した(p=0.002)(図3).十全大補湯投与開始時月齢15か月以下群(n=6)と16か月以上群(n=6)の2群間で投与前,投与12週間の急性中耳炎罹患回数を比較すると投与前は両群に差を認めないが,投与12週間では月齢16か月以上群で中耳炎罹患回数が有意に少ない結果であった(図4).
投与前に比べ,投与後12週間では有意に1か月あたりの急性中耳炎罹患頻度が減少した.
投与前は両群に差を認めないが,投与12週間では月齢16か月以上群で中耳炎罹患回数が有意に少ない結果であった(p=0.026,Mann-Whitney U検定)
十全大補湯以外の治療に関して以下に示す.十全大補湯投与前では,全例が当科受診前に紹介元医療機関で抗菌薬反復投与,鼻処置,カルボシステイン内服の治療を受けていた.全例が抗菌薬反復投与を受けており,抗菌薬使用頻度は平均1.31回/月であった.8例が鼓膜切開術を経験しており,カルボシステイン内服は6例,鼻処置は全例で随時施行されていた.十全大補湯投与中では,抗菌薬投与は平均0.19回/月であり,いずれも急性中耳炎罹患時に使用されていた.鼓膜切開を受けた症例はなかった.その他,鼻漏を認めた9例にはカルボシステイン内服,鼻処置が随時施行された.
・十全大補湯12週投与後の経過十全大補湯12週投与終了後に4例で急性中耳炎再発を認めたが,3例は8~12週の十全大補湯再投与により急性中耳炎の再発を認めなくなった.12週間の十全大補湯投与後に鼓膜チューブ留置に至ったものは2例であり,十全大補湯12週終了後に中耳炎を反復した1例と十全大補湯12週投与中に中耳炎に2回罹患したため投与終了後に鼓膜チューブ留置術を希望した1例であった(図5).12週投与後に中耳貯留液が遷延したものは3例であったが,2例は経過観察のみで鼓膜所見が正常化した.1例は通院を中断したため経過不明であった.
急性中耳炎は小児に頻繁に見られる感染症の一つであり,小児の医療機関への受診や抗菌薬投与を受ける原因である.2歳までに70%以上の子供が少なくとも1回は罹患し一般人口の5~10%に相当する小児は急性中耳炎を反復しやすく6か月に3回,1年間に4回以上の反復性中耳炎を経験する3–5).日本において急性中耳炎ガイドラインが2009年に発刊されて以降,ガイドラインの改訂も重ねられ,通常の急性中耳炎に対しては治療方法,抗菌薬の適正使用の普及により比較的容易に治療できるようになってきた.一方,難治性の反復性中耳炎に対しては抗菌薬治療の限界ともいわれ治療に難渋する状態が続いている6,7).そのリスクファクターとして,2歳未満の低年齢,集団保育,宿主の低い免疫能,原因菌の耐性化がある2).
反復性中耳炎は患児自身が耳痛,耳漏や発熱を繰り返すという問題ももちろんであるが,患児のみならず保護者の健康関連のQOLを損なうことが報告されており8),反復感染を抑制することは児及び保護者にとって有用なことであると考える.
・反復性中耳炎に対する治療法として十全大補湯反復症状改善のために,抗菌薬反復投与や鼓膜チューブ留置術が従来多く行われている治療法である.しかし,内服抗菌薬反復投与は中耳炎頻度が減少しない可能性があり9),薬剤耐性菌増加も懸念される.また,鼓膜チューブ留置は急性中耳炎罹患回数を減少させるとの報告10,11)があるが,侵襲的な治療であり鼓膜穿孔残存や鼓膜石灰化などの合併症がある.十全大補湯による治療は2007年に丸山らが0.1~0.14 g/kg/dayを3か月間投与することで治療前に比べ化膿性中耳炎の罹患回数が減少し12),十全大補湯投与後の再発症例においても再投与により効果が得られたと報告している13).2017年にはItoらが十全大補湯3か月の投与により標準的な抗菌薬投与を行ったコントロール群に比べ有意に急性中耳炎罹患頻度が減少し,抗菌薬使用頻度も減少したとするランダム化比較試験の報告をした14).これらの報告から2018年版急性中耳炎ガイドラインにおいて,十全大補湯による治療が推奨治療として記載されるようになった15).未だ十全大補湯による治療効果の報告は少ないが,本研究においても十全大補湯投与により治療前と比べ急性中耳炎罹患頻度が減少することが確認された.また漢方薬は小児において内服しにくい薬のように思われるが,本検討では14例中12例が12週間の十全大補湯内服を継続できており,また諸家の報告でも治療完遂率が高く,副作用は少ないため12,14,16)使用しやすい漢方薬である.
当科では従来反復性中耳炎児は鼓膜チューブ留置術を目的に受診しており,希望する症例には早期に鼓膜チューブ留置術を施行してきた.しかし,本検討においては十全大補湯の投与を併用することで多くの症例が鼓膜チューブ留置術を受けずに治療を終了できた.また鼓膜切開を受けた症例もいなかったことから,十全大補湯の併用はこれらの侵襲的な治療とそれに伴う鼓膜穿孔残存などの合併症を回避できる可能性がある.
・反復性中耳炎児の問題点健常児においても集団保育と低い免疫能が感染のリスクとなる.集団保育は急性呼吸器感染症のリスク・ファクターであり17),薬剤耐性菌は園児間で接触し水平伝播し園児全体の薬剤耐性菌検出率が増すこと18,19)が報告されている.本邦において集団保育は低年齢化しており,利用率は年々増加している.こども家庭庁によると1,2歳児の保育所など利用率は2013年では33.0%であったが,2023年には57.8%まで増加している20).本検討でも83%が集団保育児であり,集団保育開始後早期から中耳炎に罹患するようになっており,集団保育の存在は反復性中耳炎においても懸念すべき点である.
低年齢児の免疫に関して,山中らは2歳未満の健常児では急性中耳炎の主な原因菌である肺炎球菌,インフルエンザ菌に対する抗原特異的IgG抗体価が低く,2歳以降で上昇するが,反復性中耳炎児では健常児に比べさらに生後数年間にわたり抗原特異的IgG抗体価が低い状態が持続すると述べている7).また,Michaelらは中耳炎を繰り返す傾向にある児は「prolonged neonatal-like immune profile」であり,新生児期の抗炎症,免疫抑制傾向である免疫状態が長期間持続している状態であると提唱している.一過性の複数の免疫不全状態にあり,不十分な炎症誘発性サイトカイン応答,粘膜上皮細胞修復の低下,末梢血単核細胞のTh1細胞よりもTh2細胞優位な偏り,抗原による炎症性サイトカイン産生能力の低下,病原体抗原に対する記憶B細胞の減少と機能異常および抗原特異的IgG抗体価が低いこと報告している21).中耳炎を反復しやすい小児ではワクチンの効果が得られにくいという報告もある22).すなわち,反復性中耳炎児は自然免疫と獲得免疫の両方において免疫不全状態であり,中耳炎原因菌に対して初感染時のNK細胞やマクロファージなどによる自然免疫,再感染時の獲得免疫による対応が出来ず中耳炎発症,反復をきたしやすい状態にある可能性がある.
・反復性中耳炎に対する十全大補湯の作用,効果漢方薬の代表的な補剤の一種である十全大補湯は,消化吸収能や栄養状態を改善し,生体防御機能や免疫力を向上させるとされている.十全大補湯の作用については,細胞障害性Tリンパ球およびNK細胞の活性を高め,マクロファージによる貪食および抗体産生を刺激する23–25),マクロファージのIL-12やリンパ球のIL-2,4,5,IFN-γといった炎症誘発性サイトカインTh1サイトカイン産生を増強する26–28),自然免疫系のTLR4を介したシグナル伝達経路を選択的に制御することで生体をTh1優位な状態にシフトさせうる27),などの作用が報告されている.Th1/2バランスで見ると,十全大補湯はTh1応答を誘導し自然免疫を強化するが,自然免疫はさまざまな病原体を認識するだけでなく,Th1型サイトカインのIFN-γはIgMからIgG2aへのクラススイッチに関与し29,30),獲得免疫を誘導する際にも重要な役割を果たす.高齢者を対象にしたものであるが,十全大補湯によるインフルエンザワクチン接種後の抗体価に対する増強効果も報告されている31).十全大補湯は自然免疫の活性化のみならず獲得免疫も活性化することが期待される.Th2優位な免疫状態は2型炎症を遷延させ気道粘膜の慢性炎症をきたす可能性があるが,十全大補湯は2型炎症の重症度や粘膜リモデリングのバイオマーカーであるペリオスチンを抑制するとの報告もあり32),粘膜上皮の炎症抑制,防御機能改善にも寄与している可能性がある.
十全大補湯は自然免疫,獲得免疫が未熟であり,Th2優位な免疫状態が示唆される反復性中耳炎児に対して,Th1優位な免疫へ誘導し自然免疫および獲得免疫を強化することで反復感染を防ぎ急性中耳炎罹患回数を減少させることができるのではないかと考察する.本検討では投与1か月目から中耳炎罹患回数が減少しその後さらに軽減した結果であったことから,十全大補湯の効果は投与開始早期から認められ,継続して投与することでよりさらに効果を得られる可能性がある.投与開始の時期に関しては本検討で月齢15か月以下群と16か月以上群では月齢16か月以上群で効果が出やすい可能性が得られたが,対象となった全例で中耳炎罹患回数は減少しているため診断がついた時点で投与開始を検討するのが良いと考える.
2歳未満に多くみられ,抗菌薬加療によるコントロールが困難な反復性中耳炎に対して,十全大補湯を用いることで良好な治療成績が得られた.十全大補湯は反復性中耳炎児の未熟な免疫能を強化することで治療効果が得られると考えられる.侵襲が高く鼓膜穿孔残存などの合併症を来しうる鼓膜チューブ留置術を検討する前に,十全大補湯を従来の治療に併用することで鼓膜チューブ留置術を回避できる可能性がある.
本論文の要旨は,第18回日本小児耳鼻咽喉科学会総会・学術講演会にて発表した.
利益相反に該当する事項:なし