2024 Volume 45 Issue 1 Pages 6-9
小児慢性特定疾病をはじめ,多くの慢性疾患を抱えた子ども達が治療の進歩により成人期をむかえることができるようになってきた.このような状況の中で必要とされる成人移行支援は単なる転科ではなく,成人科への円滑な橋渡しや,慢性疾患を抱えた子どもと家族の自律(自分で決める)・自立(自分で行なう)支援を行ない自己管理能力をつけることであり,社会福祉制度の支援も含み,その子と家族の将来のために最善をつくすことと考える.しかし実際は移行支援がスムーズに行く例と困難な例がある.スムーズに行く例は成人科でも診療している糖尿病や甲状腺疾患,てんかん等であり,最も困難な例が医療的ケア児,重症心身障害児である.成人移行支援は,子どもの疾患の診断が確定した時から始まることを意識し,成長・発達段階に応じて継続的に患者と保護者に支援を行ない,特に移行が困難な例では院内外の多職種が連携して支援を行なうことが重要である.
「子どもはいつまでも子どもではない.大人になっていく」
小児期の慢性疾患をほぼ網羅していると考えられる小児慢性特定疾病は2021年11月1日時点で788疾病を含み,その患者数(0~19歳)は2020年に12万3693人となっており,0~19歳人口の0.6%およそ160人に1人の割合である1).また小児慢性特定疾病を基準とした20歳未満の小児の慢性疾患の死亡率はこの50年間で約1/5まで減少した2).このことは,さまざま疾患を抱えながら大人になる子どもが増加しているということであり,成人移行支援が新たな課題となっている.筆者が勤務している病院は,人口47.5万人の中核市にある県立病院で,小児救急拠点病院,総合周産期母子医療センター等を有する病床数557床の急性期総合病院であり,新生児科(NICUを含む)33床,小児科・小児外科40床となっている.小児科全般と小児神経と小児内分泌を担当してきた経験から成人移行支援について述べる.
当科でも10年前と比較すると,1年間の外来受診患者数約3200人のうち小児慢性特定疾病患者数が283人(8.7%)から355人(11.3%)と1.3倍増加している(図1).成人になっても小児科だけで診療を続けることが難しい小児科側の理由として,当院では小児科の対象は原則0歳から15歳(中学卒業)までであること,現在の医療制度では小児科療養指導料(外来)・小児入院医療管理料が請求できるのは15歳未満(小児慢性特定疾病の入院は20歳未満)であること等があげられるが,最も大きな理由は,成人特有の疾患,癌,脳血管障害・心筋梗塞などの急性期治療,妊娠・出産に小児科は対応が困難な点である.患者側としては,小児科外来は赤ちゃんや小さな子ばかりで違和感を持つことや相談内容が年齢とともに変化していくことである.相談内容の変化は具体的には,幼児や小学生は,てんかんでは予防接種が可能かプールに入ってよいか等,1型糖尿病では遠足や運動会の時のインスリン量の調節等,またいずれの疾患でも宿泊を伴う運動部の遠征や修学旅行などに参加できるかなど学校生活に関連する事項が多い.それが思春期になってくると,将来 運転免許を取得できるか,一人暮らしが可能か,夜勤が可能か,妊娠・出産が可能か,さらに小児慢性特定疾病終了後の医療費についてなど成人後の生活に関連する事項が多くなるため,成人科での対応が適切と考える.
小児科では患者をいつまでも〇〇ちゃん,〇〇君と呼んで子ども扱いすることが多いが,患者の中にも自分の受診にもかかわらず毎回,保護者に連れて来られていると思っていたり,長年通院しているのに病気のことが実はよくわかっていなかったり,診察室で主治医と保護者だけが話をするということがある.成人移行支援は単なる転科ではなく,患者と家族の自律・自立支援を行ない自己管理能力を身につけることである.しかし本人の性格や理解度,保護者の意向もあるため全員同じ時期から同じ方法で行うことは難しい.これまでも成人移行例は常時あったが,知的障害がなければ高校を卒業し専門学校や大学進学のために他県へ転居を機会に成人科へ移行することも大きな問題はなかった.しかし数年前から成人期を迎える慢性疾患の患者が増えてきたため,最近は中学卒業をめやすに成人移行支援(自律・自立支援)を心掛けている.めざす自律・自立とは,自分の病名を知っている,人に自分の病気の説明ができる,薬の名前や量を知っている,服薬管理ができる(地震や水害なども想定して),受診の際に自分で説明できる,日常生活で気をつけることがわかっている,将来の職業や資格取得が可能か自分で確認する,自分で体調管理して予定外に学校や仕事を休まないようにする,受診の予約時間を守る,定期と緊急時でどこを受診すればいいかわかっている,将来の自分の生活がイメージできる等と考える.たとえばターナー症候群では,日本小児内分泌学会が作成した「ターナー女性の健康管理手帳(Health Care Book)」を中学生の間に渡し,小児科での診療が終わったあと,成人科に転科しても自分で合併症に注意し必要な検査を受け健康状態を管理する必要があることを説明している.また,定期的に県や市が開催している小児慢性特定疾病の先輩患者さんと交流する機会には積極的に参加するように勧めている.当院には移行支援チームはないが,小児科の看護師,患者総合支援センター(医師,看護師,医療ソーシャルワーカー,小児在宅コーデイネーター,社会福祉士などで構成され,地域医療連携や小児在宅医療などに対応する)と協力して行っている.しかし実際は,成人移行支援がスムーズに行く例と困難な例がある.
移行する診療科が明瞭で,成人科でも共通して診療する疾患は移行支援がスムーズに行く.1型糖尿病,甲状腺疾患(バセドウ病,橋本病,先天性甲状腺機能低下症),てんかん等で,代表例は1型糖尿病である.1型糖尿病は膵臓のβ細胞が破壊されるためインスリン注射が必須である.日本の14歳以下の発症率(/10万人)は2.25と少ない3).当科で経験した1型糖尿病初発症例数は2002年~2022年(21年間)に59人(0~14歳)で,6歳以下の乳幼児が26人(44%)であった.治療の原則は血糖測定とインスリン注射である.血糖測定は指先を穿刺し米粒の半分程度の血液で簡易血糖測定器を用いて1日4~8回行うが,幼児でも自分で可能となる.インスリン皮下注射は乳幼児では1日2~4回保護者が行うことが多いが,小学校入学前にインスリン自己注射へ変更する.治療法の進歩により2歳から,CGM(連続皮下グルコース濃度測定)で血糖値の変化をグラフにして視覚的に確認することやインスリンポンプを装着し必要なインスリン量をボタン操作で注入することも可能となった.さらに大分県では1986年から毎年,小児糖尿病サマーキャンプが開催されており,保護者も患者も自分と同じ病気と考えをもつ仲間に出会うことで,インスリン自己注射ができるようになったり,インスリンポンプに変更を希望したり等,血糖コントロールに意欲的に取り組むようになることが多いので積極的に参加を勧めている.また移行支援がスムーズに行く例に知的障害がないてんかんがある.小児のてんかんは,自然終息性が多く,中学校を卒業するまでに内服治療も中止し再発なく終診となる例もある.しかし,発作は少ないが中学生になっても抗てんかん薬を内服中の症例や,抗てんかん薬を内服していれば発作はおこらないが減量すると高率に再発する病型,発作抑制が困難な病型があり,これらは引き続き成人しても治療が必要となることが多いため移行支援が遅くならないようにしている.てんかんは,発症時から,どの年齢でも,怠薬と睡眠不足と発作による溺水(川,海,プール,入浴)に注意するように指導している.また年齢やてんかん病型によってTV,ゲーム,スマートフォンの使用や外出時,自転車使用についての注意点を指導している.宿泊学習や修学旅行を機会に自己管理を促す.中学生になったら,自分が将来めざす職業や資格取得がてんかんで可能か調べるように勧める.以上の1型糖尿病,甲状腺疾患,知的障害がないてんかんは中学卒業までをめやすに移行支援を行い,適宜 保護者や患者本人に将来についての不安や疑問がないか聞きながら解決していき高校生からは成人科に送り出している.移行先の成人科については,本人と保護者の希望をきき,当院の地域医療連携室を経由して調整しているが,総合病院でも専門医クリニックでも移行は問題なく,患者自身も小児科を卒業して成人科へ移行することで自分の成長を感じている様子である.
一方,成人科への移行も移行支援も困難な例が医療的ケア児や重症心身障害児である.特に重症になるほど患者自身に自律・自立支援を行うことはむずかしく保護者が対象となる.当院は総合周産期母子医療センターがあり小児救急拠点病院であることから,先天異常症候群,重症新生児仮死後や事故,急性脳症の治療後の患者の中に医療的ケア児や重症心身障害児が存在する.医療的ケア児とは,酸素,吸入・吸引,気管切開,人工呼吸器,胃瘻,導尿,透析などの医療的ケアが日常的に必要な子ども達で必ずしも寝たきりとは限らず,歩いて通学が可能な子どももいる.ここで,なんとか移行できた重症心身障害児の1例を提示する.在胎27週,1352 gで出生した双胎間輸血症候群の後遺症で重症心身障害児となった.当科と自宅が約60 Km離れており,支援学校高校在学中に成人移行支援を進めていき,かかりつけ医は引き続き近医小児科,医療費制度,身体障害者手帳,療育手帳,生活補助具,デイサービスやショートステイ先などを保護者と確認できたため20歳で障害基礎年金の書類を作成して,希望した地元の個人病院の神経内科へ転院して移行支援完了の予定とした.20歳で体重14 kgと小さかったが,自発呼吸で経口摂取も可能,肺炎の既往もなく医療的ケアもない,てんかんは短い発作が時々みられる程度で時間外の緊急受診もなかった.移行先にはてんかん治療の継続だけの依頼で診療情報提供書を作成し,事前に当院の地域医療連携室を経由して転院の打診をしたところ手一杯と断られ,別の神経内科,脳外科の2病院からも断られ,最終的に入院病床をもつ個人病院内科に受け入れていただいた.移行には地域医療連携室を含む患者総合支援センターに調整を依頼して実現した.成人科は臓器別のシステムになっており当院が急性期病院ということもあって,基礎疾患や後遺症で多臓器にわたる問題をかかえる患者では院内でも,その患者の問題の一部しか成人科に移行できないことが多い.さらに,このような患者が発熱した等の際に近医を受診しようとしても,成人診療をしているクリニックは臓器別専門医としてのクリニックが多いため,成人診療のかかりつけ医を探すのは難しい.最近,訪問診療を行う在宅医が徐々に増えていることや2021年に医療的ケア児支援法が成立し県に開設された医療的ケア児支援センターで,医療的ケア児(年齢制限なし)に対応可能な医療機関の情報を得ることができるようになった.在宅医がすべて総合診療医ではないと思われるが,当院の患者総合支援センター内の成人担当者や訪問看護師などの情報を共有し,各患者ごとに保護者の意向を確認して,基礎疾患まるごとの主治医としての移行か,あるいは日常診療のかかりつけ医としての移行か等を検討中である.課題として入院が必要となった場合の受け入れ先の問題が残るが,これも関連する院内の成人科や移行先のかかりつけ医と積極的な連携が必要と考えている.
たとえ「寝たきり」であっても一律に考えて欲しくないと保護者は思っている.また保護者が若いうちは,患者の急変時は,心肺蘇生術を含め,できることはすべてして欲しいと訴えることが多い.それは,先天性疾患や周産期異常が原因の場合,この子には親としてできるだけのことをしてやる責任があると思っていることが多く,一方,事故や急性脳症の後遺症が原因の場合,この子は以前は全く元気な普通の子だったという思いがあることを理解する必要がある.しかし保護者が年齢を重ねると,この思いは変わっていくことがある.保護者たちは日常的に多くの負担を背負っており,だんだん体が大きくなっていく子どもの毎日の生活介護,受診,危機管理などで慢性的な睡眠・休息不足に陥り,自身の時間やエネルギーの多くを患者に費やす生活を長年送っていることに目を向ける必要がある.
先天性の要因で重度の脳性麻痺と重度の知的障害があり寝たきりでてんかんがある高校1年生である.医療的ケアは口腔内吸引のみで,てんかん発作は落ち着いており3ヶ月毎に当科通院中であった.患者の自宅から当科まで約70 Kmと遠く,支援学校もリハビリセンターも遠く,移動はすべて母によるが,母は車の運転が苦手で,しかも他人が自宅に入ってくることにストレスを感じる方であった.乳児期は誤嚥性肺炎で自宅近くの市民病院小児科に入院を繰り返していたが1歳から経管栄養と嚥下リハビリを行ない4歳から全量を経口摂取可能となり誤嚥性肺炎もおこさなくなった.しかし中学生になって食事中のむせが増え,発熱回数も増えて,嚥下造影検査で梨状陥凹に造影剤が残留し嚥下後にごく少量づつ気管内にむせを伴わず落ち込む所見があり中学2年生の時に当院小児外科で胃瘻造設術と噴門形成術を受けた.術後の経口は舐める程度として発熱することはなくなった.退院後は小児外科から自宅近くの市民病院へ胃瘻交換を依頼し初回交換は市民病院内科を受診して行われた.その際,医師から今後は自宅訪問で胃瘻交換すると告げられ母は驚いたが新型コロナウイルス感染流行時期であったことから訪問を承諾,看護師2人も同行し必要物品を持ってきてくれたことから負担軽減を実感した.これを契機に中学3年生から訪問看護,訪問リハビリも開始され,成人移行についても主治医から保護者と話し合うようにした.医療費制度や書類などを確認し当科より自宅に近い重症心身障害児・者の病床を有する国立病院小児科に地域医療連携室を通して移行の打診をした.また院内外の多職種による支援カンファレンスを実施.参加者は支援学校教師,市役所福祉課職員,相談支援専門員,リハビリセンター療法士,放課後デイサービス職員,訪問看護師,訪問リハビリ職員,当院の小児在宅コーデイネーターなどであった.国立病院から受け入れ可能と返事があり,高校1年生で移行した.当科終診時,保護者は「落ち着いているので,これといって困ることも質問もありません」と笑顔で言われた.
1.成人移行支援(自律・自立支援)は,慢性疾患を抱えていても,その子らしい生活が送れることをめざしている.
2.成人移行支援は,あらかじめ移行の年齢のめやすを伝え,成長・発達に応じて,早い段階から移行を話題として支援を行うことが重要である.
3.成人移行支援が困難な重症心身障害児等は,患者ごとに保護者の意向も入れて,在宅医や院内の関係各成人科と連携し,院内外の多職種による幅広い支援が必要である.
利益相反に該当する事項:なし