2024 Volume 45 Issue 2 Pages 106-110
軟骨無形成症は,稀な骨系統疾患で,四肢短縮型低身長,特徴的な顔貌,三尖手など特異な臨床像を呈する.本症は,常染色体顕性遺伝形式をとりFGFR3遺伝子の機能獲得型変異により内軟骨性骨化が傷害されることにより発症する.本症の治療法として成長ホルモン治療や下肢延長術が行われてきた.近年では軟骨細胞増殖作用を有する治療法が開発されてきている.日本では,FGFR3による軟骨細胞増殖抑制シグナルを抑制する効果を持つボソリチドが2022年に保険適用となった.
本疾患の耳鼻咽喉科的合併症には,睡眠時呼吸障害(中枢性,閉塞性,混合性)や中耳炎,伝音性難聴がある.特に大後頭孔狭窄は中枢性睡眠時無呼吸との関連があり,乳幼児の生命を脅かす最も注意すべき合併症である.一方,閉塞性睡眠時呼吸障害に対しては耳鼻咽喉科的外科治療が行われるが,術前のみならず術後の睡眠時呼吸障害の評価が必要である.
軟骨無形成症(Achondroplasia: ACH)は,稀な骨系統疾患で,その発症頻度は1/20,000–30,000出生である.本症は①四肢短縮型低身長,②特徴的な顔貌(相対的に大きな頭蓋,前額部突出,頭囲拡大,顔面正中部の低形成,鼻根部陥凹,下顎突出),③三尖手などの典型的な臨床像を呈する.診断基準は,上記3つの臨床像に加えて,単純X線検査で特徴的なレントゲン像が確認できれば診断可能であり,生化学的検査や遺伝子検査は不要である(表1)1).本症の骨所見としては,太く短い管状骨,幅広く辺縁不正で盃状変形(カッピング)を呈する長管骨,大腿骨頸部短縮,腓骨長>脛骨長,腰椎椎弓根間距離の狭小化(L4/L1<1.0),坐骨切痕狭小化,シャンパングラス様小骨盤腔などが挙げられる.これらの所見の一部は出生時から確認することができる(図1).本邦における成人身長は,男性130 cm,女性125 cm程度であり重度の低身長を呈する.従って日常生活においては大きな支障を来たす.更に本症では低身長に加えて大きな頭部,短い手足,胸腰椎後弯などの骨格異常のため特異なプロポーションを有する.低身長改善のために成長ホルモン治療や下肢延長術等が行われてきたが,これらの治療は,プロポーションの改善に乏しく,治療効果は限定的である.また治療に伴う合併症などもあり,必ずしも患者らが十分満足できるものではなかった.本症は軟骨細胞の増殖障害に起因する疾患であるため,軟骨細胞増殖を促進する治療法が開発されつつある2).これらの新しい治療法には低身長に加えてプロポーションの改善や本症に伴う様々な合併症の軽快をもたらす可能性がある.また,本症は頭頸部の解剖学的特徴に伴う睡眠時呼吸障害,伝音声難聴,中耳炎などの耳鼻咽喉科領域の合併症を高頻度に伴うため,耳鼻咽喉科医との密な連携が必要である.
A. | 症状 |
1 | 近位肢節により強い四肢短縮型の著しい低身長(−3 SD以下の低身長,指極/身長<0.96の四肢短縮) |
2 | 特徴的な顔貌(頭蓋が相対的に大きい,前額部の突出,鼻根部の陥凹,顔面正中部の低形成,下顎が相対的に突出):頭囲>+1 SD |
3 | 三尖手(手指を広げた時に中指と環指の間が広がる指) |
B. | 検査所見 |
単純X線検査 | |
1 | 四肢(正面)管状骨は太く短い,長管骨の骨幹端は幅が広く不整で盃状変形(カッピング),大腿骨頸部の短縮,大腿骨近位部の帯状透亮像,大腿骨遠位骨端は特徴的な逆V字型,腓骨が脛骨より長い(腓骨長/脛骨長>1.1,骨化が進行していないため乳幼児期には判定困難) |
2 | 脊椎(正面,側面)腰椎椎弓根間距離の狭小化(椎弓根間距離L4/L1<1.0)(乳児期には目立たない),腰椎椎体後方の陥凹 |
3 | 骨盤(正面)坐骨切痕の狭小化,腸骨翼は低形成で方形あるいは円形,臼蓋は水平,小骨盤腔はシャンパングラス様 |
4 | 頭部(正面,側面)頭蓋底の短縮,顔面骨低形成 |
5 | 手(正面)三尖手,管状骨は太く短い |
C. | 鑑別疾患 |
骨系統疾患(軟骨低形成症,変容性骨異形成症,偽性軟骨無形成症など.臨床症状,X線所見で鑑別し,鑑別困難な場合,遺伝子診断を行う) | |
D. | 遺伝学的検査 |
線維芽細胞増殖因子受容体3型(FGFR3)遺伝子のG380R変異を認める | |
〈診断のカテゴリー〉 | |
Definite:Aのうち3項目+Bのうち5項目全てを満たしCの鑑別すべき疾患を除外したもの.または,Probable,PossibleのうちDを満たしたもの | |
Probable:Aのうち2項目以上+,Bのうち3項目以上を満たしCの鑑別すべき疾患を除外したもの | |
Possible:Aのうち2項目以上+Bのうち2項目以上を満たしCの鑑別すべき疾患を除外したもの |
(指定難病276:http://www.nanbyou.or.jp/entry/4571)
軟骨無形成症診療ガイドライン1) 2019.1.11公開
本症の疾患責任遺伝子は4p16.3に位置するFGFR3(Fibroblast growth factor receptor 3)で,患者の約99%にp.Gly380Arg機能獲得型ミスセンス変異が認められる.本症は常染色体顕性遺伝の遺伝様式をとるが,80–90%の患者がde novoであり健常な両親より出生する.FGFR3は,FGF18あるいはFGF19と結合し,自己リン酸化するとともに,その下流の細胞シグナル伝達物質を活性化する.その経路には,軟骨細胞肥大化を抑制する経路(Raf/MEK/ERK)と軟骨細胞増殖を抑制する経路(Stat1を介する)がある.従って,FGFR3機能獲得型変異により患者の軟骨細胞肥大化と増殖は恒常的に抑制される2).
ヒトの骨化には,軟骨が骨組織に置換される内軟骨性骨化と,結合組織が骨化する膜性骨化の過程がある.長管骨,頭蓋底部,脊椎,骨盤などは内軟骨性骨化により骨化する.本症では,内軟骨性骨化が障害されるため上述の典型的な臨床像を呈する.
日本ではACHに対して成長ホルモン治療が保険診療で認められている.骨端線閉鎖を伴わない低身長患者に対して成長ホルモン(ソマトロピン)を0.35 mg/kg/週を6–7回に分けて皮下注射する.本邦からの報告では,成長ホルモン治療による獲得身長は3.0~3.5 cmであり,患者の期待する十分な身長を得ることはできない3).整形外科的治療として下肢延長術がある.この治療では,観血的手術により下肢に創外固定器具を装着し,少しずつ下肢を延長することで~20 cm程度(大腿骨,脛骨の延長を合わせて)の身長を獲得できるが,骨を1 cm伸ばすのに約30日を要する4).この治療は,治療期間が非常に長期にわたることに加え,感染症,筋肉拘縮,創外固定器具抜去後の骨折などの合併症を伴うことがある.したがって本邦では12歳以上の患者に対して,本人の同意を確認してから行われることが多い.上記の治療法は,いずれも根本治療ではないため,本症における特異なプロポーション改善効果は乏しい.
新しい治療法これまでの研究で軟骨細胞増殖に関与する様々な分子が同定されてきている.またFGFR3変異による軟骨細胞増殖抑制が本症の原因であることから,近年それらを標的にした治療薬の開発が進んでいる2).本邦ではCNP類縁体であるボソリチドによる皮下注射(毎日)が2022年より保険診療で認められている.ボソリチドは,Na利尿ペプチド受容体Bに結合し,FGFR3による軟骨細胞増殖抑制シグナルを抑制することで軟骨細胞増殖を促進する作用がある.52週間の観察期間での成長率は,プラセボ群に対してボソリチド群が+1.75 cm/年であったと報告されており,身長改善に期待が寄せられている5).ボソリチド以外に,可溶性FGFR3を用いてFGFの結合阻害する方法,抗FGFR3抗体でリガンド結合を阻害する方法など複数の治療方法が開発されている2).これらの治療法は,軟骨細胞増殖や肥大を促す作用があるため,低身長のみならず本症の特異的プロポーションや合併症の改善にも期待が寄せられている.
安全管理患者の日常生活における安全管理も大切である.ACHでは頭部が非常に大きいため乳児期の患児を臥床させると,頸部が前方に屈曲し気道閉塞を起こしやすい.また幼児期以降の患児ではチャイルドシートに座った際も同様に気道閉塞が容易に起きうる.そのため当院ではリハビリ科と協力してウレタン素材などを利用し,頭頚部屈曲予防策を行っている(図2).また乗用車で移動の際は,児の隣に保護者が座り観察しながら移動するなどの助言も大切である.
本症の耳鼻咽喉科的合併症として,睡眠時呼吸障害(中枢性,閉塞性,混合性),慢性・反復性中耳炎(2歳までに90%が経験),伝音性難聴(成人の有病率50%)等がある.これらは,頭頸部を形成する骨の内軟骨性骨化が障害されることに起因する.小児の大後頭孔は,いくつかの骨とそれらをつなぐ軟骨結合組織より形成されている.ACHでは大後頭孔を形成する軟骨結合組織の増殖肥大障害に加えて,結合組織の早期閉鎖などにより大後頭孔狭窄が生じると考えられている.実際ACH患者のCT画像では軟骨結合の早期閉鎖が観察されている.そのためACH患者において頚髄延髄結合部の脊髄圧迫は,高頻度に認められる.大後頭孔狭窄は中枢性睡眠時無呼吸との関連があり,乳幼児の生命を脅かす最も注意すべき合併症であり,本症における乳幼児突然死の死亡率は7.5%と高い.従って,乳児では1歳まで3–4カ月ごとに,その後3歳までは3–6カ月毎に大後頭孔狭窄を評価することが望ましい.特に生後3–6カ月までは繰り返しMRIを実施することが推奨されている6).大後頭孔狭窄に対しては脳外科的に除圧術が可能であるが,難易度の高い手術であり手術自体もリスクを伴う.2021年,Cheungらにより大後頭孔狭窄の客観的評価としてAchondroplasia foramen magnum score(AFMS)が発表された7).AFMSは,狭窄の程度,髄液還流の程度,脊椎軟化症の有無などをもとに0–4点(最重症4点)で評価される.Apnea and hypopnea index(AHI)が重症である患児において,AFMS 3–4点である確率は90%である.ただしAHIが低値であっても大後頭孔狭窄を否定できないため,定期的なMRI評価は必要である7).
またACHでは顔面中央低形成,後鼻腔狭窄,小顎等の解剖学的特徴に加え,相対的アデノイド肥大,扁桃肥大,巨舌,顎関節可動域低下等もあり,閉塞性睡眠時呼吸障害を合併しやすい.診断基準によりばらつきはあるが,その頻度は10–85%と一般小児の頻度(1–4%)と比較してかなり高い8).そのため耳鼻咽喉科的な上気道領域の手術が必要となる患者は多い.特に留意すべき点として,アデノイド摘出術のみでは,閉塞性睡眠時呼吸障害が改善せず再手術を必要とする症例が多いことである.一方,アデノイドおよび扁桃摘出術を併せて行った場合には,再手術の必要性が低いことが報告されている(表2)9).別の研究では,小児ACH患者(中央値年齢3.9歳)にPoly(somno)graphy(PSG)を実施したところ,耳鼻咽喉科的手術経験者の66%にPSG異常が見つかっている10).この研究では,重度閉塞性AHIを示した症例は,全て7歳未満であり,その中には耳鼻咽喉科的手術経験者も含まれていた.しかし扁桃摘出術が行われている症例では重度閉塞性AHIと診断された症例はいなかった10).以上のデータより,ACHにおいては,閉塞性睡眠時呼吸障害と診断され手術を行った後も,PSGによる評価が必要であり,閉塞性睡眠時呼吸障害に対しては扁桃摘出術も合わせて実施することが良いと考えられる.幼児ではアデノイド肥大が生じやすいが,年長児では扁桃肥大をきたしやすいという特徴もあるため,幼児期に手術を行った症例に対しても扁桃摘出が可能となる7–8歳頃まではPSGを用いた呼吸障害の評価するのが望ましい.
初回手術方法 | アデノイド摘出術 | アデノイド+扁桃摘出術 |
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再手術が必要となった症例(%) | 9/10(90%) | 3/22(13%) |
Sisk EA, Otolaryngol Head Neck Surg 1999; 120(2): 248–254より著者作図
ACHは,特異な臨床像を呈する骨系統疾患で常染色体顕性遺伝形式をとる.従来成長ホルモン治療や下肢延長術などが実施されてきたが,近年は,軟骨細胞増殖促進作用に注目した根本的治療法が開発されてきている.本邦でもボソリチドが保険適応となった.ACHでは,頭頸部の解剖学的異常に起因する睡眠時呼吸障害などの耳鼻咽喉科的合併症の頻度が高い.特に大後頭孔狭窄は,中枢性睡眠時無呼吸や突然死のリスクであるため,乳児期から定期的な画像とPSGを用いた睡眠時呼吸障害評価が必要である.また,本症では閉塞性睡眠時呼吸障害の頻度が高いため耳鼻咽喉科的外科手術を必要とする患児は多い.上気道領域の外科的治療に際しては,術前のみならず術後も,定期的なPSGによる睡眠時呼吸障害の評価が必要である.
利益相反に該当する事項:なし