2024 Volume 45 Issue 2 Pages 164-169
ハーラーマン・ストライフ症候群は先天性の疾患で,特徴的な顔貌(小顎・小さな鼻),均整の取れた低身長,薄い毛髪,眼症状(小眼球症・先天性白内障等)などを特徴とする.小顎のため睡眠時無呼吸を合併することがあるが発症時期が小児期とは限らない.今回ハーラーマン・ストライフ症候群である成人女性が高血圧を指摘された.背景に小顎があり,終夜睡眠ポリグラフ検査を行ったところ睡眠時無呼吸の診断となった.その後CPAP療法(CPAP: Continuous Positive Airway Pressure)を開始したところ血圧コントロールが良好となった.ハーラーマン・ストライフ症候群は稀な疾患であり,治療前後の終夜睡眠ポリグラフ検査結果や特徴的な顔貌などとともに診断の経緯や治療経過について報告する.
Hallermann-Streiff syndrome (HSS) is a rare congenital syndrome with micrognathia, beak nose, proportional short stature, hypotrichosis, microphthalmia and bilateral congenital cataracts. The upper airways narrowing due to micrognathia may lead to sleep apnea, not only in childhood but in later.
We report a case of HSS diagnosed as hypertension coming of age. Suspected sleep apnea because of her micrognathia, the polysomnography (PSG) confirmed sleep apnea. CPAP therapy produced a good response for hypertension as well as sleep apnea.
Here, we give an overview of diagnostic process and treatment course with a PSG report and the distinctive facial features.
ハーラーマン・ストライフ症候群(Hallermann-Streiff syndrome: HSS)は,特徴的な顔貌(小顎・小さな鼻),均整の取れた低身長,薄い毛髪,眼症状(小眼球症・先天性白内障等)を特徴とする先天性の疾患で,小顎のため睡眠時無呼吸を合併することがあるが,その治療経過についてはほとんど報告がない.今回,新生児期にHSSと診断されたのち,成人期に閉塞性睡眠時無呼吸(Obstructive Sleep Apnea: OSA)を併発し,CPAP療法(Continuous Positive Airway Pressure:持続陽圧呼吸療法)を開始したところ無呼吸とともに血圧のコントロールも良好となった症例を経験した.OSA診断の経緯とOSA治療経過について報告をする.
症例:26歳,女性 身体情報:身長127.2 cm,体重42.5 kg
主訴:睡眠中のいびき
既往歴:先天性白内障にて水晶体摘出術(0歳時),先天性緑内障にて緑内障手術(0歳時),部分性無歯症,アレルギー性鼻炎の既往なし.
生活歴:52歳父,51歳母,28歳姉,24歳弟,20歳妹と祖父母との8人暮らし.
家族歴:父と祖父母が高血圧,脂質異常症.本人以外にHSSはなし.
現病歴:生後まもなく特徴的な顔貌や眼科疾患の併存からHSSと診断された.顎顔面は小顎を認めるも新生児期から乳児期に呼吸障害や哺乳障害のエピソードはなく,小児期も呼吸器感染症を繰り返さず過ごしていた.いびきについては3歳ごろ家族が気付くも放置,その後,思春期に体重が増加するといびきが目立ったがそれでもいびきで受診することはなかった.24歳時,高血圧の指摘あり.その頃偶然参加したHSSの家族会にて高血圧とOSAの関連性やその可能性を初めて知り,X年8月,睡眠医療センター受診となった.これまで先天性緑内障のために定期的な眼科通院をしていたが,小児科や内科で定期的なフォローを受けておらず,かかりつけ医をもたないまま過ごしていた.睡眠障害について,入眠困難なし,夜間中途覚醒は0から1回,熟眠感の低下は軽度あり,日中傾眠は時にある程度で起床時口渇も毎日ではなかった.また鼻閉の自覚はなかった.
所見(初診時)ESSスコア(Epworth Sleepiness Score)日本語版:日中の眠気の指標となるESSは6/24点でcut off値を下回っていた.
鼻腔通気度検査:吸気100 Paの鼻腔抵抗値は0.23 Pa/cm3/sec.と正常範囲内であった.
顔貌と咽頭腔所見(図1):小顎・小さい鼻・薄い口唇を認めた.口蓋扁桃肥大は認めないが口蓋弓が咽頭後壁に近接し咽頭狭窄を認めた.
上段(顔の正・側面):著明な小顎.下段(咽頭所見):口蓋扁桃肥大は認めないが口蓋弓と咽頭後壁が近接しており咽頭狭窄を認めた.
側面セファログラム(図2):上下顎ともに劣成長があり舌根部が背側へ偏位していた.
セファロ分析ではSNA(上顎突出度)74.2°,SNB(下顎突出度)70.8°,ANB(下顎後退度)2.6°であった.頭蓋骨に対して上下顎ともに劣成長がある.咽頭腔が前後で狭小していることがわかる(白矢印上:軟口蓋レベル,下:舌根レベル).
咽頭腔の前後狭窄が軟口蓋と舌根のレベルで認めた.
オルソパントモグラム(図3):永久歯は24本中6本のみで,先天性欠損と考えられた.
●は永久歯を示す.乳歯は上顎左右各2本,下顎右3本と左2本残存していた.
明らかな鼻中隔湾曲は認めず総鼻道に左右差なし,上顎洞陰影なし.
終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG)(図4):X年8月に行った.終夜にわたり閉塞性無呼吸と低呼吸が繰り返され,著明なSpO2低下を認め,AHI(Apnea Hypopnea Index:無呼吸低呼吸指数)は88.9回/時であった.終夜にわたり頻回に覚醒し,深い睡眠はほとんどみられなかった.
終夜にわたり無呼吸(OA:*1)と低呼吸(HYPO:*2)が繰り返し出現し,SpO2(*3)が著明に低下した.睡眠経過では頻回の覚醒(WK:*4)があり,浅睡眠(N1:*5)が多い状態であった.
診断:閉塞性睡眠時無呼吸(重度)
治療:小顎と咽頭腔狭窄によるOSAであり,外科的治療も検討されたが,まずはX年10月,CPAP療法を開始した.機種はAirSense TM10を選択し,設定圧を4–8 cmH2Oとして開始した.小顎と短頭のためマスクフィッティングは事前に何度も検討を行った.マスクの安定が最も得られるものとして,AirFit TM N20のSサイズを選択した(図5).
マスクにより側方からみたベルトの高さに違いがあり下顎からなるべく遠い位置で固定されるものを選択した.
経過:CPAP療法開始後,起床時の熟眠感が出現した.開始から1か月目のCPAP治療レポートによると使用率84%,平均使用時間7時間と使用状況が良好で,AHIが3.4回/時に減少した.マスクリークは31 L/分と許容範囲内であった.ESSスコアは治療前6点から3点とさらに低値となった.以上よりCPAP治療は適切と判断され治療継続となった.外科的治療については顎骨手術や咽頭形成術も検討されたが,挿管困難が予想されること,本人及び家族に希望がないこともあり施行されなかった.
CPAPタイトレーション(図6):X+1年1月,開始から3か月目に再度PSGを行った.診断時と比べ,閉塞性無呼吸や低呼吸が減少し,それに伴いSpO2低下の頻度にも改善がみられた.終夜を通して睡眠構築は深く安定した.治療前後の睡眠パラメータを表1に示す.AHIのみならず覚醒指数や酸素飽和度低下指数(3%)も低値となっていることが客観的に示された.
終夜にわたり無呼吸(OA:*1)と低呼吸(HYPO:*2)が著明に減少し,SpO2(*3)低下もほとんどみられなくなった.睡眠は深くなり頻回に認めていた覚醒(WK:*4)も明らかに減少した.
初回 | 治療中 | |
---|---|---|
AHI(回/時) | 88.9 | 11.1 |
閉塞型(回) | 137 | 50 |
中枢型(回) | 1 | 1 |
混合型(回) | 10 | 10 |
低呼吸(回) | 252 | 14 |
3%ODI(回/時) | 82.9 | 10.7 |
覚醒指数(回/時) | 85.8 | 13.3 |
血圧への影響とその後の経過:CPAP療法開始前後の血圧変化を図7に示す.CPAP療法開始後に血圧は治療前160/129 mmHgから治療後135/92 mmHgと降圧を認めた.その後5年以上経過するが,CPAP使用状況良好のままAHIもコントロールできている.
診察時に行った血圧測定値を示す.家庭血圧はCPAP導入前で収縮期が130~150/拡張期が80~100であったが,導入後に収縮期100前後,120を上回ることがなくなったとのことであった.
HSSは先天性白内障,特徴的な顔貌や低身長を主徴とする症候群で,眼・下顎・顔症候群(oculo-mandibulo-facial syndrome)とも呼ばれる1).顔貌の特徴には小顎・狭い鼻堤があり,均衡のとれた低身長,疎な毛髪,小眼球症や先天性白内障等の眼症状が併存する.精神発達遅滞は15%にみられる2).全国では30~50名程度の患者が存在すると推定されている.原因遺伝子のみならず家族性や性差も不明で,詳細がほとんどわかっていない疾患である.同じく先天性疾患である眼・歯・指異形成症は本症と類似しているが指趾奇形の有無で鑑別される.眼・歯・指異形成症と比較して本疾患の特徴を表2に示す3).稀ではあるがいくつか特徴的な所見が容姿にあり診断については新生児期やもしくは乳児期に可能である.
眼・下顎・顔症候群 | 眼・歯・指異形成症 | |
---|---|---|
臨床症状 | 小顎症・狭い鼻堤 眼症状 (小眼球・先天性白内障) 歯牙欠損・皮膚の菲薄化 | |
指趾奇形 | なし | あり |
原因遺伝子 | 不明 | GJA1遺伝子 |
疫学 | 全国で30–50名 | |
精神発達遅滞 | 合併約15% | 合併約50% |
小顎は先天性の顎顔面形態異常の一つであり,口蓋裂・頭蓋骨癒合症・中顔面低形成などの顎顔面形態異常すべてにOSAの発症リスクは高い4).しかし病態が複雑で個々に異なるため,OSA有病率やOSAの機序は明らかになっていない5).OSAを引き起こす機序として構造上の問題に加えて嚥下や発声に関わる口腔咽頭筋の機能障害も関与するといわれている5).小顎を呈する疾患はピエール・ロバン・シークエンスやトリーチャー・コリンズ症候群などが多いが,HSSは稀である.2016年に行われた本邦におけるHSSの全国調査では疑い例を含めても医療機関からの報告はわずか8例であった.また,HSSの家族会が把握しているHSS患者も10名と多くない6).実際,診断についての症例7–9),呼吸管理についての症例10)などの報告例が散見されるものの本例のようにOSAを伴うHSSでOSA治療経過が確認できた例は比較的稀であると考えられる.HSSの診断は前述した通り顎顔面形態の特徴や先天性眼疾患などから生まれて間もなく診断されるが,知的障害や循環器疾患,繰り返す呼吸器感染症を伴わない場合,かかりつけ医をもたないまま小児期さらには青年期を過ごされることになる.以上よりHSSに併発したOSAの診断が遅れる可能性は否めない.
小顎によるOSAの治療については,OSAの重症度により治療介入の時期も方法も様々である.外科的治療には気管切開術や下顎骨延長術,扁桃摘出術や咽頭形成術があげられるが,効果が不十分であったり,十分な効果の代わりに生活の質に大きく影響がでたりする.個々に見合う治療選択を慎重に検討することが必要である.一方,保存的治療ではCPAP療法が第一選択ではあるが,乳児用のサイズや本疾患に見られる鼻の変形に対応しうるマスク選びは困難である.加えてCPAP療法では十分な効果が得られないこともある5).したがってHSSでは併発するOSAの診断がついたのちにもその治療は簡単ではない.
本例では26歳時にOSAと診断されたが,実際にOSAが発症した時期は明らかではない.思春期に体重増加とともにいびきが目立ったとありその時期にOSAを発症した可能性を考えている.本例と同様に成人期にPSGにてOSAの診断をうけたHSSの症例が過去に報告されている11).報告によるとHSSの診断は乳児期であったが,妊娠に伴い体重が増加し成人期にはじめてOSAの診断となった.出産後CPAP療法を開始するが併存した緑内障の悪化と頭痛の悪化があり,治療の継続は長くできなかったとのことである.CPAP圧による頭痛への影響はこれまで報告されていないが,顎顔面形態異常があるとCPAP圧が頭痛に影響する可能性は否めないとも言及されていた.本例も小顎による上気道の狭さ,咽頭腔狭小に体重増加が加わることでOSAリスクが高まり発症したと考えられる.本例では幸いにも頭痛が出現することなくCPAP療法の継続が順調で,CPAP療法開始後に血圧が低下した.OSAが高血圧を引き起こす生理学的機序は交感神経活動の亢進・血管内皮障害動脈スティフネスの亢進・レニン‐アンジオテンシン‐アルドステロン系の亢進などによるといわれている12).OSAに伴う高血圧のパターンは夜間・早朝高血圧パターンが多く,CPAP療法でOSA患者の血圧が低下することがわかっている12).本例の高血圧もCPAP療法開始後に改善しているためOSAによる二次性高血圧であったと思われた.今回,幸いにもHSSの家族会に参加した際の情報交換がきっかけとなり睡眠医療センター受診・PSG実施,そしてOSAの診断となったが,このような診断の経緯をもつ症例の報告はこれまでにない.また,CPAP療法でAHIのみならず血圧もコントロールでき,CPAP療法が有用であった点も貴重な症例と考える.成人OSAは体重管理も重要であり,今後もCPAP治療レポートを用いて治療効果を確認しながら慎重に経過を観察する予定である.
稀な疾患であるHSSに合併したOSAの治療を行ったところ血圧コントロールも可能となった症例を経験した.小顎が併存する先天性顎顔面形態異常の中でHSSは多くないが,HSSに限らず小顎に遭遇した際にはOSAの可能性を考え睡眠医療の介入が検討されることが望ましい.特徴的な身体所見があるHSSについてOSA診断や治療に対して本報告がその一助になればと考える.
本症例に関し多くのご助言をくださいました中山明峰先生(前睡眠医療センター長,現めいほう睡眠めまいクリニック院長)に深く感謝いたします.
本症例の要旨は,第18回日本小児耳鼻咽喉科学会総会・学術講演会(2023年11月9,10日,別府)で発表した.
利益相反に該当する事項:なし