2024 Volume 45 Issue 2 Pages 65-69
聴覚障害児が学齢期に直面する課題は,聴取だけでなく,言語発達,学力,社会性等多岐にわたる.年齢により課題の質は異なり,また複雑化する可能性は高く,特にインクルーシブ教育を受ける聴覚障害児に対しては,適切な理解と支援,合理的配慮が必要である.通常学校の教師に対して必要な教育的支援としては,聴覚障害に関する基本事項であり,難聴児の聴取の状況,話し方の配慮・環境調整方法,生じやすい問題・不明点や課題がある際に連携する機関が挙げられる.一方で,聴覚特別支援学校教師に対してはより専門性の高い内容,例えば医療(検査や補聴機器等)・福祉の新規情報,補聴機器の適正装用,通級指導児への介入が求められる.インクルーシブ教育を受ける児でも専門的介入が必要な児は多く,中核機能を担当する専門機関が関与しながら医療,教育,福祉で効率的に連携し,適切な教育的支援を実施することが望まれる.
本邦において新生児聴覚スクリーニング導入から20年が経過し,その実施率は昨今90%を超え,先天性難聴の早期診断,早期療育開始が定着してきた.加えて,本邦で障害者の共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システムの構築と,個人に必要な合理的配慮提供の提言もあり,特別支援学校ではない小中高等学校(以下通常学校)での教育は60–70%となり,軽度・中等度難聴児に至ってはメインストリームとなっている.このように社会的制度の拡充により環境は整備され,あたかも聴覚障害児に対する「共生」が実現されているような印象がある.
ただその中で必ずしも教師等による適切な理解と支援,合理的配慮が受けられていない場合も多く,補聴器・人工内耳装用下でも聴取に課題がある聴覚障害児に対して,必ずしも「情報バリアフリー」の環境が提供されているわけではない.また,セルフアドボカシースキル等の専門的な指導もインクルーシブ教育においては限界がある.他方,特に軽度・中等度難聴例では就学期以降に医療や専門的療育機関との関わりがなくなったり,補聴機器装用を断念したりする児も少なくない.現在の行政,医療,療育・教育体制の中でそのような課題の解決が不十分な地域も多い.そういった多岐にわたる課題を有しているのが現状である.
本稿では,第19回日本小児耳鼻咽喉科頭頸部外科学会総会・学術講演会シンポジウムにて「小児難聴―いつ,誰に,何を,どう伝えるか― 学校の先生へ」として発表した,学校教師に対して必要な医療教育連携の内容を概説する.
教育機関への情報提供や教育的支援を行う上で,適切な部署の担当者が介入することが望まれる.図1に中核機能機関を中心とした医療・教育の連携体制を示す.聴覚障害児の教育機関は特別支援学校と地域の通常学校がある.聴覚が主の障害である場合の選択は,特別支援学校では聴覚特別支援学校/聾学校(以下聴覚支援学校),通常学校では特別支援学級/難聴学級(以下難聴学級)と通常の学級(以下通常学級)が対象となる.通常学級に通う児に関しては,聴覚支援学校での通級指導を受けることも可能である.
中核機能を有する機関がコーディネートし,教育と福祉,医療での連携を強化する体制が望ましい.
こども家庭庁は令和6年度障害児支援の枠組みの障害児支援関係概算要求の概要において,地方自治体における聴覚障害児支援の中核機能の強化を推奨している1).この事業は,福祉部局と教育部局が連携を強化し,聴覚障害児支援の中核機能を整備し,聴覚障害児と保護者に対し,乳児期から切れ目なく,多様な状態像へ適切な情報と支援を提供することを目的に掲げている.教育機関や医療機関の連携に関しても,中核機能をもつ療育機関等がコーディネートする体制が望ましい.
必要とされる教育的支援の詳細は後述するが,通常学校の教師に対しては聴覚障害に関する基本事項,聴覚特別支援学校教師に対してはより専門性の高い内容であることが多い.各対象者へ必要な教育的支援の担当,時期,頻度の例を表1に示す.中核機能強化事業体制を踏まえると,インクルーシブ教育に対しては,中核機能機関や聴覚支援学校が主となり,必要に応じて医療機関が関与するのが効率的である.聴覚障害児を担任もしくは教科担当等も含めて関係する教職員全員に年度始めに,少なくとも年1回は基本的事項を学習もしくは復習することが望ましい.尚,理想を言えば,現職の教師の他に,将来教師になる教育学部や教員養成系学部学生に対しても,教員養成課程在学中に1度は聴覚障害の基本的事項に関する講義を組み込むことが望まれる.
対象者 | 通常学校教師 | 教育学部学生 | 聴覚支援学校教師 |
---|---|---|---|
誰に | 関係する教職員 | 教育学部・教員養成系学部学生 | 教職員 |
誰が | ・聴覚特別支援学校の教師 ・中核機能機関の専門家 (言語聴覚士,耳鼻咽喉科医) |
大学教員 | ・言語聴覚士 ・耳鼻咽喉科医 |
いつ | 聴覚障害児入学・担当時 | 大学在学期間中 (教員養成課程在学中) |
随時 |
頻度 | 毎年,年度始め | 在学中1度 | 毎年 |
内容 | ・難聴児の聴取の状況 ・話し方の配慮・環境調整方法 ・生じやすい問題 ・課題がある際に専門機関と連携する必要性(・現職にはその機関) |
・医療(検査や補聴機器等)・福祉の新規情報 ・補聴機器の適正装用 ・通級指導児への介入 |
聴覚支援学校や中核機能である療育機関に対しては,より専門的な指導が必要であり,医療機関の言語聴覚士や医師が担うのが適切である.聴覚支援学校では在籍児だけでなく通級指導児も担当するため,多岐にわたる課題を抱えていることも多く,密に連携を取りながら,個々の聴覚障害児に適切な対応を考える必要がある.
インクルーシブ教育の現場で必要な教育的支援としては,①難聴児の聴取の状況,②話し方の配慮・環境調整方法,③生じやすい問題・不明点や課題がある際に連携する機関が挙げられる.
①聴取の状況生後早期の診断,早期の補聴器,人工内耳での聴覚活用の実現に伴い,高度・重度難聴でも聴覚活用が可能で構音も良好な児は増えている.ただし,静寂下や近距離では聴取可能でも,側方や後方,離れた場所,雑音下といった悪条件では低下する2,3).つまり学校生活の多くの場面,特に質問応答,グループ学習や,校外学習一斉指導等では話の流れに付いていくことは著しく困難である.これは重度難聴のみならず軽度・中等度難聴例でもみられる.しかしながら担任教師であっても聴取の困難さを理解されにくく,適切な環境調整や配慮を得られていないという状況はしばしばみられる.
一方,軽度・中等度難聴児は必ずしも補聴器や補聴援助システムが積極的に活用されていない.米国の調査では,学齢期難聴児のうち,非装用,ほぼ非装用が22.50%と高率で,補聴援助システムに関しては50%以上が使用していないと報告されている4).補聴器非装用下における日常会話の聞き誤りは40 dB以下の聴力であっても約25–50%,50 dBであると約80%となるため5),非装用児に対する配慮や支援,加えて医療との連携が要される場合もある.
聞き取り困難症/聴覚情報処理障害(Listening Difficulty/Auditory Processing Disorder,以下LiD/APD)も含む聴覚障害がある児は,聴取に際して労力,リスニング・エフォートを要する.リスニング・エフォートには,課題の難易度,意欲により差が生じる上に,個人差もあるが,一般的に成人より小児の方が強い6,7).リスニング・エフォートが増大すると,理解や思考,記憶といった他の認知処理に活用するリソースが低下する6,8,9).またリスニング・エフォートの蓄積により疲労が増大し,意欲低下にも繋がるため適切な休息も必要になる.このような状況は,聴者にとっては英語等外国語を聞き取るのと類似する.
②話し方の配慮・環境調整方法学校で必要な総合的配慮の基本方針として第一に挙げられることは,情報バリア,つまり聴覚障害児のみ聞き取れていない状況を可能な限り作らないようにすることである.教師が身に付けておくべき手法としては,話し方の配慮,環境調整,視覚情報の併用が挙げられる.話し方に関しては,小さ過ぎず過剰に大きくない声で,滑舌よくはっきりと,言葉のリズムや文章のテンポを保つとよう留意する.雑音下や遠方では特に,補聴援助システムが重要であり,担任だけでなく教科担当においても活用できるように情報共有を行う.雑音排除のために椅子や机の脚にテニスボールを使用することはしばしばあるが,他にもチャイムや放送中,複数人の対話中の発言を避けるといった工夫も必要である.前述の通り外国語のリスニングの際に内容が理解しやすいような話し方や環境調整をすることが重要である.加えて,授業内容のポイントや伝達事項は,板書や掲示,配布資料など視覚情報を活用できる手段での情報保障に努めることが望まれる.聴取能が低い児では,音声文字変換やノートテイク,PCテイクといった代替手段導入の検討がされることが望ましい.また,遠方から話をする際には具体物を見せる,身振り,ジェスチャー,合図などを併用すると状況が把握しやすい.障害者差別解消法が改正され,令和6年4月1日から事業者による障害のある人への合理的配慮の提供が義務化された.合理的配慮の提供等事例集には,聴覚障害児が学校やコミュニティで情報バリアを感じた際に必要な合理的配慮例も掲載されているので,参照されたい10).
③生じやすい問題・連携する機関聴取の困難さは,しばしば言語発達の遅れ,教科学習における問題や学力低下へと波及する場合がある11).コミュニケーションの取りにくさから対人関係や社会面での問題が発生する場合多く,会話の困難さから孤立や疎外感を感じる,いじめを受けるといった状況に陥り,不登校やうつになる児も少なくない12).聴覚障害児の20–50%が心理的問題を抱えていて,それは正常聴力児の3.7倍であると報告されている13).補聴器非装用や中断例の中には,聴取の困難さは自覚していても,障害受容が困難であり,周囲への羞恥心もあり装用を否定する場合が多い4).生じやすい課題と主にインクルーシブ教育で必要な対応方法に関しては,拙著「難聴をもつ小中高校生の学校生活で大切なこと」にも記載しており,ダウンロードの上使用を勧めている14,15).
そういった課題に直面した際には早い段階で適切な対応を取る必要があるが,インクルーシブ教育の場で全てを担うのは限界がある.重要なのは各児の抱える課題に早期に気付き,然るべき専門機関に結び付けることである.通常,通級指導を利用している児では聴覚支援学校教師への相談が比較的容易であるが,それ以外であっても中核機能を担当する療育機関等と連携を取り,言語聴覚士,聴覚支援学校教師,耳鼻咽喉科医師といった適切な専門家が関与し支援や指導を行うことが望まれる.実際のところ,通常学級に通う児,特に軽度・中等度難聴例では,就学後に療育機関との関わりがなくなっていることも少なくない.本人や保護者とも相談の上,支援策を取る体制を切れ目なく維持すべきである.
尚,昨今,情報検索手段のメインはオンラインであり,書籍を活用する頻度は世代に関わらず低下の一途であろう.教師への情報発信も書籍やPDFだけでなくなく,ウェブサイトや動画といったデジタルコンテンツの活用が望まれる.筆者も教育学部学生に音声付講義動画を,聴覚障害児教育に関しては12テーマ計約90分程度で作成しているが,学生からは「普通に話ができていても,正常な聴力の子とは聞こえに差があることができた」「補聴援助システムはストレス軽減に重要」「知識をもつことで,信頼関係を保ち,よりよい学級運営や授業ができ,児童も前向きな気持ちで学校生活が送れる」「工夫次第で環境の向上は可能であり,取り組み,配慮,周りの児童への声掛けが聴覚障害児の不安や悩みを軽減する」「養護教諭として最前線に立ち,学校の中で支援に関わる人々に指示や助言をしたい」といった前向きな感想を得ている.特に若い世代へは,デジタルコンテンツには一定の意義はあると考えられ,オンライン学習の活用も含め,今後検討したい.
専門的教育機関が担うべき聴覚障害児への指導としては,聴覚的な評価や適切な言語およびコミュニケーション手段の選択,学習課題への対策等の他に,自己肯定感の育成,必要な支援や自分にできることを周囲に説明する(セルフアドボカシー),あるいは周囲の人の意見や感情を理解するといった社会的スキルの習得に向けた介入など多岐にわたる.現在の日本では,特別支援学校の教師の特別支援学校教諭等免許状の保有率は上昇しているがそれでも全員が保有しているわけではない.令和5年度調査でも,特別支援学校教師71,931人のうち,当該障害種の免許状を保有している教師は62,734人で,その割合は87.2%と報告されている.中でも聴覚障害と視覚障害に関しては,知的障害,肢体不自由,病弱と比較して著しく低く,特別支援学校(国・公・私立学校)の聴覚障害教育に携わる教諭のうち59.7%しか免許状を保有していない16).都道府県によっては聴覚支援学校が1校しかない場合もあり,県教員の人事異動制度の規定により,必ずしも専門性に合致した学校に配属されないという実情もある.このような状況において,インクルーシブ教育の教師と同等の基本的事項の理解をまず進めることは必須である.
勿論ベテランの教師に関しては,既に十分な専門的知識を有していて,特に在籍児の多くを占める高度・重度難聴児に関しては,個々に合わせた適切な指導や教育が実施されていることが想定される.一方で,聴覚支援学校教師が関わる通級指導児,特に軽度・中等度難聴児に関しては,対応に困惑している案件にも遭遇する.例えば,補聴器拒否例への対応や指導,補聴器の機会装用の可否,左右差がある(軽度と高度等)難聴児の補聴といった適正な補聴機器装用に関する課題は医療者のみならず,教育関係者も直面している.また,軽度・中等度難聴児の障害認識やセルフアドボカシーに関しても,高度・重度難聴児と全く同等というわけではない.聴覚支援学校教師が通学校の担当教師からの質問を受ける場合もしばしばあり,インクルーシブの教師への指導や理解啓発の進め方,学級形成の在り方などを協議することも要される.そういった個々の児に適切な支援に繋げる役割が担えるよう医療者も協力をすることが望まれる.また,検査や聴覚管理について,補聴機器をはじめとした医療や福祉における新規事項等の情報提供を担うのは,通常医療機関に勤務する医師や言語聴覚士であるため,必要な際に情報交換ができるよう連携体制を構築することが求められる.
学齢期に生じうる課題は,個人差があり,また年齢により変化し複雑化する可能性は高い.通学校での配慮や支援のみにとどまらず言語聴覚士や医師,聾学校・聴覚支援学校教諭等専門家による専門的な観点からの教育や指導を取り入れ,課題解決型支援としてのアプローチにとともに,長期にわたり専門的に関わり続ける伴走型支援を行うことが望ましい.
障害のある人への合理的配慮の提供が義務化に加え,障害者雇用率の法定基準も従業員40人以上の一般企業において2.5%に引き上げられた17).日本では電車のプラットホームの段差フリー,点字ブロックの整備も90%以上と欧州諸国に引けを取らない.しかしながら,オンライン調査において,「職場や学校など社会において障害がある人への理解は進んでいると思うか」という質問には80%近くがあまり進んでいない,全く進んでいないと回答しているという実態もある.聴覚障害児の育成にかかわる教師や医療者に必要な視点としては,人生を俯瞰した際に満足度を向上させられるよう,支援をデザインすることが求められる.Swarbrickは人のウェルネスを身体的,精神的,感情的,職業的,知的,環境的,経済的,社会的の8つの側面に分けたWellness Wheelを提唱した18).聴覚障害児がこれらを満たした豊かな人生を送れるよう,多くの関係者で方向性を共有して支援することが望ましい.
利益相反に該当する事項:なし