2024 Volume 45 Issue 2 Pages 76-80
「発達障害は聴覚障害を合併する」というと言い過ぎであるが,発達障害の子どもたちの多くが聴覚認知の問題を抱える.幼児期に受診する未診断の発達障害の子どもには少なからず言語発達遅滞があり,その診療では聴覚検査で難聴を否定することから始めることが多い.自閉スペクトラム症(ASD)では言語コミュニケーションや注意の転換の課題が,注意欠如多動症(ADHD)では注意の維持やデフォルトモードネットワークの課題が見られる.選択的学習症(SLD)の読み書き障害では音韻障害が主体であり,ADHDの合併が多い.発達障害に共通して感覚異常を合併することが多く,聴覚面で見ると聴覚異常により正しく音を聞き取れない場合がある.発達障害は聴覚情報処理障害を合併しやすいのである.本稿では発達障害の聴覚認知に起こる問題として,特に注意障害,デフォルトモードネットワーク,感覚異常について概説する.
小児科医は子どもの成長・発達評価を基本とする小児の内科医である.乳幼児であれ,学童であれ,風邪の診療であってもその子どもが年齢に見合った成長・発達のメルクマールに達しているか否かを意識して診察している.何を意識しているかと言えば,体格のほかに運動発達,言語発達,コミュニケーションなどの様子である.運動発達遅滞の子どもの多くはいずれ粗大運動の能力がキャッチアップするが,その中にはダウン症候群などの先天異常症候群や自閉スペクトラム症がしばしば存在する.それらの子どもは粗大運動ができるようになっても,年齢が進むにつれて道具操作やバランス運動などの協調運動が難しいことがあり,粗大運動から協調運動までの評価が運動発達の遅れの指標になる.言語発達遅滞については1歳6ヶ月健診までに数種類の一語文,3歳までに二語文が表出していない場合に診断することが多いが,音声として表出している単語が多くてもそれが実物と一致していない場合やコミュニケーションとして利用できていない場合には理解言語の遅れや言語コミュニケーションの問題があると診断する.ただし,言語発達遅滞を診断する場合には難聴を否定するために聴力検査を行うことが推奨されている.小児科で特に乳幼児の場合は睡眠導入剤を用いた上でABRを行うことが多いが,ABRが正常であれば難聴を否定できたと思っている小児科医は少なからず存在するので注意が必要である1).
粗大運動や協調運動,言語発達,コミュニケーションの問題があり,かつ保護者もしくは保育教育関係者が発達障害を疑った場合に初めて発達障害専門の医療を受診することになる.発達障害に見えて器質性疾患が隠れていることがあるため,神経学的所見を取り,さらに必要があれば血液検査や生理検査,画像検査を行い異常がないことを確認する.そこでやっと発達障害の診療の入口に立つことになる.
発達障害の診療では他の科と同様,診察をしてまず器質性疾患をルールアウトや発達面の評価を始めるのだが,数回の診察のうちにナラティブな診療へ移行していく.近年の精神疾患の診断はアメリカ精神医学会によるマニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders-5;以下DSM-5)に準じて行われ,診断は操作的,半構造化面接により行われるが,小児の発達障害もその中に含まれている2).しかし小児の場合は面接の聴取対象は保護者であることが多く,その子どもの課題となっている部分を見つけるのは容易ではない.その子どもの隠れた課題を見つけるためにはDSM-5の診断基準の内容を保護者に深堀して質問し,睡眠障害などの併存症の有無を確認していく.この深める質問の中で,発達障害の子どもの聴覚認知の課題を意識的に掘り下げられるかが,発達障害診療の聴覚面でのカギになってくる.
感覚の認知は感覚器官で受信後,注意などのフィルターにより減衰され短期記憶となる.短期記憶は容量と時間が限られており,短期記憶のうち繰り返しやエピソードなどと結びついた一部の記憶が長期記憶の貯蔵庫に入り,これらの記憶は生涯残るとされている(図1)3).聴覚情報処理障害(APD)は感覚器官の器質的な異常はないが,それ以降の情報処理の過程で異常が起こるとされる疾患概念である.APDで純粋な聴覚情報処理の異常に限定されるケースは少なく,その多くには背景に認知の偏りがあると報告されている4).発達障害は認知の偏りがある代表的な疾患と言って良いだろう.発達障害の子どもには聞こえない,聴いていないなどの難聴と見間違う要素が隠れているのである.今回はその中で特に1)注意障害,2)デフォルトモードネットワーク,3)感覚異常について説明する.

注意とは候補になる対象が複数ある時に,その中で優先順位をつけて特に注意をするものを意識化する機能である5).注意は方向性注意と全般性注意に分けられ,前者は空間の中の位置関係に関するものであり,方向性注意が障害されると反側無視などの症状が起こる.後者は全般的な認知を担い,情報の入力,処理,出力を行い様々な行為を実行するための脳機能である.作業を行う上で重要なのは全般性注意であり,ここでは全般性注意について特に取り扱う.全般性注意は選択性,転換性,持続性,配分性の4つに分類される6).選択性は対象を見つけ出す力,転換性は注意を切り替える力,持続性は注意すべきものへの注意を維持する力,配分性は複数の処理を必要とする課題に対して必要な注意を分配して同時に物事を処理する力である.また,注意に対する焦点の当て方は大きく2種類に分かれる5).一つはトップダウンの注意で,自分にとって注目したい物を意識化する注意である.道具箱の中から探しているはさみを見つけるような注意をさす.もう一つはボトムアップの注意である.関心を持っていない状態で環境の中から注目すべき物をピックアップして意識化する注意で,畑をなんとはなしに見ていて何かの実をみつけたところからそこが何の畑なのかに気づくような注意の仕方である.
これらの注意がうまくいかない場合を注意障害と呼ぶが,発達障害ではその種類によって障害される注意のタイプが異なる.ADHDでは注意の維持が苦手であり,注意すべきもの以外のいくつもの対象へ注意が転導する.たとえばADHDでは授業中に板書をしなければならないタイミングで他の子が落とした消しゴムや廊下で騒いでいる子どもの動きなどに注意が逸れて授業の世界から思考が離れてしまうようなエピソードがしばしばみられる.一方でASDでは注意の転換に課題があり,一度注意集中したものを中断できずに必要な対象へ注意を移行できないことがある.またASDでは一度トップダウンで注意の焦点を一か所に当てると,ボトムアップの注意に戻すことが困難な傾向がある.たとえばASDの子どもでは水道で手を洗っているうちに水の流れに注意が固定されてしまい,水から視線を外せず周囲の音に注意を向けられずにクラスの行動から遅れてしまうといったエピソードを聞く.これが「発達障害は聴覚障害を合併する」現象で,優先順位を上げて意識化しなければならない対象への着目を状況に合わせて行えないことで,他者より経験を積みにくい,適切なコミュニケーションを行えないなど社会適応の問題が積み重なっていく.注意障害によりAPDが起こるという一側面がここにある.
2)デフォルトモードネットワークADHDの注意維持障害の一因として考えられているのがデフォルトモードネットワーク(Default mode network; DMN)である7).DMNは安静休息状態に意識を自分の内側に働かせ,内省する,他者の行動を受けてそれに社会的意味付けをする,直近で体験したことを長期記憶と参照して新たな意味づけをするなどの役割を担っている.DMNと相反的に働くのがワーキングメモリーネットワーク(Working memory network; WMN)であり,DMNは社会脳,WMNは認知脳と呼ばれることもある.WMNは短時間保持できる短期記憶であり,その短時間の間に脳内で情報を操作する機能である.外界に意識を向けているときにはWMNが働き,入力した外部情報を用いて様々な作業を行う.休息状態に入った時にはDMNが働き,自己の内部に入った情報と自分の記憶の参照を行って統合し,自己にとっての意味づけを行う8)(図2).たとえば学校での授業の様子を思い浮かべてみよう.学校で授業中に黒板の板書をする,問題を解くなどの作業中にはWMNを駆使して学習に取り組んでいる.そんな授業の合間に校庭から他のクラスの体育の声が聞こえると,自分が体育でドッヂボールの時にうまくボールをキャッチして当てられたことを思い出し,空想のドッヂボール大会とそこで大活躍する自分を想像し始める.この空想の時にはDMNが全面的に活動し,授業中でありながら外界の情報をキャッチするWMNの活動は抑制されるのである.DMNは過去の経験を現在の情報に結び付けて今後のシミュレーションをする,物語の中の自分を思い描く,他者の行動に意味づけをして自分との関連性を解釈するなど,社会と自分との関係性を構築するために活用されている人間が人間らしくある重要な機能である.DMNに没入するとWMNを使用する比率が下がり,外界の情報を認知しづらくなる.一方でWMNばかりが活動していると,内省ができず行動がその場限りの刹那的なものになる.DMNとWMNの活動が状況にあったものであればよいのだが,ADHDではDMNとWMNの活動が逆転しやすいことが知られている.すなわち,WMNを活動させなければいけない状況でDMNが働くために自己の世界に没入して人の話を聞かなくなり,休息状態で内省するようなDMNのタイミングの時にWMNが活動してしまうため,深く考えることなく周囲の情報を過度に取り入れて行動化してしまう.ASDやその他の感覚処理障害の場合は,自分にとって親和性が高い情報の認知を優先してしまい,DMNで自己と社会との関連性を結びつけて見通しを立てるなど得られた情報の再構成が困難になる.このように発達障害ではDMNとWMNのバランスの崩れや状況と合致しない認知ネットワークの活動により,結果的に「発達障害は聴覚障害を合併する」状態が起こる.

発達障害の子どもではさまざまな感覚異常の症状を持つことが知られており,2013年に改訂されたDSM-5からはASDの診断基準にも明記されるようになった2).感覚異常の症状でよく知られているのは視覚異常や聴覚異常であるが,厳密には触覚,味覚,嗅覚を合わせた五感と,作業療法で言及される前庭覚と固有感覚にも異常を認めることが多く,しばしば複合して起こっている.このような感覚の異常性のことを作業療法の立場からは感覚処理障害としている.Millerらは感覚処理障害を感覚調整障害,感覚ベースの運動障害,感覚識別障害の3つに分類した9).感覚調整障害は感覚刺激の量的なとらえ方をさすもので,過小反応,過剰反応,極端な探求に分類される.聴覚において過小反応は聞こえづらさとなり,過剰反応では通常許容範囲の音量が騒音のような感覚になり,極端な探求は感覚に没入して外界に気持ちが向かないため不注意症状となる.感覚ベースの運動障害は運動の実行と姿勢維持の困難さをさす.感覚識別障害とは上記に挙げた5感+前庭覚・固有感覚の程度を時間的空間的に識別することの困難さであり10),聴覚面で起こると雑音の中から必要な音だけを取り出すことが難しくなる.この内容自体は機能性難聴の特徴と一部重複しており,ここでも「発達障害は聴覚障害を合併する」現象が起こっている.
感覚異常の子どもに対して行う作業療法においてDunnの感覚処理モデルが評価によく用いられており,臨床的な神経学的閾値をから4象限に分けて説明している11,12)(図3).この4象限は神経学的閾値の高低と行動反応・自己調整の能動性・受動性により,感覚探求,低登録,感覚回避,感覚過敏に分類される.感覚探求と低登録は神経学的閾値が高い,すなわち感覚刺激に対する反応が低い状態であり,その行動面から感覚刺激を過度に取り入れようとする前者と,刺激に気づかないまま反応せず過ごす後者に分けられる.一方,感覚回避と感覚過敏は神経学的閾値が低い,すなわち感覚刺激に反応性が高い.感覚回避は能動的に感覚刺激を避けたりルーチン行動を入れることで不快さを緩和しようとし,感覚過敏では不快な刺激に注意散漫となったりパニックになるなどの行動が起こる13).これを聴覚面でみると図4のようになる.臨床症状のみを見ると感覚探求と感覚過敏,感覚回避と低登録が同じ表現型に見えるが,本人にとって感覚刺激に不快さを伴うかどうかが大きな差異である.不快さは刺激を減らすもしくはその刺激に対して不快を感じない程度に馴化させる方法を考えて対処する.閾値が高くて気づきにくい場合はその感覚刺激を意識させるような訓練で感覚閾値を下げるもしくは他の感覚入力情報と合わせて感覚入力を意識させていく.聴覚刺激が苦手な場合はイヤーマフの使用,学校の椅子にテニスボールをつけて引きずる音を緩和するなどの対処することが多い.聴覚に反応しない場合は手遊びやリズム遊びなど聞くだけでなく,歌う,リズムに乗る,体を動かすなど複数の感覚が入るように取り組み,聴覚だけに頼らない聴く練習を行う.


発達障害があたかも聴覚障害を合併しているように見える要因として,注意障害,DMNとWMNのバランス,感覚異常を概説した.聞こえないのではなく聴いていない・聴けない状態の発達障害のAPDの背景にこのような病態があることを推測し,小児科医のみならず,耳鼻科医,言語聴覚士,保育教育関係者など多職種が多面的にアプローチを行うことで,子どもたちの聴覚認知の体験が拡がることが望まれる.
利益相反に該当する事項:なし