2024 Volume 45 Issue 2 Pages 81-86
健診などにおいて,難聴児や言語発達障害児が自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠陥多動症(ADHD)とされ,必要な介入が遅れることがある.これらが併発していることはあり得るが,特に未就学児においては,難聴と言語発達遅滞を厳格に発達障害から分離する必要はなく,どのような介入が必要かを判断することが重要である.本稿ではこの考えに基づいて,聴覚過敏を訴えたADHD例,ASDと鑑別することが難しかった語音症例,学年が進むにつれ知能指数が低下した言語発達障害例について紹介し,言語病理学的な視点から考察を加えた.最後になぜ難聴児がASD児と誤認されるのかについて,間主観性の成立に関わる脳内システムを中心に考察した.
「難聴児が自閉スペクトラム症と診断されることがある」という問題は以前から指摘されてきた.実際,難聴児が1歳6カ月児健診や3歳児健診で自閉スペクトラム症として要精査となることは珍しいことではない.
なぜ難聴児や言語発達障害児が自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder: ASD)や注意欠陥多動症(Attention Deficit Hyperactivity Disorder: ADHD)にみえてしまうのだろうか.もちろん,併発例は存在するが,経過をみていくとASDやADHDとは言えなくなる子も多く経験する.そのような子は厳密にはASDでもADHDでもないはずだが,就学前にこれらを明確に区別することは難しい.
一方で,なぜASDやADHDから難聴や言語発達遅滞を区別しなければならないのかを考えた場合,区別することで言語療法の内容を変更しなければならない場合があるからである.それならば,ASDやADHDから難聴や言語発達遅滞を正確に区別することをいったん諦めて,個々の例で言語発達上の課題を整理し,それぞれの課題に対する言語療法を行えば良いのではないかという考えに至った.
上記のような考えに基づいて,第19回日本小児耳鼻咽喉科学会学術講演会のパネルディスカッションで触れた3例について改めて考察した.なお,この3例は実際の症例ではなく,複数の症例を組み合わせて作られた架空の事例であることをあらかじめ断っておく.
症例1:聴覚過敏のあるADHD児症例1は小学4年生女児である.就学直後から指示が入りにくく,教員からは人の話を聴いていないという評価を受けていた.ボーッとしていることが多く,板書をせず,ノートに絵を描いていることが多かった.次第に授業について行けなくなり,小児科を受診した.
対面での会話は良好だが,何気ない周囲の音に気が散り,会話が中断した.学校でも級友と会話している最中にどこかに行ってしまうというエピソードが頻回に起きていた.また,3歳ごろから特定の道や建物に入ることを拒み,集団健診はまともに受けたことがないということであった.家庭では時間はかかっても宿題に取り組むことはできたが,音楽や図工などうるさい環境で授業を受けることはできず,給食の時間に騒がしいことを苦手としていた.
ADHD-RSとPARS-TRの結果から小児科では注意欠陥多動症(不注意型)と診断され,メチルフェニデートが処方された.すると,本人より「薬を服用してスーパーマーケットの防犯カメラが切り替わる音(わずかに聞こえるカチッという音)や,特定の建物にある猫よけの高い音(18~27 kHz)が聞こえなくなった」ので快適に過ごせているという感想が聞かれた.結論として,本例は聴覚過敏とそれに続発する聴覚回避があり,特定の場所に滞在するあるいは行くことを拒み,特定の音環境で課題に集中することができなくなっていたと考えられた.
聴覚過敏あるいは聴覚回避はASDでみられる症状として知られ,診断基準にもある.一方で,ADHDで聴覚過敏や聴覚回避があることは見過ごされがちである1,2).聴覚過敏や聴覚回避があることで,必要な情報が取得できなくなり,周囲からは「聴いていない」「ボーッとしている」と評価されることになる.また,そのことがADHDとしての主症状にもなる.
聴覚検査では静寂下での聞き取りと比較して,雑音下での聞き取りが大幅に低下することで表現される.対応として抗ADHD薬を内服させることで改善を試みることは以前から行われており3),筆者も著効例を複数経験している(図1).ただし,ADHDにおいて雑音下の聞き取りが難しくなるのがなぜなのかについては一定の見解がない.作業記憶の使い方などの認知機能に問題があることを指摘する報告4)もあるが,このあたりがより明確になると,聴覚情報処理障害とADHDをはっきりと区別できるようになり,それぞれの病態に応じた対応が可能になってくるのかもしれない5).
67S語表を用いたことばの聞き取り検査で評価をした.実線は静寂下での語音了解度を示し,破線は雑音負荷時(S/N=+10 dB)の語音了解度である.
症例2は男児で,1歳6カ月児健診で有意味語の発語はないが,アイコンタクトなどの非言語コミュニケーションが良好であった例である.家庭では食べ物をいったん口に含んでは吐き出すことが多く,これを偏食と評価されてASD疑いとなった.
2歳前後でジェスチャーによる表出はあったが,有意味語の発語はなかった.2歳8カ月時のPARS-TRのピーク値は18であり,ASDと診断された.その直後鳩を「はは」と呼称したが,その後も発語量は増えず,発語したとしてもハ行だけで発語(にんじん→はははん,おはな→ほはは,さかな→ははは,など)するので,音声言語でのコミュニケーションに改善を認めなかった.
4歳7カ月時の言語聴覚士の記録によれば,級友等周囲に顔を覗き込んで関わりをもとうとする行動は見られ,話しかけるのだが「遊ぼ」が「あほほ」という発語になって通じなかったとあった.また,ストローをくわえて吸うということができなかったことが特記すべき点として記載されていた.5歳4カ月時点の田中ビネーVでの精神年齢(MA)は2歳7カ月であり,IQは48と算出された.
小児科ではASDの特性を持つ知的障害と診断されたが,非言語コミュニケーションは良好であり,診断をした小児科医も違和感を覚えた.この例を言語病理学の視点から整理し直し,一連の発語様式が発語失行によるものと考えた場合,Childhood Apraxia of Speech(CAS)という語音症とすると矛盾点は少ない.
CASは企図した発語を脳内で運動プログラムに翻訳する段階で躓くことで発生する言語発達障害とされている.主に前頭葉の高次脳機能障害として理解されており,概念上は成人の脳卒中などで発症する発語失行症に相当する言語障害とされている.ところが,言語発達の始まりから躓いている小児では,成人とはまったく発語様式が異なる.さらに随伴する問題が多岐にわたり,問題を一層複雑にしている.
主要症状である発語異常の特徴として,運動プログラムとして再現できる発語・発音が限られており,あたかも同じ音韻を繰り返しながら発語しているようにみえる.抑揚からは何か文章をしゃべっているようなのに,同じ音節を繰り返すので,再帰性発話とされることもある.厄介なのは,日によって発語できる音韻や音節が違う点であり,ある一時点での診察だけでは特徴を捉えきれない.一方,その特徴を捉えることができれば,構音障害という概念でくくって良い疾患ではないと判断することは容易である.
CASでは前頭葉の機能低下によって引き起こされると考えられる手先の不器用さ,文法操作の未熟さ(単語で指示すれば理解できるのに,文章で指示をすると理解ができない,など),注意力の低下,抑制コントロールの低下(やってはいけないことをついやってしまう),などが様々の程度の組み合わせで現れ,より複雑な病態を呈することになる.咀嚼の運動パターン形成にも前頭葉は関わっており6),本例のように摂食嚥下障害を初発症状とする例もある.
このような背景から言語機能の発達障害であるCASを診断することそのものの難しさを訴える報告7,8)は多い.特にASDと鑑別しようとすると,ASDもCASも意味のある発語量が限られるという共通の問題が存在している.発語が限られているために鑑別するための材料も不足するという堂々巡りとなって,両者を区別することをより難しくしている9).また限られた音韻しか発語できないという点は,限られた音韻しか知覚できない聴覚情報処理障害とも重なる点10)であり,CASと診断する手続きがより複雑になる.
その一方で,CASを疑ったからこそやるべき言語療法も多い.直接的に発語運動の正確性と運動量を高める言語療法が複数報告されている11,12)が,筆者はリズムに合わせて歌いながら手や全身を動かすことをまず勧める.具体的には手遊び歌であったり,テレビ番組を利用してリトミック体操であったりだが,リズムに乗った運動はCASの主要症状の一つである文法操作の困難さを軽減させるという報告13)もある.また,リズムに乗った運動をすることで,対象児がCASではなくASDであったとしてもコミュニケーションの改善が期待できるとする報告14)もある.
症例3:学習についていけず次第にIQが下がった子症例3は新生児期に脳内出血がありNICUに入院した既往のある男児である.始語は生後18カ月,二語文の表出は生後28カ月とやや遅めの発達ではあったが,異常とするほどの状況にはなかった.ところが保育園に入ると指示が通りにくいことが問題となり,就学後も学習できない状態となり小児科を受診した.
診察ではほとんどの質問に答えることはなかった.初めての場所は苦手なようで,固まってしまったようでもあった.小児科医は上肢運動の拙劣さを指摘したが,作業療法士はさらに四つん這いの姿勢で頭部を回旋すると反対側の肘関節が屈曲すること(Asymmetrical Tonic Neck Reflex: ATNR+)を指摘した.加えて,指の一本一本を独立して動かすこと(分離運動)は苦手で,鉛筆やはさみを上手に使うことができなかった.
学習が進まないことから支援級に転入し,学習自体は少しできるようになったが,集団生活になじめず不登校になった.特筆すべきは6歳7カ月時のWISC-IVでのFSIQが86であったのに,11歳時のFSIQが62と大幅に落ちていた点である(表1).特に言語理解の指数は93から64と大きな低下を示したが,11歳時の絵画語彙発達検査は評価点11と平均であった.
WISC-IV | |||||
FSIQ | 言語理解 | 知覚推理 | WM | 処理速度 | |
6歳7カ月 | 86 | 93 | 80 | 82 | 99 |
11歳0カ月 | 62 | 64 | 68 | 65 | 81 |
※WM:ワーキングメモリ | |||||
K-ABC II(7歳時) | |||||
認知総合尺度 | 継次尺度 65 |
同時尺度 69 |
計画尺度 93 |
学習尺度 76 |
|
習得総合尺度 | 語彙尺度 102 |
読み尺度 82 |
書き尺度 76 |
算数尺度 77 |
本例の特徴は7歳の時点で実施されたK-ABC IIで表現されていた.認知総合尺度をみると計画尺度は平均的だが,継次尺度と同時尺度が同じように低く,引っ張られるように学習尺度も下がっていた.習得総合尺度では語彙は平均だが,書きと算数が有意に低かった.この所見から頭頂葉機能に関連した課題が集中していると考えられた.
頭頂葉は様々な認知機能に関与している15)が,その中で空間認知機能の問題で言語の発達が遅れる病態(Delayed Spatial Language Skills: DSLS)を症例3は抱えていると考えられた.本例の新生児期の脳内出血の部位が定かではないが,低出生体重児や先天性甲状腺機能低下症ではDSLSを発症する頻度が増える16–19)とされており,新生児期に脳の発達に影響するようなイベントがあった例ではDSLSを考慮する必要がある.
DSLSでは「字は読めるのに書けない」という書字困難と「数量概念が弱く計算ができない」という計算困難が起きやすい.これに「左右が分からない(左右失認)」,「目をつむるとどの指をさわられたかが分からない(手指失認)」が加わると,発達性ゲルトマン症候群20)と診断する要件が整うことになる.脳卒中後に発症するゲルストマン症候群との違いは,頭頂葉の多彩な機能に関連して,様々な高次脳機能の発達障害が引き起こされる点にある.
特に作業記憶がうまく使えない例が多く21),情報を把持することが苦手になることから思考の基本となる継次処理(物事を順序よく考えること)と同時処理(同時に複数の考えを思いつくこと)もうまくできず,結果として思考の運用が滞ることになる.表面的な書字困難や計算困難という学習障害のみならず,思考を運用できないことで学校の成績は下がり,知識に代表される結晶性知能が高まらないことで年齢とともにIQは下がっていく.さらに,視空間認知の問題が根本にあるので「空気が読めず」幼稚な振る舞いをすることも多く22,23),その姿からASDやADHDと診断されることもある.
言語療法で空間認知機能そのものにアプローチすることは極めて難しい.「犬を見ても猫だと思わない」を言語療法の中でどのように教えるのかを想像していただきたい.極めて困難な課題である.指さしなどで今見ているものを確認しながら,その場面にふさわしい言葉を聴かせることを地道に続けるしかない.当然,全ての言葉にそのようなことができるわけではないので,このようなアプローチには限界はあるが,それでもこのような言語療法をすることに意味はある24)とされている.
就学後に書字困難や計算困難が顕性化してからは,スマホやパソコンを使った文字入力などの代償的な支援が必要になる.DSLSでは思考を運用できないことが問題となり,それをトレーニングしようとすれば作文が必要になる.しかし,文字を書くことができないために作文をしないとなると,思考のトレーニングの機会は奪われてしまう.スマホやパソコンに頼ってでも作文をさせることが重要になってくる.
DSLSで一点留意する必要があることは,吃音を発症することがある25)点である.発吃がDSLSの初発言語症状であることは珍しくない.吃音がある幼児が来院すると,つい発語ばかり評価しがちだが,その場で絵を描かせてみることも重要となる.
さて,本稿冒頭の命題「なぜ難聴児が発達障害児にみえるのか」について考察したい.難聴が軽度で,呼びかけや問いかけに応じない姿を見ると不注意型のADHDに見えてしまうというのはなんとなく理解できる.しかし,「難聴児がASD児にみえる」というのは普段難聴児の診療を担当している耳鼻咽喉科医には合点のいかない話である.
難聴児とASD児の共通の課題の一つとして「間主観性の成立が困難であること」によるコミュニケーション障害があると筆者は考えている26).間主観性が成立するとは,例えば「キリンは足やしっぽも長いけど,キリンは首が長い動物である」という共通認識がコミュニケーションを取っている当事者間で得られている状態である.言葉の一つ一つに共通認識を得ながらコミュニケーションを取ることが,良好なコミュニケーションを取るための基盤となる.
別の例で考えてみよう.大抵の人は「かわいい花」,「美しい花」,「可憐な花」という言葉を聴くと,一つ一つの言葉に別々の花を思い浮かべることができる.人とは違う花を思い浮かべるかもしれないし,花の名前が分からない時もある.客観的な正確性は担保されていないが,それでも良好に会話が成立するのは間主観性が成立しているからである.ところが,介入前の難聴児もASD児も間主観性が成立しづらい.その姿だけを取り上げてみると,難聴児とASD児を区別することはできない.
間主観性を成立させながら語彙を増やそうとすると,アイコンタクトでタイミングを図りながら,話し相手がみている物を見ている物に注目し(共同注意),その視覚的な特徴に言葉という音声情報を結び着け(聴覚情報と視覚情報の統合:Auditory Verbal Integration:AVI),それが正確に実施できたことを確認する(三項関係の成立)というプロセスを繰り返す必要がある27).
ASD児ではアイコンタクトや共同注意,三項関係の成立といった非言語コミュニケーションが苦手という特徴がある.加えて,聴覚情報が視覚情報として処理されるという情報処理障害を起こしやすく28,29),AVIができないために間主観性が成立しづらいという特徴もある.
補聴されていない難聴児では,聴覚情報が不足するためにAVIが難しくなる.加えて,視覚情報を聴覚野で処理するという現象(Cross-Modal Modulation: CMM)も起きやすく,それもAVIを阻害する因子となり得る.CMMは補聴器や人工内耳を装用することで変化し,聴覚野で視覚情報を処理していた場合でも,補聴器や人工内耳で音を聴き続けることで次第に聴覚情報を聴覚野で処理するようになる30)とされている.
聴覚情報処理障害(Auditory Processing Disorder: APD)のある児はさらにAVIが難しくなる.機能的MRIを使った自験例の解析では聴覚情報が視覚情報として処理されており31),その点はASD児での報告と同じであった.脳内での聴覚情報処理だけを取り上げるとAPDとASDを区別することはできない.筆者の印象に過ぎないが,APDではあえて聴覚情報を入れないようにして,ジェスチャーや指さしなどの視覚刺激だけでアプローチすると,アイコンタクトや共同注意などの非言語コミュニケーションは比較的容易に成立する.
一方,視覚情報である手話はコミュニケーション上間主観性の成立に有利に働くとする報告32–34)が多い.特に1~2歳の難聴乳幼児に保護者が手話を用いることは間主観性を成立させるために重要である.その後に補聴器や人工内耳を用いて音声言語で語彙を増やす場合であっても,手話は促進的に作用すると報告されている30,35).
筆者は,難聴と診断した児の保護者のみならず,APDと診断した児の保護者にも,ベビーサインや手話を使ってコミュニケーションを図ることを最初に説明している.また,診察の際に難聴児なのかASD児なのか,あるいはAPD児なのかの判断に迷った時にはベビーサインなどのジェスチャーをして,それをすぐに真似できるかどうかを見て36),診療する上での判断材料の一つにしている.
耳鼻咽喉科医は難聴児や言語発達障害児の診療はできても,ASD児やADHD児の診療は不得意である.ASD・ADHDと診断することになかなか踏み切れないし,例え診断したところで次に何をすれば良いのかというアイデアもない.それは逆も同じで,ASDやADHDを専門にする小児科医が難聴や言語発達障害の診療を得意にしていますという話はあまり聞かない.
コミュニケーション障害を抱えている児やその保護者の立場になれば,難聴と診断されたのか,ASDやADHDと言われたのか,が重要なのではない.その診断に基づいて,直近の数ヶ月に何をすべきなのかが重要である.それでうまく発達を促すことができない,問題の解決になっていないと感じた時には次の手を打つ必要がある.
その時見方を変えて,当該児を評価し直すことができるかどうかが問われることになる.耳鼻咽喉科医は小児科医に相談し,相談してもらえる存在を目指したい.言語発達障害を得意とする耳鼻咽喉科医はまだまだ少ないが,小児の言語発達に関わってくれる言語聴覚士も多い訳ではない.本稿が,小児の難聴と言語発達障害に関わる耳鼻咽喉科医と言語聴覚士が増えるきっかけになれば幸いである.
利益相反に該当する事項:なし