Symposium on the Chemistry of Natural Products, symposium papers
Online ISSN : 2433-1856
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Mechanism of the Mycoparasitism on Apple Fruits Governed by the Lambertellin System
Akane HiroseTakanori MurakamiMasaru Hashimoto
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リンゴ果実におけるマイコパラサイト現象の機構解明

キンカク菌Lambertella corni-maris (L. corni-maris)は、Monilinia fructigena(M. f.)罹病リンゴ果実上でマイコパラサイトする(図1)。本現象は寒天培地上でも菌の置き換わりとして観察され、顕微鏡下ではL. corni-maris(パラサイト)がM. f.(ホスト)菌糸へ侵入している様子が観察される。この時、競争阻害は観察されず、通常の抗生物質生産では説明できない。

我々は本現象に興味を持ちその機構解明研究を展開してきた。その結果、パラサイトL. corni-marisは、ホストM. f.存在条件下で活性前駆体のlambertellol類 (1, 2)を生産し、1, 2は逆マイケル型環開裂などを含む非酵素的変換によって活性型のlambertellin (3)へ誘導されてホストを駆逐すること、ホスト周辺の異常な酸性が1の生産を誘導することなどを明らかにしてきた1-3。しかし、「なぜこのような複雑なシステムが必要か」など、これまでの知見では本現象を完全に説明するには不十分であった。

我々はさらなる検討を行い、Lambertellinシステムと名付けた機構を明らかにした。Lambertellinシステムは、以下を包括したメカニズムでマイコパラサイト現象の全容を合理的に説明することができる。

① 1, 2はパラサイトL. spp.により恒常的に生産されている。

② 1, 2は通常直ちに分解し3に変化するが、ホストM. fructigena周辺の異常な酸性が1, 2を安定化し、ホスト周辺まで到達可能とする。

③ 3はホストのみでなく、生産者であるパラサイトにも毒性を示す。

④ ホスト菌糸近傍に到達した1, 2は徐々に3に変化し、ホストを駆逐する。

⑤ パラサイトL. spp.は、3を生分解することで、自身の中毒を防いでいる。

まず、1, 2は、弱酸性では比較的安定であるが、pH5を超えると分解速度が急激に増大、3への変換が加速することが判明した。恐らく2位水素のpKaが5付近で、中間体Aへの逆マイケル型反応が加速されるのであろう。これは先に報告した酸性条件でL.corni-marisを培養による1, 2の蓄積量が増大した結果とも矛盾しない2。3は寒天培地で、菌糸から数ミリ離れた地点で結晶として観察されることから1, 2の拡散性が説明できる。なお、図3で中性領域では途中から3の濃度が低下しているが、これは飽和によるものである。研究開始当初、ペーパーディスクアッセイにおいて3は小さな阻止円しか示さなかったことからホスト成長阻害物質候補から除外していたが、これは結晶することによって培地中濃度が低下したためであったと考えることができる。(機構②④の証明)

L. sp. 1346培養液に3を添加するとその成長は著しく低下したが、通常の培地に交換すると成長が再開された(図4)。尚、糸状菌の成長を分光学的手法により定量することは困難なため、コロニーの相対堆積で見積もった。また、本実験では機構②を考慮してL. sp. 1346を用いた。本菌の場合、培養液を酸性にするため、3への誘導、すなわちdenovo 3が最小化されると考えためである。また後述する機構⑤であるように、L. sp. 1346は3を生分解するため、12時間ごとに減少分を追加して実験を行った。(機構③の証明。)

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キンカク菌Lambertella corni-maris (L. corni-maris)は、Monilinia fructigenaM. f.)罹病リンゴ果実上でマイコパラサイトする(1)。本現象は寒天培地上でも菌の置き換わりとして観察され、顕微鏡下ではL. corni-maris(パラサイト)がM. f.(ホスト)菌糸へ侵入している様子が観察される。この時、競争阻害は観察されず、通常の抗生物質生産では説明できない。

我々は本現象に興味を持ちその機構解明研究を展開してきた。その結果、パラサイトL. corni-marisは、ホストM. f.存在条件下で活性前駆体のlambertellol類 (1, 2)を生産し、1, 2は逆マイケル型環開裂などを含む非酵素的変換によって活性型のlambertellin (3)へ誘導されてホストを駆逐すること、ホスト周辺の異常な酸性が1の生産を誘導することなどを明らかにしてきた1-3。しかし、「なぜこのような複雑なシステムが必要か」など、これまでの知見では本現象を完全に説明するには不十分であった。

我々はさらなる検討を行い、Lambertellinシステムと名付けた機構を明らかにした。Lambertellinシステムは、以下を包括したメカニズムでマイコパラサイト現象の全容を合理的に説明することができる。

1, 2はパラサイトL. spp.により恒常的に生産されている。

1, 2は通常直ちに分解し3に変化するが、ホストM. fructigena周辺の異常な酸性が1, 2を安定化し、ホスト周辺まで到達可能とする。

3はホストのみでなく、生産者であるパラサイトにも毒性を示す。

④ ホスト菌糸近傍に到達した1, 2は徐々に3に変化し、ホストを駆逐する。

⑤ パラサイトL. spp.は、3を生分解することで、自身の中毒を防いでいる。

まず、1, 2は、弱酸性では比較的安定であるが、pH5を超えると分解速度が急激に増大、3への変換が加速することが判明した。恐らく2位水素のpKaが5付近で、中間体Aへの逆マイケル型反応が加速されるのであろう。これは先に報告した酸性条件でL.corni-marisを培養による1, 2の蓄積量が増大した結果とも矛盾しない23は寒天培地で、菌糸から数ミリ離れた地点で結晶として観察されることから1, 2の拡散性が説明できる。なお、3で中性領域では途中から3の濃度が低下しているが、これは飽和によるものである。研究開始当初、ペーパーディスクアッセイにおいて3は小さな阻止円しか示さなかったことからホスト成長阻害物質候補から除外していたが、これは結晶することによって培地中濃度が低下したためであったと考えることができる。(機構②④の証明)

L. sp. 1346培養液に3を添加するとその成長は著しく低下したが、通常の培地に交換すると成長が再開された(4)。尚、糸状菌の成長を分光学的手法により定量することは困難なため、コロニーの相対堆積で見積もった。また、本実験では機構②を考慮してL. sp. 1346を用いた。本菌の場合、培養液を酸性にするため、3への誘導、すなわちdenovo 3が最小化されると考えためである。また後述する機構⑤であるように、L. sp. 1346は3を生分解するため、12時間ごとに減少分を追加して実験を行った。(機構③の証明。)

3は化学的に安定である。しかし3の水溶液にホスト培養液を添加した場合、L. conri-maris, L. sp. 1346いずれの場合も、3の濃度が著しく低下した。一方メンブランフィルターを通して培養液を添加した場合、3の濃度減少は観察されなかった。これらの結果は、パラサイトL. spp.が自身の生産物による中毒回避のため、解毒分解していることを示している。(機構⑤の証明)単純に1, 23に変換されるのであれば3は蓄積されるはずであるが、これまでの実験では、3は常に痕跡量であったが、これについても本機構は合理的に説明をすることができる。

以上の機構②~⑤により、寒天培地でホストと共培養した場合、ホスト生育域以外では3の濃度は上昇しないため、目視では競争阻害が観察されなかった。ホストが接近した場合にのみ、ホストの酸性度が1, 2を安定化、ホスト菌糸に到達を可能にし、その後分解して毒性を発揮、ホストを阻害したと説明することができる。

最後に、ホストの接近とは関係なくLambertellinシステムが常時稼働していること(機構①)を実験的に証明した。我々は高レベルで13Cラベル化した3の調製法すでに報告している4。このラベル化した3は質量分析においてアイソトポマーの存在のため特徴的な分子イオンシグナルを与える。ラベル体3の分解物においてもこの特徴は維持されるはずであると考え、ラベル化した3を添加して、特徴的なアイソトポマーを指標に分解物をGCMSにより探索した。本実験においても、denovo3による望まないラベル率の希釈を最小化する目的で、菌自身が培養液を酸性化、1, 2を安定化、培養液中での3への変換が遅いL. sp. 1346を用いた。実験の結果、痕跡量ながら、ラベル体3のアイソトポマー分布を反映したGCシグナルを保持時間13.4分に観測した(5)。このm/z 270のピークは非ラベル3添加時には単純化されたため、3由来の物質であると結論した。分子量は14増加しており、3の右側芳香環部がキノン型に酸化されたものと考えている。このGCシグナルは、3を痕跡しか与えないL. corni-maris通常培養液中においても見出すことができた。すなわち3は生合成と生分解との動的平衡の結果痕跡量しか検出されないが、1, 2の生産、3への変換、3の生分解はといったLambertellinシステムは恒常的に稼働していることを証明することができた。

3を添加したのちHPLCで分析したところ、保持時間15.3分に現れるlambertellol C (4)に由来するシグナルが著しく増大した。4は通常培養中ではほとんど検出されない。この結果を、3L. sp. 1346によって4に変換されたと説明することも可能であるが、その変換には複雑な機構が必要で、生体反応といえども考えにくい。ラベル体3の添加により増加した4のマススペクトルを測定したところ、通常のアイソトポマー分布であり、また本シグナルは顕著に増大することから、denovo3による希釈も考えられない。したがって、観察された4の増大は添加した3に由来するのではなく、培養液中に存在する1, 2が、3の添加刺激によって酸化されたと結論した。GCMSで見出した分解物シグナルを3の酸化体(キノン)と推定しているが、酸化反応という点で共通しており、3を酸化して解毒分解するべく、シトクロムP450系酵素が活性化、この酵素が1,2も酸化したと考えている(Scheme 1)。

 以上の実験結果を6にまとめた。パラサイトL. corni-marisは、健常なリンゴ果実には侵入できないのであろう。一方、リンゴモニリア病は、花期直後に問題になるが、その病原菌であるM. fructigenaの侵入経路は果梗(かこう)からと考えられている。M. fructigenaに感染した果実では防御力が低下しており、L. spp.の侵入を許してしまうと考えることができる。パラサイトはその繁栄のためには先住者M. fructigenaと同時に生育することを避ける必要があったのであろう。しかし、同じキンカク菌科に属する両菌は遺伝子的に近縁なため、パラサイトはホストのみに選択毒性を有する二次代謝物を獲得することができなかった。そこで、生産者にも有毒な代謝物を、自身は解毒分解することで自身は深刻なダメージを受けることなくホストを駆逐するという上記Lambertellinシステムを進化の過程で獲得したと考えることができる。

有機化学的アプローチのみが、本現象の機構に迫ることができたと考えている。

文献)

1. M. Nomiya, M. Hashimoto et al., J. Org. Chem., 73, 5039 (2008).

2. T. Murakami, M. Hashimoto et al., Biosci. Biotechnol. Biochem., 71, 1280 (2007).

3. T. Murakami, M. Hashimoto et al.T., Org. Lett. 6, 157 (2004).

4. T. Murakami, M. Hashimoto et al.T., J, Am. Chem. Soc., 126, 9214 (2004).

 
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