Tetsu-to-Hagane
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Review
Stress-Strain Curves of Steels
Noriyuki TsuchidaStefanus HarjoTakahisa OhnukiYo Tomota
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2014 Volume 100 Issue 10 Pages 1191-1206

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Synopsis:

Stress-strain curve is essentially important to evaluate microstructural dependence of mechanical properties in steels and has been widely used in materials researches. Hence lots of experimental and theoretical studies have been made so far. Historical progress on this issue is briefly reviewed focusing on empirical relationships between microstructure and mechanical properties, theoretical modeling using continuum mechanics, deformation mechanism revealed by neutron diffraction, and modeling based on thermodynamics of dislocation motion. Mutual correspondence among these four topics is highlighted.

1. はじめに

材料の力学特性を端的明瞭に表すのは「応力−ひずみ曲線」である。真応力(σ)−真ひずみ(ε)曲線と3次元Hookeの式を組み合わせて,一般的な弾塑性変形挙動が記述される。我々はσ-ε曲線を理解することが種々な力学特性の本質的な理解をもたらすと考える。鉄鋼材料のミクロ組織は階層的で複雑多様であるが,突き詰めれば単結晶の弾塑性変形が基本であり,その変形挙動は弾性的にも塑性的にも異方性を示す。フェライト鋼やオーステナイト鋼は結晶方位の異なる結晶粒が集合した多結晶体(以後,単相多結晶体と記載)であり,究極の複合材料とも考えられる。多くの実用鉄鋼材料では,これに第二,第三の相あるいは組織(パーライト,ベイナイト,マルテンサイト等)が混在する複合組織状態を呈している(以後,複合組織体と記載)。従来は,各種力学特性もしくはσ-ε曲線に対して化学組成・ミクロ組織因子を用いた回帰分析式が研究の主流であったが,この方法では本質的な理解は得られない。このような研究に関するこれまでの歴史的経緯を第2章で述べる。ミクロ組織状態とσ-ε曲線の関係を定量的に理解するには,単相多結晶体と複合組織体に分けてマイクロメカニックスモデルで取り扱う方法が有効であり,第3章で説明する。そこでは,相応力や結晶粒の方位に依存する〈hkl〉粒応力で表される不均一応力分布(応力分配)がポイントとなる。これら相応力や〈hkl〉粒応力と関係する弾性ひずみは,実験的にその場中性子回折によって測定することができる(第4章)ので,両者を組み合わせることで理解が深まる。さらに,σ-ε曲線に及ぼす温度(T)とひずみ速度( ε ˙ )の影響は,現状のマイクロメカニックスモデルでは取り扱えず,転位運動の熱活性化機構に基づくKocks-Mecking(KM)モデルによる予測を第5章で説明する。

2. 力学特性と化学組成・ミクロ組織の関係の定量化に関する歴史的経緯と課題

2・1 力学特性の化学組成・ミクロ組織因子による定式化の試み

材料の力学特性は化学組成のみでなくミクロ組織に敏感に依存するので,これらの関係を定量的に表す努力が続けられている。その中で,1970年代にPickeringらによって作られたTable 1に示す化学組成・ミクロ組織と力学特性の回帰式1,2,3)が長年にわたって重用されてきた。1986年には力学特性予測モデルの一部として江坂らによる改訂4)が報告される等,化学組成・ミクロ組織と個々の力学特性に関する実験回帰式の提案は現在に至るまで続いている。今後,ニューラルネットワーク法の導入等でこれらの関係の予測精度が向上すれば,実用上きわめて便利であろう。しかし,回帰対象範囲外の新鋼種開発に対しては外挿となり,また,物理的理解を伴わないのでブラックボックスとしての活用にとどまり,本質的理解は得られない。

Table. 1.

Properties versus microstructural parameters summarized by Pickering et al.1,2,3).

2・2 σ-ε曲線の化学組成・ミクロ組織因子による定式化の試み

前節のTable 1においては,延性−脆性遷移温度以外はσ-ε曲線から求められる特性値であり,お互いに関連しているにも関わらず,個々の特性値ごとに回帰分析がなされている。日本鉄鋼協会・変形特性の予測と制御部会(吉永日出男主査:1990-1994年)5)において梅本・友田は鉄鋼6社とチームを組んで,σ-ε曲線自体を定式化し,その数式の定数を化学組成および組織因子で回帰分析により表現することを試みた。σ-ε曲線が得られれば,種々な特性値は自動的に求めることができるので一貫性がある。引張試験により測定される公称応力(s)−公称ひずみ(e)曲線から求めるσ-ε曲線は,次のn乗硬化式で近似されることが多い。   

σ = K ε n (1)

ここで,Kは強度係数,nは加工硬化指数と呼ばれる。これらの値は化学組成とミクロ組織に依存し,n値は塑性加工能の指標として現場における利用実績が高い。ただし,この式は弾性ひずみ(εe)と塑性ひずみ(εp)を区別して表すには不向きであり,弾塑性変形挙動の解析では次のSwiftの式がよく用いられる。   

σ = a ( b + ε p ) N (2)

ここでabおよびNは材料定数である。有限要素法(FEM)弾塑性変形シミュレーションでは,この式を使う計算ソフトが多い。梅本・友田らの研究では,この(2)式を採用したので,力学特性は以下のように求めることができる。   

( σ e ) σ e = a b N (3)
  
0.2 % ( ) ( Y S ) Y S = a ( b + 0.002 ) N (4)
  
( T S ) T S = a N N (5)
  
( U . E l ) U . E l = exp ( N b ) 1 (6)
  
( n ) n N b (7)
  
( H V ) H V = c σ 0.08 (8)

(8)式のcは弾塑性変形解析によると2.8~3.0,σ0.08εpが0.08におけるσである6)。また,Tsuchidaらは炭素鋼において観察されるリューダース伸びの大きさが下降伏応力における加工硬化率から推定されることを示している7)。さらにσ-ε曲線を構成式で整理しておけば,複雑な塑性加工のFEM解析等にも展開できる。前述の共同実験では51鋼種を溶解し,種々なミクロ組織に調整して,統一した方法で引張試験等を行った5)。引張試験により得られるσ-ε曲線は再現性がよく精度が高いのに対して,結晶粒径,第2相体積率,パーライトラメラー間隔等のミクロ組織因子の定量測定結果では実験誤差が大きかった。さらに,電子顕微鏡観察を用いた転位密度や炭化物サイズを定量化することは容易でなかったので,中途半端であるが変態温度(Ttran)や焼戻しパラメータ(It)等のプロセス因子でミクロ組織情報を整理せざるを得なかった。最終的にまとめた単一組織(フェライト,パーライト,ベイナイトおよびマルテンサイト)の回帰分析結果をTable 2に示す。フェライト−パーライト鋼のような2つの組織からなる複合組織体の計算に関しては,構成組織のσ-ε曲線の計算にTable 2の値を用い,次章で説明するマイクロメカニックスのSecant法を採用して予測した8,9)

Table. 2.

Constants of the Swift equation as a function of chemical compositions and microstructural parameters5).

2・3 回帰分析法利用の限界とその後の展開

製造現場等では回帰分析式がきわめて有用であるが,現象を理解し鉄鋼の科学として発展させてゆくには物理モデルによる定量的理解が必須である。次章ではマイクロメカニックスによる取り扱いの現状と課題を述べる。そのモデルの妥当性を実験的に検証するには,従来の顕微鏡観察等のみでは不十分であり,ミクロ因子に関して材料試験片の試験部を代表するグローバル平均情報が得られる中性子回折実験が威力を発揮する。また,σ-ε曲線はT ε ˙ の影響を受けるが,これまで暗黙の下に常温におけるJIS規格に準じた ε ˙ (10−4~10−3 s−1程度)のデータを扱ってきた。 ε ˙ の影響を表す簡便な近似式としては,次のm乗式がよく使われている。   

σ = σ a + K ' ε ˙ m (9)

ここで,σaは非熱的応力,K’は定数,mはひずみ速度感受指数(m値)である。m値はTによって変化する。T ε ˙ の影響は転位運動の熱活性化機構に基づいて理解されるべきで,これを表現したKMモデルが鉄鋼材料へ適用されている。これらマイクロメカニックスモデル,KMモデルおよび中性子実験の発展によって,回帰分析法では不可能な本質的な理解が深まると期待される。

3. 応力−ひずみ曲線の連続体力学を用いた解析

3・1 マイクロメカニックスの発展経緯

ミクロ組織からマクロな弾塑性変形挙動へのアプローチとして,連続体近似による取り扱いが有効である。その代表的手法としてマイクロメカニックスがある10,11)。構成相間あるいは結晶方位の異なる結晶粒間の弾性係数の差異や塑性ひずみ差に起因する内部応力が求められ,中性子線をはじめとする量子ビーム回折によるひずみ測定結果と比較することができるため,σ-ε曲線の予測法として有望である。

マイクロメカニックスは,Eshelby12)によって等方弾性無限体中に埋め込まれた固有(eigen)ひずみを有する1個の楕円体介在物のひずみと応力が理論的に導かれたことが基礎となっており,“セルフコンシステント”と“平均場”と呼ばれる計算方法が発展してきた。セルフコンシステント法では多結晶体全体を基地(本稿ではセルフコンシステント法の場合は単相多結晶体あるいは複合組織体全体を指す用語として用いる;“マトリックス”と同語であるが,剛性マトリックスとの混同を避けるため“基地”とした)と考えて個々の結晶粒と基地の相互作用を考えるのに対して,平均場法では複合組織体を構成するどちらかの相を基地(平均場法の場合は母相を指す用語として用いる)と考えて第二相との相互作用を取り扱うという相違がある。

また,両方法ともに固有ひずみの弾性的適合モデルから始まり,塑性緩和を考慮したモデルへと移行してきた。セルフコンシステント法では,塑性緩和を考慮しないKröner,Budiansky and WuのKBWモデル13,14),緩和を考慮したモデルにはHill,HutchinsonのEPSC(Elasto Plastic Self-Consistent)モデル15,16,17)やBerveiller and Zaouiの修正KBWモデル,または,簡易Hillモデル18)などがある。

一方,平均場法を用いた複合組織体の弾塑性変形ではTanaka and Mori19)とBrown and Stobbs20)による直線硬化理論がよく知られている。この手法はTomotaらによって延性2相からなる複合組織体の弾塑性変形に適用された21)。弾塑性変形域においては,塑性ひずみ差が界面あるいは粒界近傍で局所的に大きな内部応力を発生させ塑性緩和が生じ変形応力が低下する。この塑性緩和に関して多くのモデル化が試みられたが汎用的でなく,Wengは塑性緩和機構の詳細を問わず弾性拘束を弱めるSecant法を提案した8,22)。この方法は,繰り込み法を用いてフェライト−ベイナイト−マルテンサイト鋼23)やTRIP鋼24)へ拡張され,最近,小山によりPhase field法と組み合わせて多様な組織形態へと展開されている25,26)。また,大貫はセルフコンシステントSecant法を提案している27)

現在,量子ビーム回折実験結果との比較検討には,単相多結晶体ではEPSCモデル,複合組織体ではSecant法がよく用いられているので,この両モデルの概要を以下で説明する。

3・2 EPSCモデルによる単相多結晶体のσ-ε曲線の予測

セルフコンシステント法では,試験片のマクロ応力は個々の結晶粒のミクロ応力の平均値に等しく,マクロひずみはミクロひずみの平均値に等しいと仮定する。Krönerにより単相多結晶体の弾性変形に適用(前述のKrönerモデル)され13),1962年にはBudiansky and Wuによって非硬化材の単純引張,単純ねじりのσ-ε曲線が計算された14)。この結果は,ひずみが大きくなるにつれ変形応力が全ての結晶粒の降伏を意味する一定値に漸近しており,Bishop and Hillの剛塑性理論28)による降伏応力と一致するものであった。これらは総じてKBWモデルと呼ばれ,次式で表される。   

σ ˙ c = σ ˙ 2 μ ( 1 β ) ( ε ˙ c p ε ˙ p ) (10)

ここで, σ ˙ c ε ˙ c p は単結晶の応力増分と塑性ひずみ増分, σ ˙ ε ˙ p は単相多結晶体平均の応力増分と塑性ひずみ増分(この分野では一般に「速度」と呼ばれるが,5章で出てくるひずみ速度との混乱を避けるため本解説では「増分」と記した。両分野の慣例により記号は同じになるので留意されたい),μは剛性率,βは介在物が球形の場合のEshelbyテンソルの偏差成分である。その後Hillは,(10)式は弾性変形のみの場合に成立する式であるとし,実際は周辺も塑性変形することにより介在物の拘束が緩和されると考え,σ-ε曲線における接線を用いひずみ増分と応力増分の間の接線関係を仮定した理論を発表した15)。この方法では,適当な硬化則が必要となるとともに,Eshelbyテンソルが多結晶体の接線弾塑性剛性マトリックスに依存するため繰返し計算を行う必要がある。この方法を用いてHutchinsonはFCC多結晶体の単純引張変形を計算し16),その後,HillとHutchinsonの計算方法を基にプログラミング化されEPSCモデルと呼ばれるようになった。現在,ロスアラモス研究所で双晶変形も加えたソフトを提供している。Clausenらは,ステンレス鋼,アルミニウム,銅などの単相多結晶体のEPSCモデルによる計算を行い,計算結果が引張変形中その場中性子回折実験の結果と良く一致し,変形に伴う格子ひずみ(以後,〈hkl〉粒ひずみと呼ぶ)の挙動やσ-ε曲線をよく表すことを示した17)。ステンレス鋼に関する結果をFig.1に示す。塑性変形が開始する順番はシュミット因子のみでなくヤング率の大きさに強く依存する。そのためシュミット因子が同じ〈100〉と〈110〉では,ヤング率の小さい前者は塑性変形のかなり後期まで弾性変形のみを示す(Fig.1(b)で〈200〉粒ひずみが大きくなっている)が,後者は早い時期に塑性変形を開始し〈110〉粒ひずみの増加が停滞することがモデル計算にも測定結果でも示されている;Fig.1には引張変形中その場中性子実験で得られた結果がプロットしてあり,計算と実験が良く一致している。EPSCモデルはεpが大きくなると適用できないので,最近では,大ひずみ域まで拡張したEVPSC(Elastic Visco-Plastic Self-Consistent)モデル29)が提案され,集合組織形成の議論もされている。

Fig. 1.

 Tensile strain (a) and elastic lattice strain (b) during tensile deformation in an austenitic stainless steel17).

ここではEPSCモデルを基に単結晶(結晶方位の異なる個々の結晶粒)の剛性マトリックスとすべり系,加工硬化則を用いて単相多結晶体のσ-ε曲線を予測する方法の概要を説明する。変形とともに変化する剛性マトリックスを導入し,変形の進行を増分形で表す。 σ ˙ ε ˙ σ ˙ c と単結晶のひずみ増分 ε ˙ c について,次式が成り立つ。   

σ ˙ = L : ε ˙ (11)
  
σ ˙ c = L c : ε ˙ c (12)

ここで,Lは多結晶体,Lcは単結晶の接線弾塑性剛性マトリックスである。Hillによると,無限体に埋め込まれた楕円体介在物のEshelbyの解に基づき全域拘束テンソルL*により次式が示される。   

( σ ˙ c σ ˙ ) = L * : ( ε ˙ c ε ˙ ) (13a)
  
L * = L : ( S 1 I ) (13b)

Sは弾塑性Eshelbyテンソルである。ここで,(13a)式はKBWモデルの(10)式と比較すると類似した式になっているが応力緩和されている。すなわち,EPSCモデルを単純化した方法がKBWモデルになる。

次に,(11)~(13)式より, ε ˙ c ε ˙ により,次のように記述することができる。   

ε ˙ c = A c : ε ˙ (14a)
  
A c = ( L c + L * ) 1 : ( L + L * ) (14b)

ここで,途中のLと強制されたひずみ増分により,(14)式から個々の結晶粒のひずみ増分が求められる。しかし,Lは個々の結晶粒の反応に依存しており,それは多結晶体平均のひずみがすべての構成結晶粒の加重平均(〈 〉で表わす)に等しいと考えて反復法で見つけることになる。すなわち,   

ε ˙ = ε ˙ c (15)

(11),(14)と(15)式を用いて,Lを求めと,   

L = L c : A c (16)

となる。(16)式のように右辺のAcにはLが含まれ,Lの導出には繰返し計算を行う。

一方,Lcは活動するすべり系で表される16)。   

L c = C c : ( I s m s f s ) (17)

ここで,結晶粒内の活動すべり系をs,その時のシュミット因子をmsで示し,すべり系に沿ったσとεのせん断成分は,ms= 1 2 ・(nibj+njbi)で与えられる。nはすべり面の法線ベクトルで,bはすべり系のバーガースベクトルである。fs ε ˙ c とせん断ひずみ増分 γ ˙ s の関係式から得られる。   

γ ˙ s = f s : ε ˙ c (18)
  
f s = r ( X 1 ) s r m r : C c (19)

ここで,mrはすべり系rのシュミット因子,Ccは単結晶の弾性マトリックスであり,マトリックスXsrは以下の式で与えられる。   

X s r = m s : C c : m r + h s r (20)

(20)式のhsrは加工硬化係数である。つまり,すべり系sにおける臨界分解せん断応力τsは,他のすべり系の影響を受けるので,適当な加工硬化則が必要となる。   

τ ˙ s = r h s r γ ˙ r (21)

ここで, γ ˙ r はすべり系rのせん断ひずみ増分である。以上の式を用いて,繰返し計算によりLcを定め,Lを求めてσ-ε曲線を得る。

3・3 Secant法による複合組織体のσ-ε曲線の予測

平均場理論は,有限な領域にある体積率を持つ楕円体介在物が存在する場合について,組織を構成するいずれかの相を基地(母相)と考え,各構成相の平均応力と平均ひずみにより相互干渉を考慮する方法である。すなわち,変形応力を加えた場合,介在物が多数あると自由表面の影響も含めて相互干渉し介在物の平均応力(または,平均ひずみ)と基地の平均応力(または,平均ひずみ)が釣り合うと考える。Mori and Tanakaによる平均場理論30)では,構成相のいずれかを基地とみなすので,その選択により変形応力の上界と下界が計算できる。2相からなる複合組織体の弾性変形の場合にはHashin and Shtrikmanの上下界と一致する31)。また,セルフコンシステントのような繰返し計算をしなくて済むため,計算が比較的簡単である。そのため,熱膨張係数32),熱伝導率33)の予測など様々な分野で用いられている。塑性緩和を取り入れたσ-ε曲線の予測では,Wengにより平均場と連続体塑性力学の全ひずみ理論を用いたSecant法が提案された8,22)。介在物は球形とし,基地と介在物それぞれのσ-ε曲線を与え,基地のσ-ε曲線の任意の点と原点を結んだSecant弾性係数を考えることで塑性緩和を考慮し,相応力の変化を追いながら複合組織体の変形応力を計算した。日本鉄鋼協会の研究会5),Kotaniら9)やTsuchidaら34)によって,フェライト−パーライト,フェライト−ベイナイト,フェライト−マルテンサイト鋼のσ-ε曲線がSecant法により精度良く予測できることが報告されている。

2相からなる複合組織体の場合,基地と介在物がともに弾性変形のステージ1,基地または介在物のいずれかが塑性変形を開始したステージ2,基地と介在物が共に弾塑性変形するステージ3の3段階に分かれる。ステージ1は通常の等価介在物法が適用でき,ステージ2,3でSecant法を用いる。Fig.2に示すσ-ε曲線において,基地と介在物がそれぞれσ(0),σ(1)の応力を負担しているとする。基地は弾塑性変形状態であるが,Secant弾性係数E0sの弾性変形状態であるとみなし,塑性ひずみεp(1)を有する介在物が埋め込まれていると考えればMori and Tanakaの平均場より両構成相間の応力分配が計算できる。弾性係数が異なるのでEshelbyの等価式は次のようになる。E0sの弾性体に置き換えた基地だけに外力σがかかっているとひずみε0となる。   

σ ( 1 ) = σ ¯ + σ ˜ + σ p t = E 1 ( ε 0 + ε ˜ + ε p t ε p ( 1 ) ) (22a)
  
= E 0 s ( ε 0 + ε ˜ + ε p t ε p ( 1 ) ε * ) (22b)
  
ε p t = S 0 s ( ε p ( 1 ) + ε * ) (23)

Fig. 2.

 Schematic illustration of the secant method, where phase 0 means matrix, phase 1 inclusion or the second phase, and 1+0 dual phase (microstructure) alloy. (Online version in color.)

ここで,σptεptはσとεの乱れであり,S0sは基地のSecant Eshelbyテンソル,ε*は等価ひずみである。介在物が球形で基地が等方体であるとすれば,S0sは次式で表される。   

S 0 s = ( α 0 s , β 0 s ) (24a)
  
α 0 s = 1 3 ( 1 + ν 0 s 1 ν 0 s ) , β 0 s = 2 15 ( 4 5 ν 0 s 1 ν 0 s ) (24b)

α0s,β0s,ν0sは,それぞれSecant Eshelbyテンソルの等方成分,偏差成分とSecantポアッソン比を意味する。また,平均場条件より次式が得られる。   

σ ˜ = f 1 σ p t (25a)
  
ε ˜ = f 1 ( S 0 s I ) ( ε p ( 1 ) + ε * ) (25b)

実際の計算では基地のσ-ε曲線を(2)式などで近似しておき,適当なεpを与えてSecant弾性係数等を求めながら繰返し計算を行うことにより,2相からなる複合組織体のσ-ε曲線を得る。また,弾塑性変形状態であるステージ2では,基地と介在物どちらが先に降伏するかで計算結果が異なる。基地が先に降伏した場合はSecant法により,介在物が先に降伏した場合は塑性緩和の影響が小さいと考えられるため,Mori and Tanakaの平均場の理論より計算を行う8,9,26)Fig.3にフェライトとマルテンサイトの引張試験で得られたσ-ε曲線を基に,各々を基地にして計算したDP鋼のσ-ε曲線(上界および下界に対応)と応力分配の挙動を示す35)。次章で述べる中性子回折実験で測定される相ひずみと計算結果を比較することにより,モデルの妥当性を検証できる。

Fig. 3.

 Flow curves of a ferrite-martensite steel (with martensite volume fraction of 56%) for the upper condition (martensite matrix: closed circles and solid line) and the lower condition (ferrite matrix: open circles and dashed line) computed using the secant method, in which stress/strain partitioning behaviors were plotted35). (Online version in color.)

3・4 結晶塑性FEM多結晶体モデル

上述したEPSCモデルやSecant法は簡便な計算に便利であるが,塑性緩和機構自体の物理現象をブラックボックス化しているので,個々の結晶粒内の不均一塑性変形の詳細が議論できない難点がある。一方,σ-ε曲線の予測や各種塑性加工の解析には結晶塑性に基づくFEMがよく用いられている36)。結晶塑性FEMを用いると塑性変形に伴う結晶粒回転や個々の結晶粒内の応力・ひずみ分布を取り扱うことが可能になる37)。実際の引張試験により得られるσ-ε曲線を予測するには結晶粒の数と粒内の分割要素数を増やして大規模計算をする必要がある。たとえばEPSCモデルでは5,000個程度の結晶方位の異なる結晶粒を入れて統計精度を上げている38)。このような大規模計算を行うのは容易でないが,京コンピュータをはじめ高速計算を実現するコンピュータを利用すれば,計算自体は不可能ではなくなりつつあり,今後の課題としてあげられる個々の結晶粒内の不均一塑性変形も取り込んだσ-ε曲線の予測には,大規模結晶塑性FEM解析など計算シミュレーションの発達に期待するところが大きい。結晶塑性FEMシミュレーションの現状と展望については,Rotersらによる詳しい解説39)がある。

4. 中性子回折を用いた単軸変形のその場解析

σ-ε曲線は変形を受けた材料の平均値としての応力とひずみの関係であり,相間や組織間,結晶粒間で弾塑性変形挙動は異なる。中性子線はその大きな透過能力が特長であり,引張変形中その場中性子回折実験では,相ひずみや〈hkl〉粒ひずみを測定することができる。これによって,σ-ε曲線の中身を詳細に理解できる点において,非常に有効なツールである。特に,Fig.2や3に示したように,各構成相の変形応力を基に複合組織体のσ-ε曲線を計算するモデルの妥当性を検証する手段としても期待できる。これまでに中性子回折実験を利用した鉄鋼材料の弾塑性変形挙動に関する研究が多く行われ,それに関係する解説も多数報告されている40,41)。ここでは,大強度陽子加速器実験施設(J-PARC)の最新鋭の中性子工学回折装置・匠42,43)を用いた実験により明らかにされた最近の知見を中心に概説する。

Fig.4に中性子回折による測定手法を模式的に示す。試験片サイズの精密な結晶構造解析に基づき,回折ピークのシフト解析により格子ひずみ(相ひずみと〈hkl〉粒ひずみ),回折ピークのプロファイルブロードニング解析により転位組織(転位密度,転位セル(結晶子)サイズ等),回折ピークの積分強度解析により集合組織,複合組織体の場合は相比や相変態挙動等に関する情報が得られる40,41,44,45)。中性子回折には角度分散(AD)法および飛行時間(TOF)法がある。主として前者は原子炉中性子源の装置で用いられ,単色化中性子ビームおよび限られた検出範囲のため,同時に得られる回折ピーク数が少ない。後者は加速器型中性子源の装置で用いられ,広い波長幅を持ったパルス中性子ビームの有効利用で限られた検出範囲でも多数の回折ピークが同時に得られる。例えば,FCC構造のオーステナイト鋼の場合,15個以上の回折ピークが同時に得られる。そのため,その場測定にはTOF法の利用が有利である。匠は入射ビームに対して回折角が±90ºの一対の検出器バンクを装備している。試験機および試験片の負荷軸を水平にして入射ビームに対して45ºに設置することにより負荷軸方向およびその垂直方向の情報を同時に測定することができる42,43)

Fig. 4.

 Schematic illustration of in situ neutron diffraction measurement during deformation, and sample arrangement for the in situ measurement during loading at TAKUMI/J-PARC. (Online version in color.)

負荷応力をかけるとそれに比例して(hkl)格子面間隔が変化するため,〈hkl〉結晶粒群の平均値として〈hkl〉粒ひずみ(εhkl)が次式で求められる。   

ε h k l = d h k l d h k l 0 d h k l 0 (26)

ここで,dhkld0hklはそれぞれ測定した(hkl)面間隔および無負荷時の値(基準値)である。一方,複合組織体の構成相の相ひずみ(εphase)を求める場合,リートベルト法を用いたマルチピークフィッティング解析46)で精密化した格子定数(αphase)から次式で求められる。   

ε p h a s e = a p h a s e a p h a s e 0 a p h a s e 0 (27)

ここで,α0phaseは無負荷時の格子定数である。単相多結晶体の場合には,(27)式は試験片全体のひずみを意味する。これらは弾性ひずみであり,次のHookeの式により変形応力が算出できる。   

σ x x = E ( 1 2 ν ) ( 1 + ν ) { ε x x + ν ( ε x x + ε y y + ε z z ) } (28)

ここで,Eはヤング率,νはポアッソン比で引張方向x,その垂直方向yzである。しかし,Fig.4に示すように,同一の結晶粒群を対象にした〈hkl〉粒ひずみは一方向のみしか測定できない(たとえば,同じ〈111〉粒ひずみを2方向から測定しても測定対象となる結晶粒群が異なる)ため,〈hkl〉粒応力は原理上計算できない。これに対して,(27)式による相ひずみを3方向から求め(28)式に代入すれば相応力を推定できる(ただし,応力主軸の3方向から測定した場合)。

4・1 単相多結晶体の変形解析(オーステナイト鋼の例)

ここでは,単相多結晶体の単軸引張変形中その場中性子回折によって得られる〈hkl〉粒ひずみについて概説する。弾性変形領域での変形挙動の違いは,結晶方位に依存する弾性率の違いに起因する。弾塑性変形領域では,それぞれの結晶粒の変形挙動は弾性異方性とすべり系に対するシュミット因子の組み合わせに依存する。

市販のSUS304鋼試験片を,Fig.4のように設置して引張変形中のその場中性子回折実験を行った47)。引張変形は,弾性域では段階的な荷重制御で行い,塑性域ではクロスヘッド速度一定制御で連続的に行った。変形前の軸方向の典型的な回折パターンをFig.5に示す。多くの(hkl)回折ピークが同時に得られるため,Fig.5の挿入図のように,それらの回折ピーク積分強度比から逆極点図が得られる。Fig.6(a)は,負荷応力に対する〈hkl〉粒ひずみの関係を示す。垂直方向の〈hkl〉粒ひずみは軸方向に比べて小さくポアッソン比を表している。変形はFig.6に示すように3つのステージに分けられる。ステージ1では,すべての〈hkl〉粒群は弾性変形であり,負荷応力に対する〈hkl〉粒ひずみ応答が線形で,その傾きは回折弾性定数(DEC)と呼ばれる。この図から求めたDECの値をTable 3に示す。DECは多結晶体中の結晶粒の弾性変形が周囲の結晶粒から拘束を受けるため単結晶のヤング率とは一致しないが,大きさの結晶方位順は同じである40)。DECは単結晶の弾性係数からKrönerモデル48)を使ってよく近似されている(3章のマイクロメカニックスによる方法)。ここで注目すべきはDEC〈311〉の値がひずみゲージで測定した平均のヤング率に近いことである38)。ステージ2では,負荷応力に対する〈hkl〉粒ひずみ応答が直線から偏倚して,grain-to-grain yieldingが生じている。3・2節で述べたEPSCモデル計算38)によると,シュミット因子だけでなくDECの大きい結晶粒ほど塑性変形は早く開始する。Fig.6 (a)のステージ2では,〈111〉結晶粒が優先的に塑性変形するため,まだ弾性的に変形している〈200〉結晶粒がより大きな〈hkl〉粒ひずみを負担している。ステージ3では,全〈hkl〉粒が弾塑性変形するため,負荷応力に対する〈hkl〉粒ひずみ応答が再び線形的になる。なお,今回のSUS304鋼の結果では,変形後の中性子回折パターンおよびSEM-EBSD観察においてマルテンサイト変態の痕跡は見られなかった。Fig.6の〈311〉粒ひずみに注目すると,全ステージに亘って負荷応力に対する〈hkl〉粒ひずみ応答がほぼ線形である。回折パターンを観察すると,(311)ピークの積分強度は弾塑性変形中に常に一定であるだけでなく軸方向と垂直方向で同じ程度であり,塑性変形による結晶回転が小さいことを表している。さらに,〈311〉粒ひずみとリートベルト解析による(27)式によるひずみは,Fig.6(b)に示すようにひずみゲージによる試験片のひずみと良い一致を示した。同様にBCC構造のフェライト鋼の場合には試験片のバルク平均弾性ひずみを近似できるのはリートベルト解析による(27)式のひずみと〈211〉粒ひずみ49)である。そのため,X線や中性子AD法等ではFCC(311)回折およびBCC(211)回折の単一ピーク解析がバルク平均弾性ひずみまたは相ひずみの評価に用いられる。フェライト鋼においても,最初に降伏する結晶粒はヤング率とシュミット因子の大きさの両方の影響を受け50),変形前から変態転位の多いマルテンサイト鋼は特異な変形挙動を示す51)ことも明らかにされている。

Fig. 5.

 Typical diffraction patterns of SUS304 steel for the axial direction taken before deformation. Inverse pole figure analyzed from the pattern was inserted.

Fig. 6.

 Lattice strains measured from typical (hkl) peaks for the axial and the transversal directions, plotted against the applied true stresses in (a). Axial lattice strains from (311) and average lattice strains obtained from the multi peak analyses (Rietveld analysis) are compared to elastic strains derived from the applied stresses in (b).

Table 3.  Diffraction elastic constants (DEC) and diffraction Poisson’s ratio.
DEC (GPa) Diffraction Poisson’s ratio
measured Kröner measured Kröner
111 245 ± 2 241.4 0.23 ± 5 0.246
200 147 ± 3 148.4 0.34 ± 3 0.344
311 187 ± 4 186.9 0.29 ± 6 0.303
bulk (strain gauge) 186 ± 5 199.1 not meas. 0.290

4・2 複合組織体の変形解析

現在使用されている材料および今後注目される材料の多くは複合組織を有し,〈hkl〉粒ひずみに加えて相ひずみが重なる。フェライトとセメンタイトからなるパーライト鋼52),残留オーステナイトを含んだ焼戻しマルテンサイト鋼53),2相ステンレス鋼54,55,56),球状黒鉛鋳鉄57,58)等において,構成相間の相ひずみ分配が引張圧縮変形中その場中性子回折法により明らかにされている。

軟質なフェライトと硬質なマルテンサイトからなるDual-Phase(DP)鋼は加工硬化が大きく,高強度と高延性を両立した代表的な鋼であり,複合組織体における高強度化と加工硬化59,60,61)の関係を明らかにする研究に適している。しかし,DP鋼の構成相はフェライト(BCC)とマルテンサイト(BCT)であるため,両者の回折ピークはほぼ重なってしまい,従来は分離して解析することが困難であった。しかし,J-PARC匠は分解能が高いのでDP鋼の引張変形挙動の定量的な解析が可能になった62)。マルテンサイト体積率の異なる3種類のDP鋼,Steel A,BおよびC(それぞれ25%,56%および72%)を用いて,単軸変形中その場中性子回折実験を行った。フェライトとマルテンサイト間のピーク分離を可能とする統計精度の高い回折データを取得し,データ解析にはBCCとBCTの結晶構造モデルを畳込して,変形によるBCT軸比c/aの変化は無視できると仮定して解析を行った。変形前後の(200)回折ピークのプロファイル分離例をFig.7に示す。Fig.8(a)は,Steel A,BおよびCの引張軸方向のフェライトとマルテンサイトの相ひずみの変化を示す。図中のP1,P2はそれぞれFig.6 (b)のステージ1と2の境界点およびステージ2と3の境界点に相当する。P1以降はフェライトが塑性変形を開始したためマルテンサイトが応力をより大きく負担することがわかる。フェライトの降伏応力は,A<B<Cの順で大きい。これは,マルテンサイト体積率の増加にともなうフェライトの結晶粒微細化効果63)が関係していると考えられる。その後P2に達すると,マルテンサイトの降伏応力に達し,塑性変形が開始する60)Fig.8(b)および(c)は,それぞれSteel Bの引張軸方向のフェライトおよびマルテンサイト内の〈hkl〉粒ひずみの変化を示す。Fig.6(a)と同様に,〈100〉結晶粒群は塑性的に硬質で,〈110〉結晶粒群は軟質であることを表している。このように複合組織体では相応力に〈hkl〉粒応力が重畳して発生する。これらより,DP鋼における高い加工硬化は,拘束によるフェライトの塑性変形抑制とマルテンサイトが高い変形応力を負担するためであることがわかった。このような応力・ひずみ分配挙動は,3章で述べたマイクロメカニックスモデルによる計算と比較することができる。

Fig. 7.

 (200) diffraction peaks of a DP steel (Steel C) for ferrite and martensite phases at an applied stress of (a) 0 MPa and (b) 1465 MPa62).

Fig. 8.

 (a) Axial phase strain partitioning between ferrite and martensite phases in three DP steels. Axial lattice strain partitioning for (b) ferrite phase and (c) martensite phase in Steel B62).

装置の高分解能を利用し,加工誘起変態に伴うTRIP型複合組織鋼の変形解析も明らかにされてきた。TRIP効果は,準安定オーステナイトが弾塑性変形中に高強度なマルテンサイトに相変態することによって起こるが,変形中に変態したマルテンサイトの変形応力への寄与に関する定量的な知見はなく,構成組織間の応力分配挙動は,フェライト母相と残留オーステナイト間の評価にとどまっていた64,65)。しかし,匠の実験ではDP鋼のようにフェライトとマルテンサイト間のピーク分離が可能となりマルテンサイトの相ひずみの評価が可能となった66,67)

4・3 中性子実験の課題と今後の展望

4・1,4・2節では,室温における単軸変形中その場中性子回折実験の例を紹介した。試料表面のEBSDによる準その場測定と中性子その場回折を併用すると,ミクロな変化とそのグローバル平均がわかる68,69)。この融合方法によってSuらは超微細粒電析鉄のランクフォード値7を超える原因が,限定されたすべり系の活動と弾塑性変形に伴う結晶粒の合体成長であることを明らかにした70)。また,単軸変形中その場中性子回折実験中にAcoustic Emissionの同時測定を行うことで岩石の変形解析71)やMg合金の双晶変形解析72)が明らかになった。さらに,低温73,74)および高温75)下での単軸変形中その場中性子回折実験も可能になりつつある。高強度の中性子源,高い装置分解能と充実した試料周辺環境はもちろんのこと,高度なデータ集積法および柔軟なデータ処理法は重要な改善点である。最近,試料周辺環境の諸条件に対応したデータ処理法76)が可能となってきており,疲労試験のような速い繰り返し現象に対してストロボスコピック測定も期待できるようになった。

弾塑性変形中の転位密度,転位組織形態や結晶子サイズ等の情報が揃えば,変形挙動をより深く理解し力学特性予測モデルの発展に寄与できるが,TOF法中性子回折を用いた転位組織の定量評価はほとんど行われていない。一方,X線回折を用いた転位組織解析は古くから行われており,近年は転位コントラスト因子を考慮した修正Williamson-Hall法と修正Warren-Averbach法の組合わせ77,78)が主流のようである。しかし,そのデータ解析前の処理方法では,試料由来のプロファイルを取り出すためにStokes法79)またはVoigt関数法を用いたプロファイル分離法が多く,非対称なTOF法回折プロファイルへの適用が困難である。しかしながら,最近発展してきた修正Warren-Averbach法が組み込まれたCMWP(Convolutional Multiple Whole Profile fitting)法80)では,試料由来のプロファイルを取り出す処理もフィッティング過程の中でプロファイル畳込法を利用して行われている。このCMWP法はTOF法回折データの転位組織解析に適用可能と考えられ検討を進めている。

上述した回折手法で測定した〈hkl〉粒ひずみおよび相ひずみは変形応力と関連する弾性ひずみであり,塑性ひずみの情報も必要である。Harjoらは,3元系状態図平衡ライン上の化学組成を有するフェライト,オーステナイト単相とFe-Cr-Ni 2相鋼の引張変形中のその場AD法中性子回折で得られた転位密度から,2相鋼における相間の塑性ひずみ分配を推測した54)。これは,単相多結晶体の転位密度とσ-ε曲線の関係を基準にできたため可能であった。しかし,焼戻しマルテンサイト鋼53)のように転位密度の変化だけでは塑性ひずみの大きさを説明できない場合は多い。最近,結晶粒の塑性ひずみの不均一性は画像イメージコントラスト(DIC)法81)等により観察できるようになったが,表面の結晶粒は内部に埋め込まれている粒と異なり周囲による拘束が弱いため不均一塑性変形が過大評価されている可能性がある。透過能および空間分解能に限界があるため,試料内部の個々の粒内の不均一変形を測定する実験的方法はなく,計算シミュレーションの発展に頼らざるを得ないのが現状である。

5. Kocks-Mecking(KM)モデルによる変形応力の温度・ひずみ速度依存性の定式化

5・1 KMモデルの概要

5・1・1 転位運動の熱活性化過程

KMモデル82,83,84,85,86,87,88,89,90,91)は,転位運動の熱活性化過程に基づき,様々な温度(T)やひずみ速度( ε ˙ )でのσ-ε曲線を記述できる計算モデルである。塑性変形が転位運動による場合,変形応力のT ε ˙ 依存性は転位の運動に対する熱活性化機構に起因する92,93,94,95,96)。このとき,転位運動の障害は熱振動の助けを借りて乗り越えることのできる短範囲障害と乗り越えることのできない長範囲障害に分けることができる。この考えにより,σは次のように表すことができる。   

σ = σ a + σ t ( T , ε ˙ ) (29)

ここで,σaは長範囲障害に対応する非熱的応力成分,σt(T ε ˙ )は短範囲障害に対応する熱的応力成分であり,σはFig.9に示すように2つの応力成分の足し算で記述され,熱的応力成分が熱活性化過程により記述できる。

Fig. 9.

 Schematic illustration for the thermal activation of dislocation motion and short range barrier. (Online version in color.)

通常,結晶格子の熱振動エネルギーの大きさは,ボルツマン定数をkとするとkT程度であり,転位もこの程度のエネルギーで振動しているため,抵抗のおよぶ範囲がkT程度の大きさであれば転位はこの抵抗を熱活性化過程で越えることができる。熱活性化過程で越えられる障害が転位の運動経路上に点在しているならば,その障害間隔をlとすると,転位の一部が障害を越えて次の障害に止められるまで掃く面積Al2程度である92,93,94,95)。このようなことが単位体積あたりNth.個の点で起こるとき,バーガースベクトルbを用いて,   

ε p = N t h . A b (30)

εpを生じる。転位の熱振動数νの中で活性化エネルギーΔGを越えるエネルギーを持つ確率は,反応速度論よりνexp(−ΔG/kT)であるから,ある時間間隔dtの間にνexp(−ΔG/kT)dt回起こることになる。したがって,このような活性化点が単位体積あたりN0個あるとすると,   

N t h . = N 0 ν exp ( Δ G / k T ) d t (31)

の関係が得られる。(30),(31)式より,変形の進む ε ˙ は,   

ε ˙ = N 0 ν A b exp ( Δ G / k T ) = ε ˙ 0 exp ( Δ G / k T ) (32)

となる。このとき,ΔGは熱的応力の関数であり,乗り越えに必要な移動距離をλとすると,   

Δ G = Δ G 0 l λ b σ t ( T , ε ˙ ) (33)

である。ここで,ΔG0は熱的応力がゼロ,つまり,0 Kの時の活性化エネルギーである。このΔGについては,0 Kにおける熱的応力成分(しきい応力とも呼ばれ,以後MTS(Mechanical Threshold Stress)と記述)である σ ^ t やΔG0を用いて数式化する試みが行われ,Kocks81,82)は一般形として次式を提案している。   

Δ G = Δ G 0 [ 1 ( σ t ( T , ε ˙ ) / σ ^ t ) p ] q = g 0 μ b 3 [ 1 ( σ t ( T , ε ˙ ) / σ ^ t ) p ] q (34)

ここで,pqは定数で,0≦p≦1,1≦q≦2の範囲にある82,97)pqと熱活性化過程における障害物の種類との関係についてはOno97)により詳細に議論されている。μは試験温度におけるせん断弾性係数(剛性率)98)g0は定数である。(32)式に(34)式を代入すると,σt(T, ε ˙ )をT ε ˙ の関数として記述することができる。   

σ t ( T , ε ˙ ) = [ 1 { k T g 0 μ b 3 ln ( ε ˙ ε ˙ 0 ) } 1 q ] 1 p σ ^ t (35)

(35)式は熱活性化過程における熱的応力を記述する基本式となる。

5・1・2 KMモデルにおけるσ-ε曲線の計算

熱活性化過程に基づいたKMモデルでは,次の(36)式を基本に,σa,熱的応力,MTSなどを用いて以下のようにσ-ε曲線を計算することができる84,88,89)。   

σ μ = σ a μ + s I ( T , ε ˙ ) σ ^ I μ 0 + s D ( T , ε ˙ ) σ ^ D μ 0 (36)

ここで,μ0は0 Kにおけるμ98)s(T, ε ˙ )はT ε ˙ パラメータであり,下付添字Iはその固溶強化成分,Dは加工硬化成分を示し,それぞれ以下のように表される84,88)。   

s I ( T , ε ˙ ) = [ 1 ( k T g 0 I μ b 3 ln ε ˙ 0 I ε ˙ ) 1 q I ] 1 p I (37)
  
s D ( T , ε ˙ ) = [ 1 ( k T g 0 D μ b 3 ln ε ˙ 0 D ε ˙ ) 1 q D ] 1 p D (38)

また,(36)式における σ ^ I σ ^ D はそれぞれMTSの固溶強化成分,加工硬化成分であり, σ ^ I はσ-ε曲線における降伏応力に相当する定数であり, σ ^ D はεの関数として以下のように表される83,88)。   

σ ^ D = σ ^ D s [ 1 exp ( Θ 0 ε σ ^ D s ) ] (39)

ここで, σ ^ D s は任意の転位組織が0 Kにおいて示す仮想変形応力のMTS,Θ0は初期加工硬化率である。(36)式において,右辺第1項目から順にσa,熱的応力の固溶強化成分と加工硬化成分が単純加算された形となっている。(35)式からもわかるように,MTSと任意のT ε ˙ における変形応力との比がs(T, ε ˙ )((37),(38)式)であり,この大きさはそのときのT ε ˙ により決定される。このとき,MTSの大きさがσのT ε ˙ 依存性において重要となる。(36)式においてεの関数として記述されるのは,σa σ ^ D の2つである。

σの ε ˙ 依存性を記述する手段として,(3)式のようにm値が用いられることが多い。(3)式を(35)式や(36)式と対応させて考えると,K’m値はT ε ˙ の関数で示される99)。Parkら99)は極低炭素鋼の実験結果をKMモデルにより解析し,(3)式による結果と比較したところ両者が良く一致することを示した。つまり,(3)式は任意のTにおけるKMモデルの近似式とみなせる。

5・1・3 各パラメータの決定

KMモデルにおける各パラメータの決定は,実験データを用いて(36)式右辺における第一項から順に決定される。

a. 非熱的応力成分(σa)

σaとは,T ε ˙ に依存しない応力成分であり,相対温度がだいたい0.4以上でのσの値と考えられる。σaについては,上記の考え方に基づいて決定すればよいが,Kocks,Meckingらのグループの論文84,85,86,87,88,89)において,この点について詳細な記述はなく,また,σaは定数として与えられている。Ogawaら100,101)は,σaの決定について,以下に示すT ε ˙ の関数であるLarson-Millerパラメータ(ξ)102)を用いている。   

ξ = T ( ln ε ˙ 0 ln ε ˙ ) (40)

ここで ε ˙ 0 は定数であり,通常,108~1010 s−1の値が用いられる。小川らはチタン合金の結果を整理する際,ξ=15,000 Kにおけるσをσaとし100,101),Tsuchidaら103,104)やParkら99,105)は鉄鋼材料についてξ=20,000~23,000 Kにおけるσを外挿によって求めσaとした。また,これらの報告ではσaは定数でなく加工硬化を入れてεの関数として与えられるとした。

b. 熱的応力の固溶強化成分

熱的応力は,基本形として(35)式を用いて記述でき,μbは材料によって決定することができる。 ε ˙ 0 σaのところで述べたとおりであり,pqといった定数は熱活性化過程の障害物の種類によって決定することができる82,97)。このため,残りのMTSとg0の2つが熱的応力の記述において決定すべき重要なパラメータである91)

(36)式の右辺第2項である熱的応力の固溶強化成分は,σ-ε曲線における降伏応力(または,0.2%耐力)を意味する。各T,各 ε ˙ における降伏応力からσaを差し引き,(35)式に基づいてT ε ˙ の関数で整理する。このときの,熱的応力の固溶強化成分とT ε ˙ の関数で示される関係から直線関係が得られ,切片からMTSである σ ^ I が,直線の傾きからg0Iがそれぞれ求められる88,104)

c. 熱的応力の加工硬化成分

熱的応力の固溶強化成分と同様に,熱的応力の加工硬化成分についても各T ε ˙ εにおけるσからσa,熱的応力の固溶強化成分を引いた値を,T ε ˙ の関数で整理する。得られた図の切片と傾きから各εにおけるMTSとg0Dを求める。このときのMTSはεにより変化するので,各εにおけるMTSから(39)式によりεの関数として記述できるようΘ0 σ ^ D s を決定する。(39)式は以下に示す,加工硬化率( d σ ^ D / d ε )をMTSの関数で記述したVoce則83,106)が基となっている。   

d σ ^ D d ε = Θ 0 ( 1 σ ^ D σ ^ D s ) (41)

Fig.10に示すように,加工硬化率はMTSの増加に従い減少し,(41)式に従い直線関係で記述できると考える。このとき,ε=0の時の加工硬化率がΘ0であり,加工硬化率ゼロの時のMTSが σ ^ D s となる。加工硬化率のT ε ˙ 依存性を考えるとき,Θ0T ε ˙ に依存せず定数で与えられ, σ ^ D s Tが低いほど, ε ˙ が高いほど大きくなる82)

Fig. 10.

 Schematic illustration of work-hardening rate as a function of mechanical threshold stress at various temperatures and strain rates. The dashed line shows the Voce law (Eq.(41)). (Online version in color.)

一方で,MTSは転位組織に敏感であり,より詳細にσ-ε曲線の記述や計算を行うためには,T ε ˙ 毎に σ ^ D s を求めることが必要である。様々なT ε ˙ で得られた σ ^ D s は以下の式のように整理することができる83)。   

ln ( ε ˙ ε ˙ 0 ) = μ b 3 A ' k T ln ( σ ^ D s σ ^ D s 0 ) (42)

ここで, σ ^ D s 0 は0 Kにおける σ ^ D s A’は定数である。Follansbee and Kocks88)は無酸素銅(0.9999Cu)のσ-ε曲線の詳細な記述を目的とし,常温で様々な ε ˙ (10−4~104 s−1)でのMTSを求めた。ここでは,様々な ε ˙ で種々のεを加えた試料を様々なTで再負荷した。この時の降伏応力をTの関数で整理し,0 Kにおけるσを外挿によって求め,これを各 ε ˙ εにおけるMTSとした。得られた結果を整理し,各 ε ˙ におけるΘ0 σ ^ D s を求めた。同様の方法は,Ti-6Al-4V合金などにも検討され,ひずみ速度急変試験で得られたσ-ε曲線を計算する際に有効であることが示された89)

5・2 KMモデルの適用例

5・2・1 広い温度,ひずみ速度範囲での適用

Table 4に,様々な金属および鉄鋼材料について整理されたKMモデルのパラメータを示す103,104,105,107,108)Fig.11には,一例として0.1C鋼より作製したDP鋼の様々な温度(a)とひずみ速度(b)におけるσ-ε曲線について,実験結果とKMモデルによる計算結果を比較した104)。実験結果と計算結果は良く一致しており,KMモデルは広いT ε ˙ 範囲におけるσ-ε曲線を精度良く記述できる。また,Table 4に示した結果は,MTS,特に σ ^ D s が固有の値として与えられている。つまり,T ε ˙ によって変わる転位組織に応じた σ ^ D s の変化については考慮していない。材料によっては σ ^ D s T ε ˙ 依存性を考慮する必要があり,ひずみ速度急変試験のような変形履歴の影響を計算に考慮する場合88,89)には,固定した σ ^ D s の計算には限界がある。

Table 4.  Parameters of the Kocks-Mecking model for various alloys and steels103,104,105,107,108).
Parameter α-Ti 107) SUS310S 103) ULC steel 105) Dual-Phase 104) Ferrite-Cementite 108) Ferrite-Pearlite 108)
σa (MPa) 50 110 + 1,300ε 60 + 500ε 979.3 (0.002 + ε)0.21 482D–1/2 + (410-208D–1/2) ε(0.6–0.3D–1/2) 150 + 185D–1/2 + 300ε0.39
σ ^ I (MPa) 905 680 1093 375 525 470
g0I 0.292 0.17 0.11 0.14 0.16 0.16
pI 1 0.5 0.5 0.5 0.5 0.5
qI 2 1.5 1.0 1.0 1.0 1.0
ε ˙ 0I (s–1) 1010 108 108 108 108 108
g0D 1.5 0.26 0.18 0.32 0.3 0.3
Θ0 (MPa) 3,200 1,600 3,700 12,000 4,500 5,000
σ ^ DS (MPa) 1,200 840 350 450 560 600
pD 0.5 0.5 0.5 0.5 0.5 0.5
qD 0.67 1.5 1.5 1.5 1.5 1.5
ε ˙ 0D (s–1) 107 108 108 108 108 108

D(μm): Average ferrite grain size

Fig. 11.

 Comparisons between the calculated true stress-strain curves and the measured ones by using the KM model for the 0.1C DP steel at various temperatures (a) and various strain rates (b)104). (Online version in color.)

また,鉄鋼材料へのKMモデルの適用においては,組織間でのパラメータの比較や強化機構の影響についても検討が行われている。例えば,Table 4におけるULC鋼(フェライト単一組織)105)とDP鋼104)を比較すると,ULC鋼の方が熱的応力のT ε ˙ 依存性が大きく,同じDP鋼でもマルテンサイト体積率が大きいほど熱的応力は小さくなり,非熱的応力が大きくなる。強化機構の影響については,固溶強化105)は主に熱的応力の増加に,結晶粒微細化強化108)は非熱的応力の増加に繋がり,さらにHall-Petchの関係109)に従い結晶粒径の−1/2乗の関数で整理できる。オーステナイト鋼への窒素添加の影響は,非熱的,熱的応力の両方に寄与していることがわかり,窒素添加によっていずれの応力成分も大きくなった110)

5・2・2 自動車衝突時の高速変形への適用

多くの金属材料の変形においては, ε ˙ が103 s−1あたりまでの塑性変形は転位運動の熱活性化過程に支配され,それ以上の ε ˙ では転位の高速運動に伴う粘性抵抗が支配的になる88,96)。自動車衝突時に材料が受ける ε ˙ の大きさは約103 s−1と予想され, KMモデルによる予測が可能と判断できる。日本鉄鋼協会,自動車用材料の高速変形に関する研究会(武智弘主査:1997-2000年)111)は,極低炭素鋼やSUS310S鋼の様々なT ε ˙ での引張試験結果を基にKMモデルのパラメータを決定し,2×103 s−1におけるσ-ε曲線について検討した。その結果,KMモデルによる計算結果と実験結果は,かなり良い一致を示すことを明らかにした。このとき,高速変形中の発熱による温度上昇(ΔT)112)を以下の式で考慮し,KMモデルの計算に反映させた。   

Δ T = 1 C p ρ m s d e (43)

ここで,ρmは密度,Cpは比熱,seはそれぞれ公称応力と公称ひずみである。同様の方法は,Fig.11に示したDP鋼104)やフェライト−セメンタイト鋼108),フェライト−パーライト鋼108)などについても適用可能であることが報告されている。

5・3 KMモデルにおける今後の課題

KMモデルによるσ-ε曲線の計算において重要な課題は,(39)式における σ ^ D の記述である。KMモデルのパラメータのほとんどは熱活性化過程に関係する82,97,113)ため,これらは予め決定できる。このため,σ-ε曲線を精度良く記述するためには,MTSの決定が非常に重要となる。MTSは5・1・3節で述べたとおり実験結果を基に決定し,さらにMTSはT ε ˙ によって変化すると考えられるため,Follansbeeらの研究88,89)のように多くの実験データを集め,T ε ˙ ごとのMTSを求める必要がある。

一方で,(44)式で示されるBailey-Hirschの式114)で記述されるようにσは転位密度(ρ)と関係している。ρの変化を加工硬化と結びつけて,σ-ε曲線の記述へと発展させる試みもKocksら83)によって議論されてきた。εに対するρの変化は,(45)式に示すように転位の蓄積(+/)と動的回復(/)に関する二つの項を用いて記述される。   

σ ^ = α μ b ρ (44)
  
d ρ d ε = d ρ + d ε d ρ d ε = k 1 b ρ k 2 ρ (45)

ここでk1k2は定数であり,(45)式は(41)式に示したVoce則とも関連する。(45)式における右辺第二項の動的回復項は,T ε ˙ により変化し,動的回復項の記述がρや加工硬化の整理において重要である。この点をRiveraら115,116)は熱力学的観点より理論モデルを構築しKMモデルの再定式化を行った。そして,Cu,Ni,Agなどの飽和応力を精度良く記述できることを明らかにしている。4章で述べたその場中性子回折実験によりρの測定が可能である。よって,Riveraらの熱力学モデルの信頼性を検証する一手段として,中性子回折実験の利用が考えられ,計算モデルと実験の両面からσ-ε曲線およびその記述についての理解が進むことが期待される。以上のように,変形に伴う転位組織の発達をいかにモデル化するか,または,いかに信頼性の高い実験データを得るかについては,今後の大きな研究課題と考えられる。実験面では,その場中性子回折のプロファイル解析により変形に伴うρの変化を追跡するだけでなく,小角散乱を利用して転位組織の同定を実現したいと考えている。

6. おわりに

σ-ε曲線は力学特性を理解するための基本である。単結晶の変形から出発して,単相多結晶体,複合組織体のσ-ε曲線は,本稿で述べたようにマイクロメカニックスモデルにより予測でき,中性子回折実験によって実験的に検証されるようになった。そこでは,結晶粒間,構成相間の不均一変形の把握が大切であり,相ひずみおよび〈hkl〉粒ひずみとして計算により予測でき,実験的に測定できる。さらに,個々の結晶粒内の不均一変形にも留意すべきであり,実験的には表面測定に限られるが放射光マイクロビーム走査回折やEBSD/Wilkinson法ほか種々な方法が発展しつつあり,計算では大規模結晶塑性FEM解析の進展に期待したい。さらに,KMモデルによりσ-ε曲線のTおよびε依存性を組織因子の影響とは独立に表現できることを示したが,マイクロメカニックスモデルや中性子実験との融合には至っていない。不連続降伏現象(リューダース変形),バウシンガー効果(変形履歴依存性)やネッキング以後の塑性不安定下の変形への拡張も今後取り組むべき課題である。

文献
 
© 2014 The Iron and Steel Institute of Japan

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