Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
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ISSN-L : 0021-1575
Review
Recent Advances in Computational Materials Science
Hidehiro OnoderaTaichi AbeMasato ShimonoToshiyuki Koyama
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2014 Volume 100 Issue 10 Pages 1207-1219

Details
Synopsis:

Computational materials science is an exciting field which holds much future potential. In this article, at first, the dramatic advances of the computational methodologies are briefly summarized at scales from the atomistic to macroscopic levels. Then, each coauthor introduces the three research fields in detail, (1) CALPHAD modeling supported by key experiments and first-principles calculation, (2) Studies on the phase transformation in alloys based on the MD simulations, and (3) Predictions of the microstructure evolution and the mechanical properties based on the phase-field method, where remarkable progresses have been attained.

1. はじめに

近年の電子計算機,情報処理技術の発達は目覚ましいものがある。2012年に文部科学省の次世代スーパーコンピュータ計画の一環として,理化学研究所と富士通が共同開発した「京(けい)」の計算速度は毎秒1京回(10ペタフロップス)で,当時は世界最高性能であったが,現在の世界最速コンピュータ(2013年11月)は,中国のTranhe-2(55ペタフロップス)で,今やペタフロプス時代である。情報処理技術の発達も著しく,いわゆるビッグデータの活用が各分野で進んでいる。このような計算機の発展を背景にして,計算科学シミュレーション技術は大規模化・高精度化を押し進め,単純な原子・分子や単結晶のシミュレーションから複雑な多数原子系のナノスケール構造のシミュレーションへと,その視野を広げつつあり,物質・材料分野における計算科学手法の有効性,必要性は益々大きなものとなって来た。

近年の材料に対するより高度でより先進的な機能や特性に対する要請に応えるには,物質や材料の本質に関するより深い理解が不可欠であり,電子状態のレベルから実用的なバルク材料のレベルに至る幅広い領域にわたる材料の構造と性質に関する解明が重要な研究課題となっている。計算科学手法は対象となる物質のサイズと現象の時間スケールでみて,Fig.1に示すように大まかに分類される。電子状態のレベルを対象とする第一原理計算,原子や分子の集団運動を扱う分子動力学法(MD)やモンテカルロシミュレーション(MC),実用的なバルク材料のレベルを対象とする有限要素法(FEM)や統計熱力学計算,ミクロとマクロの中間でその間を繋ぐメゾスケールを扱うPhase-field法(PFM),セルオートマトン法などである。

Fig. 1.

 Space and time scales in computational materials science.

計算科学は材料設計研究の基盤技術として,主に以下の2点で期待が大きいと考えられる。一つは,量子力学に基づき少ない仮定の下で行える第一原理手法による 物性の本質的な理解とこれまでにない新奇な特性の探索であり,もう一つは経験的な原子間ポテンシャルを用いた粒子シミュレーションや統計熱力学計算を活用した材料組織や特性の設計に基づく,従来の試行錯誤手法に変わる効率的な材料研究や材料開発である。物性の本質的な理解を得るという目的では特定の研究分野に限らず広範な分野で必要とされているが,特に,近年最も期待される科学技術分野であるナノテクノロジー,ITでは実験的な検証や予測が困難なために,更に一層の計算科学の貢献が必要とされている。鉄鋼協会においても,「材料組織計算工学フォーラム」(座長,小山敏幸),「計算工学による組織と特性予測技術研究会」(主査,瀬沼武秀),「計算工学による組織と特性予測技術II研究会」(主査,小山敏幸)等の研究会活動を進め,Phase-field法,第一原理計算,多結晶塑性論,均質化法などを活用した組織予測モデルの精度向上と適用範囲の拡大が着実に進められてきた1)。同時に,材料内部組織と特性に関するデータベース化と各種シミュレーションの連携の必要性が明らかにされ,「鉄鋼ゲノムの解明フォーラム」(座長,森戸茂一),「鉄鋼インフォマティクス研究会」(主査,足立吉隆)で大容量材料データの有機的な整備が図られようとしている。

鉄鋼材料の場合,組織形成や特性発現に関与する構成相や相変態,析出等の数と種類が極めて多岐にわたっているため,その全ての素過程を理論的な計算科学シミュレーションで予測することは特に難しい。しかし,平衡状態の熱力学計算手法の発展,データベースの整備,動力学解析手法の進歩,ミクロとマクロを結ぶマルチスケール解析手法の進歩など,近年の計算科学の進展はめざましく,複雑な鉄鋼材料においても組織や特性の予測を可能とすることが現実味を帯びてきている。本稿では,まず材料設計研究の基盤技術として大きく期待される計算科学の歴史的な発展を要約し,特に注目される分野に関する最近の動向と今後の展望について詳述する。

2. 各スケールにおける計算手法の発展

2・1 第一原理計算

様々な物性の起源を本質的に理解し,さらに予測までを行うためには,量子力学の基礎理論に基づき少ない仮定のもとで行える第一原理手法が不可欠である。量子力学の支配方程式であるシュレンディンガー方程式を正確に解いて,原子の種類だけから電子構造を求め,様々な物性を予測する計算を第一原理計算と呼んでいる。高い精度を必要とした膨大な計算を要するため適用範囲は極めて限定されてきたが,線形化法2)や擬ポテンシャル法3)の開発で,数百~数万個程度の多原子系のバンド計算が可能となってきた。また,Car-Parrinello法4)は第一原理分子動力学法を可能とした。「京」コンピュータを活用したHPCI(High Performance Computation Infra)戦略領域でも,多くの第一原理計算に基づく研究開発課題が実施されており,このような手法の高度化と計算機性能の向上により,第一原理手法による物質の構造や現象の理解が可能となりつつある。

また,各研究グループで開発されたソフトウェアが公開されており,ウィーン大学で開発されたVASP5),ケンブリッジ大学のCASTEP6)など,世界的に広く使用されている。商用ソフトとしても売り出されており,専門家でなくとも第一原理計算を行うことは可能な時代となりつつある。しかし,鉄の安定相がbcc相となることが計算可能となったのは比較的最近であり,1990年頃,Generalized Gradient Approximation(GGA)近似理論7)が出されてからである。局所密度近似理論(Local Density Approximation(LDA))8)では,電子密度の効果を全て一様なものとしている。これに対して,密度勾配を考慮したGGA補正を施すことにより,鉄の強磁性bcc相が安定状態として計算できるようになった9)。鉄鋼材料に関する先駆的な成果として,Wuら10,11)による鉄の脆化に関する第一原理計算があげられる。粒界の結合力を評価し,CとBは粒界に偏析して強固なC-FeやB-Fe結合を作り粒界結合力を強化するのに対して,Pは強固なP-Fe結合を作らないため脆化傾向であることを明らかにした。

第一原理計算の発展は目覚ましく,各分野で物性の電子状態からの根源的な理解を目指した研究に活用されつつあるが,本稿では,最も現実的な活用法の一つとして注目され進展の著しい第一原理状態図計算の現状と今後の展望について,3節で紹介する。

2・2 粒子シミュレーション

原子スケールでの現象の解明や予測を行える手法として,分子動力学法がある。ニュートンの運動方程式F=ma(Fは粒子に働く力,mは質量,aは加速度)に基づいて,原子や分子の集団としての振舞いを調べ,マクロな性質を明らかにしようとするのが分子動力学(MD)法であり,2体分布関数やボロノイ多面体分布などの構造因子,拡散係数,粘性係数などの輸送係数,体積弾性率,比熱,自由エネルギーなどの熱力学的性質などの様々な物性値の計算や,相変態,変形挙動の解明に適用されている。原子間に働く力を量子力学的に計算する第一原理MD法(Car-Parrinello法4))に対して,レナード・ジョーンズ(L-J)ポテンシャルやモースポテンシャルなどの経験的なポテンシャルを用いた方法を古典MD法と呼んでいる。古典MD法ではどのような原子間ポテンシャルを用いるかにより計算結果は左右される。金属において用いられる代表的なものとしては,2体力では多項式型の関数を用いたJohnsonポテンシャル12)やL-Jポテンシャルのべき乗の指数を調整することで金属の物性を反映させたもの13)が挙げられる。また多体効果を取り込んだものとしてはEffective Medium Theoryに基づくEAMポテンシャル14)やTight Binding Theoryに基づくFinnis-Sinclare(FS)ポテンシャル15)が代表的であり,異なる理論に基づきながら後者の2つの表式の基本形がほぼ同じであることは興味深い。

MD法で扱える時間と空間には限りがある。通常MD法の各計算ステップは実時間で1 fs程度であるため,マクロな時間を要する現象の計算は困難である。Matsumotoら16)によってスーパーコンピューターを用いてμsの時間の計算を実施し水から氷が核生成・成長する過程をMD法で再現した例はあるが,通常の計算では数nsのオーダーに留まる。その難点を解消するため,近年ではVoterの提唱したhyperdynamics17)と呼ばれる安定点周りのポテンシャル形状を底上げして安定点からの脱出を早める手法を用いて“加速”するMD法の適用が進んでおり,Hara and Li18)によるNi表面からの転位ループの発生と進展の挙動解析による転位の活性化エネルギーの広い温度域にわたるせん断応力依存性の評価や,Ishiiら19)によってなされた鉄中の炭素の低温におけるバルクおよび転位芯周りでの拡散挙動の解析など,実時間にして数秒オーダーの現象のシミュレーションが可能となってきている。このように新たな手法との融合によってMD法の材料研究への適用範囲は更なる拡がりを見せている。

MD法の材料工学への応用に関しては,アルファ鉄の低温脆性および水素脆性20),ボロン添加による粒界破壊の防止21)など,脆化や破壊に関連した現象に関する原子レベルでのメカニズム解明を目指してMDシミュレーションによる数多くの研究がなされている。これらの内容については松宮の解説22,23)に詳しいので,本稿では相変態を中心に現状と今後の展望について4節で紹介する。

2・3 メゾスケール計算

Fig.1のミクロとマクロの中間の領域に相当するメゾスケールの計算手法は最も取組が遅れた領域と言えるが,近年最も大きく発展したのもこの領域のフェーズフィールド法(Phase-Field Method(PFM))24,25,26,27,28,29)である。PFMは,組織の形態を濃度や規則度等の複数の変数で表現し,その時間変化,空間変化を発展方程式に基づいて計算する手法で,理論的な展開の歴史は古い。界面の勾配エネルギーの定式化は19世紀のファン・デル・ワールス30)にまで遡るが,PFMによる計算機シミュレーションの大きな威力を示した研究は1990年代初めの小林による凝固におけるデンドライト成長のシミュレーションである31)。その後は,Khachaturyanら32)やMiyazakiら33)のグループによって固相変態のダイナミックスを発展方程式に基づいて計算する手法が展開された。現在,CALPHADで整備された合金の自由エネルギーを活用する手法が進展している34)。具体的な計算対象は,デンドライト成長,拡散相変態,規則−不規則変態,マルテンサイト変態,結晶成長・再結晶,転位ダイナミクス,破壊等,材料学全般にわたっている。鉄鋼材料は,相変態の種類の多様さ,炭素原子と置換型元素の拡散速度の大きな相違,粒界や転位などの欠陥の存在など極めて複雑なため計算が最も困難であるが,フェライト析出35,36),パーライト変態37),マルテンサイト変態38)等の解析が行われ着実に進展している。特に,ミクロ組織に依存した材料特性のマルチスケール計算では中核をなす手法となっており,その発展が大いに期待されているので,具体的な研究の現状と展望について5節で紹介する。

2・4 マクロスケール計算

マクロな計算の代表的な手法は1950年代初頭に開発された有限要素法,Finite Element Method(FEM),であり,ほぼ50年の歴史を有している。1970年代から多くの有限要素法の汎用商用プログラムが発表され,今や複雑な構造体の強度・剛性・熱・振動の解析に広く活用されている。構造力学解析は圧延加工プロセスおいては成形精度を高めるための塑性変形の解析にも活用されており,実生産現場でのツールとして使用できるプロセス設計用の棒鋼・線圧延3次元FEM解析システム39)も開発されている。近年特に進展が著しいのは,有限要素法におけるマクロ的な力学特性解析に,材料の内部組織形態情報を直接考慮する均質化法40)や,有限要素法に個々のすべり面における転位の統計的情報を直接考慮した結晶塑性理論41)などで,異なるスケールでの手法を組み合わせたマルチスケール手法である。例えば,第一原理計算による電子状態に関する情報を加えて,転位の発生や運動,ミクロな組織形態,などの各スケールでの情報を連結させて応力−歪曲線を導出することは,材料の機能発現における元素個々の役割を解明し,革新的な材料の開発につながるもので,究極のマルチスケールシミュレーションとして期待が大きい。JSTの産学共創基礎基盤プログラムの中でも各スケールでの研究者が連携してこの課題に挑戦している。

一方,統計熱力学に基づいて合金の自由エネルギーを評価し,材料開発の基礎としての状態図を計算で求めるCALPHAD(CALculation of PHAse Diagram)42)の手法が1970年代初頭に誕生した。Thermo-calc43)などの商用計算ソフトの普及,熱力学モデルの高度化と自由エネルギーデータベースの充実により,複雑な多元系実用合金の状態図を精度良く再現できるため,鉄鋼材料等の開発現場で活用され,実験に要する多大な労力と費用の節約に大いに貢献している。

コンピュータを活用して合金の組織と特性を予測し,有望な合金組成についてのみ実験を行うことにより,効率的な材料開発を目指す,いわゆる合金設計の先駆けは1970年代中頃から開始されたNi基超合金の研究である。当時は上記CALPHAD法は研究途上であり,まだ実用化されていなかったため,Harada and Yamazakiら44,45)はNi基超合金の構成相であるγ相とγ’相(化合物相)の相平衡を表すタイラインの関係式を,多数の合金について互いに平衡する両相の組成分析を行い,回帰分析により求めた。原田らがこの実験的に求めた合金設計法を活用して開発した合金と既存の合金の耐用温度をFig.2に示す。Wroughtは鍛造合金,CCは普通鋳造合金,DSは一方向凝固合金,SCは単結晶合金を表す。飛躍的な性能向上はこれらの製法の進歩に依るところが大きい。合金設計法の果たした役割としては,各製造法における合金組成を最適化して高温強度の著しい改善を図ったことにある。単結晶合金の場合,原田らはγ相とγ'相の界面がクリープ変形の抵抗として強化に寄与しており,この効果が両相の格子定数の差(ミスマッチ)に影響されること見出した。彼らは,合金設計法を用いて両相の割合や固溶強化度に加えて,格子定数差を最適化することにより著しい高温クリープ強度の改善を得た(Fig.2参照)。開発した新超合金はボーイング787用エンジンTrent1000の単結晶タービン翼として実用化され,英国航空,全日空などで使用されている。合金設計法の威力を示した代表的な成果であり,「ムーンライト計画」,「高性能結晶制御合金の開発」などの国家プロジェクトによる産,学,官の連携が大きく貢献した成果であった。

Fig. 2.

 History of improvement in temperature capability of Ni-base superalloys45).

現在では,CALPHAD法が材料開発における基盤的手法となっており,応用例も数多く報告されている46,47,48,49,50,51)。CALPHAD法では活量や各種エンタルピーの測定値また実験状態図データなどを基に,Gibbs自由エネルギー関数内の各種パラメータを決定する手法が採られるが,実験が困難な高温のデータ,平衡状態で実在しないBCC構造のCuの自由エネルギーなどを第一原理計算から求める手法の発展が著しい。Sekoら52,53)は第一原理計算によりFe-Cu系におけるBCC-Cu析出クラスターのエネルギーを計算し,体積エネルギーと表面エネルギーの和に相当するクラスターエネルギーはクラスターサイズの増加とともに単調に減少しており,これに析出に伴う配置エントロピーの増加分が加わって自由エネルギーに活性化の山が現れることを初めて明らかにした。正の表面エネルギーの寄与で活性化の山ができるとする古典的核生成理論に対して,Fujita54)は,界面エネルギーの本質は原子集団の凝集エネルギーの表面における不足分に大部分由来すると考えられるため,表面エネルギーが原因で自由エネルギーが正になることはないとの批判を唱えた。世古,西谷らの報告は古典的核生成理論に対する藤田の批判に,第一原理計算に基づく解答を出したものであり,材料分野における第一原理計算の大きな貢献と考えられる。このように,第一原理計算の応用として,自由エネルギーの評価,更にはこれを用いた状態図計算の発展が著しい。

本稿では,3節で,第一原理状態図計算に焦点を当てて,CALPHADの現状と展望について紹介する。

3. 第一原理状態図計算

状態図は元来組織観察や熱分析などにより実験的に決められてきており,それらを集大成したHansenの2元系合金状態図集55)が有名である。実用的な多元系については,元素濃度の組み合わせが膨大な数となるため,状態図の全てを実験的に作成することは不可能である。そこで,熱力学モデルに基づいて計算により状態図を求めようとするCALPHAD42)の手法が誕生し,商用の計算ソフトの普及,さらにコンピュータの普及により著しい発展を遂げており,実用的な多元系についても精度の高い状態図計算が可能となっている。CALPHAD法とは,種々の実験データを熱力学的に解析し,コンピューターを援用して各相のギブスエネルギーの記述に必要な熱力学モデル中のパラメーターを決定する手法であり,1970年ごろから広く行われるようになった56)。その特徴は,必要最小限の熱力学モデルを用いて,物理的整合性と実際の多元系実用合金の状態図への拡張性とのバランスを考慮する点にある。すなわち工学的観点も合わせて考慮する点がCALPHAD法の特徴ともいえるが,近年の第一原理計算の援用など,より物理的整合性に重点を置く傾向にある。現在では,CALPHAD法による状態図計算のためのソフトウェアが多く市販されているが,新しい動きとしてSundmanらによるフリーソフトウェアOpen-CALPHAD57)の開発がある。同ソフトウェアはPANDAT58)やThermo-Calc43)などと同一のデータベースファイル形式を使用できる。これからさらに計算熱力学,状態図計算が普及してゆくには,こうしたフリーウェアが重要である。

熱力学モデルの発展により状態図計算の精度は大きく向上した。その始まりは,1900年のVan Laar59)が正則溶体(ランダム混合,最近接相互作用)を用いた状態図計算であろう。この正則溶体モデルは現在のCALPHAD法でも用いられており,同モデルが単純でかつ本質をついたモデルであることを示している。しかし,原子のランダム混合を仮定しているため短範囲規則化を陽に記述できない点が問題であり,配置エントロピーを過大評価することになる。この点を大きく改善したのが,原子の分布を点で取り扱うのではなく,原子の対や三角クラスターなどの大きなクラスターの単位での分布を考えるクラスター変分法60,61,62,63)で,1951年にKikuchi60)により提案された。一般的には考慮するクラスターを大きくするほど精度が向上すると考えられるが,FCCでは4面体クラスターまでで十分な場合が多い。計算が複雑なため多元合金への適用には計算コストがかかる問題点があったが,現在では,クラスター変分法を適用したCALPHAD法による状態図評価を行う試みもなされている64)

近年,自由エネルギーの評価において第一原理計算による内部エネルギー(全エネルギー)の推定の果たす役割が大きくなりつつある。1990年ごろからDensity Functional Theory(DFT)を用いた計算コードが公開されるようになり,現在ではQuantum Espresso65)やTOMBO66)などの多くのフリーソフトウェアがあり,全エネルギーの計算がパソコンでも実行できるようになっている。ソフトウェアや手法については例えば文献67,68)が参考になる。現在では,第一原理計算によって,安定構造,準安定構造を問わずに,格子定数,全エネルギー,生成エンタルピー,状態密度,体積弾性率,界面エネルギーなど種々の物理量を求めることができ,CALPHAD法ではこれらの第一原理計算で得られた値(P=0 Pa,T=0 Kにおける測定値ともいえる)を実験データと併せて熱力学解析に用いている69,70)

純物質が異なる結晶構造をとったときの各相のギブスエネルギーをラティススタビリティ71)と呼ぶ。CALPHAD法で用いられているラティススタビリティはSGTE-Pureデータベースとして1991年に公開されたものであり(現在はVer.572,73)),例えばFCC構造のAlなどの安定結晶構造については,実験的に求められている。純Alの準安定構造であるBCCやHCPまたはLavesやSigma構造のギブスエネルギーを実験的に求めることはできないが,実際の状態図計算には必要となるため,これまで,間接的な実験データからの推定がなされてきた74)。近年の第一原理手法を用いた周期表上の各元素のFCC,BCC,HCP構造の生成エネルギーの計算結果によると,いくつかの準安定構造ではSGTEデータベースと大きく異なっている75)。Al合金中のGPゾーンや金属ガラスを初めとして,準安定相を積極的に利用した材料設計が広く行われており,安定相の相平衡だけではなく,準安定領域への外挿精度も重要である。現在は実験データがない,または実験が難しい合金系の熱力学アセスメントを行う場合や熱力学モデルにおける準安定な構造の熱力学量が必要になる場合など,その推定に第一原理計算が広く用いられるようになっている。実際の生成エンタルピーの計算例として,Cr-Re二元系のσ相の結果をFig.3に示す76)。σ相を5副格子モデルで記述すると二元系では32種類の基本構造が必要になるが,σ相が安定に現れる組成域(グレーの領域)は狭いため実験データだけではこれら全ての値を得ることができない。それらを予測するために第一原理計算は大変有効な手法である。これらT=0 Kにおける生成エネルギーとランダム配置を仮定したエントロピー項のみでも定性的に良く実験状態図を再現できる77)。このように準安定相の熱力学量の推定を通して,第一原理計算はCALPHAD法による熱力学解析の精度向上の大きく寄与している78)

Fig. 3.

 The calculated formation enthalpy of the 32 end-members in the Cr-Re binary system. The shaded area indicates the stable composition range of the s phase76).

上述したようにCALPHAD法における第一原理計算の援用は,当初はT=0 Kにおける純物質や化学量論化合物の生成エネルギーが主であったが,近年ではCVMをクラスター展開法(Cluster Expansion Method, CEM)79,80)と組み合わせることで,非化学量論化合物や固溶体の生成エネルギーやギブスエネルギーの推定がされるようになってきた。CEMとは原子対,三角・四面体クラスターなどのクラスターに関する有効相互作用エネルギーと相関関数によって生成エネルギーを表現するものである。同手法の適用例としてIr-Nb状態図を示す81)Fig.4(a)に得られた状態図を示す。図中のプロットは実験データである。Fig.4(b)に同手法により求めたFCC相のエントロピーとエンタルピーの組成依存性を示す(破線)。図中の実線はこれを相境界などの実験データと合わせて熱力学解析を行って得られた組成依存性であり,両者は完全には一致していない。これは理論計算における近似の問題もあるが,主因はCALPHAD法で用いる副格子モデルでは,CVMとは異なり短範囲規則化を正確に記述できないことにある。

Fig. 4.

 (a) The assessed Ir-Nb binary system compared to the experimental data (solid symbols: two phase regions, and open symbols: single phase regions), and (b) enthalpy and entropy of the FCC phases as a function of mole fraction of Nd at 2000 K81).

現在,CVM+CEMは,CALPHAD法による状態図の熱力学評価を行う際に,第一原理手法による全エネルギー計算と有限温度における各相のギブスエネルギーを求める強力な手法になっている。また,有限温度における熱振動の効果については,Phonon Density of State (Phonon DOS)による比熱の推定も行われている82)

本節で述べたように,近年,コンピューターの高性能化により,複雑な計算も可能となってきたことでCALPHAD法による熱力学解析は急速に進化している。今後は,室温以下の低温域や高圧領域への展開,ソフトマテリアルなどの金属以外の材料への展開などが期待され,CALPHAD法と第一原理手法の重要性は,材料科学研究においてさらに高まるものと考えられる。

4. 分子動力学法による材料研究

合金材料の相変態を中心に,分子動力学(MD)シミュレーションを用いた材料研究の現状と展望について,具体例をあげて紹介する。

4・1 マルテンサイト変態

マルテンサイト変態は短時間で一気に進行するためMDシミュレーションに適している。しかし,周期境界条件を用いたバルクのシミュレーションの場合には,周期境界自身の運動により変態が促進されるため,変態の核生成,進行状況の解析には適さないことが指摘されている83)。そこで,Suzukiらは周期境界条件の不要なクラスターを対象として,原子間相互作用としては8-4型のL-Jポテンシャルを用いてTiNi合金のB2(bcc規則相)/L10''(fcc規則相)マルテンサイト変態の挙動を解析し84,85)Fig.5に示すように,クラスターサイズ(原子数)が減少するとともにマルテンサイト変態開始温度(昇温時As,降温時Ms)と融点(Tm)の双方が降下することが確かめられた。これは,表面の存在により各相のエンタルピーおよび振動のエントロピーが変化して,両相の自由エネルギー差が小さくなったためと推察される。変態のメカニズムに関しても新たな知見が得られている。EAMポテンシャルを用い,鉄のクラスターについてfcc→bccマルテンサイト変態を調べ,変態は常に表面から発生して内部に進行することが明らかにされている(Fig.6参照)85)。また,表面では渦状の原子の集団運動が起きており,これが変態の発生に寄与しているとの知見も得られている86)

Fig. 5.

 Snapshots of nanoclusters: a B2 cluster (upper-left) and an L10’’ cluster (upper-right), and the size dependence of the melting temperatureTm and the martensitic temperatures Ms and As of the B2 nanoclusters, together with those for the bulk B2 phase on the right edge of the graph85).

Fig. 6.

 Snapshots of a transformation procedure of a Fe nanocluster from fcc to bcc. The Bain transformation starts from the upper-right surface and proceeds into the lower-left, in which the (1 0 0) plane of fcc changes into the (1 1 0) plane85).

4・2 金属ガラスの構造解析

バルク金属ガラスはきわめて高いガラス系性能を有し,従来のアモルファス金属では不可能であった丸棒や板状などのバルク形状アモルファス試料を作製することができる。このため,新材料として注目されているばかりではなく,明瞭なガラス転移が観察されることから,未解決であったガラス転移の物理を解明するための絶好の材料としても注目されている。金属ガラスの原子構造については未解明な点が多かったが,まずYamamoto and Doyamaは87)多項式型の経験的2体ポテンシャルを用いたMD法によりRandom Dense Packing構造88)からの構造緩和で鉄のガラス(アモルファス)状態を作成し構造解析を行った結果,正20面体型のクラスターが高確率で存在することを指摘した。Kimura and Yonezawa89)はL-Jポテンシャルで相互作用する1元系モデルについて液相からの急冷凝固のMDシミュレーションをすることでガラス相を作成し,正20面体型クラスターの持つ5回対称性がガラス構造の非周期性の本質であることを示した。これは実験的にもZr基金属ガラスにおいて正20面体型局所構造が重要な役割を担うことが示唆されている90)こととも符合している。

金属ガラスの基本構造となる正20面体などのクラスターはある配置のパターンを形成しており,いわゆる中距離秩序構造(Medium Range Oeder, MRO)と呼ばれているが,詳細は不明であった。Shimono and Onodera91,92)は2元系で金属ガラスを生成するCuZr合金に関し,FSポテンシャルを用いたMD法により液相急冷で作成したガラス相について,正20面体構造クラスターに着目して構造解析を行った結果,正20面体構造クラスターの分布にShengらが指摘した93)ような明白な対称性は認められないが,Fig.7に示すように,互いに連結したネットワーク構造が存在することを明らかにした。正20面体クラスター同士の結合には,Fig.8に示す4種類の結合様式が認められたが,(d)のCap共有型の割合が最も支配的であることがわかった。また冷却直後の状態ではまばらであったCap共有型結合が,ガラス転移温度直下での時効熱処理により構造緩和が進行すると,全体に広がり巨視的なネットワークを組む(パーコレーション)ことがわかった。この正20面体クラスターのCap共有型ネットワークは同じZrCu系についてLJポテンシャルを用いて計算した場合94),およびEAMポテンシャルを用いてTiAl系で同様の解析をした場合95,96)でも見られており,金属ガラス構造の中距離秩序とガラス構造の安定性を理解するための鍵となる構造と考えられる。

Fig. 7.

 A snapshot of the network structure of icosahedral clusters found in an ZrCu glassy alloy. The dark gray and the light gray spheres denote Zr and Cu atoms, respectively, and only the atoms forming the icosahedral clusters are depicted.

Fig. 8.

 Snapshots of four types of icosahedral bonding: (a) vertex-sharing, (b) edge-sharing, (c) face-sharing, and (d) pentagonal bicap-sharing. The shared part is denoted by a darker color94).

4・3 強加工によるナノ結晶/アモルファス合金の生成

結晶材料を強加工することでナノ結晶相やアモルファス相などの非平衡相が得られることが知られており,そのプロセスを利用した新材料創製が注目されている。ただ,強加工による相変態のメカニズムについてはよくわかっていないため,MD法によってその機構を理解する試みがなされている。Shimonoら97)はL-Jポテンシャルを用いたMD法によりB2相TiNi合金の単結晶試料の室温における押出し変形のMDシミュレーションを実施した。Fig.9に示すようなナノ結晶とアモルファス相の混相組織を得るとともに,試料幅dに対してスリット幅Δdを変化させることで加工度(減面率)(d−Δd)/dとアモルファス相生成率との関係を求め,Tsuchiyaらによる実験結果98)と一致する結果を得ている。また,強加工の初期段階では,加工部先端で発生した刃状転位が試料中央部へと移動し,それが次々と蓄積して列を成してFig.10に示すような回位(disclination)と呼ばれる強加工した鉄中に実験的に観測されている99)組織を形成し,その回位をもとに部分的な結晶回転が起こりナノ結晶が生成されてゆくことがわかった。更なる歪みが加わることで生成した正20面体クラスターにより再結晶が阻害されアモルファス相が安定化するためFig.11に示すように,ナノ結晶とアモルファスとの界面には多くの正20面体クラスターが観測されることなどを見いだしている。

Fig. 9.

 A snapshot of a cold-drawn specimen of TiNi alloy under 50% areal reduction97).

Fig. 10.

 A sectional view of a disclination-like structure found in the early stage of a cold-drawn specimen97).

Fig. 11.

 Icosahedral clusters found in a cold-drawn specimen: the atoms forming icosahedral clusters are depicted as larger spheres than others97).

4・4 ナノ結晶の降伏強度(逆ホール・ペッチ則)と破壊靱性

結晶粒径がナノの領域では,粒径の減少とともに降伏強度が低下する,いわゆる逆ホール・ペッチ則が報告され,材料強度の観点からも注目されている100)。この問題に対してSchiøtzら101)はEAMと同型の多体ポテンシャルを用い,10万原子を使ったMDシミュレーションを実施し,粒径の低下とともに変形応力が低下する逆ホール・ペッチ則を再現した。粒径の低下により粒界領域に分類される原子の割合が増加し,変形に対する粒界滑りの割合が大きくなっていることが原因であることを明らかにしている。また,粒内に積層欠陥が多く発生し,粒内の変形機構に部分転位の運動が寄与していることを示した。Liaoら102)により液体窒素中でのボールミリングによって作製したナノ結晶Al中で積層欠陥の発生が確認されており,また,Chenらは103)塑性変形したナノ結晶Al中で積層欠陥と変形双晶の生成を高分解能電子顕微鏡観察で確認したことを報告している。Yamakovら104)およびShimokawaら105)はEAMポテンシャルを用いた更に大規模なMDシミュレーションをAl多結晶について実施し,ホール・ペッチ則と逆ホール・ペッチ則の双方を再現した。粒径が数10 nm程度の時に降伏強度が最大となり,その粒径を境に塑性変形の担い手が粒内の転位の運動から結晶回転を伴う粒界滑りおよび粒界移動へと変化することを示した。

粒径の微細化による降伏強度増大のトレードオフとして破壊靱性は一般に低下するが,ナノの領域に近付くにつれ低温靱性が向上する特異な挙動が鉄鋼材料で報告されている106)。Shimokawaら107,108)は微小亀裂を導入したナノ結晶Alに対して最大1億原子のシミュレーションを実施し,亀裂先端から発生した転位が結晶粒界に到達し局所構造が変化することで粒界が新たな転位発生源となり塑性変形を担うとともに,転位放出後の粒界方位が変化しdisclination pairを形成することで亀裂先端の応力を緩和する機構を見いだしている。ナノ結晶の変形のように,実験の困難な現象の解明には,シミュレーションによる理論的な予測と,これに基づくターゲットを絞った実験による検証が極めて有効であり,効率的な研究が可能となる。

5. フェーズフィールド法による合金組織と特性予測

合金設計には平衡状態の解析手法は不可欠である。しかし,現実の材料は準安定もしくは非平衡状態である場合が多く,また組織形成過程の解析と予測を行うには変化の動的過程を記述することが不可欠である。近年,動的な過程を記述する手法として提案され,大きな進展を見せているフェーズフィールド法(Phase-field method(PFM))24,25,26,27,28,29)は,組織の形態を濃度や規則度等の複数の変数を用いて表現し,その時間・空間変化を発展方程式に基づいて計算することにより組織形成過程を解析する方法である。以下では,PFMによる合金組織のシミュレーションと,材料組織形態情報を直接活用したイメージベースの材料特性計算に関する最近の解析例について説明する。

5・1 鉄鋼材料における組織形成過程のモデル化と力学特性計算

Koyama and Onodera109)は,Fe-C二成分系における,多結晶のα(フェライト)相とγ(オーステナイト)相の二相組織で,外部磁場にて組織形態に異方性が生じる場合の組織変化をフェーズフィールド法でモデル化した。用いた秩序変数は,炭素のモル分率c(r, t)と結晶粒を表現するフェーズフィールドφ(r, t)である。Fig.12(A)は外部磁場を考慮していない場合の1023 K等温時効における組織変化で,図中の数値は無次元化された時効時間である。上段が多結晶α相とγ相のフェーズフィールドφiで,灰色の部分がα相,また白い部分がγ相である。下段は炭素濃度場cで,純Fe(白)およびFe-1mass%C(黒)として,この間を局所的な炭素濃度に比例させて連続的に明暗にて表現している。相分解初期(a)において,結晶粒界に炭素が濃化するとともに,濃化の顕著な領域においてγ相が形成され,時効の進行に伴いγ相の体積分率が増加する(図(b)~(c))。後期ではγ相のオストワルド成長によって,組織は粗大化していく(図(c)~(d))。γ相の全体的な配置に明確な配向性はなく,α相内で空間的にほぼ均一にγ相は形成・成長していることがわかる。続いてFig.12(B)は,外部磁場下(外部磁場は上下方向)における等温時効組織変化である。なお外部磁場は十分に大きく,組織内の磁気モーメントが全て上下方向に揃っている場合を想定している。析出初期において炭素がα相の結晶粒界に濃化する挙動は(A)の場合と同様であるが,特に上下方向に沿った粒界にやや優先的に炭素は濃化していることがわかる。この傾向は,相分解の進行に伴い顕著となり,さらに炭素の濃化した部分はγ相の核形成サイトとして働くので,図(b)~(c)に見るように,上下方向に伸びたγ相組織が発達する。最終的に外部磁場方向にγ相が連なった組織形態(d)へと変化していく。以上の外部磁場による組織変化は,Ohtsukaら110)により実験的に確認されており,上記の計算結果は,初期の炭素の粒界への凝集(優先配向)が組織の配向性に大きく影響することを示唆している。

Fig.12.

 Two-dimensional simulations of the phase transformation and microstructure evolution in Fe-0.4mass%C at 1023 K. (A) and (B) are the calculation results without and with external magnetic field, respectively109).

Koyama111,112)は,次に,Fig.12(A)と(B)の最後の組織形態を対象に,この組織に上下方向の引張りを加えた時の応力−歪曲線を,フェーズフィールド微視的弾性論25)を活用した改良型セカント法に基づき算出した。Fig.13に計算結果を示す。なおこの計算では,Fig.12のγ相は焼入れによって,マルテンサイト相に変態していると仮定して計算を行っている(Fig.13内の組織において,白い部分がフェライトで,黒い部分がマルテンサイト)。フェライト単相およびマルテンサイト単相の応力−ひずみ曲線を表すスウィフト式(σ(MPa)=a(b+ε)N,σは応力,εは塑性歪,a,b,Nは定数パラメータ)のパラメータについては,Table 1の値111)を用いた。ヤング率とポアソン比について,マルテンサイト相とフェライト相に同じ値を仮定し,それぞれ200(GPa)および0.3とした112)Fig.13の縦軸は真応力,横軸が真歪で,マルテンサイト相の体積分率は0.56である。Fig.13の最上部および最下部の点線は,それぞれマルテンサイト単相とフェライト単相の応力−ひずみ曲線である。これらの曲線に挟まれた(A)および(B)の曲線が,それぞれFig.12(A)と(B)の最後の組織に対応した複相組織の応力−歪曲線である。また後出のFig.15,16も含めて,黒い実線部分は「析出相と母相の両方が弾性変形している場合」,赤線は「析出相は弾性変形しているが母相は塑性変形している場合」,また青線は「両相ともに塑性変形している場合」に対応している。また,全ての応力−歪曲線は,くびれ発生条件が満足された段階で計算を打ち切っている。(A)と(B)の曲線を比較すると,等方的な(A)の組織に比べ(B)の層状組織の方が,変形初期の応力の立ち上がりが大きいことがわかる。また伸びに関しては(B)の方が大きい。最終的な全体の応力レベルは,(A)と(B)でほとんど同じであり,これは(A)と(B)のマルテンサイト相の体積分率が等しいためと考えられる。以上のように,PFMとイメージベースの特性計算を併用することで,組織形態形成から力学特性までを一貫して議論することができる。

Fig.13.

 Calculated stress-strain (SS) curves dependent on the morphology of two-phase microstructure based on the modified secant method.

Table 1. Materials parameters in Swift equation of single phase used in the calculation111).
abnvolume fraction
Ferrite744.50.0020.23340.44
Martensite1514.010–70.05600.56

5・2 力学特性の三次元組織形態依存性

鉄鋼材料において,高強度相であるマルテンサイト相やベイナイト相が第二相として含まれる場合,これら第二相の形状および配向性が少なからず応力−歪曲線に影響するので,近年,第二相の形状・配向性の効果まで考慮できる応力−歪曲線の実用的解析法の実現が重要な課題となっている。Koyama112)は力学特性の三次元組織形態依存性について,改良型セカント法を用いて系統的な解析を行った。

Fig.14に彼らが解析で考慮した一連の組織形態を示す。上段が,まだら構造(Mottled structure)において第二相(白い部分)の体積分率を連続的に変化させた組織である。下段は左から,一個の球状析出相,変調構造組織(Modulated structure),および層状組織(Layered structure)である。球以外の組織は,PFMを用いて設定した組織である。PFMは先述のように,複雑な組織形成の計算手法として種々の分野にて発展しているが,いろいろな形態的特徴を持った組織を系統的に構成する手法としても活用できる。球やラメラなどの形式的な組織形態だけでなく,濃度ゆらぎを有するスピノーダル分解組織,粒径分布を有する再結晶組織,マルテンサイト組織,などの任意の組織形態の影響を直接考慮できるようにすることは,次世代の力学解析において必要と思われ,この意味において,フェーズフィールド法を援用した任意の組織形態構成法は有益と考えられる。

Fig.14.

 Morphology of microstructure used in this study112).

Fig.15は,母相(phase 0)をフェライト,析出相(phase 1:白い部分)をパーライトとし(パーライトは組織であるが,ここでは力学的な意味における単一相と仮定している),析出相の組織形態を変化させて応力−歪曲線を計算した結果である。各図中の組織が考慮した析出相の形態であり,第二相の体積分率はいずれも30%である。外部応力は,組織の模式図の,上下方向の単軸引張りである。個々の図内の最上部および最下部の応力−歪曲線は,それぞれ析出相(phase 1)と母相(phase 0)の単相の応力−歪曲線で,両者の内側の曲線が,二相組織全体の応力−歪曲線である。

Fig.15.

 Calculated SS-curves dependent on the morphology of microstructure, where phase 0 and phase 1 are assumed to be ferrite and pearlite, respectively112).

まず二相組織全体の応力の大きさは,おおよそ,析出相単相と母相単相の応力を体積分率で平均した値になっており,いわゆる応力に関する混合則が成立していることがわかる。二相組織全体の応力−歪曲線において,青線が大部分を占めており,フェライト−パーライト組織では,両相ともに塑性変形しやすく,塑性変形が支配的な材料であることがわかる。つまり応力−歪曲線全般的にわたって塑性変形が支配的な材料では,組織の形態は力学特性にほとんど影響せず,第二相の体積分率のみを考慮すれば十分であることがわかる。

次にFig.16は,母相をフェライト,析出相をベイナイトとした計算結果である。まずFig.15の場合と同様に,応力に関する混合則が成立していることがわかる。(a)と(b)の応力−歪曲線はほぼ等しく,(c)と(d)の応力−歪曲線もほぼ等しい。一方,Fig.16の上段に対し下段では,加工硬化初期段階における応力の,歪に対する立ち上がりが大きくなっており,応力−歪曲線が,組織形態に依存することがわかる。また塑性変化が進行した後半部分では,応力−歪曲線は,組織形態にあまり依存しない。以上から,複雑な組織でもランダムなまだら構造ならば,(a)の球の場合で近似できると考えられる。しかし,組織形態に異方性が存在する場合には,もはや球近似は使用できない。また興味深い点は,(c)と(d)の応力−歪曲線がほぼ等しい点である。つまり,組織が三次元的な周期構造であっても,一次元的な層状構造であっても,マクロ的な応力−歪曲線に大きな変化は認められない。つまり,周期的構造でさえあれば,組織内に層状部分や変調構造部分が混在していても,マクロ的な応力−歪曲線は変化しないことになる。応力−歪曲線が組織形態のどのような特徴に敏感に応答するのかを理解する上で,これは今後留意すべき点の一つと思われる。

Fig.16.

 Calculated SS-curves dependent on the morphology of microstructure, where phase 0 and phase 1 are assumed to be ferrite and bainite, respectively112).

現在,材料組織制御から諸特性までを系統的に予測する次世代の材料開発の方法論確立が進められている。特に本稿で述べたように,鉄鋼材料の組織とその力学特性に重点を置き,PFMに基づく組織形成の計算機シミュレーションから,計算によって得られた組織形態情報を用いたイメージベースの応力−歪計算までを結びつけた一貫的組織・特性解析が進展している。現実の材料では,相変態,応力場および電場などが複雑にからみあって組織形成が進行するので,組織の安定性や組織変化過程を議論するためには,相変態・弾性場および電場に関連したエネルギー場や力場を一つの計算の枠組みで,かつ必要十分な精度にて記述する必要がある。従来これらの分野(すなわち,CALPHAD法,マイクロメカニクス,ランダウ理論等の分野)は材料科学において各論的に発展してきた傾向にあるが,現実の多くの相変態・組織形成の解析にはこれら全てが同時に必要である。これら全てを含むエネルギー論的解析,さらにはそれを基礎とした動力学的解析を兼ね備えているPFMは,実際の材料組織の解析法・設計法の枠組みとして有効な方法である。またPFM自体の発展も著しく,最近,非平衡状態を一般的に扱うことができるPFMが提案され,大きな注目を集めている113,114)。現在の対象は,主に非平衡凝固であるが,手法自体に一般性があり,今後大きな進展が期待される。

一方,組織イメージを活用した特性計算法とPF法を組み合わせる解析手法を用いることによって,材料の設計プロセスと特性の最適化を同時に進めることができる。つまり,従来にない効率的な材料設計の道が拓かれ始めた。特にイメージベースの特性計算に関しては,本稿では直接紹介しなかったが,有限要素法ひいては均質化法をベースとした形態(トポロジー)最適化法が,最近大きく進展している115,116)。従来,要求特性に対して最適な組織を議論する場合,平均的な組織パラメータ(平均サイズ,体積分率,平均的な配向性等々…)が用いられてきたが,不均一な組織情報まで考慮する段階に入り始めた。これを受けて材料組織形態情報そのものをデータベース化する動きも活発化してきている。またイメージベースの特性計算自体も,本稿で説明した力学特性以外に,磁気特性や誘電特性など,構造材料から機能材料まで幅広く対象が広がり続けている29)。半導体作製技術においても,ポリマーの相分離というナノスケールオーダーでの自己組織化利用した光リソグラフィ用マスクの作製などのように,ものづくり自体が微視組織のスケールとなってきた。さらにマクロ的な部材設計においても,ナノスケールの精緻な組織制御が当然のように行われる時代となった。これからの材料・デバイス・部際設計に,不均一な材料組織と特性を同時に解析する実効的方法論は,新たな競争力の一つとなると思われる。

6. おわりに

コンピュータを活用した合金設計研究が始まったころ(40年前)には使える状況になかった状態図計算手法が,今では市販のソフトウェアで高精度の計算が可能になり,多くの材料開発や研究の現場で活用されている。第一原理計算,分子動力学法,モンテカルロ法,フェーズフィールド法,連続体力学,有限要素法,などのミクロからマクロにわたる各スケールでの理論手法の発達は目覚ましいものがある。特にミクロとマクロを繋ぐメゾスケール領域で発展の著しいPhase field法は,析出,相変態などの様々な材料組織形成の素過程を正確に予測可能としつつあり,組織形成と特性発現の理論的なシミュレーションが材料設計の実現可能な姿となりつつある。第一原理計算による電子状態に関する情報を取り込み,全てのスケールを理論的手法で連結したマルチスケールシミュレーションにより応力−歪曲線を導出しようとする挑戦もなされており,革新的な材料開発への貢献が大いに期待される。

文献
 
© 2014 The Iron and Steel Institute of Japan

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