Tetsu-to-Hagane
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Deformation Twinning Behavior of Twinning-Induced Plasticity Steels with Different Carbon Concentrations
–Part 2: Proposal of Dynamic Strain Aging-Assisted Deformation Twinning–
Motomichi KoyamaTakahiro SawaguchiKaneaki Tsuzaki
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2014 Volume 100 Issue 10 Pages 1253-1260

Details
Synopsis:

In the previous paper, carbon concentration dependence of deformation twinning behavior in twinning-induced plasticity steels had been investigated, which clarified that the deformation twin fraction in the <144> tensile orientation did not change against carbon concentration. Additionally, in this paper, twinning deformation occurred in the Fe-18Mn-1.2C steel at 473 K with relatively high stacking fault energy of 55 mJ/m2. To explain these experimental results, dynamic strain aging of Shockley partials dislocations was proposed as an additional contributing factor to assist the deformation twinning in high carbon-added austenitic steels. Most abnormalities about deformation twinning such as the high stacking fault energy in Fe-Mn-C austenitic steels were interpreted by considering the influence of dynamic strain aging.

1. 緒言

FCC双晶変形は,双晶核が積層欠陥であるため,一般的には積層欠陥エネルギーの増大とともに抑制される1,2,3)。積層欠陥エネルギーは温度の上昇4)や,特定元素の添加によって増大することが知られ,これに伴う双晶変形の抑制が確認されている1,2,3)。典型的な低積層欠陥エネルギー材料であるFe-Mn基オーステナイト鋼において,重要な添加元素は炭素である。0.3 wt%を超える炭素添加はFe-Mn基オーステナイト鋼において積層欠陥エネルギーを増大させる5,6)。前報7)にて,Fe-Mn-C基オーステナイト鋼では,変形双晶の総量および,〈111〉引張方位粒における局所的な変形双晶量が炭素量の増加とともに減少することが確認された。すなわち,従来報告されている双晶変形挙動の積層欠陥エネルギー依存性と同様の傾向が観察された。しかし,〈144〉引張方位粒における変形双晶量は例外的に炭素量依存性を示さないことが観察された7)。つまり,双晶変形挙動における炭素の影響は単純な積層欠陥エネルギーの整理からだけでは理解できない。

炭素の双晶変形への影響としては,上記のほか,次のような事実が確認されている。

1)双晶変形開始の臨界ひずみが小さくなる8,9,10)

2)双晶変形が発現する積層欠陥エネルギーの範囲が拡大する11,12,13)

3)双晶変形が発現する変形温度の範囲が拡大する11,14)

これら双晶変形挙動に及ぼす炭素の特殊な影響については,炭素の転位への拡散,偏析,ならびにこれに関連するピン止め効果に着目することで理解に近づくと考えられている12,15,16)。Fe-Mn-Cオーステナイト鋼で一般的な炭素−転位相互作用は動的ひずみ時効である17,18,19)。本研究では,双晶変形挙動に及ぼす動的ひずみ時効の影響について,転位のピン止め効果と既報の双晶変形機構を基に,考察を試みる。

FCC双晶変形を律速する現象は,支柱転位および双晶転位の形成20),交差すべりによるローマー・コットレル障壁の形成8,21),連続したすべり面三層にわたる拡張転位の分解反応22),外力による転位の無限拡張23,24)が挙げられる。ここでは,上記四種の因子に律速される双晶変形機構をそれぞれ,支柱機構,交差すべり機構,三層機構,無限拡張機構と呼称する。各機構の詳細をTable 1に示す。いずれの機構も,低積層欠陥エネルギーを必要とする。加えて,支柱機構20)および交差すべり機構8,21)では,多重すべりを必要とする(支柱転位においてはスーパージョグ形成のため)。三層機構では,転位核の再構成に必要な局所応力が拡張転位間に生じる必要がある22)。無限拡張機構では,らせん転位にかかるせん断応力が,転位の無限拡張に必要な臨界応力を満たす必要がある24)。これらすべての因子は結晶方位に強く依存する。つまり,双晶変形挙動の結晶方位依存性を調査することが,炭素添加型オーステナイト鋼の双晶変形挙動の重要な側面を明らかにすると考える。

Table 1. Details of deformation twinning mechanisms
Twinning mechanismTwin nuclearGrowthActivation of multi-slipInteraction of dislocationsRef.
Pole mechanismSuper jogMotion of sweep dislocationNecessaryNecessary20)
Cross-slip mechanismExtrinsic stacking faultSequent stacking from the twin nuclearNecessaryNecessary8,21)
Three layer mechanismIntrinsic stacking fault group on successive three layersSequent stacking from the twin nuclearUnnecessaryNecessary22)
Infinite separation mechanismInfinitely extended intrinsic stacking faultRandom stacking of infinitely extended dislocationsUnnecessaryUnnecessary23,24)

本研究では,前報7)および本論文で観察されたFe-Mn-C Twinning-Induced Plasticity(TWIP)鋼の種々炭素量,結晶方位,ならびに変形温度における双晶変形挙動に基づいて議論をする。そして,炭素による転位の“ピン止め効果”の観点から(特に動的ひずみ時効に注目して),①炭素添加型高Mnオーステナイト鋼において,双晶変形開始の臨界ひずみが小さい理由,②炭素添加が双晶変形発現可能な変形温度および積層欠陥エネルギー範囲を拡大する理由,を提案する。

2. 実験方法

Fe-17Mn-0.6C鋼,Fe-17Mn-0.8C鋼,Fe-18Mn-1.2C鋼を真空誘導溶解により作製した。インゴットを1273 Kで鍛造,圧延後に,溶体化処理を1273 K,3.6 ks,Ar中で施した。熱処理後はセメンタイトなどの析出物形成を防ぐため,水焼入れで冷却した。各鋼の化学組成詳細をTable 2に示す。以下,化学組成の表記はすべてwt.%である。これら鋼は,TWIP効果により室温で優れた均一伸び/引張強度バランスを示す3,25,26)。熱処理後,以下実験に必要な形状に試料を放電加工で切り出した。

Table 2. Chemical compositions in the present steels.
Steel (wt.%)MnSiCFe
Fe-17Mn-0.6C16.40.0030.57bal.
Fe-17Mn-0.8C16.50.0020.81bal.
Fe-18Mn-1.2C18.00.0031.15bal.

引張試験は,4.0 mmw×2.0 mmt×30 mmlのゲージ部およびつかみ部を有する試験片に対して室温で行った。また,Fe-18Mn-1.2C鋼においては223 Kおよび473 Kでも試験を行った。変形温度はインストロン型の試験機に付属する恒温槽を用いて制御した。

変形組織解析は,Electron Backscatter Diffraction(EBSD)法により行った。EBSD測定用試料は,研磨誘起組織の抑制および平滑性の保持のため,低荷重でコロイダルシリカとともに3.6 ks機械研磨をした。EBSD測定は20 kV,ビームステップサイズ300 nmで行った。

積層欠陥エネルギーは前報7)と同様にNakano and Jacque27)のデータセットを用いて以下の式28)によって求めた。   

γ=2ρ(ΔGγε+ΔGstrain)+2σγ/ε(1)

ここで,ΔGγ→εはFCC(γ)からHCP(ε)への相変態による自由エネルギー変化,ρは{111}面上の表面モル密度,σγ/εγ/ε界面の界面エネルギーである。界面エネルギーは16 mJ/m227)と仮定した。前報において,上記の条件および(1)式を用いると,Fe-17Mn-0.6C鋼,Fe-17Mn-0.8C鋼ならびにFe-18Mn-1.2C鋼の室温の積層欠陥エネルギーはそれぞれ,31 mJ/m2,35 mJ/m2,43 mJ/m2と見積もられることを報告した7)

3. 結果

3・1 種々条件における応力−ひずみ応答

Fig.1はFe-17Mn-0.6C鋼,Fe-17Mn-0.8C鋼,Fe-18Mn-1.2C鋼を室温,ひずみ速度1.7×10−4 s−1で変形させたときの公称応力−ひずみ曲線を示している。これら引張試験については3度繰り返し,再現性を確認した。3種の鋼はいずれも60%以上の均一伸びを示し,炭素量の増加とともに均一伸びおよび引張強度が増加した。また,セレーションと呼ばれる応力の上下動が全ての鋼で観察された。

Fig. 1.

 Engineering stress-strain curves in the three Fe-Mn-C steels at ambient temperature (294 K).

Fig.2およびFig.3はFe-18Mn-1.2C鋼の応力−ひずみ応答に及ぼす変形温度の影響を示している。Fig.2に変形温度223 K,ひずみ速度1.7×10−4 s−1における公称応力−ひずみ曲線を示す。223 Kに冷却することでセレーションが消失した。Fig.3は473 Kに加熱した場合の公称応力−ひずみ曲線を示している。ひずみ速度は1.7×10−4 s−1と1.7×10−2 s−1の二種である。両曲線においてセレーションが確認された。ひずみ速度の上昇にともない,セレーションの開始ひずみが大きくなり,かつ,流動応力が低下した。

Fig. 2.

 Engineering stress-strain curve at 223 K at an initial strain rate of 1.7×10–4 s–1 in the Fe-18Mn-1.2C steel.

Fig. 3.

 Engineering stress-strain curves at 473 K at initial strain rates of 1.7×10–4 and 1.7×10–2 s–1 in the Fe-18Mn-1.2C steel.

3・2 双晶変形挙動の変形温度および引張方位依存性

積層欠陥エネルギーは化学組成と変形温度に依存する。このため,双晶変形挙動は合金種や変形環境によって大きく異なる。Fig.4は,Fe-18Mn-1.2C鋼の223 Kおよび473 Kにおける双晶変形挙動を観察したImage Quality (IQ)像および圧延方向(引張方向に対応)の逆極点図(RD-IPF)マップである。これら像は,ひずみ速度1.7×10−4 s−1で10%塑性ひずみまで引張変形させた試料で得られた。Fe-18Mn-1.2C鋼の変形組織において観察される板状生成物は変形双晶である25,26)Fig.4(a)およびFig.4(b)から,室温から223 Kへの変形温度低下により,双晶変形の促進が観察される。逆に,Fig.4(c)およびFig.4(d)に示すように,473 Kへ加熱して10%塑性変形した場合は変形双晶が観察されず,室温と較べて双晶変形の抑制が観察される。

Fig. 4.

 (a) IQ, and (b) RD-IPF maps in the Fe-18Mn-1.2C steels after a 10% deformation at 223 K. (c) IQ, and (d) RD-IPF maps in the Fe-18Mn-1.2C steels after a 10% deformation at 473 K. (Online version in color.)

しかし,473 Kにおいても20%塑性変形後では多量の変形双晶が観察された。Fig.5はFe-18Mn-1.2C鋼を473 K,ひずみ速度1.7×10−4 s−1で20%まで引張変形を加えた試料のIQ像およびRD-IPFマップである。図中,AおよびBと表記した結晶粒において,特に明瞭な変形双晶が観察された。粒AおよびBの引張方位は[-9 -5 -10]と[1 -3 3]であり,これらはそれぞれ〈122〉および〈133〉に近い結晶方位である。(1)式を用いてFe-18Mn-1.2C鋼の473 Kにおける積層欠陥エネルギーを計算すると55 mJ/m2と見積もられ,室温での積層欠陥エネルギー(43 mJ/m2)から12 mJ/m2上昇していることがわかる。高Mnオーステナイト鋼における200 Kの温度上昇は一般的に積層欠陥エネルギーを約10 mJ/m2上昇させると報告されているので4,5,29,30),この計算された加熱による12 mJ/m2の積層欠陥エネルギー増分は従来研究と良い一致を示している。

Fig. 5.

 (a) IQ and (b) RD-IPF maps in the Fe-18Mn-1.2C steel after a 20% tensile deformation at 473 K. The stacking fault energy in the Fe-18Mn-1.2C at 473 K is 55 mJ/m2. The tensile direction is parallel to [-9 -5 -10] for the grain A and [1 -3 3] for the grain B. (Online version in color.)

4. 考察

前報7)では,次の双晶変形挙動における炭素添加の影響を報告した。

1)変形双晶の総量は炭素量増大にともない減少する。

2)〈111〉引張方位粒における双晶変形は炭素量増大とともに抑制される。

3)〈144〉引張方位粒における変形双晶量は有意な炭素量依存性を示さない。

上記の実験事実および,本実験で得られた結果を総合して,以下に考察を行う。

4・1 セレーションの原因

Fe-Mn-Cオーステナイト鋼における室温でのセレーションの原因として,α’マルテンサイト変態(FCC→BCC or BCT)31),双晶変形32),動的ひずみ時効17)が考えられる。この中で,Fe-Mn-C基オーステナイト鋼における室温セレーションは動的ひずみ時効であることが広く受け入れられている17,18,19,33,34)。以下に,双晶変形およびマルテンサイト変態が今回観察されたセレーションの原因ではなく,動的ひずみ時効がその原因である理由を述べる。双晶変形は223 Kでも多量に観察されたが(Fig.4(a)およびFig.4(b)),本鋼のセレーションは同温度への冷却により消失した(Fig.2)ので,双晶変形がセレーションの原因ではない。10%変形後では,いずれの鋼においてもεマルテンサイトおよびα’マルテンサイトが検出されず7),Fe-18Mn-1.2C鋼においては60%引張ひずみに至っても第二相の形成は観察されなかった7)が,セレーションは10%引張ひずみ以下で開始している(Fig.3)ので,マルテンサイト変態もセレーションの原因ではない。Fig.3では,Fe-18Mn-1.2C鋼の473 Kにおける流動応力が,ひずみ速度の上昇により低下した。一般的な金属では,流動応力はひずみ速度の上昇とともに増加するので,本鋼の流動応力は負のひずみ速度依存性(Negative strain rate sensitivity:NSRS)を示す。本研究の実験条件で観察されるNSRSは,動的ひずみ時効が発現しているときに観察される現象である17,35,36,37)。動的ひずみ時効は炭素の運動に律速されるので,低温では抑制され,高温ではある温度域までは促進される。この動的ひずみ時効の変形温度依存性は,セレーションが低温で消失し,室温,高温で観察された事実と合致する。すなわち,動的ひずみ時効が本鋼のセレーションを支配していると考える。

4・2 双晶変形と積層欠陥エネルギー

前報7)に示すように,変形双晶の総数は,炭素量の増加とともに減少した。変形温度の上昇にともなう双晶変形の抑制も本研究で確認された。また,〈111〉引張方位近傍の結晶粒における双晶変形も炭素量の増加により抑制された。これら実験結果は,炭素量の増加および変形温度の上昇に伴う積層欠陥エネルギーの増大により説明される。つまり,双晶変形開始の臨界応力は積層欠陥エネルギーの増大にともない上昇する38,39,40,41)ので,積層欠陥エネルギーの上昇は双晶変形を抑制する。今回用いた鋼の中では比較的積層欠陥エネルギーが高いFe-18Mn-1.2鋼では,Fe-17Mn-0.6C鋼にくらべて双晶変形が抑制された代わりに,転位すべり変形が導入される7)

しかし,初期引張方位〈144〉においては,上述した積層欠陥エネルギーの増大にも関わらず,15%引張変形段階の変形双晶量が炭素量の依存性を示さなかった7)。また,473 KでのFe-18Mn-1.2C鋼の積層欠陥エネルギーは55 mJ/m2であるが,この条件で20%引張変形を与えると,〈122〉と〈133〉方位において,変形双晶が確認された(Fig.5)。従来報告ではFCC合金において変形双晶は42 mJ/m2以上では有意に観察されない11)。さらに双晶変形が上限の積層欠陥エネルギーで観察されたとしても,変形双晶は破断の直前に観察されるのみだと報告されている11)。つまり,〈122〉−〈144〉引張方位領域で観察された本結果は,従来の積層欠陥エネルギーと双晶変形発現の関係に対応していない。高積層欠陥エネルギー状態における変形双晶の発生は,高炭素を含有する本鋼の重要な特徴である。この特異な炭素量,結晶方位ならびに変形温度の依存性について次節より考察する。

4・3 双晶変形機構と結晶方位依存性

緒言で述べたように,変形双晶は支柱機構,交差すべり機構,三層機構,無限拡張機構によって形成しうる。Table 3に様々な結晶方位における,最優先先行部分転位のシュミット因子,対応する後続部分転位のシュミット因子,ならびに双晶変形発現の有無をまとめて示す。交差すべり機構の観点では,双晶変形は複数すべり系の活動が必要であるため,最優先拡張転位すべり系と二次拡張転位すべり系のシュミット因子が等しい〈110〉や〈111〉方位で顕著に起こり,最優先すべり系のみが活動する〈123〉引張方位などでは起こらない8)。同じく多重すべりを双晶核形成のために必要とする支柱機構についても同様のことが言える(Table 1参照)。多量の変形双晶が観察された〈144〉引張方位近傍7)(〈122〉,〈133〉引張方位を含む)は最優先拡張転位すべり系のシュミット因子が最大値の0.50に近く,二次拡張転位すべり系とのシュミット因子差が大きい。これら引張方位では,結晶回転の効果が小さい変形初期では最優先すべり系が主に活動するので,低ひずみ域では多重すべりが顕著ではないと考える*1。しかし,15%変形段階で体積率20%を超える変形双晶量が測定された7)ことから,塑性変形の支配因子は変形初期から双晶変形であると考えられる。また,〈144〉引張方位では極めて初期の変形(1%引張塑性ひずみ)において変形双晶が発現することが,既にFe-Mn-Cオーステナイト鋼において報告されている10)。このため,少なくとも〈144〉引張方位近傍では,多重すべりが要求されない双晶変形機構が働いていると考える。つまり,従来研究の範囲で考えるならば,三層機構か無限拡張機構のいずれかになる。本研究では以下に,無限拡張機構に基づいた考察を示す。

Table 3. Relationship between Schmid factor and occurrence of twinning in high carbon austenitic steel: Hadfield steels and the present steels, the ratio = Schmid factor of leading partial/Schmid factor of trailing partial.
Tensile OrientationSchmid factorOccurrence of twinningReference
leadingtrailingratio
<001>0.2360.4710.50No8)
<111>0.3140.1572.00Yes8,10)
<123>0.4710.3371.40No8)
<110>0.4710.2362.00Yes10)
<144>0.5000.2502.00Yes7,10)
<133>0.4960.2482.00YesFig.5
<122>0.4710.2362.00YesFig.5

*1 〈144〉引張方位近傍は安定結晶方位ではないので,変形が進行すると,〈111〉方位に結晶回転し,多重すべりが起こる7)

無限拡張機構の観点では,特定の方向に大きなせん断応力が要求される代わりに,多重すべりは必要ではない。それ故,無限拡張機構の考え方は,〈122〉,〈133〉,ならびに〈144〉引張方位における双晶変形発現を説明できる。Byunは以下の式により,応力下における純粋な転位の拡張距離を表現した23)。   

d=(23ν)Gbp28π(1ν)(γτbp/2)(2)

ここで,ν=ポアソン比,bp=部分転位のバーガースベクトル,G=剛性率,である。(2)式によると,転位の拡張距離は分解せん断応力の増大とともに増加し,ある特定応力に達すると鋭く上昇し,結晶粒径に対応する距離を上限に拡張する。Byunはこの特定応力を転位の無限拡張の臨界応力とみなし,同時に,双晶変形発現の臨界応力に対応すると主張した23)。(2)式により,オーステナイト鋼おける純粋らせん転位の転位無限拡張の臨界応力は以下の式で近似される23)。   

τ=2γ/bp(3)

(3)式においてbpを0.145 nm23)とすると,Fe-18Mn-1.2C鋼の室温(積層欠陥エネルギー43 mJ/m2)における転位無限拡張の臨界分解せん断応力は593 MPaと見積もられる。〈144〉引張方位における転位の無限拡張を起させるためには,1379 MPaの真引張応力が必要である。上述の通り〈144〉引張方位における初期塑性変形を支配するのは双晶変形であり,また,類似組成における変形双晶の多くが再現性を持って塑性変形の開始直後に観察されている8,9,10)ので,Fe-18Mn-1.2C鋼の双晶変形開始の臨界応力は降伏応力に対応すると考える。Fig.1に示す通り,Fe-18Mn-1.2C鋼の0.2%耐力は320 MPaであるので,無限拡張機構から見積もられる臨界応力と較べて著しく低い。すなわち,単純な転位拡張への応力効果からでは,本鋼の双晶変形発現を理解できない。Fe-Mn-Cオーステナイト鋼の双晶変形挙動を理解するため,次節に炭素の効果を考慮した独自の双晶変形促進機構を提案する。

4・4 転位拡張から考える動的ひずみ時効による双晶変形促進機構の提案

先行部分転位にかかる応力が後続部分転位のそれよりも大きいとき,変形中の転位の拡張距離は静的な状態よりも大きくなる8)。また,転位の易動度は実験環境および障害物の性質に依存する。拡張転位運動に対する障害物の影響を考えると,後続部分転位運動のみが阻害されて先行部分転位のみが自由に動けるとき場合,転位の拡張距離は大きくなると考える。部分転位運動を阻害する現象として,炭素によるピン止め効果が提案されている4,42)。近年の報告では,Fe-Mn-Cオーステナイト鋼の室温動的ひずみ時効は,後続部分転位を含む積層欠陥中の点欠陥と炭素の相互作用18)または,後続部分転位と炭素の相互作用19,43)によって起こるとされる。この動的ひずみ時効は転位拡張距離を著しく増大させる15)。これら既報事実に基づいて動的ひずみ時効の影響を導入することで,本研究で観察された〈144〉引張方位および高温での双晶変形発現について説明を試みる*2。動的ひずみ時効の傾向は以下の式で表現される44)。   

ε˙=KCnexp(QM/RT)εcm(4)

*2 本研究では後続部分転位と炭素の相互作用が本鋼種の室温動的ひずみ時効の主因である19)とする。しかし,積層欠陥中の点欠陥と炭素の相互作用が動的ひずみ時効を引き起こす18)としても,炭素が直接的に運動を阻害する対象は後続部分転位および積層欠陥部であり,先行部分転位ではないので,後述する動的ひずみ時効による双晶変形促進機構は成り立つ。この場合も,後続部分転位および転位拡張部がトラップから脱せず,先行部分転位が自由に運動する条件を考えると,二つの部分転位のシュミット因子差が大きく,かつ先行部分転位のシュミット因子が大きい必要があるので,先行部分転位のシュミット因子が0.50であり,後続部分転位とのシュミット因子差が大きい〈144〉で双晶変形が顕著であった結果を説明する。

ここで,ε˙=ひずみ速度,K, m=実験定数,C=炭素量,QM=熱活性によるセレーション開始のための活性化エネルギー,R=気体定数,T=変形温度,εc=セレーション開始の臨界ひずみ,である。(4)式における活性化エネルギーは,Fe-Mn-Cオーステナイト鋼では炭素の拡散に対応すると報告されている45)。静的な転位拡張距離から応力下の平衡転位拡張距離に至る過渡期に,各ショックレー部分転位のシュミット因子に依存して先行部分転位と後続部分転位の運動速度が有意に異なることを想定すると,後続部分転位のみが動的ひずみ時効によってトラップされうる19)。先行部分転位と後続部分転位の運動速度が異なるという仮定は,例えばCopley and Kearによって提案されている46)。部分転位の運動速度差および転位運動速度−応力の関係(Vd=(τ/τ0)α:τ=せん断応力,α, τ0=実験定数)47)に基づいて*3,(4)式を部分転位運動に対応するように修正すると,以下の式が導かれる(式導出の詳細は文献19)を参照)。   

11+(τL/τT)αε˙=KparCnexp(QMRT)εcTm(5)
  
(τL/τT)α1+(τL/τT)αε˙=KparCnexp(QMRT)εcLm(6)

*3 ここでは,ジョンストン・ギルマンの関係47)を用いるため,(4)式中のεcが炭素の拡散と転位の飛行運動の挙動に依存すると仮定している。

ここで,Kpar=部分転位運動を想定した場合の実験定数,τL=先行部分転位に対する分解せん断応力,τT=後続部分転位に対する分解せん断応力,εcL=先行部分転位をトラップするための臨界ひずみ,εcT=後続部分転位をトラップするための臨界ひずみ,である。このモデルは以下に示すFe-Mn-Cオーステナイト鋼の動的ひずみ時効の挙動について重要な知見を与える。我々は,既報19)にて(5)式および(6)式を用い,先行部分転位と後続部分転位それぞれに対する動的ひずみ時効開始の臨界ひずみについて議論した。ここで定数αは,オーステナイト鋼と同じくFCC金属である純銅の248)と等しいとした。引張方位が〈144〉であるとき,先行部分転位と後続部分転位それぞれに対する動的ひずみ時効の臨界ひずみは次の式で関係付けられる19)。   

lnεcL=mlnεcT+m1ln4(7)

例えば,実験定数mはFe-17Mn-0.3Cオーステナイト鋼において3.3である19)。(7)式は,先行部分転位に対する動的ひずみ時効発現の臨界ひずみεcLが後続転位に対する臨界ひずみεcTと比べて有意に大きいことを示している。つまり,動的ひずみ時効が起こるオーステナイト鋼の特定結晶方位では,後続部分転位がトラップされる臨界ひずみから,先行部分転位がトラップされ始める臨界ひずみまのでひずみ域において,先行部分転位のみが動的ひずみ時効の影響を受けずに運動することができる。この現象は,後続部分転位が炭素によるピン止め効果から離脱しない限り,二つの部分転位を無限に拡張させると考える。無限拡張機構の考え方に則ると,この動的ひずみ時効による転位の無限拡張は,双晶変形の起点とみなすことができる。この場合,双晶変形開始の臨界ひずみは,動的ひずみ時効発現の臨界ひずみに対応すると考える。Fig.1に示すように,動的ひずみ時効由来のセレーションは室温で,全ての鋼において降伏直後から発現している。すなわち,動的ひずみ時効は降伏直後から〈144〉引張方位などの特定方位において,転位の無限拡張を助長し,双晶変形を促進していると考えられる。この効果が,炭素添加型オーステナイト鋼における双晶変形発現の臨界ひずみを著しく低下させている一因であると考える。

動的ひずみ時効が先行部分転位の単独運動を促進するための条件を考える。後続部分転位だけが動的ひずみ時効によってトラップされるためには,以下の3つの条件が必要である。(1)後続部分転位のシュミット因子が先行部分転位のシュミット因子よりも顕著に小さい。(2)後続部分転位の転位運動速度が炭素の拡散速度と同程度,または,わずかに速い(転位の運動速度が炭素の拡散速度よりも遅い場合には,炭素は単に転位の運動に付いていくだけで転位運度を阻害しない。)。(3)先行部分転位の運動速度は炭素の拡散速度よりも十分に大きい(先行部分転位運動に対応するシュミット因子が大きい)。条件(1)-(3)を満たすとき,後続部分転位に対する動的ひずみ時効が転位の無限拡張を誘起する。Fig.6(a)は無荷重における転位拡張幅を模式的に示している。拡張転位に荷重がかかると,Fig.6(b)に示すように,応力に依存して拡張幅が大きくなる。Fig.6(b)に示す拡張幅は(2)式によって見積もられる。そして,上述3つの条件を満たすと,特定方位で動的ひずみ時効が転位の拡張を助長し,Fig.6(c)のように更に大きく拡張し,転位の無限拡張状態に至り,双晶変形が発現する。Fig.6(c)のように動的ひずみ時効が双晶変形挙動に寄与する場合は,積層欠陥エネルギーなどの因子に加えて,炭素の運動が制御因子に加わるので,従来の整理から外れた双晶変形挙動,例えば,極めて小さい臨界ひずみを示すと考えられる。

Fig. 6.

 Width of stacking faults under (a) a static condition, (b) an applied stress, and (c) an influence of dynamic strain aging. In case (c), only the trailing partials are trapped by carbon during the deformation. In the above cases, Wa < Wb < Wc.

ここで提案した動的ひずみ時効による双晶変形促進機構と本実験結果との整合性を議論する。多量の変形双晶が〈144〉引張方位で観察された7)。〈144〉引張方位は最優先すべり系の先行部分転位運動(〈112〉双晶シアー)に対して0.50のシュミット因子を示し(最大の分解せん断応力),かつ,対応する後続部分転位運動のシュミット因子(0.25)と大きな差を有する(Table 3参照)。分解せん断応力の増加は転位運動速度を高めるので,この結晶方位は,上述の動的ひずみ時効が双晶変形を促進するための3条件を満たしている。〈144〉引張方位などでこの3条件を満たした状態では,炭素濃度の増加は動的ひずみ時効促進を通して,双晶変形を促進する。同様の議論は〈122〉および〈133〉引張方位に対しても成り立つ(各部分転位のシュミット因子はTable 3を参照)。これら引張方位では,55 mJ/m2という比較的高い積層欠陥エネルギーの状態(Fe-18Mn-1.2C鋼,473 K)であっても20%引張変形後,多量の変形双晶が観察された(Fig.5)。また,この実験条件で双晶変形が開始した10~20%引張ひずみは,同条件におけるセレーションの開始ひずみ(約10%引張ひずみ,Fig.3参照)に対応している。これら事実は,動的ひずみ時効が特定方位で変形双晶を促進し,このため,比較的高積層欠陥エネルギー状態で変形双晶が発現したと考えることで説明される。

対照的に,変形双晶が観察されない〈123〉や〈001〉引張方位8)では,先行部分転位および後続部分転位のシュミット因子差が〈144〉引張方位などと較べて小さい,つまり条件(1)を満たさない。また,〈111〉引張方位では最優先双晶シアーに対応する先行部分転位運動のシュミット因子が〈144〉引張方位の場合よりも有意に小さい,つまり条件(3)を満たさない。それ故,動的ひずみ時効による双晶変形促進機構はこれら結晶方位では働かない。動的ひずみ時効が双晶変形促進に働かない場合には,炭素は積層欠陥エネルギーを上昇させるので,前報7)で示すように,双晶変形は炭素量の増加とともに抑制される。この特定結晶粒における双晶変形抑制に対応して,全体の変形双晶量も減少する。

今回提案した動的ひずみ時効による双晶変形促進機構は,従来型の双晶変形機構と共存することに注目されたい。例えば,Fe-18Mn-1.2C鋼において223 Kでは,セレーションが全く検出されなかったにも関わらず,Fig.4(a)およびFig.4(b)に示すように変形双晶が観察された。これは従来報告されている通り,双晶変形が温度低下に伴う積層欠陥エネルギー低下によって促進された結果である。そして,変形温度低下による炭素の拡散運動抑制のため,動的ひずみ時効は起こらない。動的ひずみ時効の影響を考えない場合は,従来Fe-Mn-Cオーステナイト鋼で報告されている交差すべり機構8,21)などが〈111〉引張方位近傍で働いていると考える。この機構の場合は単純な積層欠陥エネルギーの整理で双晶変形発現を説明できる。一方,動的ひずみ時効は高温でも起こるので,動的ひずみ時効によって促進される双晶変形は,温度上昇による積層欠陥エネルギー増大にも関わらず,比較的高温でも発現することになる。さらに,塑性変形が進行すると結晶回転に起因して活動せん断系の数が増加し7),かつ加工硬化により流動応力も増加するので,複数種の双晶変形機構が混在すると考える。つまり,Fe-Mn-Cオーステナイト鋼の双晶変形挙動は,従来の単純な積層欠陥エネルギー依存の双晶変形機構と,動的ひずみ時効による促進機構の両方の影響を受けていると考える。低温では従来型の双晶変形機構,高温では動的ひずみ時効による双晶変形促進機構が働くため,Fe-Mn-Cオーステナイト鋼は他のFCC金属と比較して,広い温度範囲で変形双晶を発現すると理解できる。

5. 結論

本論文では,以下に示す,双晶変形に及ぼす炭素の特殊な効果を説明することを試みた。

1)炭素添加型Fe-Mnオーステナイト鋼の双晶変形開始の臨界ひずみは,他のFCC金属と比較して著しく小さい。

2)室温において〈144〉引張方位近傍の結晶粒に着目すると,その変形双晶量は炭素量の増加にも関わらず,有意に変化しない。

3)473 KにおけるFe-18Mn-1.2C鋼の積層欠陥エネルギーは通常双晶変形が発現しない55 mJ/m2であるが,この温度で20%塑性ひずみまで引張変形を加えると多量の変形双晶が観察された。この高温での変形双晶の発生は,動的ひずみ時効に関連するセレーションの開始と対応がみられる。

これら事実は,積層欠陥エネルギーを基に整理できるとされているFCC金属の双晶変形挙動の従来知見と異なる。これら特殊性は,動的ひずみ時効による双晶変形促進機構を考える事で理解できることを本研究で提案した。動的ひずみ時効は高温でも観察され,炭素量増加によって強化される。また,結晶方位依存性も示す。このため,積層欠陥エネルギーを増大させ,双晶変形を抑制するはずの温度上昇および炭素添加によっても,動的ひずみ時効が顕著に発現している限り,特定結晶方位で双晶変形が発現しうる。高炭素添加型高Mnオーステナイト鋼では,動的ひずみ時効が室温において塑性変形の開始直後に発現するので,従来報告されている本鋼種の著しく小さな双晶変形臨界ひずみも動的ひずみ時効の効果によって説明できる。

謝辞

本研究で用いた試料は物質・材料研究機構の材料創製・加工ステーションで作製され,材料分析ステーションにて化学分析をしていただいた。また,本研究はNIMSジュニア研究員(2009-2010)および学術振興会特別研究員(2011- 2013)の制度の一環として行った。この成果は,独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業未来開拓プログラムの結果得られたものである。この場を借りて深謝いたします。

文献
 
© 2014 The Iron and Steel Institute of Japan

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