2014 Volume 100 Issue 10 Pages 1261-1266
The plastic deformation behavior in a uniaxial tensile test was examined by applying the nano-indentation hardness test to the ferrite-austenite duplex stainless steel. Each phase revealed the same hardness and a different work hardening ratio. The effect of the hardness difference in each phase on the void nucleation process was investigated by means of EBSD analysis.
From the EBSD analysis, deformation twinning and deformation-induced martensitic transformation were observed in the austenite phase near the fracture surface. The hardness of austenite rose to a higher degree than that of ferrite, and showed an extremely-high value due to martensitic transformation. The void appeared mainly at the interface between the martensite induced by deformation and the ferrite phases. Thus the void nucleation was enhanced by the martensitic transformation which occurred at the location of higher equivalent strain of 1.5.
鉄鋼は多くの産業分野で社会基盤材料として用いられており,適用部材の設計応力,使用環境などを考慮した適切な鋼種選択が重要である。一方,強度と靭性,延性あるいは腐食などの特性を両立することは困難であり,それらの特性を高度にバランスさせる組織制御法として,二相組織化により各相の特徴を活かす手法が研究されてきた。その結果,多くのフェライト−マルテンサイト1),フェライト−ベイナイト2),フェライト−オーステナイト3)鋼が開発された。
二相組織鋼の力学特性は,FEMなどを用いて多くの研究者により明らかにされてきている4,5,6)。その中で,延性破壊挙動を解析するためには,各相の塑性変形挙動と各相間に生じるひずみに起因したボイド発生について考慮する必要があることが指摘されている。したがって,強度特性の評価法である引張試験において,各相のひずみ硬化とボイド発生挙動を調べることは,延性破壊特性の優れた鋼の研究開発に極めて重要な意味を持つ。これまで,破壊はミクロ組織の不均一性から生じるボイドに起因することが指摘されている。例えば,Kadkhodapourら7)もフェライト−マルテンサイト鋼で各相の変形の局在化からマルテンサイト結晶粒近くでボイドが発生することを報告している。しかしながら,変形の局在化を論じるには,変形に伴う各結晶粒のひずみ硬化挙動とボイド発生の関係を実験的に詳細に調べることが必要であるが,技術的に難しく,加工過程における組織の不均一化とボイド発生の関係は十分に明らかにされているとは言えない。
二相組織鋼は各相の力学的特性から,1)フェライト−マルテンサイトあるいはベイナイトを代表とする各相の強度と伸びが大きく異なる鋼と,2)フェライト−オーステナイトを代表とする各相の強度差が小さく,加工硬化率が異なる鋼に分類される。後者では,組成によってひずみ付与により双晶変形あるいはマルテンサイト変態が生じる場合があり,これらのボイド発生に及ぼす寄与については強い関心が持たれる点である。
最近,著者らはナノインデンテーション試験8)により,二相組織のそれぞれの相を分離し,相ごとに硬さが測定できることを示した9)。この手法は,引張試験により塑性変形した各相の硬さ評価にも適用可能であり,EBSD観察と組み合わせることで,加工による各相の変態挙動と硬さ変化,さらにはボイド生成挙動の解明に有効な手法である。
本報告では,延性破壊を対象として,硬さがほぼ等しく,加工硬化率が異なる二相からなるフェライト−オーステナイト系ステンレス鋼について,引張破面下でのナノインデンテーション硬さの変化,さらに,EBSDを用いて組織変化とボイド発生挙動の関係について調べた結果を述べる。
本試験で用いた試料の化学組成をTable 1に示す。本研究で対象とする延性破壊は,材料の塑性流動に伴いボイドが発生,成長そして連結し,最終的に破断に到る破壊形態10,11,12,13,14)である。ボイドは主に介在物あるいは析出物である粒子,および結晶粒界を起点として発生する。本研究では,二相界面におけるボイド発生挙動に焦点をあてるため,供試材のAl量とS量を低減することで,粒子を起点とするボイド発生を極力抑制した。
C | Si | Mn | Al | N | P | S | Ni | Cr | Mo |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
0.015 | 0.35 | 0.98 | 0.03 | 0.15 | 0.022 | 0.002 | 5.4 | 22.5 | 3.2 |
Table 1に示した組成に溶解した小型鋼塊を,大気雰囲気中でフェライトとオーステナイトの二相域である1423 Kに加熱して,仕上げ厚10 mmに鍛造した後,空冷し,さらに1343 Kで1200 s溶体化処理を施し,水冷して供試材とした。なお,試料作製過程をFig.1に示す。この試料を10%シュウ酸水溶液で電解腐食し,主鍛造方向に平行な断面を光学顕微鏡およびEBSDで観察した。その結果をFig.2とFig.3に示すが,フェライトとオーステナイトの二相組織鋼であることが確認でき,また,オーステナイト分率は約30%で,双晶の存在は認められなかった。
Production process of specimen.
Optical micrograph of ferrite-austenite duplex stainless steel.
EBSD maps of ferrite-austenite duplex stainless steel: (a) IPF image of two phases, (b) IPF image of ferrite phase, (c) IPF image of austenite phase.
主鍛造方向に平行に採取した平行部径6 mm,長さ40 mmの丸棒形状試験片を用い,初期ひずみ速度1.0×10−3/sの条件で引張試験を行った。引張試験破断後の試料について各部のひずみを次式の相当塑性ひずみ,εeqより決定した。
(1) |
ここで,D0は試験片の初期径,Dは引張試験後の径である。
つぎに,エリオニクス社製ナノインデンテーション試験機ENT-2100を用いて,主鍛造方向に平行な断面について9.81 mNの押しつけ圧力条件でナノインデンテーション硬さHITを測定した。ナノインデンテーション硬さ試験面はコロイダルシリカを用いて鏡面研磨した。母材部について10 μm間隔で各100点(10行×10列)打刻し,ナノインデンテーション硬さ試験後,エッチングして,打刻した組織を光学顕微鏡で判別した。
引張試験破面近傍のナノインデンテーション硬さについては,Fig.4に示す要領で打刻し,母材と同様の試験条件を用いて測定した。
Nano-indentation test procedure for cross section of fracture surface after tensile test.
ナノインデンテーション試験では,(1)試験機の剛性などの被測定物の弾性変形,および,(2)圧子先端形状の不完全さ,の影響を無視できない。そこで,本実験においては,上記2点の影響を補正するため,Sawa and Tanakaの手法15)を用いた。補正したナノインデンテーション硬さHITは,
(2) |
となる。ここで,Fmaxは最大荷重,hcは接触押込み深さ,Δhcは補正長さである。
2・3 EBSDによるボイドおよび組織観察引張破面下のナノインデンテーション硬さを測定した後,ボイド発生起点を詳細に調べるために,再びコロイダルシリカで最終鏡面研磨し,さらにイオンミリング後,日立社製FE-SEM,SU6600を用いて,加速電圧15 kVの条件でEBSD像を取得した。つぎに,EBSDにより得られたデータをOIM(電子線回折結晶方位解析装置)によって解析した。
引張試験で得られた応力−ひずみ曲線を,Fig.5に示す。また,この曲線から求めた,降伏強さ,引張強さ,全伸びをTable 2に示す。
Nominal stress-strain curve of ferrite-austenite duplex stainless steel.
YS (MPa) | uTS (MPa) | tEL (%) |
---|---|---|
503 | 737 | 40.8 |
つぎに,母材のナノインデンテーション試験結果について述べる。圧痕を打刻した面の光学顕微鏡観察結果をFig.6に示す。このすべての打刻点がどの組織に対応するかを光学顕微鏡像から判別し,二相界面からの距離とフェライトおよびオーステナイト各相内の硬さの関係として,Fig.7に示す。界面から2 μm以上離れた硬さをフェライトとオーステナイト相のHITとしてその平均値を求めたところ,それぞれ3762 Nmm−2および3813 Nmm−2であり,各相の硬さはほぼ等しいことが確認できた。
Optical micrograph after nano-indentation test on ferrite-austenite duplex stainless steel.
Distribution of nano-indentation hardness around a grain boundary between ferrite and austenite phase. (d: Distance from grain boundary)
引張試験後,破面の垂直断面におけるフェライトおよびオーステナイト各相のHIT変化を,断面減少から求めた相当塑性ひずみの関数として整理した結果をFig.8に示す。いずれの相も,相当塑性ひずみが大きくなるに従いHITは増加するが,その増加量を見ると,オーステナイト相の方が大きい。この現象は,オーステナイト相の加工硬化係数がフェライト相のそれより大きい16)ことに起因する。
Relationship between nano-indentation hardness and equivalent strain of each phase for ferrite-austenite duplex stainless steel.
引張試験後,相当塑性ひずみεeqが0.28の破面垂直断面で認められたボイド周辺の組織についてEBSD観察した結果をFig.9に示す。(a)はIQ像,(b)はフェライトのIPF像,(c)はオーステナイトのIPF像である。図から,ボイドがフェライトとオーステナイトの界面から生じていることが明らかである。
EBSD maps of ferrite-austenite duplex stainless steel deformed with equivalent strain of 0.28: (a) IQ image, (b) IPF image of ferrite phase, (c) IPF image of austenite phase.
つぎに破面からの距離が0.2 mmで,εeqが1.53の破面垂直断面でボイドをSEM観察した結果をFig.10に示す。ボイドは引張方向に伸長した浅いくぼみを伴っていた。この視野周辺をEBSD観察した結果をFig.11に示す。(a),(b)はそれぞれ全組織のIPF像およびIPFとIQの重ね合わせ像,(c)はフェライトのIPF像,(d)はオーステナイトのIPF像であり,(e)にボイド周辺部の模式図を示した。全組織のIPFとIQの重ね合わせ像である(b)において,赤線で囲んだ黒い部分はFig.10で示したボイドである。これらのボイドは伸長した各相の境界から生じ,境界を開口させ,オーステナイトを侵食するように成長したと考えられ,結果的にオーステナイトが分断した様にみられた。以上の結果から,ボイドの発生起点はフェライトとオーステナイトの界面であると結論される。他の視野についても観察した結果,ボイドの約80%が二相界面から発生し,オーストナイト側に成長することが確認できた。
SEM micrograph of near voids as shown in Fig.11.
EBSD maps of ferrite-austenite duplex stainless steel deformed with equivalent strain of 1.53: (a) IPF image of two phases, (b) Superposition of IPF and IQ image of two phases, (c) IPF image of ferrite phase, (d) IPF image of austenite phase, (e) schematic view around the voids.
破面から0.2 mm離れた場所のオーステナイト相について,視野数を増やして観察した結果,Fig.12に示すように,双晶変形を生じている相と,ノイズの多い相が認められた。なお,Fig.12では,(a)全組織,(b)フェライト,および,(c)オーステナイトのIPF像であり,(c)中,黄色の実線および点線で示した部分が,それぞれ双晶変形を生じている相とノイズが多い相である。(c)中の黄色の実線で囲んだ部分の対応結晶粒界方位を調べたところ,Σ3構造を有するとの結果が得られ,双晶変形であることが明らかとなった。
EBSD maps of ferrite-austenite duplex stainless steel obtained near region in Fig.10: (a) IPF image of two phases, (b) IPF image of ferrite phase, (c) IPF image of austenite phase.
一方,Fig.12(c)の黄色の点線で囲んだノイズの多い領域は,加工誘起マルテンサイト組織と推定される。Fig.12(c)中の点線で囲んだ領域のオーステナイト{111}極点図とフェライト相{011}極点図をFig.13に示すが,○で示す点が同位置にあることから,オーステナイト組織と加工誘起マルテンサイトと推定した組織に,K-Sの関係が確認できた。この結果から,Fig.12(c)のノイズの多い領域が変態マルテンサイトであることが明らかとなった。
Pole figures observed in area shown by the dashed-yellow line in Fig.12 (c).
前項で述べたように,フェライトとオーステナイトの二相鋼を引張試験すると,破面直下の大きなひずみを受けた場所では,オーステナイト相の双晶変形と加工誘起マルテンサイトの二つの相が存在することが明らかになった。一方,ボイドがフェライトとオーステナイト二相界面で発生することをFig.9で示したが,大きなひずみを受けると二相界面でのボイドが多数確認されたことから(Fig.11),双晶変形あるいは加工誘起マルテンサイト変態がボイド発生に強く影響を与えたとみられる。
Fig.8で示したように,相当塑性ひずみが大きい領域で,オーステナイト相のHITがばらついていたが,この要因が変形様式の違いにあると考え,双晶変形した組織と加工誘起マルテンサイト変態した組織に分離して硬さ比を整理した。その結果をFig.14に示す。硬さ比は,硬質相硬さ/軟質相の硬さで定義した。ここで,軟質相の硬さはその相当ひずみを受けた場所でのフェライト粒の平均HITである。前述したように,フェライトに比べオーステナイト粒がより加工硬化することに対応して硬さ比は増加するが,相当塑性ひずみεeqが1.0以上で双晶変形およびマルテンサイト変態が生じていた。また,εeqが1.5以上で硬さ比は顕著に増加した。この際,双晶変形した結晶粒に比べ加工誘起マルテンサイト変態した結晶粒で硬さ比が極めて大きくなる傾向がみられた。この結果は,マルテンサイトに変態した結晶粒と隣接するフェライト粒との界面で,より大きな硬さ変化が生じることを示している。
Relationship between hardness ratio and equivalent strain of ferrite-austenite duplex stainless steel.
引張破断させた試料切断面のボイド観察から,ボイド数の分布を相当塑性ひずみの関数としてFig.15に示す。相当塑性ひずみが約1.5になるとボイド数は急激に増加し,その挙動はFig.14で示した硬さ比の変化と対応することが明らかとなった。つまり,マルテンサイト変態がボイド発生を顕著に助長させると言える。なお,相当塑性ひずみ1.6以上では,ボイドの連結が進み,破面を形成したため,ボイド数の測定は出来なくなった。
Relationship between number of void and equivalent strain of ferrite-austenite duplex stainless steel.
以上,オーステナイトがフェライトより加工硬化することでこれらの界面がボイド発生起点となる。強く変形を受けると,加工誘起マルテンサイト変態して硬化した結晶粒とフェライト相の界面でボイドが発生しやすいと結論される。
硬さがほぼ等しく,加工硬化係数が異なるフェライトとオーステナイトからなる二相ステンレス鋼の一軸引張における各相の変形挙動を,ナノインデンテーション硬さとEBSD観察により明らかにし,ボイド発生条件について考察した。得られた主な結論を,以下に示す。
1)フェライト相に比較してオーステナイト相の方が加工硬化は大きかった。
2)相当塑性ひずみが約1.0以上の領域で,加工硬化したオーステナイト相は,双晶変形が認められる組織と加工誘起変態する組織に分類された。加工誘起マルテンサイト変態した組織の硬さは,双晶変形した組織より大きかった。
3)引張破面直下において,フェライトと加工誘起マルテンサイト変態した組織との界面で多くのボイドが観察された。
以上の結果は,フェライト−オーステナイト二相ステンレス鋼のオーステナイト相の変形を制御することで,界面からのボイド発生を抑制できる可能性を示唆する。