Tetsu-to-Hagane
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Competitive Phenomenon of Hydrogen Trapping and Carbon Segregation in Dislocations Introduced by Drawing or Martensitic Transformation of 0.35 mass% and 0.8 mass% C Steels
Daisuke HirakamiShingo YamasakiToshimi TaruiKohsaku Ushioda
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2014 Volume 100 Issue 10 Pages 1322-1328

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Synopsis:

Hydrogen embrittlement has become a crucial issue with the promotion of high-strength steel. Many studies have been conducted on the mechanism of hydrogen embrittlement. Because the elucidation of the state of hydrogen is important to understand the mechanism, the states of hydrogen in the steels investigated were controlled. In the present study, 0.35 mass% C and 0.8 mass% C steels annealed in the hydrogen atmosphere followed by quenching from the austenite region together with drawn pearlitic steel of 0.8 mass% C were used to analyze the state of the hydrogen contributing to the emission peak, in particular, at about 300 ºC in the Thermal Desorption Analysis (TDA) curve. The peak at 300 ºC was significant for quenched 0.8 mass% C steel with low Ms temperature; however, the peak decreased with aging at room temperature. However, in 0.35 mass% C steel with high Ms temperature, the peak at 300 ºC was no longer observed. Moreover, in the hydrogen charged as drawn 0.8 mass% pearlitic steel, the peak at 300 ºC did not change with aging at room temperature because of no significant carbon in solid solution, while the peak at 100 ºC decreased with the increase in aging time. Taking into account the competitive phenomenon of hydrogen trapping at the dislocation core and C segregation to dislocations during room temperature aging or during quenching from Ms temperature, it was concluded that the hydrogen peak at about 300 ºC is hydrogen trapped in the dislocation core, while the other hydrogen peak at 100 ºC is attributed to the hydrogen trapped by the stress field generated by dislocation.

1. 緒言

鋼材の更なる高強度化を推進する上で水素脆化はその阻害因子となっており,従来から水素脆化メカニズムに関する多くの研究がなされている。一般的に,環境から鋼材に侵入した水素量が限界拡散性水素量を越えると水素脆化が生じる1)。ここで,限界拡散性水素量とは,鋼材の強度レベルや応力状態で決定される水素量であり,これ以上の拡散性水素が鋼材中に存在すると水素脆化が発生する。鋼材中の水素の存在状態として格子間位置以外にも,空孔,ボイド,転位や析出物界面などが知られている2,3,4)。格子間位置に存在する水素は室温で容易に拡散する。例えば引張応力下において中炭素焼戻しマルテンサイト鋼の旧オーステナイト粒界近傍に水素が拡散集積し,粒界強度を低下させて水素脆化を引き起こすことが知られている。微細析出物界面の水素は界面の応力場にトラップされるため拡散が困難となり,一般的に無害と考えられている。ボイドにトラップされる水素も同様である。一方,水素は空孔や転位と相互作用を持つ。すなわち,水素は塑性変形で形成される空孔との相互作用を通して空孔を安定化させると考えられている5)。また,水素は転位の応力場あるいは転位芯にトラップされると考えられている5,6,7)。上記のように鋼材中には様々なトラップサイトがあり,水素脆化を議論するためには鋼材中のどこに水素が存在しているのか,すなわちその存在状態を解明することが重要である。

水素の存在状態の解明には,マクロな実験手段として昇温脱離分析(TDA:Thermal Desorption Analysis)が良く知られている8)。また最近では,3DAP(Three Dimensional Atom Probe)を用いて微細Ti析出物近傍にトラップされた水素の直接観察も報告されている9)。しかしながら,格子欠陥による水素トラップについては,直接的な観察は一般的に困難であり,詳細な検討は行われておらず未だ明確になっていないところも多い。

Takaiらは純鉄を用いて伸線加工を行い,伸線加工ひずみの増加に伴って水素チャージ時にトラップされる水素量が増加していることを示している10)。伸線加工ひずみの増加に伴って転位,原子空孔クラスターに起因した水素トラップサイトが増加していると説明している。しかしながら,転位による水素トラップ状態の詳細については明らかにしていない。

Matsuiらは高純度鉄単結晶を用いて引張試験の途中で水素チャージを行った。水素の存在によって高純度鋼では軟化を示した11)。その原因は,らせん転位の易動度が増加したと推察されている。一方,浅野らは高Cr鋼を用いて引張試験の途中で水素チャージを行い,水素の存在によって高Cr鋼では硬化を示した12)。その原因は水素による固溶強化と推察されている。

Nagumoらは極低炭素鋼を用いて水素チャージ後の3点曲げ試験を行っており,水素の存在によって延性き裂成長抵抗が低下することを示している13)。その原因として,曲げ試験時に転位間の相互作用により形成される空孔が水素により安定化するため,延性き裂の伝播抵抗が低下すると推察している。Enomotoらは,高強度マルテンサイト鋼のTDA曲線の予測をMcNabb-Foster式14)に転位へのC偏析理論15)を取り入れて評価した7,16)。その結果,TDAで見られる二つのピークは,転位の応力場にトラップされる約100 °Cに現れる第一ピークと転位芯にトラップされる約300 °Cに現れる第二ピークから成ることを実験と計算機シミュレーションから明らかとした。しかし,検討内容は計算機シミュレーションが中心となっており,実験的な検証には未だ余地があるように思われる。

転位の力学挙動に及ぼす水素の影響として,転位の易動度が水素により助長されるHELP(Hydrogen Enhanced Localized Plasticity)理論17)は良く知られている。その機構として,固溶水素が転位の回りに雰囲気を作り応力場を緩和させ,転位と障害物との相互作用を低下するモデルが考えられている。一方,武富らは第一原理計算を用いて,α鉄中の刃状転位の運動に要するエネルギー障壁をNEB(Nudged Elastic Band)法を用いて評価した18)。水素濃度が低い場合には負荷応力に依存して転位の易動度の増加(軟化)と減少(硬化)の双方が生じ,水素濃度が高い場合には硬化が生じることを示唆する結果を得た。

上記のように水素トラップサイトや水素と転位との相互作用に関しては様々な議論があるが,破壊の素過程の一つである塑性変形を支配する転位と水素との関係を理解することは重要である。

中炭素機械構造用鋼においては,高強度鋼の代表組織である焼戻しマルテンサイト組織を利用するが,焼入れ時の変態の際に高密度の転位が導入される。また,高炭素鋼線では,転位は線材の伸線加工を通して導入される。これら熱処理時もしくは塑性加工時に導入される転位は,応力負荷時に水素と何らかの相互作用を起こすと推察される。一方,固溶炭素が存在すると,転位への水素トラップと転位への炭素の偏析は競合現象となることが予想される.羽木らは極低炭素鋼を用いて塑性加工後の時効変化および水素透過特性から水素と炭素が転位の応力場で偏析の競合が起きていると推察している。しかしながら,時効特性は転位の応力場だけではなく,転位芯も影響を及ぼすことが考えられ,転位芯での競合現象についてはその関係はまだ明らかにされていない。したがって,水素脆化を理解するためには,さらに詳細に転位周りの水素の存在状態について理解を深めることが重要である。

そこで,本研究では,転位と水素との相互作用を炭素の転位への偏析を考慮して理解を深めることを目的に,以下の2つの検討を行った。一つ目は炭素量を変えた鋼を焼入れる際に,マルテンサイト変態で導入される転位と水素との相互作用をMs点と冷却中の水素および炭素の転位への拡散,および室温での時効現象の観点から調査することを目的とした。二つ目は,伸線加工によって導入される転位と水素との相互作用について室温での時効時間を変化させて調査することから,水素の存在状態および水素や炭素と転位との相互作用を明らかにすることを目的とした。常温での時効に伴う硬度変化の起源を考慮して,水素の転位によるトラップメカニズムの妥当性を総合的に検証した。

2. 実験

2・1 供試材

供試材は高炭素鋼のSWRS82B(0.8 mass% C鋼)およびSCM435(0.35 mass% C鋼)を用いた。SWRS82Bは122 mm×122 mm断面のビレットを1100 °Cに加熱後,φ12 mmおよびφ5.5 mmに熱間圧延した。圧延材の組織はパーライト組織であった。また,SCM435はφ5.0 mmの市販品を素材とした。組織は球状化セメンタイトを第2相として含むフェライト組織であった。素材の化学成分をTable 1に示す。

Table 1. Chemical compositions of steels used (mass%).
CSiMnPSCrMoNO
SWRS82B0.820.190.750.0170.0150.00350.0015
SCM4350.350.210.730.0160.0121.010.190.00390.0012

2・2 伸線加工材の室温電解水素チャージ

伸線パーライト鋼における水素の存在状態変化を調べるため,φ12 mmのSWRS82Bを用いてφ5.0 mmまで室温で伸線を行い,長さ100 mmに切断し,その後陰極水素チャージを行った。陰極水素チャージ条件は,ガラス製の容器に3 mass% NaCl+3 g/l NH4SCN溶液500 mℓを入れ,φ0.5 mmのPt線材を容器内側にらせん状に配したものの中心にサンプルを浸漬させた。この白金線に陽極,サンプルに陰極を接続し,サンプルの表面積に対して0.2 mA/cm2の電流密度になるように電流を流し,室温にて水素チャージを行った。水素チャージ時間は18hrであり,水素チャージ終了後,超音波洗浄器にて2分間アセトン洗浄を行い,乾燥を行った。サンプルは,乾燥後直ちに液体窒素中に冷却したものと,大気中で1ヶ月間室温放置後に液体窒素中に冷却したものを用意し,水素分析するまでの間,液体窒素中に保管した。

2・3 水素雰囲気加熱による水素チャージ

高温で鋼材中に侵入させた水素の室温における存在状態の変化を調べることを目的に,φ5.0 mm×100 mmLのSCM435およびφ5.5 mm×100 mmからφ5.0まで研削を行ったSWRS82BおよびSCM435を用いて以下の熱処理を行った。実験室において1 atmの水素雰囲気で950 °Cに1時間加熱後,油焼入れを行った。線径がφ5.0 mmの場合,950 °Cで1時間加熱すると,鋼材中の水素量は,加熱雰囲気の水素分圧に平衡する水素量(約3 mass ppm)で飽和していると考えられる。油焼入れ後,直ちにエメリー紙にて表面の付着物を除去するために金属光沢が出るまで研磨した。SWRS82Bは研磨直後および室温にて1週間,2週間,4週間,放置後に水素分析および硬さ測定を行った。SCM435では,研磨直後および室温にて1日,2日,4日,7日放置し,1日,2日,4日,7日放置後の水素分析および,1日,2日,4日,7日放置後の硬さを測定した。ビッカース硬度計を用いて,C断面の90°毎に表層から中心までの距離の半分の位置である1/4d部の4箇所と中心の1箇所の硬さを測定し,それらの平均硬さを代表的な硬度として用いた。

2・4 鋼材中水素の分析方法

水素分析は,ガスクロマトグラフィーを用いた昇温脱離分析法にて行った。測定前にアセトンでφ5 mm×100 mmLの棒状試料を超音波洗浄し,乾燥後に昇温用加熱炉の中にある石英管中に挿入し,キャリアガスで置換が終了した後に測定を開始した。アセトン洗浄から測定開始までの間は,約12分である。昇温速度は100 °C/hrであり,測定は800 °Cまで行った。また,高温側で発生するバックグラウンドを差し引くために,測定終了後にサンプルを挿入したまま同条件で昇温分析した。測定値は,各測定温度での初回の分析結果から2回目の分析結果を差し引いたものを用いた。

3. 結果

3・1 伸線パーライト鋼の水素存在状態変化

Fig.1にSWRS82B(0.8 mass% C鋼)の伸線材を電解水素チャージし,室温にて放置した材料における水素の昇温離脱曲線を示す。水素チャージ直後では,100 °C付近に第一ピークの水素および300 °C付近に第二ピークの水素が見られる。しかし,一ヶ月放置後には第一ピークの水素はほぼ消失するものの,第二ピークの水素は殆ど変化が見られなかった。第一ピークの水素はEnomotoら7)によると転位の応力場にトラップされた水素でありトラップ力が弱いため,室温放置中に水素が拡散しサンプル表層から脱離したためと考えられる。一方,高温側の第二ピークの水素はEnomotoら7)によると転位芯にトラップされた水素と考えられる。転位芯と水素との相互作用は強く,室温では水素が転位芯にトラップされたままの状態であり水素量に変化がなかったものと推察した。

Fig. 1.

 Hydrogen thermal desorption analysis (TDA) curves for 0.8 mass% C pearlitic steel drawn at 79.0% at room temperature together with that after aging at room temperature for 1 month.

3・2 0.8 mass% C鋼の水素雰囲気焼入れまま材の水素の存在状態の変化

Fig.2にSWRS82B(0.8 mass% C鋼)を1atmの水素雰囲気中で950 °Cに加熱し,油焼入れを行った試料を室温放置した場合の水素の昇温離脱曲線を示す。0.8 mass% C鋼では,焼入れ直後では100 °C付近に第一ピークの水素および300 °C付近に第二ピークの水素が見られた。しかしながら,室温で1週間放置すると第一ピークの水素と共に第二ピークの水素も著しく減少しており,Fig.1に示した0.8 mass% C鋼の伸線パーライト鋼と大きく異なる挙動を示した。

Fig. 2.

 Changes in TDA curves with aging at room temperature of 0.8 mass% C steel annealed at 950 ºC in hydrogen atmosphere followed by quenching.

Fig.3にSWRS82B(0.8 mass% C鋼)を1 atmの水素雰囲気中で950 °Cに加熱し,油焼入れを行ったものの室温放置における硬さ変化を示す。室温に1週間放置すると硬さが著しく増加しており,常温での時効により転位芯への炭素の偏析が時間とともに進行し,2週間ほどで飽和状態になっていることが示唆される。

Fig. 3.

 Changes in Vickers hardness with aging at room temperature of 0.8 mass% C steel annealed at 950 ºC in hydrogen atmosphere followed by quenching.

3・3 0.35 mass% C鋼の水素雰囲気焼入れまま材の水素存在状態変化

Fig.4にSCM435(0.35 mass% C鋼)を用いて1 atmの水素雰囲気中で950 °Cに加熱し,油焼入れを行った場合の水素昇温離脱曲線を示す。0.8 mass% C鋼と異なり0.35 mass% C鋼では,焼入れ直後は100 °C付近の第一ピークの水素のみ見られ,300 °C付近の第二ピークの水素は認められなかった。また,第一ピークの水素は放置時間が長くなると減少する。第一ピークの水素は転位の応力場に弱くトラップされた水素と考えられるため,室温で容易に拡散し表層から離脱したためと考えられる。

Fig. 4.

 Changes in TDA curves with aging at room temperature of 0.35 mass% C steel annealed at 950 ºC in hydrogen atmosphere followed by quenching.

Fig.5にSCM435(0.35 mass% C 鋼)を1 atmの水素雰囲気中で950 °Cに加熱し,油焼入れを行った試料の室温放置における硬さ変化を示す。この場合には室温放置しても硬さの変化はない。これは,室温放置による転位芯への炭素の偏析に伴う時効硬化に時間依存性がないことから,油焼き入れ中に炭素が転位に偏析したことを示唆している。上記の推察は,Fig.4に示したように,水素昇温脱離曲線に油焼き入れままで300 °C付近の第二ピーク,すなわち転位芯にトラップされた水素のピークがないことに対応する。

Fig. 5.

 Changes in Vickers hardness with aging at room temperature of 0.35 mass% C steel annealed at 950 ºC in hydrogen atmosphere followed by quenching.

4. 考察

100 °C付近の第一ピークの水素は,0.35 mass% Cおよび0.8 mass% C鋼の焼入れままおよび0.8 mass% C鋼の伸線材に認められ,Takaiら10)が説明している,原子空孔や転位の応力場にトラップされた水素と推定される。一方,300 °C付近の第二ピークの水素は,0.35 mass% Cの焼き入れままマルテンサイト鋼では見られず,0.8 mass% Cのパーライト鋼の伸線材および0.8 mass% C鋼の焼入れまま材において見られた。また,0.8 mass% C鋼の焼入れまま材を室温で放置すると硬さが増加し,一方では第二ピークの水素量が減少した。したがって,第二ピークの水素は,Enomotoら7)が指摘するように,転位芯へトラップされた水素と推察される。この300 °Cピークの水素が転位芯にトラップされた水素であることを,マルテンサイトの転位密度と水素および炭素の焼き入れ中の拡散から以下のように検証した。

Fig.6はマルテンサイト組織において,転位,および水素,炭素の位置関係を模式的に示す。ここで,焼き入れままマルテンサイトにおける炭素量は今回実験に用いた0.35 mass%と0.80 mass%に相当する量であり,水素量は昇温脱離法から得られた分析値の3.0 mass ppmを用いた。転位密度は一般的にマルテンサイト鋼で言われている1016/m2を用いた。この転位密度の転位が均一に配置していると仮定すると,平均的な転位間距離は10 nmとなる。また,水素の平均原子間距離は4.06 nmであり,炭素の原子間距離は炭素量が0.80 mass%のときには0.680 nm,0.35 mass%のときには0.897 nmである。したがって,水素と転位との距離は2.03 nm,炭素と転位との距離は炭素量が0.80 mass%のときには0.340 nm,炭素量が0.35 mass%のときには0.449 nmである。

Fig. 6.

 Schematic illustration showing the arrangements of dislocations, and interstitial atoms such as hydrogen and carbon in martensite assuming their uniform distributions.

転位はマルテンサイト変態時に導入されるため,転位芯への侵入型固溶元素のトラップを検証するにはマルテンサイト変態開始温度(Ms)付近における水素や炭素の拡散係数が重要となる。この際,転位を考慮した拡散を検討する必要がある。すなわち,転位を利用せず体拡散する場合の拡散係数(Da)は,(1)式のように表される。   

Da=D0exp(Q/RT)(1)

ここで,D0=1.24×10−5(m2/s),Q:拡散の活性化エネルギーである。

一方,転位を利用した拡散係数(Dd)は,(2)式のように表される19)。   

Dd=D0exp(Q/RT)/{1Kd+Kdexp(Ed/RT)}(2)

ここで,Kd:トラップサイト密度(=πr2ρ),ρ:転位密度(1×1016/m2),r:転位上の偏析半径(=1.0×10−9 m),Ed:転位と侵入型固溶元素の相互作用エネルギー(=27 kJ/mol)である19)。このEdは転位の応力場におけるトラップエネルギーに相当する。

Fig.7に転位を考慮した拡散係数の温度依存性を示す。炭素は各温度において水素よりも拡散係数が小さく,特に300 °C以下の低温になるとその差が著しく大きくなる。

Fig. 7.

 Temperature dependence of diffusion coefficients of hydrogen and carbon taking into consideration the effect of dislocation.

既に述べた転位と水素および炭素との距離を拡散するための温度と時間の条件をFig.8に示す。ここで,水素および炭素の拡散距離は上で求めたDdを利用して,(2Ddt)1/2を用いて求めた。Ms点をAndrewsの式20)に基づき評価すると0.35 mass%鋼では約340 °Cであるので,この場合には転位へのHとCの到着時間がほぼ同じとなる。水素と炭素の転位芯との結合(トラップ)エネルギー16)はそれぞれ42 kJ/mol21),および63.6 kJ/mol22)であり,0.35 mass% C鋼では焼入れ時に既に転位芯にCがトラップされていると予想される。

Fig. 8.

 Conditions for diffusion of hydrogen and carbon to reach dislocation in terms of temperature and time.

一方,0.80 mass% 鋼では,Ms点が約220 °Cと推定され0.35 mass% C鋼より120 °C程度低温となる。したがって,Fig.8から明らかなように,この場合には焼入れ時に転位芯に水素が先に到達していると推察される。しかしながら室温で放置すると,転位周りに拡散してきた炭素は,水素と比較して相互作用エネルギーが高いため,転位芯にトラップされている水素と置換すると考えられる。すなわち室温での時効では,転位芯トラップサイトにおいて水素から炭素への置換が徐々に進行することで第二ピークの水素量は低下し,一方では硬度が上昇すると考えられる。

以上の考察を模式的に示したものがFig.9およびFig.10である。0.35 mass% C鋼と0.80 mass%鋼ではMs点が異なる。Ms点が高い0.35 mass% C鋼では,転位周りに到着する時間が水素と炭素でほぼ同じであるため,焼入れままにおいても転位芯はほぼ炭素で占有される。その結果,焼入れまま材においても300 °Cピークの水素は認められなかったものと考えられる(Fig.9a)。また,室温放置における硬さの変化も現れなかったと推定される。

Fig. 9.

 Schematic illustration of hydrogen trapping and carbon segregation at dislocation core in steel with different Ms temperatures; a) 0.35 mass% C martensitic steel with high Ms temperature, and b) 0.8 mass% C martensitic steel with low Ms temperature.

Fig. 10.

 Schematic illustration showing the change in segregated atoms in dislocations with aging at room temperature of 0.8 mass% C martensitic steel; a) just after quenching, b) after aging at room temperature following quenching for a longer period.

一方,0.80 mass% C鋼においてはMs点が低いため,焼入れ直後には転位芯に先に水素が到着・トラップされているため,水素昇温脱離曲線における300 °C付近の第二ピークの水素として検出されたものと考えられる(Fig.9b)。しかしながら焼入れままマルテンサイトはマトリックス中に過飽和に炭素が固溶しており,この固溶炭素は室温放置時に転位に拡散し,Fig.10a)およびb)に示すように転位芯にトラップされている水素と入れ替わることで300 °Cピーク水素量が減少し,一方では硬さが増加したと推察した。

0.80 mass% C鋼の伸線パーライト材は,伸線加工により導入された転位の応力場ならびに転位芯にトラップされた水素がそれぞれ100 °C付近,および300 °C付近に観測される。この100 °Cピークの水素は焼入れままマルテンサイトと同様に弱いトラップサイトであるため,室温放置の際に拡散し試料表面から放出されたため,減少したと考えられる。一方,転位芯にトラップされた水素は,焼入れままマルテンサイトと異なり,パーライト鋼では入れ換わる固溶Cが殆ど無いために室温放置においても300 °C付近のピークは減少しなかったと考えられる。この固溶C量の差が0.80 mass% C鋼の伸線パーライトと焼入れままマルテンサイト鋼で大きく異なるため,300 °Cピークの水素の室温での時効に伴う挙動に著しい違いを生じさせたものと推定した。

5. 結言

0.8 mass% C鋼の電解水素チャージした伸線パーライト材および950 °C水素雰囲気での加熱焼入れまま材,および0.35 mass% C鋼の水素雰囲気での加熱焼入れまま材を用いて,室温放置における鋼材中の水素の存在状態を昇温離脱分析(TDA)および硬さ測定を行い調査し,以下の事を明らかにした。

(1)0.80 mass% C鋼の伸線パーライト材は,電解水素チャージ後は100 °Cピークの水素および300 °Cピークの水素が見られ,室温放置により100 °Cピークの水素のみ減少した。

(2)0.80 mass% C鋼を水素雰囲気で加熱後焼き入れた試料は,焼入れ直後は100 °Cピークの水素および300 °Cピークの水素が見られたが,室温放置により100 °Cピークの水素および300 °Cピークの水素とも減少した。また室温放置により硬さが増加し,1週間で硬さの増加がほぼ飽和した。

(3)一方,0.35 mass% C鋼を水素雰囲気で加熱後焼き入れたものは,焼入れ直後は100 °Cピークの水素のみ見られ,室温放置により100 °Cピークの水素は減少し,4日で消滅した。また,室温放置による硬さの増加は認められなかった。

(4)以上の実験結果より,

a)100 °C付近の第一ピークは転位の応力場,300 °C付近の第二ピークは転位芯にトラップされた水素と考えた。

b)0.35 mass% Cマルテンサイト鋼はMs点が高いため,焼き入れ中に転位芯に偏析していた水素が炭素の偏析に置き換わるため,焼き入れままでも第二ピークは存在せず,また室温時効による硬度変化もなかったと考えた。

c)一方,0.85 mass% Cマルテンサイト鋼のMs点は低いため,焼き入れままでは炭素の転位への拡散は不十分であり水素が転位芯に存在していたと考えた。また,室温時効中に炭素は転位芯に拡散し,水素と置き換わるため第二ピークは時効時間とともに低下し,また時効硬化が認められた。

d)伸線パーライト鋼には固溶炭素はほとんど存在しないと考えられ,したがって室温時効に伴い第二ピークはほとんど変化しなかったものと推察した。

文献
 
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