Tetsu-to-Hagane
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Introduction to Selected Papers
Introduction to “Composition and Grain Size Dependencies of Strain-induced Martensitic Transformation in Metastable Austenitic Stainless Steels, Tetsu-to-Hagane, 63(1977), pp.772-782 by Kiyohiko Nohara, Yutaka Ono and Nobuo Ohashi”
Yoshinori Ono
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2014 Volume 100 Issue 10 Pages R27-R29

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【選定理由】

準安定オーステナイト(γ)系ステンレス鋼の塑性変形挙動は,加工によってマルテンサイト変態が誘起される加工誘起変態と,それによって発現する変態誘起塑性(Transformation-Induced Plasticity:TRIP)現象に強く影響される。この加工誘起変態およびTRIP現象の生じやすさはγの安定度に支配される。γの安定度は,化学成分と密接に関係しており,その評価指標としてNi当量,Md点,Md30などがある。Md30はAngel1)によって提唱されたもので,γ単相の試料に0.30の引張真ひずみを与えた時に,組織の50%がマルテンサイトに変態する温度(°C)である。この値が高温であるほどγが不安定であることを示す。Md30は,γ系ステンレス鋼の機械的性質や成形性と関連が深く,材料設計を行う上で有用な指標として利用されている。本論文の著者らは,Angelが提唱したMd30と化学成分の関係式を見直し,さらにMd30に及ぼす結晶粒度の影響も検討した上で下記(1)式を提案している。   

Md30(°C)= 551462(C%+N%)9.2Si%8.1Mn%13.7Cr%29.0(Ni%+Cu%)18.5Mo%68.0Nb%1.42(ν8.0)(νASTM)(1)

γ系ステンレス鋼に関する研究をされたことがある方は,よく目にされたことがある式なのではないだろうか。提案以降,同鋼の塑性変形挙動や,深絞り性や二次加工性を改善するための合金設計など,加工誘起マルテンサイト変態が関与する研究に多数引用されている。また,Synopsisに英文の説明とともに明記されていることもあってか,和雑誌に掲載された論文であるにも係わらず,海外研究者からの引用も多い。あたり前のように使用されているMd30の式は,鉄と鋼に掲載されたものなのである。この際に是非ご一読頂きたく,紹介させて頂いた。

本論文では,C,N,Si,Mn,Ni,Crの基本6成分中の特定の2成分ずつに着目し,それらのバランスを変えた材料(Table 1)のMd30が実測されている。なお,特定2成分の組成は,Angelの式が成り立つと仮定し,組成比が変わってもMd30が常に30 °Cになるように設定された。結晶粒度はASTM No.8にほぼそろえてある。その結果,Fig.1のように,Niが関与しない合金系では,各成分の割合が変わってもマルテンサイト発生量の温度依存性は変わらず,Angelの式の妥当性が証明された。しかし,Niが関与する場合,Niが増加しCr,Cが減少するほどマルテンサイト発生量の温度依存性曲線は低温側に移行しており,実際にはNiの寄与がAngelの式の係数の値よりも3.1倍も大きいことが示された。さらに,(1)式ではCuとNbの項も新たに加えられている。一方,当時,Fe-Ni-Cr系の準安定γ系ステンレス鋼のTRIP現象が結晶粒度依存性を有することが示唆されていたため,Md30に対する結晶粒度の影響も調査されている。その結果,細粒ほど加工誘起マルテンサイト生成量が減少し,γ母相が安定化し,Md30が低温側に移行することが判明した。これらの結果をもとに(1)式が提案されたのである。

Table 1. Chemical compositions of specimens (wt%).
Fig. 1.

 Temperature dependence of the volume fraction of martensite at the tensile strain of 0.30 (cf.Table 1).

1980年代には,超伝導技術利用にともない,非磁性鋼に関する研究・開発が盛んに行われた。この場合,低い透磁率を維持するためにγが加工に対して安定である必要があり,その評価指標として(1)式が使用された。また,近年では,水素エネルギー社会の実現を目指した活動の中で,高圧水素関連機器用途のために,既存のγ系ステンレス鋼の適用に向けた高圧水素ガス環境下での特性評価や新たな材料開発が進められている。γ系ステンレス鋼の水素脆化の主たる要因は,加工誘起マルテンサイトの生成に関係することが報告されているため,γの安定度と水素脆化の関係を評価する際にも(1)式が一つの指標として利用されている。

私は,材料が持つ特性とそれを発現させる要因を的確に把握し,さらにその要因をコントロールする上で重要なポイントを理解するために系統的な研究を展開し,新たな知見を示していくことが材料の研究者としての重要な役割だと思っている。本論文の知見である(1)式は,γ系ステンレス鋼の機械的性質や成形性に関する研究を進める上では,最初に材料のスクリーニングを行う上で強力な存在だと思う。(1)式での評価結果をベースに,より理想の特性が得られるように各々の構成元素のγの安定度以外に及ぼす効果に着目し,微妙な合金設計が進められるわけである。

本稿を執筆させて頂く中で,本論文が多数活用されている状況に触れ,「自分は研究を通して社会に少しでも貢献できているか?」と改めて自分の状況を省みることができた。そして,より真摯に,より意欲的に研究に取り組もうと思える駆動力を頂くことができた。この場をかりて本論文の著者の方々とこの機会を与えて頂いたことに心から感謝を申し上げたい。

文献
  • 1)   T.  Angel: J. Iron Steel Inst., 177(1954), 165.
 
© 2014 The Iron and Steel Institute of Japan

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