2014 Volume 100 Issue 11 Pages 1361-1370
A study was undertaken to understand dissolution behavior of solid CaO particles into molten slags. Experiments were carried out to determine the effects of the basicity (CaO (mass%) / SiO2 (mass%)) and the kinds of additives (Al2O3, MgO or CaF2) on the dissolution rate of the rotating cylindrical CaO sinter into the ternary calcium silicate based slags at 1823 K. (Contact materials: graphite, Atmosphere: Ar)
The dissolution rate increased with increasing rotation velocity of the cylindrical CaO sinter. It was found that the dissolution rate was highest with the CaO-SiO2-CaF2 slag so that CaF2 was proved as a good flux material. The dissolution rate of CaO increased with lowering slag basicity for the all slag system. However, this tendency was found to be weaker with the CaO-SiO2-Al2O3 system than the others due to the significant viscosity increase in the lower basicity region.
The observation of the interface between CaO and each slag indicated that the dicalcium silicate (Ca2SiO4) phase was formed for all the slag systems. Further, the additive elements of Al and Mg were condensed in the interlayer between the Ca2SiO4 and the CaO phases as the calcium aluminates and the magnesia. On the other hand, in the case of fluorine containing system, solid phase precipitation was not observed in the interlayer. The results of CaO dissolution experiments indicated these interlayers also affected the dissolution rates. The CaO dissolution was retarded with the CaO-SiO2-MgO system, compared to the other two kinds of systems. It could be explained by the magnesia precipitation in the interlayer.
転炉あるいは電気炉におけるスラグ−メタル間の反応を効率良く進めるには,精錬剤である石灰石(CaO)をスムーズに滓化させ,目標とする組成の溶融スラグを得ることが不可欠である。また,環境的側面においても,精錬後のスラグに残留した未滓化CaOの存在は,転炉スラグの風化崩壊の要因となり,スラグの資源化を困難にしている。従来から,CaO滓化の促進に対しては,フッ化カルシウム(CaF2)が有効な成分とされ,広く活用されてきた。しかし,スラグを資源として再利用する際,スラグ中のフッ素が環境中へと溶出することが確認され,この溶出したフッ素による環境汚染,人体への影響が問題視されている。そのためCaF2に頼らない滓化促進技術の開発が望まれている。
スラグ中へのCaOの溶解速度やその溶解機構に関する研究は1960年代後半以降から継続的に行われてきた1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20)。これまで行われたCaOのスラグ中への溶解機構や溶解速度に関する研究で対象とされてきたスラグ系は,転炉スラグを模擬したCaO-SiO2-FeO系1,2,4,5,6,7,8,10,11,14,15,16,17,18,19,20)と二次精錬スラグの基本組成であるCaO-SiO2-Al2O3系3,4,9,12,13,14)に関する報告が大半である。近年では,CaF2を含有した二次精錬スラグを模擬したCaO-SiO2-Al2O3-CaF2四元系12,13)や溶銑予備処理スラグの基本組成であるCaO-Al2O3-FeO系20)に関する報告もなされている。
一方で,鉄鋼精錬で使用される主要な耐火物成分であるマグネシア (MgO)を含有したCaO-SiO2-MgO系スラグを扱った研究は,Noguchiら5)がCaOの溶解機構について調査を行っているのみであり,溶解速度についての報告例はない。また,古くからスラグの滓化剤として利用されてきたCaF2を含むCaO-SiO2-CaF2三元系へのCaOの溶解速度については,報告例が皆無である。また,同一の研究グループが,CaOの溶解速度に及ぼす塩基度(CaO(mass%)/SiO2(mass%))および添加物の種類の影響について系統的に溶解速度を研究した例は少なく,Hamanoら10)やAminiら12)が四成分系スラグを対象とし,CaOの溶解速度に及ぼす添加物の種類の影響について報告しているのみである。
固体CaO試料については, 研究者間で使用しているCaOの気孔率に相違が見られ,CaO気孔率の溶解速度への影響についてもいくつかの報告がなされている2,6,20)。最近では,Maruokaら20)が,ガス撹拌条件下におけるCaO気孔率の溶解速度への影響について調査し,CaOとスラグの反応層が生成しない場合は,気孔率の高いCaOの方が溶解し易く,一方で,スラグ/CaO界面にダイカルシウムシリケート(Ca2SiO4)が層状に生成した場合,CaOの気孔率の溶解速度への影響は小さいことを報告している。
CaOのスラグへの溶解機構に関する研究について,現在までの報告で得られてきた知見をまとめると,下記の三点に集約できる。
・CaOのスラグ中への溶解はスラグ側境界層中での物質移動律速で進行すること4,7,9,10,12)
・カルシウムシリケートを主要成分とするスラグでは,スラグ/CaO界面近傍にダイカルシウムシリケート(Ca2SiO4)またはトリカルシウムシリケート(Ca3SiO5)層が生成し,CaOの溶解を妨げること2,3,4,5,6,11,13,14,15,16,17,18,19,20)
・CaO-SiO2-Al2O3,CaO-SiO2-FeOおよびCaO-SiO2-CaF2系スラグを用いた場合,Ca2SiO4(またはCa3SiO5)層とCaOの間の中間層(Interlayer)に添加物(Al2O3,FeOまたはF)が濃化すること3,4,5,6,8,9,11,15,16,18)
CaOのスラグ中への溶解を促進させたい場合,溶解の駆動力を支配するバルクスラグのCaO溶解度以外に,拡散境膜近傍での物質移動をいかに促進できるかがキーとなると考えられる。すなわち,CaOと融体との相対速度を決定する撹拌条件や,スラグ液相の粘度や拡散係数といった物性値がCaOの溶解速度に影響を与えることになる。加えて,CaOの溶解を妨げるCa2SiO4やCa3SiO5の晶出形態の溶解速度への寄与も無視できない。また,Al2O3やFeOx等の添加元素が濃化したInterlayerが及ぼすCaOのスラグ中への溶解速度に対する影響については,不明であり,解明が望まれる。
本研究では,鉄鋼精錬スラグの基本組成であるCaO-SiO2系スラグ中への固体CaOの溶解速度に及ぼす塩基度およびAl2O3,MgO添加の影響を明らかにすることを目的として,CaO-SiO2-Al2O3およびCaO-SiO2-MgO系スラグ中で回転させた円柱形状のCaO焼結体の溶解速度を測定した。また,実操業で従来から使用されてきたフラックス成分であるCaF2添加系,つまりCaO-SiO2-CaF2系スラグへのCaOの溶解速度についても調査を行い,Al2O3およびMgO添加系と比較した。また,スラグ/CaO界面について,観察・分析を行い,CaOのスラグへの溶解機構についても検討した。
本研究では,純度99.9%以上,気孔率7.8 vol%の円柱形状の市販のCaO焼結体を実験に供した。直径φ15 mm×高さ15 mmの円柱形状のCaO焼結体の中心に5 mmの穴を空け,黒鉛ロッドで支えられるよう加工した。また,本研究では,CaO試料をスラグに浸漬させた際,気相−スラグ界面で生じるネッキング21)を防ぐため,CaO試料をスラグ液面以下まで,浸漬させて実験を行った。このときCaO試料底面および上面からの溶解を防ぎ,かつCaO試料の空回りを防ぐため,CaO試料両端に黒鉛キャップを施した4)。
2・2 スラグ試料本実験に用いたスラグ組成をTable 1に示す。本実験には,鉄鋼精錬スラグの基本系であるCaO-SiO2系スラグ(CaO(mass%)/SiO2(mass%)=0.55,0.8または1.0)を基本組成としAl2O3,MgOまたはCaF2を10 mass%添加した(CaOおよびSiO2と置換)スラグを用いた。添加元素として,MgO,Al2O3およびCaF2を選択した理由は,先にも述べたとおり,実操業において,耐火物の溶損や,滓化促進のために添加されることにより,スラグ中に共存しやすい元素のためである。また,実際のスラグは多成分系であると考えられるが,本研究では状態図や物性値データが報告されている三成分を選択した。CaOの溶解速度に影響する物性値として1823 Kにおける各スラグへのCaO溶解度(Δ(%CaO)),粘度(η)および密度(ρb)を表中に示した。CaO-SiO2-Al2O3,CaO-SiO2-MgOあるいはCaO-SiO2-MgO系平衡状態図22)を参照して,初期スラグ組成とCaOの頂点を結び,1823 Kの液相面までの濃度差をΔ(%CaO)として求めた。これは,Maruokaら20)と同様の計算手法であり,彼らの報告に詳細な計算方法が記載されている。CaO-SiO2-Al2O3系およびCaO-SiO2-MgO系のηについては,Machinらの研究グループの報告値23,24,25)を温度依存性について外挿入して用いた。CaO-SiO2-CaF2系についてはTakedaら26)の報告値から内挿して求めた。ρbについては,一般的に温度依存性が小さいことが知られているため,1773 Kにおける各スラグ成分の部分モル体積の推奨値27)を用いて,加性則に基づいて算出し,表中に示した。
Basicity CaO/SiO2 | Components (mass%) | Δ(%CaO)# (mass%) | η$ at 1823 K/Pa·s | ρb*·103/kg·m–3 | (dr/dt)·106/m·s–1 | k/m·s–1 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
CaO | SiO2 | Al2O3 | MgO | CaF2 | ||||||
1.00 | 45.0 | 45.0 | 10.0 | – | – | 6.5 | 0.330 | 2.71 | 0.0763 | 1.33×10–6 |
45.0 | 45.0 | – | 10.0 | – | 4.9 | 0.162 | 2.65 | 0.0329 | 7.81×10–7 | |
45.0 | 45.0 | – | – | 10.0 | 7.0 | 0.146 | 2.64 | 0.123 | 2.05×10–6 | |
0.80 | 40.0 | 50.0 | 10.0 | – | – | 11.5 | 0.553 | 2.68 | 0.125 | 1.25×10–6 |
40.0 | 50.0 | – | 10.0 | – | 10.0 | 0.206 | 2.62 | 0.110 | 1.29×10–6 | |
40.0 | 50.0 | – | – | 10.0 | 12.2 | 0.168 | 2.61 | 0.209 | 2.02×10–6 | |
0.55 | 32.0 | 58.0 | 10.0 | – | – | 19.7 | 2.22 | 2.62 | 0.133 | 7.96×10–7 |
32.0 | 58.0 | – | 10.0 | – | 19.2 | 0.606 | 2.57 | 0.181 | 1.13×10–6 | |
32.0 | 58.0 | – | – | 10.0 | 21.0 | 0.231 | 2.55 | 0.316 | 1.81×10–6 |
#Δ(%CaO) represents the CaO solubility to each of the slags at 1823 K. Those values were determined using phase diagrams22).
$η values mean the viscosity of the slags at 1823 K. For the CaO-SiO2-Al2O3 and the CaO-SiO2-MgO system, the temperature dependences of the viscosity, which were reported by the group of Machin et al.23,24,25), are extrapolated and listed in this Table. (Viscosity data of the 30 mass%CaO-60 mass%SiO2-10 mass%Al2O3 (or MgO) are used instead of those of the 32 mass%CaO-58 mass%SiO2-10 mass%Al2O3 (or MgO) slags in this Table.) The viscosities of the CaO-SiO2-CaF2 system were determined by interpolation of the data reported by Takeda et al.26).
* Density of the bulk slag, ρb, was calculated based on the additivity rule using the reported partial molar volume values determined at 1773 K27).
特級試薬のCaCO3,SiO2,Al2O3,MgOおよびCaF2を所定の組成となるように精秤し,アルミナ乳鉢で30分混合し,得られた混合粉末を白金るつぼに入れて,大気中,1823 Kにおいて10~15分予備溶融した。溶融後の試料融体を銅板上に流し出し,急冷した。得られた急冷バルク体を粉砕し,スラグ試料として用いた。
2・3 CaOのスラグへの溶解実験CaOのスラグへの溶解実験に用いた装置の模式図をFig.1(a)および(b)に示す。装置は,縦型の電気抵抗炉の上部からモーターに接続した回転軸を導入可能な仕様になっている。1823 Kにおいて,るつぼの底面からスラグの液面までの全長(40 mm)において温度が均一(±1 K以内)であることをあらかじめ確認した。スラグ試料80 gを入れた黒鉛るつぼ(内径φ35 mm,深さ60 mm)を炉内のアルミナ製支持台上に設置し,炉体上部よりArガスを吹き込みながら,1823 Kまで昇温した。その後,CaO試料を取り付けた黒鉛ロッドをスラグ直上まで降下させ,約5分間CaO試料に予熱を加えた。CaO試料に十分な予熱を加えた後,スラグに浸漬させ10 rpm,40 rpmまたは80 rpmの回転速度で溶解実験を行った。所定時間経過後,回転を停止し,CaO試料を引き上げて空冷した。実験時間は主に40分間とし,一部20分,60分間の実験も行った。ここで,CaF2を含有する系では,スラグからのFの揮発の影響を考慮する必要がある。Perssonら28)はCaO-SiO2-CaF2系スラグからのフッ化物の揮発挙動を調査しており,Arガス雰囲気にて1773 K,40分間スラグを溶融することにより,初期のF含有量に対して11%程度のFが揮発したと報告している。さらに,Yasukouchiら29)は,Ar気流中でCaO-SiO2-CaF2系スラグの粘度測定を行い,実験前後でのフッ化物濃度を分析している。彼らの実験では,スラグの溶融時間は40分以上であると考えられるが,粘度測定後試料分析から配合したFのうち10~30%が揮発していたと報告している。したがって,本研究においても初期F含有量に対して,10%程度のF濃度の減少が予想されるが,本論文では,固体CaOのスラグへの溶解速度に及ぼすF濃度減少の影響は小さいと仮定して,議論を進めることとする。また,シリケート系融体を黒鉛ルツボ中に保持した場合,融体のSiO2がSiOとして還元されることが知られている30,31,32)。そのため予備実験として,実験雰囲気中における,黒鉛るつぼ,ロッドの形状変化および黒鉛ルツボ中に保持したスラグ組成の変化について調査を行った。CaO試料の溶解実験と同形状の黒鉛ルツボに35.5 mass%CaO-64.5 mass%SiO2 (CaO(mass%)/SiO2(mass%)=0.55)スラグを入れ,Arガスを吹き込みながら1823 K昇温し,所定温度に達した後,φ10 mmの黒鉛ロッドをスラグ中に浸漬し60分間保持を行った。その後炉内で徐冷し,黒鉛ロッドの形状とスラグ中のSiO2量の変化について調べた。その結果,黒鉛ロッドおよびるつぼは,実験前の形状をほぼ維持していた。このことから,本実験条件では,黒鉛がコンタクトマテリアルとして使用できる程度まで,雰囲気制御ができていることがわかった。また,化学分析した結果,実験後のスラグ中SiO2濃度は62.5 mass%であった。実験中のSiO2減少量は2 mass%と小さく,本研究ではSiO2のルツボとの反応による組成変化は,無視できる程度に小さいと仮定して議論を進めることとした。
(a) Schematic illustrations of the experimental apparatus for the CaO dissolution experiments. (b) Schematic diagram of the crucible and the rod. (c) An example of the CaO sample overview after the experiment. (Slag: 40CaO-50SiO2-10Al2O3 (mass%), Immersion time: 40 min) (d) Optical Microscope (OM) and (e) Scanning Electron Microscope (SEM) images of a typical cross sectional view of the CaO sample after the experiment. (Online version in color.)
実験前後におけるCaO試料の半径変化量により,CaOのスラグ中への溶解速度を評価した。まず,実験後のCaO試料の底面から5 mm間隔で2箇所水平に切断した。実験後のCaO試料の外観およびその断面写真の一例をFig.1(c)~(e)に示した。この断面写真から,実験後のCaO試料の直径を測定し,その平均値を実験後のCaO試料直径とした。この実験後の直径を実験前のCaO試料の直径から,差し引くことにより,実験による半径の減少量を測定した。また,実験後のCaO試料には一部スラグの付着が観察されたが(Fig.1(e)),スラグの厚みを差し引いて半径減少量とした。各スラグに対してCaO試料を回転速度40 rpmで40 min浸漬させた後の半径減少量から求めたCaOの溶解速度(dr/dt)をTable 1にまとめて示した。
2・5 CaO/スラグ界面の観察CaO溶解時のスラグ/CaO界面組織観察および各相の同定を行った。溶解実験後の試料は,急冷が困難であり,実験温度におけるスラグ/CaO界面の状態を十分に凍結できないため,以下の実験により測定した。
まず,本実験に用いたスラグ2 gを白金皿上にのせ,電気炉を用いて大気中,1823 Kで溶解させた。1823 Kまで昇温後,溶解したスラグ中に,円柱形状のCaO焼結体(形状:φ5 mm×高さ5 mm,純度:99.9%,気孔率:約10 vol%)を3分間浸漬させた。3分経過後に白金皿ごと炉内から取り出し,白金皿の底面を水中に浸漬させることにより急冷した。急冷後,試料を樹脂埋めして研磨を行い,CaO/スラグ界面の反射電子像(BEI)観察および電子線プローブマイクロアナライザ(EPMA)を用いた各相の化学組成の分析を行った。
固体CaOが溶融スラグ中に溶解し,スラグ中のCaO濃度が飽和濃度に近づいた場合,CaOの溶解の駆動力が低下し,CaOの溶解速度も初期状態よりも低下することになる。本実験では,CaOの初期の溶解現象の解明を目的としているため,今回の実験条件下においてCaOの溶解の駆動力,すなわちスラグ組成の起点,終点の濃度差(Δ(%CaO))が溶解時間に対して大きく変化しない条件下で実験が行われていることを確認する必要がある。そこで,本実験で使用したスラグ組成のうち,代表的なスラグ組成である40CaO-50SiO2-10Al2O3(mass%)スラグを用い,CaO試料の半径減少量の時間依存性を測定した。回転速度を40 rpm,実験温度を1823 Kとし,浸漬時間を20,40および60分間とした。その結果をFig.2に示した。図に示したように,スラグへの浸漬時間が60分の間では,浸漬時間と半径減少量とが比例関係にあり,CaOの溶解速度が一定であることがわかる。つまり,今回採用した実験条件において,浸漬時間が60分間以内では,CaOの溶解の駆動力が初期から大きく変化していないことが明らかになった。この結果から,本実験ではCaO試料のスラグ中への浸漬時間を40分間に統一して評価することとした。
Effect of immersion time of CaO in the 40CaO-50SiO2-10Al2O3 (mass%) slag at 1823 K on the decrease in the radius of CaO sinter. Error bars represent the uncertainty of the data.
次に,CaO/SiO2=0.8の系のスラグにCaO試料を溶解した場合のCaOの半径減少量と回転速度の関係をFig.3(a)に示す。回転速度を10~80 rpmで変化させた場合では,Al2O3,MgOまたはCaF2添加したいずれのスラグ系においても,回転速度の増加とともに半径減少量が直線的に増加することがわかる。この結果は,スラグの攪拌速度がCaOの溶解速度に大きく影響を与えることを表しており,従来の報告4,7,9,10,12)と同様に固体CaOのスラグ中への溶解が物質移動律速で進行することを支持する結果である。
(a) Effect of rotating speed of CaO sample on the decrease in CaO radius after the immersion time of 40 min into the slags (CaO/SiO2=0.8) at 1823 K. (b) Effect of basicity, CaO (mass%)/SiO2 (mass%), on the decrease in CaO radius after the immersion time of 40 min into the slags at 1823 K. (Rotating speed of the CaO sample: 40 rpm) (Online version in color.)
Fig.3(b)に,回転速度40 rpmの条件下での,CaO試料の半径減少量に及ぼすCaO/SiO2の影響を示す。図より,いずれのスラグ系においてもCaO/SiO2が1.0,0.8,0.55と低下することに伴い,CaO試料の半径減少量が増大する傾向が見られた。これらの実験結果から,機械的撹拌条件とスラグ側の物性の双方がCaOの溶解速度に影響を与えていると考えられる。
3・2 スラグ/CaO界面の観察Fig.4に,40CaO-50SiO2-10Al2O3(mass%)スラグ/固体CaO界面の反射電子像(Fig.4(a))およびEPMAによる線分析の結果(Fig.4(b)~(d))を示す。粒状の化合物が晶出しており,スラグ/CaO界面近傍の広い範囲に分布していた。粒状の化合物の組成を決定するため,Cで示した個所についてEPMAにより組成分析を行った。構成成分がCaOとSiO2であり,そのモル比がおよそ2:1であったため,この粒状の晶出物はCa2SiO4相であると判断した。今回作製した界面観察用の試料は,冷却後の試料を観察しているため,冷却中に起こった組織変化(スラグの結晶化等)の情報を含んでいると考えられる,そのため,高温の実験温度で生成したCa2SiO4相の晶出形態や量については,議論が困難であり,一部冷却過程で晶出したCa2SiO4も含んでいると考えられるためFig.4(b)には,Ca2SiO4相の晶出している領域をCrystalized layer+Ca2SiO4と表現した。Crystalized layer+Ca2SiO4中のCa2SiO4相以外の部分にはAl2O3の濃化が確認された。また,EPMAによる線分析の結果より,Crystalized layer+Ca2SiO4とCaOの間のInterlayerにCaOとAl2O3を主成分とする相が確認された。Fig.4(a)のDの箇所についてEPMAによる組成分析行うと,CaOとAl2O3のモル比がおおよそ3:1であり,Dの部分には,Ca3Al2O6(液相線温度:≈1973 K)が生成していたものと推測される。このことはAl2O3が濃化したCa-Aluminate系晶出相がInterlayerに生成することを示している。InterlayerのCaO溶解速度への影響については,後半の部分で議論を行う。
(a) Backscattered electron image (BEI) of the interface between the 40CaO-50SiO2-10Al2O3 (mass%) slag and the solid CaO. Elemental profiles for (b) Ca, (c) Si and (d) Al along the white line in Fig.4 (a) detected by the Electron Probe Micro Analysis (EPMA). The positions, that are marked with C (Ca2SiO4) and D (Ca3Al2O6) in Fig.4 (a), were analyzed by EPMA to determined those chemical compositions.
Fig.5には,40CaO-50SiO2-10MgO(mass%)スラグ/固体CaO界面の反射電子像(Fig.5(a)および(e))およびEPMAによる線分析の結果(Fig.5(b)~(d)および(f)~(h))を示す。EPMAによる組成分析から,MgOを添加した系の場合も,スラグ/CaO界面近傍にCa2SiO4が生成していることが確認されたが,その晶出形態はAl2O3添加系の場合とは異なっており,スラグ/CaO界面近傍に層状に生成していた。また,そのCa2SiO4層中には低濃度(2 mass%程度)のMgO の存在も確認された。このことは,この層が厳密にはCa2SiO4とMgO(またはMgO系化合物)によって構成されていることを示している。実際に,Noguchiら5)は,CaO-SiO2-MgO系スラグと固体CaOの界面にCa-Mg-Si-O系の化合物相の生成を確認しており,本研究においてもCa2SiO4層中に一部これらの相が生成した可能性もある。さらに,EPMAによる線分析の結果(Fig.5(f)~(h))より,Ca2SiO4層の内側,すなわち,固体CaO側にMgO成分の濃化が確認された。この部分は,急冷試料中のクラックの生成箇所の近傍であったため,詳細な観察は困難であったが,CaやSiの濃度が急激に低下しており,Mgの濃度のみ上昇する現象が観られたため,本研究では,MgOが単独で晶出していたと考え,議論を進めることとする。また,Fig.5(a)に示したように,層状に形成されたCa2SiO4層のスラグ側にはデンドライト状の結晶層が確認された。EPMAによる組成分析から,この層は主にCa2MgSi2O7およびCaSiO3で構成されていると推測できた。ここで,Ca2MgSi2O7の融点は,1723 K付近であり5),実験温度である1823 Kにおいては溶融していることになる。そのため,本研究では,このデンドライト状の組織は,冷却中にスラグ融液が結晶化したものと仮定し,Fig.5(a)にCrystalized layerと表現した。
(a) BEI of the interface between the 40CaO-50SiO2-10MgO (mass%) slag and the solid CaO. Elemental profiles for (b) Ca, (c) Si and (d) Mg along the white line in Fig.5 (a) detected by the EPMA. The BEI of the area marked with dashed lines was magnified and displayed as Fig.5 (e). Elemental profiles for (f) Ca, (g) Si and (h) Mg along the white line in Fig.5 (e) detected by the EPMA.
Fig.6に,40CaO-50SiO2-10CaF2(mass%)スラグ/固体CaO界面の反射電子像(Fig.6(a))およびEPMAによる線分析の結果(Fig.6(b)~(d))を示す。CaF2を添加した系の場合は,MgO添加系と同様にスラグ/CaO界面近傍にCa2SiO4相が層状に形成されていた。EPMAによる線分析の結果より,Fig.6に示したようにCa2SiO4層中のクラック部分にFの濃化が確認された。これは,Ca2SiO4が形成された際に,結晶層に含まれない元素であるFがその周囲に排出されたためであると考えられる。また,Fの存在形態は,Fig.6(b)~(d)より,CaF2として存在していると推測され,これがCa2SiO4層中のクラック部分に存在していたことから,実験温度である1823 Kにおいては,Ca2SiO4相の形状は緻密な層状ではなく,粒状や針状のCa2SiO4相の集合体であった可能性もある。一方で,Al2O3系やMgO系で観察されたCa2SiO4相の固体CaO側で添加元素が濃化する現象は,観察されなかった。また,Fig.6(a)に示したように,層状に形成されたCa2SiO4層のスラグ側にデンドライト状の結晶層が確認された。EPMAによる組成分析から,この層はCa2SiO4およびCaSiO3で構成されていると推測できた。MgO系の場合と同様に,このデンドライト状の組織は,冷却中にスラグ融液が結晶化したものと仮定し,Fig.6(a)にCrystalized layerと表現した。
(a) BEI of the interface between the 40CaO-50SiO2-10CaF2 (mass%) slag and the solid CaO. Elemental profiles for (b) Ca, (c) Si and (d) F along the white line in Fig.6 (a) detected by the EPMA.
以上,スラグ/CaO界面組織の観察・分析結果から,いずれの系においても,スラグ/CaO界面界面近傍にCa2SiO4が形成されることが明らかになった。一方で,その形態は添加物の種類によって異なっており,粒状(Al2O3系)または層状(MgO系およびCaF2系)のCa2SiO4が観察された。しかしながら,CaF2添加系においてCa2SiO4層中のクラック部分に添加元素であるFがCaF2(融点:1696 K)として濃化していたことから,CaF2系では実験温度(1823 K)においてCa2SiO4は緻密な板状の層ではなく粒状または針状のCa2SiO4相が晶出していたと推測できる。MgO系についてもCa2SiO4層中に低濃度のMgが検出されたことから,CaF2系と同様に実験温度においては粒状または針状のCa2SiO4が存在していた可能性がある。また,Al2O3系およびMgO系では,Interlayerに添加元素を主成分とする晶出相が検出されたが,CaF2系においては,このInterlayerに晶出相は観察されなかった。加えて,今回,スラグ/CaO界面観察用に作製した試料は,CaOの溶解実験と異なり,固体CaOとスラグとの相対速度がゼロの状態を反映している。界面に生成した化合物相の量は,CaO試料の回転速度に依存して変化する可能性があるため,今回の観察結果から各相の量について議論することは行わないこととする。一方で,1823 Kにおいて回転速度40 rpmでCaO/SiO2=0.8の同系スラグ中に40 min浸漬させた試料を空冷し,CaO/スラグ界面をEPMAにより界面分析した場合にも,AlやMgの濃化したInterlayerが観察された。そのため,生成相の種類や各相の形態については,CaOが回転した場合も同様の現象が起こっていると仮定し,以下の議論を進める。
従来からも言われているように,下記の因子が,石灰の溶解挙動に影響を及ぼしているものと考えられる。
(1)CaO/スラグ界面に生成する化合物相の性状
(2)スラグに対するCaOの溶解度
(3)スラグ中への各成分の物質移動
これらの因子に着目し,なおかつ従来の知見も考慮の上,CaOの溶解機構をFig.7に示すように考えた。
Schematic illustrations of the dissolution mechanism of the solid CaO into the calcium silicate based slags. (Online version in color.)
A)まず,固体のCaOがスラグ中に溶け出すことにより,CaO試料近傍におけるスラグ中のCaOの活量が高くなる。
B)CaOの溶解が進行することにより,CaO試料近傍にCa2SiO4が生成し,これにより,スラグ側およびCaO試料側に添加したMgO,Al2O3およびFが排出される。
C)スラグ側に排出された元素は,スラグのバルクへと拡散するが,CaO側に排出された元素は,化合物相とCaO相の間に濃化する。
D)その結果,Al2O3とMgOはそれらの融点が高いために,固相の晶出を促す。CaF2は低融点であるため,実験温度において液体でありInterlayerに固体の化合物相を生成しなかったものと考えられる。
E)CaOの溶解は,スラグとの界面に生成する添加物成分が濃化したInterlayerおよびCa2SiO4層を経由したCaの拡散により進行していると考えられる。
上記の推定機構を検証するために,以下速度論的な解析を加える。
4・2 CaO/スラグ間における物質移動速度本研究のような強制対流下での固体/液体間の物質移動に関しては,物質移動係数と流動条件との関係は,JD因子を用いると以下の式で表される4)。
(1) |
ここで,a,b,c:定数,k:物質移動係数(m・s−1),Re:レイノルズ数,Sc:シュミット数である。ReとScは,下記の式で示される。
(2) |
(3) |
ここで,η:スラグの粘度(Pa・s),ρl:液相密度(kg・m−3),U:相対速度(m・s−1),d:試料直径(m)である。(1)式に(2)(3)式を代入して,kについて整理すると,以下の関係式が得られる。
(4) |
ここで,D:スラグ中のCaの拡散係数(m2・s−1),およびρb(=ρl):バルクスラグの密度(kg・m−3)である。さらに,固体CaOの溶解が物質移動律速で進行すると仮定すると,CaO円柱の溶解速度は,物質移動係数kを用いて以下の式で表すことができる4)。
(5) |
ここで,ρ:CaOの密度(kg・m−3),Δ(%CaO):スラグ中へのCaOの溶解度(mass%)を表す。本研究においてCaOの回転速度40 rpm,浸漬時間40 minでの(dr/dt)およびρbから算出したkの値をTable 1にまとめて示した。(5)式中のkに(4)式を代入すると最終的に(6)式を得る。
(6) |
a,bは,境膜層の流れの状態(層流または乱流)に依存する値である。本研究では,Matsushimaら4)の提案に基づきa=0.67,b=−0.34用い,(7)式を得た。
(7) |
ここで,試料直径dは同一であり,相対速度Uを一定(3.1×10−2 m ・s−1)とする。Dについては,CaO-SiO2二元系スラグのCaの自己拡散係数がCaO/SiO2=0.6-0.9範囲で大きく変化しないこと33)およびCaO-SiO2系スラグのCaの自己拡散係数に及ぼすAl2O3添加の影響が小さいこと34)が報告されている。Caの拡散係数に及ぼすMgOやCaF2の影響については不明であるが,ここではDを一定として扱う。また,Table 1に示したようにρbの組成依存性は小さいので,ρbは近似的に一定とみなすことができる。そのため,半径減少速度とΔ(%CaO)・η−0.33の間には比例関係が成り立つことになる。
Fig.8(a)にΔ(%CaO)とスラグの塩基度の関係を示す。この図から,塩基度の低下に伴い,溶解度が大きく上昇する傾向が見られた。つまり,塩基度が低下するにつれて溶解の駆動力は増すことがわかる。
Fig.8(b)に,本実験に用いたスラグの1823 Kにおける粘度23,24,25,26)とスラグ塩基度(CaO/SiO2)の関係を示す。図に示したように,いずれの系においても塩基度の低下とともに,粘度が増大する傾向が見られた。特に,Al2O3を含有するスラグ系では,塩基度低下による粘度の増大の度合いが大きいことがわかる。Fig.3(b)に示したようにAl2O3含有スラグ中へのCaOの溶解速度は,塩基度の変化に敏感ではなかったが,この理由は,塩基度が低下した際に溶解の駆動力の上昇よりも粘度の上昇の寄与が支配的であったためと考えられる。
次に,Fig.8に示したΔ(%CaO)とηから算出したΔ(%CaO)・η−0.33とCaO試料の半径減少速度の相関関係をFig.9に示した。いずれの系においても,原点を通る比例関係にあることがわかる。ここで,直線が原点を通る理由は,Δ(%CaO)=0の時,スラグ組成がCaO飽和に到達しており,原理的にCaOの溶解反応が進行しないためである。Fig.9より,本研究ではスラグ系ごとに3本の直線で表すことができ,添加した成分により,直線の傾きが異なっていることがわかる。この現象は,第3成分添加に伴うバルクスラグの物理化学的性質(ηおよびΔ(%CaO))の変化からは説明できない。ここで,Fig.4~6に示した通り,スラグ系ごとにInterlayerの状態が異なっていたことに注目すると,CaのInterlayerでの拡散挙動も固体CaOの溶解速度に影響していると考えられる。
Relationship between Δ(%CaO)·η–0.33 and the dissolution rate of the CaO into the calcium silicate based slags at 1823 K. (Rotating speed of the CaO: 40 rpm, Immersion time: 40 min) Solid lines were determined by a linear least square method. (Online version in color.)
ここで,まだ不明な点もあるが,Interlayerに生成した晶出相の液相線温度とCaO試料の半径減少量の関係を見ることとした。晶出相の組成は,Fig.4~6の結果に基づきAl2O3系:Ca3Al2O6,MgO系:MgOとし,CaF2系については,実験温度である1823 Kにおいて完全液相状態であるが仮想的にCaF2の晶出を仮定した。Fig.9における横軸の値が15の時のCaOの溶解速度を読み取り,その値の各晶相の液相線温度との相関をFig.10に示す。また,1823 Kにおける各晶出相組成の液相率も図中に示した。図に示したように,晶出相の液相線温度が高くなるにつれて,CaOの溶解速度が低下する傾向がわかる。ここで,物質の溶解が全て液相線温度で説明できるわけではないが,一般的に高融点物質を含むスラグの状態図22)を見ると,一定温度において固相率が高くなり易い傾向にある。つまり,CaO-SiO2-MgO系>CaO-SiO2-Al2O3系>CaO-SiO2-CaF2系の順にInterlayerの固相率が高くなり,Caの物質移動が抑制され易かったため,晶出相の液相線温度の低い系ほど,CaOの溶解速度が高い傾向を示したと考えられる。今後,スラグ/CaO界面組織の時間変化やその微視的組織観察により,各晶出相のスラグへの溶解挙動や,CaOからスラグのバルクへ向けてのCaイオンの移動経路を詳細に解明する必要がある。
Relationship between the liquidus temperature of the precipitated phases around Ca2SiO4 and the dissolution rate of the CaO into the calcium silicate based slags at 1823 K (Dissolution rate at Δ(%CaO)·η–0.33=15 (vertical axis) was determined by interpolation of the linear relationships shown in Fig.9). The liquidus temperature and liquid phase fraction are determined from phase diagrams22). (Online version in color.)
以上から,CaF2がCaOの滓化促進に寄与する理由として,スラグ融体の粘度を低下させることやCaOの溶解度を上げる作用の他に,Interlayer内のCaの物質移動を阻害する固相の形成を防止する機能も持ち合わせていることも挙げられる。マグネシア系耐火物を用いた精錬を行う場合は,MgOのCaOスラグ界面への晶出により石灰石の滓化が遅延する可能性があり,ガス撹拌により滓化を促進するなど注意を要する。アルミナ耐火物を用いる場合には,高塩基度スラグの時は,比較的CaOの滓化は阻害されないが,低塩基度スラグを適用する場合にはスラグ液相の粘度上昇により滓化が遅延することに注意しなければならない。
4・3 既報4,35)との比較総合的に,酸化物の溶解挙動の理解を深めるために,今回の結果を気孔率の異なるCaOや他の酸化物の溶解挙動とも比較した。Matsushimaら4)は,本研究よりも気孔率の高い固体CaOについてCaO-SiO2-Al2O3系スラグへの溶解速度を調査している。Nakashimaら35)は,CaO-SiO2-Al2O3系スラグへの円柱形状のアルミナ焼結体の溶解速度を測定している。彼らの研究では,(6)式中のηの乗数であり定数であるa+bを0.37と求めている。Fig.11に,Matsushimaら4)のCaO(気孔率:45vol%)の溶解速度およびNakashimaら35)のAl2O3のスラグへの溶解速度を本研究の結果とともに,Δ(%MOx)・η−(a+b)に対してプロットした。ここで,MOxはCaOまたはAl2O3を表している。a+bの値としては,CaOのスラグへの溶解に対して0.33,Al2O3の場合には,0.37を代入した。図より,Matsushimaら4)の実験条件におけるCaOの溶解速度が最も大きいことがわかる。まず,本研究とMatsushimaら4)の結果との差異について考察する。
Relationship between Δ(%MOx)·η–(a+b) and the dissolution rate of the cylindrical oxide sinters into the calcium aluminosilicate slags. (Online version in color.)
(4)式の関係式から,両辺について対数を取ると,log kとlog Uの間には比例関係が成り立つことがわかる。そこでMatsushimaら4)の報告と本研究における物質移動係数と相対速度の関係をプロットした(Fig.12)。Matsushimaら4)の結果の中で,40CaO-40SiO2-20Al2O3(mass%)スラグを用いた場合のデータは,本研究の45CaO-45SiO2-10Al2O3(mass%)スラグを用いた場合の結果とスラグの組成および実験温度が近い。既報4)では,回転速度600 rpmにおける40CaO-40SiO2-20Al2O3(mass%)スラグへのCaO試料の溶解速度から求めた物質移動係数の温度依存性(温度範囲:1523-1873 K)が報告されている。また,その他の回転速度(200-1000 rpm)においては1773 Kにおける物質移動係数の報告値がある。本研究では,Matsushimaら4)の報告した回転速度600 rpmにおける物質移動係数の温度依存性を1773 Kにおける回転速度200-1000 rpmでの物質移動係数に適用し,1823 Kにおける200-1000 rpmの各回転速度での物質移動係数を求めた。図に示したようにlog kとlog Uの相関関係が直線で整理できることがわかる。特筆すべきは,本研究のデータが,Matsushimaら4)のデータの延長線上に位置していることである。この解析事実から,既報4)と本報で,固体CaOの気孔率(既報:45 vol%,本報:7.8 vol%)が大きく異なるが,CaOの溶解メカニズムは変化しておらず,両者の差は相対速度Uのみに依存していることを意味している。Matsushimaら4)は,溶解速度に粒子の脱落,気孔へのスラグの浸透の影響が表れることを懸念事項として挙げていた。しかしながら,Fig.12より既報で懸念されていたCaO中の気孔の溶解速度への影響は非常に小さいと考えられる。これは,スラグ/CaO界面に生成したCa2SiO4やInterlayerの主な構成成分であるカルシウムアルミネートの存在により,CaOの気孔中へのスラグ液相の浸透が困難であったためと考えられる。これに関連して,CaO気孔率の溶解速度への影響を調査したMaruokaら20)も同様の結論を得ている。
Relationship between the relative linear velocity (log U) of the cylindrical CaO sinters and the mass transfer coefficient (log k) at 1823 K.
続けて,アルミナ焼結体の溶解速度と今回の結果を比較する。Fig.11に示したように,アルミナ焼結体の方が,CaO焼結体よりも溶解速度が小さいことがわかる。これは,相互拡散係数Dの影響が大きいものと推定される。すなわち,1823 Kにおける45CaO-45SiO2-10Al2O3(mass%)スラグ中のCaの相互拡散係数36)は5.5×10−10 m2・s−1であるのに対して,Alの相互拡散係数35,37,38)は1.83×10−10 m2・s−1とCaの値よりも小さい。そのため,バルクスラグの粘度と溶解度が同程度の場合に,アルミナ焼結体の方がCaO焼結体よりも溶解が遅かったと考えられる。
以上の結果から,固体CaOのスラグ中への溶解速度は,相対速度Uとバルクスラグの物性値(η,Δ(%CaO))が影響するだけではなく,スラグ/固体CaO界面に生成する第3成分の濃化相(Interlayer)中のCaイオンの拡散や晶出相そのものの溶解速度によっても影響を受けることが明らかとなった。ただし,Fig.11に示したようにInterlayerのCaOの溶解速度への影響は,相対速度Uおよびバルクスラグの物性値(ηやΔ(%CaO))の影響よりも小さいものと考えられる。
石灰石の滓化挙動を把握する目的で,CaO-SiO2系スラグ中へのCaO焼結体の溶解速度に及ぼすAl2O3,MgOおよびCaF2の影響を調査した。その結果,以下のことが明らかとなった。
(1)CaO-SiO2-CaF2系スラグへの溶解速度が他の系に比較して高く,CaF2は有効なフラックスであることが示された。
(2)CaOのスラグ中への溶解速度は20,40,80 rpmとCaO試料の回転速度の上昇に伴い大きくなった。
(3)いずれのスラグ系においても,スラグ塩基度(CaO/SiO2)の低下に伴いCaO試料の溶解速度は上昇した。ただし,CaO-SiO2-Al2O3系では,CaO試料の溶解速度の塩基度依存性が他の系よりもよりも小さかった。この理由は,アルミナ含有系では低塩基度側でスラグの粘度が他の系よりも大きく上昇するためである。
(4)固体CaO/スラグ界面を観察したところ,いずれの系でもCa2SiO4の形成が認められた。さらに,CaO-SiO2-Al2O3系およびCaO-SiO2-MgO系スラグでは,それぞれ,CaOとCa2SiO4層のInterlayerに,それぞれCa-AluminateおよびMgOの晶出が確認された。一方で,CaO-SiO2-CaF2系については,Interlayerでの固相の晶出が確認されなかった。
(5)スラグ中へのCaO試料の溶解速度には,撹拌条件やバルクスラグの物性値以外にInterlayerに晶出した相の性質(液相線温度や相内のCaの物質移動など)も影響していると考えられる。
スラグ/CaO界面の組織観察用の試料作製に際しましては,東北大学多元物質科学研究所の柴田浩幸教授に有益なご助言を頂きました。また,試料のEPMA観察につきましては,同研究所の田代公則氏,照井勝敏氏のご尽力を賜りました。