2014 Volume 100 Issue 12 Pages 1542-1547
The authors have reported that the machinability (lathe turning, drilling and sawing) of Type 304 austenitic stainless steel has been improved by the precipitation of hexagonal boron nitride (h-BN). In the present study, the influence of h-BN precipitation on surface roughness of Type 304 steel after lathe turning was investigated. Surface roughness was degraded with increasing the amount of boron addition, especially at lower cutting speed of 22 m/min. However, Type 304 steel with boron addition up to 0.05 mass % exhibited similar or better surface roughness compared to that of commercial Type 304 steel, and 0.1 mass % boron added Type 304 steel showed better surface roughness compared to that of Type 303 sulfur added free-cutting steel. Precipitation of h-BN enhanced the size of built up edge and degraded the surface roughness. On the other hand, increased Vickers hardness values due to solute nitrogen decreased the separation size of built up edge and improved the surfaced roughness.
SUS304鋼に代表されるオーステナイト系ステンレス鋼は機械的特性や耐食性,塑性加工性に優れていることから幅広い用途で使用されている。一方でオーステナイト系ステンレス鋼は加工硬化が大きいことや熱伝導率が小さいことに起因して被削性が悪い1,2)。
これまでオーステナイト系ステンレス鋼を含む鉄鋼材料の被削性を改善する目的で,鉛や硫黄等の快削性介在物を生成する元素を添加した快削鋼が数多く開発され,広く用いられている3,4,5,6,7)。しかしながら鉛快削鋼は環境に及ぼす悪影響やリサイクル性の観点から将来的な使用に問題がある。またオーステナイト系の硫黄快削ステンレス鋼として広く市販されているSUS303鋼には,快削性介在物である硫化マンガン(MnS)が加工方向に伸長することによって引張強度などの機械的性質に異方性が生じる8)ことや,ステンレス鋼の最大の特長である耐食性がMnSによって大きく劣化する9)ことなどの欠点がある。
著者らは異方性や耐食性を劣化させずにオーステナイト系ステンレス鋼の被削性を向上させる快削成分として六方晶ボロンナイトライド(h-BN)に着目した。h-BN快削鋼は従来主にS45C等の機械構造用鋼を対象として研究開発がなされてきたが10,11,12),著者らは市販のSUS304鋼とフェロボロンを弱減圧窒素雰囲気中で溶解し,固溶化−焼き戻し熱処理を加えることで直径1~3 μmの球状のh-BN粒子が均一に分散したオーステナイト系快削ステンレス鋼の開発に成功した13)。本h-BN快削ステンレス鋼は被削性に優れているだけでなく,機械的性質に強い異方性がないこと,SUS304鋼とほぼ同等でSUS303鋼と比較して高い耐食性を示すこと,通常のステンレス鋼の製造と同じ設備でほぼ同じ工程で製造可能であること,といった優れた特長を有する13)。
前報14)で著者らはSUS304系ステンレス鋼に一定量(0.016 mass%)のボロンを添加して製造したh-BN快削ステンレス鋼の被削性向上の機構について検討した。そして,旋盤切削試験(旋削試験)においてはh-BN粒子によって工具−切屑接触界面において切屑の凝着の抑制や潤滑が生じることで工具−切屑接触長さが減少し,切削抵抗の低減や工具摩耗の抑制等の被削性の向上が認められること,構成刃先が生成するドリル穿孔試験や鋸刃切削試験(鋸断性試験)においても構成刃先前方でのh-BN粒子による内部潤滑効果によってドリル穿孔抵抗の減少,ドリル摩耗の抑制,鋸断性の向上が見られること等を報告した。
被削性には様々な要因があるが,用途によっては切削加工後の被削材の表面粗さがより重要となる場合がある。特にハードディスクやプリンターなどの精密機器に用いられるシャフトや精密ネジ等の小型部品の製造においては,寸法精度を確保することが必要なためその重要度は非常に高い15)。一般に優れた表面性状を得るためには切削速度を速くすることが有効であるが,小型部品の製造においては切削速度を速くすることが難しい。低切削速度域では構成刃先が生じやすく,それに起因した切削表面粗さの増大がしばしば問題となる。特に硫黄添加快削鋼では構成刃先の生成に加え,鋼中に存在するMnSの影響により,優れた表面性状を得ることが困難となる15)。これに対してh-BN快削ステンレス鋼の場合は,形状が球状であること,潤滑性がMnS以上に期待できること,より均一微細に分散していること,などから硫黄快削鋼と比較して良好な切削表面性状を得ることが期待できるものの,小型部品に適用する際には,切削表面粗さについてのさらなる検討も必要である。
そこで本研究では,SUS304系ステンレス鋼の旋盤切削加工後の表面粗さに及ぼすh-BN粒子分散の影響について検討した。0.2 mass%の窒素に加え,添加ボロン量を最大0.1 mass%まで変化させたSUS304鋼,および比較材である市販のSUS304鋼およびSUS303鋼(硫黄添加快削ステンレス鋼)を被削材として使用し,精密機器用の小型部品の製造に適用することを念頭に,主に構成刃先が形成される低切削速度領域を中心に旋削試験を行った。
被削材の溶解原料として市販のSUS304鋼丸棒(直径55 mm)およびフェロボロン(FeB,B含有量19.2 mass%)を用いた。溶解原料のSUS304鋼の化学成分をTable 1に示す。Table 1には後述する比較材として使用した市販のSUS304鋼(溶解原料として使用したSUS304鋼とはロットが異なる)および市販SUS303鋼の化学成分も同時に示している。溶解原料のSUS304鋼および0~0.1 mass%の範囲内で目的のボロン量となるよう秤量したフェロボロンを用い,コールドクルーシブル浮揚溶解装置(CCLM)で溶解後,コールドクルーシブル内で固化した重量約2 kgの逆釣鐘状のインゴットを製造した。0.2 mass%の窒素添加を目標に,溶解は窒素分圧0.07 MPaの弱減圧窒素雰囲気中で行った。CCLM溶解では添加物を除いて溶解原料のSUS304鋼と溶解後のインゴットを構成する元素の成分が同一である,という特長を有している16)。インゴット上部の引け巣部分を切除し1373 Kにおいて38 mm角まで熱間鍛造した後,1373 Kでの熱間溝ロール圧延によって21.3 mm角の棒材まで加工した。加工後の棒材に対して始めに1523 Kで1.8 ks保持後水冷するというh-BN固溶化熱処理を施し,次に1323 Kで3.6 ks保持後水冷するというh-BN再析出熱処理を行い,被削材とした。本研究では被削材として0B鋼,300B鋼,500B鋼,1000B鋼の4種類のボロン添加量の異なる鋼を準備した。0B鋼はフェロボロンを添加せず,SUS304鋼のみを弱減圧窒素雰囲気中で再溶解した鋼であり,他の3種類の鋼はそれぞれBの前の数字が添加ボロン量の目標値(ppm)である。それぞれの鋼について窒素量およびボロン量の分析を行った。窒素量はインゴットから採取した試料を用いて不活性ガス融解/熱伝導度法によって分析した。ボロン量は加工,熱処理後の被削材を用いてICP発光分光分析法(JIS G 1258-5:2007)によって総ボロン量を分析するとともに,王水分解−ろ過−ICP分析法によって固溶ボロン量を分析した。
Type | Lot | C | Si | Mn | P | S | Ni | Cr | Fe |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
304 | Raw material | 0.07 | 0.49 | 1.12 | 0.025 | 0.024 | 8.06 | 18.05 | bal. |
Comparison | 0.07 | 0.33 | 1.15 | 0.036 | 0.022 | 8.07 | 18.03 | bal. | |
303 | 0.05 | 0.33 | 1.79 | 0.028 | 0.29 | 9.02 | 17.9 | bal. |
被削材中に分散するh-BN粒子は走査型電子顕微鏡(SEM)によって観察,評価した。通常の金属組織観察手法では観察試料の研磨中にh-BN粒子が脱離することが多かったため,観察には簡便な破断面SEM観察法17)を用いた。加工,熱処理後の被削材から直径3.6 mm,長さ約50 mmの丸棒を長手方向が圧延方向と平行になるように切り出し,端面から7 mmの位置に底部の直径2 mmの円周状の切り欠きを加工した。この丸棒をSEM観察の直前に室温で折り曲げて切り欠き部で破断し,破断面の観察とエネルギー分散型X線分光(EDS)分析による介在物の同定を行った。SEMによる観察面(破断面)は圧延方向と直角となっている。
2・3 ビッカース硬さ試験窒素添加やh-BNの分散によってSUS304鋼の硬さが変化し,切削表面粗さを含めた被削性に影響を及ぼす可能性があることから,加工,熱処理後の被削材についてビッカース硬さ試験を行った。荷重98 N,保持時間15 secの条件で1試料につき10点測定を行い,最大値と最小値を除いた8点の平均値を求め,被削材のビッカース硬さとした。比較材である市販SUS303鋼(測定した3点の平均値),市販SUS304鋼(測定した4点の平均値)のビッカース硬さの測定も行った。
2・4 旋削試験および切削表面粗さの評価加工,熱処理後の被削材は予備旋削によって酸化皮膜を除去した後,実際の旋削試験に供し,切削後の被削材の仕上げ面の観察・評価を行った。0B鋼,300B鋼,500B鋼,1000B鋼に加え比較材としてTable 1に化学成分を示したSUS304鋼およびSUS303鋼の市販材丸棒(直径55 mm)についても旋削試験を行った。旋削試験の工具には,材質がWC-TiC(TaC)-Co系の超硬合金(M30)で,チップブレーカ付き(TNGG160404)のスローアウェイタイプを用いた。工具の前すくい角,横すくい角は−6°,前逃げ角,横逃げ角は6°,前切れ刃角は45°,横切れ刃角は15°,工具先端半径は0.4 mmである。切削条件は仕上げ切削を想定し,切り込み深さ0.5 mm,送り量0.08 mm/revとし,切削速度は22 m/min(低速),60 m/min(中速),100 m/min(高速)の3条件とした。なお切削油は使用していない。
旋削後の被削材の表面粗さを共焦点走査型レーザ顕微鏡(レーザテック株式会社,1LM21)によって測定した。被削材の長手方向(回転軸と平行方向)に約450 μmの長さにわたって表面粗さの測定を行い,得られた表面粗さ曲線より10点平均粗さを求めた。Fig.1に示す模式的な表面粗さ曲線を用いた10点平均粗さの算出方法を以下に述べる。図の中心に水平に引かれた平均線を基準に山頂の高さ(P)と谷底の深さ(V)を求める。最も高い山頂(P1)から5番目までの山頂(P5)の高さの絶対値の平均値と,最も低い谷底(V1)から5番目までの谷底(V5)の深さの絶対値の平均値の和を求め,10点平均粗さ(Rz)とした(式1)。
(1) |
Schematic drawing for the surface roughness measurement.
被削材表面で重複しないよう無作為に選んだ20箇所(比較材のSUS303鋼,SUS304鋼の中速および高速切削材では10箇所,SUS303鋼の低速切削材では19箇所)の10点平均粗さを測定し,その平均値で評価した。また切削後の被削材の表面性状を光学顕微鏡によって観察した。
Table 2に0B鋼~1000B鋼のインゴット中の窒素量および加工,熱処理後の総ボロン量,固溶ボロン量の分析結果を目標とした総ボロン量と共に示す。0B鋼~1000B鋼ではすべての鋼において窒素量は目標値の0.2 mass%に近い値であり,Table 2に同時に示した比較材の市販SUS303鋼,SUS304鋼に比べ高い値となっていた。総ボロン量もそれぞれの鋼の目標値にほぼ近い値となっていたが,固溶ボロン量は総ボロン量の10~17%という低い割合であった。固溶ボロンの割合が低いという分析結果から,添加したボロンの大半はh-BNの形で鋼中に分散していて,添加ボロン量の多い鋼ほど分散するh-BNの量が多いことが推察される。
Sample | Total N (mass %) | Total B (mass %) | Soluble B (mass %) |
---|---|---|---|
0B | 0.22 | – | – |
300B (0.03)* | 0.23 | 0.029 | 0.005 |
500B (0.05)* | 0.23 | 0.047 | 0.006 |
1000B (0.1)* | 0.22 | 0.093 | 0.010 |
304 | 0.061 | – | – |
303 | 0.049 | – | – |
* Target value of B content (mass %)
Fig.2に破断面SEM観察法による0B鋼~1000B鋼中の介在物の分散状態の観察結果を示す。前述のとおり観察面は圧延方向に垂直な面である。ボロンを添加していない0B鋼では目立った介在物は観察されないが,ボロンを添加した300B鋼,500B鋼,1000B鋼では視野中に白ないし灰色のコントラストを持つ多くの介在物が観察された。EDSによる組成分析からこれらの介在物の多くはh-BNであり,一部は原料である市販SUS304鋼中のマンガンと不可避的不純物である硫黄が結びついてできるMnSであると同定された。前報14)で述べたとおり,破断面観察法では介在物が多く集まった箇所を選択的に破断し観察している可能性があるため断定はできないが,本SEM観察では添加ボロン量が多くなるほどh-BNの分散量が多い傾向が見られた。
SEM images of inclusions on bent-broken surface of the steels; (a) sample 0B, (b) sample 300B, (c) sample 500B and (d) sample 1000B.
0B~1000B鋼および市販SUS304鋼(以下304鋼),SUS303鋼(以下303鋼)のビッカース硬さの測定値をFig.3に示す。304鋼,303鋼に比べ,0B~500B鋼のビッカース硬さが全体的に高くなっているが,これは0.2 mass%添加されている窒素が原因である。窒素のうち一部はボロンと結びついてh-BNとなっているが,残りの窒素はステンレス基質中に固溶して硬さを上昇させている。ボロン無添加の0B鋼がもっともビッカース硬さの値が高く,添加ボロン量の増加に従い硬さは低下し,目標ボロン量1000 ppm(0.1 mass%)の1000B鋼では304鋼,303鋼と同程度以下の硬さとなった。ボロン量が増加するに従いh-BNとして析出する窒素量が増加し,固溶窒素量が低下することと,硬さの低いh-BNの分散量が増加することの2点が硬さ低下の原因と考える。
Vickers hardness values of the steels. The hardness decreases as boron concentration increases because in-solution nitrogen concentration decreases.
Fig.4に各被削材の旋削後の表面粗さの測定結果を示す。Fig.4(a),(b),(c)はそれぞれ切削速度22 m/min,60 m/min,100 m/minの結果である。Fig.4(c)に示すとおり,切削速度が100 m/minと速い場合,被削材の違いによる表面粗さの差は小さい。一方,切削速度が遅くなるに伴い,被削材の違いによる表面粗さの差が顕著になる。切削速度22 m/min(Fig.4(a))では,MnSを快削成分として含む303鋼の表面粗さは他の被削材に比べ大きくなっている。一方,窒素,ボロンを添加した被削材では窒素のみ添加した0B鋼が最も表面粗さが小さく,添加ボロンの量の増加に伴い表面粗さが大きくなる傾向が見られた。500B鋼が304鋼とほぼ同程度の表面粗さを示し,よりボロン量の低い0B鋼,300B鋼では表面粗さは304鋼より小さい。1000B鋼の表面粗さは304鋼より大きいが,303鋼と比べて表面粗さは小さかった。
Surface roughness of the steels after machining at a lathe turning speed of (a) 22 m/min, (b) 60 m/min and (c) 100 m/min.
被削材間での表面粗さの違いが一番大きかった22 m/minでの切削後の0B鋼,300B鋼,500B鋼,1000B鋼の表面の光学顕微鏡写真をFig.5に示す。表面には工具送りマークに加えて,Fig.5中に矢印で示すような多数の付着物が観察され,この付着物が表面粗さの増加の原因となる。22 m/minの切削速度においては構成刃先が生成することから,観察された付着物は切削中に分裂・脱落した構成刃先の可能性が高い18)。Fig.5の右側には観察された付着物の位置を×印で模式的に示している。Fig.5から,添加ボロン量が多いほど付着物の大きさが大きくなる一方,付着物の間隔も増大している傾向が観察される。
Accretions on the machined surface after machining at a lathe turning rate of 22 m/min. for the steels; (a) sample 0B, (b) sample 300B, (c) sample 500B and (d) sample 1000B. Positions of the adhesions are indicated by arrows for typical adhesions on the left figures and by x for all adhesions on the right figures.
複数の観察視野の付着物の中心間距離(切削方向に沿った距離)の平均値を付着物間隔として計測した結果をFig.6に示す。1000B鋼では付着物が巨大でかつ外周部分を明瞭に識別できない場合が多く,付着物間隔の計測精度が他の鋼に比べて低かった。このためFig.6中では1000B鋼の結果は参考値としてマーカーを他の結果と変えて示している。Fig.6からも添加ボロン量が多いほど付着物の間隔が増大していることが確認された。
Average intervals of accretions of the steels after machining at a lathe turning rate of 22 m/min. Open circle (1000B) means less-accurate value due to the limitation of measurement accuracy.
以下では切削速度22 m/minでの切削表面粗さに焦点を絞って考察を加える。上述のように,22 m/minでの切削において観察された切削表面の付着物は構成刃先に起因する。構成刃先による切削表面粗さへの影響については,以下の二つの機構が挙げられる。一つは,構成刃先の成長が最大点に達し,一部が構成刃先本体から分離し,その分離片が切削表面に残ることで表面粗さが増加するという機構である。もう一つは,構成刃先の成長とともに実質的な刃先の役割を担う部分の位置がずれる(変位する)ことによって表面粗さが変化するという機構である。今回は切削表面の付着物が切削表面粗さを増加させている様子が観察されることから,前者の機構が支配的であると考え,これについて検討する。
3・2で述べたように添加ボロン量が増加するに伴い切削表面の付着物の大きさおよび間隔が大きくなり,それによって切削表面粗さがより大きくなっている。これはより大きな構成刃先を形成する被削材において切削表面粗さが大きくなることを意味する。前報14)で著者らはボロンを0.016 mass%,窒素を0.2 mass%添加しh-BN粒子を分散させたSUS304鋼と,窒素のみ0.2 mass%添加したSUS304鋼の構成刃先を観察しており,h-BN粒子を分散させることで構成刃先のサイズが大きくなることを確認している。h-BN粒子分散によって切削抵抗が減少することから,旋削時に構成刃先に加わる力が小さくなり,そのために構成刃先が大きく成長できると考える。添加ボロン量による構成刃先の形状やサイズへの影響については系統的に調べておらず今後の課題としたいが,h-BN粒子分散によって生じるサイズの大きな構成刃先が分裂することで切削表面粗さを劣化させることは十分考えられる。一方被削材の硬さ(Fig.3)と切削表面粗さ(Fig.4)との比較では,表面粗さの著しい劣化が観察された303鋼を除き,硬さの高い被削材ほど切削表面粗さが小さい,という対応関係が見られた。著者の一人は硬さを広範囲に変化させることができるクロムモリブデン鋼を被削材とし,構成刃先の先端半径と被削材の硬さの相関関係を重回帰分析で求めており,被削材が硬いほど構成刃先の先端半径が小さくなると報告している19)。今回のボロン添加SUS304鋼においてもこの関係があてはまるとすれば,添加ボロン量が少ないほど被削材は硬く,したがって構成刃先の先端半径は小さくなる。半径の小さい構成刃先先端部は欠けやすく,構成刃先本体から頻繁に分裂し被削材の切削表面に付着する。このため数多くの小さな付着物が生じたと考える。添加ボロン量が多くなると被削材の硬さが減少するため構成刃先の先端半径が大きくなり,先端部が分裂する頻度が減少する。したがって分裂した構成刃先による被削材表面の付着物の数は減少し,サイズは大きくなる。
以上まとめると,h-BN粒子分散による切削抵抗の減少に起因した構成刃先サイズの増加と固溶窒素による硬さの増加に起因した構成刃先の分裂サイズの減少の両方が切削表面粗さに関係する,ということになる。ボロン量の低い0B鋼,300B鋼ではh-BN粒子の分散量が少ないことから形成される構成刃先のサイズが小さく,しかも多量の固溶窒素によって304鋼より硬さが硬くなっていることから構成刃先の分裂サイズもより小さくなる。従って304鋼との比較においても良好な切削表面粗さを示したと考える。今後前述の構成刃先サイズ・形状へのh-BN粒子分散の影響を含めてさらに検討が必要である。
一方,304鋼とほぼ同程度の硬さを有する303鋼の切削表面粗さは他の被削材と比較して著しく劣化している。Fig.7に切削急停止試験20)によって採取した切削速度22 m/minでの304鋼(ボロン・窒素無添加)と303鋼の構成刃先を示す。構成刃先の観察位置は切屑幅の中央部断面である。同程度の硬さ,同じ切削条件にもかかわらず303鋼では構成刃先が大きく成長している。303鋼では快削成分であるMnSの分散による切削抵抗の減少が非常に大きいことから,h-BN粒子を分散させた場合以上に構成刃先が大きく成長できる。このような大きな構成刃先が分裂し,Fig.7(b)の丸印の部分で観察されるように仕上げ面表面に付着することで303鋼の切削表面粗さを著しく劣化させる,と考える。
Optical micrographs of build up edge (B.U.E.) obtained by the quick stop device during machining at a lathe turning speed of 22 m/min. (a) SUS304 and (b) SUS303. A larger build up edge is seen in (b) SUS 303.
切削表面粗さに限定すれば,窒素のみを添加しボロンを添加しない0B鋼が最も優れた切削表面粗さを示し,添加ボロン量の増加に伴い切削表面粗さが劣化するという結果が得られた。前報14)で述べたように0.016 mass%のボロン添加で切削抵抗の減少や切屑処理性の向上が確認できることから,特に切削後の表面粗さが重要となる用途においては被削性向上のためのボロン添加量を必要最小限に抑える必要がある。一方で0.093 mass%と今回試験を行った材料で最大量のボロンを添加した1000B鋼においても303鋼より優れた切削表面粗さを示すことから,h-BN粒子分散によるオーステナイト系ステンレス鋼の被削性向上の手法は切削表面粗さの観点からは硫黄添加による手法より優れている。
被削性改善の目的で六方晶窒化ホウ素(h-BN)を分散させたSUS304系オーステナイト系ステンレス鋼について,小型部品の製造を念頭に主に低速での旋削試験を行い,被削材の切削表面粗さに及ぼすh-BN粒子分散の影響を調べ,以下のような知見を得た。
(1)SUS304鋼に0.2 mass%の窒素と最大0.1 mass%のボロンを添加し再溶解することでh-BN粒子を分散させた304鋼が溶製できた。添加ボロン量が多くなるほどh-BN粒子の分散量が多くなる。
(2)窒素およびボロンを添加したSUS304鋼のビッカース硬さはSUS304鋼,SUS303鋼(硫黄快削ステンレス鋼)より高い値を示す。ボロン添加量の増加につれて硬さは低下する。
(3)窒素およびボロンを添加したSUS304鋼の低速旋削(切削速度22 m/min)における切削表面粗さはボロン添加量の増加にともない劣化する。しかし0.5 mass%以下のボロン添加材の切削表面粗さはSUS304鋼と同程度かより良好であり,またすべてのボロン添加材においてSUS303鋼より優れた切削表面粗さを示す。
(4)低速切削時の切削表面粗さの劣化は工具先端に形成される構成刃先が分裂し被削材表面に付着することに起因する。h-BN粒子分散SUS304鋼では切削抵抗の減少に伴う構成刃先サイズの増加と,固溶窒素による被削材の硬化に起因した構成刃先の分裂サイズの減少の両方が切削表面粗さに関係している。一方SUS303鋼では形成される構成刃先のサイズそのものが非常に大きいことにより切削表面粗さが著しく劣化する。
本研究では,被削材の溶製・熱間加工において当機構材料創製・加工ステーションの協力を,材料の化学組成分析において当機構材料分析ステーションの協力をいただいた。また財団法人池谷科学技術振興財団からは財政的な支援をいただいた。ここに謝意を表する。