Tetsu-to-Hagane
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Reduction Test of Hydrogen Sulfide in the Silty Sediment of the Fukuyama Inner Harbor Using Steelmaking Slag
Yasuhito MiyataAkio HayashiMichihiro KuwayamaTamiji YamamotoNorito Urabe
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2014 Volume 100 Issue 3 Pages 421-428

Details
Synopsis:

Environmental conditions suitable for growth of sulfate-reducing bacteria are provided by oxygen depletion due to decomposition of organic matter, and as a result, hydrogen sulfide is generated in enclosed coastal seas. It is highly toxic, depletes oxygen and generates blue tide. The purpose of this study is to evaluate the effects of removal of the sulfide in silty sediments by steelmaking slag. The silty sediments were collected in Fukuyama inner harbor located in the back of the bay part of Fukuyama Port, where odor trouble had caused by hydrogen sulfide generation. The steelmaking slag was placed on or mixed with the sediments in plastic containers with tight caps, and the water, sediment and hydrogen sulfide gas were monitored in a laboratory. The results showed that steelmaking slag reduced the dissolved sulfide in both the overlying water and the interstitial water in the sediment as well as the concentration of hydrogen sulfide gas. The analysis of SEM-EDX was suggested that iron sulfide was created on the slag surface immersed in the silty sediment. The results imply that applying steelmaking slag can effectively improve the water and sediment quality of coastal areas by capping on or mixing with the sediments.

1. 緒言

閉鎖性海域や入り江等では,水塊の滞留により内部で生成した有機物が堆積し,それらが分解され,貧酸素化することにより,硫酸還元菌の増殖に適した還元的環境が形成される。硫酸還元菌は海水中の硫酸イオンを使い,硫化水素を生成することが知られている1,2)。硫化水素は毒性が高く生物生息環境の悪化をもたらすほか,青潮の原因になる。東京湾を例にとると,多量の土砂採取による窪地が点在し,夏季に窪地底部において水塊が滞留することにより貧酸素化が進み,青潮が発生している2,3,4)

広島県福山市の福山港湾奥部に位置する福山内港(Fig.1)は,幅100 m×奥行2.2 kmで水深2~4 mの運河状の海域で,含水比が高く,有機物含有量の高い底泥(いわゆるヘドロ)が堆積する海域である5)。福山内港奥部には合流式下水処理施設があり,大雨時に未処理下水が越流し,有機物が底層部に蓄積する春から夏にかけて,湾奥部の底層が還元的になり,硫化水素による悪臭が発生することが問題視されており,その環境修復が求められている。

Fig. 1.

 Location of Fukuyama inner harbor.

製鋼工程から産出する鉄鋼スラグの1種である製鋼スラグについて,海域環境修復技術に関するいくつかの研究がなされている。製鋼スラグは年間1,500万 t程度発生し,道路用,土木用などとして利用されている6)が,高炉スラグのように物性や組成を活用した付加価値の高い用途は,充分開発されていなかった。しかし近年,20%程度含まれる鉄を活用した技術として,磯やけ対策7)や閉鎖性海域の底質改善8,9)への利用が報告されるようになってきた。とくに後者に関連し,実験室規模で製鋼スラグが海水中の硫化物と反応して溶存硫化物が低減することが報告されている10)。筆者らも,実海域の底質に小規模に塊状の製鋼スラグを敷設することで,天然石と比較して有意に間隙水中の溶存硫化物が低減することを確認している8)。これらの研究により,製鋼スラグが硫化物を抑制することが示され,そのメカニズムも次第に明らかになってきた11,12,13)

硫化水素生成量が多く,悪臭が問題となるような実海域の底泥を対象とした底質改善に関する検討は,石炭灰造粒物14,15)やカキ殻16,17)などを用いた事例があるものの,硫化水素ガスの発生抑制に関する検討はされていない。

そこで本研究では,福山内港でのフィールド実証試験の実施を見据えた実験室規模の試験として,福山内港から採取した底泥に対して,製鋼スラグを上置きまたは混合し,泥からの硫化物抑制および硫化水素ガスの発生低減効果を検討した。

2. 試験方法

2・1 使用材料

2010年9月に福山内港奥部の底泥(以下,単に「泥」と称する)を採取し,実験に供した。その外観をFig.2に,性状をTable 1に示す。硫化物濃度は水産用水基準18)(0.2 mg/g乾泥)の10倍以上を含有し,強い硫化水素臭を発した。また,CODも水産用水基準18)(20 mg/g)以上であった。

Fig. 2.

 Silty sediment sampled from Fukuyama inner harbor (Online version in color.)

Table 1. Properties of the silty sediment collected from Fukuyama inner harbor.
Water content ratio (%)Sulfide (mg/g)COD (mg/g)T-N (mg/g)T-P (mg/g)Ig/loss (%)
3402.3329.03.221.2313.4

実験に用いた製鋼スラグ(以下,単に「スラグ」)は,JFEスチール西日本製鉄所製で,粒度を5~10 mmに整粒したものである,スラグの外観をFig.3に,化学組成をTable 2に示す。スラグは,Fe,CaO,SiO2,Al2O3などを主成分とし,とくにFeおよびCa成分が多いのが特徴である。また,スラグとの比較のため,粒度を5~10 mmに整粒した天然石(御影石)も用いた。

Fig. 3.

 Appearance of steelmaking slag. (Online version in color.)

Table 2. Chemical composition of steelmaking slag.
T.FeSiO2CaOAI2O3MnOMgOP2O5TiO2S
17.529.333.06.08.74.93.81.20.13

2・2 製鋼スラグによる泥中の硫化水素発生抑制試験

2・2・1 試験方法

本試験は,広島大学竹原ステーション(広島県竹原市)にて,2011年10月5日から2012年3月27日まで実施した。スラグを泥に上置き(覆砂),または泥と混合した(Fig.4)。これらは実海域に製鋼スラグを適用する際の実際の施工方法を想定したものである。大型水槽(容量500 l)に30 l容量の円柱型の水槽を設置した。いずれも水温は制御しなかったが,各水槽間の水温条件の差を最小限に保持するため,Fig.4に示すように大型水槽に海水を導入した。試験区No.1は,水槽に泥を15.0 l計量して入れたのち,スラグを3.0 l(空隙込み)上置きした(以下,スラグ上置き区)。上置きしたスラグは自重で泥の表層に沈下したが,スラグ層の上面が泥の表面よりもやや高い位置で留まった,試験区No.2は,3.0 lのスラグを15.0 lの泥と混合した(以下,スラグ・泥混合区)。これは海底での現地混合または船上に泥を引き上げてスラグと混合し,再設置することを模擬したものである。試験区No.3は,試験区No.1の比較として,天然石3.0 lを15.0 lの泥に上置きした(以下,天然石上置き区)。試験区No.4は,上記3試験区の対照として,15.0 lの泥を水槽に入れた(以下,泥単体区)。これらの試験区に対して,竹原ステーション沖から汲み上げた砂ろ過海水を静かに容器の上端まで満たしたのち,パッキン付きの上蓋を被せ,重石を置くことで外気から遮断した。上記4試験区について1試験区につき3検体作製した。蓋には4 mm内径のタイゴンチューブを接続し,ろ過海水を通水した。福山内港外から流入する海水の平均滞留時間の推定値(5~6日)19)に基づき,通水量を3.0 l/日とした。上蓋のパッキンに小さい隙間を設けオーバーフローさせた。

Fig. 4.

 Experimental setting scheme. (Online version in color.)

2・2・2 サンプル採取と各種測定

試験開始15,27,40,68,122および172日後にサンプルを採取し,各種測定を行った。まず,上蓋と水面の隙間の気相について,上蓋の注水口のチューブに,ガス検知管(ガステック,4L,4LK,4LT)を接続して硫化水素ガスを測定した。その後,上蓋を取り外して直上水,上層の底質間隙水,および下層の底質間隙水をそれぞれ底質の表面から80 mm 上,10 mm下,および80 mm下の高さ(Fig.5の点線枠で示す位置)にて採取した。直上水については50 mlシリンジにて,底質間隙水は底質ごと採取し,ポリエチレン製遠沈管に底質を入れて遠心分離して抽出した。採取した底質間隙水および直上水について水温(泥温),pH(東亜ディーケーケー製,HM-30P),酸化還元電位(東亜ディーケーケー製,RM-30P),および溶存硫化物(光明理化学製北川式検知管,200SA,200SB)を測定した。

Fig. 5.

 Sampling points of water and gas. (Online version in color.)

2・3 泥に浸漬した製鋼スラグ粒子および泥の観察

福山内港において,2・2と同じ製鋼スラグを実海域の底泥中に浸漬した。4ヵ月間(2011年8月から2011年12月)浸漬後に回収した製鋼スラグ粒子について,付着した泥をペーパータオルにて軽く除去し,走査型電子顕微鏡−エネルギー分散型X線分光法(SEM-EDX,日本電子製))を用いて,Ca,FeおよびSの元素マッピングおよびFe,S各元素について線分析(約0.5 mm間隔で20点)を行った。製鋼スラグを浸漬した泥,および比較のため,泥と混合していないスラグについてもCa,FeおよびSの元素マッピングを実施した。

3. 試験結果

3・1 製鋼スラグによる泥中の硫化水素発生抑制試験

3・1・1 pHの推移

各試験区の底質間隙水および直上水の水温およびpHの経時変化をFig.6およびFig.7に示す。水温は試験期間中,注入ろ過海水の季節変動の影響を受けて変動したが,各試験区間の温度差は無く,条件は均一であった。

Fig. 6.

 Time changes of temperature in the interstitial water and the overlying water. ●: Slag capping, ■: Slag mixing with silty sediment, △: Natural stones capping, ◇: Control. (Online version in color.)

Fig. 7.

 Time changes of pH in the interstitial water and the overlying water. ●: Slag capping, ■: Slag mixing with silty sediment, △: Natural stones capping, ◇: Control. (Online version in color.)

スラグ上置き区のpHは,上層底質間隙水では7.7~8.3(平均値,以下同じ),下層間隙水では7.3~8.0,直上水では,7.6~8.2で推移した。スラグ・泥混合区では,上層底質間隙水では,7.5~8.3,下層間隙水では7.7~8.5,直上水では,7.5~8.1で推移した。いずれの試験区も8.5以下で,水酸化マグネシウムの生成によるいわゆる白濁・白沈20)が生じる値(約9.5)には至らなかった。天然石上置き区のpHは,上層底質間隙水および下層底質間隙水は6.8~7.3で,直上水ではpHは7.0~7.7で推移した。泥単体区のpHは上層底質間隙水および下層底質間隙水は6.8~7.3で推移し,直上水は7.0~7.4で推移した。

3・1・2 溶存硫化物

各試験区の直上水および底質間隙水の溶存硫化物濃度の経時変化をFig.8に示す。スラグ上置き区では設置直後を除き,上層底質間隙水は検出限界(0.5)~1.0 mg S/L,下層底質間隙水では0.6~7 mg S/L,直上水では全て検出限界未満で推移した。スラグ・泥混合区では,設置直後を除き,上層底質間隙水,下層底質間隙水および直上水において全て検出限界未満で推移した。これらに対し,天然石上置き区では,直上水は検出限界未満に抑えられたものの,上層間隙水は6~21 mg S/Lおよび下層間隙水は5~70 mg S/Lの溶存硫化物が検出された。泥単体区では設置直後を除き,上層間隙水は15~57 mg S/L,下層間隙水は16~150 mg S/L,直上水は2~10 mg S/Lの溶存硫化物が検出された。

Fig. 8.

 Time changes of dissolved sulfide in the interstitial water and the overlying water. ●: Slag capping, ■: Slag mixing with silty sediment, △: Natural stones capping, ◇: Control. (Online version in color.)

上記の結果より,スラグ上置き区,またはスラグ・泥混合区では,直上水中の溶存硫化物が,泥単体区と比較して抑制され,さらに底質間隙水中の溶存硫化物は天然石上置き区および泥単体区と比較して著しく低減することが確認された。その効果は試験期間の6ヶ月間継続した。天然石上置き区では,直上水への硫化物溶出の抑制効果は認められたが,底質間隙水中の硫化物の抑制効果は小さかった。

3・1・3 酸化還元電位

酸化還元電位の経時変化をFig.9に示す。スラグ上置き区では設置直後を除き,上層底質間隙水は−130~−60 mV,下層底質間隙水は−180~−110 mV,直上水は100~300 mVで推移した。スラグ・泥混合区では,上層底質間隙水は−240~−50 mV,下層底質間隙水は−210~−70 mVおよび直上水において85~300 mVで推移した。天然石上置き区では,設置直後を除き,上層底質間隙水は−160~−130 mV,下層底質間隙水は−170~−120 mV,直上水は100~300 mVで推移した。泥単体区では設置直後を除き,上層底質間隙水は−170~−130 mV,下層底質間隙水は−180~−130 mV,直上水は−50~80 mVで推移した。

Fig. 9.

 Time changes of ORP in the interstitial water and upperthe overlying water. ●: Slag capping, ■: Slag mixing with silty sediment, △: Natural stones capping, ◇: Control. (Online version in color.)

上記の結果より,上層底質間隙水においては,スラグ上置き区では他の3種の試験区と比較して酸化還元電位が高い傾向が認められた。直上水においては,スラグ上置き区,スラグ・泥混合区,および天然石上置き区の各試験区は,泥単体区と比較して高い酸化還元電位で推移した。一方,下層間隙水は各試験区間において有意な差は認められなかった。

3・1・4 硫化水素ガス

気相の硫化水素ガス濃度の推移をFig.10に示す。スラグ上置き区およびスラグ・泥混合区では,硫化水素ガスは一部を除き検出限界未満であった。これに対し,天然石上置き区は,測定時期によりばらつきはあるが,検出限界未満~3.7 ppm検知された。泥単体区では,検出限界未満~120 ppmの硫化水素ガスが検知された。

Fig. 10.

 Time changes of concentration of hydrogen sulfide gas above the seawater. ●: Slag capping, ■: Slag mixing with silty sediment, △: Natural stones capping, ◇: Control. (Online version in color.)

上記の結果から,製鋼スラグ上置き区および製鋼スラグ・泥混合区の各試験区において,他の2種の試験区と比較して硫化水素ガスの発生抑制効果が認められた。

3・2 泥に浸漬した製鋼スラグ粒子の観察

実海域の泥中に浸漬し後に回収した製鋼スラグの粒子表面および泥の走査型電子顕微鏡による観察結果およびCa,Fe,S各元素マッピングの結果をFig.11およびFig.12に示す。スラグ表面においては,FeとSの分布は良く一致したが,CaとSはほとんど一致しなかった。一方,泥はFe,SおよびCaはほとんど均一に分布しており,スラグ表面のようなFeとSの分布の一致は見られなかった。比較として泥と接触させていない未反応の製鋼スラグ粒子の観察結果をFig.13に示す。FeおよびCaとSの分布はほとんど一致していなかった。

Fig. 11.

 SEM image and EPMA elemental maps of the slag surface immersed in the silty sediment. (Online version in color.)

Fig. 12.

 SEM image and EPMA elemental maps of surface of the silty sediment after the slag particles were immersed in it. (Online version in color.)

Fig. 13.

 SEM image and EPMA elemental maps of the slag particle NOT immersed in the silty sediment. (Online version in color.)

Fig.11のSEM画像上に示した3本の線上でのFeおよびSの線分析(1本の線ごとに約0.5 mm間隔で20点)を行った結果を,SとFeの関係としてFig.14に示す。SはFe濃度が高い部位において検出され,FeとSのモル比が1よりも大きい傾向が確認された。

Fig. 14.

 Mass-% of S and Fe by line analysis of the slag surface immersed in the silty sediment. (Online version in color.)

4. 考察

4・1 製鋼スラグが間隙水および直上水pHに与える影響

スラグ上置き区およびスラグ・泥混合区とも,上層間隙水および下層間隙水のpHはいずれも泥単体区と比較して高い値で推移したが,最大でも8.5であった。直上水についても最大8.2と通常の海水と同程度であり,水酸化マグネシウムの生成によるいわゆる白濁・白沈20)が生じる値(約9.5)には至らなかった。pH上昇が軽微であった原因として,低pHの泥間隙水の影響を受けたこと,および製鋼スラグから溶出したカルシウムイオンの一部が泥中のシリカなどの成分との水和反応により消費されたことが推察される。なお,天然石上置き区についても直上水のpHが泥単体区に比べやや高いが,泥間隙水の直上水への拡散を物理的に抑制していたためと推察される。

4・2 製鋼スラグによる泥中の溶存硫化物低減に関わる反応

4・2・1 泥からの硫化物溶出

福山内港のように海底に有機物含有量の高い底泥が堆積する場所において,海底堆積物中での硫化物の生成は,①貧酸素状態の底泥中において,硫酸還元菌の作用により,海水中の硫酸イオン(SO42−)を利用して硫化水素が生成,②泥の底質間隙水または直上水中に溶存硫化物などとして溶解・溶出する21)ことによると考えられる。この硫酸還元菌の働きは還元的な条件で活発化することが知られている22)

4・2・2 スラグ表面および泥中の硫黄と鉄の分布

製鋼スラグの表面については,Fig.11の結果より硫化鉄が生成している可能性が高いと考えられ,これらの結果は,硫化ナトリウム水溶液と製鋼スラグを反応させたあとのスラグ表面のEPMA法による元素マッピング結果がスラグ表面部分で硫黄(S)と鉄(Fe)の分布が良く一致した11,12)ことと合致した。硫化鉄はFig.14の結果でFe/Sのモル比が1よりも大きかったことから,FeSが主体で,かつFeがSに対して過剰な状態であると考えられる。

4・2・3 酸化還元電位−pH図による平衡時の硫黄存在形態の検討

硫化物イオン20 ppmを含む人工海水のSに関する酸化還元電位−pH図12)に泥単体区の上層間隙水のpHと酸化還元電位の範囲をそれぞれ追記した図をFig.15に示す。また,Fe 5 ppbと溶存硫化物イオン20 ppmを含む人工海水中のSについての酸化還元電位−pH図12)にスラグ上置き区の上層間隙水のpHと酸化還元電位の範囲を追記した図をFig.16に示す。Fig.15より,酸化還元電位が低い還元雰囲気においてはH2S(aq.),HS(aq.)などの溶存硫化物がSの主要な存在形態であり,酸化還元電位が高い酸化雰囲気においては硫酸イオンが主要な形態であることが分かる。また,泥単体区の上層間隙水は,Fe欠乏状態と仮定すると平衡時には硫酸イオンがSの主要な存在形態となるが,溶存硫化物であるH2S (aq.)とHS(aq.)との境界に近い。一方,Fig.16よりFeの存在下では還元雰囲気下においてはH2S(aq.),HS(aq.)ではなくパイライトが,酸化雰囲気下では硫酸イオンが主要な存在形態と考えられる。また,スラグ上置き区の上層間隙水は,泥単体区に比べて,pHと酸化還元電位を高めるため,硫酸イオンが平衡時の主要イオンとなると考えられる。さらに,還元雰囲気下でも溶存硫化物が主要な生成物となりにくいと推察される。

Fig. 15.

 Eh-pH diagram of sulfur in artificial seawater.12) (Online version in color.)

Fig. 16.

 Eh-pH diagram of sulfur with iron in seawater.12) (Online version in color.)

以上より,スラグ上置き区により(1)上層間隙水のpHおよび酸化還元電位を高めること,および(2)Feが供給されることの2つの要因により,平衡時のSの主要な存在形態が変化することにより,溶存硫化物の生成が抑制されると推察される。なお,Fig.16においてFeの存在下で還元雰囲気下においてはパイライトが主要な生成物である。しかし,底質中の溶存硫化物と鉄の反応において,中間生成物として硫化鉄が生成すること23),およびFig.14に示したようにFeとSの存在比がモル比でFe/S≧1であったことから,中間生成物であるFeSが主体であったと推察される。

4・2・4 製鋼スラグと泥中の溶存硫化物の反応

筆者らのグループは,反応生成物の無反射X線回折分析および放射光分析を行った結果から,下記の式24,25)により,硫化鉄および単体硫黄11)が生成したと推定している。   

HS+Fe2+FeS+H+(1)
  
HS+2Fe3+S0+2Fe2++H+(2)

さらに酸素が存在する条件においては,下記の反応により硫酸イオンが生成した可能性がある。   

HS+2O2SO42+H+(3)
  
FeS+2O2Fe2++SO42(4)

本研究においても,スラグ上置き上置き区およびスラグ・泥混合区において,底質間隙水や直上水の硫化物が低減したこと,気相の硫化水素ガスの発生を抑えたこと,および4・2・2,4・2・3の結果から,硫化ナトリウム水溶液と製鋼スラグの反応生成物11,12)と同様に硫化鉄が生成した可能性がある。今後,詳細な検討により,泥中のSやFeの存在形態を明らかにする必要がある。

4・3 天然材による覆砂との比較

本試験において,比較材である天然石上置き区では,直上水中の溶存硫化物濃度は泥単体区と比較して低位で改善効果は認められたものの,底質間隙水においては泥単体区との差異が小さいことから,溶存硫化物の低減効果が小さい。また,気相中の硫化水素ガス濃度はスラグ上置き区およびスラグ・混合区よりも高かった。これらのことから,天然石は被覆効果に限られ,製鋼スラグのような泥中の硫化物の固定や酸化などの効果は期待できないと言える。

5. 結言

広島県福山市の福山港湾奥部に位置する運河状の海域である福山内港は,含水比が高く有機物含有量の高い底泥(いわゆるヘドロ)が堆積する海域であり,春から夏の硫化水素発生による悪臭が問題視されている。本研究では,福山内港でのフィールド実証試験の実施を見据えた実験室規模の試験として,福山内港から採取した泥に対して,製鋼スラグを上置きまたは混合し,泥中の溶存硫化物の低減効果について検討した。その結果,以下の知見が得られた。

1)製鋼スラグを泥に上置きまたは混合することにより,直上水および底質間隙水の溶存硫化物が低位となり,硫化物抑制効果が認められた。さらに,酸化還元電位は上昇傾向となったほか,気相への硫化水素ガス発生の低減効果も確認された。これらの効果は試験期間(6ヶ月)の実験期間中継続した。また,天然石は覆砂効果も確認されたが,底質間隙水中の硫化物の低減効果が少ないことから,物理的な覆砂効果に限定されると考えられた。

2)実海域の泥中に浸漬し,後に回収した製鋼スラグの粒子表面および泥の走査型電子顕微鏡による観察結果から,製鋼スラグ表面においてFeSが生成していると推察された。また酸化還元電位−pH図による検討から,製鋼スラグ上置きにより(1)上層間隙水のpHおよび酸化還元電位を高めること,および(2)鉄が供給されることにより,平衡時の硫黄の主要な存在形態が変化し,溶存硫化物の生成が抑制されると推察された。さらに硫化ナトリウム水溶液と製鋼スラグの反応の知見から11,12),鉄成分が溶出し,スラグ表面および泥中に硫化鉄が生成することにより,硫化物を固定している可能性が考えられる。今後詳細な検討により存在形態を明確にする必要がある。

3)以上のことから,硫化水素による悪臭が問題となっている海域への製鋼スラグ上置き(覆砂)または混合による溶存硫化物や硫化水素ガスの生成抑制の改善技術としての有効性が示唆された。

謝辞

本実験を遂行するにあたり,広島県土木部港湾課殿および東部建設事務所港湾課殿に有用なアドバイスをいただくとともに福山内港の底泥サンプル採取などの許可をいただいた。また,広島大学竹原ステーションの岩崎貞治殿には実験設備の提供ほか多くのサポートをいただいた,ここに記して謝意を表します。

文献
 
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