2014 Volume 100 Issue 4 Pages 434-444
Progress of hot metal treatment technology in Japan and scientific researches which supported the technology are outlined.
To meet the increasingly severe customer requirements for steel properties, integrated steelmakers developed technologies for purifying molten steel, centering on the divided refining process, consisting of hot metal treatment, BOF decarburization and secondary refining. The hot metal treatment processes were put into practice at almost all steelworks in the 1980 s.
Since the 1990 s, all companies have improved and restructured the hot metal treatment facilities, aiming at not only improvement of refining efficiency so as to achieve a higher degree of purity steel with higher productivity at lower cost, but also reduction in slag volume with the environmental problems taken into consideration.
The directions in which hot metal treatment technology is to be pursued in the future are also commented briefly.
溶銑予備処理技術は,需要家からの鋼材品質特性の飛躍的な向上要請に応えるべく,低りん鋼や低硫鋼といった高純度鋼を安定的に量産するために,わが国特有の技術としても開発され,大きく発展してきた。
分割精錬による溶銑脱硫,脱りんの高効率化を目的に開発された溶銑予備処理プロセスは,精錬容器として混銑車や鍋,転炉を使用し,1980年代までに鉄鋼各社でほぼ確立された。その後の厳しい経済環境下におけるコスト競争力の向上と環境規制強化にも対応し,さらには近年の鉄鋼需要拡大による高生産の状況下においても高効率精錬を維持するため,溶銑予備処理を含む一次精錬工程全体が再構築されてきた。
本レビューでは,溶銑予備処理技術の開発,発展の歴史および将来展望について述べる。
溶銑予備処理技術は,溶銑中に含まれるC,Si,Mn,P,Sといった不純物元素を要求される低濃度まで除去し,あるいは適正な濃度に調整して製品の鋼を製造するため,最も精錬効率が高い方法,設備,プロセスフローを目指して精錬機能を分割,統合することで発展してきた。
Tokuda1)や梅沢2)がまとめているように,古くはパドル法,ベッセマー転炉時代の溶銑脱りん技術3)が広い意味での溶銑予備処理技術のはしりと言える。強塩基性スラグを使用した高酸化性・低温での精錬が脱りんに有利な条件であることも,1860年代のパドル法の解析により見出され,1870年代に工業的に応用されている3)。これらの予備脱りん法は,トーマス法や平炉の発明により次第に駆逐され,平炉時代の溶銑予備処理の関心は平炉の生産性向上に寄与する脱珪技術となった。平炉から転炉への移行期には,転炉の脱りん能力に対する不安などから再び溶銑脱りんが試みられていった3)が,転炉の操業努力や溶銑Pの低位安定により当時の要求レベルが満たされたため必要性が薄れている2)。
1957年にLD転炉が導入されて以降の,日本における精錬機能の分化と技術の発展の経緯については,Shima4),雀部5),佐藤6)がまとめている。溶銑予備処理に関しては,自動溶接に対応可能な造船用厚板材や石油開発に伴うラインパイプ材といった低硫鋼のニーズ拡大から,まず,主要元素のうち唯一の還元精錬である脱硫処理が分離される開発が行われた。八幡製鉄(現・新日鐵住金)八幡や神鋼尼崎で実用化された揺動取鍋法3)を経て,機械式攪拌(KR,Kanbara Rector)法7)が1965年に富士製鉄(現・新日鐵住金)広畑で開発された。KR法は,精錬容器の大型化への対応力も備えていたことから,1970年代前半にかけて一旦は広く国内各所に普及した。その後,加工性や表面性状の問題から普通鋼に対する低硫化の要求も強まり,大量脱硫処理を目的として,ソーダ灰やCaC2を使用した鍋でのN2バブリング法も盛んに実施されるようになり,1971年には新日鐵(現・新日鐵住金)名古屋・堺で混銑車でのインジェクション脱硫法が実用化されている3)。
1973年の第一次オイルショックにより高度成長期は終焉を迎えて省資源,省エネルギー化時代が到来し,鋼材の品質要求厳格化への対応に加えて,鉄鋼製造プロセス自体の見直しによる高効率化も必要となった。日本独自の溶銑予備処理技術の先駆けとなったのは,1979年に新日鐵(現・新日鐵住金)室蘭で開発された溶銑予備脱珪と転炉精錬を組み合わせた分割精錬法(SMP法,Slag Minimum Refining Process)8)と言える。事前に溶銑Si濃度を低減することで脱りん操作が効率的になるとともに,一定量のスラグ下で精錬ばらつきを抑制することも,プロセス全体の高効率化に重要なポイントであることが認識された。
1980年代以降は,需要家からの鋼材品質特性の飛躍的な向上要請に応えるべく,高純度鋼を安定的に溶製するプロセスを確立していった時代である。一貫製鉄所の精錬工程には以下の3点の大きな変化が生じた。すなわち,(1)溶銑脱硫に加え,溶銑脱珪,溶銑脱りんを転炉精錬以前に行う溶銑予備処理プロセスが各製鉄所に様々な形態で開発・導入された。(2)製鉄所のニーズに応じた各種形態の転炉の複合吹錬化により,精錬反応特性の改善が進んだ。(3)高純度・高清浄度鋼の要求に応えるため,転炉精錬以降の二次精錬に新規あるいは改良された精錬法が各種開発・導入された。このように,大量溶銑予備処理,複合吹錬,および二次精錬を組み合わせ,高純度鋼,高清浄度鋼の効率的かつ安定的な大量生産を可能にする分割精錬が主流となった。
溶銑脱りん技術については,低りん鋼を製造する場合には,時間とコスト,温度を犠牲にして転炉精錬を二度行うダブルスラグ法等により対応していたが,極低りん化のニーズが年々高まるにつれ,溶銑段階で効率的な脱りんを行うための研究開発が進められた。Fig.11)に示すように平衡論的に同時に脱りん反応と脱硫反応が進行する酸素分圧が存在すること,Na2O系スラグを用いることで必要な脱りん率と脱硫率を同時に満足できること9),CaO系スラグでもCaF2やCaCl2を添加すれば同時脱りん脱硫処理が可能なこと10,11,12)が報告され,混銑車を精錬容器として使用した同時脱りん脱硫プロセスが開発された。これを皮切りに,様々な形態の溶銑予備脱りん脱硫処理プロセスが相次いで国内各社で開発された。
The relationship between the distribution ratio of phosphorous and sulfur and the partial pressure of oxygen at the slag- metal interface.1)
溶銑予備脱りん脱硫処理の精錬容器としては,混銑車,溶銑鍋および転炉の3つに大別できる。それぞれの予備処理方式の特徴を以下に示す。
a)混銑車方式
混銑車は溶銑輸送時の熱ロス低減を目的とした輸送容器として導入されたが,旧来から粉体吹込装置を装備し溶銑の脱硫や脱珪処理容器して利用されていた。輸送容器である混銑車を精錬容器として利用することで,大規模な設備の増設無しに予備処理を行える点が特徴である。輸送容器であるがゆえに,縦横比の小さい筒型形状であり,フリーボードも小さいことから,弱撹拌下で脱りんを進行させる必要があり,反応界面積を確保するために粉体インジェクション方式が取られる。
混銑車方式は,1982年5月にソーダ灰をフラックスとして使用したSARP(Sumitomo Alkali Refining Process)13)が住友金属(現・新日鐵住金)鹿島で稼働し,同年9月にはCaO-CaF2-CaCl2系スラグを使用した全量溶銑予備処理システム(ORP,Optimum Refining Process)14)が新日鐵(現・新日鐵住金)君津で稼働した(Fig.2)。その後,1983年に新日鐵(現・新日鐵住金)八幡15),1984年に川鉄(現・JFE)千葉16),1985年に神鋼加古川17)および川鉄水島(現・JFE倉敷)18)でも次々と実用化された。
Process flow of hot metal pretreatment by using a torpedo car.6)
混銑車方式では通常,高塩基度低酸化鉄濃度のスラグ条件で処理されるため脱りんと同時に脱硫も進行するが,完全な同時処理に加え,ソーダ灰等の脱硫剤を脱りん処理後に追加吹込したり,鍋脱硫設備を別途設けて脱硫する方法も開発された19)。
ソーダ灰系はフラックスコストが高価であり,後に機械撹拌式脱硫の効率の良さが見直されたことや,環境規制も相まって,現在ではCaF2やCaCl2の補助剤を用いない生石灰主体の処理が主流となっている。生石灰系スラグでの処理の場合,低りん化を指向したり処理中のスロッピングを抑制する観点ではスラグ中CaO/SiO2は2以上にするのが一般的である20)。
また,酸化鉄粉を脱りん用酸化剤として利用するため,鉄歩留は向上するが温度降下が大きく,熱源不足から転炉での鉄スクラップ使用量は制約を受ける。ランスから酸素ガスを吹き込み,酸化鉄を置換したり二次燃焼を活用したりする対策も行われたが,スラグがフォーミング傾向となるためフリーボードの小さい混銑車では限界がある21,22,23)。その一方で,転炉方式と比較すると,酸素供給速度は大きくできないものの,脱りん反応に対する酸素の利用効率は高い20)。
b)溶銑鍋方式
輸送容器を精錬容器として用いる点は混銑車方式と同じである。鍋型容器のため,混銑車よりも混合性が高く,高速処理が可能なことから,1980年代の溶銑予備脱りん脱硫処理の導入期に多くの研究開発がなされた24,25,26)。
実用化されたプロセスとしては,高炉鍋を用いる方式(Fig.3(a))と転炉への溶銑装入鍋を用いる方式(Fig.3(b))があり,前者は日本鋼管(現・JFE)福山27)および京浜28)で各々1985年と1986年に稼働し(NRP,New Refining Process),後者は新日鐵(現・新日鐵住金)大分29)で1986年に稼働した。福山,京浜では高炉−製鋼間軌条上で処理するのに対し,大分はターンテーブル上で脱珪スラグの排出,脱りん脱硫処理,処理後スラグの再排出を順次実施していく方式を採用した。溶銑鍋を使用するため,事前の溶銑脱珪で発生した低塩基度スラグの排出が容易であり,脱りんフラックスの使用量を少なくできるという利点がある。
Hot metal pretreatment process by using a ladle as a refining vessel at (a) Fukuyama and Keihin Works and (b) Oita Works.6)
脱りん剤はいずれもCaO系フラックスを用いており,酸素源は浸漬ランスからの吹き込みや上方からの添加による酸化鉄と,浸漬ランスもしくは別に設けたランスから吹き込まれる酸素ガスである。
混銑車と異なり,転炉吹錬単位の鋼種に対応した溶銑予備処理が可能であるが,鉄スクラップ使用量制約,フリーボード不足といった問題は共通である。しかしながら,大分では高速吹き込みでもスラグや溶銑の鍋外流出が回避できるように浸漬フリーボード方式を採用しており,京浜では強撹拌時のスラグ噴出防止対策として,高炉鍋と同一径で水冷メンブレン構造のリング状フードを鍋上に設置し,フリーボード不足の対策を取っている。したがって,混銑車方式と比べて,酸素源の供給速度が大きく,酸化鉄に対する酸素ガスの比率が高い。
c)転炉方式
1983年,神鋼神戸で既存転炉が初めて脱りん脱硫専用炉(H炉,Hot metal pretreatment furnace)(Fig.4)として使用された30)。これは,高炉鋳床で脱珪された溶銑をH炉に装入し,水冷酸素ランスの他に設置された粉体吹込用耐火物ランス(単孔横吹)からの石灰系フラックスの吹き込みにより脱りん処理した後,連続してソーダ系フラックスを吹き込んで脱硫処理をする方式である。精錬反応に有利な転炉の炉容積を活かした強撹拌により,脱りん脱硫処理合わせても15分以内での短時間精錬が実現できている。また,脱りん処理の際に塊状生石灰や転炉スラグなどの安価な石灰源を併用することも可能である。ただし,その後開発・導入された転炉型の溶銑予備処理法では浸漬ランスは省略されている。
Process flow of Hot metal pretreatment furnace.30)
1987年には,2基の転炉を用いて,脱炭炉のスラグを脱りん炉にリサイクルすることで効率的に脱りんする方法(SRP,Simple Refining Process, Slag Recycling Process)31)が住金(現・新日鐵住金)で開発されている。カスケード的にスラグを上工程へリサイクルして向流精錬を行うこともスラグ発生量の低減には重要である。脱炭滓の脱りん炉へのリサイクルにより,脱炭滓中のCaO分が生石灰の代替効果を有すると仮定すると全スラグ量は溶銑予備処理を実施しない場合に比べて55%程度まで低下できることが報告されている。
また,1989年には,粉体底吹き機能を有していた転炉を増強したLD-ORP(Optimized Refining Process)炉32)が新日鐵名古屋で開発された。この方式では,石灰石粉の底吹き羽口からの吹き込みを併用した溶銑脱りんに引き続き,ソーダ灰を吹き込んで溶銑脱硫を行っている。
転炉型溶銑予備処理方式は以下のような特長を有する。
①フリーボードが大きいので気体酸素の使用限界が広がり,鉄スクラップの使用量制約が緩和される。
②脱りん前の溶銑[Si] の許容幅が拡大し,吹錬条件によってスラグ中(FeO)も高位に維持できることから,低塩基度高FeO 濃度スラグによる脱りんが可能となる。
③底吹き強撹拌での高速送酸により,短時間での脱りん吹錬が可能で,脱りん吹錬において脱炭も進行するため,脱炭吹錬時間も短縮される。
④脱りん吹錬中の転炉排ガスを未燃焼回収することができる。
上述のように,種々の精錬容器を用いた溶銑予備処理プロセスの開発によって,各社で高純度鋼の安定かつ大量生産体制が1980年代までにほぼ確立した。この時代に日本で開発・導入された主な溶銑予備処理プロセスをTable 1に纏めておく。
Year | Hot metal treatment process | Company | Works | de [Si] | de [S] | de [P] |
---|---|---|---|---|---|---|
1962 | DM converter | Kobe | Amagasaki | Ladle | ||
1963 | Shaking Ladle | Yawata | Yawata | Ladle | ||
1965 | KR (Kambara Reactor) | Fuji | Hirohara | Ladle | ||
1971 | TPC de [S] | NSC | Nagoya, Sakai | TPC | ||
1979 | TPC de [Si] (SMP) | NSC | Muroran | TPC | ||
1982 | TPC treatment (SARP) | SMI | Kashima | TPC | TPC | TPC |
TPC treatment (ORP) | NSC | Kimitsu | BF | TPC | TPC | |
1983 | TPC treatment | NSC | Yawata | BF/TPC | TPC | TPC/Ladle |
BOF treatment (H furnace) | Kobe | Kobe | BF | BOF | BOF | |
1984 | TPC treatment (PTC) | Kawasaki | Chiba | BF | TPC/Q-BOP | TPC |
1985 | TPC treatment | Kobe | Kakogawa | TPC | TPC | TPC |
TPC treatment (PTC) | Kawasaki | Mizushima | BF/TPC | TPC | TPC | |
Ladle treatment (NRP) | NKK | Fukuyama | BF | Ladle | Ladle | |
1986 | Ladle treatment (NRP) | NKK | Keihin | BF | Ladle | Ladle |
Ladle treatment (ORP-M) | NSC | Oita | TPC | Ladle | Ladle | |
1987 | BOF treatment (SRP) | SMI | Kashima | Ladle | BOF | |
1989 | BOF treatment (SRP) | SMI | Wakayama | Ladle | BOF | |
BOF treatment (LD-ORP) | NSC | Nagoya | BOF | BOF | BOF |
(BF: Blast Furnace, TPC: Torpedo car, BOF: Converter)
1990年代後半以後になると,厳しい経済環境下におけるコスト競争力の向上と環境規制強化に対応し,さらには再び拡大した鉄鋼需要による高生産の状況下においても高効率精錬を維持するため,一次精錬工程の再構築とそのための新たなプロセス・技術の開発がなされてきた。この時期の一次精錬工程の開発動向を総括すると,以下の3点の特徴が挙げられる。すなわち,(1)溶銑脱硫工程の分離や脱りん精錬の改善による更なる精錬効率化,(2)精錬工程時間の短縮やスクラップ等の冷鉄源使用量の拡大による生産性向上,(3)事前脱珪の徹底,反応高効率化,スラグリサイクル等による発生スラグ量の低減である。
近年,地球環境に対する意識はますます高まり,製鋼においても,特に製鋼スラグの扱いが重要な課題となり,発生量そのものを削減する技術開発が進められた。更には,2001年に製鋼スラグ中フッ素の溶出基準が制定され,蛍石の使用が制限されるなど,スラグのリユースに際しての各種環境基準も厳しくなり,スラグ成分の見直しも進められた。世界的に議論の活発化したCO2削減についても,プロセスの高効率化や省エネの観点での取り組みが進められている。
溶銑脱硫に関しては,従来は適切なフラックスと酸素分圧の選定により,混銑車等の同一容器内で脱りんとともに行われる場合が多かった。しかしながら,主要元素の中で唯一の還元精錬であり,より効率的な高温,低酸素分圧下での精錬が可能な溶銑脱りん前での処理へと再び工程分離が進行した。
脱硫法としては,従来は生石灰,カルシウムカーバイド,ソーダ灰を利用したフラックスインジェクション法が主流であったが,2000年代前半までに高い脱硫能を持つCaO-Mg系フラックスによる脱硫法の導入,改善が進んだ19,33,34,35,36,37)。その後,機械攪拌方式であるKR法の精錬効率の高さが見直され38,39,40,41),多くの製鉄所でKR法の新規導入または増強が実施された42)。
溶銑脱りん工程についても,近年は精錬効率を高めたり,設備を増強することで大量処理を可能とし,処理比率が高められていった。1980年代から90年代にかけて開発された精錬容器として混銑車や溶銑鍋を利用した溶銑処理法は低りん低硫溶銑の安定製造を可能にした反面,低温精錬を必要とするため転炉への溶銑装入温度が低下し,スクラップ使用量が著しく制約を受けるようになった。そのため,近年は,転炉型脱りん方式が改善・開発され,ローカリティに応じた操業形態で採用されてきている42)。
転炉型溶銑脱りん方式は,フリーボードが大きいため,大量の酸素ガス使用が可能であり,鉄スクラップ使用量を拡大できる。また,上吹き高酸素流量と底吹き強撹拌を利用した短時間での溶銑脱りんが可能となる。さらに,スラグ中FeO濃度も高位に維持できることから,低塩基度スラグによる高酸素分圧下での脱りん操業が可能となり,フッ素(蛍石)レス精錬も容易となる。
低塩基度スラグによる溶銑脱りんとSRPの向流精錬の思想により,多機能転炉法(MURC,Multi-refining Convereter)43,44,45)が新日鐵(現・新日鐵住金)で開発された(Fig.5)。この方法では,一つの転炉で連続して脱珪・脱りん処理と脱炭処理が行われる。転炉の持つ強攪拌と高速送酸機能を利用して高酸素分圧下,低塩基度スラグでの高速溶銑脱りんを行うが,このときスラグをフォーミング状態とし,溶銑脱りん後に転炉を傾動して脱りんスラグを排出する(中間排滓)。中間排滓によりスラグのボリュームを減らした後に少量の石灰を新たに追加してスラグの塩基度を高め,脱炭処理および鋼材要求レベルまでの追脱りんを行う。脱炭処理後のスラグは全量または一部を炉内に残したまま出鋼し,高温状態のまま次回の脱りん処理へ使用して向流精錬を行うため,全体の石灰原単位が削減され,排出スラグ量も大幅に低減可能である45,46)。一つの転炉での処理であり,スラグのホットリサイクルによる顕熱利用も可能なことから,溶銑配合率は予備処理のない転炉一段精錬と同等に低減できる。また,脱珪・脱りん・脱炭のトータルの処理時間も大幅に短縮される。本法は脱りん後のスラグを炉傾動により排出するため,脱炭精錬へのキャリーオーバースラグの影響から極低りん鋼の溶製には不向きであるが,反面熱ロスを極少化できるという特徴を持つ。
Outline of MURC (Multi-refining converter) Process.43)
一方で,脱りん処理前に徹底して脱珪を行い,少ない石灰添加量でスラグのCaO活量を高めることで,脱りん反応の効率化を図ったプロセスがNKK(現・JFE)で開発されたゼロスラグ製鋼法(ZSP,Zero Slag Process)47,48)(Fig.6)である。この方法では,鍋脱珪プロセスの導入により脱りん前のSiを徹底除去し,Siフリーでの全量溶銑脱りん処理(転炉型および鍋型の併用)と転炉での専用脱炭処理が行われる。オープンレードル型鍋での効率的な攪拌により脱珪酸素効率を向上させるとともに,酸素ガスと酸化鉄の併用により脱珪処理後の温度制御を可能とし,熱ロスを抑えつつ0.1 mass%以下のSi濃度の低い溶銑を安定的に供給する。Si濃度の低い溶銑を用いることで,脱りん初期の段階でSiの酸化により反応生成する2CaO・SiO2として消費される生石灰を低減し,直接3CaO・P2O5を生成させることが可能となる。そのため,脱りん石灰効率の向上が図られ,大幅なスラグ量低減を達成している49)。また,本方法では,脱珪,脱りんを完全に分離,連続処理するため各工程で発生するスラグは単純な組成であり,例えば脱珪スラグはSiO2主体で緩効性肥料に,脱りんスラグはCaO主体であり,CO2付加によるブロック成型体の海洋での藻場材への応用など,その高付加価値化による利材化も推進されている。
Process flow of Zero Slag Process (ZSP).47)
粗鋼生産量が増加に転じる1990年代後半から,生産性拡大や環境対応の重要性が増したこともあり,上述のような各社・各製鉄所のローカリティに応じたプロセス変革も含めて,従来の混銑車や鍋方式の溶銑脱りん処理から転炉型溶銑脱りん方式へ変更した製鉄所が多い。転炉型溶銑脱りんプロセスの導入時期をまとめてTable 2に示す。NKK(現・JFE)では,1995年福山50)に,1998年京浜51)に転炉型溶銑予備処理炉(LD-NRP,LD converter-New Refining Process)が導入されており,鍋型NRPとの併用ではあるが,いずれもZSPでの脱りんプロセスとして構成されている。また,新日鐵(現・新日鐵住金)においても,還元反応である溶銑脱硫精錬を事前処理として分離したLD-ORPとともに,MURC法が相次いで各所に導入された。転炉型以外の脱りんプロセスを使用している製鉄所については,Kitamuraが纏めた文献42)を参照されたい。
Company | Works | The year of introduction |
---|---|---|
NSSMC | Muroran | 1995 (MURC)/1999 (LD-ORP) |
Kashima | 1987 (SRP) | |
Kimitsu | 1999 (LD-ORP)/2002 (MURC) | |
Nagoya | 1989 (LD-ORP) | |
Wakayama | 1989 (SRP) | |
Kokura | 2011 (SRP) | |
Yawata | 2002 (LD-ORP/MURC) | |
Oita | 1998 (MURC) | |
JFE | Keihin | 1998 (LD-NRP: ZSP) |
Fukuyama | 1995 (LD-NRP)→1998ZSP | |
Kobe | Kobe | 1987 (H furnace) |
また,一次精錬全体の最適操業化を目指した事例として,住金(現・新日鐵住金)和歌山では,転炉型脱りん専用炉を備えた,高品質かつ高効率での生産が実現可能な製鋼工場も建設された52,53)。上底吹き転炉方式での高速溶銑脱りん処理と吹錬9分,Tap-Tap20分の高速転炉脱炭を組み合わせ,効率的転炉レイアウトによる工場内一方向物流と脱りん炉高寿命化および短期間炉修による高稼働率の確保によるプロセスの高効率化により, エネルギーロスや生石灰使用量の削減が図られている。
転炉での溶銑脱りん精錬の高効率化に向けた技術開発も進み,排ガス情報による酸素バランス計算に基づき,処理中のスラグ中酸化鉄濃度を制御して安定して低りん化する技術54)や,上吹きランスから生石灰の粉体を吹き付けることで蛍石を使用しない場合でも生石灰の滓化を促進して低りん化する技術55,56)などの実用化が報告されている。
一方で,混銑車での脱りん処理においても,生産性向上や環境対応を指向した改善が行われている。JFEにおいては,Si濃度が高い溶銑でも石灰を過剰に使用せずに安定に処理を行うための技術として,脱りん処理場にピットを設け,混銑車の傾転機構を利用して処理中に開口部からスラグを流出させる流滓処理が実施されており,蛍石を使用しない低塩基度(CaO/SiO2=1.6)での操業も可能となっている57)。また,さらに酸素供給速度を増加させて脱りん処理時間を短縮するために,2本のランスから酸化鉄を分散供給する試みがなされている58)。こうして,混銑車方式においても,充分な溶銑供給下での大量生産下脱りん処理体制が確立された。
また,埋め立て用地の枯渇や有効利用先の限定により,発生スラグ量の低減が近年の重要な課題の一つとなった。製鋼スラグの減容化技術も,「製鋼スラグ極少化研究会」(日本鉄鋼協会)が発足した1997年頃から各社で活発に取り組まれ始めた。
製鋼スラグの製鉄所内リサイクルは外部へのスラグ排出量の低減に有効な技術である。溶銑予備処理工程へのリサイクルに関しては,脱炭スラグの混銑車方式溶銑脱りん工程59),転炉方式溶銑脱りん工程(前述のSRP法,MURC法)へのリサイクル,溶銑脱硫スラグの溶銑脱硫工程への熱間再利用60),アルミナを含む二次精錬スラグの転炉方式溶銑脱りん工程へのリサイクルによる滓化促進技術61)などが実用化されている。
事前処理としての溶銑脱珪もスラグ発生量の低減に効果があり,溶銑脱りんや脱硫の効率化だけでなく,溶銑脱珪を短時間に効率良く行うための改善技術も近年再び進んでいる。
上記の取り組み以前は,高級鋼種の増加により精錬負荷が増大するとともに,スラグ発生量は増加する傾向にあったが,脱りん,脱硫を適正条件で処理する溶銑予備処理法は,本来総スラグ発生量が低減するべきプロセスである。製鋼工程からの総スラグ排出量の極少化に向けて,溶銑脱珪,脱りん,脱硫の各精錬の高効率化とスラグリサイクルを含めたプロセスフローの最適化が今後も継続して進められると思われる。
鉄鋼精錬プロセスの多くは化学反応を伴う高温プロセスで,反応の最終地点である平衡状態に向かって進行する。この平衡状態は化学反応の正反応と逆反応の速度が等しい状態で,現在まで数多くの報告があり熱力学として整理されてきた。一方,実際の高温プロセスは時間的制約があるため平衡状態まで達しているとは限らず,また,複数の反応が同時に進行するため,その反応速度は非常に重要である。本節では,溶銑予備処理における脱りんおよび脱硫プロセスの平衡論および脱りん反応モデルに関して概説する。
4・1 溶銑予備処理反応の熱力学a)脱りん反応
メタル−スラグ間反応はO2–の移動を伴い,式(1)に示す酸化脱りん反応と式(2)に示す還元脱りん反応の2種が起こりうる。
(1) |
(2) |
これらの平衡定数は式(3)および(4)で表せる。
(3) |
(4) |
ここで,Kxは式(x)の平衡定数,(mass%M)はスラグ中のMの濃度,PO2は酸素分圧,aMはMの活量,fMはMの活量係数,PP2はりん分圧を示す。式(1)はりんが酸化除去され,スラグ中にPO43–として存在する酸化脱りんで,式(3)の分母にPO2項およびaO2–項があることから高酸素分圧および高塩基性スラグ環境が望ましい事が分かる。一方式(2)はスラグ中にP3–として除去される還元脱りんで,式(4)より低酸素分圧および高塩基性スラグ環境が望ましく,CaやCaC2をフラックスとする精錬手法が研究されてきた。還元脱りんで生成するスラグにはCa3P2が含まれ,水分と反応することで有毒なホスフィン(PH3)を生成するため注意が必要であるため,現在の精錬は酸化脱りんが主流である。以降酸化脱りんについて述べる。
メタル中のP分圧であるPP2は式(5)の平衡およびメタル中のP濃度[mass%P]から算出する。
(5) |
式(3)中の実測可能な項と実測不可な項毎に整理すると式(6)が得られ,これはフォスフェイトキャパシティーとして定義されスラグのりん酸イオンの吸収能を示す。
(6) |
この中で,平衡定数K1は温度の関数,酸素イオン活量aO2–は温度とスラグ組成の関数である。酸素イオンの活量すなわちスラグの塩基度が高く,PO43–の活量係数が小さいほど,キャパシティーの値は高くなる。このキャパシティーの値と式(3)の関係を用いて平衡分配比LPが算出出来る。
(7) |
ここで0.326はPとPO43–の分子量比である。
キャパシティーはスラグ固有の物性値で,現在までに数多く報告されており,その成果は2010年3月に製鋼反応に関する熱力学データブック「THERMODYNAMIC DATA FOR STEELMAKING」62)にまとめられている。多くの報告では,酸素分圧の制御下で溶鋼と溶融スラグをるつぼ内で長時間接触させ,平衡到達後のスラグ−メタル間のP分配比を測定している。この場合,溶鋼は炭素を含有しないため,鉄の融点以上の測定である。溶銑は炭素を4-5%含有するためその融点は低く,溶銑予備処理プロセスは1300 °C程度で操業されている。炭素含有鉄とFetO-CaO-SiO2系スラグが接触すると,スラグ中FeOが還元されCOガスが発生するため,炭素含有鉄と任意組成スラグの平衡りん分配測定は困難である。Iwasakiら63),Ito and Sano64),Murakiら65),Imら66),は固体純鉄箔と溶融スラグ間の平衡りん分配比を測定した後,りんの活量の基準を固体鉄中から炭素飽和鉄中に変換することにより,炭素飽和鉄−溶融スラグ間のりん分配比を求めている。その結果,低温,高C/S,高PO2,高(mass%FeO)で高りん分配比を持つという,溶鋼−溶融スラグと同様の傾向があることが明らかになった。しかし,溶鋼温度におけるPの活量係数の温度依存性67)を溶銑温度まで外挿すると誤差が大きいことが明らかにされた。また,溶銑とスラグ界面の酸素ポテンシャルは溶銑中のCではなく,スラグ中FeOに支配されると結論づけている63)。
b)脱硫反応
脱硫反応も脱りん反応と同様に式(8)(9)に示す酸化および還元反応が考えられ,式(10)(11)に示すサルファイドキャパシティおよびサルフェートキャパシティが提案されている。
(8) |
(9) |
(10) |
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これらの関係より,還元脱硫,酸化脱硫ともに高塩基度スラグが望ましい事が分かる。
脱りん68)および脱硫69)の酸素分圧依存性をFig.7に示す。脱硫反応は脱りん反応より高酸素分圧側に位置する。それぞれ酸素分圧の乗数に応じた傾きを持ち,変曲点より左側が還元精錬,右側が酸化精錬を示す。
Effect of PO2 on the LP and LS.
溶銑予備処理開発初期は同時脱りん脱硫が可能な精錬条件を検討しており,熱力学は大きく寄与した。現在は,より高純度化への要求および高生産性に答えるべく,①まず高温で酸素分圧の低い(C濃度の高い)段階で脱硫し,②次に低温で脱りんし,③最後に脱炭するプロセスの分離が進んだ。前述のとおり,脱りんプロセスは高塩基度スラグが有利であるため,事前の溶銑脱珪は高塩基度を維持したままでのスラグ量低減に有用である。しかしながら溶銑中Siは酸化反応による貴重な熱源でもあるので,ある程度のSiを残しつつ脱りんする方が効率的なプロセスも存在する。その場合,低塩基度化によるスラグ量低減が求められ,その代わりにスラグ中FeO濃度を確保して界面の酸素活量を高めるような酸素源供給の工夫がなされている。P分配は界面の酸素活量の2.5乗に比例するが,溶銑脱りんではメタル中のCが界面酸素活量を低下させるため,それを如何に高めるかが重要である。
b)マルチフェーズスラグの利用
近年環境負荷の観点からフッ化物を用いない石灰系フラックスの利用が推進されている。従来研究の多くはスラグを均一液相として取り扱ってきたが,フッ化物を使用しない実機スラグには固相CaOと液相スラグが共存する。この固相CaO−スラグ界面には層状CaO-FetO相および2CaO·SiO2(以下C2Sと記す)相が生成する70,71,72)。また,溶銑温度においてC2Sと3CaO·P2O5(以下C3Pと記す)は広い固溶領域をもち,りんが濃化した相を形成する73)。したがって,スラグ中のP2O5をC2S相に濃化することができれば,固液共存状態のフラックスによる効果的な溶銑脱りんが実現可能になる74)。平成17~21年に日本鉄鋼協会に「マルチフェーズフラックスを利用した新精錬プロセス技術研究会」75)が設置され,固相−液相共存フラックス,二液相共存フラックスなどを「マルチフェーズフラックス」と呼称し,鉄鋼製錬プロセスにおいてマルチフェーズフラックスを高度,高効率に利用するための研究が行われた。そこでは,多孔質固体CaO−溶融スラグ反応のその場観察76),CaO-SiO2-Fe2O3-P2O5-MnO-MgO系スラグ冷却時に晶出するC2S-C3P固溶体と液相スラグ間のりん分配比測定77),固体CaOとFetO-CaO-SiO2-P2O5系スラグ反応時の層状CaO-FetO相,C2S-高FetO濃度液相スラグ共存相生成挙動解明74),CaO-P2O5-SiO2-FetO系およびCaO-P2O5-CaF2-FetO系における4相共存領域の相平衡,二液相分離の重要性解明78,79),CaO-SiO2-R2O系融体の高温粘性測定80),熱伝導度測定81),溶銑脱りんモデルの開発82)などが行われた。
c)競合反応モデルによる溶銑脱りんシミュレーション83)
溶銑脱りん反応プロセスは酸素ポテンシャルの高いスラグと酸素ポテンシャルの低い溶銑との間で起こる反応で,実プロセスでは反応が熱力学的平衡まで進むことはほとんど無く,反応速度が重要である。そこでは,脱りんだけでなく,脱硫,脱炭,およびSi,Mn,Feの酸化還元反応が同時に進行する。この複合反応を反応速度論に基づいて解析する手法として競合反応モデル83)が知られている。このモデルではスラグは均一液相とし,スラグ液相/メタル間反応は物質移動律速と仮定している。競合反応モデルの概要を以下に示す。
①スラグ液相/メタル界面で複数の反応が同時進行する。
②スラグ液相/メタル界面の化学反応は十分早く,式(12)に示す酸化還元反応毎に式(13)に示す化学平衡EMが成立している。
(12) |
(13) |
ここで,aOは酸素活量,Cは液相スラグ中の全モル数,fMはMの活量係数,KMは式(12)で示したMの酸化還元反応の平衡定数,fMOnはMOnの活量係数で,上添えbはバルク,*は界面を示す。また,下添えLはスラグ液相を示す。
③各反応速度は物質移動が律速しており,その反応速度(物質移動速度)は式(14)で表せる。
(14) |
ここで,JMはM元素のモル流束(mol/(m2·s)),km,ksはメタル側,スラグ側の物質移動係数(m/s),ρm,ρsはメタル,スラグの密度(kg/m3),MM,MMOnはMの原子量,MOnの分子量を示す。これらの関係式から各元素のモル流束が計算でき,スラグ,メタルの全成分の変化が計算できる。
さらにKitamuraら82,84,85,86)は上述の競合反応モデルに固相晶出と固体酸化物溶解を組み込んだマルチフェーズ利用溶銑脱燐反応モデルを開発した。このモデルでは,スラグ固相/スラグ液相/メタル相の3相を考慮し,スラグ液相とメタル相間の反応に加えて,スラグ組成変化に伴う固相の晶出・消滅と,添加した酸化物(フラックス)の溶解を考慮している。以上のモデルによる計算結果は70 kg規模の溶銑脱りん実験結果を比較的よく再現し,フラックスや酸化剤添加方法やスラグ組成が大きく変化した実験条件であっても,ほぼ適用が可能であることを示した。また,フラックス添加速度,CaO/SiO2比,FeO供給速度,攪拌ガス流量などを変化させた感度解析を行った結果,溶銑脱りんを効率的に進めるには固相析出を考慮した適正な塩基度の設定,酸化剤やフラックスの添加速度と攪拌力との適正な組み合わせ条件が必要である事が示唆された82)。本モデルは「マルチフェーズ利用による溶銑脱燐プロセスシミュレーション研究会」(座長:伊藤公久教授(早稲田大学))に引き継がれ,より精緻な製鋼精錬反応モデルが作成され87),ユーザーインターフェースをもった汎用ソフトとして配布されている。
溶銑予備処理プロセスは鉄鋼生産の高効率化達成のために導入され,これまでに述べてきた種々の取り組みがなされてきた。鉄鋼製品のさらなる高品質化が求められる中,鉄鉱石の低品質化に伴う溶銑中不純物濃度の増加が予想され,溶銑予備処理の負荷は今後ますます大きくなると予想できる。この要求を満たしつつ,環境問題の観点からスラグ発生量削減や,CO2排出の原因となる生石灰使用量削減を達成する必要がある。今後取り組むべきいくつかの課題は大きく分けて2種考えられる。
①現行プロセスの高効率化のための単位操作の解明
②鉄鋼プロセスの抜本的見直しを含めた新プロセスの創成
5・1 現行プロセスの把握および高効率化のための単位操作の解明現在までに平衡論,速度論の研究は数多く行われてきた。その成果を融合させたものの一例が前述のマルチフラックスによる溶銑脱りんモデル82,83,84,85,86,87)で,溶銑脱りんプロセスの把握,プロセスの問題点および高効率化のヒントを得るのに有用である。このモデルには単に実験結果への合わせこみだけで決定したパラメータが含まれており,より汎用性なものにするためには,これらのパラメータを記述できる実験式又は理論式の導出が必要である。また,このモデル内で用いた生石灰溶解速度はMatsushimaら88)の実験から導かれた式で算出しているが,彼らの実験結果では20分の溶解で半径減少量は1 mm程度と報告している。これに対し,実操業では10分程度で数cm径の生石灰が溶解しており,精錬プロセスを模擬できているとは言い難い。松島らの溶解速度が遅い理由として,回転試験法を用いた測定のため,溶解試験に供した生石灰が緻密であることが挙げられる。実精錬で使用する生石灰は多孔質でもろい。また,Maruokaら89)は実精錬で使用する生石灰のスラグへの溶解速度がCaO焼結体の溶解速度よりも高速であることを示している。また,実精錬で使用する生石灰溶解時にはガス発生を伴うことを報告しており,生石灰中に残留するCaCO3が熱分解することでガスが発生し,生石灰表面に生成した2CaO・SiO2相を破砕することで溶解速度が高速化する可能性を示した。
このように実験室規模でよく理解・整理された現象でも実精錬プロセスと乖離している場合もあり,より高精度のモデルの開発のためには各単位操作のより精緻な調査・記述が重要である。
5・2 鉄鋼生産プロセスの抜本的な見直しを含めた新プロセスの創成現在の高炉−転炉法による製鉄法は生産効率を求めて最適化されてきた。高炉はより大量により高速に鉄鉱石を還元することに重点を置き,溶銑に含まれる不純物は製鋼工程で除去するという分業体制である。そのため,炭素飽和である高炉炉床の酸素分圧は低すぎ,鉱石中のほぼ全量のPと一部のSiが還元し,不純物として溶銑に混入している。高炉,またはその他の鉄鉱石還元プロセスで酸素分圧の制御や,他の手法で不純物還元が抑制出来れば不純物含有量の少ない溶銑を得ることが可能になり,溶銑予備処理プロセスの負荷軽減,または溶銑予備処理プロセスそのものの削減が可能で,結果として大幅なコスト,エネルギー消費,スラグ排出,CO2排出削減が期待できる。今後はこのような製銑−製鋼の知見を柔軟に融合させたプロセス開発が重要であると考えている90,91,92)。
鉄鋼生産の高効率化のため溶銑予備処理プロセスは導入され,進化を遂げてきた。今後は鉄鋼材料の高品質化,鉄鋼原料の低品位化,スラグやCO2排出量削減などの環境調和のためにその需要はさらに高まると考えられる。製鋼精錬プロセスの更なる高効率化はもちろんのこと,例えば製銑工程での不純物還元抑制など,製銑−製鋼一貫視点からの技術融合の取り組みも必要と考える。
本レビューは,企業研究者が実プロセスに関する技術の変遷を中心に,大学研究者がそれを支えた科学技術と今後の展望を中心に執筆を行った。諸先生,先輩方の多大な偉業を充分に記述できたとはとても言い難いが,若い研究者が「産学連携」のもと,今後革新的な精錬プロセスを創造し,開発するための一助となれば幸いである。