2014 Volume 100 Issue 5 Pages 696-703
Tensile properties of 12% nickel steel plates, which were tempered at various temperatures, were examined at 0 ºC, –90 ºC, and –196 ºC. This research was intended to compare the strain hardening behavior of these steels, which reveals good fracture toughness and inferior fracture toughness, and to clarify the influence of work induced martensitic transformation on strain hardening behavior of nickel bearing cryogenic steel. The strain hardening behavior was divided into two categories. One is that the maximum strain hardening appears just after yielding, then the strain hardening gradually decreases with increasing strain. The other is that the strain hardening increases just after yielding with the increase of strain, then it gradually decreases. In the case of 12% nickel steel, which is tempered at optimum temperature and possesses superior fracture toughness, retained austenite is transformed to martensite in the early stage of plastic deformation, then the gradual increase of strain hardening is derived. It leads to the higher strain hardening in total. On the other hand, in the case of 12% nickel steel, which is tempered at higher temperature and possesses inferior fracture toughness, a part of retained austenite was transformed to martensite in elastic region, then the high strain hardening appears just after yielding, but strain hardening quickly decreases with increasing strain.
フェライト系の鋼材にNiを添加すると低温靭性が改善する1)ことは古くから知られており,その原因は,フェライト中に固溶したNiにより転位の易動度が改善する2)ためとされている。6~9%Ni鋼のように多量のNiを含有する鋼材では,前記の固溶Niの効果に加えて,安定な残留オーステナイトが靭性改善に寄与しているとの指摘3,4)が多い。
残留オーステナイトが低温靭性を向上させる機構として,脆化相低減5,6),応力緩和7),衝撃吸収4),細粒化8)など種々のものが提示されているが,定説はないのが現状である。著者は,この機構を解明するためには,脆性破壊の駆動力となる変形応力と残留オーステナイトの関係を解明すること,具体的には,ひずみの増大に伴って残留オーステナイトの加工誘起変態が生じる時期と,残留オーステナイトのマルテンサイト変態がひずみ硬化挙動に及ぼす影響を明らかにすることが重要と考えた。
前報9)では,ニッケル量を0~12%まで変化させた供試材を用いて低温引張試験を行い,残留オーステナイトの加工誘起変態とひずみ硬化挙動の関連を調査した。その結果,8%,12%のニッケルを含有し,かつ焼入れ・中間熱処理・焼戻しで製造して熱的に安定なオーステナイトを大量に生成させた鋼材でも,−196 °Cでは僅か10%程度のひずみで大半のオーステナイトがマルテンサイト変態することを確認した。また,これらの供試材の変形中のひずみ硬化の変化は大きく2種類に大別され,ひずみ硬化率がひずみの増大とともに一様に減少する一般的形態のほかに,ひずみ硬化率が降伏後に増大して最大値を示した後に減少する挙動を確認した。後者のひずみ硬化挙動は,8%Ni鋼,12%Ni鋼など,熱的に安定な残留オーステナイトを含有する鋼にみられ,極低温においても高いひずみ硬化率が現れた。極低温におけるひずみ硬化率の増大は,固溶Niによる効果に加えて,残留オーステナイトのマルテンサイト変態による硬質第二相の生成によっても生じることがわかった。
本報では,前報に引き続いて,残留オーステナイトによる靭性改善機構を解明するための基盤的知見を得ることを目的として,焼戻し温度を変えて残留オーステナイトの量と安定性を変化させた場合の,残留オーステナイトの加工誘起変態挙動とひずみ硬化挙動との関連性を調査した。9%Ni鋼の組織と機械的特性に及ぼす焼戻し温度の影響に関する知見は多く,たとえばOoka and Sugino10)は,9%Ni鋼の焼戻しで現れる脆化は,高温焼戻しではオーステナイトのマルテンサイト変態に起因する脆化であり,低温焼戻しでは粒界破壊を特徴とする焼戻し脆化であると指摘した。高温焼戻しで生成した残留オーステナイトは低温や僅かな塑性変形のもとでマルテンサイト変態して靭性を低下させる,という指摘は数多くされているが,どのような機構で脆性破壊が発生するかは明らかになっておらず,それに資する直接的な観察例はほとんどない。
本研究では,種々の焼戻し温度で製造した鋼板を用いて,低温での変形挙動,特に残留オーステナイトのマルテンサイト変態に伴うひずみ硬化挙動の相違について検討を行った。
供試材としてNi添加鋼を使用した。あわせて比較材としてCr・Mo添加鋼を用いた。化学成分をTable 1に示す。Ni添加鋼のNi量は,極低温での不安定破壊を避けるため12%とした。Cr・Mo添加鋼の成分は,熱処理後にNi添加鋼とほぼ同程度の強度となるように決定した。実験室での真空溶解により製造した20 kgインゴットを熱間圧延で板厚20 mmの鋼板とした後,Table 2に示す熱処理を行った。12%Ni鋼は,900 °Cに加熱後に焼入れを行い,さらに530 °Cから680 °Cの範囲で焼戻しを行った。Cr・Mo添加鋼は,900 °Cでの焼入れ,630 °Cでの焼戻しを行った。焼戻し脆化の影響を極力避けるため,焼戻し後は水冷を行った。なお,−196 °Cでのオーステナイトの安定性を評価するため,12%Ni鋼については液体窒素に1時間浸漬する深冷処理を行った試験片も別途用意した。
C | Si | Mn | P | S | Ni | Cr | Mo | V | B | Al | N | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Steel A | 0.05 | 0.10 | 0.40 | 0.0080 | 0.0017 | 12.1 | 0.031 | 0.0027 | ||||
Steel B | 0.12 | 0.28 | 0.91 | 0.0079 | 0.0024 | 0.78 | 0.34 | 0.017 | 0.0011 | 0.030 | 0.0027 |
Code | RQ | T | |
---|---|---|---|
Steel A (12%Ni) | 12Ni-RQ | 900 ºC×30 min., WQ | – |
12Ni-RQ-T530 | 900 ºC×30 min., WQ | 530 ºC×30 min., WQ | |
12Ni-RQ-T580 | 900 ºC×30 min., WQ | 580 ºC×30 min., WQ | |
12Ni-RQ-T630 | 900 ºC×30 min., WQ | 630 ºC×30 min., WQ | |
12Ni-RQ-T680 | 900 ºC×30 min., WQ | 680 ºC×30 min., WQ | |
Steel B (Cr-Mo) | CrMo-RQ-T630 | 900 ºC×30 min., WQ | 630 ºC×30 min., WQ |
RQ: Reheat quenching T: Tempering WQ: Water quenching
熱処理後の鋼板から光学顕微鏡観察用,X線回折用の試験片を採取して組織調査を実施した。光学顕微鏡観察用試料は鋼板の板幅方向に垂直な面を切り出し,ナイタールエッチングした後に板厚中央部の観察を行った。あわせて同部位のビッカース硬さ測定を荷重98Nで実施した。X線回折試料は板面に平行で板厚方向中央部が測定面となるように採取して,鏡面研磨ののち表面加工層除去のため化学研磨を行った。X線回折はMo管球を使用してオーステナイト体積分率の定量を行った。定量にはα相の(200)(211)回折ピークの積分強度とγ相の(200)(220)(311)回折ピークの積分強度を用いてオーステナイトの体積分率を計算し,6組の測定値の平均値を算出した。
熱処理板の強度評価として引張試験を行った。引張試験には,直径6 mm,標点間距離30 mmの丸棒引張試験片を,板厚の中央部から,圧延方向に平行に切り出した。標点部にはツバ加工を施し,ツバ部に取り付けた治具を介して作動トランスで伸び変形量を計測した。試験は0 °C,−90 °C,−196 °Cの3温度で実施し,各温度において試験片破断まで引張変形させた。材料と試験温度のすべての組合せにおいて2回の試験を行った。再現性は良好であり,2本の試験片の引張強さの相違は1%以内であった。一部の供試材に対しては,同試験温度で引張途中除荷試験を行った。数段階のひずみレベルまで変形させた後,除荷を行い,除荷後の試験片から切り出した試験片中心縦断面に対して,素材と同様にX線による残留オーステナイト体積分率の測定を実施した。
焼戻し温度と靭性の関係を把握するため,シャルピー衝撃試験を行った。2 mmVノッチシャルピー試験片を,板厚の中央部から圧延方向と垂直な方向に切り出した。試験温度−196 °Cで各3本の試験を行った。
光学顕微鏡観察結果をFig.1に,X線回折により測定した残留オーステナイトの体積率と焼戻し温度の関係をFig.2に示す。12Ni-RQは焼入れままのマルテンサイト組織であり,残留オーステナイトをほとんど含まない。Steel A(12%Ni鋼)の昇温速度0.1 °C/sにおける変態温度はAc1=571 °C,Ac3=678 °Cである。焼戻し時に680 °Cに加熱された12Ni-RQ-T680も,大部分が焼入れままマルテンサイト組織である。12Ni-RQ-T530と12Ni-RQ-T580は焼戻しマルテンサイトを主体とする組織であり,それぞれ約1%,5%の残留オーステナイトを含む。12Ni-RQ-T630は焼戻しマルテンサイト,焼入れままマルテンサイトと約6%の残留オーステナイトの混合組織である。Steel A(12%Ni鋼)の残留オーステナイトは,いずれも焼戻しままと深冷処理後(−196 °C×60min)でほとんど体積率に変化が無く,熱的安定性が高い。一方,Steel B(Cr-Mo鋼)は焼戻しマルテンサイト組織であり,オーステナイトは検出されなかった。
Optical micrographs of steels tested.
Relationship between volume fraction of retained austenite and tempering temperature.
シャルピー衝撃試験結果をFig.3に示す。焼戻し温度530 °Cと580 °Cでは吸収エネルギーが200 J程度,脆性破面率が0%であり,これらの温度はシャルピー衝撃特性にとって最適な焼戻し温度といえる。一方,焼戻し温度を上げて630 °C,680 °Cにすると,吸収エネルギーが低下しており,最適温度よりも高温の焼戻しではシャルピー衝撃特性が低下する。
Effect of tempering temperature on absorbed energy.
0 °C,−90 °C,−196 °Cで行った引張試験の公称応力−公称ひずみ曲線をFig.4に示す。応力−ひずみ曲線の形状は明瞭な降伏棚を示さないラウンド型と,明瞭な降伏棚を示す降伏棚型に大別でき,組織に焼入れままマルテンサイトを含む12Ni-RQ,12Ni-RQ-T630,12Ni-RQ-T680がラウンド型,焼戻しマルテンサイトを主体とする12Ni-RQ-T530,12Ni-RQ-T580,Cr-Mo-RQ-T630が降伏棚型であった。0.2%耐力,引張強さと焼戻し温度の関係をFig.5に示す。Steel A(12%Ni鋼)の0.2%耐力,引張強さは,焼戻し温度の上昇に伴って低下し,下限値を示したのち再び上昇する。下限値を示す焼戻し温度は0.2%耐力の方が引張強さよりも高く,傾向はOoka and Suginoの報告10)と一致した。各供試材の0.2%耐力の試験温度依存性をFig.6に示す。いずれの供試材においても,試験温度の低下により0.2%耐力は増大している。Steel A(12%Ni鋼)とSteel B(Cr-Mo鋼)を比較すると,Steel Aの方が0.2%耐力の試験温度依存性が小さい。4%までのNi添加鋼に関しても同様の傾向が報告されている11)。
Stress-strain curves of steels tested.
Variations of 0.2% proof stress and tensile strength against tempering temperature.
Temperature dependence of 0.2% proof stress of steels tested.
一般に鋼材の降伏比(降伏強度/引張強さ)は低強度材で低く,高強度材で高くなることが知られている。Fig.7に降伏比と0.2%耐力の関係を示す。図中のプロットをつなぐ矢印は,0 °C,−90 °C,−196 °Cと試験温度が低下した場合の変化を表しており,図には普通鋼で得られている結果も比較のために示した。Steel B(Cr-Mo鋼)の降伏比は概ね普通鋼の範囲内にある。これに対してSteel A(12%Ni鋼)は普通鋼の範囲から外れるものがある。12Ni-RQ,12Ni-RQ-T630,12Ni-RQ-T680の降伏比は普通鋼の範囲から大きく外れ,降伏比が低い。これらは,Fig.4においてラウンド型の応力−ひずみ関係を示した,焼入れままマルテンサイトを含む組織からなる鋼材である。このなかでも,残留オーステナイトを約6%含む12Ni-RQ-T630では,−196 °Cでも降伏比が0.65程度と著しく低かった。一方,12Ni-RQ-T530および12Ni-RQ-T580は普通鋼と同等の範囲にあるものの,残留オーステナイトを5%程度含む12Ni-RQ-T580は,試験温度の低下によって降伏比が低下するという,他の鋼材と逆の傾向がみられた。
Relationship between 0.2% proof stress and yield-to-tensile ratio in steel tested. (The gray-colored plots show the data of plain steel.)
引張試験の応力ひずみ関係よりひずみ硬化率を算定した。円柱状試験片の体積が変形前後で一定と仮定して,公称応力から真応力を算定した。真応力と真ひずみ曲線の勾配をひずみ硬化率とした。ひずみ硬化率と真ひずみの関係を真応力真ひずみ関係とともにFig.8~Fig.12に示す。ここでは,残留オーステナイトとの関連性を議論するためSteel B(Cr-Mo鋼)の結果は割愛した。12Ni-RQ-T580,12Ni-RQ-T630については,残留オーステナイト体積率の変化もあわせて示した。
Changes in strain hardening and true stress as a function of true strain (12Ni-RQ).
Changes in strain hardening and true stress as a function of true strain (12Ni-RQ-T530).
Changes in strain hardening and true stress as a function of true strain (12Ni-RQ-T580).
Changes in strain hardening and true stress as a function of true strain (12Ni-RQ-T630).
Changes in strain hardening and true stress as a function of true strain (12Ni-RQ-T680).
12Ni-RQのひずみ硬化率をFig.8に示す。試験温度0 °C,−90 °C,−196 °Cともに,ひずみ硬化率は降伏直後に高い値を示し,ひずみの増大とともに急激に減少した。試験温度によるひずみ硬化率の相違は小さかった。
12Ni-RQ-T530のひずみ硬化率をFig.9に示す。降伏直後に最大のひずみ硬化率があらわれ,その後ひずみの増大とともに単調に減少した。降伏直後にあらわれる最大のひずみ硬化率は温度によらず同程度であるが,試験温度が低いほど,ひずみの増大に伴うひずみ硬化率の減少が小さかった。
12Ni-RQ-T580のひずみ硬化率をFig.10に示す。0 °Cで約5%存在する残留オーステナイトは熱的に安定であり,−196 °Cの深冷処理後もその量はまったく変化しなかった。試験温度0 °Cでひずみを付与すると,緩やかに変態がすすみ,真ひずみ0.11の付与により1.9%にまでオーステナイト量が減少した。試験温度−196 °Cでは変形前に4.4%存在した残留オーステナイトが真ひずみ0.04までの間に0.9%に減少した。これに対応してひずみ硬化率の増大がみられ,さらにひずみが増大するとひずみ硬化率が緩やかに減少した。このような,降伏後のひずみ増大によるひずみ硬化率の増大は,12Ni-RQ-530の全試験温度や,12Ni-RQ-T580の試験温度0 °C,−90 °Cでみられる,降伏直後にひずみ硬化率の極大値が現れたあと単調減少するものとは明らかに形態が異なる。また,試験温度が低いほど,ひずみ硬化率は高かった。
12Ni-RQ-T630のひずみ硬化率をFig.11に示す。ひずみ硬化率の変化は12Ni-RQに類似していたが,ひずみ硬化率は12Ni-RQよりも高かった。0 °Cで約6%存在する残留オーステナイトは熱的に安定であり,−196 °Cの深冷処理後もその量は変化しなかったが,ひずみを付与すると,真ひずみでわずか0.004までの間に急激に減少した。ひずみ硬化率は塑性変形初期からきわめて高い値を示し,ひずみの増大とともに急激に減少した。試験温度が−196 °Cの結果は,他に比べて高いひずみ硬化率を示した。
12Ni-RQ-T680のひずみ硬化率をFig.12に示す。ひずみ硬化の形態は12Ni-RQに類似であった。試験温度0 °C,−90 °C,−196 °Cともに,ひずみ硬化率は降伏直後に高い値を示した後,ひずみの増大とともに急激に減少した。試験温度が低いほど,高いひずみ硬化率を示した。
以上の結果をまとめると,ひずみ硬化率は,降伏直後に最大値を示した後,ひずみの増加とともに単調に減少する一般的傾向を示した。これに対して,12Ni-RQ-T580の試験温度−196 °Cだけは,降伏直後の0.02から0.04のひずみ領域でひずみ硬化率が一旦増大して最大値を示した後,徐々に低下して比較的高いひずみ硬化が高いひずみまで維持される傾向を示した。
塑性変形域におけるひずみ硬化の程度はひずみ集中に変化をもたらすため,結果として均一伸びが変化することが知られている。各試験温度での均一伸びとひずみ硬化率の関係をFig.13に示す。ひずみ硬化率は,代表値として真ひずみが0.04における値を用いた。均一伸びが真ひずみ0.04未満であらわれる12%Ni-RQの試験温度0 °C,−90 °Cについては,Fig.8の外挿値を用いた。また,各プロットを結ぶ矢印は,Fig.7と同様に0 °C,−90 °C,−196 °Cと試験温度が低下した場合の変化を示している。均一伸びはひずみ硬化率に比例関係を示すものの,供試材における関係は概ね2グループに分けられる。一つは12Ni-RQ,12Ni-RQ-T630および12Ni-RQ-T680である。これらの12%Ni添加鋼は,Fig.2においてラウンド型の応力−ひずみ関係を示していたものである。もう一つは,降伏棚型の応力−ひずみ関係を示した12Ni-RQ-T530および12Ni-RQ-T580であり,これらは前者に比較して,ひずみ硬化率に対する均一伸びの値が大きく,その中でも12Ni-RQ-T580の均一伸びが高い。
Relationship between uniform elongation and strain hardening rate (εt=0.04).
シャルピー衝撃吸収エネルギーに優れる580 °Cで焼戻した12Ni-RQ-T580の場合,5%程度存在する残留オーステナイトは0.1程度のひずみを与えると0 °Cで約半分になり,−196 °Cではほぼ0%にまで減少した。前報と同様に,12Ni-RQ-T580ではひずみ硬化率が増大するひずみ範囲は,オーステナイト体積率が減少するひずみ範囲と良く対応していた。すなわち,低温で比較的高いひずみ硬化が維持された12Ni-RQ-T580では,塑性変形の初期に残留オーステナイトが硬質マルテンサイトに加工誘起変態した結果,高いひずみ硬化が発現したと考えられる。Fig.13に示した均一伸びに関しても,12Ni-RQ-T580は大きな値となっており,塑性変形中に変態した硬質マルテンサイトによる影響が含まれると考えられる。
3・6 630 °Cで焼き戻した鋼材のひずみ硬化と残留オーステナイトシャルピー衝撃吸収エネルギーの低下がみられた630 °C焼戻し(12Ni-RQ-T630)の場合,6%程度の残留オーステナイトが変形中にマルテンサイト変態した一方で,応力−ひずみ関係,ひずみ硬化挙動,均一伸びは,残留オーステナイトを含まない12Ni-RQおよび12Ni-RQ-T680と類似していた。Fig.14はSteel A(12%Ni鋼)の室温でのビッカース硬さと−196 °Cにおける0.2%耐力および引張強さの関係を整理したものである。ビッカース硬さは塑性流動応力に比例することが一般に知られている。本試験結果も引張強さは概ねビッカース硬さに比例しているものの,−196 °Cの0.2%耐力との対応では12Ni-RQ-T630のみが低い値を示した。
Relationship between vickers hardness and 0.2% proof stress, tensile strength.
Fig.15は,応力−ひずみ関係がラウンド型となっていた12Ni-RQ,12Ni-RQ-T630および12Ni-RQ-T680の降伏前後の公称応力−公称ひずみ関係を拡大して示したものである。図中の破線はヤング率206GPaの弾性変形応答を示している。いずれの材料も応力−ひずみ関係は徐々に非線形性を増していく傾向を示すが,12Ni-RQ-T630は比例限が他の2鋼種にくらべて極めて低いことがわかる。
Stress-strain curves magnified in the vicinity of yield straining.
以上の二点より,12Ni-RQ-T630に関しては,もともと6%の残留オーステナイトが存在していたが,焼戻し温度が高く炭素濃度が低いため,残留オーステナイトの安定性が低く,真ひずみで0.004までの間にマルテンサイト変態が生じ,その一部は弾性域での変態であるため,周囲のマトリクスに導入された付加的な転位のために比例限が低くなり,他のラウンド型の応力ひずみ関係を示す材料よりも0.2%耐力が低くなったと推定される。
3・7 高温焼き戻しでの残留オーステナイトによる靭性低下本報は変形特性に関する調査結果であるが,残留オーステナイトと靭性の関係について簡単に考察する。安定な残留オーステナイトが靭性を改善することは多数報告されている一方で,不安定,すなわち深冷処理やわずかなひずみでマルテンサイト変態する残留オーステナイトは却って靭性に有害であるとの指摘も多い。Ookaらは,−196 °Cで安定なオーステナイトも低温での衝撃時にその大部分がマルテンサイト変態する場合はへき開破壊の原因となることを示唆したが,その機構は示していない。硬質のマルテンサイトがへき開破壊の起点となることがいくつかの文献で指摘されているが,実験的確証が十分ではない。他の機構が関与している可能性もあり,今後検討する必要がある。本研究では,弾性範囲で一部の残留オーステナイトが加工誘起変態して硬質のマルテンサイトを生成することで,低ひずみ領域では高いひずみ硬化がもたらされるが,ひずみ増大とともにひずみ硬化率は急減してしまうことが明らかになった。このような場合,き裂先端近傍でのひずみ集中が促進されることが予想され,この点で脆性破壊発生は促進されうる。この影響について,並行して進めている破壊試験の結果を待って考察する。
焼戻し温度を変えた12%ニッケル鋼の変形特性について調査を行い,以下の知見を得た。
1)焼入れ・焼戻しにより製造した12%ニッケル鋼は,低温ほど高いひずみ硬化を示す傾向がみられる。
2)焼戻し温度を変えて製造した12%ニッケル鋼の変形中のひずみ硬化率の変化は二つに大別される。一つは,ひずみ硬化率が降伏直後に高い値を示し,その後ひずみの増大とともに単調に減少する挙動である。もう一つは,ひずみ硬化率が降伏後のひずみの増大とともに増大して最大値を示した後,緩やかに減少する挙動である。
3)ひずみの付与により残留オーステナイトがマルテンサイト変態に変態する場合,オーステナイトの安定性に応じて変態が生じるひずみ範囲が変化し,弾性限の低下やひずみ硬化の増大が現れる。
4)靭性良好となる温度で焼戻した12%ニッケル鋼の場合,塑性変形の初期に残留オーステナイトのマルテンサイト変態が生じ,これに対応して降伏直後にひずみ硬化率の増大がみられ,高いひずみまでこれが維持される。硬質の加工誘起マルテンサイトが第二相としてはたらいたためと考えられる。
5)靭性良好となる温度で焼戻した12%ニッケル鋼であっても,−196 °Cでは僅か0.1程度のひずみで大半のオーステナイトがマルテンサイト変態する。
6)靭性良好となる温度よりも高温で焼戻され,相対的に安定性が低い残留オーステナイトを含む12%ニッケル鋼の場合,残留オーステナイトの一部が弾性域で変態し,これにより降伏直後に極めて高いひずみ硬化率が現れるものの,ひずみの増大とともに急減する。