2014 Volume 100 Issue 6 Pages R13-R14
本論文は,転炉製鋼スラグからリンを濃縮分離し,リンを資源として,残渣を高炉原料等として再利用する方法について検討したものである。著者らは,転炉スラグが凝固する際にスラグ中のP2O5の大部分がダイカルシウムシリケート(dicalcium silicate:2CaO·SiO2)相中に固溶して晶出することに着目し,スラグの冷却過程においてdicalcium silicale相を優先晶出させ,残融液との比重差を利用して浮上分離させることにより,リンが濃化した上層部分とリンが少なく酸化鉄,酸化マンガンなどに富む下層部分の二層に分離させて回収することを試みた(Fig.1)。本法の最適条件を見出すために,スラグ中の存在結晶相の同定とEPMAによる成分分布の実測,CaO-SiO2-Fe2O3系状態図に基づく存在結晶相の解析とリンの固溶挙動の推定のほか,実プラントでの操業を意識して,dicalcium silicale相の浮上分離促進のためのスラグ組成,粘度,冷却開始温度および冷却速度の影響等について系統的な実験,解析を行っている。その結果,著者らの提案する方法の有効性が実験的に確かめられた(Fig.2)。
Macrostructure of slag slowly cooled in a crucible. Dicalcium silicate is enriched in the top (light gray region) but not in the bottom (dark gray region).
Effect of average cooling rate on separation raito of P2O5. The cooling rate was calculated on the basis of temperature difference (between teeming temp. and solidus temp.) and solidification time.
本論文の優れた点は,その先見性に尽きると言ってよい。今日では,スラグ中におけるリンの存在形態が主に2CaO·SiO2と3CaO·P2O5の固溶体相であることは十分認識されているが,本論文が発表された当時は,未だ明確にはされていない状況であったと思われる。転炉スラグ中でリンが2CaO·SiO2-3CaO·P2O5固溶体相として存在していることが示されたのは,本論文の3年前に本誌に掲載された水渡らの研究(水渡ら:鉄と鋼,63(1977),p.1252-1258.)辺りからである。転炉実スラグのミクロ組織構造に対する認識が定着していないこの段階において,本論文ではスラグ中の2CaO·SiO2-3CaO·P2O5固溶体相を明確に回収の対象として捉えている点は見逃せない。精錬操作時における溶鉄からスラグ中へのリンの移行形態こそ明確には示されていないが,スラグの払い出し後の凝固過程において,晶出した2CaO·SiO2相中にリンが濃縮していく挙動を実験的,解析的に検討しており,極めて独創的な研究である。
スラグによる溶鉄あるいは溶銑の脱リンに関しては,本論文が掲載された時期の10年ほど前から2000年代初頭に至るまで,非常に多くの基礎研究が行われてきた。その中で,いわゆるリンの分配平衡を論じた論文のほとんどは,均一液体状態のスラグを研究対象にしてきた。リンの分配挙動を熱力学的に議論する上で,固液共存の不均一スラグでは正確な解析が難しいためではあったが,製鋼現場におけるスラグの状態との乖離については,しばしば指摘がなされていた。不均一スラグの物理化学的性状を明らかにすると共に,更に新たな精錬プロセス原理に結び付けようという具体的な動きは,2005年に鉄鋼協会内に発足した「マルチフェーズフラックスを利用した新精錬プロセス技術研究会」(2005~2009年,主査:東京大学月橋文孝教授)を典型的な例とするように,ごく直近のことである。これに対して本論文は,スラグの凝固過程において,液体スラグ中で2CaO·SiO2-3CaO·P2O5固溶体相を浮上せしめて分離・濃縮しようとしたものであり,まさにマルチフェーズフラックス利用の先駆けとも言える。
本論文のもうひとつの優れた点は,著者らがいち早く資源戦略上のリンの重要性に注目し,製鋼スラグの2次資源化を図ろうとしたことである。リンは,農業活動にとって必須の元素であるが,その戦略的資源としての性格とは対照的に,鉄鋼材料にとって最も有害な不純物のひとつであるため,製鋼工程では徹底的な脱リン処理がなされており,溶鉄中のリンは大部分が製鋼スラグ中に分配除去されている。すなわち,脱リンプロセスは,鉄鉱石やコークス等の原料中に微量に存在するリンを製鋼スラグ中に濃縮するプロセスでもある。例えばトーマス滓のように,製鋼スラグをリン酸肥料としての直接利用することは古くからなされている。しかしながら,製鋼スラグからのリンの分離回収については,その意義は強く認識されているものの,未だ有効な手段は確立されていない。
製鋼スラグは土木資材等として再利用されているが,元素としての再利用とは付加価値として全く比較にはならない。それに対して,スラグからリンを回収し,残渣をフラックスや高炉原料として再利用することを志向した簡便な本論文の方法が,既に1980年頃に提案されていたことは,驚きと尊敬に値する。その後,ごく最近になって製鋼スラグ中のリンとマンガンが高い2次資源ポテンシャルを有することが定量的に明らかにされた(横山ら:鉄と鋼,92(2006),p.683-689,Nakajima et al.:ISIJ Int., 48(2008),p.554-558.)。本論文が発表された当時とは異なり,溶銑脱リン法が著しく発達した今日では,スラグからのリンやマンガンの回収がより好都合な状況にあると言え,著者らの目指した製鋼スラグの高度再利用法が近い将来実現される可能性を感じる。なお,本論文が掲載された時期と前後して,塩見らは本論文と方法こそ違えど,同様の狙いを持って製鋼スラグ中のリンの還元濃縮法を提案している(塩見ら:鉄と鋼,63(1977),p.1520-1528)。約35年前の先達の偉大なご業績に,静かな感動を覚えるものである。