Tetsu-to-Hagane
Online ISSN : 1883-2954
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Regular Article
An Experimental Protocol Development of Three-Dimensional Transmission Electron Microscopy Methods for Ferrous Alloys: Towards Quantitative Microstructural Characterization in Three Dimensions
Satoshi HataKazuhisa SatoMitsuhiro MurayamaToshihiro TsuchiyamaHideharu Nakashima
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2014 Volume 100 Issue 7 Pages 889-896

Details
Synopsis:

The majority of engineering steels are ferromagnetic and structually inhomogeneous on special scales ranging from nanometers to micrometers, and physical properties of engineering steels arise from three-dimensional (3D) features of the microstructure. Thus, obtaining 3D representation with a large field of view is desired for transmission electron microscopy (TEM) based microstructure characterization to establish microstructure - physical properties relationships with reasonable statistical relevancy. Here, we venture to use a conventional sample preparation process,i.e., mechanical polishing followed by electro-polishing, and experimental protocols optimization for electron tomography (ET) for ferromagnetic materials, especially engineering steels’ microstructural characterization are carried out. We found that the sample thickness after the mechanical polishing step is a critical experimental parameter affecting the success rate of tilt-series image acquisition. For example, for a ferritic heat-resistant 9Cr steel with lath martensite structure, mechanically thinning down to 30 μm or thinner was necessary to acquire an adequate tilt-series image of carbide precipitates in the high-angle annular dark-field scanning TEM (HAADF-STEM) mode. On the other hand, tilt-series image acquisition from dislocation structures remains challenging because the electron beam deflection during specimen-tilt was unavoidable and significant in the HAADF-STEM mode. To overcome the electron beam deflection problem, we evaluate several relatively accessible approaches including the “Low-Mag and Lorentz” TEM/STEM modes; although they are rarely used for ET, both the modes reduce or even zero the objective lens current and likely weaken the magnetic interference between the ferromagnetic specimen and the objective lens magnetic field. The advantages and disadvantages of those experimental components are discussed.

1. 緒言

材料の組織を定量的に解析し,材料特性との関係付けや新しい組織学的知見の獲得を目指す試みとして,各種顕微鏡法による三次元観察の取り組みが盛んである。観察対象は,原子クラスターからバルク体まで様々なスケールに及んでいる。特に,本研究で採り上げる透過電子顕微鏡法(transmission electron microscopy:TEM)は原子レベルから数十μmオーダーまでのスケールをカバーし,形態だけでなく結晶構造や化学組成など,様々な組織・構造情報を同一視野から取得できる強みがある。

TEMによる三次元観察法として,従来ステレオ観察が行われてきたが,近年,より優れた画像定量性を求めて電子線トモグラフィー(electron tomography:ET)とその関連技術が大きく進展しつつある。これは,X線コンピュータ断層撮影法(computed tomography:CT)の原理をTEMに適用したものである。Fig.1に示すように,ETではTEM内で試料を連続的に傾斜させることにより,試料に対して種々の入射方向からTEMの投影画像を撮影し,連続傾斜像を得る(tilt-series dataset acquisition)。続いて,逆投影法(back projection)などのアルゴリズムを用いて連続傾斜像を数値処理することにより,三次元構造を再構築・可視化する(3D reconstruction & visualization)。ET技術の進展に伴い,ナノ粒子における原子配列や三次元形状1,2,3),結晶材料中の析出物の三次元形態4,5,6)や転位の立体配置7,8,9,10)など,通常のTEMで観察できる対象物の多くにおいて,その三次元構造の観察が可能となってきている。

Fig. 1.

 Basic procedure of electron tomography. Step 1, tilt-series dataset acquisition, is carried out on a transmission electron microscope. A dedicated specimen holder which is capable of tilting the specimen up to more than 60º is necessary. Step 2, 3D volume reconstruction & visualization, is performed in a computer.

しかし,現在までのところ,ETを鉄鋼材料の組織解析に適用する試みはきわめて限定的である。オーステナイト系を除く鉄鋼材料は常温において強磁性体であり,薄片化したTEM試料においても,鉄の強磁性に起因する像のボケ,電子ビームの偏向や薄膜試料の変形など,TEM観察時に種々の困難を引き起こす。更に,ETでは試料をTEM内で一軸傾斜しつつ一組の連続傾斜像を撮影しなければならないため,対物レンズの磁場中で強磁性体試料を傾斜させることは上述の問題をさらに増大させることになり,通常の像観察法では質の高い三次元画像が得られない。観察視野の広さを犠牲にして集束イオンビーム(focused ion beam:FIB)加工法で10-20 μmサイズの試料を切り出すこと,すなわち,強磁性体試料の体積を減らすことは上記の強磁性に起因した問題の低減に有効であるものの,それでも試料傾斜角度が正から負に移る際に試料傾斜軸が傾くなど,強磁性に起因した問題の本質的解決には至っていない。

本研究では,構造用鉄鋼材料の組織と力学特性の因果関係を理解する上で,統計的信頼の獲得に有効と考えられる数100 μm2以上の観察視野を有する試料を用いて,ET観察を可能とする実験条件を探索することを目的とした。まず,上記の観察視野を満足する試料として,一般的なツインジェット電解研磨法で薄膜化したmmサイズの鉄合金試料を用意した。像観察においては,TEMおよび走査透過電子顕微鏡(scanning transmission electron microscopy:STEM)の種々の観察モードを検討した。具体的には,通常のTEM/STEMモードに加えて,試料直近の対物レンズを用いない,すなわち,試料にレンズ磁場がなるべく印加されないようにレンズ系を調整したLow-Mag(LM)およびLorentzモードを選択し,鉄合金試料における連続傾斜像観察を実施した。更に,連続傾斜像から三次元画像を再構成する際の計算アルゴリズムについても考察した。以上の検討の結果を基に,鉄鋼材料中の析出物および転位のET 観察条件を提案する。

2. 実験方法

2・1 試料作製

以下に示す三種類の鉄合金を用いた。いずれも室温で強磁性体である。一種類目は,M23C6炭化物がマルテンサイトラス境界に析出した9Crフェライト系耐熱鋼である。二種類目および三種類目は,フェライト(α-Fe)母相にε-CuおよびV-C系化合物がそれぞれ析出したFe-2 mass% CuおよびFe-0.94 mass% V-0.19 mass% C合金である。

これらの試料を,電解研磨法で薄膜化した。直径3 mmの円盤状あるいはそれより小さな長方形板状に試料を加工し,更に機械研磨で100-30 μmの厚みに加工した。機械研磨の方法はごく標準的なものである11,12,13)。本研究では1000-4000番程度の研磨紙および粒径0.3 μm程度のアルミナ粉末を機械研磨に用いた。長方形板状のように,機械研磨時にひずみを入れてしまう恐れがある試料形状の場合には,直径3 mmのMo製単孔メッシュに熱硬化性樹脂で試料を固定して補強を行った。上記の機械研磨の後,ツインジェット式電解研磨により薄膜領域を得た。仕上げ処理として,300 Vの低加速電圧Arイオン研磨により,電解研磨試料表面の清浄化を行った。なお,試料形状の影響を比較するためにFIB加工による試料作製も行ったが,これについても低加速電圧Arイオン研磨により表面のダメージ層の除去を適宜行った。

2・2 電子顕微鏡観察

本研究では,以下に述べる同一メーカの装置を揃えることで,観察条件の影響を議論し易くした。FEI社製Tecni F20 Super Twinは通常の二段集束レンズ系を有する顕微鏡であり,加速電圧200 kVでの観察に用いた。FEI社製Titan 80-300 Super Twinでは,加速電圧300 kVで観察を行った。後者のTitanは三段集束レンズ系を有していることから様々な電子線照射条件を可能としており,本研究ではさらに結像系(TEM)の収差補正機能を有しているものといないものの2台を用いた。上記装置はいずれも,通常のTEM/STEMモードに加えて,Low-Mag(LM)-TEM,LM-STEMおよびLorentz TEMモードの選択が可能である。鉄鋼材料中の転位や析出物を観察対象とする本研究では,特にこれらの低倍率モードの有効性に注目した。各観察モード時のレンズ系の設定をTable 1に示す。ここで最も注目したい点は,各観察モードにおける対物レンズ電流値である。磁性体の磁壁および磁区の観察を主な目的としたLorentz TEMモードでは,対物レンズ(Objective lens)に電流を全く流さない。すなわち,試料に磁場がかからず,試料の本来の磁区構造を壊すことなく観察することを可能としている。さらに顕微鏡試料室内で試料を磁化するために,Lorentz TEMモード時の対物レンズおよび集束ミニレンズ(Condenser mini-lens)設定値は可変となっている。一方でLM-TEMおよびLM-STEMでは,両機種ともに対物レンズに約5%程度のレンズ電流が流れる条件(磁場強度約1000 Oeに相当)となっていた。この値は,通常のTEM/STEM(平行照射のμ-probe STEMも含む)モードでの対物レンズ電流値である90%程度(約21000 Oe)に比べると小さいものの,鉄の磁化を飽和させるのに十分な磁場を発生しているので,注意が必要である。なお,今回用いたFEI社製の顕微鏡では,レンズ系の設定値は最大出力に対する比率として表示されている。

Table 1. Lens configurations of electron microscopes used in the present study under various imaging modes.
ApparatusFEI Tecnai F20 Super Twin 200 kVFEI Titan 80-300 Super Twin 300 kV
Observation modeTEMLM-TEMLorentz TEMSTEMLM-STEMLM-STEMμ-probe STEM
Condenser lens 1 (CL1) current (%)13.9%13.9%13.9%
(Valuable)
21.2%21.2%36.6%36.6%
Condenser lens 2 (CL2) current (%)VariableVariable43.0%32.0%37.2%29.1%38.0%
Condenser mini-lens current (%)83.9%83.9%0%
(Variable for magnetizing sample)
–83.9%83.9%97.9%66.1%
Objective lens current (%)~91.3%~6.0%0%
(Variable for magnetizing sample)
91.9%6.0%4.2%88.8%
Objective mini-lens current (%)0%0%0-100%
(Change with focusing)
0%0%0%0%
Magnification (times)6200-91000019-185110-4400010000-330000000150-155000140000
(Max.)
10000
(Min.)
Camera length30 mm
(Min.)
5.13 m
(Min.)
9.1 m
(Min.)
Incident beam convergence angle0.2 mrad
(70 μm CL2 aperture)
1.6 mrad
(70 μm CL2 aperture)

試料直近の対物レンズを用いないET観察を鉄鋼材料に応用する利点について述べる。この方法では,試料と電子顕微鏡のレンズによる磁場干渉を無視できるため,磁性体試料でも試料作製時に体積を減らす手間が省ける可能性がある。一方,対物レンズを用いない分,像分解能が低下する。本研究で用いた装置(Tecnai F20およびTitan 80-300)を例にとると,対物レンズ非使用時の公称分解能はTEMで2 nm程度,STEMで10 nm程度である。しかし,析出物や転位の空間的配置および数密度の定量解析の場合,原子レベルに達するような超高分解能は必要ではなく,上述の分解能は決して悪い値ではない。なお,収差補正機能付きのTEM/STEMであれば,その分解能は更に向上する。

2・3 ET観察

ET観察は,連続傾斜像観察と三次元画像再構成の二つのステップに分けられる(Fig.1)。本研究では,観察対象が強磁性体であるために,信頼できる三次元画像再構成を得るために不可欠な投影要件4),すなわち像強度と観察対象の厚みや質量の間に成り立つべき単調関数の関係が,撮影した連続傾斜像の中で大きく破綻してしまう可能性がある。これを模式的に示した例がFig.2の像強度と試料厚みの関係であり,AとBでは投影要件が満たされているが,Cでは破綻している。投影要件が破綻する主な原因は,回折条件の変化や動力学的回折により生ずる像コントラストにあり,等厚干渉縞,等傾角干渉縞,ひずみコントラストなどが相当する。そのため,連続傾斜像の撮影では自動撮影機能を用いずに,撮像ごとに観察条件,すなわち電子線入射方向や回折条件の変化を修正しつつ,手動で行った。このとき,連続傾斜像取得に要する時間は撮像枚数によるが,通常1-2時間程度である。投影要件を著しく逸脱した像コントラストの画像を連続傾斜像から除いた後に,重みつき逆投影法(Weighted back projection:WBP)3,4,14,15)または逐次反復再構成法(simultaneous iterative reconstruction technique:SIRT)3,15,16)を用いて三次元画像の再構築を行った。

Fig. 2.

 Schematic explanation of the projection requirement. For a correct tomographic 3D reconstruction, the image intensity should be monotonic functions of physical properties of the specimen such as density, thickness, degree of order, etc.

3. 結果と考察

以下,磁性体のET観察に必要な,または本研究で使用した電子顕微鏡の装置構成の中で適した観察条件を述べる。次に,このような条件を満たした状態で,実際に析出物や転位を三次元観察した結果を示す。

3・1 磁性体のET観察に最適な試料形状

FIBマイクロサンプリング試料の作製では通常,バルク材料から大きさ10-20 μmの長方形板状薄片を切り出し,薄片の任意の領域が電子線を透過する厚みになるまでGa2+イオンビームで加工を行う。得られる薄片試料は楔状であり,加工条件によっては数μm~数10 μm四方の電子線が透過する部位(観察可能領域)でも連続的に試料厚みに変化が生じる。すなわち,試料は全体として体積が小さいものの,長手方向,奥行き方向および厚さ方向について非対称である。

一方,電解研磨試料の作製では通常,機械加工によりバルク材料から直径3 mm,厚さ50-100 μmの円板状試料を作製し,その中心部が電子線を透過する厚みになるまで電解研磨で薄膜化する。このような電解研磨試料では試料体積がFIBマイクロサンプリング試料に比べて大きく,試料全体での磁化は体積に比例するため強磁性体の観察には不利と考えられてきた。しかし,機械研磨による平滑な試料作製とともに,電解研磨条件(電圧,電流,浴温度,電解液吐出流量)を最適化すれば,観察可能領域をFIBマイクロサンプリング試料より広くかつ均一な厚みに仕上げることが可能である。これは特に低倍率での観察を行う場合,電子線が照射している広い領域全体を均一な形状・厚みにできる点で有利である。すなわち,試料全体の体積が大きくても,電子線と強磁性体試料の相互作用が連続傾斜像取得に及ぼす影響を実験上問題ない程度にまでほぼ定常化できる可能性がある。実際に直径3 mmディスク形状の電解研磨試料で連続傾斜像観察が可能かどうかを検討した結果,電解研磨を行う前の機械研磨を,通常の100 μm厚さ試料よりも薄い30 μmまで行うと,後述するように対物レンズを用いた場合でも析出物分散組織のSTEM連続傾斜像観察が行えた。Fig.3はその連続傾斜像を取得できた9Crフェライト系耐熱鋼試料のLM-STEM像である。100 μm2以上の観察視野は十分に確保されており,その観察視野の中で様々な幅のラスマルテンサイトが認められる。こうしたμmスケールの組織不均一性を有する鉄鋼材料組織のナノスケール定量解析において,電解研磨試料が有利であることは明らかである。

Fig. 3.

 LM-STEM dark-field images of a 9Cr ferritic heat-resistant steel specimen acquired at 300 kV (Titan 80-300). The sample was mechanically polished down to 30 μm and subsequently electropolished. A low-magnification image (a) visualizes a wide transparent field of view and its magnified view (b) shows various sizes of lath martensites. This specimen was capable of acquiring an annular dark-field -STEM tilt-series dataset, as shown in Fig.9.

Kacherら17)は,電解研磨試料を作製後,FIBマイクロサンプリング法を用いて観察可能領域の一部を切り出し,これを用いて連続傾斜像を取得することで,特定の回折条件を保ちながら転位組織の連続傾斜像を撮像することに成功している。この実験は非磁性のオーステナイト鋼を用いて行われており,一軸傾斜において特定の回折条件を保つことを目的としFIBマイクロサンプリング加工を用いているため,強磁性材料でも像質や撮像条件の向上に有効かどうかについては検討されていない。Kacherら17)の方法は,既に電子線が透過する厚みまで薄くした試料を二次加工するという点で電解研磨試料の外周を切り取って試料の体積を小さくする手法と共通するものがある。加工による薄片試料の損傷や追加工による塑性変形を防ぐ点からは彼らの方法は機械加工より有効と考えられるが,時間とコストの点からは不利といえる。

3・2 観察モード

材料組織解析に通常用いるタイプの装置においては,次の三つのモードが選択できる。(1)高倍率観察が可能な通常のTEMまたはSTEMモード。このとき対物レンズON。(2)低倍率モード,すなわちLM-TEMまたはLM-STEM。このとき対物レンズOFF。(3)TEMローレンツモード。このとき対物レンズOFF。もちろん,これら以外にも全てのレンズを個々に設定することにより様々なモード設定が可能であるが,通常そのようなレンズプログラムはメーカから支給されないため,汎用の電子顕微鏡を用いた材料組織解析という点から応用が容易な手法とは言えなくなる。そこで本研究では,対物レンズの励磁をほぼ0にしたまま観察を行うためのレンズプログラミングが既に行われているLM-STEMおよびTEMローレンツモードを用いて,対物レンズと試料の磁場干渉の影響を低減できるか,また,組織解析に有効な程度の空間分解能で観察が可能であるかを試みた。

3・2・1 LM-STEMモード

LM-STEMモードの利点について述べる。一般に STEMモードでの電子プローブの収束角(α)は,STEM像のコントラストと分解能を両立するようにα=5-20 mradに最適化されている。一方LM-STEMモードでは,極小径のコンデンサー絞りを用いた場合α=0.2 mrad程度まで小さくすることができ,この場合には直径数nmでほぼ平行な電子プローブを使ったSTEM観察ができる。通常モードのSTEM像に比べて被写界深度が10倍以上になるので,連続傾斜像を取得する際に,特に高傾斜角において傾斜軸直交方向で像のフォーカスがずれることを防止できると考えられる。

次に,LM-STEMモードでの観察条件について述べる。電子線の透過能は加速電圧の平方根に比例することから,加速電圧200 kVと300 kVでは透過能に20%程度の差が見られることになる。また,収束角と対物レンズの球面収差係数を固定した場合,STEMモードでの像分解能は300 kVの方が200 kVよりも20%程度高いと予想される。今回の観察ではこれに加えて,FEI Tecnai F20が二段集束レンズ(STEM像の焦点を第二集束レンズで合わせる)に対して,Titan 80-300は三段集束レンズ(STEM像の焦点を第三集束レンズで合わせる)という集束レンズ系の構成に違いがあった。集束レンズを三段に増やすことで,試料上での電子プローブサイズを二段の場合よりも縮小することが可能となる。TEMと異なり結像レンズ系を用いないSTEMでは,特にこの電子プローブサイズが像分解能を大きく左右すると考えられる。実際,Fig.4に示すように,加速電圧300 kVで三段集束レンズのTitan 80-300によるLM-STEM像(a)は,200 kVで二段集束レンズのTecnai F20のLM-STEM像に比べて像分解能が著しく高い。この他,集束レンズへの電子線の取り込み角を決める集束レンズ絞りサイズがSTEM像分解能に強く影響した。集束レンズ絞りサイズを小さくすれば,電子プローブサイズが小さくなる一方で,試料への照射電子線量が減少してコントラストが低下するので,集束レンズ絞りサイズには最適値が存在した。今回の装置では,加速電圧によらず70 μm程度がLM-STEM像分解能の観点から最適な集束レンズ絞りサイズとなった。更に,Fig.4では(a)が明視野像,(b)が暗視野像であるが,転位線は何れも暗線で見えている。これは,暗視野像において明線で見える通常のTEM/STEMの転位線コントラストとは異なる特徴であり,こうしたLM-STEM像の形成メカニズムは今後の検討課題である。

Fig. 4.

 LM-STEM bright-field image of Fe-V-C alloy acquired at 300 kV (Titan 80-300) (a) and LM-STEM dark-field image of a 9Cr ferritic heat-resistant steel acquired at 200 kV (Tecnai F20) (b). Both images visualize interactions between dislocations and precipitates. The 300 kV image resolution appears to be higher than that of the 200 kV image, regardless of the imaging modes.

3・2・2 LM-STEMモードでのET観察

本研究では,直接倍率2万倍程度の低倍率で連続傾斜LM-STEM像を取得した。傾斜角度を変化させた時点で電子顕微鏡像のコントラストが変化したり,像にぼけが生じたりした場合には,その角度前後における電子線および試料の位置・状態を精査することで以下のような結果を得た。

Fig.5に,LM-STEMモードで観察したFe-Cu合金の連続傾斜像の例を示す。Titan 80-300を用いて,集束レンズ絞り(C2)径50 μm,プローブ収束角0.35 mrad,カメラ長9.1 mの条件で,HAADF検出器により暗視野像観察を行った。この連続傾斜像を見ると試料傾斜の途中で像コントラストの反転が生じていることがわかる。例えば,傾斜角0°,−5°,−10°の像において,暗視野,明視野,暗視野と,像コントラストが交互に変化しており,同時に真空部分のコントラストも変化している。このような試料傾斜に伴う一見不可解な像コントラストの変化は,試料傾斜角度に依存した電子線の偏向に起因することが判明した。蛍光板上で透過波(STEMモードでは回折図形が観察される)を観察しながら試料を傾斜させると,透過波の位置がFig.6の模式図に示すように直線的に偏向する様子が観察された。すなわち,強磁性体試料を対物レンズポールピース内で傾斜することにより空間的な試料位置変化が生じ,このとき電子線がローレンツ力を受けて偏向されるものと考えられる。透過波が円環状検出器に達すると,明視野像が現れ,検出器よりも遠方に移動すると再び暗視野像が現れることになる。実際,透過波の移動量は傾斜角に依存し,その軌跡には再現性が見られた。

Fig. 5.

 A part of LM-STEM tilt series of Fe-Cu alloy. ε-Cu precipitates are recognized in α-Fe matrix. Bright-field and dark-field images are intermixed due to the electron-beam deflection as a function of the specimen-tilt angle.

Fig. 6.

 A schematic illustration shows the direct beam translating across the annular STEM detector during the tilt-series acquisition in Fig.5. Such a movement of the direct beam causes a mixture of bright-field and dark-field images in a tilt-series dataset, as shown in Fig.5.

同様にして,Fe-V-C合金についても電解研磨を用いて試料作製を行い,広範な平坦領域を有する試料を得た。その観察例をFig.7に示す。LM-STEM観察条件は,集束レンズ絞り(C2)径50 μm,プローブ収束角0.2 mrad,カメラ長9.1 mであり,HAADF検出器を用いた。数10 nmサイズのV-C系析出物による粒子状コントラストが明瞭に観察できる。LM-STEM-EDS(エネルギー分散X線分光)マッピングの結果,これら析出物の領域からVが観察された。

Fig. 7.

 LM-STEM dark-field images of Fe-V-C alloy. The images were taken at (a) a low-magnification and (b) a medium-magnification. V-C precipitates are observed.

このLM-STEMモードで連続傾斜像の観察を行ったところ,Fig.5と同様に特定の傾斜角において明視野像が観察された。そこで,このようなコントラストが反転した画像を除去し,傾斜軸調整の後,三次元再構築を行ったところFig.8に示すような結果が得られた。この三次元再構築には,傾斜角−52°から+58°まで合計52枚の画像を用いた。再構築画像からV-C系析出物の空間分布の様子がわかる。しかし,連続傾斜像の観察時に電子線がローレンツ力で偏向を受けた結果,STEM-HAADF検出器で取り込んだ透過電子の散乱角が一定ではなく,試料傾斜角度に依存して連続的に変化している。したがって,トモグラフィーの前提である投影要件(Fig.2)4)を厳密には満たしておらず,再構築結果の解釈はあくまで定性的なものに留まると考えられる。この点に関する詳細な解析は今後の課題である。

Fig. 8.

 Three-dimensional views of precipitates in Fe-V-C alloy reconstructed from a LM-STEM tilt-series dataset. V-C precipitates are reconstructed in the 3D volume of 1407 nm × 1848 nm × 693 nm and the pixel size of 5.25 nm/px.

3・2・3 LM-TEMおよびLM-TEMローレンツモード

通常,LM-TEMモードでの最高倍率は高々1500倍程度であり,鉄鋼材料中の炭化物などの析出物を観察するのに十分な空間分解能は有していない。しかし,TEMローレンツモードでは対物レンズの替わりにローレンツレンズ(対物ミニレンズ)を用いることで,最高倍率4~8万倍程度を達成している。TEMローレンツモードは強磁性材料の磁区観察を行うことを目的としているため,試料に磁場を印加しない(対物レンズの磁場を0にする)ことが可能である。したがって,TEMローレンツモードを使い,なおかつTEM球面収差補正を用いることができれば,数nmサイズの析出物観察などが可能となると考えた。ローレンツ電顕法には,約1 mm程度の非常に大きな焦点外れを利用して磁気コントラスト観察を行うフレネル法と,磁気により分離した回折波の一方を絞りにより選択して磁気コントラストを暗視野像として観察するフーコー法がある。本研究の目的は磁気コントラストの観察ではなく,対物レンズ磁場を限りなく小さくした条件下で微細な析出物や転位を観察することであり,この場合正焦点位置近傍で暗視野像を観察するフーコー法の利用が最適である。ところが本研究では,実際にフレネル法によるローレンツ像の観察は支障なく実施できたが,フーコー法は種々の問題により実施できなかった。特に軸調整に困難をきたし,この原因は試料を透過する際にローレンツ力で傾いた電子線を補正コイルでセンタリングできないことに起因すると推察しているが,詳細は不明である。結論として,転位などの暗視野像観察を標準のローレンツTEM(LM-TEM)または収差補正ローレンツTEMモードで行うことは現時点では困難であった。

3・2・4 析出物と転位のET観察に最適な観察条件

Fig.8に示したように,LM-STEMモードでのET観察では析出物の空間位置の三次元可視化が数10 nm以上のサイズのものであれば可能なことがわかった。一方,回折コントラストに依存する転位のLM-STEM-ET観察は,今回の装置構成では実用的なレベルに到達できないことがわかった。高輝度電子プローブによるコントラスト増大および平行電子プローブによる大焦点深度など,LM-STEMは析出物や転位組織を観察する程度の倍率では利点が多いと想定していたが,特に200 kVの装置では分解能低下の問題が無視できず,通常の収束電子線を用いたSTEMモードでの観察結果を上回ることはできなかった。ただし,300 kVでのLM-STEMであれば実用に耐え得る分解能が得られることが今回明らかとなった。また収差補正機による電子プローブの極小化と高輝度化も,高加速電圧化と類似の効果が得られるものと考えられる。本研究で用いた電子顕微鏡には照射系収差補正装置が搭載されておらず,収差補正機の有効性の検討も今後の課題である。

さらに,LM-STEMモードにおいても,試料傾斜に伴って投影レンズのシフト機能による補正範囲を超える電子線の移動が生じることがわかった。厳密には,LM-STEMモードにおいても対物レンズの励磁は完全に0にはならない。Titan 80-300の場合,LM-STEMモードにおける対物レンズの電流値は約4%であり,これはおおよそ1000 Oeに相当する磁場が発生していることを示す。すなわち,今回のLM-STEMモードのレンズ設定条件(初期設定条件)においても鉄を磁化させるのに十分な強さの磁場が存在することになり,電子顕微鏡のレンズによる磁場干渉は避けられないことがわかった。

一方,同装置の通常STEMモードでの対物レンズの電流値は約89%(約21000 Oe)である(この値は各装置の構成やアラインメントによって若干異なる)。この対物レンズ強励磁の状態では試料下面における対物レンズの後方磁界が強いために,LM-STEMモードで頻発する問題,すなわち透過波が試料の磁場で偏向して環状暗視野(ADF)検出器に当たり暗視野像が明視野像になってしまう頻度は低かった。すなわち,対物レンズ励磁の弱いLM-STEMモードと比較して,通常STEMモードでの対物レンズの強い磁場は,磁性体の連続傾斜像観察の際の電子線の偏向抑制という観点からはむしろ有利に働くことが判明した。

Fig.9は,Fig.3に示した機械研磨後の試料厚み30 μmの9Crフェライト系耐熱鋼のHAADF-STEM連続傾斜像の観察結果である。この連続傾斜像の撮影においては,高傾斜3軸試料ホルダー10)を用いてα-Fe母相の110反射が試料傾斜軸上でブラッグ条件を満足するように試料をセットした。その結果,ラス境界に析出した炭化物と転位が明瞭に観察されている。しかし,この通常STEMモードの連続傾斜観察でも試料とレンズ系の磁場干渉の影響は残り,特に20°以上の試料傾斜角度において回折条件が突然変化して転位やラスマルテンサイト母相のコントラストが変化したり,高傾斜時の試料の両端での焦点はずれ量を補正するDynamic focus機能の効果が低減したりした。後者については,試料傾斜によって対物レンズの非点が連続的に変わってしまうことも影響していると考えられる。

Fig. 9.

 A part of annular dark-field STEM tilt series of 9Cr ferritic heat resistant steel. Specimen-tilt angles are denoted in the images.

Fig.9のようなHAADF-STEM連続傾斜像データは,炭化物粒子の三次元再構成には耐え得るものと判断できる。一方,転位に関しては,上述の回折条件の変化により全ての連続傾斜像で転位を均一なコントラストで観察されてはおらず,通常の三次元再構成アルゴリズムでは三次元可視化は困難と判断された。この転位の三次元可視化を実現するためには,電子線の偏向に伴う回折条件の変化を修正しつつ連続傾斜像を撮影する策を講じる必要がある。例えば,TEM暗視野モードで電子線の傾斜機構を使う方法が考えられる18)。更にもう一つの可能性として,最近報告されているDiscrete tomography19)や圧縮センシング法20,21,22)といった新しい三次元再構成アルゴリズムを用いる方法がある。これらの新規アルゴリズムは,撮像枚数を減らしても観察対象の寸法再現精度が低下しにくいという特徴を有している。したがって,目的とする転位が適切な回折条件で撮影された連続傾斜像だけをデータセットから抽出して,上記の新規アルゴリズムで三次元再構成を行えば,磁性を有する鉄鋼材料中の転位組織の三次元可視化も可能になるであろう。

以上に述べた諸課題を克服すれば,様々な鉄鋼材料組織のET観察が可能になるものと期待されることから,ETの応用先として鉄鋼材料研究における課題の抽出を始めることは意義あることであろう。例えば,転位密度が同じであるにもかかわらず降伏応力が異なるケースや,転位の分布によって加工硬化特性に大きな違いが生じるケースなど,従来の二次元的な観察・解析では定性的な評価・議論に留まっているような課題が,ETの応用先として考えられる。

4. 結言

本研究では,磁性体である鉄鋼材料のET観察技術の確立を目指して,試料形状からTEM/STEMレンズ系の設定,さらには三次元再構成アルゴリズムに至るまでの一連の作業プロセスを検討し,以下の結果を得た。

(1)試料厚さに関して,数100 μm2以上の広観察視野を有する電顕試料作製には,電解研磨条件の最適化だけでなく,機械研磨等で試料厚みを30 μm程度以下まで事前に薄片化しておくことが有効である。これにより,対物レンズ磁場中で試料を傾斜した際に,試料の磁性が像形成に及ぼす悪影響,具体的には電子線の偏向と像質低下を効果的に抑えることが可能である。

(2)電解研磨試料でも試料厚みを小さくすることで,質量・厚みコントラストで像形成が可能である析出物等の観察対象に対しては,対物レンズの強い磁場下の通常STEMモードでむしろ試料自身による磁場偏向が抑制され,連続傾斜像の取得が可能であることが判明した。

(3)回折コントラストでの像形成を主体とする転位の場合には,対物レンズの強い磁場下でもレンズと試料の磁場干渉により電子線が偏向され,試料傾斜とともに回折条件が変化するため,連続傾斜像の取得は困難であった。

(4)対物レンズを用いないLM-STEMモードでのET観察を新たに試み,フェライト母相中のV-C系析出物のように数十nm以上のサイズのものであれば,連続傾斜像の中に三次元再構成に不適当な像が含まれることの影響を考慮しつつも,析出物の分散状態について三次元可視化することに成功した。

(5)LM-STEMモードは,試料自身による傾斜時の電子線の偏向を強く受けるので,今回の研究段階では通常のSTEMモードの方が良いとの結論に至っているが,その高輝度で平行度の高い電子ビームは,低倍率での連続傾斜観察に有利なことは間違いなく,鉄鋼材料の三次元観察法として更なる検討を行う価値がある。

謝辞

本研究は,JFE21世紀財団,新日鐵住金株式会社,日本鉄鋼協会鉄鋼研究振興助成,JST産学共創基礎基盤研究プログラムおよび科学研究費補助金の援助の下で行われた。本研究での電子顕微鏡観察は,Nanoscale Characterization and Fabrication Laboratory(ICTAS, Virginia Tech),東北大学百万ボルト電子顕微鏡室ならびに九州大学超高圧電子顕微鏡室において実施された。研究遂行において,以下の諸氏にご支援いただいた。赤間大地博士,山本信次氏,今村亮祐氏,吉本健朗氏,光原昌寿博士,池田賢一博士,高木節雄教授(九州大学),Niven Monsegue博士(Virginia Tech),今野豊彦教授,青柳英二氏,早坂祐一郎氏,兒玉裕美子博士(東北大学),佐藤馨博士(JFEスチール),重里元一博士(新日鐵住金),Bert Freitag博士(FEI)。以上のご支援に,心からの謝意を表します。

文献
 
© 2014 The Iron and Steel Institute of Japan

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