Tetsu-to-Hagane
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Dissolution Behavior of Silicic Acid from Steelmaking Slag to Seawater
Miho TanakaJunichi HirataDaisuke NakamotoItsumi TeradaIo RyumaeMariko TakahashiTomohiro OikawaKazuya TakahashiMichihiro Aimoto
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2014 Volume 100 Issue 7 Pages 919-923

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Synopsis:

Silica is a nutrient for diatom, which is a phytoplankton in oceans. We thus study the possibility of generating silica from steelmaking slag. Silicic acid present in steelmaking slag comprising of sodium chloride was examined. When non-carbonated slag and carbonated slag sample in solutions consisting of 0.5 mol dm–3 sodium chloride were shaken for a week, a slightly higher pH for carbonated slag solution was observed. The concentration of extracted silicic acid from carbonated slag was higher than that from non-carbonated slag. Both solutions contained high concentrations of calcium ions.

Silicic acids show several chemical forms in solutions. The silicic acids contained in both non-carbonated and carbonated slag solutions were identified with FAB-MS (fast atom bombardment mass spectrometry): [Si(OH)2O2Na], [Si(OH)O3Ca], [Si2(OH)5O2] ([dimer]), [Si2(OH)4O3Na], [Si4(OH)7O5] ([cyclic tetramer]), [Si4(OH)6O6Na], [Si4(OH)9O4] ([linear tetramer]), and [Si4(OH)8O5Na]. Among all these complexes the diatom uptakes [dimer], and [linear tetramer]. The silicic acids in both solutions also showed almost the same peak intensity ratios of [Si(OH)2O2Na], [Si(OH)O3Ca], [dimer], and [linear tetramer] against [cyclic tetramer]. As a result, we consider carbonated slag to be a better supplier of silica to seawater than non-carbonated slag.

1. 諸言

製鋼スラグの海洋環境への利用に関して,これまでにさまざまな報告がなされている1,2,3,4,5,6)。Feが多く含まれている製鋼スラグは,海洋環境へのFeの供給源として検討されている1)。磯やけをはじめとして,Feの海洋への供給は少なくなっており,その供給は海洋での解決すべき重要な問題の一つとなっている。製鋼スラグのFeの供給源としての役割は,これまでに特に報告され,海水に溶解するFe,P,Siなどとともに分析が行われてきた。その結果,製鋼スラグからのFeの溶出が,植物プランクトンの成長を促進する報告がなされている。

本報告では,製鋼スラグからのSiの溶出について検討した。これまでに,製鋼スラグ中の2CaO・SiO2の相からSiが溶出しているという報告2),Siの海水への溶解量が少なく,珪藻などを培養するガラス器具からの「汚染」の影響があるという報告3,4)がある。しかし,これまでは,スラグから溶出するSiがどの様な化学状態で海洋に供給されているかは明らかになっていない。

Siは,地球では酸素と結合して,ケイ酸という形で存在している7)。海洋学では,一般にSiO2またはSi(OH)4で表現される。しかし,海水が電解質であることを考えるとイオンの形で表現されるべきである。ケイ酸は,有機物と同じようにさまざまな形状をもって存在している8,9,10)。ケイ酸は,海洋において植物プランクトンの一種である珪藻に摂取されやすいので,「栄養塩」として重要な化合物の一つである。この珪藻は海洋における食物連鎖の最下層を支える。Siは,地球表面上に酸素の次に多いため,Siと酸素の化合物であるケイ酸もまた,地球表面上に非常に多く存在する化合物である。しかし,海洋においては,ケイ酸が不足する時期が認められる11,12)。したがって,地球表面上のケイ酸自体の存在量は多いにも関わらず,珪藻に摂取されるケイ酸は限定されていることがわかる。著者らは珪藻に摂取されるケイ酸に選択性,言い換えれば,「ケイ酸の中にも珪藻に摂取される分子とされない分子が存在する」ことを明らかにしてきた13,14)。このことから,海洋において,珪藻に摂取されるケイ酸の分子の形状(化学種)が制御できれば,海洋における,「有効な資源」となりうる。したがって,海洋中で,珪藻に摂取されるケイ酸の化学種(ここでは以後,ケイ酸化学種と呼ぶことにする)を供給することが重要である13,14,15)。海洋におけるケイ酸は,SiO(OH)3の化学形で表される1量体で存在していることは割と少なく,そのNa錯体やCa錯体,また2量体(Si2(OH)5O2m/z 173),あるいは4量体(形によって環状4量体と直鎖状4量体)で存在していることがわかっている13,14,15)。この中で,珪藻に摂取されるケイ酸は,2量体もしくは,直鎖状の4量体であることもあきらかにしてきた。

以上の背景から,製鋼スラグの中から溶出するケイ酸の化学種を明らかにし,製鋼スラグのケイ酸に関する資化性について検討することを目的とした。

製鋼スラグについて,まずSiの溶出挙動を明らかにし,さらに炭酸化処理したスラグ10)(これより以降は炭酸化スラグと記載)について,海水への溶出挙動を分析した。製鋼スラグをうまく使用することでケイ酸を効果的に海水に供給できるのではないかと考えた。

2. 実験

試料には,新日鉄住金株式会社(旧新日本製鐵株式會社)から供給を受けた製鋼スラグを用いた。同一ロットの製鋼スラグを粉砕し,2~5 mmに分級した後に,一方はそのまま,もう一方は炭酸化処理を行い,表層数10 μm程度を炭酸化した。以下,本報では,前者を未炭酸化スラグ,後者を炭酸化スラグと呼称する。製鋼スラグ試料の炭酸化は以下の手順で実施した。まず試料を110 °Cで24時間乾燥させ恒量にした後,室温(20±2 °C)まで冷却した。スラグ重量に対し5 mass%ほど水を外掛け添加し,水蒸気飽和にした純CO2を室温,常圧で48時間フローすることで調製した。CO2の流量は,最初の2時間は1 L/min,以降46時間は0.5 L/minとした。また実験における溶出操作や測定操作時の溶液の取り扱い時には,実験器具からの汚染によるSiのブランクを下げるため,すべてPTFEかポリスチレン製を使用し,ガラスは使用しなかった。

まず,未炭酸化スラグのバルクの組成を分析した。試料は,ふた付きのテフロンビーカーに入れ,硝酸,塩酸,フッ酸(ともに,ウルトラピュア,関東化学)で短時間で全量溶解し,1%硝酸溶液となるように,50 mLに定量し,ICP-AES(HITACHI P-5200)で測定した。得られたスラグの定量値は,Ca 24.9%,Fe 30.0%,Mg 0.931%,Mn 1.26%,Si 8.50%であった。測定は,イットリウムによる内標準法で行った。

2・1 超純水に対する振とう時間に関する実験

まず,振とう時間の検討をした。実験には未炭酸化スラグ試料と炭酸化スラグ試料を用いた。実験は基本として,スラグ試料2 gに対して,溶液を20 mL加え,25 mLのスチロール棒ビンに入れ密閉したのち,100 rpmで旋回に振って,25 °Cで振とうした。このとき振とう時間を,5,24,120時間(5日間),1週間で検討した。水は比抵抗18.2 MΩである新鮮な超純水を使用した。振とう後,棒ビンごと,3000 rpmで遠心分離を10分し,溶液とスラグである固体を分離した。分離した溶液のpHとSiの定量を吸光光度法で行った。

2・2 NaCl水溶液濃度に溶解するスラグ中のSiの検討

NaCl濃度に対するスラグからのSiの濃度に関する実験を行った。未炭酸化スラグ試料と炭酸化スラグ試料を用い,分析を行った。スラグ2 gに対して,水または0.1 M,0.5 M,1 M NaCl水溶液を20 mL加え,25 mLの棒ビンに入れ密閉したのち,25 °Cで1週間,100 rpmで振とうした。水は比抵抗18.2 MΩである新鮮な超純水を使用した。NaClは特級(関東化学製)を使用した。

振とう後,棒ビンごと,3000 rpmで遠心分離を10分し,溶液とスラグである固体を分離した。

分離した溶液のpHを測定し,さらに1%硝酸溶液として50倍希釈し,Si,Fe,Caの定量をICP-質量分析計(ICP-MS; Thermo Scientific製 ELEMENT XR)で測定した。

また,ケイ酸の存在状態分析は,遠心分離して得た水溶液をそのまま高速原子衝撃質量分析計(fast atom bombardment mass sprctrometry; FAB-MS,日本電子製JMS 700)にかけて測定した。

FAB-MSでは,ターゲットと呼ばれる金属アルミニウム製のプローブの「皿」に,遠心分離して得た溶液0.03 mLとほぼ等量のグリセリンを溶液の上にかぶせるように置き,加速した1 mAのXeを当ててケイ酸化学種をイオン化させて測定した。その際,測定後もグリセリンと試料の混在物が液体のままで存在することを確認した。得られた質量スペクトルは,グリセリン由来のピークを多く検出するが,ケイ酸のピークにはグリセリン由来のピークが干渉しないことを確認してある。各測定において,ケイ酸由来のピーク強度比を,各化学種の相対強度比として求めた。FAB-MSの測定条件は,他の論文の実験条件を使用した8,9,13,14,15):加速電圧は10 kV,分解能(m/Δm=)1000,質量範囲は0-1000 m/z

3. 結果と考察

3・1 振とう時間の検討

振とう時間による溶出量を明らかにするため,Table 1に,振とう時間に対して抽出したSiの濃度を示した。

Table 1. Determination of silicon dissolved from steelmaking slag. Shaking time is written in parenthesis.
pHSi, mg/L
Non-carbonated slag 2 g + H2O 20 mL (6 h)12.330.389
Non-carbonated slag 2 g + H2O 20 mL (24 h)12.370.314
Non-carbonated slag 2 g + H2O 20 mL (120 h)12.360.350
Carbonated slag 2 g + H2O 20 mL (6 h)8.9821.2
Carbonated slag 2 g + H2O 20 mL (24 h)10.1634.3
Carbonated slag 2 g + H2O 20 mL (120 h)9.2842.0

Table 1にあるpH およびSiの濃度は,振とう後の値である。同条件での1週間の同条件での振とうの結果はTable 2に示した。時間とともに,pHやSi濃度は変化するものの,条件を変えて1週間実験を行った結果を用いて比較検討した。Table 1の「未炭酸化スラグ2 g+H2O」の振とう時間が6時間-120時間ではpH 12.33-12.37であった。Table 2の「未炭酸化スラグ2 g+H2O」はpH12.687であった。もし,大気からのCO2の影響があれば,CO2+H2O→HCO3+H+からpHの値は低くなると考えられる。したがって,1週間振とうしても,大気からのCO2の供給の影響は認められないと判断した。

Table 2. Determination of silicon, iron and calcium ions dissolved from steelmaking slag and NaCl solution by ICP-MS. Shaking time was a week at 25 ºC. Peak intensity ratios of 173/311 and 329/311 were presented as the parameters of the food by diatom.
pHSi, mg/LFe, μg/LCa, mg/LPeak intensity ratio of 173/311Peak intensity ratio of 329/311
Non-carbonated slag + H2O12.687n.d.n.d.5840.721.69
Non-carbonated slag + 0.1M NaCl12.717n.d.n.d.7630.680.10
Non-carbonated slag + 0.5M NaCl12.666n.d.n.d.8770.660.12
Non-carbonated slag + 1M NaCl12.618n.d.45.59570.850.13
Carbonated slag + H2O9.46335.3n.d.340.500.84
Carbonated slag + 0.1M NaCl9.94341.7n.d.920.660.13
Carbonated slag + 0.5M NaCl10.36550.8n.d.1770.450.18
Carbonated slag + 1M NaCl9.70053.3n.d.2216.300.69

3・2 NaCl水溶液中のケイ酸の挙動

珪藻に摂取されやすいケイ酸の分子状態は,FAB-MSによる解析に基づいた先行研究8,9,10)で明らかになっている。ケイ酸が水に溶解するとき,ケイ酸は1-5量体がFAB-MSから観測された。これらケイ酸の1-5量体を測定し,同定した結果を「ケイ酸の化学種」として取り扱う。これら,ケイ酸の化学種の中で,4量体には,環状4量体Si4(OH)7O4(m/z 311)と直鎖状4量体Si4(OH)9O4(m/z 329)がある。また,海水は,NaCl,Ca,硫酸イオン(SO42−)を含む水溶液であるため,海水中で多く存在しているケイ酸の化学種は,1量体のケイ酸(イオン)としては存在せず,1量体のケイ酸にNaイオンやCaイオンがイオン交換したケイ酸化学種として安定に存在することがわかった。Fig.1に,海水中で存在する主なケイ酸化学種とその性質を示した。この中で,筆者のこれまでの研究から,珪藻に摂取されるケイ酸は,2量体と直鎖状4量体である13,14,15)ことがわかっている。Fig.1において,□で囲んだ化学種,2量体と直鎖状4量体が,珪藻に摂取される化学種である8,9,10)

Fig. 1.

 Relation between silica species and uptake of diatom.

スラグの海洋への供給を考えると,スラグが海水と同じ成分によって抽出されて,スラグから溶出されるケイ酸化学種が,高収率で2量体と直鎖状4量体であることが求められる。

NaCl水溶液は0.5 Mで溶液の性質が変化し,その結果,溶解しているケイ酸の溶存状態が変化する。これは,ケイ酸が「塩析」という現象を通して,ケイ酸が分子の安定性からケイ酸の溶媒和にウエイトを置いた溶存挙動を取ることによる16)

また,共存する陽イオンがNa+やCa2+では,塩析の効果が高く,Li+やMg2+では,塩析の効果を受けにくいこともわかっている16)。さらに,ケイ酸は1量体(SiO(OH)3)にあるシラノール基のプロトンがイオン交換されやすく,Na錯体(SiO2(OH)2Na)やCa錯体(SiO3(OH)Ca)を形成し,さらにCa錯体は2座で結合している安定な錯体となっていることをすでに報告した17,18)

3・3 スラグからのケイ酸の溶出

NaCl水溶液によって未炭酸化スラグ試料および炭酸化スラグ試料を振とうし,溶出したSi,Fe,CaをICP-MSによって定量した結果をTable 2に,また,FAB-MSで観測された質量スペクトルをFig.2に示す。

Fig. 2.

 Dissolved silicic acid from steelmaking slag with carbonation with increasing NaCl concentration shaken at 25 ºC for a week. a) 0.1M NaCl; b) 0.5M NaCl; c) 1M NaCl Horizontal line is m/z, vertical line is peak intensity.

溶媒には,超純水,0.1 M,0.5 M,1 M NaCl水溶液を用いて試料を振とうさせた。Table 1で示されたケイ酸の濃度は,吸光光度法では,検出限界レベルのケイ酸の値(0.1 mg/L程度)であった。Table 2では,ICP-MSで測定する際に析出などがあったため,上澄みを50倍希釈して分析に供した。このために,Table 2における検出限界以下(n.d.)とされるケイ酸の濃度は1 mg/L以下であると見積もっている。いずれせよ,1 mg/L以下でのケイ酸の濃度域でも,FAB-MSによるケイ酸化学種の測定は可能である。Table 2からわかるように,未炭酸化スラグの場合には,ケイ酸およびFeはほとんど観測されず,炭酸化スラグの場合には,ケイ酸,Caが溶出していることが確認された。

Fig.2は,FAB-MSによる溶出溶液中に含有される化学種の質量スペクトルで,横軸が質量電荷比(m/z),縦軸がイオン強度である。この図ではm/z 300から350までを示した。

Na錯体(SiO2(OH)2Nam/z 117)やCa錯体(SiO3(OH)Cam/z 133)のピークもFAB-MSから観測された。ケイ酸として溶出する化学種は,1量体とそのNa錯体およびCa錯体,2量体とそのNa錯体およびCa錯体,3量体,4量体(環状4量体および直鎖状4量体とそのNa,Ca錯体),5量体などがある。これらの中で,主たる化学種は,1量体のNa錯体およびCa錯体,2量体,環状4量体および直鎖状4量体とそのNa,Ca錯体であった。これまでの研究から,Si化学種にNa,Caがイオン交換した化学種は珪藻の栄養源にならないことがわかっている13,14,15)。そのため,化学種におけるSi-Na錯体およびSi-Ca錯体の構成比を調べることが重要である。

炭酸化スラグに対してNaCl水溶液の濃度を変化させ,溶出した溶液に含まれる,ケイ酸の直鎖状4量体と環状4量体の相対的なピーク強度を解析した。環状4量体(Si4(OH)7O4m/z 311)のピークは,Fig.2の左側の矢印,直鎖状4量体(Si4(OH)9O4m/z 329)のピークはFig.2の中央の矢印に相当する。上から,0.1 M,0.5 M,1 M NaClに対して炭酸化スラグを振とうさせた図となっている。FAB-MSでは,測定法の特色として測定ごとにイオン化の効率が異なる可能性があるため定量性が乏しく,イオン強度を絶対的な値として用いることは難しい。そこで,その測定ごとに,各ピーク強度をあるイオン強度を持つピークで割ることによって「相対強度比(relative peak intensity ratio)」として表示することである。Fig.2では,環状4量体Si4(OH)7O4(m/z 311),直鎖状4量体Si4(OH)9O4(m/z 329),環状4量体の一つのプロトンがCaに置換した化学種Si4(OH)5O6Ca(m/z 333)を示した。このようにピークの相対強度を数値化し,その相対強度を環状4量体で割ることによって存在比とした。つまり,珪藻の栄養源となる,2量体(m/z 173),直鎖状4量体の相対強度を環状4量体の相対強度で割ることによって,珪藻の栄養源となるケイ酸の存在比がわかる。この値をTable 2のPeak intensity ratio of 173/311とPeak intensity ratio of 329/311として示した。実際にはこのPeak intensity ratio of 173/311とPeak intensity ratio of 329/311は,ケイ酸において,珪藻に摂取されやすさを示している。

各化学種のピーク強度について検討すると,環状4量体のピークm/z 311に対して,0.5 M NaCl水溶液で,製鋼スラグでは,117(1量体のSi-Na錯体):133(1量体のSi-Ca錯体):311=0.26:0.21:1.64,炭酸化スラグでは,117:133:311=0.14:0.20:0.94のピーク強度比であった。これらのことから,未炭酸化スラグ,炭酸化スラグから溶出したSi-Na錯体とSi-Ca錯体の構成比は,同じ濃度のNaCl水溶液であれば,ほぼ変わらないことがわかった。したがって,スラグからのケイ酸の溶出の観点からは,化学種の組成よりも,溶出した溶液のpHとケイ酸のトータルの溶出量に着目すればよく,それらの点から炭酸化スラグの方が海洋に対して有効にケイ酸およびFeの供給を果たすことがわかった。

特に,NaClの濃度が高くなるにつれて,未炭酸化スラグ,炭酸化スラグのいずれの場合でも,溶出するCaイオンの濃度が高くなった。炭酸化スラグにおいては,ケイ酸の溶出濃度もNaClの濃度が高くなるにつれて高くなった。このことから,NaClはスラグから成分を溶出する能力を有し,濃度が高くなるにつれて,溶出能力が高くなることがわかった。

Fig.1およびTable 2の相対強度比329/311の値からわかるように,未炭酸化スラグおよび炭酸化スラグを水に溶解させた時には直鎖状4量体であるm/z 329のピークが高く検出される。この時,未炭酸化スラグから溶出されるSiの濃度は検出限度以下であった。

先にも述べたように,NaCl水溶液の濃度変化に対して,ケイ酸の溶解挙動は変化することを明らかにした11)。したがって,Fig.2に認められるように,0.1,0.5,1 MのNaClの変化に対して,ケイ酸のピークの相対的な変化が予測される。Table 2からわかるように,0.1 M,0.5 MのNaCl水溶液では,未炭酸化スラグ,炭酸化スラグともに,329/311のピーク強度比はすべて,0.1-0.2で低い。炭酸化スラグにおける1 MのNaCl水溶液では,ケイ酸の溶出が促進し,直鎖状4量体のピークが顕著になった。同様の傾向は環状4量体に対する2量体の比(173/311)でも同様であった。

本結果から,海水の濃度である0.5 MのNaCl水溶液では珪藻の摂取源となる直鎖状4量体さらに,2量体のピークは環状4量体に比べ低く抑えられ,この現象は,炭酸化処理の有無にかかわらず,傾向は変わらなかった。したがって,スラグ単位量あたりのSiの溶出量が珪藻に摂取されるかどうかの有用性を決めることになると考えられる。

したがって,スラグから海水への珪藻の栄養源となるケイ酸の供給源を考えると,炭酸化スラグの方が,ケイ酸の溶出自体が高いので,2量体,直鎖状4量体の供給量が多いことになり,Siの海洋への資化性は高いことがわかった。

本稿では,検討しなかったケイ酸に対する陰イオンの効果,たとえば炭酸イオン,硫酸イオンなどのケイ酸化学種に対する溶出の効果はまだ検討すべきである。今後,この条件に関し検討し,製鋼スラグからケイ酸を海水中に溶解させる条件,さらにFeなどの他の栄養塩成分を溶出させる条件を明らかにしていく予定である。

4. まとめ

海水と同じ成分の水溶液に製鋼スラグ(未炭酸化スラグおよび炭酸化スラグ)を振とうさせた場合,溶液のpHは炭酸化スラグの方が低く,溶液へのSiの溶出量は,炭酸化スラグの方が多かった。Caの溶出量は,未炭酸化スラグおよび炭酸化スラグともに多かった。未炭酸化スラグと炭酸化スラグから水溶液に溶出したケイ酸は,環状4量体と直鎖状4量体,2量体のケイ酸が観測された。ケイ酸の1量体にNaイオンが交換した化学種,Caイオンがイオン交換した化学種が,ほとんどのスペクトルで確認された。NaCl水溶液に溶出したケイ酸化学種のうち,環状4量体ケイ酸と直鎖状4量体ケイ酸の相対強度比は,炭酸化スラグと未炭酸化スラグではさほど溶出化学種の割合は変わらなかった。珪藻に対して栄養源となるケイ酸は直鎖状4量体と2量体ケイ酸であり,シリカ化学種にアルカリ,アルカリ土類イオンが結合した場合には,珪藻の栄養源にはならないことがわかっている7,8)。したがって,NaCl水溶液に溶出したSiの溶出量が炭酸化スラグの方が未炭酸化スラグよりも多かったので,炭酸化したスラグの方が珪藻に対して栄養源となるケイ酸を効率よく海洋に溶出できることがわかった。

謝辞

この研究は,財団法人鉄鋼業環境保全技術開発基金研究助成金(09, C-38)(10, C-32),公益法人鉄鋼環境基金鉄鋼業環境保全技術開発研究助成金(11, CT-30)の一部,文部科学省科学研究費基盤研究(C)(2)(21550073),挑戦的萌芽研究(24651072)の一部によって行われました。同研究費に感謝いたします。

文献
 
© 2014 The Iron and Steel Institute of Japan

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