2014 Volume 100 Issue 8 Pages 1006-1013
Since Fe based metallic glasses have many attractive properties, i.e. high mechanical strength, high wear resistance, excellent soft magnetic properties, they’ve been expected to be utilized as raw materials for micro components. However, there are some difficulties and limitations in processing the Fe based metallic glass supercooled liquid into a final product due to its low thermal stability. Thus, the fabrication of Fe based metallic glassy micro components have yet to be achieved so far.
In this work, we focused on fabricating metallic glassy micro components by using a novel microfabrication process which was previously proposed by our group. In the process, single spherical metallic glassy particle with several hundred micrometers in diameter was used as a raw material. A micro viscous flow processing was carried out using two types of dies with different shape, i.e. one is prism shape and another one is gear shape.
In our study, two kinds of metallic glassy particles with different composition of [(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4 and Pd42.5Cu30Ni7.5P20, whose glass forming ability and thermal stability are different from each other, were used to demonstrate the applicability of the process.
The results showed that the [(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4 metallic glassy micro components with fully amorphous structure was successfully fabricated for the first time and Pd42.5Cu30Ni7.5P20 micro components was also fabricated by means of our proposed microfabrication process.
近年,医療技術分野や精密機器分野の発展が目覚しく,それに伴い機械運動を担う高精度マイクロ部品の開発が急務となっている。その一例としてマイクロギアが挙げられるが,今日の高機能化,小型化の需要に伴い,より高強度なマイクロギアの開発が必要不可欠であり,これまで,ギア部材に金属ガラスを用いることでその課題解決の提案が行われている1)。
過去に,炭素工具鋼およびZr系,Cu系,Ni系金属ガラスを原料に用いて作製されたマイクロギアの耐久性試験結果が報告されており,炭素工具鋼で作製されたマイクロギアの耐久性を1とした場合,Zr系,Cu系,Ni系金属ガラスで作製されたマイクロギアの耐久性はそれぞれ22倍,103倍,313倍高い1,2,3)。この耐久性の順序が,過去に報告されている各種材料の破壊強度の順序と一致し3,4),さらに,本研究で対象とするFe系金属ガラスの破壊強度はおおよそ4000 MPa程度でありNi系金属ガラスの破壊強度のおおよそ3000 MPaを超えるため4),Fe系金属ガラスを原料にしたマイクロギアが作製されれば,これまでに報告されている各種金属ガラスマイクロギアのいずれをも凌ぐ高強度特性,高耐久性を有すると考えられる。
一方で,上述した各種金属ガラスのガラス形成能を比較してみると,合金組成により若干の違いが見られるものの,傾向としてZr系,Cu系,Ni系,Fe系の順序に低下していくことが知られている5)。これは破壊強度とガラス形成能がおおむねトレードオフの関係にあることを示唆している。Fe系金属ガラスは,上述したように優れた機械的特性を有しておりマイクロギアへの応用が大いに期待される一方で,ガラス形成能が低いためにガラス単相からなる試験片を安定的に作製することがこれまで困難であった。また,過冷却液体の熱的安定性が低いこともあり粘性流動加工時の基礎データは未だ十分に明らかにされておらず,Fe系金属ガラスマイクロギアの作製例はこれまで報告されていない。
著者らは過去に,破壊強度が4210 MPaにも達することが報告されている [(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4金属ガラス4)において,直径2 mmのキャスト材の作製を試みたが,TEM観察によりその一部に結晶相が生じていることを確認した。また,Kucukらは同組成金属ガラスの臨界直径が2 mmであることを報告している6)。これらの結果から,[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4金属ガラスにおいてmmサイズの試験片を安定的に作製することは困難であることが予想される。そこで,平均粒径おおよそ48 μmの金属ガラス粉末を原料に用いて,それを結晶化の潜伏時間内に7)焼結することでマイクロギアの作製を試みた。等温DSC熱分析により,[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4金属ガラスの結晶化の潜伏時間はガラス転移温度直上にて103 s程度7)であり,金属ガラスの中で代表的な合金組成として知られているPd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラスの結晶化の潜伏時間105 s程度8)と比べて短いことが明らかとなった。そこで,短時間で焼結が可能である放電プラズマ焼結法(SPS法)を用いて結晶化の潜伏時間内で焼結体の作製を行い,その緻密化状況および粉末同士の接合状態を検討した7)。その結果,焼結条件によって相対密度99%以上を有する焼結体の作製に成功したが,その後の圧縮破壊試験結果から,作製した焼結体の破壊強度はキャスト材のそれの4分の1程度にまで低下し,破断面観察から粉末同士が界面剥離を起こしている様子が観察された7)。また,結晶化の潜伏時間内の焼結であったにも関わらず,粉末同士の界面部分に数十nmサイズの結晶相が発生していることも確認した7)。以上の結果から,原料に金属ガラス粉末を用いそれを焼結することで,高い機械的特性を有する[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4金属ガラスマイクロギアを作製することは困難であることが明らかとなった。
そこで著者らは,粉末の界面を一切排除した新規のマイクロ部品作製プロセスを提案した9)。それは,原料に金属ガラス粉末を用いそれを焼結するのではなく,原料に最終マイクロ製品とほぼ同体積を有する数百μmサイズの金属ガラス粒子1つを用い,それを1回のマイクロ粘性流動加工で1つのマイクロ部品に直接成形するという方法である。
過去の研究で,独自に開発したパルス圧力付加オリフィス噴射法により,ほぼ同体積,同熱履歴を有する粒径おおよそ500 μmの[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4金属ガラス単分散粒子の作製に成功した9,10)。このほぼ同熱履歴を有する粒子をマイクロ部品の原料に用いることで,作製した最終マイクロ製品の品質保証につながるのみならず,それを試験片に用いることで,再現性のある基礎データを所得することが可能となる。
そこで,これまで著者らは,[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4金属ガラス単分散粒子1つを圧縮変形させることで粘性率を評価する新しい測定法を提案し,それを明らかにしてきた11)。それらにより得られた結果と,従来から報告がなされており高いガラス形成能を有することで知られているPd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラスの粘性率の温度依存性12)とを比較することで,その粘性流動成形加工の難しさについて検討を行った。これにより,結晶化の潜伏時間および粘性率のいずれの観点においても[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4金属ガラスの粘性流動加工は,Pd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラスと比べて難しいと言える。
本論文では,90 K程度の広い過冷却液体温度領域を有し,結晶化の潜伏時間が長く,粘性流動加工が比較的容易なPd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラスと,40 K程度の狭い過冷却液体温度領域を示し,結晶化の潜伏時間が短く,粘性流動加工が困難とされている [(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4金属ガラスの2種類の合金組成を対象にして,新規に提案した金属ガラスマイクロ部品作製プロセスの適用の可能性を検討し,それら2種類の金属ガラスマイクロギアの作製を目的とした。
組成Pd42.5Cu30Ni7.5P20となるように各元素原材料をアーク溶解することで,Pd42.5Cu30Ni7.5P20母合金を作製した。作製した母合金を破砕した後,それをAl2O3パン内に数mg入れ,高周波加熱により試験温度843 Kまで加熱した。試料を融解し,その温度で1 min間温度保持を行った後,試料にHeガスを吹き付け冷却した。おおよそ2~3 K/sの冷却速度で試料を冷却することでPd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラス粒子の作製を行った9)。
同様に,組成[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.02B0.5]96Nb4となるように各元素原材料をアーク溶解することで,[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.02B0.5]96Nb4母合金を作製した。作製した母合金を破砕した後,それをパルス圧力付加オリフィス噴射装置内の坩堝に入れ,試験温度1473 Kまで加熱することで試料を融解した。その後,パルス圧力付加オリフィス噴射法により[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.02B0.5]96Nb4金属ガラス粒子を作製した9,10)。
作製したPd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラス粒子の粒径はマイクロメータを用いて測定した。作製した[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.02B0.5]96Nb4金属ガラス粒子の平均粒径は,光学顕微鏡観察で得られた外観写真を解析ソフト(Win Roof ver.6.5,三谷商事(株)製)で画像解析することで測定した。作製した粒子の外観および内部組織は,それぞれSEM,TEMを用いて観察した。ガラス転移温度Tg,結晶化温度Tx,過冷却液体温度域ΔTxはDSC熱分析により測定した。
作製した金属ガラス粒子1つを高精度マイクロ金型に充填し,過冷却液体温度域まで加熱した後,各条件でマイクロ粘性流動加工を行った。粘性流動加工には圧縮試験機(Instron Micro Tester 5548,インストロン製)に高周波加熱ユニットを備えた装置を用いた。本研究では圧縮試験機のクロスヘッド速度を加工速度と定義した。高精度マイクロ金型には,Fig.1(a)に示す0.5 mm角のパンチ,キャビティを有するものと,Fig.1(b)に示す9枚歯ギア形状で歯底円直径500 μm,歯先円直径700 μmのパンチ,キャビティを有するものの2種類を用いた。次章で後述する理由から,高精度マイクロ金型の原料にはステライトを用いた。Pd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラスの場合,0.5 mm角のマイクロ部品を作製する際に,加工温度583 Kおよび603 Kを選択した。一方,9枚歯のマイクロギアを作製する場合,0.5 mm角のマイクロ部品を作製する場合と比較してマイクロ金型がより複雑形状を有しているため,粘性率がより低い加工温度603 Kを選択した。[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.02B0.5]96Nb4金属ガラスの場合には,いずれのマイクロ金型を用いた場合においても,マイクロ粘性流動加工時の加工温度を838 Kに固定した。選択した各加工温度における結晶化の潜伏時間および粘性率のおおよその値をTable 1に示す。今回,粘性率が加工に及ぼす影響を調べるために,粘性率がおおよそ1オーダーずつ異なる加工温度を選択した。この各加工温度における結晶化の潜伏時間から,加工条件のおおよそを決定した。Pd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラスの場合,今回選択したいずれの加工温度においても結晶化の潜伏時間は105 s以上と十分に長く8),加工速度および加工時間の制限が少ない。本研究では,0.5 mm角のマイクロ部品を作製する場合,加工速度に60 μm/min,加工時間は加工温度583 Kにおいては5 min,603 Kにおいては4.5 minを選択した。また,9枚歯のマイクロギアを作製する場合には,同加工速度で,加工時間は5 minを選択した。一方,[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.02B0.5]96Nb4金属ガラスの加工温度838 Kにおける結晶化の潜伏時間はおおよそ320 s程度であり7),Pd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラスの場合と比べて加工時間に十分な時間的余裕がない。本研究では,0.5 mm角のマイクロ部品を作製する場合,加工速度に160 μm/min,加工時間は2 minおよび3 minを選択した。また,9枚歯のマイクロギアを作製する場合には,同加工速度で,加工時間は4 minを選択した。いずれの合金系においても,粘性流動加工後,試料にHeガスを吹き付け,おおよそ2~3 K/sの冷却速度で試料を冷却した。
SEM images of two different types of punch and mold. (a) prism shape, (b) gear shape.
Temperature (K) | Incubation time (s) | Viscosity (Pa·s) | |
---|---|---|---|
Pd42.5Cu30Ni7.5P20 | 583 | > 105 | 2.0 × 109 |
603 | ~ 105 | 1.7 × 108 | |
[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4 | 838 | ~ 320 | 2.0 × 1010 |
作製したマイクロ部品の外観をSEMにより観察した。また,マイクロ部品の上下面を平滑にすることを目的に研磨を行い,研磨後の外観を光学顕微鏡およびSEMにより観察した。また,内部組織をTEMにより観察した。作製した[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.02B0.5]96Nb4金属ガラスマイクロギアの機械的特性評価としてビッカース硬さ試験を行った。試験荷重は300 g重を選択し,試料断面内の5つの点から得られた値を平均することでビッカース硬さを決定した。比較として,作製した原料粒子に対しても同様の試験を行った。
マイクロ部品を作製する際に,原料に用いた[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4金属ガラス粒子およびPd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラス粒子のSEM画像をそれぞれFig.2(a),(b)に示す。[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4金属ガラス粒子の場合,パルス圧力付加オリフィス噴射法によりほぼ同体積を有する粒子を一度に大量に作製することが可能である。そこで,画像解析により作製した粒子の平均粒径を求めたところ,470 μmであることが分かった(Fig.2(a))。一方,Pd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラス粒子の場合には,破砕した母合金をAl2O3基板上で融点以上の温度まで昇温し冷却するといったプロセスで粒子を個々に独立に作製した9)ため,ほぼ同体積を有する粒子を再現性よく作製することはできない。今回作製したPd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラス粒子の粒径はおおよそ400~500 μmであった。Fig.2(b)に,その一例として粒径480 μmの粒子の外観を示す。これらの図から,作製した粒子はいずれも表面が清浄であり,結晶化による凝固収縮の痕跡は見られなかった。また,TEM観察結果より,いずれの粒子もアモルファス単相からなることを確認した。DSC熱分析により[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4金属ガラス粒子のガラス転移温度,結晶化温度,過冷却液体温度域は,それぞれTg=817 K,Tx=864 K,ΔTx=47 Kであり,Pd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラス粒子のそれはそれぞれTg=568 K,Tx=659 K,ΔTx=91 Kであることが分かった。
SEM images of (a) [(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4, (b) Pd42.5Cu30Ni7.5P20 single metallic glassy particle.
変形が完全な均一粘性流動下で起こると仮定すると,ニュートン粘性の式から,流動応力σは粘性率ηおよびひずみ速度
一方で,Pd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラスに関しても同じ仮定のもと流動応力を見積もると,Pd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラスの加工温度583 Kにおける粘性率はおおよそη=2.0×109 Pa・sであるため,流動応力はおおよそσ=20 MPa程度であることが予想される。先述した理由から,実際の流動応力はそれよりも高くなることが予想されるが,いずれにせよ[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.02B0.5]96Nb4金属ガラスの場合と比べて,流動応力はおおよそ1オーダー程度低く見積もられている。また,加工温度603 Kにおいては,加工温度583 Kの場合と比べてさらに1オーダー程度流動応力が低くなることが計算から見積もられる。今回の計算では,[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.02B0.5]96Nb4金属ガラスと比較検討し易くするために,加工時間3 minを仮定したが,Pd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラスの場合,結晶化の潜伏時間は105 s以上と長いため8),加工時間をより長く設定することが可能である。加工時間を長くすることで,ひずみ速度が低下し,それに伴って流動応力を低減させることが可能である。また,Pd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラスのガラス転移温度はおおよそTg=570 Kであり,[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.02B0.5]96Nb4金属ガラスのそれと比較しても250 K程度低い。
以上の考察から,完全均一粘性状態を仮定した場合,Pd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラスにおいては,ガラス転移温度Tg=570 K程度の比較的低温域で,数十MPa以下の低い流動応力下で粘性流動加工が行える一方,[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.02B0.5]96Nb4金属ガラスの場合,ガラス転移温度Tg=820 K程度とより高温域で,かつ数百MPa程度の高い流動応力下で粘性流動加工を行わなければならないと考えられる。粘性率,加工時間,加工温度,流動応力のいずれの観点からも,[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.02B0.5]96Nb4金属ガラスはPd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラスと比べてより厳しい条件のもとで粘性流動加工を施す必要があり,かつそのような条件下において高精度に行わなければならないため,[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.02B0.5]96Nb4金属ガラスの粘性流動加工は非常に困難であることが予想される。
3・3 Pd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラス粒子のマイクロ粘性流動加工 3・3・1 0.5 mm角を有するマイクロ部品の作製0.5 mm角を有する高精度マイクロ金型を用い,Pd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラス粒子を加工温度583 K,加工時間5 minの条件でマイクロ粘性流動加工を行った際に得られた荷重−変位曲線をFig.3の(a)に示す。この図から,圧縮変位の増加とともに荷重も単調に増加していく様子が見て取れる。また,最大荷重は300 N程度にまで達していることが確認できる。Fig.4(a)に作製したマイクロ部品の側面および正面のSEM画像を示す。これらの図より作製したマイクロ部品は金型を十分に満たしていることが分かる。今回は,0.5 mm角の比較的単純形状を有する治具を用いてマイクロ部品の作製を行ったが,形状がより複雑になるにつれて,金型を十分に満たすための負荷荷重はよりいっそう高くなることが予想される。そこで,負荷荷重を低減させることを目的に,加工温度を20 K高くすることで粘性率をおおよそ1オーダー低くし,最終荷重が先とほぼ同等の300 N程度となるまで圧縮した際の試料の金型充填状態を検討した。Fig.3の(b)に加工温度603 K,加工時間4.5 minの条件でマイクロ粘性流動加工を行った際に得られた荷重−変位曲線を示す。ここで得られた曲線は,先述した加工温度583 Kで得られた荷重−変位曲線とは形状が異なっていることが見て取れる。粒子圧縮開始から圧縮変位が0.14 mm程度に達するまで荷重はほぼ0 Nに近い値を示しているが,圧縮変位が0.14 mmあたりから荷重が急激に増加していく様子が見て取れる。また,圧縮変位が0.17 mmあたりで荷重の増加量が一度減少した後,圧縮変位が0.2 mmあたりから再度,荷重が急激に増加していく様子が見て取れる。Fig.4(b)に作製したマイクロ部品の側面および正面のSEM画像を示す。ここに示したマイクロ部品側面のSEM画像より,作製したマイクロ部品には,ばりが生じていることが確認された。この結果を基に,Fig.3の(b)に示す荷重−変位曲線を再度検討すると,まず,圧縮の初期において荷重がほぼ0 Nに近い値を示したが,この間,ほぼ完全粘性状態にて試料が治具を充填したと考えられる。圧縮変位が0.14 mmあたりから荷重が増加しているが,これは,試料が治具を十分に満たし閉塞鍛造になったためと考えられる。その後,圧縮変位が0.17 mmあたりで荷重の増加量が減少しているが,これは,粘性率が低いために試料がパンチとダイスの隙間に入り込み,それによって荷重が逃がされたためと考えられる。さらに,圧縮変位が0.2 mmあたりから再度,荷重が急激に増加しているが,これは,試料がこれ以上パンチとダイスの隙間に入り込むことができなくなり,圧縮変位が0.14 mmから0.17 mmの時と同様,閉塞鍛造になったためと考えられる。圧縮変位0.2 mm以降における,圧縮変位に対する荷重の増加割合が,圧縮変位0.14 mmから0.17 mmにおけるそれと比較してほぼ同程度であることからも,この考察はおおむね妥当であると考えられる。
Load-displacement curve of Pd42.5Cu30Ni7.5P20 metallic glassy particle obtained at (a) 583 K, (b) 603 K.
Lateral and overhead view of 0.5 square millimeter micro parts fabricated at (a) 583 K, (b) 603 K.
Fig.5に加工温度583 Kで作製したPd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラスマイクロ部品の研磨後のSEM画像を示す。この図から,0.5 mm角を有するPd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラスマイクロ部品の作製に成功した。同様に加工温度603 KにおいてもPd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラスマイクロ部品の作製に成功した。
SEM image of 0.5 square millimeter micro parts fabricated at 583 K (after polishing).
ギア形状を有する高精度マイクロ金型を用い,Pd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラス粒子を加工温度603 K,加工時間5 minの条件でマイクロ粘性流動加工を行った際に得られた荷重−変位曲線をFig.6に示す。前節の加工温度603 Kにおける0.5 mm角のマイクロ部品作製時とほぼ同様の傾向を示す荷重−変位曲線が得られた。また,最終荷重は250 N程度であることが見て取れる。Fig.7に作製したPd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラスマイクロギアのSEM画像を示す。(a)は作製後のマイクロギア側面の外観を示している。この図から,前節の加工温度603 Kにおける0.5 mm角のマイクロ部品作製時と同様,作製したマイクロ部品には,ばりが生じていることが確認される。より複雑な9枚歯のギア形状を有するマイクロ金型を用いた場合においても,単純な0.5 mm角の金型を用いた場合と同様の荷重−変位曲線およびばりの発生が確認された。これは加工温度603 Kにおける粘性率が十分に低く試料が完全粘性状態に近い挙動を示したことで,これら2つの条件下における金型の形状の差異が明確に見られなくなったためと考えられる。Fig.7(b)に作製したマイクロギアの研磨後のSEM画像を示す。試料が歯先までしっかりと充填され,9枚歯を有するPd42.5Cu30Ni7.5P20マイクロギアの作製に成功したことが確認できる。TEM観察結果から,結晶相に相当する明確なコントラストは見受けられず,また電子線回折パターンがアモルファス構造特有のブロードパターンを示したことから,作製したマイクロギアはアモルファス単相からなることを確認した。
Load-displacement curve of Pd42.5Cu30Ni7.5P20 metallic glassy particle obtained at 603 K.
(a) Lateral view of Pd42.5Cu30Ni7.5P20 metallic glassy micro gear. (b) SEM image of Pd42.5Cu30Ni7.5P20 metallic glassy micro gear (after polishing).
以上の結果から,新規に提案したマイクロ部品作製プロセスに従い,9枚歯を有するPd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラスマイクロギアの作製に成功した。
3・4 [(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4金属ガラス粒子のマイクロ粘性流動加工 3・4・1 0.5 mm角を有するマイクロ部品の作製0.5 mm角を有する高精度マイクロ金型を用い,[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4金属ガラス粒子を加工温度838 K,加工時間2 minの条件でマイクロ粘性流動加工を行った際に得られた荷重−変位曲線をFig.8の(a)に示す。3・3・1節で述べたPd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラスの場合と今回の場合で試料の充填具合を比較することが可能となるよう,試料にかかる荷重が300 N程度に達した時点で試験を終了した。Fig.9(a)に作製したマイクロ部品の側面および正面のSEM画像を示す。正面の図より,マイクロ部品の4隅に試料が未だ十分に充填していないことが分かる。また,側面の図から,試料が壁面と接触した部分が楕円形にはっきりと見受けられ,治具の壁面を完全に満たしていない様子が見て取れる。試料を金型に十分に充填させるには,一般に,粘性率を下げる目的で加工温度を高くするかもしくは最終荷重を高くすることの2つが考えられる。しかしながら,結晶化との関係から,これ以上高い加工温度を選択することはできない。そこで,同加工温度で最終荷重をより高く設定することで試料のさらなる充填を試みた。
Load-displacement curve of [(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4 metallic glassy particle obtained at 838 K. The final applied load were around (a) 300 N, (b) 850 N.
Lateral and overhead view of 0.5 square millimeter micro parts fabricated under the final applied load of around (a) 300 N, (b) 850 N at 838 K.
Fig.8の(b)に同加工温度838 K,加工時間3 minの条件でマイクロ粘性流動加工を行った際に得られた荷重−変位曲線を示す。今回,最大荷重は850 N程度にまで達していることが確認できる。Fig.9(b)に作製したマイクロ部品の側面および正面のSEM画像を示す。先と同じ粘性率条件にも関わらず,最終荷重を高くすることで,試料をマイクロ金型にほぼ完全に充填させることに成功していることが分かる。また,試料の表面に割れ等は確認されなかった。さらに,側面の図から,ほんのわずかながらバリが生じている様子も観察された。Fig.10に研磨後の[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4金属ガラスマイクロ部品のSEM画像を示す。この図およびTEM観察結果に結晶相が確認されなかったことから,粘性流動加工が難しいとされる[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4金属ガラスにおいても,0.5 mm角を有するマイクロ部品の作製が可能であることが確認された。
SEM image of 0.5 square millimeter micro parts fabricated under the final applied load of around 850 N at 838 K (after polishing).
ギア形状を有する高精度マイクロ金型を用い,前節で選択した加工条件を参考に,同加工温度,同加工速度で,加工時間4 minの条件でマイクロ粘性流動加工を行った際に得られた荷重−変位曲線をFig.11に示す。この図から,最大荷重はおおよそ730 N程度に達していることが読み取れる。Fig.12に作製した9枚歯を有する[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4金属ガラスマイクロギアの外観を示す。指のサイズと比較して,作製したマイクロギアが非常に小さいことが確認できる。Fig.13(a)にSEM画像を示す。この図から,表面に割れ等は一切確認されなかった。また,作製したマイクロギアの下から光を当て,その影を光学顕微鏡を用いて上面から観察した画像をFig.13(b)に示す。この画像がFig.1(b)に示したマイクロ金型のキャビティと近い形状を示していることからも,作製したマイクロギアはおおむね金型を満たしていることが確認できる。TEM観察結果から,結晶相に相当する明確なコントラストは見受けられず,また電子線回折パターンがアモルファス構造特有のブロードパターンを示したことから,作製したマイクロギアはアモルファス単相を維持していることを確認した。
Load-displacement curve of [(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4 metallic glassy particle obtained at 838 K.
Outer appearance of [(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4 metallic glassy micro gear.
(a) SEM image of [(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4 metallic glassy micro gear (after polishing) and (b) its overview.
Fig.14に作製した[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4金属ガラス粒子およびマイクロギアの断面のビッカース硬さ試験結果を示す。マイクロギアのビッカース硬さはHv=1076であり,粒子のビッカース硬さHv=1050と比べてわずかに高い値を示していることが読み取れる。パルス圧力付加オリフィス噴射法により粒子を作製した場合,その冷却速度はおおよそ1000 K/s以上にまで達することが報告されている10,13)。作製した粒子は,冷却が速いために室温において自由体積を多く含み,したがってビッカース硬さの値が低くなったものと考えられる。一方,マイクロギア作製時の粘性流動加工後の冷却速度はおおよそ2~3 K/s程度である。この場合,冷却が遅いために冷却過程中に構造緩和が進行し,室温においてマイクロギア内部に存在する自由体積はより少ないと考えられる。したがって,マイクロギアのビッカース硬さの値がわずかに高くなったものと考えられる。いずれにせよ,ビッカース硬さはHv=1000を超える高い値を示しており,このことは,[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4金属ガラスが本来有する高強度特性を十分に維持したマイクロギアの作製に成功したことを裏付けている。この結果から,作製したマイクロギアは高耐久性を有していることが大いに期待されるが,耐久性等の詳細な機械的特性の評価に関しては今後,十分に検討していく必要がある。
Vickers hardness of the prepared particle and the fabricated micro part.
以上から,新規に提案したマイクロ部品作製プロセスに従い,9枚歯を有する[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4金属ガラスマイクロギアの作製に初めて成功した。
原料が安価で優れた機械的特性を有する一方,粘性流動加工が非常に困難とされていた[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.05B0.2]96Nb4金属ガラスにおいて,今回,マイクロ部品の作製に成功した意義は非常に大きいと考えられる。また,本研究を通じて,金属ガラスマイクロ部品の作製プロセスを新規に確立したのみならず,ガラス形成能や熱的安定性が低く,粘性流動加工が困難な金属ガラスに対しても,数百μmサイズの金属ガラス球形粒子さえ作製可能であれば,本プロセスが適用可能であることを明らかにすることができた。
原料に最終マイクロ製品とほぼ同体積を有する数百μmサイズの金属ガラス粒子1つを用い,それを1回のマイクロ粘性流動加工で1つのマイクロ部品に直接成形するという新規に提案した金属ガラスマイクロ部品作製プロセスに従い,Pd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラスおよび[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.02B0.5]96Nb4金属ガラスの2種類の金属ガラスを対象にマイクロ部品の作製を試み,以下に示す結論が得られた。
(1)ガラス形成能および熱的安定性が高く,粘性流動加工が比較的容易とされているPd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラスにおいて,おおよそ500 μmの微小球形金属ガラス粒子1つを原料に用いて,マイクロ粘性流動加工により0.5 mm角および9枚歯ギア形状を有するマイクロ部品の作製に成功した。
(2)ガラス形成能および熱的安定性が低く,粘性流動加工が困難とされている[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.02B0.5]96Nb4金属ガラスにおいても,新規に提案したプロセスに従い,0.5 mm角および9枚歯ギア形状を有するマイクロ部品の作製に初めて成功した。
(3)Pd42.5Cu30Ni7.5P20金属ガラスにおいて,ばりの発生が確認され,粘性流動加工により十分に金型を充填させることが可能であることが明らかとなった。また,[(Fe0.5Co0.5)0.75Si0.02B0.5]96Nb4金属ガラスにおいても,一定の条件下でほんのわずかながらばりの発生が確認され,粘性流動加工により金型を充填させることが可能であることを明らかにした。
(4)金属ガラスマイクロ部品の作製プロセスを新規に確立し,ガラス形成能や熱的安定性が低く,粘性流動加工が困難な金属ガラスに対しても,数百μmサイズの金属ガラス球形粒子さえ作製可能であれば,本プロセスが適用可能であることを明らかにした。
本研究の一部は社団法人日本鉄鋼協会鉄鋼研究振興助成「鉄系金属ガラス単分散粒子のマイクロ粘性流動成形加工に関する研究」により得られた成果であり,ここに感謝の意を表する。