2014 Volume 100 Issue 8 Pages 943-950
High strength Mn-Cr-N steels containing high nitrogen contents were manufactured using a lab-scale pressurized electro-slag remelting furnace to determine the deformability of the steels. Melting experiments were performed under a condition of 1.0 MPa pressure N2 gas to have various N contents. Gas porosity and severe macrosegregation were not observed in the remelted ingots. Microstructure observation revealed that nitrides and non-metallic inclusions were small enough without affecting the mechanical properties. After the ESR ingots were heat-treated and forged, mechanical properties of the steels at a room temperature were measured. The grain sizes were measured as the range from 50 to 300 μm. The results of 0.2% proof stress showed that the steel became stronger with increasing N content according to solid solution hardening mechanism. In addition, with various strain rates, tensile work hardening exponents were determined to be almost constant values between 0.20 and 0.25. These results suggest that the method of cold working for the 18Mn-18Cr-0.7N steel is applicable to the Mn-Cr-N steels containing nitrogen over 1.0 mass%.
鋼中の窒素は,機械的特性1,2)や耐熱性3,4),耐食性5,6),耐酸化性7)を高める合金元素として以前より知られており,これまでも窒素を添加した様々な鋼種が開発されてきた。最近は,年々高まる環境調和への要求やNiアレルギー問題などの生体安全性の観点より,強力なオーステナイト相安定化元素である窒素は高価なNiの代替元素としても注目されている。特に,欧州を中心にNiフリー高窒素ステンレス鋼8)に代表されるような高窒素鋼の開発が活発に進められており,実用化された鋼種9)も存在する。
実用化された高窒素鋼の一例として,火力・原子力などの大型タービン発電機の界磁巻線端部を保持するリテーニングリング部材に使用されている非磁性で応力腐食割れ感受性の低い18Mn18CrN鋼が挙げられる。この18Mn18CrN鋼は冷間加工と窒素を0.7 mass%添加して室温強度を確保しているが,通常の大気圧下での取鍋精錬およびその後のエレクトロスラグ溶解工程で含有しうる窒素含有量は0.70 mass%程度である。しかし,近年では,加圧エレクトロスラグ溶解法10,11)や加圧誘導溶解法12)などの加圧雰囲気下で溶解・鋳造する製造プロセスを用いることにより,溶鋼の窒素溶解度を高めることで過剰なCrやMnを添加することなく窒素を溶鋼中に添加することが可能となり,凝固時の気孔欠陥生成を抑制できるようになった。国内においても加圧溶解・鋳造プロセスを用いた高窒素鋼の研究が多数報告されている13,14,15)。
そこで,本研究では,耐圧1.0 MPaの加圧エレクトロスラグ溶解炉(以下,加圧ESR)を製作して,0.7 mass%以上の窒素を含有させて高強度化したMn-Cr-N鋼の作製を試みた。そして,加圧ESRの製造性と得られた試材の室温における機械的特性と窒素含有量との関係を調査して,高強度Mn-Cr-N鋼の冷間加工性を評価した。
Fig.1に試験に用いた加圧ESRの概略図を示す。製作した加圧ESRは,水冷されたφ145 mmのCuモールドと定盤の中で消耗電極を介してESRスラグに電力を投入し,ESRスラグの抵抗発熱により消耗電極を一定溶解速度で逐次溶解・凝固させることが可能である。ただし,Cuモールドを含む炉体が圧力容器に格納されているため,溶融スラグを用いるホットスタート法ではなく,固形の粉末スラグをあらかじめ装置内に装入して溶解を開始するコールドスタート法を採用した。
Schematic diagram of pressurized ESR apparatus.
最初に,加圧ESRの製造条件を最適化する目的で,溶解試験を実施した。Table 1に電極に用いたSUS304のφ100 mm丸棒素材の化学成分を示す。溶解に用いるESRスラグには60 mass%CaF2-20 mass%CaO-20 mass%Al2O3の三元系スラグを採用し,溶解前に炉内の真空脱気を実施してから,窒素ガスを1.0 MPaまで導入した。ESR溶解は,電圧値を20 Vに固定し,電流値を2500 A,2000 A,1500 Aの3条件で実施した。
C | Si | Mn | Ni | Cr | Mo | N |
---|---|---|---|---|---|---|
0.04 | 0.34 | 0.99 | 8.00 | 18.30 | 0.25 | 0.065 |
この試験で作製した鋼塊は,縦断して中央部より2枚の板材を採取して,片方をマクロ組織観察に用い,もう一方で化学成分分析およびデンドライトアーム間隔測定を実施した。なお,マクロ組織観察に用いた腐食液は,15%過酸化水素−43%塩酸水溶液であり,デンドライトアーム間隔測定の際は王水腐食で凝固組織を現出させた。
次に,50 kg真空誘導溶解炉で溶製したφ100 mmの鋳造電極を用いて窒素ガス1.0 MPaの加圧ESRを実施し,窒素含有量と合金成分の異なるESR鋼塊を作製した。Table 2に鋳造電極の化学成分を示す。Table 2に示したように合金成分の異なる2種類の電極を準備した。
Steel | C | Si | Mn | Ni | Cr | Mo | N |
---|---|---|---|---|---|---|---|
A | 0.06 | 0.50 | 23.90 | 0.51 | 10.70 | 0.06 | 0.370 |
B | 0.09 | 1.20 | 17.81 | 0.21 | 10.64 | 3.70 | 0.292 |
本研究では,フェロ窒化Cr合金粉末を充填した鉄皮厚み1 mmの直径9 mmコアードワイヤーを電極に溶接付けすることにより所定の窒素を添加した。Table 3にワイヤーに充填されたフェロ窒化Cr合金の化学成分を示す。このワイヤーの本数を調節することにより,窒素量およびCr量を変化させた。
C | Si | Cr | N |
---|---|---|---|
0.07 | 1.42 | 64.00 | 7.00 |
Table 2の電極Aを用いて作製した高強度Mn-Cr-N鋼のESR鋼塊も,縦断して中央部より2枚の板材を採取して,片方をマクロ組織観察に用い,もう一方で化学成分分析を実施した。
さらに,高強度Mn-Cr-N鋼の機械的特性を評価するために窒素含有量と合金元素の異なるESR鋼塊を作製した。電極径およびESRスラグ条件,炉内ガス雰囲気条件は,前述の試験と同様である。得られたESR鋼塊は,熱間鍛造前に1250 °Cで20時間の拡散処理を施して炉冷した。そして,1250 °Cに加熱してφ100 mmの丸棒形状に熱間鍛造した後,1100 °C又は1150 °Cで2時間の固溶化熱処理を施して各種観察および機械試験片を採取した。
ミクロ組織観察は,結晶粒組織と粒界析出物や非金属介在物の有無を確認する目的で,光学顕微鏡およびSEM(日本電子製JSM-6610走査電子顕微鏡)を用いた。その際,成分分析にはEDS(日本電子製JED-2300エネルギー分散形X線分析装置)を用いた。さらに,固溶化熱処理後の集合組織の有無を確認する目的で,EBSD解析(FE-SEM:日本電子製JSM-7100Fショットキー電界放出形走査電子顕微鏡,Camera:EDAX製DigiViewIV,解析ソフト:OIM analysis version 6.2)を実施した。
機械試験は,室温強度や延性のみならず異なるひずみ速度における加工硬化特性も収集するため,室温引張試験と円柱圧縮試験を実施した。室温引張試験はオートグラフ(島津製作所製250 kN/AG-B型万能試験機AG-25TB)を使用してひずみ速度10−2s−1の条件で実施し,円柱圧縮試験はサーメックマスターZ(富士電波工機製熱間加工再現試験装置THERMECMASTOR-Z)を使用してひずみ速度10−1および10−0s−1の条件で実施した。
Fig.2に電流2500 Aで作製したSUS304のESR鋼塊縦断面マクロ組織を示す。鋼塊表層に際立った凹凸や鋼塊内部に粗大な空隙欠陥などは無く,一次晶組織は鋼塊Bottomから50 mm程度の高さより表層から軸芯に向かって凝固している様子が観察された。
Macrostructure of longitudinal section of ESR ingot (current condition: 2500 A).
Fig.3に電流2000 Aで作製したSUS304のESR鋼塊縦断面マクロ組織を示す。鋼塊Bottomから40 mm高さ位置に大きなくびれが形成されたものの,それ以外は2500 A条件と同様に鋼塊表層および内部に異常な様子は認められなかった。また,一次晶組織は2500 A条件と同様に鋼塊Bottomから50 mm程度の高さより表層から軸芯に向かって凝固している様子が観察された。ただし,2500 A条件よりも軸芯方向に対する一次晶の傾斜が浅くなっていたことが確認された。
Macrostructure of longitudinal section of ESR ingot (current condition: 2000 A).
Fig.4に電流1500 Aで作製したSUS304のESR鋼塊縦断面マクロ組織を示す。鋼塊表面は大きく波打ち,鋼塊Bottom側にはESRスラグの噛み込みが確認された。一次晶組織は,Bottom端からTop端に向かってほぼ垂直に凝固をしている様子が確認された。一次晶組織の傾斜より推測されるメタルプールは極めて浅かったものと考えられる。
Macrostructure of longitudinal section of ESR ingot (current condition: 1500 A).
Fig.5に各ESR鋼塊のデンドライト組織を示す。2500 Aおよび2000 A条件で作製したESR鋼塊のデンドライト組織は明瞭に観察されたが,1500 A条件の鋼塊では不鮮明であった。二次デンドライトアーム間隔は,2500 A鋼塊で70~170 μm,2000 A鋼塊で80~140 μm,1500 A鋼塊で90~170 μmであった。なお,窒素ガス雰囲気で作製したことから,各ESR鋼塊の窒素含有量は電極よりも高くなり,平均で0.116 mass%程度となっていた。
Dendrite structures of longitudinal section of ESR ingots. (a) 2500 A, (b) 2000 A, (c) 1500 A.
次に,加圧ESRで作製した高強度Mn-Cr-N鋼の縦断面マクロ組織をFig.6に示す。また,Table 4に加圧ESRの鋼塊作製条件を示す。鋼塊表層の凹凸や鋼塊内部の空隙欠陥などは認められなかったが,鋼塊Bottomより50 mm高さ位置より,一次晶組織の形態が大きく変化している様子が観察された。また,前述のSUS304のESR鋼塊で観察されたマクロ組織よりも,一次晶の軸芯方向に対する傾斜が大きかったことが確認された。
Macrostructure of longitudinal section of high strength Mn-Cr-N steel ESR ingot.
No. | Steel type | Current (A) | Voltage (V) | Melt rate (kg/h) |
---|---|---|---|---|
1 | SUS 304 | 2500 | 20 | 42.73 |
2 | SUS 304 | 2000 | 20 | 36.31 |
3 | SUS 304 | 1500 | 20 | 10.36 |
4 | Mn-Cr-Nsteel | 2500 | 20 | 38.16 |
高強度Mn-Cr-N鋼におけるESR鋼塊内部のMnおよびCr分布をFig.7に,窒素分布をFig.8に示す。多少のばらつきはあったものの,鋼塊表層および軸芯で合金元素および窒素の含有量に大きな相違は認められなかった。また,軸芯方向の合金元素および窒素の成分偏析も顕著には認められなかった。
Mn and Cr distribution in high strength Mn-Cr-N steel ESR ingot.
Nitrogen distribution in high strength Mn-Cr-N steel ESR ingot.
Table 5に加圧ESRで作製した供試材の化学成分を示す。これらの供試材は,Table 2に化学成分を示した電極を用いて作製した。A1~A3は窒素含有量を0.78 mass%から1.0 mass%まで変化させた材料であり,B1は窒素添加とともにMoを3.0 mass%添加した材料である。
Steel | C | Si | Mn | Ni | Cr | Mo | N |
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A1 | 0.06 | 0.31 | 18.81 | 0.50 | 18.31 | 0.06 | 0.777 |
A2 | 0.06 | 0.10 | 18.93 | 0.45 | 18.32 | 0.05 | 0.827 |
A3 | 0.07 | 0.07 | 19.22 | 0.46 | 17.33 | 0.05 | 1.003 |
B1 | 0.09 | 0.56 | 13.47 | 0.22 | 19.75 | 3.00 | 1.205 |
Fig.9に,熱間鍛造,固溶化熱処理を施した供試材の光学顕微鏡観察結果を示す。いずれの供試材においてもほぼ等軸のオーステナイト粒のみが観察され,フェライトは認められなかった。また,供試材の平均結晶粒径は,A1で142 μm,A2で125 μm,A3で149 μmと100~200 μmの範囲内であったが,B1では81 μmと100 μm以下となった。
Microstructure of test steels after solution heat treatment. (a) A1, (b) A2, (c) A3, (d) B1.
Fig.10に供試材のSEM観察における二次電子像を示す。SEM観察において認められた非金属介在物は,MgO-Al2O3系のスピネル介在物とMnSであった。EDS点分析を実施したところ,これらの非金属介在物には窒素も濃化していたことから窒化物の複合している可能性も考えられる。ただし,いずれの非金属介在物も粒径5 μm以下で存在量もわずかであったことから,ESR溶解によって粗大な非金属介在物は除去されたものと考えられる。
Secondary electron images of test steels. (a) A2, (b) B1.
Fig.11に供試材の室温における0.2%耐力と引張強度を示す。固溶化熱処理ままの状態であっても,いずれの供試材においても0.2%耐力は500 MPaを上回った。また,窒素含有量の増加に伴って0.2%耐力と引張強度の上昇が認められた。
0.2% proof stress and tensile strength in test steels.
Fig.12に供試材の室温における伸びと絞りを示す。いずれの供試材においても伸びは30%以上の数値を示したが,窒素含有量の増加に伴って延性の低下が認められた。さらに,Fig.12に示したように鍛造方向に対して延性の異方性が認められた。
Elongation and reduction of area in test steels. (a) Longitudinal direction, (b) Transverse direction.
Fig.13にEBSD解析で得られたA3の逆極点図マップを示す。鍛造方向から見た結晶の配向と,鍛造方向に直交する方位から見た結晶の配向には幾分相違が認められた。Fig.13(b)は伸びおよび絞りの低かった鍛造方向に直交する方位からEBSD解析した結果であるが,オーステナイト相の主すべり面である(111)面よりも高次の面に多くの結晶が配向しているものと推定される。本研究の供試材は,熱間鍛造において鋼塊軸芯方向への単純な鍛伸によって仕上げられており,等方的にひずみを付与できていないことから固溶化熱処理後も凝固時の一次晶組織や鍛伸時の履歴が弱い集合組織として残存したものと考えられる。
Inverse pole figure maps obtain by EBSD analysis in A3 steel. (a) Longitudinal direction, (b) Transverse direction.
Fig.14に供試材の室温引張試験における応力−ひずみ曲線を,Fig.15に室温圧縮試験における応力−ひずみ曲線を示す。各供試材の弾性変形域における曲線形状は同様であり,Fe-18Cr-10Mn-N合金16)で報告されているような加工誘起マルテンサイト変態を示唆する均一塑性変形域の屈曲も認められなかった。
True stress-strain curves of tested steels by tensile tests (strain rate: 10–2s–1).
True stress-strain curves of A3 steel by compression tests in various strain rate.
ESR溶解は普通造塊よりも固液界面の温度勾配が大きいことから,逆V偏析やフレッケルと呼ばれるチャンネル型偏析が生成しにくい。しかし,モールドサイズや溶解環境によって,凝固組織が粗大になりチャンネル型偏析が生成することは普通造塊と同様である。ESR溶解においても,凝固組織を緻密にし,チャンネル型偏析生成を抑制するには,部分凝固時間を極小化することが有効と言われている17)。Ni基超合金のESRにおいては,Uedaら18)が内径500 mm~750 mmのCuモールドにおける溶解速度と部分凝固時間の関係を報告しており,部分凝固時間がある溶解速度において最小値を示し,鋳塊軸芯のチャンネル型偏析が生成しにくくなることが知られている。
本研究では,3条件の電流値を用いて作製したSUS304鋼塊の凝固組織を調査したところ,チャンネル型偏析は認められず,正偏析や負偏析といった鋼塊全体での成分変動も顕著ではなかった。この理由は,本条件の範囲においてはチャンネル型偏析が生成しにくい部分凝固時間を維持して凝固が進行したためであると推定される。
そこで,作製したESR鋼塊の溶解条件を整理し,観察された二次デンドライトアーム間隔から冷却速度を算出して,加圧ESRの各電流条件における部分凝固時間を求めた。
SUS304の冷却速度と二次デンドライトアーム間隔の関係式には多数の報告があるが,ここでは比較的遅い冷却速度についても適用できるEsakaらの式19)を用いた。
(1) |
ここで,S2は二次デンドライトアーム間隔(μm),Vは冷却速度(K/s)である。なお,ESR鋼塊の窒素含有量はSUS304電極よりも約0.05 mass%ほど高い値であったが,熱力学計算ソフトのThermo-calcを用いて推定したところSUS304と同様に包晶反応凝固であったため,デンドライトアーム間隔に対する影響は軽微であるものと考えられる。この式(1)により加圧ESRの冷却速度を算出したところ,2500 A溶解では平均0.87 K/s,2000 A溶解では平均1.02 K/s,1500 A溶解では平均0.73 K/sとなった。Thermo-calcを用いてSUS304電極の合金成分とESR鋼塊の平均窒素含有量より固液温度幅を求めたところ,約38.6 Kという値が得られたため,算出した冷却速度と推定された固液温度幅を用いて部分凝固時間を見積もった。
Fig.16に加圧ESRにおける溶解速度と部分凝固時間の関係を示す。二次デンドライトアーム間隔の測定にばらつきがあり,得られた部分凝固時間にもばらつきが生じたが,試験した溶解速度の範囲内において,ほぼ一定の値をとることがわかった。高強度Mn-Cr-N鋼の加圧ESR溶解においては,凝固組織の粗大化を助長させるような溶解速度条件とはならず,チャンネル型偏析の生じにくい溶解環境で作製できたものと考えられる。
Relationship between local solidification time and melt rate in pressurized ESR.
高窒素鋼の室温強度については種々の報告があり,窒素の高い固溶強化能で説明されている。本研究で作製した高強度Mn-Cr-N鋼についても同様の考察ができるか検討した。ただし,供試材は結晶粒径が異なっていたため,室温強度に及ぼす結晶粒径の影響を調査した。
Tsuchiyamaら20)がFe-Cr-Mn-N合金のホールペッチ係数と窒素含有量の関係を報告しており,約0.4 mass%以上の窒素含有量ではホールペッチ係数は0.80~0.90 MPa・m1/2の範囲内で大きく変化しないことが知られている。そこで,各供試材のホールペッチ係数を0.85 MPa・m1/2と仮定して0.2%耐力に及ぼす結晶粒径の影響を評価した。以下にホールペッチ則を示す。
(2) |
ここで,σ0.2:0.2%耐力(MPa),σ0:材料定数(MPa),k:ホールペッチ係数(MPa・m1/2),d:結晶粒径(m)である。本研究では,材料定数のσ0が同一であると仮定してk・d−1/2を結晶粒微細化による強度向上分と考え,平均結晶粒径を用いて0.2%耐力とともに整理した。Fig.17に0.2%耐力に及ぼす結晶粒径の影響を示す。いずれの供試材においても結晶粒径の影響は同程度と見積もられたことから,供試材の0.2%耐力の増減は窒素による固溶強化が主要因であると考えられる。
Effect of grain size on 0.2% proof stress in test steels.
Fig.18に0.2%耐力と窒素含有量の関係を示す。Fig.18にはFe-Cr-Mn-N合金で報告されている結果21)も併せて示した。全ての試験結果がTsuchiyamaらのFe-Cr-Mn-N合金と同様の傾向を示し,2/3乗則で整理することができた。この結果より,高強度Mn-Cr-N鋼においても,窒素の固溶強化によって室温の0.2%耐力を説明できることがわかった。
Relationship between 0.2% proof stress and nitrogen content.
次に,室温における加工硬化特性に及ぼす窒素含有量の影響について評価した。本実験においては円柱圧縮試験片の寸法変化より摩擦係数を推定したところ0とみなすことが可能であったため,圧縮試験結果も引張試験結果と同様に解析ができるものと仮定して取り扱った。
単軸変形の場合,真応力σと真ひずみεは以下の式を用いて公称応力と公称ひずみから変換して求められる22)。
(3) |
ここで,σn:公称応力,e:公称ひずみである。しかし,この変換式が適用できるのはネッキングが生じるまでであるため,加工硬化指数の推定には降伏点から最大応力までの均一塑性変形と思われる領域の値を使用した。
さらに,真応力−真ひずみ関係が以下の式のようなn乗硬化則モデルで整理できるとすると,それぞれの値の対数関係は線形近似することができる。
(4) |
ここで,C:係数,n:加工硬化指数である。
Fig.19にひずみ速度が10−2s−1の時の加工硬化指数と窒素含有量の関係を示す。Fig.19に示したように,窒素含有量が変化しても加工硬化指数の変化はほとんど認められなかった。この解析で得られた高強度Mn-Cr-N鋼の加工硬化指数は0.20~0.25となり,SUS430(n≒0.20)とSUS304(n≒0.44)の中間の値となった。
Relationship between strain hardening exponent and nitrogen content (strain rate: 10–2s–1).
高窒素鋼の加工硬化特性については種々の研究が報告されており,積層欠陥エネルギーの変化23)やN原子とCr原子やMo原子によって形成されるI-S対24,25)などによる考察が試みられてきた。一方で,高強度Mn-Cr-N鋼において加工硬化指数に窒素含有量との相関関係が認められなかったことは,本研究の窒素含有量の範囲では極端な転位の増殖や変形機構および積層欠陥エネルギーの著しい変化は生じていないものと推定される。同様の挙動は,Fe-18Cr-14Mn-4Ni-3Mo合金においてNam and Kim26)が報告しており,0.51~0.88 mass%の窒素含有量の範囲において,修正したLudwikモデルで解析して得られたひずみ速度5×10−2s−1における加工硬化指数は,0.29~0.31とほぼ一定の値をとっていることから,本研究で得られた加工硬化特性は妥当であると考えられる。
Fig.20にA3における加工硬化指数とひずみ速度の関係を示す。なお,Fig.20には室温引張試験と室温圧縮試験の両方の結果を示した。Fe-18Cr-14Mn-4Ni-3Mo合金においてNam and Kim26)が報告しているような低ひずみ速度(5×10−5s−1)における加工硬化指数の増加は,本研究の試験範囲においては明瞭には確認できず,0.23~0.30という値であった。
Relationship between strain hardening exponent and strain rate in A3 steel.
以上の結果より,本試験で調査したひずみ速度100~10−2s−1の範囲において,高強度Mn-Cr-N鋼は窒素含有量によらず通常材と同様の冷間加工プロセスが適用可能であると考えられる。
耐圧1.0 MPaの加圧ESRを製作して,通常よりも窒素を多く含有させた高強度Mn-Cr-N鋼の作製を試み,加圧ESRの製造性と得られた試材の室温における機械的特性と窒素含有量との関係を調査して冷間加工性を評価したところ以下の知見が得られた。
(1)加圧ESRで作製した高強度Mn-Cr-N鋼のマクロ組織を観察したところ,異常組織は観察されず,鋼塊中の成分偏析も軽微であった。
(2)固溶化熱処理状態のミクロ組織を観察したところ,窒化物の析出や大型介在物は観察されず,結晶粒径は50~300 μmであった。
(3)高強度Mn-Cr-N鋼の0.2%耐力には,窒素含有量の2/3乗との間に相関関係が認められ,窒素による固溶強化で説明が可能であることがわかった。
(4)窒素含有量が変化しても加工硬化指数に変化は認められず,0.20~0.25という値が得られた。
(5)ひずみ速度100~10−2s−1の範囲において,高強度Mn-Cr-N鋼は窒素含有量0.77~1.0 mass%の範囲では通常材と同様の冷間加工プロセスを適用することができる。