Tetsu-to-Hagane
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Pit Growth Behavior of SUS443J1 in Atmospheric Environment
Tomohiro IshiiKazuhide IshiiHiroki OtaChikara Kami
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2014 Volume 100 Issue 8 Pages 984-991

Details
Synopsis:

It is significant to evaluate the corrosion resistance of a new stainless steel, SUS443J1, in atmospheric environment. In this study, the growth behavior of pits on the surface of a ferritic stainless steel, SUS443J1, and an austenitic stainless steel, SUS304, were compared by field exposure tests and electrochemical measurements.

It is known that the pit growth rate can be approximated as X = atn, where X is pit depth, t is time, a and n are constants. As a result of field exposure tests, it was obtained that the pit growth rate values, n, were 0.2 for both 2B and HL surfaces of SUS443J1 and SUS304. It could be predicted that the pit growth behavior of SUS443J1 and SUS304 were equivalent to each other.

The pitting potential values, V’c10, of SUS443J1 and SUS304 were almost equivalent to each other, and the repassivation potential showed the same tendency. Pitting potential was reduced with increasing maximum valley depth, Rv., of the surface. The repassivation potential was affected by the turning current density, where the sweep of potential was reversed. The turning current density would represent a degree of pit growth. It was suggested that a deep pit would expand with larger growth rate than that of a shallow pit because a pit could growth easily and repassivation would hardly occur within a deep pit.

1. 緒言

ステンレス鋼はその優れた耐食性と金属光沢の美しさから,建物の屋根やビルのエントランスなど幅広い用途に使用されている1,2)。これらステンレス鋼のうち,近年では,材料コスト低減の観点から,オーステナイトステンレス鋼の使用割合が減少し,フェライトステンレス鋼の使用割合が増加する傾向にある。これはオーステナイトステンレス鋼に含まれる多量のNiが高価かつ価格が安定しないことに起因している。また,ステンレス鋼の耐食性向上元素として知られるMoもNiと同様の価格傾向があり,これらの元素の使用が避けられるようになっている。そういった背景のもと,SUS304と同等の耐食性を有しながらNi,Moを添加しない省資源型フェライトステンレス鋼SUS443J1が登場している1,3)

SUS443J1は,従来SUS304が使用されてきた様々な用途に適用されている。その中には建材などの,大気環境で用いられる用途も多い。一般には,ステンレス鋼は錆びないという認識が広まっているが,ステンレス鋼はその使用される環境や使用方法によっては,容易に腐食が発生し,その価値を減じてしまう。そのため,大気環境におけるSUS443J1の腐食挙動に関心がもたれている。

大気環境におけるステンレス鋼の腐食は従来から詳しく研究されており,種々の暴露試験をはじめ多数の研究が存在する4,5,6,7,8,9,10,11,12)。それらの結果によれば,大気環境における発銹面積は孔食指数に比例し,発銹の有無を決める臨界孔食電位が存在する10),食孔の侵食深さは時間の対数に比例して増加する11),大気環境においてはほとんどの期間でステンレス鋼の腐食は停止しており海塩の飛来したわずかなタイミングで腐食が発生する12),などのステンレス鋼の重要な腐食挙動が明らかとなっている。

しかし,SUS443J1は,使用され始めてからまだ日が浅く,長期の耐食性評価は少ない。特に表面形状の影響も考慮して長期の耐食性評価を実施した例はない。そこで,この新しいフェライトステンレス鋼の適切な使用指針の確立のために表面形状の影響も含めた長期の腐食挙動の把握が必要と考え,本研究においてSUS443J1の長期の腐食挙動を検討した。

2. 実験方法

2・1 供試材

供試材には,フェライトステンレス鋼SUS443J1と最も一般的なオーステナイトステンレス鋼SUS304を用いた。SUS443J1およびSUS304の化学成分をTable 1に示す。いずれも市販材であり,表面仕上げは2B(調質圧延を行った冷延板)およびHL(ヘアライン)とした。板厚はSUS443J1の2BおよびSUS304の2Bが1.5 mm,SUS443J1のHLが1.2 mm,SUS304のHLが0.8 mmであった。

Table 1. Chemical compositions of specimens (mass%).
surfaceCSiMnCrNiCuTiN
SUS443J12B0.0060.110.2120.60.310.420.280.007
HL0.0030.070.1721.00.300.430.280.008
SUS3042B0.0570.411.1218.08.060.190.037
HL0.0520.370.9918.48.170.320.031

2・2 暴露試験

Fig.1に暴露試験に供した試験片の模式図を示す。SUS443J1およびSUS304から幅70 mm,縦150 mmの寸法で試験片を採取し,幅中央の下端から10 mmの位置を中心にボルト止め用の半径5 mmの穴を開け,暴露試験片とした。長手方向を圧延方向および研磨方向に平行とした。表面仕上げは2BおよびHLのままとし,アセトン超音波脱脂後,暴露試験に供した。試験片中央を,暴露試験後に10 mm四方の25区画に区分し,それぞれの区画について侵食深さを測定した。

Fig. 1.

 Schematic illustration of a specimen for the exposure test.

作製した暴露試験片に対して,圧延方向に対して直角方向に,JIS B 0601(2001)に準拠した最大谷深さRvを三回測定し,その平均を求めた。表面粗度の測定には,表面粗さ測定機((株)小坂研究所製 サーフコーダー SE-500)を用いた。評価長さは1.250 mm,カットオフ値は0.250 mmとした。

作製した暴露試験片を沖縄県うるま市の暴露試験場において南向きに水平から30°の角度で暴露架台に取り付けた。暴露試験場の離岸距離は沖縄本島の太平洋側の海岸より20 mであり,飛来塩分量は0.78 mg/d/dm2(測定期間:2007年8月~2008年7月)であった。架台への取り付けにはSUS304製のボルト,ナットを用い,試験片に接する部位にはポリカーボネイト製のワッシャを用いた。暴露試験開始は2006年6月であり,試験片の枚数は,各鋼種,各表面仕上げでそれぞれ2枚とした。暴露した試験片のうち,1枚は暴露期間1年で試験を終了し,残りの1枚は暴露期間5年で試験を終了した。暴露試験終了後,回収した試験片を50 °Cの10%HNO3溶液に浸漬して3600 s毎に取り出し,ナイロンブラシで洗浄する工程を繰り返して錆を完全に除去した。

錆を完全に除去した後,走査型電子顕微鏡((株)日立ハイテクノロジーズ製 Miniscope TM3000)を用いて,反射電子像により表面形状を観察した。加速電圧は15 kVとした。

さらに,Fig.1に示すように各試験片の中央部を10 mm×10 mmの区画で25個に区切り,区画毎に3個以上の食孔を選んで侵食深さを測定した。焦点深度の最も深い位置を含む線上で高さ測定を行い,腐食していない平坦部と食孔の最も深い位置の高さの差を侵食深さとした。測定には,レーザー顕微鏡(レーザーテック(株)製,走査型レーザー顕微鏡 1LM21W)を用いた。測定した食孔の侵食深さのうち,最大のものを各区画の最大侵食深さとした。

各区画の最大侵食深さをGumbel分布で整理し,再帰期間を25とし,50 mm×50 mmの面積に発生する可能性のある最大侵食深さを推定し,この値を各暴露試験片の最大侵食深さとした。計算には腐食防食協会監修の極値統計解析ソフト(EVAN-II)を用いた。

2・3 孔食電位および再不動態化電位測定

Table 1に示したSUS443J1の2BとSUS304の2Bから20 mm×20 mmの試験片を切り出し,#1000のエメリー研磨紙を用いて試験面を研磨した。導通用のSUS304の1 mmφの棒を研磨した試験片の一端にスポット溶接し,50 °Cの10%硝酸中に3600 s浸漬して不動態化処理した。その後,試験面10 mm×10 mmを残してシリコンシーラントで被覆した。試験直前には,#120,#600,#1000のエメリー研磨紙を用いて試験面を研磨し,孔食電位測定および再不動態化電位測定に供した。電気化学測定を行った試験片とは別に#120,#600,#1000で表面を研磨した試験片を用意し,表面粗度Rvを測定した。試験溶液は3.5%NaClとし,試験直前にArガスを用いて1800 s以上の脱気処理を行った。ポテンショスタットは北斗電工製のHZ-5000を用いた。試験温度は30 °Cとした。対極は白金箔,参照電極は飽和KCl銀−塩化銀電極を用いた。電位は測定した値から42 mVを減じて飽和カロメル電極に対する電位に換算した13)

直前に研磨を行った試験片を試験溶液に浸漬し,開回路状態で600 s保持したのち,自然浸漬電位から所定の折り返し電流密度に到達するまで0.33 mV/sの挿引速度で電位を貴側に挿引した。折り返し電流密度は0.1 mA/cm2,1 mA/cm2,10 mA/cm2とした。電流密度が折り返し電流密度に達したのち,即座に電位を卑側に0.33 mV/sの挿引速度で挿引し,電流密度が10−5 mA/cm2となった時点で測定を終了した。貴側への電位挿引中に電流密度が10 μA/cm2となった最大の電位を孔食電位とし,卑側への電位挿引中に電流密度が10 μA/cm2となった最大の電位を再不動態化電位とした。試験終了後にルーペを用いて試験面を観察し,すき間腐食が起こっていた試験片はデータから除外した。測定は試験片を変えて3回行い,孔食電位および再不動態化電位は3回の測定の平均を採用した。

3. 実験結果

3・1 暴露試験片の表面形状

走査型電子顕微鏡を用いて,暴露試験に供した試験片の表面形状を反射電子像によって観察した。SUS443J1,SUS304の2B,HLそれぞれの表面形状をFig.2に示す。SUS443J1の2Bは,SUS304と比較して平滑な表面であったが,圧延方向に沿った非常に細い筋と凹凸が確認できた。SUS304の2Bは,結晶粒界に沿って幅1 μmほどの溝が形成されていた。SUS443J1とSUS304のHLの表面には,研磨方向に沿って研磨痕が確認できた。研磨痕の形状はSUS443J1とSUS304の間で顕著な差異は認められなかった。

Fig. 2.

 SEM images indicating surface shapes of the specimens before exposure tests.

表面形状を定量評価するため,圧延方向に対して直角方向に表面粗度を測定した。Fig.3に表面粗度の測定結果を示す。2Bでは,SUS443J1とSUS304の表面形状は,表面仕上げが同じであっても大きく異なった。SUS443J1は深さが0.1 μm程度の凹凸が存在するだけであるが,SUS304はおよそ0.5 μmの深さの幅の狭い凹凸が多数確認された。HLでは,SUS443J1とSUS304の表面形状は互いによく似ており,研磨によって形成された溝の深さはSUS443J1とSUS304で同等であった。

Fig. 3.

 Line profiles of surface roughness of the specimens before exposure tests.

最大谷深さRvの値は,2BではSUS443J1とSUS304で4.1倍の差があり,HLでは同等であった。

3・2 暴露試験による大気環境での腐食挙動の評価

沖縄県うるま市にある暴露試験場において暴露試験を行った。暴露試験後の試験片外観をFig.4に示す。

Fig. 4.

 Appearances of SUS443J1 and SUS304 after exposure tests at Okinawa.

暴露期間1年では,SUS443J1の2BはSUS304の2Bと比較して発銹点が細かく全体の発銹が軽微であった。SUS443J1とSUS304のHLでは,いずれも研磨痕に沿った発銹が確認され,2Bと比較して発銹が顕著であった。SUS443J1とSUS304のHL同士の比較では発銹の状態に顕著な差異は認められなかった。

暴露期間5年では,SUS443J1の2Bは,暴露期間1年と比較して発銹が顕著であったが,暴露期間5年のSUS304の2Bと比較して発銹が軽微であった。HLでは,暴露期間1年と比較してSUS443J1とSUS304 のいずれも発銹の程度はそれほど変化せず,暴露期間5年のSUS443J1とSUS304との比較では発銹の状態に顕著な差異は認められなかった。

暴露試験後に試験片表面の錆を除去し,食孔の形状を走査型電子顕微鏡を用いて観察した。暴露期間1年の食孔の形状をFig.5に示す。SUS443J1の2Bでは,直径が20 μmを超える食孔もいくつか確認されたが,観察した食孔の多くが直径10 μm程度の小さな食孔であった。Fig.5(a)に示した食孔は直径10 μm程度の食孔であり,食孔内部の溶解は軽微であった。SUS304の2Bでは,直径20 μm程度の食孔が多数確認された。食孔の開口部は円形であり内部は半球形に溶解していた。食孔周囲にも結晶粒界の溝に沿って腐食による溶解が確認された。SUS443J1,SUS304のHLでは研磨痕に沿って,連なった食孔が多く観察された。SUS443J1,SUS304の2B,HLいずれの食孔も開口部の開いた形状をしており,蛸壺状の食孔は本暴露試験では確認できなかった。

Fig. 5.

 SEM images indicating pit shapes after the exposure test for 1 year.

暴露期間5年のSUS443J1,SUS304の2Bの食孔形状をFig.6に示す。いずれの食孔もおおむね半球形をしていたが,円周部を詳細に観察すると大小いくつかの半球が重なり合った形状をしていることが確認できた。

Fig. 6.

 SEM images indicating pit shapes after the exposure test for 5 years.

暴露試験後の試験片の錆を除去し,Fig.1に示した25区画の侵食深さを測定し,各区画の最大侵食深さをGumbel確率紙に整理した。結果をFig.7に示す。ここで,x軸は各区画の最大侵食深さであり,y軸は各区画の最大侵食深さに対して小さい順に累積確率Fを割り当て,Gumbel分布関数(1)式を用いて求めた規格化変数である14,15,16)。   

F(x)=exp(exp(y))(1)

Fig. 7.

 Pit depth after exposure tests evaluated by Gumbel distribution.

いずれの鋼種,表面仕上げにおいても,侵食深さと規格化変数はおおむね比例した。すなわち,本暴露試験の侵食深さはGumbel分布により,よい近似が得られた。2Bでは,暴露期間1年,5年のいずれも,SUS443J1の侵食深さはSUS304と比較して小さい傾向があった。暴露期間の1年から5年への変化にともなって,Gumbel確率紙上の直線の傾きが小さくなり,侵食深さの分布が広がる傾向が確認された。SUS443J1,SUS304のいずれも,暴露期間5年で15~20 μmの侵食深さの食孔が残っていた。これは,暴露期間1年で侵食深さが小さかった食孔がそれほど成長しなかったのに対し,暴露期間1年で侵食深さの大きかった食孔がより大きく成長した結果と考えられる。HLでは,暴露期間1年,5年のいずれも,SUS443J1とSUS304の侵食深さはほぼ同一の直線に乗っており,HL表面において,この2つの鋼種が同様の孔食成長挙動を示すことが確認された。暴露期間1年に対して,暴露期間5年では直線の傾きが小さくなり,侵食深さの分布が広がることは2Bと同様であった。

ステンレス鋼の侵食深さの成長速度は(2)式で近似できることが知られている11)。   

X=atn(2)

ここで,Xは最大侵食深さ,tは時間,anは定数である。暴露試験による最大侵食深さの成長挙動をFig.8に示す。それぞれの暴露試験片の最大侵食深さは再帰期間を25(y=3.20)としてFig.7に示したGumbel確率紙より求めた。図中には,成長速度の指標であるnの値を記載した。2Bでは,SUS443J1の最大侵食深さはSUS304の最大侵食深さより小さかったが,nの値はどちらもほぼ0.2であった。すなわち,暴露期間がより長期間となっても最大侵食深さはSUS443J1のほうが小さくなると推定される。HLでは,SUS443J1とSUS304の最大侵食深さは同等であり,nの値はいずれもほぼ0.2であった。

Fig. 8.

 Growth rate of the maximum pit depth expected by Gumbel distribution with 2B and HL surface.

4. 考察

4・1 大気腐食環境におけるSUS443J1とSUS304の孔食成長挙動の比較

フェライトステンレス鋼であるSUS443J1とオーステナイトステンレス鋼であるSUS304について,大気腐食環境における孔食成長挙動を考察する。

Fig.7に示した侵食深さの比較において,2Bでは,SUS443J1はSUS304に対して侵食深さが小さかった一方,HLではSUS443J1とSUS304は同等であった。表面仕上げによる侵食深さの違いは表面凹凸形状の違いに起因すると考えられる。そこで,最大侵食深さを暴露前の表面粗度Rvに対して整理した。結果をFig.9に示す。SUS443J1とSUS304の最大侵食深さは鋼種によらずおおむね同一の線上に整理された。また,Fig.8に示したように(2)式のべき乗則指数nの値は表面仕上げによらずSUS443J1とSUS304のいずれもおよそ0.2であった。これらの結果から,同等の表面粗度Rvであれば,SUS443J1とSUS304は長期にわたって同等の孔食成長挙動を示すと考えられる。実際に,表面粗度Rvが同等となるHLでは,Fig.7Fig.8に示したように,SUS443J1とSUS304で同等の孔食成長挙動を示した。

Fig. 9.

 Effect of surface roughness on the maximum pit depth.

大気腐食環境においては,乾湿繰り返しが発生するため,孔食の発生や再不動態化が孔食の成長において支配的な因子となる17)。そこで,孔食の発生および再不動態化挙動におよぼす表面粗度と鋼種の影響を考察するため,SUS443J1,SUS304について研磨により表面粗度を変化させて孔食電位および再不動態化電位を測定した。

孔食電位と表面粗度Rvの関係をFig.10に示す。図中のエラーバーは3回の測定の最大値と最小値を示す。SUS443J1の孔食電位は,本実験の表面粗度Rvの範囲でSUS304に対してほぼ同等であった。SUS443J1,SUS304のいずれの孔食電位も表面粗度Rvの増加に対して同様の傾きで直線的に減少した。この結果は,同等の表面粗度Rvであれば,SUS443J1とSUS304が孔食の発生に対して同等の性能を有していることを示唆している。

Fig. 10.

 Effect of surface roughnessRv on pitting potential.

折り返し電流密度を1 mA/cm2とした再不動態化電位をFig.11に示す。再不動態化電位はSUS304とSUS443J1でほぼ同等であり,表面粗度Rvの変化によらずほぼ一定の値となった。この結果は,SUS443J1とSUS304が孔食の再不動態化において同等の性能を有していることを示唆している。

Fig. 11.

 Effect of surface roughnessRv on repassivation potential.

以上のように,SUS443J1とSUS304は孔食の発生と再不動態化において,同等の性能を有していると考えられる。それゆえに,これらの因子が孔食の成長において支配的となる大気腐食環境において,SUS443J1とSUS304は同等な孔食成長挙動を示したと考えられる。

4・2 孔食成長挙動におよぼす表面形状の影響

ステンレス鋼の腐食の発生に対して表面形状は顕著な影響をおよぼすことはよく知られている9,18)Fig.4Fig.5に示したように本暴露試験においても,SUS443J1,SUS304のいずれも表面仕上げによって腐食の形態に大きな差異が確認できた。しかし,孔食の成長挙動におよぼす表面形状の影響については,これまでに詳細な報告は少ない。

暴露期間1年の食孔の侵食深さはFig.7に示したように小さいものでも10数μm程度であった。一方で,Fig.3に示したように暴露試験前の試験片の表面凹凸は,最大の凹部でも深さ1.5 μm以下である。したがって,食孔が形成された場所では孔食の発生因子となった表面の凹凸は消失していると考えるのが妥当である。また,Fig.11に示したようにSUS443J1およびSUS304の再不動態化電位は試験前の表面粗度によらずほぼ一定であった。このことは,食孔が形成された場所では,その後の腐食挙動に対して表面仕上げの違いによる表面形状の影響が消失することを示唆している。

しかし,本暴露試験の結果によれば,暴露期間1年および5年の最大侵食深さは,Fig.9に示したように表面粗度Rvの増加にともなって増加した。したがって,暴露前の表面形状が暴露後の食孔の侵食深さ,すなわち孔食の成長挙動に対してなんらかの影響をおよぼしたものと考えられる。

ここで,ステンレス鋼の孔食の成長挙動について検討する。ステンレス鋼の孔食の成長挙動は(2)式によって近似でき,anの定数によって規定される。nの値はべき乗則指数であり,同一の暴露環境であればステンレス鋼の種類によらず一定となることが知られている11)。一方,aの値は時間t=1,すなわち,暴露初期における侵食深さである。したがって,長期の暴露期間を通じ,食孔の侵食深さの大小はaの値,すなわち,暴露初期の侵食深さの大小によって決まると考えられる。本暴露試験では,Fig.8に示したようにnの値は鋼種や表面仕上げによらずいずれもおよそ0.2であった。一方で,aの値は同じ鋼種であっても表面粗度Rvの大きいHLのほうが2Bと比較して大きな値となった。その結果,表面粗度Rvの大きいHLは2Bと比較して暴露期間のいずれの時点においても最大侵食深さが大きくなった。このことから,暴露前の表面形状は初期の食孔の侵食深さに影響を与えるが,その後は食孔の形成された場所では暴露前の表面形状の影響は消失し,同等のべき乗則指数にしたがって孔食が成長したものと考えられる。

表面粗度Rvの増加が初期の侵食深さを増加させる機構は次のように考えられる。表面粗度Rvの増加はFig.10に示したように孔食電位を顕著に低下させる。乾湿繰り返しのある大気腐食環境においては,雨等によって形成された表面の液膜が乾燥する過程でもっとも腐食環境が厳しくなり,この過程において孔食が発生する。孔食電位の低い表面では,液膜の乾燥過程で,より早いタイミングで孔食が発生するため,液膜が完全に乾燥して腐食が停止するまでにより長い時間を要し,孔食が成長する。その結果,表面粗度Rvの大きい表面では,初期により侵食深さの大きい食孔ができると考えられる。

侵食深さの大きい食孔が孔食成長挙動に与える影響を検討する。Fig.7に示したように,暴露期間5年では暴露期間1年よりも食孔の侵食深さの分布が広がった。これは,侵食深さの大きい食孔ほど,より早く侵食深さが増加することを示唆している。

食孔の侵食深さは小さいものでも10数μmであり,孔食発生前の表面粗度Rvと比較して大きい。したがって,食孔の形成は表面粗度Rvを増加させる。Fig.10に示したように表面粗度Rvと孔食電位には相関がある。すなわち,初期に大きな食孔が形成され,表面粗度Rvが増加することで,孔食の発生が促進されると考えられる。Fig.6に示したように,暴露期間5年の表面では食孔が重なって形成した様子が多数確認された。これは,成長が一旦停止した食孔を起点に新たな孔食が発生,成長したことを示唆しており,上述の考察を支持する結果である。

さらに,大気腐食環境のような乾湿繰り返しのある環境では,液膜の乾燥過程において発生した孔食は,比較的早く液膜の乾燥が完了して再不動態化が起こる。そこで,再不動態化におよぼす食孔の侵食深さの影響を再不動態化電位測定により検討した。

折り返し電流密度を0.1~10 mA/cm2と変化させて表面仕上げ#600材の再不動態化電位を測定した結果をFig.12に示す。SUS443J1,SUS304のいずれも再不動態化電位は同等であり,折り返し電流密度の増加にともなって,再不動態化電位が顕著に低下した。折り返し電流密度の増加は孔食の成長を意味しており,折り返し電流密度が高いほど再不動態化すべき食孔はより深くなる。折り返し電流密度の増加により再不動態化電位が低下したことは,成長した食孔では再不動態化が起こりにくいことを示している。

Fig. 12.

 Effect of turning current density on repassivation potential.

以上のように,成長した食孔では,食孔そのものが新たな孔食の発生因子となることに加えて,再不動態化が抑制されるために,侵食深さの大きい食孔は侵食深さの小さい食孔と比較してより早く侵食深さが増加すると考えられる。

以上に示したように,表面粗度Rvの大きい表面では孔食電位が低下することで孔食の発生が促進される。迅速に形成された食孔は,表面の液膜が乾燥するまで長時間,成長状態に置かれるので,初期の侵食深さが増大する。その後の孔食の成長に関しては,孔食発生前の表面形状の影響は消失する。一方で,形成された侵食深さの大きい食孔は侵食深さの小さい食孔と比較してより早く侵食深さが増加する。その結果,表面粗度Rvの大きい表面仕上げでは,初期に形成された侵食深さの大きい食孔が優先的に成長し,表面粗度Rvが小さく初期の侵食深さが小さい表面仕上げに比べ,食孔の侵食深さが大きくなったものと考えられる。

5. 結言

大気腐食環境におけるフェライトステンレス鋼およびオーステナイトステンレス鋼の腐食挙動を,SUS443J1,SUS304の2B,HLの暴露試験により評価した。暴露試験の結果に加えて,電気化学的な手法を用いて,孔食の発生および再不動態化におよぼす表面形状の影響を検討した。その結果,以下の結論が得られた。

(1)本暴露試験において,SUS443J1の最大侵食深さはSUS304に対して,2Bでは小さく,HLでは同等であった。SUS443J1,SUS304のいずれも鋼種,表面仕上げによらず,べき乗則指数nの値はおよそ0.2であった。すなわち,孔食の成長挙動は長期の暴露試験においても同等であり,SUS443J1はSUS304と同等の耐食性を有することが予測された。

(2)孔食電位は表面粗度Rvに依存し,同一のRvのもとではSUS443J1とSUS304でほぼ同等の値となった。再不動態化電位は,Rvによらずほぼ一定であり,SUS443J1とSUS304でほぼ同等の値となった。また,再不動態化電位は折り返し電流密度の増加にともない卑側に遷移したが,鋼種間による差異は認められなかった。電気化学測定の結果からも,SUS443J1の耐食性がSUS304と同等であることが示された。

(3)暴露試験前の表面粗度Rvの増加にともない,暴露初期の最大侵食深さが増加した。侵食深さの大きい食孔では,再不動態化が抑制されることに加えて食孔自体が新たな孔食の起点となった。そのため,侵食深さの大きい食孔は優先的に侵食深さが増加し,侵食深さが小さい食孔と比較してより早く侵食深さが増加した。その結果,表面粗度Rvが大きく暴露初期の食孔の侵食深さが大きい鋼板では,長期の暴露試験における最大侵食深さがより増加した。

文献
 
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