Tetsu-to-Hagane
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Effect of Trace Amount Tungsten on Long-term Material Properties of High Cr Steels
Takashi OnizawaYuji NagaeKenji Kikuchi
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2014 Volume 100 Issue 8 Pages 999-1005

Details
Synopsis:

The applicability of high chromium (Cr) steel as the main structural material in fast breeder reactors (FBR) has been explored to enhance the safety, the credibility and the economic competitiveness of FBR power plants. Tungsten (W) is believed to improve the high temperature strength of high Cr steels by solid-solution strengthening mechanism, although the long-term effectiveness and stability of such a strengthening mechanism has not fully been understood yet. High Cr steels controlling W content are produced and tensile tests, creep tests, aging tests and charpy impact tests were conducted to investigate the long-term material properties. It was observed that the short-term creep strength could be improved by W. However, there is almost no influence of W on the long-term creep strength. And it was observed that the impact properties after aging could be improved by decreasing of W. It was found that the optimal W content for excellent high Cr steel of FBR grade are < 0.1 wt. %, under FBR operating conditions.

1. 緒言

高速炉の商業化のためには,安全性に加えて,軽水炉などに比べて優れた経済性を達成する必要がある。そのため,高温強度と熱的特性に優れた高クロム鋼(以下,高Cr鋼)を構造材料に採用し,物量を削減などにより,経済性を達成するということが検討されている1)

火力発電用ボイラ等において,多くの実績を有する既存高Cr鋼2)は,優れた高温強度と熱的特性を併せ持つ材料であるものの,高温長時間においてクリープ強度や延性が低下することや,靭性が乏しいことなどが報告されている3,4,5,6)。高速炉構造材料には,最高使用温度約550 °Cにおけるクリープ強度が求められるほか,クリープ疲労強度や靱性が要求され,また設計寿命60年を想定する長寿命プラントの寿命末期までそれら特性を安定に保つ必要がある。そのために,高Cr鋼を高速炉構造材料に適用するにあたっては,添加元素や熱処理条件などを最適化することによって,それらの性質を改善することが望まれる。

既存高Cr鋼の高温強度は,多くの元素を添加することで得られる強化機構により達成されているが,それらの強化機構の高速炉温度域(550 °C)における長時間有効性・安定性は,明らかにされていない。耐熱鋼における主要な強化機構としては,固溶強化機構と析出強化機構がある。これらのうち,析出強化機構に関しては,著者らはこれまでにバナジウム(V)とニオブ(Nb)添加量を調整した高Cr鋼に対して,クリープ試験を実施し,高速炉使用条件(最高使用温度550 °Cで約50万時間)におけるクリープ特性とV,Nbそれぞれの関係を明らかとし,高速炉構造用高Cr鋼に最適なV,Nb添加量を提示した7,8)

一方,固溶強化機構に関しては,主要な固溶強化元素であるモリブデン(Mo)とタングステン(W)が時効やクリープに伴うLaves相の析出・粗大化によって母相から枯渇し,クリープ強度が低下するとの指摘や9,10),Laves相の析出により長時間域での衝撃吸収エネルギーが低下することが報告11,12,13)されている。このようなことから,高速炉使用環境における固溶強化機構の高温長時間での安定性・有効性を明らかにし,安定した強度を有すると共に長時間でも優れた延性および靱性を有する高Cr鋼を開発することを目標に,最適Mo,W添加量に関する研究を実施している。これまでに11Cr-0.4Mo-2W,11Cr-1.2Mo-0.3Wおよび11Cr-1.5Moの3鋼種を用いた材料試験・分析を実施し,600 °C-12000 h時効後の衝撃特性が11Cr-0.4Mo-2Wで他鋼種に比べ優位に低いことから,高速炉構造用高Cr鋼としてはW添加量を減少させる方向性であることが確認されている14)

これまで実施されてきたW添加量と材料特性に関する研究は,Moと置き換える形でWを添加した場合など,主に1.0 wt.%以上のW添加量の影響についての検討であり2,9,10,11,12,13),微量のW添加による材料特性,特に長時間材料特性への影響については,これまで明らかにされてこなかった。このため,本研究は,W添加量を無添加から0.35 wt.%と低めに調整した高Cr鋼に対して,時効後衝撃試験に加え,引張試験,長時間クリープ試験および組織観察・分析を実施し,高速炉使用条件(最高使用温度550 °Cで約50万時間)における長時間材料特性とW添加量の関係を明らかにする。特にLaves相に着目した組織観察・分析により靱性およびクリープ特性と金属組織の関係を明らかとし,高速炉構造用高Cr鋼に最適なW添加量を提示する。

2. 供試材および試験方法

供試材の化学組成をTable 1に示す。これまでの研究から,高速炉構造用高Cr鋼としてはW添加量を減少させる方向性を確認しおり,W添加量0.40 wt.%以下とすることが提案されている14)。そのため,高速炉構造用高Cr鋼における最適W添加量を見極めるために,W添加量を無添加から0.35 wt.%まで変化させた5鋼種を製作した。なお,Mo添加量は,高Cr鋼における高温強度の向上には,Mo当量(Mo+0.5 W)≒1.5 wt.%が最適であるとの報告10,15,16)を参考に,W添加鋼の4鋼種では1.2 wt.%とし,W無添加鋼は1.5 wt.%とした。W添加鋼の4鋼種は,真空溶解により溶製した約75 kgインゴットから,熱間圧延(加熱温度:1100 °C×2 h,圧延後の冷却条件:空冷)により作製した厚さ30 mmの板材である。熱処理条件は共通であり,1050 °C×1 h空冷の焼ならし後,740 °C×2 h空冷の焼戻し処理を施している。W無添加鋼は,1090 °C×7.5 h油焼入れ,730 °C×6 h炉冷の焼入れ−焼戻しを実施した材料である。W無添加鋼は,W添加鋼の4鋼種と合わせてW添加量に関する検討に用いることができるように,蒸気タービンロータ軸として製作された大型鍛造材の余長部対して,再焼入れ−焼戻し処理を行うことで,W添加鋼の4鋼種と同程度の引張強度となるよう調整した材料である。

Table 1. Chemical composition of steels.
SteelChemical composition (wt.%)
CSiMnPSNiCrVNbNSol.AlWMo
0.35 W-1.2 Mo0.110.040.50.0050.0040.6910.350.170.0630.0320.0010.341.20
0.30 W-1.2 Mo0.120.030.50.0050.0040.6910.260.180.0630.0310.0010.301.20
0.20 W-1.2 Mo0.110.030.50.0050.0040.6910.210.180.0630.0330.0010.191.19
0.10 W-1.2 Mo0.110.030.50.0050.0040.6910.250.180.0630.0310.0010.101.19
0 W-1.5 Mo0.140.070.50.0090.0010.6010.360.180.0590.0471.48

これら供試材に対し,引張試験,クリープ試験,時効試験,衝撃試験および組織観察・分析を実施した。引張試験は,JIS Z 2241(2011)およびJIS G0567(1998)に準拠して実施し,試験片形状は,標点間距離50 mm,直径10 mmの中実丸棒試験片を用いた。試験温度は,室温および450 °C~600 °Cにおける50 °Cピッチで実施した。クリープ試験は,JIS Z 2271(2010)に準拠して実施し,試験片形状は,引張試験と同じくGL50 mm,φ10 mmの中実丸棒試験片を用いた。クリープ試験温度は,温度加速により長時間供用後の組織安定性を検討するために,高速炉実証施設の炉容器出口温度の約550 °Cより50 °C高く設定し,600 °Cとした。これは,高Cr鋼においては,Laves相の析出ノーズが,620 °C~670 °Cにあるとの報告9,17)があることから,これ以上の温度加速は,550 °Cにおける組織安定性を検討する上で好ましくないと考えられるためである。各鋼種2~3応力条件の試験を実施し,最長15000時間程度までのクリープデータを取得した。時効試験は,純度99.99%のArガス雰囲気中で最長21000 hまで実施した。時効温度は,クリープ試験温度と同じく600 °Cとした。衝撃試験は,JIS Z2242(2005)に準拠し,未時効材(以下,受入材),9300 h時効材,15000 h時効材および21000 h時効材に対して実施した。受入材および時効材に対して走査型電子顕微鏡(以下,SEM)を用いて加速電圧15.0 kVの条件にて観察を実施した。Laves相に多く含まれる重元素のMo,Wの反射電子像は,周囲の相対的な軽元素より後方散乱強度が強くなるため周囲より輝度が高く観察される。そのため,反射電子像によるLaves相に着目した観察を実施した。抽出残渣分析は,受入材および時効材に対して試料中の析出物を抽出分離し,さらにLaves相とその他の析出物(炭化物や窒化物など)に分離して定量分析する方法を用いた。電解方法は,電解液として10%アセチルアセトン−1%テトラメチルアンモニウムクロライド−メタノール溶液を用い,電流密度20 mA/cm2の定電流電解法を用いた。電解後は,孔径0.2 μmのニュークリポアフィルターを用いたろ過を行い,残渣とろ液に分離した。残渣をLaves相とその他の析出物に分離するための二次処理は,日本鉄鋼協会共同研究会鉄鋼分析部会析出物分析小委員会による高合金・超合金中析出物の抽出分離定量法18,19)に準拠して行った。

3. 試験結果

3・1 引張試験結果

Fig.1に引張強さと温度の関係,Fig.2に0.2%耐力と温度の関係,Fig.3に破断伸びと温度の関係を示す。W添加鋼の4鋼種を比較するとW添加量の増加に伴い,僅かに引張強さ0.2%耐力が増加する傾向が見られるが,0.1 wt.%~0.35 wt.%のW添加量の引張強度への影響は小さい。W無添加である0W-1.5Mo鋼は,製造方法の異なる材料に対して熱処理により,W添加鋼と同程度の引張強度となるように調整した材料であるが,その引張強さは,W添加鋼の4鋼種に対して50 MPaほど低強度であり,率にして最大10%低下している。W無添加材と添加材における引張強度の差が含有Wの影響とみるか,あるいは熱処理条件の違いに因るとみるかは更に検討を加える必要があろうが,0W-1.5Mo鋼と同様な化学成分を有する鋼種において,熱処理条件により0.2%耐力を570 MPa~780 MPaに調整可能である20)ことを考慮して,W添加鋼との有意差は少ないと結論される。なお,破断伸びについても引張強度と同様にW添加量の影響は小さい。

Fig. 1.

 Relationship between W content and tensile strength.

Fig. 2.

 Relationship between W content and 0.2% proof stress.

Fig. 3.

 Relationship between W content and elongation.

3・2 クリープ試験結果

Fig.4に応力とクリープ破断時間の関係を示す。190 MPaの条件では,W添加量によるクリープ強度への影響が見られ,W添加量の増加に伴いクリープ破断時間が増加する。一方,低応力条件になるほど,鋼種間のクリープ強度の差は小さくなり,145 MPaの条件では,W添加量による有意差は見られなくなる。このことは,Fig.5に示すクリープ変形挙動についても同様であり,145 MPaの条件では,W添加量による有意差は無くなる。

Fig. 4.

 Relationship between W content and creep strength.

Fig. 5.

 Relationship between W content and creep rate.

Fig.6に破断伸びおよび破断絞りとクリープ破断時間の関係を示す。クリープ延性については,W無添加から0.35 wt.%添加までの影響は認められない。また,高強度フェライト耐熱鋼のいくつかの鋼種で生じるような,長時間クリープにおけるクリープ延性の急激な低下も確認されず6),本試験の範囲である600 °C-1万時間程度までは,安定したクリープ延性を有している。

Fig. 6.

 Relationship between W content and creep elongation, reduction of area.

3・3 時効後衝撃試験結果

衝撃試験は,Fig.7に代表として0.35W-1.2Mo鋼のデータを示すように受入材,600 °C-9300 h時効材,600 °C-15000 h時効材および600 °C-21000 h時効材について,各鋼種において6点から12点のデータを取得し,延性−脆性遷移温度および上部棚吸収エネルギーを取得した。延性−脆性遷移温度および上部棚吸収エネルギーの時効に伴う変化について鋼種間の比較結果をFig.8およびFig.9に示す。

Fig. 7.

 Results of Charpy impact test of 0.35 W-1.2 Mo steel.

Fig. 8.

 Relationship between W content and ductile brittle transition temperature of aged and unaged materials.

Fig. 9.

 Relationship between W content and upper shelf energy of aged and unaged materials.

受入材では,延性−脆性遷移温度,上部棚吸収エネルギー共にW添加によって起こる特記すべき傾向は見当たらない。600 °Cの時効により,いずれの鋼種においても9300 h時効により延性−脆性遷移温度は増加し,上部棚吸収エネルギーは低下する。9300 h以上の時効では,延性-脆性遷移温度および上部棚吸収エネルギーの変化は小さく,受入材からの変化は9300 hでほぼ飽和する。

供試材5鋼種の比較によりW添加量と時効後衝撃特性の関係を見ると,W無添加である0W-1.5Mo鋼が最も時効に伴う衝撃特性の低下(延性−脆性遷移温度の上昇,上部棚吸収エネルギーの低下)が大きい。W添加鋼の4鋼種を比較すると,W添加量が低下するほど,時効後の衝撃特性の低下が小さく,衝撃特性に優れる結果となった。

3・4 組織観察・分析結果

光学顕微鏡観察より供試材5鋼種は,いずれも焼き戻しマルテンサイト組織となっており,δフェライトは確認されない。結晶粒度は,W添加鋼の4鋼種は結晶粒度5~5.6で大きな違いはないが,W無添加鋼(0W-1.5Mo鋼)の結晶粒度は2.3とW添加鋼に比べて粗粒である。W無添加鋼は他鋼種と製造方法が異なり,蒸気タービンロータ軸として製作された大型鍛造材の余長部対して,再焼入れ−焼戻し処理を実施した材料である。一般に大型鍛造材は,鍛造時間および熱処理時間が長くなるため,結晶粒度は板材よりも粗粒になる。このため,W無添加鋼の結晶粒度は,W添加量の影響でなく,製造方法に起因して粗粒になったものと考えられる。

析出物の種類は,TEM観察・分析により確認を実施し,受入材では,いずれの鋼種においてもM23C6,Nb炭窒化物,V炭窒化物の3種類であり,時効およびクリープ後は,Laves相およびZ相が析出する。本研究は,W添加量の影響を明らかにすることが目的であることから,特にLaves相に着目した組織観察を実施した。Fig.10に各鋼種の受入材および時効材の旧オーステナイト粒界3重点における反射電子像を示す。Laves相に多く含まれる重元素のMo,Wは,反射電子像では周囲より輝度が高く観察される。受入材では,白く(輝度が高く)観察される箇所は無く,Laves相の析出は確認されない。時効後は,いずれの鋼種においてもLaves相の析出が析出する。9300 hと21000 hを比較すると,21000 hの方が粗大なLaves相が多く観察される。W添加量の影響を見ると,定性的ではあるがW添加量の増加に伴いLaves相の析出量が増加する傾向が見られ,特に0.35W-1.2Mo鋼では微細なLaves相が多く析出する。

Fig. 10.

 Backscattered electron image of aged and unaged materials.

抽出残差分析より得た受入材および時効材のLaves相分析結果をFig.11に示す。抽出残差分析によるLaves相の分析結果は,F,CrとMo,Wの組成比が約2であり,Laves相の組成比と整合することを確認している。抽出残差分析によるLaves相の析出量は,受入材ではほぼ0であり,600 °C-9300 h時効で急激に増加し,21000 h時効で僅かに増加する。この結果は,SEM観察結果と合致する。W添加量による影響を見ると,W添加量の増加に伴い,Laves相の析出量は増加する。W無添加の0W-1.5Mo鋼は,その傾向から外れるが,これはLaves相の析出を促進するSi添加量が他鋼種に比べて約2倍添加されているためと考えられる21,22)

Fig. 11.

 Extracted residue analysis results of aged and unaged materials (Laves phase).

4. 考察

4・1 クリープ特性とW添加量の関係

高強度フェライト耐熱鋼は,応力とクリープ破断時間の傾きが,高応力・短時間領域に比べ,低応力・長時間領域で急になることが報告されている4,5,8)。これは,高応力・短時間領域と低応力・長時間領域で生じる破損メカニズムの違いに起因するものであり,弾性限にほぼ対応する0.2%耐力の1/2でデータを区分することで評価できる4,5,8)。そのため,本クリープ試験結果も0.2%耐力の1/2を境界とし,高応力・短時間領域と低応力・長時間領域で分けて評価する。Fig.4には引張試験より得られた0.2%耐力の1/2に相当する応力を示しており,190 MPaの条件が高応力・短時間領域となり,155~162 MPaおよび145 MPaの条件が低応力・長時間領域となる。

高応力・短時間領域のクリープ強度は,Fig.4Fig.5から分かるようにW添加量によるクリープ強度への影響が見られ,W添加量の増加に伴いクリープ破断時間が増加する。高強度フェライト耐熱鋼における高応力・短時間領域のクリープ強度は,引張強度(0.2%耐力,引張強さ)と対応するが20),本供試材では,W添加量の増加に伴う引張強度の増加は僅かであるのに対し,W添加量の増加に伴うクリープ強度の増加は大きい。本供試材では,3・4節のSEM観察および抽出残差分析結果より,W添加量の増加に伴い微細Laves相の析出が増加することから,W添加量に伴う短時間クリープ強度の増加は,微細Laves相による析出強化が寄与していると推察できる23)。以上の検討より,高応力・短時間領域のクリープにおいては,W添加量は多いほど高強度になると結論づけられる。

低応力・長時間領域のクリープ強度は,Fig.4から分かるように低応力になるほど,鋼種間のクリープ強度差が小さくなる。また,クリープ挙動に関してもFig.5に示す145 MPaの条件から分かるように,W添加量による有意差は見られなくなる。著者はこれまでに,VおよびNb添加量を調整した高Cr鋼による研究により,本供試材のような高強度フェライト耐熱鋼における,弾性限以下の応力となるような低応力条件のクリープでは,全体的に均一な組織回復を生じるのではなく,旧オーステナイト粒界近傍でZ相の析出粗大化に伴うMXの消失などにより優先的な組織回復が生じて,そこを起点としてクリープ破壊に至ることを明らかとしている8,24)。つまり,組織全体が均一に回復するような高応力・短時間クリープでは,微細Laves相の析出はマルテンサイト組織回復を抑制する効果を果たし,クリープ強度の向上に寄与するが,優先的な組織回復が生じる低応力・長時間クリープでは,クリープ強度への寄与が期待できない。このため,低応力・長時間クリープである145 MPaの条件では,W添加によるクリープ強度の差が無くなったと推察できる。また,W添加は,固溶強化機構としてクリープ強度へ寄与する。固溶強化機構は,基底クリープ強度にも影響することが報告されていることから25),長時間クリープ強度に寄与していることは明白である。しかし,本クリープ試験の結果では,長時間クリープ強度へのW添加量の影響は見られなかった。これは,本供試材では,Wと同じ固溶強化元素であるMoが1.2 wt.%以上いずれの鋼種でも添加されているため,固溶強化としてクリープ強度に寄与する固溶強化元素量がW添加量によらずに確保されていたためと考えられる。このことは,長時間クリープ強度に寄与する固溶強化元素量は,MoとWの合計量で評価できることを示唆している。以上の検討より,低応力・長時間領域のクリープにおいては,0.35 wt.%程度までのW添加の影響は小さいと結論づけられる。

4・2 時効後衝撃特性とW添加量の関係

時効後衝撃特性とW添加量の関係を明らかとするために,W添加量を調整した高Cr鋼5鋼種に対して,600 °C-9300 h,15000 hおよび21000 h時効材の衝撃試験および衝撃特性に影響するLaves相の析出について時効材のSEM観察および抽出残差分析を実施した。Fig.8およびFig.9に示すようにW無添加の0W-1.5Mo鋼は,時効による延性-脆性遷移温度の上昇および上部棚吸収エネルギーの低下といった衝撃特性の低下が最も顕著であるが,これはSEM観察および抽出残差分析より明らかとしたLaves相の析出を促進するSi添加量が他鋼種より多いため,時効によるLaves相の析出量が他鋼種より多くなったことが原因である。このため,W添加量と時効後衝撃特性の関係を評価する上では,W無添加の0W-1.5Mo鋼は参考値扱いとすることが妥当と判断した。

600 °Cの時効により生じる衝撃特性の低下は,W添加量によらず,いずれの鋼種も生じる。また,衝撃特性の低下が600 °Cでは9300 h以内で飽和することも鋼種間に差は見られない。しかし,時効に伴う衝撃特性の低下の程度については,W添加量による違いが見られ,W添加量が少ないほど衝撃特性の低下が少なく,時効後衝撃特性に優れる結果となった。これは,時効に伴うLaves相の析出量と対応しており,W添加量が少ないほど,Laves相の析出量が少なくなったことが,優れた時効後衝撃特性につながったと考えられる。上記より,時効に伴う衝撃特性の低下は,W添加量に依存し,W添加量が少ないほど時効後の衝撃特性が優れると結論づけられる。

4・3 高速炉構造用高Cr鋼における最適W添加量

高速炉構造材料は,高速炉使用条件である550 °C-50万時間における長時間材料特性が要求される。特に重要視するべき長時間材料特性は,クリープ強度,クリープ疲労強度,時効後靱性(衝撃特性)である。クリープ疲労強度については,クリープ延性との相関があることら26),クリープ延性を指標に検討を実施する。本研究では,550 °C-50万時間材料特性を温度加速を用いて検討するために,600 °Cでクリープ試験および時効試験を実施した。L.M.P.27)による温度加速を用いる場合には,定数Cの設定が重要となる。本検討では,類似鋼で報告28)されているC=20~36を参考に,時間外挿を検討する上では,小さいC値を用いる方が保守的な評価となることからC=20を用いることとした。

4・1節で,低応力・長時間領域のクリープ強度には,0.35 wt.%までのW添加の影響は小さいことを明らかとした。600 °Cで最長15585時間までの試験を実施しており,600 °C-15585 hは550 °Cに換算すると約46万hに相当する。このことより,高速炉使用条件におけるクリープ強度には,Moが1.2 wt.%程度添加されている場合は,W添加の影響は小さいと推定できる。同様に,クリープ延性についても,W添加の影響が見られないことから,高速炉使用条件におけるクリープ延性,つまりはクリープ疲労強度にW添加の影響は小さいと推定できる。

一方,時効後衝撃特性に関しては,4・2節で,W添加量に依存し,W添加量が少ないほど優れた時効後衝撃特性を得られることを明らかとした。クリープ特性同様に,L.M.Pにより550 °Cに換算すると,600 °C-21000 hは約63万時間に相当し,高速炉寿命末期においても,W添加量の調整による衝撃特性改善は有効である。優れた時効後衝撃特性は,破断前漏えい(LBB)成立範囲の増加につながるため,衝撃特性の観点からは,高速炉構造用高Cr鋼におけるW添加量は,少ないほど良いと結論づけられる。

短時間強度の向上にはW添加は有効であるが,長時間クリープ特性およびクリープ疲労特性にはW添加量の影響は小さく,時効後衝撃特性の観点からはW添加量は少ないほど良いことから,本供試材の成分範囲も考慮し,高速炉構造用高Cr鋼におけるW添加量は,0.1 wt.%以下が最適と結論づけられる。

5. 結言

W添加量を調整した高Cr鋼に対して,引張試験,クリープ試験,時効試験,衝撃試験および組織観察・分析を実施し,高速炉使用条件を考慮した高速炉構造材料として最適なW添加量に関する検討により,以下の結論を得た。

(1)高速炉構造用高Cr鋼におけるW添加量は,長時間クリープ特性および時効後衝撃特性より,0.1 wt.%以下が最適と結論づけた。

(2)0.2%耐力の1/2以下となる低応力・長時間領域のクリープ特性には,W無添加から0.35 wt.%添加鋼に有意な差は無く,長時間クリープ特性へのWの微量添加の影響は小さいことを明らかとした。

(3)時効によりLaves相が析出し,Laves相の析出に起因して衝撃特性が低下する。本供試材の成分系においては,衝撃特性の低下は,600 °Cの時効においては,9300 hまでで飽和すること明らかとした。

(4)Laves相の析出および衝撃特性の低下は,W添加量に依存し,W添加量が少ないほど時効後の衝撃特性が優れることを明らかとした。

文献
 
© 2014 The Iron and Steel Institute of Japan

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