2014 Volume 100 Issue 9 Pages 1050-1061
The methodology of phase diagrams and that of alloy design were reviewed. The construction of a thermodynamic database for multicomponent systems by the CALPHAD method are shown, where the first principles calculations play a significant role in the estimation of thermodynamic properties of metastable phases. Some examples of alloy design for advanced materials using phase diagrams are shown in Pb-free machinable steels, high strength steels with low density, superelastic Fe-based and Cu-based alloys, magnetic recording media of Co-Cr-based alloys and Co-based superalloys.
新しい材料の開発についてコンピュータを利用したり,理論的な基礎の上に立って定量的に予測しながらもっと効率的かつ系統的に材料設計を行う研究が活発になったのは1980年代であろう。1985年に三島,岩田らによって「新材料開発と材料設計学」が出版され1),鉄鋼,非鉄金属,セラミックスを始め,半導体・高分子・触媒等の種々の材料についての設計手法が紹介されている。その中で,鈴木朝夫先生が状態図の予測とその利用について解説されており,計算状態図の重要性を強調されている。特に実用材料に適用するためには多元系への拡張が不可欠であるので,そのためには2元系や3元系の信頼できる解析が必要である。特に,計算状態図については1970年代以降にコンピュータの普及とともに著しい進展があり,CALPHAD(Calculation of Phase Diagrams)法として確立されている2)。この事についてはNishizawaが詳しく述べられているが3),現在の状況と比較すると大きく変化した点は,第一原理計算の進展4)と実用合金のデータベースの充実を挙げる事が出来よう。第一原理計算によって安定相だけでなく準安定相の電子状態を計算し,それを自由エネルギーの枠組みに導入する事によってより信頼度の高い熱力学データの推定が可能になった。実用合金の熱力学データベースについてはTable 1に示すが5),10元系以上の多元系合金の計算が可能になっている。これらのデータベースはFig.1に示すように純物質を始め2元系,3元系の実験データの採取,また実験的に採取する事が困難である準安定相の熱力学的性質の第一原理計算などによる推定,さらに多元系合金を精度良く計算するための熱力学モデルの構築やソフトウェアの開発などの研究の進展による所が大きい。この様な熱力学データベースを構築し合金開発を行った例として,鉛フリーはんだに関するヨーロッパ共同体のCOSTプロジェクトを挙げる事ができる。すなわち,環境規制からPb-Sn系のはんだ代替材の開発のために2002年より5年間COST 531,さらに高温用鉛フリーはんだの研究に2007年よりCOST MP0602のプロジェクトが実施され,計算状態図集が刊行されている6)。
Alloy system | Element | Phase |
---|---|---|
Iron base | ||
Low alloy steels | Fe-C-N-Si-Mn-Cr-Mo-Ni-Co-Al-Nb-V-Ti-W | L, α, γ, carbide, nitride |
Microalloyed steels | Fe-C-N-S-Mn-Si-Al-Cr-Ti-Nb-V | L, α, γ, carbide, nitride, sulfide |
Tool steels | Fe-C-Cr-V-W-Mo-Co | L, α, γ, carbide |
Stainless steels | Fe-C-N-Si-Cr-Ni-Mn-Mo-Al | L, α, γ, carbide, nitride |
Steels with low density | Fe-C-Mn-Al-Cr-Si | L, α, γ, carbide |
Sulfide | Fe-C-S-Cr-Ni-Mn-Ti | L, α, γ, sulfide, carbide |
Ni base alloys | Ni-Al-Ti-Cr-Mo-Co-Ta-Nb-Zr-W-Hf-B-C | L, γ, γ', β, TCP (σ, μ, Laves), boride, carbide |
Co base alloys | Co-Al-Cr-W-Ni-(Ta)-(Mo)-(C) | L, α, ε, intermetallic compounds |
Ti base alloys | Ti-Al-V-Mo-Cr-Si-Fe-Nb-Sn-Ta-Zr-B-C-N-O | α, β, compounds, boride, carbide |
Al base alloys | Al-Cr-Cu-Fe-Mg-Mn-Ni-Si-Ti-V-Zn-Zr | L, α, intermetallic compounds |
Mg base alloys | Mg-Al-Ca-Ce-Gd-Li-Mn-Nd-Sc-Si-Sr-Y-Zn-Zr | L, α, β, γ, intermetallic compounds |
Cu base alloys | Cu-B-C-Cr-Fe-Ni-P-Si-Sn-Ti-Zn | L, α, β, γ, intermetallic compounds |
Alloy semiconductor | Al-Ga-In-P-As-Sb | L, compounds |
Microsolders | Pb-Sn-Ag-Cu-Bi-Sb-Zn-In-(Al)-(Au)-(Ni) | L, α, β, γ, δ, intermetallic compounds |
Thermodynamic database.
合金状態図,熱力学データベース,組織制御,合金設計および材料開発についてはこれまでもいくつか紹介,報告されている5,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21)。特に最近マテリアルズ・ゲノムプロジェクトと種々の材料設計について報告されている22)。例えばFig.2はCALPHADの熱力学データベースと拡散を含めた速度論的なデータベースとのリンクを示している23)。特にFig.2に示す様にPhase field法によって組織形成過程をシミュレートする研究が盛んにおこなわれている24)。今後,機械的性質や他の物性予測もかなりの精度で可能になると考えられる。
CALPHAD: the road map of quantitative microstructure engineering- the materials genome.
ここでは従来の合金設計手法も含め,その具体的事例を中心に述べる。
鉄鋼における多元系状態図が合金設計に利用されているのがステンレス鋼のシェフラー状態図25)であろう。もともと溶着金属におけるδフェライト量を精度良く推定するため,Ni当量,Cr当量による組織図が提唱されたが,現在でもオーステナイト(γ)系,フェライト(α)系,マルテンサイト系,二相系のステンレスの合金設計に広く利用されている。CrとNiはそれぞれ鉄鋼において代表的なフェライトおよびオーステナイト安定化元素であり,他の元素がこれらの元素と比較してどの程度αやγを安定化するかを示すのがCr当量とNi当量である。熱力学的には,鉄鋼における各合金元素の無限希釈溶液におけるα相とγ相間の部分モル自由エネルギー差とCrやNiの同様の自由エネルギー差との比に相当すると考えられる。この様な当量という概念は他の合金でも適用されており,Cu合金におけるα(fcc)およびβ(bcc)黄銅の合金設計ではZn当量が提唱されている26,27)。また,Ti合金においてもMo当量およびAl当量によってα(hcp)型およびβ(bcc)型の相安定性を推定しようとする手法がある28)。Table 1に示す様にTi合金の状態図データベースはかなり整備されているが,当量を用いた計算は簡便でもあるのである程度の相安定性の目安を得るには適している。
2・2 PHACOMP法PHACOMPは,Phase Computationの略称であり,文献1)の中に湯川先生が詳しく解説されている。ジェットエンジンなどに用いられているNi基スーパーアロイには10種類程度の合金元素が含まれているが,長時間使用した時に金属間化合物のσ相が生成し,脆化するためにこの相の予測として考案された。即ち,電子空孔濃度(Nv)をパラメータとして用いるが,d電子の状態数を原子数で割ったものでNv=10.66−e/aで与えられる。e/aは電子濃度(価電子数/原子数)であり,例えば次の様な計算式になる。
(1) |
ここで元素記号は各元素の原子分率を,また係数は電子空孔濃度を表し,Coの電子空孔濃度(1.71)は若干修正された値である。この手法はオーステナイト系高合金鋼,Ni基やCo基耐熱合金に適用され,合金系によってあるNv値以上であればσ相が生成しやすいと判断し,品質管理するものである。この方法に加えてさらに実用合金のγ相とL12構造のγ’相のデータを考慮した合金設計法が提唱されている7,29,30)。
2・3 分子軌道法1,8,31)PHACOMPをさらに発展させ,分子軌道法の一種であるDV-Xαのクラスター法によって電子構造に関するパラメータを求めた方法が提案され1),Ni基合金,高Cr鋼,Ti合金,水素吸蔵合金などの合金設計に適用されている31)。この方法では,合金のパラメータとして結合次数(bond order,以下BO)とd軌道エネルギーレベル(Md)の二つの値を使用する。BOは母金属元素Xと合金元素Mの間の電子雲の重なり度合いを表し,Mdは合金元素Mのd成分を主成分とする分子軌道のエネルギーレベルを表し,電気陰性度や原子半径のような古典的パラメータと関係している。Fig.3はこの設計法による合金開発を示しているが8),各種合金元素のBOとMdのパラメータを決定し,それを基に合金元素の選択と添加量を求める。
Approach to alloy design using DV-Xa cluster calculation.
合金の凝集エネルギーは通常,合金と各元素のエンタルピー差(∆HAB=HAB−HA−HB)を意味するが,相の安定性を支配する重要な値である。たとえば,∆HABが大きな負であれば,AB2元系で金属間化合物が安定に存在する事が予想されるし,また正の値の場合は,化合物は形成されず相互の溶解度も小さいと考えられる。従って,凝集エネルギーは金属結合の基本的パラメータであり,合金設計にも極めて重要な値である。従来,合金の凝集エネルギーを推定する事はこの値の正,負の符号さえも不可能であった。近年,半経験的にかなりの精度でこの値を推定する方法が提唱されている。すなわち,基本的には原子半径差に起因した∆Hの正の部分と電気陰性度の差による∆Hの負の部分,さらに遷移金属とそれ以外の金属との相互作用との総和によって推定するものである。文献33)には多くの2元系の∆Hが表になっており相互作用を推定するのに便利であるが,結晶構造の違いなどは考慮されていないので半定量的な値として見るべきであろう。
環境問題から工業製品への鉛の使用は規制されつつあり,快削鋼中に含まれる鉛も例外ではない。鉛にかわる被削性改善物質としてはMnSが多く研究されている。しかし,腐食されやすいMnSをステンレス鋼中に分散させることは耐食性を劣化させることになるため望ましくないので,著者らはTable 1に示す熱力学データベースのTi4C2S2に着目した。Fig.4にフェライト系ステンレス鋼であるSUS430をベースとした合金の800 °Cにおける等温断面状態図を示す13,34)。種々の炭化物や硫化物の安定性が接近しているため,僅かなC,S濃度の違いにより析出する化合物が変化する。また,フェライトマトリックス中にTi4C2S2のみが析出する(α+Ti4C2S2)二相領域は非常に狭く,実際の製鋼工程において成分をコントロールすることは困難であることが示唆される。また,M23C6やTiCなどの炭化物は硬い化合物であり,工具摩耗を助長すると考えられ,被削性への悪影響の観点からその析出を避ける必要がある。従って,被削性や耐食性への影響が小さいTiSが共存する(α+Ti4C2S2+TiS)の三相領域でTi4C2S2がより多く析出する組成範囲がステンレス快削鋼として好ましい。このような合金設計指針のもとに,幾つか合金を溶製し,その被削性や耐食性などを比較した。Fig.5は,旋削試験による工具の逃げ面磨耗を評価した結果を示している34,35)。Alloy Iは,合金組成がFig.4中にIで示された点に近い組成で,Ti4C2S2が多く析出している。Alloy IIは,Cを減量し,合金組成がFig.4中にIIで示された点に近い組成でTiSが多く析出している。Alloy IIIは,C濃度(0.154mass%)を増量した合金で,M23C6が多数析出する合金である。この結果から,Ti4C2S2が多く析出したAlloy Iの工具磨耗量が他の合金と比較して少なく,Pbを分散させたSUS430+Pbに匹敵することが明らかとなった。このことは,Ti4C2S2が切削性改善物質として有効であることを意味している。Fig.6は,塩水噴霧試験後の試料の外観を示したものである36)。MnSが分散しているSUS430Fは発銹が認められるのに対し,Alloy IはSを0.2%以上含んでいるにも関わらず発銹が認められず,基本組成であるSUS430と同様の外観を示している。これよりTi4C2S2は,SやCの添加による耐食性の劣化を防ぐのに有効なことも明かとなった。開発鋼(Alloy I)は,被削性,耐食性だけでなく機械的性質や冷間加工性もSUS430Fよりも優れることも明らかとなっている37)。著者らは,このようなCALPHAD法による合金設計を応用して,Pbフリー快削ステンレス鋼だけでなく,Ti4C2S2を分散させた軟磁性鉄合金,インバー合金,Ti合金,Ni合金の快削化にも成功している。
Isothermal section diagram of Fe-0.21Si-0.7Mn-16.5Cr-0.55Ti (mass %) at 800 ºC.
Frank wear of tool for ferritic machinable stainless steel dispersed by Ti4C2S2.
Appearance after salt spray test.
Table 1の低比重鋼の熱力学データベースを用いた合金設計を紹介する。Fig.7(a)は1100 °CにおけるFe-20%Mn-Al-C(質量%)系状態図中に等比重線を重ね合わせている。これよりMnおよびCの添加によりγ相が大きく高Al側へ広がる事,さらにその結果,γ単相で最も低比重である組成は,比重6.5(g/cm3)の等比重線とγ単相領域が重なる(α+γ)二相域と(γ+κ)(κ:ぺロブスカイト型炭化物)二相域に挟まれた組成付近であると予想される。従って,Fig.7(b)の合金設計指針のように,MnとC量を制御しγ相を安定化させ,Al濃度で低比重化を図る事が可能である。これらの知見を基に,比重6.5~6.6(g/cm3)を有するFe-20%Mn-Al-C-5%Cr(質量%)合金を作製し,1100 °Cで溶体化した後の機械的性質をFig.8(a)に示す。低Al濃度のγ単相試料10Al1.5C合金は,引張強度約900 MPaかつ60%以上の高い引張伸びを示し,α相を含む12Al1C合金では,伸びは低下するものの1000 MPa以上の引張強度を示す。一方,高C濃度を有する11Al1.8Cでは1200 MPaに達する降伏強度を示し,加工硬化を殆ど示さず30%程度の伸びを示す。さらに,10Al11.5C合金において,熱処理後空冷(AC)する事により,1000 MPa以上の降伏強度かつ40%程度の伸びが得られる事が分かった。少量のCr炭化物を含むとはいえ,ほぼγ単相を有する合金において1000 MPa以上の降伏強度が実現できるとは考えにくい。そこで10Al1.5C5Cr合金空冷材の内部組織をTEMにより観察した。Fig.8(b)の挿入図にAC材の[001]入射方向の解析パターンおよび暗視野像を示す。回析パターンよりκ相の規則反射を示す回析スポットが見受けられ,暗視野像において極微細なサイコロ状κ析出相が観察された。このような組織は,Ni基超合金のγ+γ’二相組織と極めて類似しており,その方位関係はNi基超合金同様,〈100〉γ//〈100〉κであることが分かる。これらの結果より,Fe-Mn-Al-C-Cr γ相合金において得られる高降伏強度,高引張強度かつ高延性特性は,冷却中にγ相中に微細析出するκ相の析出強化によると考えられる。
(a) Isothermal section diagram of Fe-20Mn-Al-C (mass %) at 1100 ºC and density. (b) Alloy design
Stress-strain curve and TEM image of Fe-20Mn-Al-C-5Cr (mass %).
Fig.9に本研究合金と従来材における比強度との伸びの関係を示す。マルテンサイト系の高強度鋼に匹敵する比強度とオーステナイト系と同等の延性を有し,熱処理とその後の冷却速度を制御するといった単純な製造工程により得られる本合金は低比重鉄鋼材料として期待できるものと考えられる。
Relation between specific strength and elongation of various alloys.
Fe-Cr系のγループは異常な形状を呈しておりA4点近傍ではCrはフェライトを安定にするが,A3点近傍ではオーステナイトを安定化する。即ち,フェライトとオーステナイトに対する相対的な安定性を示すCrのα/γ間の分配係数を示す部分モル自由エネルギー変化は符号が逆転する程の大きな温度依存性を有している事を示している。鋼中のMnもCrと同様に大きな温度依存性を有するが,これは磁気効果によるものである39)。そのためFe-Mn-X(X:フェライト安定化元素)のα/γ平衡もFe-Cr系と同様のα/γ平衡を呈する。Fig.10は,α相とγ相の自由エネルギーが等しいT0線にMs点を付け加えたものである40)。Feリッチ側のMs点はγオーステナイトからbccあるいはbctへのα’マルテンサイト変態に対応する。一方,MnとXの合金組成が高い組成におけるT0線とMs点は矢印で示した様に高温でのα相の領域からマルテンサイトγ’相への変態に対応する。このように通常のマルテンサイト変態とは全く逆のα→γ’変態が出現する事が状態図より予想される。
α/γ equilibrium, T0 and Ms in Fe-Mn-X alloy system.
Fig.11はFe-Mn-Al系の状態図を熱力学的に解析したパラメータ41)を用いて計算したα相とγ相のT0線を示している。なお点線は実験値を基に外挿して推定したキュリー点である。Mnが30原子%以下ではT0線が低温で曲折するのでα→γ’変態は起こらず通常のγ→α’になると予想される。しかし,キュリー点が室温近くまで下がり磁性の影響が小さい36%Mnでは,Fig.10の高濃度側のT0線と類似しているのでα→γ’変態が生じる事が期待でき,実際Fe-36Mn-15Al(原子%)合金で冷却fccマルテンサイトが観察された40)。この変態は非熱弾性型変態であるが,規則化を促すNiを添加したFe-34Mn-15Al-7.5Ni(原子%)合金は200 °Cの時効処理を行ってbcc(A2)母相中にβ相(B2-NiAl)を整合析出させる事によって熱弾性型マルテンサイト変態を示し,Fig.12(a)に示す様に超弾性特性が出現する42)。この合金の特徴はFig.12(b)に示す様にマルテンサイト変態誘起臨界応力の温度依存性がNi-Tiなどの他の形状記憶合金と比較して極めて小さい事である。これはFig.11に示す様に磁性の影響をあまり受けないために36 MnのT0線が温度軸に対して水平に近い事,換言すれば変態のエントロピー変化が異常に小さい事に起因する。Ni-Ti合金はFig.12(b)に示す様に温度依存性が大きいため使用できる温度範囲が限定されるが,Fe-Mn-Al-Ni合金は−200 °Cの低温から200 °Cの中温度という極めて広い温度範囲で使用可能であり,宇宙や自動車等広い応用分野が期待できる。
T0 lines (solid curves) and ferro- and para-magnetic boundaries (dashed curves) in the Fe-Mn-Al system.
(a) Superelastic properties of Fe-34Mn-15Al-7.5Ni (at %) alloy. (b) Superelastic stress as a function of temperature for various shape memory alloys, where the data aged at 200 ºC for 6 h and 24 h of Fe-Mn-Al-Ni alloy are shown.
Cu-Al-Mn系のbcc相であるβ相には古くから強磁性のL21ホイスラー構造Cu2MnAl相の出現が知られている。Fig.13(a)の850 °C等温状態図43)に示すように,このβ相は広い組成範囲に存在するのでMnやAlを低下させる事によって規則度を低下させ延性のあるβ相を得られる可能性を示唆している。事実,Fig.13(b)のCu-Al-10原子%Mnの垂直断面図に示すように44,45)A2/B2(TcA2-B2)およびB2/L21(TcB2-L21)規則化温度は,Al濃度に敏感であり,Al濃度が18%以下になるとTcA2-B2とTcB2-L21ともに500 °Cを下回る。このような規則変態温度の低下は,必然的にL21相の規則度の低下を伴うと予想される。実際,約16原子%Alを境にして,高Al側では水焼入れしてもL21規則化を阻止できないが,16原子%Al以下の組成では焼入れにより不規則A2構造が凍結される。L21相およびA二相から生じるマルテンサイトは,それぞれ6M長周期積層構造とfcc-A1構造である46)。
(a) Isothermal section diagram of Cu-Al-Mn system at 850 ºC. (b)Vertical section diagram of Cu-Al-10at%Mn alloy.
Fig.14は,Cu-Al-Mnβ単相合金の冷間加工性,引張破断伸び,形状記憶特性についてAl濃度の影響を示したものである45)。ここで,冷間加工性は,途中焼鈍せずに亀裂が出現する直前まで冷間圧延した場合の最大圧下率と定義している。また,形状記憶特性は,液体窒素温度で約0.2 mm厚の板材に表面歪で2%の曲げ変形を加え,200 °Cまで加熱した場合の回復率を示している。図からわかるように,冷間加工性,引張破断伸び,形状記憶特性のいずれについても9 Mn~13 Mnの範囲内ではMn濃度にあまり依存していない。一方,Al濃度には大きく依存し,特に冷間加工性はAl濃度が21原子%以下の領域から急激に上昇し,不規則構造となる16原子%に至っては80%程度の冷間加工性が得られる。Ti-Ni合金やCu-Zn-Al合金では,同様の手法により評価される冷間加工率は高々20~30%止まりであることから,形状記憶効果もさほど低下せず良好な加工性および機械特性が得られる17~18%Al合金が,新しいタイプの高加工性Cu基合金の候補として有望であることが見出された。
Shape recovery, cold workability and elongation of β single phase of Cu-Al-(9-13) at% Mn alloy.
以上の知見を基に,超弾性特性と組織因子について調査した結果,結晶粒径制御46)と集合組織制御47)により,Ni-Ti合金と同レベルの特性を得る事ができた。
なお,本合金は巻き爪矯正器具として商品化されている48)。さらに,優れた超弾性を利用して制震部材としての適用も期待される49)。超弾性特性は結晶粒径に大きく依存するので46),いかに粗大な結晶粒を得るかが重要であり,熱処理の工夫によって巨大結晶粒を製造現場レベルで得る事ができる50)。
3・4 液相二相分離型合金「水と油」のように液相で二相分離を示す系は合金やセラミックスでも多い。Al-PbやCu-Pb合金など潤滑に優れたベアリング材として使用されている場合もあるが,多くの液相二相分離合金は工業的に利用する事が困難であると考えられてきた。その理由として二つの液相の密度は一般に異なるため,どうしても重力のために分離してしまう事である。著者らは液相二相分離型合金のガスアトマイズした粉末を作製し,その組織形態を調べた結果,Fig.15に示す様に状態図と密接な関係があることがわかった51,52)。すなわち,液相の二相分離領域の臨界組成を境にして,(i)Aリッチ側とBリッチ側の組成域でコア相とシェル相が逆転する事,また(ii)二相分離領域の両端近傍の組成では,第二相が母相中に微細且つ均一に分散した球状粉末が得られる事を明らかにした。典型的な組織をFig.16(a)に示す。この様な卵型構造のミクロ組織形成は,これまで無重力状態での実験では得られていたが,通常の重力下においては初めて発見された現象である。この特異な組織はFig.16(b)に示した様に,体積分率が少ない第二相液相粒子がマランゴニ効果によって中央部に凝集・合体する結果,コア相とシェル相の二相に分離して形成される。この様な組織は,粉末だけでなくCu-Fe-X基多元系合金の円柱状の鋳造インゴットにおいてもCu-rich相とFe-rich相が円柱の芯部と外周に明瞭に二相分離する事を確認している53,54)。この様な特異な組織を利用すれば,異なる機能を有するコア相とシェル相を適切に配置してハイブリッド化する事により,様々な用途への応用が期待できる。なおFig.15に示す卵型組織は,Phase field法によってシミュレーションできる55)。
Relation between morphology and phase diagram of alloy powder with liquid miscibility gap.
(a) Microstructure of Cu-31.4Fe-3Si-0.6C (mass %) alloy powder. (b) Schematic illustration demonstrating the microstructural evolution in the powder.
パソコンなどに用いられているハードディスクは,近年一層の高密度化が求められており,そのためには高保磁力と媒体のノイズの低減が不可欠である。この記録媒体には,Co-Cr系をベースとする薄膜が用いられている。この合金は20%程度のCrを含むが,Co-richの強磁性のhcp相を同じhcp構造のCr-richな非磁性相が取り囲んだ組織を呈しており,保磁力,飽和磁化,磁気異方性磁界など優れた特性を示す。しかしCo-Cr系が何故このようなCo-richとCr-rich相に分解するかについて,多くの議論がなされてきた。筆者らは,Co-Cr系のhcp相が磁気変態によって二相分離を生じている事に起因すると示唆してきた56,57)。hcp相の磁気誘起二相分離は計算によって予測されていたが58),実験的にも確認された59)。Fig.17はCo側のCo-Cr系状態図を示すが,fccとhcp相ともキュリー点に沿って二相分離が出現する。キュリー点などの磁気変態に沿って出現する二相分離は,“Nishizawa Horn”と呼ばれており60),Co-Cr系と同様にCo-W系61,62)やCo-Mo系63)でも出現するので,磁気記録材料の候補合金でもある。
Phase diagram of Co-Cr system in the Co-rich portion.
磁気記録媒体としての特性はこの二相分離と密接な関係があり,特に第3元素添加の効果は,強磁性hcp相と常磁性hcp相への合金元素の分配挙動によって大きく影響される。すなわち,強磁性中のCr濃度を減少させて保磁力や飽和磁化を高め,また常磁性hcp相のCr濃度を増加させて記録ノイズを低減させる元素が有効である。Fig.18はCo-Cr-X3元系のhcp相の二相分離を模式的に示したものである64,65)。合金元素によってどのようなタイプの二相分離を呈するかは,ある程度予測する事ができ,例えば記録媒体として使用されているCo-Cr-Pt系はタイプIとIIの中間であり,Co-Cr-Ta系はタイプIIIに属する。これらのCo-Cr基合金やFe-Pt系の磁気記録材料はPhase field法を適用することによって,基板上に薄膜を作成した時の組織シミュレーションができる状況になっており66),今後磁気記録媒体の合金設計に有力な手法となるであろう。
Types of two-phase separation of hcp phase in Co-Cr-X system.
次世代不揮発性メモリとして,PCRAM(Phase Change Random Access Memory)と呼ばれる相変化型メモリが注目されている。PCRAMには,アモルファス相⇔結晶相の可逆変化が可能な相変化材料(PCM)が用いられる。PCRAMでは,この両相間の電気抵抗差(結晶相<アモルファス相)を利用しデータを記録する67)。このように,PCRAMの動作原理は単純であるのでコスト・集積度の面で有利とされており,携帯電話へ利用され始めている。
現在,PCMとしてGeTeやGe2Sb2Te5をはじめとするGeTe-Sb2Te3擬二元化合物が使用されている。特に,Ge2Sb2Te5を用いたPCRAMは相分離をしないため長期書換え性に優れ,また,高速動作が可能とされている68,69)。しかし,Ge2Sb2Te5の融点は約630 °Cと高く,結晶化温度は約160 °Cと低い68)。従って,リセット化に大きな消費電力を必要とするばかりでなく,アモルファス相の熱的安定性に乏しい。国際半導体技術ロードマップ(ITRS)によれば,PCRAMの自動車分野など高温環境下への適用が期待されており,2016年以降,その作動保証温度は125 °Cで10年と目標設定されている。しかし,Ge2Sb2Te5アモルファス相の10年保障温度は85 °C~110 °C程度であり70),ITRSの目標を下回る。それ故,特に,高い結晶化温度かつ低い融点を併せ持つ新規PCMが強く望まれている。
合金状態図の観点から言えば,一般的に,共晶組成を有する材料においてアモルファスが得やすい。即ち,共晶型の場合,共晶組成に向かって液相線が低温に落ち込むため,共晶組成付近では,固相温度領域においても液相の自由エネルギーが固相の自由エネルギーよりも低くなる。もし最終安定状態に移行する時間的な余裕がなければ液相の構造を維持する安定なアモルファス相が得やすい。換言すれば,高い結晶化温度を有するアモルファスが形成されると想像される。また,PCRAMの長期繰返し性の観点より,PCMは化合物である事が望まれるため,共晶型の特徴をもち,液相線が落ち込んだ組成付近に化合物が存在するような状態図を有する材料が好都合となる。また,データ書換え消費電力の観点から,化合物の融点が低いことが望まれる。このような観点から材料設計を行う事により,Cu-Ge-Te三元系合金が開発されている71)。Fig.19は,Cu2Te-Ge33.3Te66.7擬二元系状態図を示すが72),液相線が低温に落ち込み,その落ち込んだ所にCu2GeTe3化合物が存在する。また,その融点は500 °C程度と既存材料に比して100 °C以上も融点が低い。実際,Cu2GeTe3は,アモルファス相を形成し,その結晶化温度は240 °C程度と,既存Ge2Sb2Te5に比べて80 °C程度高い事が分かっている71,73)。また,Ozawa法を用いた非等温DSC試験より,Cu2GeTe3アモルファスの10年保障温度は135 °C程度と熱的安定性に極めて優れる71)。さらに,デバイス特性評価の結果,その融点の低さから,既存Ge2Sb2Te5に比べて,10%程度データ書換え消費電力を低減できる特徴を有している74)。
Cu2Te-Ge33.3Te67.7 pseudo-binary phase diagram.
超耐熱合金として広く使用されているのはNi基スーパーアロイである。これはNi-Al系に出現するL12構造のγ’相(Ni3Al)の析出によって強化している。Co基合金でもL12構造のγ’相として安定相であるCo3Tiや準安定相であるCo3Taなどが出現するが,それぞれ融点が低かったり熱的に不安定であるためNi基と同様なγ’相を利用したCo基超合金は普及していない。
最近,筆者らはCo-Al-W系においてFig.20に示す様に立方体状の析出物が均一かつ微細に分散した組織を確認したが75),Ni基超耐熱合金に観察されるγ+γ’二相組織と酷似している。Fig.20に示す電子線回折パターンから,この析出物の結晶構造はNi3Alと同じL12構造と同定され,Ni基超耐熱合金と同じγ+γ’二相組織であることが明らかとなった75)。1000 °Cでは,熱処理時間が短い場合γ’相を確認できるが,長時間熱処理を行うことにより消失してしまうためγ’相は準安定である。一方,900 °Cの場合,加工熱処理や長時間熱処理を行ってもγ’相は残存しているのでかなり安定であると考えられる。このγ’相の領域は狭い組成範囲であるが,AlとWをほぼ等量ずつ含んでいる。このような安定な3元化合物の発見は,計算だけで推測する事は困難であり,地道な実験が必要であることを示唆している。
TEM image of Co-9Al-7.5W (at %) heat treated at 900 ºC for 72 hours.
γ’相のCo3(Al,W)化合物の安定性に及ぼす合金元素の影響も少しずつ明らかにされてきている76,77)。Fig.21はCo-Al-W系のγ相とγ’相への分配係数の温度依存性に及ぼす合金元素の影響を示すが,Ni-Al-X系の分配係数78)と比較してある。両系ともTa,Nb,Tiなどが強力なγ’フォーマーであり,Fe,Mn,Crなどがγ安定化元素として作用するなど,極めて類似している。Co3(Al,W)のγ’相はγ’フォーマーの元素添加によって高温でも安定に存在するので新しいタイプのCo基スーパーアロイとしての研究が世界中で始まっている79)。
Effect of alloying elements on distribution coefficient between γ and γ’ phase in Co-Al-W-X system.
著者らはCo基スーパーアロイを摩擦撹拌接合(FSW)用ツールに適用し,従来材に比べて非常に良い特性が得られている。Fig.22はCo基スーパーアロイをツールとしてTi-6Al-4V合金のFSW接合外観を示すが,接合状態は極めて良く,ツールも損傷されていない80)。Ti合金はFSWによる接合が困難であると言われてきたが,本Co基合金ツールの適用によってその障害は取り除かれたと考えられる。またこのツールによって9 mm厚の炭素鋼のFSWに成功している81)。Ti合金や鉄鋼の他,Zr合金,Cu合金へも応用できるので,FSWの今後の進展が大いに期待できる。
FSW appearance of Ti-6Al-4V alloy using Co-base tool.
状態図は合金設計の最も基本となる情報であり,これまで提唱された設計手法を簡単に解説するとともに,主に状態図データベースを利用した材料開発について具体例を挙げて紹介した。状態図に関する100年を振り返れば,やはりコンピュータによる実用レベルの多元系合金の計算が可能になった事や,第一原理計算を始め理論的研究の進展が特筆すべき事であろう。しかし,3元系状態図を見ても未だに確立されていない系も多いので,従来通りの地道に基礎データを積み重ねる努力が引き続き求められるが,全くデータがない系の相安定性を理論と計算だけで精度良く推定する手法の開発が望まれる。
本稿は東北大学貝沼亮介教授,及川勝成教授,須藤祐司准教授,佐藤裕准教授,大森俊洋助教を始め,多くの研究員,学生諸君との共同研究の成果によるものであり,心から感謝申し上げる。また,森永正彦 名古屋大学名誉教授からはFig.3の御提供をいただいた。厚く御礼申し上げる。なお,本研究の一部は科学研究費補助金の支援を受けた。