Tetsu-to-Hagane
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Influence of Carbon Content on Toughening in Ultrafine Elongated Grain Structure Steels
Yuuji KimuraTadanobu Inoue
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2014 Volume 100 Issue 9 Pages 1104-1113

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Synopsis:

(0.2-0.6)%C-2%Si-1%Cr-1%Mo steels were quenched and tempered at 773 K and then deformed by multi-pass caliber rolling (i.e.,warm tempforming) with a rolling reduction of 78% to obtain ultrafine elongated grain (UFEG) structures. Tensile and Charpy impact properties of the warm tempformed (TF) steels were investigated to make it clear the influence of the carbon content on toughening in the UFEG structures. The TF samples consisted of UFEG structures with a strong <110>//RD fiber deformation texture. Transverse grain size and aspect ratio in the UFEG structure tended to reduce with increasing the carbon content while carbide particle size slightly became larger. The increase in carbon content resulted in an increase in yield strength from 1.68 to 1.95 GPa at room temperature, while it was accompanied by a loss of tensile ductility. In contrast to quenched and tempered samples exhibiting ductile-to-brittle transitions, the TF samples exhibited inverse temperature dependences of the impact toughness due to the delaminations, where the cracks branched in the longitudinal direction (//RD) of the impact test bars. The upper-self energy of the TF sample was enhanced as the carbon content decreased, and the higher absorbed energy was also obtained through occurrence of the delamination at lower temperature. The delamination was found to be controlled not only by the transverse grain size, the grain shape, the <110>//RD fiber deformation texture but also by the carbide particle distribution in the UFEG structure.

1. 緒言

鉄鋼材料のマルテンサイト組織は実用上重要な基地組織である。ところが降伏強さが1.4 GPa以上の超高強度低合金鋼では靱性が低い1)。しかも部材への冷間成形性が低いことなどからその適用範囲は限定されてきた。

1963年にTamuraがまとめた鋼の加工熱処理法の分類2)によれば,焼戻マルテンサイト組織の加工は,ストレインテンパリング(Strain-tempering),テンプフォーミング(Tempforming)などと呼称される。Sekiguchiら3)は,鍛造などの2次加工に適用可能な加工熱処理法として焼入れ材に短時間の焼戻しを施した後にその温度で塑性加工を与えるという手法を提案し,これを焼戻温間鍛造法(Warm Temper-Forging)と名付けた。圧縮試験機を用いてS45C鋼に473~873 K(400~600 °C)で圧縮ひずみが1.1の焼戻温間鍛造を施すと室温引張強さが1.0~1.3 GPaで焼戻し材よりも高い延性が得られる。また,冷間鍛造と比べて焼戻温間鍛造法は加工力の低減や塑性加工限界の向上に有利なことを示した。

一方,著者らは,超高強度低合金鋼棒材の強靭化とボルトなどの部品への成形を同時に達成する手法として焼戻マルテンサイト組織の温間加工(以下,温間テンプフォーミング(Tempforming),TFと記す。)に着目した。0.39%C-2%Si-1%Cr-1%Mo鋼4,5),0.6%C-2%Cr-1%Cr鋼6)に773 Kで減面率78%(加工歪量r=1.7)の多パス溝ロール圧延による温間TFを施すと,1)〈110〉//圧延方向(RD)繊維集合組織を有する超微細繊維状結晶粒(Ultrafine Elongated Grain, UFEG)組織が形成される,2)既存の超高強度低合金鋼が延性脆性遷移を示すサブゼロ温度域でシャルピー吸収エネルギー(vE)が著しく上昇するという靱性の逆温度依存性が発現することを見出した。例えば,0.39%C-2%Si-1%Cr-1%Mo鋼のTFでは253 Kでの降伏強さが1.87 GPaで,vEの平均値が293 Jという優れた強度−靱性バランスが得られた4)

靱性の逆温度依存性は,シャルピー試験の衝撃方向とはほぼ直角にき裂が分岐する層状破壊による4,5,6)。著者らはTF材の組織と衝撃特性の関係に及ぼす加工歪量5)と加工温度の影響6),ならびにTFの静的3点曲試験でき裂の発生から進展に至る破壊挙動7)を調査した。その結果,UFEGの短軸粒径,形状と〈110〉//RD繊維集合組織が層状破壊の制御に有効な組織因子であることを明らかにしてきた。しかしながら,TFで得られるUFEG組織の形態,引張変形特性ならびに靱性に大きな影響を及ぼすと考えられる炭素量の影響について系統的な研究は行っていない。

本研究では,まず,炭素量を0.2~0.6%まで変化させた2%Si-1%Cr-1%Mo鋼に773 Kで減面率78%の多パス温間溝ロール加工によるTFを施した。ついで,TF材の組織,引張変形特性,ならびにシャルピー衝撃特性を炭素量に関連付けて調査した。そして,UFEG鋼の靱性の逆温度依存性に及ぼす炭素量の影響を考察した。

2. 実験方法

2・1 供試材および温間テンプフォーミング

供試材は100 kg真空溶解,鋳造で溶製した。インゴットは1473 Kで1 hの均質化焼鈍後,4 cmの厚さまで熱間圧延した後,空冷した。Table 1に供試材の化学成分を示す。P,S,Oなどの不純物元素は極力低減した。まず,熱間圧延材から切り出した断面積16 cm2,長さ12 cmの角材に1473 Kで1 hの溶体化処理を施し,溝ロール圧延機で4パスの圧延により断面積が9 cm2の角棒材とした後に焼入れした。鋼材は炭素量が0.43%以下では水焼入れしたのに対し,炭素量が0.6%では焼割れを避けるために油焼入れした。ついで,焼入れ材は773 Kで1 hの焼戻し後,溝ロール圧延機で3→4→3→3の13パスの加工(累積減面率:78%)を施して断面積が2 cm2,長さが約1 mの角棒材とし室温まで空冷した(TF材)。なお,試料は3または4パスごとに773 Kで5 minの再加熱処理を施した。最終パスは断面形状を正方形に近づけるために同じロール溝(14.3 mm角)に角材を90°回転させて通した。本研究では,これまでの溝ロールの圧延パス回数を9パス4,5)から13パスへと増やすことでTF中の圧延機の負荷や加工発熱の影響を低減した。比較材として,焼入れ材を773 Kで1 hの焼戻し後,空冷した材料(QT材)も作製した。試料座標系は,Fig.1に示すように,角棒材の長手方向に平行な圧延方向(RD)を基準として,角材の最終圧下方向をND,NDとRDに直行する方向をTDと定義した。

Table 1. Chemical compositions of the steels used in this study (mass %).
SteelsCSiMnCrMoAlPSO
0.2 C0.201.950.211.011.020.0100.0010.0010.0007
0.43 C0.431.970.201.020.960.0210.0020.0010.0007
0.6 C0.601.950.211.001.000.0120.0010.0010.0014
Fig. 1.

 Schematic drawing of a pair of rolls used in caliber rolling and position relation between a rolled bar and an impact bar.

2・2 組織観察と機械的特性評価

基地組織は,TF材のRD面(⊥RD),ND面(⊥ND),ならびにSD面(⊥SD)の中心部について電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)に搭載された電子後方散乱回折像(EBSD)装置による結晶方位解析(FE-SEM/EBSD法)で観察した。観察領域は25×25 μm,測定間隔は0.05 μmとした。平均切片長さは,結晶方位差が15°以上の粒界について,検査線の基準長が25 μm,検査線の間隔が1.6 μmの条件で測定した。最大切片長さの極値統計は,平均切片長測定で用いた検査線について行った。平均転位密度は,X線回折(XRD)で測定した回折強度曲線をModified Warren-Averbach法8)で解析して求めた。なお,FE-SEM/EBSP法およびXRDによる転位密度測定法の解析条件の詳細は別報に記載している5,9)。RD面における(110)面の集積度は,TF材のRD面における(110)面の積分強度(Im)をXRDで測定し,標準試料の(110)面の積分強度(Is)に対するImとの比を求めることで評価した。炭化物の分散状態は透過型電子顕微鏡(TEM)で観察した。TEMの明視野像で500~600個の炭化物の粒子径を測定した。また,抽出レプリカ法によるTEMにより炭化物の観察も行い,収束電子線回折およびエネルギー分散型X線分光装置(EDS)により炭化物を同定した。

引張試験は,平行部直径が6 mmのJIS Z 2201 14 A号試験片について0.85 mm/minのクロスヘッドスピード(初期歪速度:3.4~3.5*10−4/s)で実施した。なお,室温では平行部長さが42 mm,室温より低温では平行部長さが40 mmの試験片を用いた。引張方向はRDと平行である。引張変形特性の異方性は,平行部の長さ4 mm,幅3 mm,厚さ1 mmの微小試験片を用いて評価した。微小試験片はRDに対して引張方向が0°,45°,90°で採取し,0.11 mm/minのクロスヘッドスピード(初期歪速度:4.6*10−4/s)で引張試験に供した。降伏強さは0.2%耐力で評価した。シャルピー衝撃試験(秤量:500 J)は,フルサイズの2 mm-Vノッチ試験片を用いて行った。衝撃方向(SD)は,TD,NDに対して約45°の角度をなす(Fig.1)。破面はSEMで観察した。

3. 実験結果

3・1 温間テンプフォーム材の組織

Fig.2は,TF材のRD面およびND面における粒界マップ,RDに関する逆極点図,ならびにTEMの明視野像を示す。いずれのTF材でも〈110〉//RD繊維集合組織を有するUFEG組織が形成している。基地組織の一部には等軸状の超微細粒が形成しているものの,その大部分はRDに沿って伸長した棒状,板状の伸長粒からなる。基地組織中には球状化した炭化物が分散しており,粒界炭化物の多くはその長軸が伸長粒の長軸にほぼ平行に配向している。

Fig. 2.

 Grain boundary maps on the RD planes (┴RD) and the ND planes (┴ND), inverse pole figures for the RD, and TEM bright-field images in the TF samples. The black and the red lines represent a high angle boundary (HAB) with a misorientation angle of θ ≥ 15º and a low angle boundary (LAB) with a misorientation angle of 2 ≤ θ < 15º, respectively.

Fig.3は,TF材の(110)面の集積度(Im/Is),Karnel Average Misorientationの平均値(KAM-1st),ならびに短軸と長軸方向の平均切片長さ(AIL)の変化を炭素量との関係でまとめる。第1に,XRDで測定された(110)面の集積度は7.5~8.5の範囲内でほぼ一定であり,〈110〉//RD繊維集合組織の発達の度合いに及ぼす炭素量の影響は小さい。第2に,EBSDで測定したKAM値は幾何学的に必要な転位,いわゆるGN転位(Geometrically Necessary Dislocations)10)の密度を反映する11)。KAMの平均値はいずれの炭素量でも0.6~0.7°の範囲内である。よって,TF材のGN転位の平均密度はほぼ同じであることが示唆される。一方,XRDで測定される転位密度(ρ)は,可動転位と統計的に蓄積する転位,いわゆるSS転位(Statistically Stored Dislocations)の平均密度に対応すると考えられている12)。TF材のρは炭素量が0.2%で3.6*1014m−2,0.6%で2.9*1014m−2と見積もられ,ρに及ぼす炭素量の影響はKAM値と同様に小さかった。第3に,短軸方向(⊥RD)のAILは,炭素量が0.2%で0.38 μm,0.43%で0.28 μm,ならびに0.6%で0.27 μmである。一方,短軸のAILに対する長軸のAILの比で表される展伸度は炭素量が0.2%で3.1,0.43%で2.5,ならびに0.6%で2.3である。このように,同じTF条件では炭素量が多いほどUFEG組織の短軸粒径とアスペクト比がともに小さくなり,炭素量が0.43%以上ではこれらの組織因子に及ぼす炭素量の効果はほぼ頭打ちになる傾向を示す。

Fig. 3.

 Average intercept lengths for the HAB (AIL), KAM average value for a 1st neighbor rank (KAM-1st), and integrated intensity ratio (Im/Is) for (110) plane as a function of carbon content. Closed and open symbols for the KAM-1st denote the data in the transverse planes (the RD planes) and the longitudinal planes (the ND and SD planes), respectively. The Im/Is was measured on the transverse planes.

Fig.4に,極値統計13)でTF材の最大切片長さ(ILmax)を推定した結果を示す。検査線の基準長さ(L0)が25 μmで予測を行う長さ(L)を10 mmとすると再帰期間(T=L/L0)は400,基準化変化(y=lnT)は6となる。よって図より,L=10 mmに含まれる短軸の最大切片長さ(ILmax//SD)は,炭素量が0.2%で9 μm,0.43%で7 μm,ならびに0.6%で6 μmと推定される。一方,長軸の最大切片長さ(ILmax//RD)も同様に炭素量が0.2%で26 μm,0.43%で17 μm,ならびに0.6%で15 μmと推定される。このように,炭素量の増加に伴ってILmaxもAILと同様に小さくなる傾向を示す。また,ILmax はAILの20~30倍とUFEG組織が広い結晶粒径分布を持つことがわかる。このような結晶粒組織の不均一性は,加工前組織である焼戻マルテンサイト組織の不均一性に由来すると考える5,6)

Fig. 4.

 Intercept lengths (IL) in the TF samples plotted on a Gumbel probability paper: (a) transverse IL (┴RD) and (b) longitudinal IL (//RD).

Fig.5は,TF材の炭化物の長軸径分布を示す。なお,図中には炭化物の長軸粒径の平均値を示す。炭化物は粒界よりも粒内で微細であり,炭化物の粒子径分布はバイモーダルな分布を示す。粒内と粒界の炭化物のそれぞれの平均長軸径は,炭素量が0.2%で15 nmと37 nm,炭素量が0.43%で16 nmと42 nm,炭素量が0.6%では,22 nmと46 nm と炭素量が多いほどわずかに大きくなった。また,アスペクト比の平均値はいずれの炭素量でも粒界炭化物では1.6程度,粒内炭化物では1.3程度と粒界よりも粒内の炭化物の方で小さかった。Fig.6に,0.43%C鋼について抽出レプリカ法を用いたTEM観察により炭化物を同定した結果の一例を示す。炭化物は,粒界および粒内でも斜方晶のセメンタイトであることが収束電子線回折により確認できる。EDS分析ではCr,MnならびにMoのセメンタイト中への固溶が確認できた。Mo添加鋼では773 K以上の焼戻しでMo2CなどのMo炭化物の粒内析出の可能性もあるが,Mo炭化物の析出は本実験で確認できなかった。また,このように微細で不均一な粒度分布を持つ炭化物の体積率を実験で求めることはできなかったものの,すべての炭化物がセメンタイト(密度=7.68 Mg/m3)と仮定すると体積率は炭素量が0.2%では0.03,0.6%では0.09と炭素量に比例する。

Fig. 5.

 Histograms showing distributions of long-axis lengths of carbide particles in the TF samples. The dAv indicates average of long-axis of carbide particles.

Fig. 6.

 TEM bright-field image and diffraction patterns of extracted replicas showing cementite particles in a TF sample.

温間TFによるUFEG組織の形成に及ぼす炭素量の主な効果としては,以下の2つを考える。第1に,炭素量の増加による加工前組織の微細化効果である。TF材の組織に及ぼす加工歪量の調査5)から,減面率が78%までの温間TFではマルテンサイト組織のブロック,パケット,ならびに旧オーステナイト粒がRD方向に伸展される過程を通してUFEG組織が形成されることは確認している。すなわち,UFEG組織の形成はマルテンサイト組織のブロックやパケットの結晶方位や形態に強く影響を受ける。具体的にはブロックの長軸がRDに配向している割合が高く,ブロックが微細なほど,低い加工歪量でUFEG組織が形成し得ることが示唆された。一方,マルテンサイト組織の有効結晶粒でもあるブロック,パケットは炭素量が増えるほど微細になる14)。本QT材でもブロック境界をおおよそ反映する,結晶方位差が10°以上の粒界のAILは,炭素量が0.2%では0.98 μm,0.43%では0.52 μm,ならびに0.6%では0.40 μmと,炭素量が多いほどブロックは微細化されることが確認された。したがって,炭素量の増加は加工前組織であるマルテンサイト組織のブロックを微細化するため,同じ加工歪量ではより微細なUFEG組織の形成に寄与すると考える。第2に,炭化物粒子によるピン止め効果である。第2相粒子による結晶粒成長の抑制効果は,第2相粒子の体積率をf,粒子径をd,ピン止めされる結晶粒径をDとするとDがd/fに比例することはZenerの関係15)としてよく知られている。UFEG組織にZenerの関係を厳密に適用することはできないが,d/fを指標とすれば第2相の炭化物が微細で,その体積率が多いほど微細な結晶粒組織が維持できることが予測できる。ただし,初期の炭化物の大きさの分布が同じ場合には炭素量が多いほど炭化物粒子間の距離が小さくなり,炭化物はオスワルド成長しやすくなる16)。このため,炭化物粒子による粒成長抑制効果はある炭素量以上で頭打ちになることが予想される。本TF材でも炭素量が多いほど炭化物がわずかに大きくなった。以上より,同じTF条件では炭素量を制御することでUFEG組織の形態を制御できる。できるだけ少量の炭化物で微細なUFEG組織を得るという点では,本実験での最適炭素量は0.43%となる。

3・2 引張変形特性

Fig.7は,JIS 14 A号試験片について,QTとTF材の代表的な応力歪曲線図を示す。すべてのQT材は連続的な降伏現象を示す。一方,TF材では炭素量が0.2%で顕著な降伏点降下が認められる。ところが炭素量の増加に伴い降伏点降下の度合いは小さくなり,炭素量が0.6%では降伏点降下は不明瞭となる。降伏点降下は超微細粒材料でしばしば観察され,その多くのは降伏直後に塑性不安定を伴う17,18,19,20)。ところが炭素量が0.2%と0.43%の一部のTF材では上降伏点が最大応力点となるものの,降伏点降下後に十分な均一伸びが認められる。よって,このようなTF材では降伏点降下後の最大応力点を引張強さ(TS)と定義した。

Fig. 7.

 Nominal stress-strain curves of the QT and the TF samples. The r indicates rolling reduction.

Fig.8にQTとTF材の引張変形特性と炭素量の関係をまとめる。各試料の試験本数はQT材では2本,TF材では5本である。降伏強さ(YS)とTSは,QTおよびTF材でも炭素量が多いほど高くなるが,強度の炭素量依存性はTF材よりもQT材で大きい。TF材では,YSは炭素量が0.2%では1.68 GPa,0.43%では1.87 GPa,0.6%では1.95 GPaであり,炭素量が0.43%以上でYSの上昇は頭打ちになる傾向を示す。さらに,TSは炭素量が0.2%では1.63 GPa,0.43%では1.87 GPa,0.6%では2.01 GPaであり,炭素量が0.43%以上でTSの上昇の度合いも小さくなる。ただし,炭素量依存性はYSよりもTSで大きいために炭素量が0.43%以上ではTSがYSを上回る。QT材と比較すると,すべての炭素量でTF材の方が高いYSを示す。TFとQT材のYSの差は炭素量が少ないほど大きい。TSについては炭素量が0.6%ではTF材とQT材との間で差はないが,低炭素量側ではQT材よりもTF材の方でTSが高くなる。このように,炭素量が0.2~0.6%の範囲では強度,とくにYSに及ぼすTFの効果は炭素量が少ないほど大きくなる。TF材の均一伸び(Eu),全伸び(EL)ならびに絞り(RA)の平均値は,0.2%C鋼でそれぞれ,8.3%,17.9%ならびに56.7%であるのに対し,0.6%C鋼では6.0%,11.2%ならびに31.7%と炭素量の増加に伴ってほぼ直線的に低下する。同じ炭素量でQT材と比較すると,TF材の方が大きな延性を示す。

Fig. 8.

 Yield strength (YS), tensile strength (TS), uniform elongation (Eu), total elongation (EL), and reduction of area (RA) at ambient temperature as a function of carbon content in the QT and the TF samples.

Fig.9は,JIS 14 A号試験片について,TF材のYS,ELならびにRAの温度依存性を示す。各試料の試験本数は2本である。いずれのTF材でもYSは123 K付近までは試験温度の低下とともにほぼ直線的に上昇し,さらに低温側で急激に上昇する傾向を示す。室温から77 KにかけてのYSの上昇度は0.4~0.5 GPaである。一方,RAも123 K以下で急激に低下する傾向を示す。RAの低下の傾向は炭素量が多いほど大きい。77 Kで0.2%C鋼のRAは40.2%であるのに対し0.6%C鋼のRAは4.4%まで低下した。ELは,Euよりも局部伸びの低下に伴って低下した。以上のことは,RDに平行な引張りではTF材の延性脆性遷移温度は,炭素量が少ないほど低くなることを示している。

Fig. 9.

 Yield strength (YS), tensile strength (TS), total elongation (EL), and reduction of area (RA) as a function of carbon content and testing temperature in the TF samples.

3・3 シャルピー衝撃特性

Fig.10に,TF材についてシャルピー衝撃試験後の試験片の代表的な外観写真を示す。QTとTF材のシャルピー衝撃特性をFig.11にまとめる。なお,Fig.11では,Fig.10に示したような試験片のマクロ的な破壊形態の違いから,1)高温側でほぼ延性破壊した試料(no delamination)は〇,2)き裂が衝撃方向(SD)とはほぼ垂直に分岐する層状破壊が起こった試料は◇,3)低温側で,分岐したき裂の進展方向とRDの角度(β)5)が15°以上の試料(β≧15°)は△で示す。なお,図中の+は完全に破断しなかった試料を示す。室温以上で延性脆性遷移を示したQT材に対し,いずれのTF材も低温ほど衝撃吸収エネルギー(vE)が著しく上昇する,いわゆる靱性の逆温度依存性を示す。このようなvEの増大は層状破壊の発生と対応する。ここで,マクロ的な破壊形態の違いとvEの変化からvEに及ぼす炭素量の影響を3つの領域に分けてまとめる。第1に,500~573 Kで延性破壊したTF材のvEの平均値(Upper Self Energy, USE)は,炭素量が0.2%では169 J,0.43%では130 J,ならびに0.6%では59 Jであり,前述のRAと同様に炭素量が多いほど低下する。また,同じ炭素量ではTF材はQT材よりも降伏強さが高いにもかかわらず大きなUSEを示す。第2に,TF材ではいずれの炭素量でも500 K付近から層状破壊が発生している。一方,靱性の逆温度依存性ピークの低温側でvEがUSE以下となる試験温度をDelemination Finish Temperature(DFT)と定義する。DFTは炭素量が0.2%では213 K(−60°C),0.43%では233 K(−40°C),0.6%では253 K(−20°C)であり,炭素量が少ないほど低下する。さらに,炭素量が0.6%ではすべての試料は完全に破断したのに対し,炭素量が少ないほど完全に破断しなかった試料の数は多くなる。第3に,DFTより低温側では,き裂の進展方向とRDの角度(β)が15°以上となり,試験温度が低くなるにつれて増すことが確認された。これに伴い,vEは急激に低下した。試験温度が77 Kでは,いずれのTF材でもβは30°以上となり,vEは10 J前後にまで低下した。また,炭素量が0.43%では77 K,0.6%Cでは173 K以下でRDに沿ってき裂が貫通した試験片も多くあった。以上のように,炭素量が0.2~0.6%では,炭素量が少ないほどUSEが高く,かつ低温側まで顕著な層状破壊が発現して高いvEが維持できる。

Fig. 10.

 Fracture appearances of Charpy V-notched specimens after testing. The crack branching angle (β) was defined as the angle between the crack path and the longitudinal direction (//RD) of the impact bar. Arrows indicate the specimens that did not separate into two pieces during the impact test.

Fig. 11.

 Charpy V-notch absorbed energy (vE) as a function of testing temperature in the QT and the TF samples. Data points with + indicate that the specimens did not separate into two pieces during the impact test.

4. 考察

(0.2~0.6)%C-2%Si-1%Cr-1%Mo鋼の773Kでの温間TFでは,1)室温降伏強さが1.68~1.95 PaのUFEG鋼が得られ,2)炭素量が少ないほど降伏強さ(YS)が低下するもののUpper Self Energy(USE)は高くなり,靱性の逆温度依存性を引き起こす層状破壊も低温側まで発生することがわかった。そこで,UFEG組織鋼の層状破壊の発生に及ぼす炭素量の影響を考察した。

4・1 靱性の逆温度依存性の発現機構

〈110〉//RD繊維集合組織を有するUFEG組織の靱性の逆温度依存性の発現機構について,これまでの知見4,5,6,7,21)をまとめる。脆性き裂は切欠き底で発生する引張応力(σt)がその材料の脆性破壊に必要な応力(脆性破壊応力(σC)を上回った時に発生する。σtはYSに比例し,低温域でYSが急激に上昇する鉄などの体心立方格子金属は明瞭な延性脆性遷移を示す。例えば,等軸粒組織では結晶粒の微細化はYSと同時にσCも上昇させるが,その上昇の度合いはYSよりもσCの方で大きい。その結果,延性脆性遷移温度(DBTT)が低下すると考えられている22)。一方,〈110〉//RD集合組織を有するUFEG組織でも,Fig.9で示したようにYSの上昇は低温域で顕著になる。〈110〉//RD集合組織の特徴としては,{100}へき開面を多く含み脆性破壊が起こりやすい結晶面がRDに平行な面(ND面,TD面,ならびにSD面を含む面)と,RDに対し45°の角度の面(45°面)に多く分布する。よって脆性き裂の主な進展経路としては,RD,およびRDに対して45°方向の2つの経路が考えられる。ただし,伸長粒では,45°方向よりもRDで有効結晶粒径(deff)が大きい。ここでσC∝deff−1/2 22)とすると,シャルピー試験のSD(⊥RD)に平行な脆性破壊応力(σC//SD)よりも45°方向の脆性破壊応力(σC//45)の方が大きいことが予想される。実際に,σC//SDC//45となることがUFEG鋼の静的3点曲げ試験で確認された7)。同様に,UFEG組織での粒界破壊を考慮した場合でも伸長粒の長軸方向で結晶粒界の連続性が良く,粒径が大きいこと9,23)からσC//SDが最も低くなる。また,シャルピー試験片の切欠き底の3軸応力状態はUFEG組織のYSの異方性,切欠き形状の影響を厳密に考慮して求める必要があるものの,平面ひずみ状態でTrescaの降伏条件を仮定すると切欠き先端から塑性域相当の遷移区間(プロセスゾーン)でのσt//RDはYSの2.6倍,σt//SDはYSの1.6倍とそれぞれ近似できる7)。つまり,その大小関係はσt//SDt//45t//RDとなる。以上のσC,σtと温度の関係をまとめた,いわゆるYofee Diagramを模式的にFig.12に示す。図中にはvEと温度との関係も示す。温度T1より低温では,σC//SDt//SDとなり,RDに沿った脆性き裂が発生,伝播することで層状破壊が発生する。試験温度が下がるほどσtは上昇し,層状破壊は顕著となる。このような層状破壊が起こると,き裂がほぼ完全に鈍化されることで主き裂先端の応力状態は3軸応力から1軸引張状態へと緩和される。すなわち,実効的には単純な曲げ変形となる。しかもRDに沿った多数の微細なき裂の発生は材料内で力を分散させる応力遮蔽効果によって破壊駆動力を低下させる21)。その結果,vEが増加する。ところが温度T2よりも低温では,σC//45t//45となり,RDと45°方向の脆性き裂の発生,伝播が容易となる。その結果,層状破壊が起こりにくくなり,vEは低下すると考える。その一例として,Fig.13に0.6%C鋼のシャルピー試験後の試料の破面形態を示す。シャルピー試験で顕著な層状破壊が起こった試料では脆性き裂がRDに沿って伝播する。これに対し,試験温度が77 KでvEが著しく低下した試料では,図中に矢印で示すようにRDに対して45°に近い方向に伝播する脆性き裂の伝播が顕著となり,RDに平行な脆性き裂の伝播が抑制されることが確認された。同様な破面形態は他のTF材でも観察された。このように,炭素量が一定のもとで〈110〉//RD繊維集合組織を有するUFEG組織では,層状破壊による靱性の逆温度依存性の発現は結晶粒の短軸粒径と形状によって制御できる。例えば,Fig.12でさらに低温で顕著な層状破壊を発現させるにはσC//SDに対してσC//45を高くして温度T1よりも温度T2をさらに下げる必要がある。そのためには短軸粒径の微細化が有効な手段であることがわかる。しかも短軸粒径の微細化はYSの上昇にもつながることから,UFEG組織鋼の強靭化の重要な組織因子である。

Fig. 12.

 Yoffee diagram for ultrafine elongated grain structure with a strong {110} fiber deformation texture5,6). Cleavage fractures on the longitudinal {100} planes (//RD) cause delamination toughening (curve i), while those on the {100} planes with the transverse components diminish the delamination toughening (curve ii).

Fig. 13.

 SEM fractographs showing fracture surfaces for the TF samples; impact tested at (a) 293 K and (b) 77 K. Arrows show cleavage cracks on the planes with transverse components.

4・2 靱性の逆温度依存性に及ぼす炭素量の影響

ここでは,Fig.12のYofee Diagramを炭素量の影響との関係で検証する。Fig.14は,微小試験片についてTF材のYSの平均値,真の破断応力(True Fracture Stress, FS)ならびにRAを試験温度と引張方向の関数として示す。図中には,0.6%C鋼についてFE-SEM/EBSD法で測定された{100}極点図の一例も示す。{100}へき開面がSD面(⊥SD)と,RDに対し45°の角度の面(45°面)に多く分布することが確認できる。ここで,FSは,破断荷重を破断した試験片の平行部の最小断面積で除して求めた。引張試験本数は各条件で3~4本である。YSについては,各TF材でYS//SD<YS//45<YS//RDの関係が認められる。YSの温度依存性は引張方向によらずほぼ等方的であり,Fig.9の結果と同様に,室温から77 Kにかけていずれの引張方向でもYSは0.4~0.5 GPa程度の上昇を示す。一方FSでもFS//SD<FS//45<FS//RDの関係が認められるが,FSの温度依存性は引張方向で大きく異なる。RDに平行な引張りでは,RA//RDの値からも明らかなように,いずれのTF材も破断までに十分なネッキングを示し,FS//RDは温度が低いほど顕著に上昇する。一方,SDに平行(⊥RD)な引張りではFS//SDの上昇度はFS//RDと比べて小さい。しかもFS//SDのバラツキも小さい。そして引張方向が45°方向でもFS//45は試験温度が低いほど高くなる傾向を示すが,FS//45の上昇の度合いはFS//RDと比べると小さい。ここで注目すべきはSDに平行な引張ではほとんどのTF材が77 Kで脆性的に破断し,YS//SDはFS//SDにほぼ一致する点である。すなわち,いずれのTF材でも77 KはFig.12のYofee Diagramの温度T1に相当する。このことは,本TFでは層状破壊が発生する温度がほぼ同じであること意味しており,Fig.11の衝撃試験結果とも整合する。

Fig. 14.

 Yield strength (YS), true fracture stress (FS), and reduction of area (RA) as a function of testing temperature and the angle (α) between the tensile direction and the RD for small plate specimens: ◆ 0º, ○ 45º and ▲ 90º. {100} pole figure is also shown for the 0.6 C sample.

ここで,RAが1%以下の試料のFS//SDの平均値でσC//SD が与えられるとすると,σC//SDは炭素量が0.2%では1.84 GPa,0.43%では2.04 GPa,0.6%では2.07 GPaとなる。さらに,Fig.4の極値統計で求めたILmaxがT1でのσC//SDを与えると仮定すると,σC//SDと(√(ILmax//RD)の逆数の間に良好な相関性(σC//SD=1.09+3.84*√(ILmax//RD))が認められた。UFEG組織の破壊に関する有効粒径については詳細な破面観察による調査が必要であるが,Fig.13の破面観察結果からするとそのファセットのサイズはFig.3で示したAILよりもILmaxの方に近い。このように,本TF材では炭素量が少ないほどRDに沿って結晶粒が長くなるためにσC//SDは低くなるが,同時にYS//SDも低くなる。その結果,層状破壊の発生温度に差がなかったものと解釈できる。

45°方向でも,σC//45の下限値とILmas//45=ILmax//SD*√2の間に相関性があると仮定して上記式にILmas//45代入すると,σC//45の下限値は炭素量が0.2%では2.2 GPa,0.43%では2.3 GPa,0.6%では2.4 GPとなり,それぞれの炭素量のFS//45の下限値とほぼ一致する。ここで,σC//45の下限値とYS//45の差は,炭素量が0.2%では0.18 GPa,0.43%では0.10 GPaならびに0.6%では0.12 GPaであり,炭素量が多いほど小さくなる傾向にある。よって,Fig.12において,YSとFSの関係から,45°方向の脆性き裂の発生温度(温度T2)は炭素量が少ないほど77 K(=T1)から低くなる傾向が予測される。

しかしながら,前述のσC//45とσC//SDの差は小さく,温度T2の低下の度合いはわずかである。σC//45とσC//SDの差が小さいことは,0.39%C鋼の3点曲げ試験で測定されたTF材のFracture Energy(FE)がFE//RD=5184 kJ/m2,FE//45=142 kJ/m2,FE//SD=44 kJ/m2とFE//45とFE//SDで差がない7)ことからも裏付けられる。しかもTF材のFE//45は室温で脆性破壊を示したQT材のFE(=129 kJ/m2)と比較しても大きな値ではない7)。つまり,σC//45がσC//SDよりも高いことは層状破壊の発生の必要条件であるものの,σC//45とσC//SDの関係だけでは,Fig.11における,1)炭素量の低下による温度T2の低下,とくに2)層状破壊が500 Kからサブゼロ温度域までの広範囲で起こったことを十分に説明できない。

一方,TF材のFE//RDが5184 kJ/m2とQT材よりも極めて大きかった事実7)にも着目すると層状破壊を低温域まで発生させるための十分条件としてはUFEG組織鋼のRD面(⊥RD)の靭延性21)が高いことが考えられる。層状破壊では延性き裂(//SD)と脆性き裂(//RD)からなるステップワイズなき裂の進展で材料の破壊が進行することは確認している5,6)。層状破壊の発生によって材料の変形が実質的に単純な曲げ変形となった場合に,新たな3軸応力状態をもたらす延性き裂(//SD)の発生が抑制されれば45°方向の脆性破壊も抑制される。その結果,層状破壊は低温域まで起こり得ることになる。すなわち,Fig.9Fig.14のRAの変化から炭素量が少ないTF材ほど低温域まで高い靭延性を有していることは明らかであり,このことが炭素量の少ないTF材ほど低温側まで顕著な層状破壊が発生して高いvEを維持できたことの大きな要因であると考える。

Fig.3で示したように〈110〉//RD繊維状集合組織の発達度合,転位密度,短軸粒径に大きな差がないことから,RD面の靭延性は,炭化物の分散状態に依存していると定性的に判断できる。つまり,硬質な炭化物と軟質なフェライトの界面の不連続な部分で塑性変形によってボイドが発生,成長,連結して材料が破断する場合では,ボイドの発生の要因となる炭化物の体積率が少なくかつ微細なほど靭延性は大きくなる。

0.6%C-2Si-1Cr鋼6,9)と比べると炭素量が0.2%のMo添加鋼はほぼ同じ短軸粒径を有するにもかかわらず高いYS//RDを示した。この理由としては,0.6%C-2Si-1Cr鋼6,9)よりもMo添加鋼の方で炭化物粒子の分散が緻密で,かつKAM値の平均値が高かったことが考えられる。0.6%C-2Si-1Cr鋼の主たる強化機構は結晶粒微細化強化である6)ことは確認しており,このことはMo添加鋼のYS//RDには結晶粒超微細化に加えて,炭化物粒子の分散強化と転位強化も寄与していることを示唆している。本UFEG組織鋼ではGN転位密度に差がないことから,炭素量が増えるほど降伏降下が小さくなる現象は,炭化物粒子による分散強化の寄与が大きくなることに関係しているように思われる。一方,UFEG組織の短軸方向の引張についてはQT材と連続的な降伏現象が認められ,長軸粒径は比較的大きいことからするとYS//SDには結晶粒微細化強化よりも炭化物粒子の分散強化と転位強化の寄与が大きいものと推察される5)。以上のように考えると,UFEG組織鋼のいずれの引張方向のYSも炭化物粒子の分散状態に影響を受けていることになる。したがって,YSへの分散強化の寄与の度合いは材料の変形の方向により異なるが,基地組織が同じであれば,炭化物が微細でその体積率が増えるほどその分散間隔(Mean Free Path, MFP)が小さくなりYSは増大すると結論できる。Fig.5 で示した炭化物の平均粒子径の測定値からMFPの平均値は炭素量が0.2から0.43%にかけて減少しそれ以上ではゆるやかに減少する傾向が推定された。

以上のように,炭化物粒子の分散状態は,TF材の靭延性,強度に影響し,〈110〉//RD繊維集合組織を有するUFEG組織の層状破壊の発生に影響を与える。換言すれば,UFEG組織の靱性の逆温度依存性は,結晶粒の短軸粒径と形状だけではなく,炭化物の分散状態によっても制御できることが明確となった。

Fig.15は,室温でのQT材とTF材のvEをYS×ELバランスとの関係でまとめる。なお,図中には既存鋼のデータ24,25)も示す。QT材とTF材のいずれも炭素量が少ないほどYS×ELバランスは大きくなる。ところがTF材のYS×ELバランスはQTよりも大きい。QT材は室温では脆性破壊するためvEが低いのに対し,層状破壊の活用によってTF材はQT材よりもはるかに高いvEを示す。炭素量が少ないTF材ほどUSEが高く,かつ低温側まで顕著な層状破壊が発現して高いvEが維持できる。ただし炭素量が0.6%のTF材でも,YSが1.95 GPa,vEの平均値が159 JとYSが約半分以下のJIS機械構造用鋼24)と同等の優れた強度×延性×靱性バランスが得られている点は強調すべきである。

Fig. 15.

 Relation between yield strength (YS)-total elongation (EL) balance and Charpy V-notch absorbed energy (vE) in the QT and the TF samples. Data for Ultrafine-grained steels21), JIS carbon and low-alloy steels24), and 300M steels25) are also presented for reference.

5. 結言

本研究では,炭素量を0.2~0.6%まで変化させた2%Si-1%Cr-1%Mo鋼に773 Kで減面率78%の多パス温間溝ロール加工による温間TFを施した。ついで,温間TF材の組織,引張変形特性,ならびにシャルピー衝撃特性を炭素量に関連付けて調査した後,UFEG組織鋼の靱性の逆温度依存性に及ぼす炭素量の影響を考察した。その結果を以下に示す。

1)いずれの炭素量でも短軸の平均粒径が0.3 μm前後で,〈110〉//圧延方向(RD)繊維集合組織を有するUFEG粒組織が形成した。炭素量が多いほどUFEG組織の短軸粒径とアスペクト比は小さくなる傾向を示し,炭素量が0.43%以上ではこれらの組織因子に及ぼす炭素量の効果はほぼ頭打ちになった。一方,炭素量が多いほど炭化物の体積率が増え,粒子径はわずかに大きくなった。

2)TF鋼では,UFEG粒組織の長軸方向(//RD)の引張りに対して室温降伏強さが1.68~1.95 Paが得られた。降伏強さは炭素量が多いほど高くなるが,炭素量が0.43%以上ではその上昇はほぼ頭打ちになる傾向を示した。また炭素量が少ないほど延性は高くなり,優れた強度×延性バランスが得られた。

3)TF鋼では炭素量が少ないほどUpper Self Energyが高く,かつ低温側まで顕著な層状破壊による靱性の逆温度依存性が発現して高いシャルピー衝撃吸収エネルギーが得られた。

4)〈110〉//RD繊維集合組織を有するUFEG組織の靱性の逆温度依存性は,結晶粒の短軸粒径と形状だけではなく,炭化物の分散状態によっても制御できることが明らかとなった。顕著な層状破壊を低温で起こすには,RDに垂直な面(RD面)の靭延性を高くする必要があり,そのためには少量かつ微細な炭化物粒子の分散が有効である。

謝辞

本研究では,溝ロール圧延は,黒田秀治氏,谷内泰志氏,組織観察は広田ゆり子氏の助力により行われた。また,本研究は,独立行政法人 科学技術振興機構(JST)の研究成果展開事業「産学共創基礎基盤研究プログラム「ヘテロ構造制御」の支援により行われたものである。ここに謝意を表する。

文献
 
© 2014 The Iron and Steel Institute of Japan

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