Tetsu-to-Hagane
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Factors Affecting Static Strain Aging Under Stress at Room Temperature in a Fe-Mn-C Twinning-Induced Plasticity Steel
Motomichi KoyamaEiji AkiyamaKaneaki Tsuzaki
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2014 Volume 100 Issue 9 Pages 1123-1131

Details
Synopsis:

We investigated the factors affecting static strain aging under stress in a Fe-22Mn-0.6C twinning-induced plasticity steel at room temperature. The magnitude of strengthening by the static strain aging was estimated by tensile strain holding and subsequent re-loading. Strain holding time, pre-strain, strain rate, external stress, and diffusible hydrogen content were varied to clarify their effects on static strain aging, and the present static strain aging was found to be affected by all of these factors. In this paper, we show the phenomenological laws of the relationship among the factors and the stress increase due to the static strain aging.

1. 諸言

Fe-Mn-C基オーステナイト鋼のひずみ時効は材料強度を効果的に向上させる。Dastur and LeslieがHadfield鋼において室温での静的および動的ひずみ時効を報告し1),続いてOwen and Grujicicが種々条件におけるひずみ時効の挙動について議論した2)ことがFe-Mn-C基オーステナイト鋼のひずみ時効研究の始まりである。彼らはFe-Mn-C基オーステナイト鋼のひずみ時効が他のFCC金属のひずみ時効と較べて著しく大きい強化量を示すことに着目し,その原因がMn-Cカップリングに起因すると言及した1,2)。さらに近年の研究では,変形したFe-Mn-C基TWIP(TWIP:Twinning-Induced Plasticity)鋼を応力下で保持すると,静的ひずみ時効が促進されることが報告され3),その特異性に注目が集まっている。

ひずみ時効は強化機構としてだけでなく,水素脆化の影響因子としても重要である。Fe-Mn-C基TWIP鋼の水素脆化は近年報告されたばかりで,多くの影響因子が報告されている4,5,6,7,8,9,10)。その一つがひずみ時効である。つまり,ひずみ時効が抑制されるとき,TWIP鋼の水素脆化感受性は低くなる11,12)。このように,ひずみ時効はFe-Mn-C基TWIP鋼において重要な現象であるが,静的ひずみ時効の機構および影響因子はほとんど明らかにされていない。

静的ひずみ時効挙動は本質的に炭素拡散と転位密度に依存するため,予ひずみ,時効温度,ならびに時効時間の影響を強く受ける。また,Fe-Mn-C基TWIP鋼では,動的ひずみ時効が室温で起こる。動的ひずみ時効も炭素と転位の相互作用に起因するので,静的ひずみ時効過程以前の予ひずみ中に動的ひずみ時効が起こる場合,静的ひずみ時効による強化量は低下する。動的ひずみ時効の挙動はひずみ速度に依存する1)ので,静的ひずみ時効は動的ひずみ時効の影響を通して,予ひずみ速度依存性を示すと考える。さらに従来研究で明らかになっている通り,Fe-Mn-C基TWIP鋼の静的ひずみ時効は負荷応力の影響を受ける3)ことにも留意する必要がある。

本研究では,静的ひずみ時効の強化量に及ぼす予ひずみ,予ひずみ速度,時効時間,負荷応力の影響を調査する。また,ひずみ時効と水素脆化の相関が近年重要となっているので,静的ひずみ時効の強化量に及ぼす水素チャージの影響にも言及する。すなわち本論文では,Fe-Mn-C基TWIP鋼の静的ひずみ時効における影響因子を明らかとし,各因子がどのように影響しているのか議論することを主題とする。

2. 実験方法

2・1 試料

Fe-22.05Mn-0.61C-0.01P-0.004S鋼(wt.%)を本研究の試料として用いた。Fe-22Mn-0.6C鋼は動的ひずみ時効11),静的ひずみ時効3)ならびに水素脆化4,11)を示す典型的なTWIP鋼の化学組成である。このTWIP鋼は破断に至ってもマルテンサイト変態を示さず,転位すべりおよび双晶変形によって塑性変形が進行する13)。我々は前報11)にて,本鋼におけるひずみ時効が水素脆化の挙動に影響することを示した。本鋼は板厚60 mmから2.6 mmまで1273 Kにおける熱間圧延を行い,その後,板厚1.4 mmまで冷間圧延を施した。圧延後,1073 Kで溶体化処理を行った。すべての試料は放電加工によって切り出した。さらに本実験対象の一つである水素の効果を観察するため,切り出した試料を機械研削によって0.3 mm厚まで減厚した。初期組織はFig.1に示す通り,平均結晶粒径3 μm(焼鈍双晶含む)のオーステナイト単相である。試料はすべて,つかみ部および4.0 mm幅,0.3 mm厚,10 mm長のゲージ部を有する薄板状引張試験片とした。

Fig. 1.

 Optical micrographs of the as-solution treated Fe-22Mn-0.6C steel.

2・2 ひずみ時効試験

引張試験によって,静的ひずみ時効が及ぼす強度への影響を評価した。本研究では,様々なひずみ速度,予ひずみ,時効時間,保持応力で試験を行い,各要素のひずみ時効への影響を定量的に評価した。ひずみ時効の研究では一般に,ひずみ時効による最大強化量および変形温度の影響が調べられる。これらの実験結果からひずみ時効の活性化エネルギーを得ることができる。しかし,本研究では以下の理由により,室温(294 K)のみで試験を行い,また,ひずみ時効による最大強化量は求めなかった。

1)これまでに最大強化量が求められている研究の多くは,フェライト鋼または高温環境におけるひずみ時効を対象としている。オーステナイト鋼の室温ひずみ時効では炭素の拡散が遅く,最大強化量を求めるためには非常に長い時効時間が要求される。引張試験機のモーターへのダメージを避けるために,高応力で変位保持する場合は10時間以内に保持を終了する必要がある。これらを考慮すると,オーステナイト鋼の室温ひずみ時効による最大強化量を求めることは現実的ではない。

2)時効温度の上昇は炭素の拡散速度を高めるため,ひずみ時効を促進する。しかし,Fe-Mn-C基オーステナイト鋼の静的ひずみ時効は負荷応力の影響を強く受けるので,加熱による試験機本体の熱膨張の影響をよく制御することが要求される。すなわち,試験機の熱膨張によって変位保持時の応力が低下することを防ぐ必要がある。しかし,本実験環境では加熱時の負荷応力制御が困難である。

3)上記2)に関連して,無負荷でのFe-Mn-C基オーステナイト鋼の静的ひずみ時効は,応力下の静的ひずみ時効よりも強化量が著しく小さい。無負荷環境では473 K,7日間ひずみ時効した場合でも,応力下における数分間の静的ひずみ時効よりも強化量が小さい1)

4)Fe-Mn-C基オーステナイト鋼において,573 K以上の時効は炭化物を析出させる1)

以上の理由により,本試験は室温のみで行い,また,最大強化量も求めなかった。

静的ひずみ時効による強化量は,目的の予ひずみを加えたあとに除荷せず定変位で保持し,再変形したときの流動応力差から求めた。Fig.2(a)にひずみ時効試験の一例を示す。応力−ひずみ曲線上のセレーションは動的ひずみ時効に起因する1)。この試験では,初期ひずみ速度1.7×10−2 s−1で0.40真ひずみまで引張変形し,1000 s変位保持した。変位保持終了後,ひずみ速度1.7×10−2 s−1で再変形し,破断させた。本研究では,初期ひずみ速度を1.7×10−5から 1.7×10−2 s−1の範囲で変化させ,再変形時のひずみ速度は変位保持前と同じとした。

Fig. 2.

 (a) An example of the true stress-strain curves measured in the present study. The left upper diagram schematically indicates straining process plotted against test time. (b) Portion of the stress-strain curve outlined by the dotted lines in Fig.2(a).

Fig.2(b)Fig.2(a)の四角で囲んだ部分に対応する真応力−真ひずみ曲線である。変位保持開始後,応力緩和によって応力は低下し3),再変形時に静的ひずみ時効に起因する応力増加が観察される3,11,12)。静的ひずみ時効に起因する応力増分Δσは以下のように定義する。   

Δ σ = σ 1 σ 0 (1)

ここでσ0は変位保持開始時の応力,σ1は再負荷時の降伏点現象の最大応力である(Fig.2(b)参照)。

2・3 水素チャージ下ひずみ時効試験

静的ひずみ時効における水素の影響を調べるために,水素チャージ下ひずみ時効試験を行った。水素は陰極チャージによって導入し,電解液には3% NaCl+3 g/L NH4SCN水溶液を用いた。対極には白金を用いた。予ひずみは水素チャージなしで初期ひずみ速度1.7×10−2 s−1で 0.52真ひずみまで与えた。変位保持開始と同時に電流密度一定(1,3,7 Am−2)で水素チャージを開始した。10時間変位保持終了後,水素チャージ下でひずみ速度1.7×10−2 s−1で破断まで変形させた。

2・4 水素量の測定

水素チャージ下ひずみ時効試験の終了後,拡散性水素量を昇温脱離分析(TDA)によって測定した。TDAは室温から550 Kの間で行い,200 K h−1で昇温した。測定はひずみ時効試験の終了後20分以内に開始した。拡散性水素量は室温から523 Kへの昇温中に脱離した累積水素量とした。拡散性水素は室温で拡散可能な水素と定義する。TWIP鋼における拡散性水素は副格子,空孔,転位,双晶界面,粒界などに存在すると報告されている14)

3. 本研究におけるひずみ時効モデル

Fe-Mn-C基オーステナイト鋼では,二種類の炭素運動がひずみ時効に関わっている。一つ目は,従来のひずみ時効でも議論される,転位や積層欠陥への炭素拡散である15)。二つ目は,正四面体位置から正八面体位置への炭素のシングルジャンプである。Leeら16,17)は炭素と積層欠陥中の点欠陥の間の相互作用がひずみ時効の原因であると報告している。以下に,シングルジャンプによるひずみ時効過程を説明する。

TWIP鋼などの低積層欠陥エネルギー材は,完全転位から先行部分転位と後続部分転位に分解する。例えば,   

a 2 [ 1 ¯ 01 ] a 6 [ 11 ¯ 2 ] + a 6 [ 2 ¯ 11 ] (2)

ここでaは格子定数である。通常,オーステナイト鋼の安定炭素位置は正八面体位置である。先行部分転位がすべり面上を掃くと,局所的に面心立方構造から稠密六方構造に変化するので,炭素の位置は正八面体位置から正四面体位置に変わる18)。正四面体位置は安定炭素位置ではないので,正四面体位置から正八面体位置へのシングルジャンプの活性化エネルギーは低い。このため,炭素は正四面体位置に存在する限り,容易に正八面体位置にジャンプする。なお,後続部分転位が同一箇所を掃くと結晶構造が元に戻るので,ここでは後続部分転位が先行部分転位から十分に離れている状況を仮定する。このシングルジャンプの方向は炭素と置換型固溶原子間の相互作用によって決定される。Fe-Mn-Cオーステナイト鋼ではMnが炭素と強い引力相互作用を示す1,2)ので,Mn-Cカップルを形成するように炭素のシングルジャンプが起こる17)。このMn-Cカップリングの形成が拡張転位運動を阻害し,ひずみ時効の強化機構として働く。

本節初段落で述べた一つ目の炭素運動に起因する従来型のひずみ時効機構は,炭素の拡散速度に律速されるため,オーステナイト鋼の場合,長い時間スケールで起こると考える。対して,上述のシングルジャンプに起因するひずみ時効は数秒で起こる現象であり,また,同一炭素のセカンドジャンプは通常起こらない。このため,従来型に比べて短い時間範囲で起こると考える。また,この機構は積層欠陥エネルギーおよび炭素ジャンプの活性化エネルギーによって律速される。つまり,現象を律速する因子および時間スケールが二つのひずみ時効機構の間で大きく異なるので,Fe-Mn-C基オーステナイト鋼のひずみ時効を考える上では二種類の炭素運動の影響を分けて考える必要がある。

まず,従来型のひずみ時効の機構に基づいて本鋼種の静的ひずみ時効を考える。Harper15)は時効温度および時間に対する転位への炭素偏析量fに基づいて,静的ひずみ時効を以下の式で説明した。   

f = 1 exp [ α ρ ( A D t k T ) 2 3 ] (3)

ここでρは転位密度,Dは炭素の拡散係数,tは時効時間,Tは時効温度,kはボルツマン定数,Aとαは定数である。本論文では(3)式で表される要素をコットレル成分と呼ぶ。(3)式は以下のように置換できる。   

Δ σ Δ σ m a x c = 1 exp [ α ρ ( A D t k T ) 2 3 ] (4)

ここで,Δσは(1)式で与えられる値,Δσmaxcはコットレル成分が与える最大強化量である。負荷応力下の静的ひずみ時効を考える場合,炭素の応力誘起再配列の効果も考える必要がある。応力誘起再配列の効果は(4)式に単純に加算できる19,20)。   

Δ σ = ( Δ σ m a x c ) { 1 exp [ α ρ ( A D t k T ) 2 3 ] } + Δ σ m a x r f ( t , T ) (5)

ここで,Δσmaxrは炭素の応力誘起再配列に起因する最大強化量である。また,f(tT)は応力誘起再配列の時効時間および時効温度依存性を示す関数である。本来,この応力誘起再配列の項は体心立方構造で起こるSnoek再配列に対して提案されたものである。Snoek再配列は面心立方構造では起こらないが,Fe-Mn-Cオーステナイト鋼では,正四面体位置から正八面体位置への炭素の再配列が変形直後に起こる(前述シングルジャンプ)16,17)。負荷応力はこの炭素の再配列に影響すると考える。応力効果の詳細は4・3節で議論する。

本鋼ではFig.2(a)に示すように,予ひずみの段階で動的ひずみ時効が起こる。Fe-Mn-C基オーステナイト鋼の動的ひずみ時効の機構は種々報告されている1,16,17,21,22,23,24)が,いずれの機構においても動的ひずみ時効は可動転位と固溶炭素の相互作用に起因する。この相互作用が起こる頻度はひずみ速度に依存する。このため,同じく可動転位と固溶炭素の相互作用に起因する静的ひずみ時効由来の強化量は,予ひずみ速度依存性を示すはずである。具体的には,ひずみ速度が下がるほど動的ひずみ時効が促進され,静的ひずみ時効の強化量は低下すると考える。つまり,(5)式中のΔσmaxcは予ひずみ速度に依存すると考えるため,以下のように修正される。   

Δ σ = ( Δ σ m a x c Δ σ d y n ( ε , ε ˙ , T ) ) { 1 exp [ α ρ ( A D t k T ) 2 3 ] } + Δ σ m a x r f ( t , T ) (6)

ここで,Δσdynは動的ひずみ時効による強化量である。また,εは予ひずみ, ε ˙ は予ひずみ速度である。本研究では(6)式に基づいて議論をする。

4. 結果および考察

4・1 時効時間の影響

Fig.3(a)に時効時間に伴うΔσの変化を示す。ひずみ速度は1.7×10−2および1.7×10−4 s−1で,0.40真ひずみの予ひずみを与えた。Δσは一般に,固溶原子の応力誘起再配列が終了すれば,時効時間の対数に対して単調に増加する。また,再配列終了に要する時効時間はコットレル成分が飽和するまでの時間に比べて顕著に短い20)。Fe-Mn-C基オーステナイト鋼では,正四面体位置から正八面体位置への炭素のシングルジャンプによって再配列が起こる17)ので,本鋼の炭素原子再配列は104 s よりも短い時間で終了すると考える*1Fig.3(b)から,Δσが時効時間の対数に対して104 s超まで直線的に増大していることがわかる。Fig.3(b)およびFig.4に示す通り,この直線関係は,本実験条件における全てのひずみ速度や予ひずみでも観察された。この事実は,104 s以降と同様の律速因子により103 sから104 sまでの静的ひずみ時効現象が進行していることを示している。つまり,本実験における最短時効時間である103 sであっても炭素原子の再配列は既に完了していることを指している。炭素の再配列が完了している時効時間範囲では,温度一定の場合(6)式中のf(tT)は定数と見なすことができる。つまり,(6)式は以下のように置き換えられる。   

Δ σ β Δ σ m a x r Δ σ m a x c Δ σ d y n ( ε , ε ˙ , T ) = 1 exp [ α ρ ( A D t k T ) 2 3 ] (7)

*1 Fe-Mn-Cオーステナイト鋼における炭素のシングルジャンプは,ひずみを与えてから数秒の内に起こり,更にひずみを与えない限りセカンドジャンプは起こらないとされる17)。このことから静的ひずみ時効では,シングルジャンプ発現の潜伏時間を考慮したとしても,数十秒の内に炭素原子再配列の影響が最大に達すると考える。

Fig. 3.

 (a) True stress increase (Δσ) plotted against strain holding time. The specimens were deformed to 0.40 true plastic strain at pre-strain rates of 1.7×10–2 and 1.7×10–4 s–1. (b) True stress increase re-plotted against logarithmic holding time.

Fig. 4.

 Pre-strain dependence of the relationship between true stress increase and strain holding time. The pre-strain rate was 1.7×10–2 s–1.

ここで,βは定数である。時効時間を除くすべての変数が一定である条件では,   

l n ( 1 Δ σ β Δ σ m a x r Δ σ m a x c Δ σ d y n ) t 2 / 3 (8)

となる。Δσmaxr,ΔσmaxcならびにΔσdynの値にかかわらず,各値が一定である限り(8)式の線形関係は保たれる。つまり,Δσmaxr,Δσmaxc,Δσdynを,ある予ひずみと,あるひずみ速度において一定とすると,(8)式の線形関係の妥当性は実験的に確かめられる。Fig.5に示すように,(8)式における左辺と右辺の実験的な関係はおよそ線形であることがわかる。傾きはβΔσmaxrおよびΔσmaxc-Δσdynの値に依存するのでFig.5の線形近似の傾きに物理的な意味はなく,ここでは線形関係のみに注目する。(6)式および(7)式から自明なように,βΔσmaxrはΔσより常に小さく,Δσmaxc-ΔσdynはΔσより常に大きくなくてはならない。このため,Fig.5ではβΔσmaxrFig.3およびFig.4で最小のΔσ≈35 MPaよりも小さい20 MPa,Δσmaxc-ΔσdynFig.3およびFig.4で最大のΔσ≈120 MPaよりも大きい150 MPaとした。このt2/3則は静的ひずみ時効のコットレル成分において一般的に受け入れられている規則である25)。このことから,この時間スケールにおけるΔσの時効時間に対する変化傾向は,主にコットレル成分に起因していると考える。

Fig. 5.

 Fitting of the law of t2/3 using Eq.(8). The original data used for this plot are Figs.3 and 4. As an example, βΔσmaxr and Δσmaxc-Δσdyn are assumed to be 20 and 150 MPa, respectively. The assumed values are shown to be adequate values, since 20 MPa is lower than the lowest Δσ in Figs.3 and 4, and 150 MPa is higher than the highest Δσ in Figs.3 and 4.

4・2 ひずみ速度の影響

既報の結果11)およびFig.6に示すように,Δσはひずみ速度の対数に対して線形に増加する。(6)式より,このひずみ速度依存性は動的ひずみ時効の影響を考慮することで説明できる。Fe-Mn-C基TWIP鋼では,ひずみ速度が増大すると動的ひずみ時効が抑制されるため,流動応力が低下する(NSRS:Negative strain rate sensitivity)1,16,26)。このため,(7)式中のひずみ速度とΔσdynの関係は,流動応力のひずみ速度依存性(Fig.7)から導くことができる。NSRSは低ひずみ域(0.25真ひずみ)では不明瞭である。しかし,十分な塑性変形が与えられ,動的ひずみ時効の影響を強く受けている場合は,流動応力がひずみ速度の対数に対してほぼ線形に低下する。従来研究でもNSRSは塑性ひずみが大きくなるほど顕著になると報告されている24,27)。流動応力とひずみ速度の対数の間の線形関係は,Fe-22Mn-0.6C鋼における同程度のひずみ速度,塑性ひずみ量で既に報告されている27,28)。つまり,本鋼のNSRSは以下のように表現できる。   

σ ln ε ˙ (9)

Fig. 6.

 Pre-strain dependence of the relationship between true stress increase and pre-strain rate. The holding time was 1000 seconds.

Fig. 7.

 Negative strain rate sensitivity of flow stress at various true plastic strains.

ここでσは真応力である。一定の予ひずみおよび温度を仮定し,(9)式を用いると,(7)式は次のように表現される。   

Δ σ β Δ σ m a x r Δ σ m a x c p l n ε ˙ + q = 1 exp [ α ρ ( A D t k T ) 2 3 ] (10)

ここでpqは定数である。(10)式はさらに以下のように書き換えられる。   

Δ σ = l n ε ˙ { p exp [ α ρ ( A D t k T ) 2 3 ] p } + ( Δ σ m a x c + q ) { 1 exp [ α ρ ( A D t k T ) 2 3 ] } + β Δ σ m a x r (10’)

右辺の第二および第三項は一定の時効時間,予ひずみ,時効温度の条件下において定数である。つまり,一定の時効時間,予ひずみ,時効温度において,(10’)式は,   

Δ σ ln ε ˙ (11)

を意味する。(11)式はFig.6におけるひずみ速度の対数とΔσの間の線形関係を説明する。よって,ひずみ速度増大に伴うΔσの増分は動的ひずみ時効の抑制に起因すると考える。

4・3 負荷応力の影響

本節ではΔσの負荷応力依存性を示す。負荷応力はひずみ速度1.7×10−2 s−1で0.40真ひずみを加えた後に,変位を制御することによって変化させた。Fig.8は負荷応力を低下させ,ひずみ時効したときの真応力−真ひずみ曲線の一例である。Fig.8では,目的の応力である745 MPaに達したときに変位保持を開始した。Fig.9は変位保持開始時の初期応力σ0とΔσの関係を示している。負荷応力の効果を考える際は,強化量に対する炭素の応力誘起再配列の影響が重要である。第3節で述べたように,積層欠陥中の炭素の再配列に起因するMn-Cカップルの形成は,本鋼のひずみ時効の強化機構として重要な役割を持つ17)。積層欠陥中の炭素量は一定ひずみ下でΔσmaxrと線形関係をもつと仮定できる。積層欠陥中の炭素量は転位密度一定の条件で,積層欠陥の拡張幅に比例するとする。   

Δ σ m a x r d s f (12)

Fig. 8.

 An example of true stress-strain curves with the process of decreasing stress.

Fig. 9.

 True stress increase plotted against holding stress, σ0. The strain holding times were chosen to be 1000 and 10000 seconds.

ここで,dsfは積層欠陥の拡張幅である。dsfは外力依存性がある29,30,31)。Copleyらの理論によると,dsfの引張応力依存性は以下のように表現される29)。   

1 d s f = 1 c ( γ + ( m 2 m 1 ) 2 σ b ) (13)

ここでγは積層欠陥エネルギー,m1およびm2は先行部分転位および後続部分転位に対するシュミット因子の絶対値,bは部分転位のバーガースベクトルの絶対値である。cは以下の式で表される29)。   

c = μ a 2 48 π ( 1 v ) [ 2 v ( 4 cos 2 θ 1 ) ] (14)

ここで,μは剛性率,νはポアソン比,θは転位線と対応するバーガースベクトルの間の角度である。引張応力の効果は,〈111〉または〈110〉に近い引張方位ほど強くなり,〈001〉に近づくほど弱くなる。〈001〉引張方位近傍では,転位拡張に対する引張応力の負の効果も議論される30)ことがあるが,ここでは考慮しない。同様に,除荷の影響による(引張応力の負の効果の消失による)転位拡張も有効ではないと考える。つまり本議論では,引張による外力は常に転位拡張幅を増大させると考える。転位線がランダムに配向していると仮定すると,cは定数である。(12)式および(13)式から,以下の式が得られる。   

Δ σ m a x r 1 2 γ + ( m 2 m 1 ) σ b (15)

ここでγ=22 mJ/m2 32)b=1.45×10−10 m31)である。Fe-22Mn-0.6C鋼において引張真ひずみが0.4を超えると強い集合組織が形成されるため,引張方位は〈111〉と〈001〉に配向する33)。加えて,転位拡張に正の効果を示す〈111〉方位の体積率は,0.40真ひずみのとき50%を超える33)。それ故,先行部分転位のシュミット因子は〈111〉引張方位のものを仮定し,m1=0.31とする。対応して,後続部分転位のシュミット因子(m2)は0.16とする。Fig.10に示す実験結果は,(15)式におおよそ対応する傾向を示している。

Fig. 10.

 The re-plot of Fig.9 expressed by Eq.(15). The notations and their values correspond to those in Eq.(15).

Fig.11は様々なσ0(変位保持開始時の応力)におけるΔσを,時効時間に対してプロットした図である。その傾きはσ0に依存せず,(6)式および(15)式によって説明される。固溶原子再配列の影響が飽和したとき,再配列の影響は,(6)式から明らかなように,Δσの変化傾向の切片として寄与する。(15)式で説明されるように,Δσmaxrは引張外力の増大に伴い大きくなるので,ある時効時間に対するΔσは,Fig.11に示すようにσ0の増大とともに高応力側にシフトする。

Fig. 11.

 Δσ plotted against holding time at various holding stresses, σ0. “As tensiled” means no process for decreasing external stress.

4・4 予ひずみの影響

Fig.12は,Δσが予ひずみの増大に伴い大きくなることを示している。予ひずみに対するΔσの変化傾向は,おおよそ指数関数的であるが,単純な関数ではない。本研究では,この複雑な変化傾向を定量的に議論できない。なぜなら予ひずみはρ,pq,Δσmaxrといった多くの因子に影響するからである。前節の応力効果の観点から,集合組織成分の塑性ひずみ依存性も,この予ひずみの効果に影響していると考える。例えば,予ひずみはFig.4Fig.6中の傾きを変化させている。Fig.4中の傾きの差は転位密度(ρ)の変化に起因している。一方,Fig.6中の傾きの差はpおよびqの変化に起因すると考える。これらの事実はρ,pならびにqの項が予ひずみ効果を考える上で有意であることを示している。まず,転位密度ρの塑性ひずみ依存性について考える。Fe-Mn-Cオーステナイト鋼における転位密度の塑性ひずみ依存性は以下のように報告されている34)。   

ρ = C ε (16)

Fig. 12.

 True stress increase plotted against true pre-strain at various strain holding time.

ここでεは塑性真ひずみ,Cは定数である。一定条件下における転位密度の予ひずみ依存性の観点では,(6)式および(16)式から以下の関係が導かれる。   

Δ σ [ 1 e x p ( C ' ε ) ] (17)

ここでC’は定数である。(17)式における塑性ひずみの寄与は有意であると考える。しかし,予ひずみに対するΔσの指数関数的な増大傾向を説明するものではない。

次に,塑性ひずみ増大に伴うΔσmaxrと集合組織成分の変化の影響について考える。炭素の応力誘起再配列が終了している場合,Δσmaxrは関数の切片としてΔσに影響する。このため,Δσmaxrは,予ひずみ増大に伴うΔσ-保持時間の関数の傾き変化(Fig.4)を説明しない。それ故ΔσmaxrからΔσの予ひずみに対する変化傾向を理解することはできない。Fe-22Mn-0.6C鋼において,0.40真ひずみと0.50真ひずみの間に〈111〉集合組織体積率の有意な差はない33)ので集合組織形成の観点からも予ひずみの影響は説明されない。残る予ひずみ効果に関連する因子はpおよびqであるが,これらの影響を本研究で明らかにすることはできない。静的ひずみ時効における指数関数的な予ひずみ依存性を定量的に理解するためには,ρ,pq,Δσmaxr,ならびに集合組織の影響を複合的に考察することが重要であり,特に,pおよびqに対するさらなる実験的解析および理論的解釈が将来研究として要求される。

4・5 水素の影響

Fig.13に0,1,3,7 Am−2の電流密度で水素チャージした場合の,変位保持過程周辺の応力−ひずみ応答を示す。拡散性水素量はFig.14に示すように電流密度の増大に伴い大きくなる。Fig.15はΔσが拡散性水素量の増大に伴い低下することを示している。固溶水素は310系オーステナイトステンレス鋼において,降伏応力および流動応力を増大させると報告されている35,36,37)。対照的に軟化の観点では,ミクロな材料軟化は金属組織観察38,39)やナノインデンテーション40)によって確認されているものの,マクロな材料軟化はオーステナイト鋼では報告されていないので,Δσの低下は従来のオーステナイト鋼における報告と反対である。

Fig. 13.

 Influence of hydrogen charging on static strain aging at a pre-strain rate of 1.7×10–2 s–1. The specimens were held at 0.52 true plastic strain. The current densities for the hydrogen charging were chosen to be 0, 1, 3, and 7 Am–2.

Fig. 14.

 Diffusible hydrogen content plotted against current density. The diffusible hydrogen contents were measured just after the tests of Fig.13.

Fig. 15.

 Stress increase plotted against diffusible hydrogen content. The original data used for this plot are Figs.13 and 14.

Eastmanら41)は,本鋼と同じくFCC金属であるNi-C合金において,固溶水素が転位−炭素間相互作用を低下させるとき,材料軟化が起こると報告している。本鋼の静的ひずみ時効は転位と炭素の相互作用に起因するので,静的ひずみ時効における転位−炭素間相互作用に及ぼす水素の効果は,Δσの水素量に伴う低下を説明すると考える。また,本鋼とオーステナイト系ステンレス鋼の重要な違いは炭素量である。本鋼は0.6 wt%もの炭素を含有しているので,転位−炭素間相互作用に及ぼす水素の影響はオーステナイト系ステンレス鋼と較べて大きいと考える。

5. 結言

Fe-22Mn-0.6C TWIP鋼の静的ひずみ時効に影響を及ぼす因子について調査した。各因子の静的ひずみ時効による強化量Δσへの影響は以下のとおりである。

1)本鋼の静的ひずみ時効の時効時間依存性は従来の静的ひずみ時効でよく用いられるt2/3則が適用できる。

2)Δσは予ひずみ速度の対数に対して直線的に増加する。

3)本鋼の静的ひずみ時効ではΔσに負荷応力依存性が存在する。これは応力下における炭素の応力誘起再配列で説明される。

4)Δσは予ひずみの増加に対しておおよそ指数関数的に増大する。

5)Δσは拡散性水素量の増大に伴い低下する。

これら実験事実のいくつかは,本鋼における特殊な炭素原子の運動を考慮することで理解される。すなわち,〈I〉転位および積層欠陥への炭素の拡散,〈II〉予ひずみ変形中の動的ひずみ時効,〈III〉応力下における正四面体位置から正八面体位置への炭素の再配列,の3種の炭素運動が関わる現象が上記事実の要因となっている。

謝辞

本研究は学術振興会特別研究員(2011)の制度の一環として行った。また,本研究で使用した試料はPOSCOから提供いただいた。この場を借りて深謝いたします。

文献
 
© 2014 The Iron and Steel Institute of Japan

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