Tetsu-to-Hagane
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Regular Article
Influence of Strain-Induced Martensite on Tensile Properties of Metastable Duplex Stainless Steels Consisting of Fe-Cr-Mn-Ni and Fe-Cr-Mn-N
Mitsuyuki FujisawaRyota MauchiTatsuya MorikawaMasaki TanakaKenji Higashida
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2014 Volume 100 Issue 9 Pages 1140-1149

Details
Synopsis:

The effects of Ni or N both on the austenite stability and the tensile properties of duplex stainless steels were investigated at various temperatures. Two series of duplex stainless steel sheets consisting of Fe-(19~22)%Cr-5%Mn-(4~7)%Ni and Fe-(19~22)%Cr-5%Mn-(0.19~0.34)%N were employed. 20%Cr-5%Mn-5%Ni steel and 20%Cr-5%Mn-0.25%N steel indicated maximum improvement in elongation under tensile tests at 293 K among each series of specimens. The amount of strain-induced martensite was measured, indicating that there is the optimum transformation rate of strain-induced martensite with strain to obtain the maximum elongation under transformation-induced plasticity (TRIP). 20%Cr-5%Mn-0.25%N steel exhibited both extremely high elongation at room temperature equivalent to the conventional austenitic stainless steels of SUS304, and high tensile strength equivalent to the conventional duplex stainless steels of SUS329J4L. The total elongation of 20%Cr-5%Mn-0.25%N steel was larger than that of 20%Cr-5%Mn-5%Ni, though there is little difference between them in the average amount of strain-induced martensite introduced during the uniform deformation. The difference in elongations between 20%Cr-5%Mn-0.25%N and 20%Cr-5%Mn-5%Ni could be due to the difference in the hardness of the strain-induced martensite. The strain-induced martensite in 20%Cr-5%Mn-0.25%N steel was extremely hardened by the nitrogen concentrated to the austenite phase at annealing. Such hard martensite maintained high strain-hardening rate in a wide range of strain and increased the uniform elongation with high tensile strength.

1. 緒言

オーステナイト・フェライト系二相ステンレス鋼(二相ステンレス鋼)は,オーステナイト相およびフェライト相が,ほぼ一対一の体積比率で混在した金属組織を有するステンレス鋼である。Fe-(24.0~26.0)%Cr-(2.5~3.5)%Mo-(5.5~7.5)%Ni-(0.08~0.30)%Nの化学成分を有するSUS329J4Lなどが代表的な鋼種であり,近年では,Mo量とNi量が少なく,かつ,Mnを添加した省Ni型二相ステンレス鋼も商品化されている1,2)。二相ステンレス鋼は,優れた耐食性および高い強度を有する材料として広く用いられているが,二相ステンレス鋼の室温における延性は,オーステナイト系ステンレス鋼よりも低く,フェライト系ステンレス鋼に近い。そのため,二相ステンレス鋼の更なる適用範囲拡大のためには,延性の向上が有効であると考えられる。

SUS304に代表される準安定オーステナイト系ステンレス鋼は,Ms点が室温以下,Md点が室温以上であり,室温での変形において変態誘起塑性3)(TRIP)により高い延性を示す4,5)。TRIPでは,変形に伴いオーステナイト相がマルテンサイト相に変態することでネッキングが抑制され,さらに,応力集中部での変態により応力緩和することで割れが防止され,その2つの効果の重畳により全伸びが増加するものと考えられている5)。二相ステンレス鋼においても,オーステナイト相の加工誘起マルテンサイト変態と力学特性の関係について研究が行われている6,7,8,9,10,11,12,13,14)。Nakamura and Wakasaは,77 KのMs点,251 KのMd点を有する二相ステンレス鋼を用いて,77 Kから室温までの温度域で引張変形挙動を調査した。その結果,TRIPの効果により,223 Kの引張変形でもっとも高い破断伸びが得られることを明らかにした6)。既存の二相ステンレス鋼ではオーステナイト相の安定度が高く,室温での変形ではマルテンサイト変態が起こりづらい。オーステナイト相の化学成分を調整することによって,オーステナイト相を室温で準安定にし,変形過程でTRIPを発現させることが出来れば,室温での変形において優れた引張強度と伸びのバランスを有した準安定二相ステンレス鋼を設計することが可能と考えられる7)

二相ステンレス鋼において,主として用いられるオーステナイト生成元素はNiとNである。これらの元素はオーステナイト相に濃化し,オーステナイト相の安定度,すなわち変形過程で生ずる加工誘起マルテンサイト量に影響をおよぼすとともに,発生した加工誘起マルテンサイトの硬さなどの特性に影響をおよぼすと考えられる。延性に優れた二相ステンレス鋼の設計指針を得るためには,TRIPが発現可能なオーステナイト相の化学成分を明らかにするとともに,延性向上効果におよぼすNiおよびNの影響をそれぞれ分離して検討することが重用である。

本研究では,オーステナイト相とフェライト相の体積分率がほぼ一対一で,オーステナイト相の安定度が異なる各複数成分の(19~22)%Cr-5%Mn-(4~7)%Ni鋼(Ni添加鋼)および(19~22)%Cr-5Mn-(0.19~0.34)%N鋼(N添加鋼)を用いて,まず,293 Kでの恒温引張試験を行い,室温近傍の温度でTRIPが発現する鋼成分を探索した。Ni添加鋼およびN添加鋼において,それぞれTRIPにより高い伸びを示した鋼について233~373 Kの温度範囲で恒温引張試験を行い,引張変形過程における加工硬化挙動とマルテンサイト変態挙動を調査した。Ni添加鋼とN添加鋼における,TRIPによる高延性化効果の違いについて検討した。

2. 実験方法

Table 1に示す成分を有する50 kgの鋼塊を溶製した。Ni添加鋼およびN添加鋼はそれぞれ,Cr量の増加とともに,Ni量またはN量を増加した成分系である。オーステナイト相分率が一定で,オーステナイト相中のCr,Ni濃度,あるいはCr,N濃度を変化させることによりオーステナイト相の安定度を変化させ,加工誘起マルテンサイト変態量を変化させることを目的としたものである。これらの鋼塊を1523 Kに加熱後,熱間圧延により厚さ3 mmの熱延板を作製し,続いて,この熱延板を1373 Kで600 s焼鈍後空冷した。熱延焼鈍板はオーステナイト相およびフェライト相からなる二相の金属組織を呈していた。熱延焼鈍板を二相組織のまま冷間圧延に供し,厚さ0.8 mmの冷延板を作製した。冷延板の焼鈍はいずれも1373 Kで行った。この際,同じ加熱時間では,Ni添加鋼のオーステナイト相分布がN添加鋼に比べて細密な傾向であったので,オーステナイト相の大きさがほぼ同等になるように,Ni添加鋼では3.6 ks,N添加鋼では120 sそれぞれ焼鈍し空冷した。

Table 1. Chemical compositions of experimental steels in mass%.
SteelCSiMnPSCrNiCuN
Ni addition19Cr-5Mn-4Ni0.0110.335.020.0340.00119.164.350.520.0028
20Cr-5Mn-5Ni0.0110.335.030.0330.00119.775.190.520.0027
21Cr-5Mn-6Ni0.0130.344.920.0330.00221.146.320.520.0021
22Cr-5Mn-7Ni0.0120.335.000.0330.00122.037.310.520.0022
N addition19Cr-5Mn-0.19N0.0110.355.000.0310.00219.170.500.510.19
20Cr-5Mn-0.25N0.0110.364.980.0340.00220.210.500.520.25
21Cr-5Mn-0.30N0.0110.375.030.0350.00321.200.500.520.30
22Cr-5Mn-0.34N0.0120.385.030.0340.00322.280.500.520.34

冷延焼鈍板の断面について,フェリシアン化カリウムと水酸化カリウムの混合水溶液を用いてエッチングを行い,光学顕微鏡により金属組織観察を行った。また,電子線ビーム径が1 μmの条件で,電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)による化学成分の局所分析を行い,オーステナイト相およびフェライト相の各相における化学成分を同定した。冷延焼鈍板から採取された,平行部幅12.5 mm,平行部長60 mm,標点距離50 mmの引張試験片を用いて,クロスヘッド速度1.7×10−1 mm・s−1で,圧延方向と平行方向に,恒温での引張試験を行った。試験温度は恒温槽を用いて233~373 Kの範囲で変化させた。なお,一部の鋼については室温,大気開放中で引張試験を行い,既存のステンレス鋼と引張特性を比較した。引張試験は各条件につき1本ずつ行い,それらの引張特性については組成依存性,温度依存性のいずれも系統だった結果が得られたため,追加実験は行わなかった。引張試験前または引張試験後の均一変形部より採取した試料の表面を研削後,化学研磨を行い,露出した板厚四分の一面のオーステナイト相分率をX線回折により測定した。X線回折はCo-Kα線を用いて行い,オーステナイト相の(200)面,(220)面,フェライト相およびマルテンサイト相の(200)面,(211)面の各ピークの積分強度を求め,各相のピークの積分強度の合計が各相の体積分率に比例するものとしてオーステナイト相分率を算出した15)。引張変形過程におけるオーステナイト相の減少量をマルテンサイト変態量とした。また,引張試験前後の試料を用いて,初期オーステナイト相およびフェライト相の各相のビッカース硬さを荷重10 gで測定し,変形過程における硬さの変化を調査した。

3. 実験結果および考察

3・1 冷延焼鈍板の金属組織と局所成分

Fig.1に代表例として,20Cr-5Mn-5Ni鋼および20Cr-5Mn-0.25N鋼の冷延焼鈍板の光学顕微鏡写真を示す。写真中の白色部がオーステナイト相,灰色部がフェライト相にそれぞれ相当する。いずれの鋼もフェライト相の中に,圧延方向に伸張したオーステナイト相が層状に分布する金属組織であり,オーステナイト相の板厚方向の平均厚さは,20Cr-5Mn-5Ni鋼で7 μm,20Cr-5Mn-0.25N鋼で6 μmであった。各伸張したオーステナイト相は,概ね板厚方向に一つ,圧延方向に複数のオーステナイト結晶粒が連なるものであった。鋼成分による顕著な差異は認められなかった。

Fig. 1.

 Cross sectional microstructures parallel to rolling direction: white area and grey area indicate austenite and ferrite, respectively.

Table 2に冷延焼鈍板のオーステナイト相分率,EPMAによる局所成分分析結果,およびオーステナイト相のMd30計算値を示す。各鋼のオーステナイト相分率は54~60 vol.%の範囲であり,いずれもオーステナイト相とフェライト相の体積分率がほぼ一対一の二相ステンレス鋼であった。オーステナイト相へはMn,NiおよびNの濃化が認められたが,特にNの濃化が顕著であった。Md30はオーステナイト単相鋼におけるオーステナイト相の安定度を示す指標であり,0.30の引張真ひずみを付与したときに,オーステナイト相の50 vol.%がマルテンサイト相に変態する温度と定義される16)。すなわち,Md30が低いほどオーステナイト相は安定である。NoharaらはSUS304およびSUS301を基本とした成分系で,Md30の鋼成分依存性に関する以下の一次結合式を実験的に導出した15)。   

Md30(K)=824462(C%+N%)9.2Si%8.1Mn%13.7Cr%29.0(Ni%+Cu%)18.5Mo%68.0Nb%(1)

Table 2. Volume fraction of austenite (γ), chemical compositions of γ and ferrite (α), and Md3015) of γ in annealed sheets at 1373 K.
SteelVolume fraction of γChemical compositions (mass%)Md30 of γ (K)
γα
SiMnCrNiCuNSiMnCrNiCuN
19Cr-5Mn-4Ni0.540.35.317.25.20.5QL0.34.722.23.30.4QL377
20Cr-5Mn-5Ni0.600.35.417.86.30.5QL0.34.823.13.80.4QL336
21Cr-5Mn-6Ni0.570.35.218.97.70.5QL0.34.724.64.60.4QL282
22Cr-5Mn-7Ni0.570.35.419.69.00.5QL0.34.826.05.40.4QL233
19Cr-5Mn-0.19N0.550.35.318.60.60.50.300.34.720.60.50.40.03353
20Cr-5Mn-0.25N0.550.35.320.10.70.50.380.34.721.80.50.40.03293
21Cr-5Mn-0.30N0.560.35.321.00.60.50.430.34.722.50.50.40.04260
22Cr-5Mn-0.34N0.570.35.322.10.60.50.530.34.723.20.50.40.05199

Md30 (K) = 824-462(C%+N%)-9.2Si%-8.1Mn%-13.7Cr%-29.0 (Ni%+Cu%)-18.5Mo%-68.0Nb%, QL: Quantitation limit

ここで,各元素の含有量は重量百分率で表される。(1)式を用いて,Table 2に示すように,オーステナイト相の化学成分分析結果よりMd30を算出した。今回用いたNi添加鋼およびN添加鋼のいずれの成分系においても,Md30はそれぞれ室温を挟む上下の温度範囲にわたって大きく変化しており,各成分系の鋼におけるマルテンサイト変態量に大きな差異が生ずるものと推察される。

3・2 引張特性およびマルテンサイト変態量に及ぼす鋼成分の影響

Fig.2に,293 Kでの均一変形過程における,真ひずみに対する真応力と加工硬化率の変化を示す。Ni添加鋼において,22Cr-5Mn-7Ni鋼と21Cr-5Mn-6Ni鋼ではひずみと共に加工硬化率は減少したが,Cr,Ni量がより少ない20Cr-5Mn-5Ni鋼では,ひずみと共に加工硬化率がいったん減少した後,加工硬化率の増加を示すピークが確認された。Cr,Ni量がさらに少ない19Cr-5Mn-4Ni鋼では,このピークは低ひずみ側に移行し,ピークの高さが大きくなった。N添加鋼においても同傾向であり,22Cr-5Mn-0.34N鋼および21Cr-5Mn-0.30N鋼ではひずみと共に加工硬化率は減少したが,Cr,N量がより少ない20Cr-5Mn-0.25N鋼では,Ni添加鋼と同様に,加工硬化率の増加を示すピークが観察された。N添加鋼のうち20Cr-5Mn-0.25N鋼では,ピーク近傍の高い加工硬化率を示すひずみ量の領域の幅がNi添加鋼に比べて大きく,著しく高い均一伸びを示した。Cr,N量がさらに少ない19Cr-5Mn-0.19N鋼では,Ni添加鋼と同様に,ピークは低ひずみ側に移行し,ピークの高さが大きくなった。変形中のこれらの加工硬化率の増加を示すピークは,準安定オーステナイト系ステンレス鋼に観察される挙動であり17,18),オーステナイト相の加工誘起マルテンサイト変態の影響によるものと推察される。

Fig. 2.

 True stress and strain-hardening rate as a function of true strain at 293 K in (a) Ni addition steels and (b) N addition steels.

Fig.3(a)にNi添加鋼の293 Kでの引張特性をまとめて示す。0.2%耐力は鋼成分によらずいずれも約340 MPaと一定であった。引張強度は22Cr-5Mn-7Ni鋼と21Cr-5Mn-6Ni鋼ではほぼ同等であったが,21Cr-5Mn-6Ni鋼から19Cr-5Mn-4Ni鋼にかけては,鋼中のCr,Ni量の減少,すなわちオーステナイト相の安定度低下にともない642 MPaから755 MPaにまで増加した。均一伸びは20Cr-5Mn-5Niが最も高く40%であり,それよりも低Cr,Ni側の鋼および高Cr,Ni側の鋼ではいずれも低下した。全伸びも20Cr-5Mn-5Niが最も高く45%であった。次に,Fig.3(b)にN添加鋼の293 Kにおける種々の引張特性を示す。0.2%耐力は鋼中のCr,N量の減少にともない551 MPaから472 MPaに低下した。引張強度は22Cr-5Mn-0.34N鋼と21Cr-5Mn-0.30N鋼ではほぼ同等であったが,21Cr-5Mn-0.30N鋼から19Cr-5Mn-0.19N鋼にかけて,Cr,N量の減少,すなわちオーステナイト相の安定度の低下にともない791 MPaから951 MPaにまで大きく増加した。均一伸びは20Cr-5Mn-0.25N鋼が最も高く61%であり,それより低Cr,N側の鋼および高Cr,N側の鋼ではいずれも低下した。全伸びも20Cr-5Mn-0.25N鋼が最も高く65%であった。以上のように,Ni添加鋼およびN添加鋼のそれぞれの成分系において,Cr,Ni量,あるいはCr,N量を増減したときの引張強度,均一伸びおよび全伸びの変化は類似した挙動を示した。特徴的な差異は,N添加鋼ではNi添加鋼に比べて全鋼種で引張強度が高く,またオーステナイト相の安定度低下にともなう引張強度の増加が大きいことである。また,オーステナイト相の安定度を最適化したときの均一伸びおよび全伸びの増加が,Ni添加鋼にくらべてN添加鋼でははるかに大きいことも特徴である。

Fig. 3.

 Mechanical properties of (a) Ni addition steels and (b) N addition steels at 293 K.

均一変形が終了した時点の引張試験片を用いて加工誘起マルテンサイト量を測定した。Fig.4に一例として,20Cr-5Mn-0.25N鋼の引張変形前後のX線回折プロファイルを示す。引張変形によりオーステナイト相の(200)面,(220)面の各ピークの積分強度が減少し,フェライト相およびマルテンサイト相の(200)面,(211)面の各ピークの積分強度が増加していることがわかる。各ピークの積分強度の解析により,引張変形前のオーステナイト相分率は55 vol.%,均一変形が終了した時点でのオーステナイト相分率は15 vol.%と同定された。変形前に対する変形後のオーステナイト相分率の減少分が,変形中に生じた加工誘起マルテンサイト相分率に相当し,その値は40 vol.%と考えられる。Fig.5に293 Kでの引張試験において,変形前と均一変形終了時で測定したオーステナイト相分率を示す。Ni添加鋼において,22Cr-5Mn-7Ni鋼と21Cr-5Mn-6Ni鋼では変形中にオーステナイト相分率の減少はほとんど認められなかったが,20Cr-5Mn-5Ni鋼および19Cr-5Mn-4Ni鋼では,変形中にそれぞれ34 vol.%および41 vol.%のオーステナイト相分率の減少が認められた。N添加鋼においても,22Cr-5Mn-0.34N鋼と21Cr-5Mn-0.30N鋼では変形中にオーステナイト相分率の減少はほとんど認められなかったが,20Cr-5Mn-0.25N鋼および19Cr-5Mn-0.19N鋼では,変形中にそれぞれ,40 vol.%および42 vol.%のオーステナイト相分率の減少が認められた。Fig.2で確認された加工硬化率の増加を示すピークが発生した鋼は,加工誘起マルテンサイトが発生した鋼であり,Fig.3で確認された引張強度の増加を示す挙動や,均一伸びおよび全伸びの極大値を示す挙動は加工誘起マルテンサイトが強く影響を及ぼしているものと考えられる。

Fig. 4.

 X-ray diffraction profiles before deformation and after uniform elongation at 293 K for 20Cr-5Mn-0.25N steel.

Fig. 5.

 Volume fraction of austenite phase before deformation and after uniform elongation at 293 K: (a) Ni addition steels and (b) N addition steels.

Ni添加鋼およびN添加鋼において,それぞれ293 Kの引張試験でTRIPによりもっとも高い均一伸びを示した鋼について,室温で引張試験を行い,既存のステンレス鋼と引張特性を比較した。結果をTable 3に示す。20Cr-5Mn-5Ni鋼にくらべて20Cr-5Mn-0.25N鋼は0.2%耐力,引張強度が高いだけでなく,均一伸び,全伸びもはるかに高い。20Cr-5Mn-0.25N鋼の引張強度は既存の二相ステンレス鋼であるSUS329J4Lとほぼ同等であるが,均一伸びおよび全伸びはSUS329J4Lよりもはるかに高く,既存のオーステナイト系ステンレス鋼であるSUS304とほぼ同等である。本研究で得られた20Cr-5Mn-0.25N鋼は,引張強度と全伸びのバランスが既存のステンレス鋼をはるかに上回る,優れた力学特性を有するステンレス鋼であると言える。

Table 3. Comparison of tensile properties at room temperature.
SteelThis work: TRIPConventional steel*
20Cr-5Mn-5Ni20Cr-5Mn-0.25NSUS 430SUS 329J4LSUS 304
Microstructureγ+αγ+ααγ+αγ
Thickness (mm)0.80.82.02.02.0
0.2% proof stress (MPa)325500313661306
Tensile strength (MPa)644778444796688
Uniform elongation (%)3854201951
Total elongation (%)4259352956
Tensile strength (MPa) ×Total elongation (%)2700046000150002300039000

*...SUS430: Fe-16%Cr, SUS329J4L: Fe-24%Cr-3%Mo-7%Ni-0.18%N, SUS304: Fe-18%Cr-8%Ni

3・3 引張特性およびマルテンサイト変態量に及ぼす変形温度の影響

変形にともなうマルテンサイト変態挙動と引張特性の関係をより詳細に検討するために,20Cr-5Mn-5Ni鋼および20Cr-5Mn-0.25N鋼について,それぞれ233~373 Kの範囲で恒温引張試験を行った。Fig.6に,各種温度での引張試験から得られた,均一変形過程における真応力と加工硬化率の変化を示す。いずれの鋼においても,加工硬化率は333~373 Kの範囲ではひずみにともない単調に減少したが,233~313 Kの範囲では加工硬化率の増加を示すピークが観察された。このピークは温度の低下にともない低ひずみ側に移行し,ピークの高さは大きくなった。同温度で比較すると,20Cr-5Mn-0.25N鋼のほうが20Cr-5Mn-5Ni鋼に比べて,ピークの幅および高さが大きく,均一伸びの増加も著しかった。それぞれの鋼で温度を低下していったときの加工硬化率曲線の変化は,Fig.2で示したNi添加鋼でCr,Ni量を低下していったときの挙動,あるいはN添加鋼でCr,N量を低下していったときの挙動と類似するものであった。

Fig. 6.

 Stress and strain-hardening rate as a function of true strain at various temperatures in (a) 20Cr-5Mn-5Ni steel and (b) 20Cr-5Mn-0.25N steel.

Fig.7(a)に20Cr-5Mn-5Ni鋼の引張特性におよぼす温度の影響を示す。ここでは,オーステナイト相がより安定と考えられる,21Cr-5Mn-6Ni鋼の結果もあわせて示す。20Cr-5Mn-5Ni鋼の引張強度は温度の低下にともない増加したが,313 K以下になると温度の低下にともなう引張強度の増加が大きくなった。また,引張強度の増加が大きくなり始める293~313 Kで均一伸びおよび全伸びは極大値を示した。21Cr-5Mn-6Ni鋼においても,温度の低下にともなう引張特性の変化は20Cr-5Mn-5Ni鋼と類似の傾向であったが,引張強度の増加率の変化が現れる温度,均一伸びと全伸びが極大値を示す温度が,20Cr-5Mn-5Ni鋼に対してそれぞれ約30 K低温側に移行した。21Cr-5Mn-6Ni鋼のオーステナイト相中のCr量およびNi量は,20Cr-5Mn-5Ni鋼にたいしてそれぞれ1.1 mass%および1.4 mass%高いため,オーステナイト相の安定度が高く,加工誘起マルテンサイトの発生する温度が約30 K低下したものと推察される。Fig.7(b)に20Cr-5Mn-0.25N鋼および21Cr-5Mn-0.30N鋼の引張特性におよぼす温度の影響を示す。20Cr-5Mn-0.25N鋼において温度を低下していくと,313 K以下で引張強度の増加が大きくなり,293 Kで均一伸びと全伸びは極大値を示した。21Cr-5Mn-0.30N鋼において,引張強度の増加率の変化が現れる温度,均一伸びと全伸びが極大値を示す温度は,20Cr-5Mn-0.25N鋼にたいしてそれぞれ約40 K低温側に移行した。21Cr-5Mn-0.30N鋼のオーステナイト相中のCr量およびN量は,20Cr-5Mn-0.25N鋼にたいしてそれぞれ0.9 mass%,0.05 mass%高く,それにより加工誘起マルテンサイト相の発生する温度が約40 K低下したものと推察される。オーステナイト相中の化学成分を変化させた場合と同様に,温度を変化させた場合においても,N添加鋼ではNi添加鋼に比べて,低温での引張強度の増加が大きく,また,均一伸びおよび全伸びの極大値が高かった。

Fig. 7.

 Influence of temperature on mechanical properties of (a) 20Cr-5Mn-5Ni steel, 21Cr-5Mn-6Ni steel, (b) 20Cr5Mn-0.25N steel and 21Cr-5Mn-0.30N steel.

Fig.8に,20Cr-5Mn-5Ni鋼および20Cr-5Mn-0.25N鋼それぞれについて,各種温度の引張試験において,均一変形が終了した時点で測定したオーステナイト相分率を示す。いずれの鋼についても,333~373 Kでは変形中にマルテンサイトの発生は認められなかったが,293~313 Kにおいては温度の低下とともに急激にマルテンサイト量が増加し,233~273 Kでは変形前のオーステナイト量の8~9割がマルテンサイトに変態し,マルテンサイト量は飽和した。Fig.7で温度を低下していったときに引張強度の増加が著しくなる温度,均一伸びおよび全伸びの極大値を示す温度は,Fig.8において加工誘起マルテンサイトが急激に増加する温度域に相当することが明らかとなった。

Fig. 8.

 Volume fraction of austenite phase before deformation and after uniform elongation at various temperatures: (a) 20Cr-5Mn-5Ni steel and (b) 20Cr-5Mn-0.25N steel.

3・4 均一伸び値に及ぼす一定ひずみ当たりのマルテンサイト発生率の影響

これまで示してきたように,Ni添加鋼およびN添加鋼いずれにおいても,0.2%耐力はオーステナイト相の安定度の影響をほとんど受けないこと,引張強度は加工誘起マルテンサイトが発生すると増加するが,オーステナイト相の合金成分濃度の低下や温度低下によりオーステナイト相の安定度が低下すればするほど,引張強度の増加は著しくなることが明らかとなった。

一方,均一伸びは加工誘起マルテンサイトが発生すると増加するものの,初期オーステナイト相の8~9割がマルテンサイト変態し加工誘起マルテンサイト量が飽和すると,均一伸びは低下に転ずることがわかった。また,Fig.3より,全伸びの増加は概ね均一伸びの増加によることが示された。これらのことは,均一伸びを増大させるには,引張変形中にマルテンサイト相が適度に増加していく必要のあること,換言すれば,単位ひずみ当たりのマルテンサイト変態量に最適値があることを示唆する。そこで,変形開始から均一変形終了までに発生した加工誘起マルテンサイト量(体積分率)を均一伸びの値で除した値をマルテンサイト平均発生レートとして,その値の変化を均一伸びに対してプロットしたグラフをNi添加鋼とN添加鋼のそれぞれについてFig.9に示す。

Fig. 9.

 Correlation between uniform elongation and martensite mean formation rate.

ここでは,オーステナイト相中の化学成分を変化させた場合と,温度を変化させた場合のデータを合わせて示す。ここでまず注目されることは,変形温度,合金組成が異なっているにも拘らず,均一伸びとマルテンサイト平均発生レートとの関係は,Ni添加鋼グループとN添加鋼グループの2つの曲線にそれぞれ整理されることである。そして図中いずれの曲線も,マルテンサイト平均発生レートの増加に伴い均一伸びが増大し緩やかなピークを示す。このピークに対応するマルテンサイト平均発生レートは,Ni添加鋼では真ひずみ0.01あたり0.4~1.0 vol.%,N添加鋼では真ひずみ0.01あたり0.3~0.9 vol.%と,わずかにNi添加鋼における値が大きめだが顕著な相違は見られない。均一伸び増加に最適なマルテンサイト平均発生レートについては2種類の添加元素による大きな違いは認められず,似通ったある最適な数値が存在すると考えられる。その一方で,一定のマルテンサイト発生レートに対する伸び増加量への寄与は,Ni添加鋼とN添加鋼とで大きく異なる。すなわち,Ni添加鋼ではマルテンサイトが発生しない場合に比べて均一伸びが約30%から約40%に向上する程度であるのに対して,N添加鋼では均一伸びが約30%から約60%にまで大きく向上しており非常に大きな延性増加への寄与のあることがわかる。Ni添加鋼とN添加鋼におけるこのような均一伸び向上効果の違いは,オーステナイト相の安定度を鋼成分によって変化させた場合においても,温度を変化させた場合においても同様に発現することは注目される。なお,マルテンサイト平均発生レートを支配する因子としては,オーステナイト安定度が第一に重要と考えるが,変態に伴うその近傍の力学場の状態変化などを勘案した研究が今後さらに必要と考える。

均一伸びの向上におよぼす引張変形中のマルテンサイト変態の影響をより明らかにするために,20Cr-5Mn-5Ni鋼および20Cr-5Mn-0.25N鋼について,それぞれ253 Kおよび293 Kで引張変形させ,いろいろなひずみを加えたときのオーステナイト相分率を測定した。得られた結果を,次に示す,変形時のマルテンサイト変態量に関するMatsumuraらの式19)により整理し,ひずみ増加に伴うマルテンサイト変態挙動を検討した。   

1/Vγ1/Vγ0=(kp/p)εp(2)

ここで,Vγは任意のひずみ量における変形過程のオーステナイト相の体積分率,Vγ0は変形前のオーステナイト相の体積分率,εは真ひずみ,kpおよびpは定数である。結果をFig.10に示す。図中の直線の傾きはいずれもほぼ同様であり,これは式(2)中の指数pに対応する。一方,直線の切片は異なっておりkpに変化の生じていることが分かる。Table 4に,Fig.10の直線から求めた各鋼および温度でのpおよびkpの値を示す。kpはオーステナイト相の安定度に関する定数であり,温度の低下に伴いkpは増加しオーステナイト相の安定度は低下する。室温におけるkpの値は20Cr-5Mn-5Ni鋼では70,20Cr-5Mn-0.25N鋼では50であり,この2鋼種の比較では,20Cr-5Mn-0.25N鋼のほうがオーステナイト相の安定度が若干高いことがわかる。これはTable 2で示したそれぞれの鋼におけるMd30の値と対応している。

Fig. 10.

 Correlation between 1/Vγ – 1/Vγ0 and true strain.

Table 4. Vγ0, p, and kp in 20Cr-5Mn-5Ni steel and 20Cr-5Mn-0.25N steel.
SteelVγ0Temperature (K)pkp
20Cr-5Mn-5Ni0.60253
293
2.5
2.3
489
70
20Cr-5Mn-0.25N0.55253
293
2.5
2.2
215
50

Table 4に示したpおよびkp,Vγ0を用いて式(2)より求めた引張ひずみに伴うVγ0-Vγの値,すなわち加工誘起マルテンサイト量の変化をFig.11に示す。20Cr-5Mn-5Ni鋼に比べて20Cr-5Mn-0.25N鋼においてオーステナイト相が安定であることが明瞭に示され,変形温度低下によりオーステナイトの不安定化する様子も表れている。また,いずれの温度においても,変形初期のひずみ増加に伴うマルテンサイトの増加率は20Cr-5Mn-0.25N鋼に比べて20Cr-5Mn-5Ni鋼で大きいことがわかる。

Fig. 11.

 Volume fraction of strain-induced martensite (Vγ0-Vγ) as a function of true strain (ε).

マルテンサイトのひずみに対する発生率を明確にするため,Fig.11中の曲線の勾配をひずみに対してプロットしたグラフをFig.12に示す。図中には,それぞれの鋼における均一伸びに対応する点を曲線上に+で示す。いずれの鋼種でも各変形温度でマルテンサイト発生率はひずみ量とともに増加し,極大値のピークを示した後,低下することがわかる。均一変形は,マルテンサイト発生率が低下する過程で終了する。均一変形が終了したときのマルテンサイト発生率は20Cr-5Mn-5Ni鋼では各温度で0.8~1.0であるが,20Cr-5Mn-0.25N鋼ではこれよりも少ない0.5程度である。いずれの変形温度においても,20Cr-5Mn-5Ni鋼に比べ20Cr-5Mn-0.25N鋼では,マルテンサイト発生率がより低下する高ひずみ範囲まで,均一変形が持続する特徴が認められた。

Fig. 12.

 Formation rate of strain-induced martensite (d(Vγ0-Vγ) / dε) as a function of true strain (ε): the symbol indicates the end of uniform deformation and the start of local deformation.

3・5 均一伸び増加におよぼすマルテンサイト硬さの影響

Fig.13は,20Cr-5Mn-5Ni鋼および20Cr-5Mn-0.25N鋼を293 Kで引張変形させたときの各相の硬さ変化を示す。オーステナイト相では変形が進むと部分的にマルテンサイト変態が生じるが,Fig.13では両者を区別せず初期オーステナイト相として示した。また,硬さ試験による圧子押込みの際にオーステナイトがマルテンサイトに変態する可能性もあり,図中の値はその効果も含む。

Fig. 13.

 Influence of true strain on Vickers hardness of initial austenite phase and ferrite phase in 20Cr-5Mn-5Ni steel and 20Cr-5Mn-0.25N steel at 293 K.

ひずみの増加に伴うフェライト相の硬さは各鋼においてほぼ同じ増加傾向を示し,最大約280 Hv程度に達する。一方,初期オーステナイト相の硬度は,20Cr-5Mn-5Ni鋼がフェライト相と同様の増加率を示す一方,20Cr-5Mn-0.25N鋼ではひずみ0.15以上で急激に増加する傾向が見られる。その結果,引張ひずみ0.15では両鋼の初期オーステナイト相硬さの差は約40 Hvであるが,ひずみ0.34のときその差は約150 Hvに拡大している。X線で測定した初期オーステナイト相の体積率を1としたときのマルテンサイト変態率は,引張ひずみ0.34のとき,20Cr-5Mn-5Ni鋼で0.61,20Cr-5Mn-0.25N鋼では0.54であった。このように,両鋼における同一ひずみでのマルテンサイト変態率はむしろ20Cr-5Mn-0.25N鋼の方が小さく,20Cr-5Mn-0.25N鋼における硬度の著しい増加はマルテンサイト相の体積率では説明できない。

ここで,マルテンサイト系ステンレス鋼においては,窒素は侵入型元素として固溶し,焼入れ後の硬さを顕著に増大させることが知られている。Ngoらは12%Crマルテンサイト系ステンレス鋼に固相窒素吸収処理を行い,高濃度の窒素を溶体化し焼入れ硬さを測定した20)。その結果,0.01%N鋼のビッカース硬さは約2 Gaであったが,窒素吸収処理をおこなった0.3%N鋼では約4 GPaに硬さが増加した。本研究で用いた20Cr-5Mn-0.25N鋼ではオーステナイト相における窒素濃度が0.38%と高いことから,20Cr-5Mn-5Ni鋼に比べて加工誘起マルテンサイトの硬さが著しく大きいものと考えられる。一方,Minamiらは,DP鋼において構成相であるマルテンサイトとフェライトの硬度差が大きいときに一様伸びが増大することを見出した21)。また,異相界面における局所ひずみの測定から,硬度差が大きいと界面を跨いでの塑性ひずみ差が増していることを示している。このことは硬度差の増大に伴い,界面近傍の軟質相側のGN転位密度が増大し,軟質相と硬質相間の応力分配が生じて,大きな加工硬化が発現する可能性を示唆している22,23)。すなわち,N添加鋼ではNi添加鋼に比べてオーステナイト相への窒素の濃化により加工誘起マルテンサイトの硬さが大きく,同じマルテンサイト発生率でも高い加工硬化を得られたため,広いひずみ範囲で均一変形が持続し,大きな均一伸びが発現したものと考えられる。ただし,加工誘起マルテンサイトの硬さの増加が何故,加工硬化率を増加させ均一伸びを改善するのかという基本的メカニズムについては,今後さらに固体力学,材料科学両面からの研究が必要であると考える。

4. 結言

オーステナイト相とフェライト相の体積分率がほぼ一対一で,オーステナイト相の安定度が異なる複数成分の(19~22)%Cr-5%Mn-(4~7)%Ni鋼(Ni添加鋼)および(19~22)%Cr-5Mn-(0.19~0.34)%N鋼(N添加鋼)を用いて引張試験を行い,293 KでTRIPが発現する二相ステンレス鋼を探索した。また,Ni添加鋼およびN添加鋼それぞれにおいて,高い延性を示した鋼について,233~373 Kの温度範囲で恒温引張試験を行い,変形過程における加工硬化挙動とマルテンサイト変態挙動を調査した。それらの結果より,Ni添加鋼とN添加鋼におけるTRIPによる高延性化効果の違いについて検討した。得られた主な知見を以下に記す。

(1)Ni添加鋼およびN添加鋼において,293 Kでの引張試験の結果,TRIPによりもっとも延性が高くなる鋼として,それぞれ20Cr-5Mn-5Ni鋼および20Cr-5Mn-0.25N鋼を得た。

(2)20Cr-5Mn-5Ni鋼に比べて,20Cr-5Mn-0.25N鋼の室温での強度と伸びは著しく高く,引張強度はSUS329J4Lと同等の高強度であり,かつ,均一伸びおよび全伸びはSUS304と同等であった。

(3)20Cr-5Mn-5Ni鋼および20Cr-5Mn-0.25N鋼において,293 Kでの変形による加工誘起マルテンサイトの増加量には顕著な差は認められなかったが,TRIPによる均一伸び向上効果には大きな差が認められた。すなわち,Ni添加鋼では,マルテンサイトが発生しない場合に比べて均一伸びが約30%から最大40%に向上する程度であるのに対して,N添加鋼では均一伸びが約30%から最大60%にまで大きく向上した。

(4)均一伸びの値を一定ひずみ当たりのマルテンサイト発生率で整理すると,変形温度,合金組成が異なっていても,Ni添加鋼グループとN添加鋼グループの2つの曲線にきれいに整理される。そこではあるマルテンサイト発生率で均一伸びの最大値が表れ,そのマルテンサイト発生率の値は,Ni添加鋼とN添加鋼で大差ない。一方,均一伸びの最大値は,Ni添加鋼に比べ,N添加鋼において著しく大きく,同様の変態率であってもその加工硬化増加ひいては均一伸びへの寄与は大きく異なる。

(5)20Cr-5Mn-5Ni鋼および20Cr-5Mn-0.25N鋼を293 Kで引張変形したときの各相の硬さ変化を測定した結果,フェライト相の硬さ変化はNi添加鋼とN添加鋼とでほぼ同じであったが,オーステナイト相の硬さ変化は両者で大きく異なり,N添加鋼において硬度が全般に高いだけでなく,マルテンサイト変態に伴う硬度増加が顕著に現れていた。

(6)加工誘起マルテンサイト発生率はいずれの鋼でもひずみの増加とともに増大し,最大値に達して低下するが,20Cr-5Mn-5Ni鋼に比べ20Cr-5Mn-0.25N鋼では,マルテンサイト発生率がより低下する高ひずみ範囲まで,均一変形が持続した。オーステナイト相への窒素の濃化により加工誘起マルテンサイトが硬質であることが,N添加鋼における大きな均一伸びの発現した主因であろうと考えられる。なお,その基本的メカニズムについては,さらなる基礎的研究が必要である。

文献
 
© 2014 The Iron and Steel Institute of Japan

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